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13章 魔法修行



セネリオのワープの杖で隠し通路の出口まで送って貰ったルミザ達。
確かに砂漠で砂嵐に巻き込まれた時に感じた感覚に似ていて、魔法によって移動させられたのだと実感する事が出来た。
アトスは既に居なくなっており、代わりに神殿の入り口にソフィーヤと数人の魔道士が立っている。


「ルミザ様……皆さんも、お帰りなさい」
「ソフィーヤさん。あの、セネリオ様から魔法の基礎を教わるよう言われたのですが、私はこれからどうすれば?」
「はい。アトス様からも、仰せつかっています。私達がお教えします」


ソフィーヤの他には、砂嵐から目覚めた後にエリウッド達の無事を知らせてくれた、赤い髪と瞳の活発な少年トパック、
濃い紫の髪を二つに結び左右の肩の前から垂らしている少女ルーテ、
ふわふわした緑色の髪をしている、まだまだ幼い感じの少年ルゥ、
それぞれが、魔法の基礎を教えてくれるようだ。


「分かりました、皆さん宜しくお願い致します」
「うわー、おいら弟子って初めてかも。しかもお姫様って緊張しちまうよ」
「でしたら全て任せて下さい。私、優秀ですから」
「ルーテさん、大仕事だから皆でやらなきゃ」


ソフィーヤを含め、4人とも随分若い。
全員が自分より年下であろう現状に、ルミザはただ驚きと期待を膨らませる。
魔道士なんて大人や老人ばかりだと思っていたから、年若い彼らを見て自分にも出来るかもという希望が湧いて来た。
ルミザが魔法を教わっている間、エリウッド達は独自に鍛錬をするという。


「ではルミザ姫、魔法の習得頑張って下さいね」
「何かあったら言いに来ていいよ。オレ達の事は気にせず集中してな!」
「大丈夫だ、ルミザ王女なら必ず出来る。自分を信じて進んでくれ」
「えぇ。エリウッド、ロイ、エフラム王子、また後ほど会いましょう」


軽く手を振ってから3人と分かれたルミザ。
案内され通されたのは、ピンと張り詰めた空気が漂う建物の一室だった。
殆ど何もない空間で他にも数人が魔法の修行をしているようだが、トパックが声を掛け、全員を退室させてしまう。


「あ、あの、私べつに、他の方がいらっしゃっても構いませんけれど……」
「いーからいーから、こっちの方が集中できるだろ」


トパックはへらりと笑い、ルミザを連れて部屋の中央へとやって来る。
後から傍までやって来たルゥが、不思議そうな顔をしてルーテに訊ねた。


「でもさ、ルミザ様って魔力は開花してるんだよね? じゃあ基礎は大丈夫じゃないのかな」
「いいえ、彼女はまだ杖しか使った事がないそうですから。攻撃魔法を使う時と杖を使う時では魔力の流れが違います」
「あ、そうなんだ。ぼく、まだ杖を使った事ないから分かんなかったよ」


感情があるのかと疑いたくなる程、真顔で淡々と喋っているルーテ。
彼女はルミザに歩み寄ると座らせ、自分もしゃがみ込んで説明を始めた。

杖は自身の体から流れる魔力を杖に送り込む事で発動し、その後で対象へ向けて操作する。
攻撃魔法はまず先に対象をしっかり定め、それからそちらへ向かって魔力を放つ必要があるそうだ。
それに、杖に送り込まれ安定した魔力を放つのとは違い、媒体の無い攻撃魔法を放つにはそれなりのコントロール力が必要。
それが足りないと放った魔力に振り回され、自身や予定外のものを傷付けてしまいかねない。


「取り敢えずやってみましょうか。集中して、体中の魔力を外へ放出するイメージを浮かべて下さい」
「はい」


ルミザは目を閉じ、自身の体に存在する魔力の流れを意識してみる。
途端に血流の如く体内を駆け巡る魔力の流れを感じ取り、それを体外へ押し出すイメージを描いた。
片手を差し出し魔力の流れが手先へと集まってそこから放出する。
……が、その瞬間、凄まじい勢いで引っ張られるような、突き飛ばされるような感覚に襲われ、バランスが取れなくなって本当に体が軽く飛ばされた。


「危ねえっ!!」
「っう……!」


トパックが受け止めてくれたお陰で、体を強打する事態は免れたようだ。
座らされた訳がようやく分かった、もし立ったままだったら更にバランスを崩し、派手に飛ばされ倒れていた筈だ。
ルミザは体勢を立て直し、慌ててトパックから離れる。


「す、すみません! 体が言う事を聞かなくて……」
「気にしない気にしない。おいらも最初は派手に吹っ飛ばされてたしな!」
「それはあなたが、私の忠告を聞かずに立ったまま魔力を放出したからです」
「バ、バラすなよルーテ、というかおいら、まさかこの為に呼ばれた!?」


平然としたルーテへ食ってかかるトパックに笑いそうになりつつ、ふと自分が放出した魔力の行方を探したルミザ。
よく見れば、ルーテ、ソフィーヤ、ルゥの3人をうっすらした光の膜が覆っている事に気付いた。
魔力により生成された防御壁……マジックシールド。
瞬時に、自分が放った魔力が彼女達を襲ってしまった事に気付き、ルミザは顔面蒼白になる。
だが謝ろうと口を開きかけた瞬間、ソフィーヤが怖ず怖ずと喋り出した。


「あ、大丈夫……ですから。初めのうちは……大抵の人が、こうなるものです」
「ソフィーヤさんの言う通りだよ。ぼく達、それを承知で教えに来たから、何回でも失敗していいよ」


ルゥもフォローしてくれ、ルミザの心は軽くなる。
今は失敗をくよくよ悩んでいる場合ではない、教えてくれている彼らの為にも習得に努めるべきだ。
マジックシールドを解いたルーテが、何かを考えるように手を口元に当てながら、とんでもない事をしれっと言い放つ。


「まぁ、あなたの魔力が予想より強かった事は私の失態ですが。強めに見積もっていた筈だったのに……これは、私を脅かすライバルになり得ますね」
「そ、それは大丈夫なのですか……!? それにライバルって、私、魔法を教わりに来ただけでして」
「こちらの話です、気になさらないで下さい。とにかくこれで、如何な魔力を持っていようが、コントロールする力が無いと大惨事を招くとお分かり頂けたと思いますが」
「はい。やはり魔道の習得とは、並大抵のものではないのですね……」


魔法は自分だけでなく、周りに居る仲間や無関係な者まで、いとも簡単に傷付けてしまいかねない。
そうならないようにする為には、まず魔力を放つ際のバランス感覚やコントロール力が必要不可欠。


「魔力が爆発を起こす事もあります。まぁ教える私が優秀ですから、ロクイー王国の天馬か飛竜にでも乗った気でいて下さい」
「……それは、また…………不安定そうですね」
「失礼。ではこのリデーレとロクイーを結ぶ航路、オーガヒルに出ると噂の幽霊船にでも乗った気分で」
「……それは、また…………恐ろしそうですね」
「そうですか? なんでも邪神の手先たる魔物が乗っていると専らの噂で。死人ゾンビや骸骨人間スケルトン……あぁ、一度でいいから見てみたい」


すっかりルミザを置き去りにして、ルーテはうっとりと魔物を想像する。
先程は彼女の真顔で淡々と喋っている様子から、彼女は感情が無いのではないかと疑いたくなってしまったが、前言撤回だ。
彼女は感情の向けどころが、ちょっと他の人々とかけ離れているだけだ。
すっかり脱線してしまった所へ、ルゥが上手いこと割り込んで来てくれる。


「とと、とにかく、まずは魔力を放出したままバランスを取る練習から始めて、その後で放った魔力をコントロールする練習にしてみようよ」


言われる通り4人に魔力の流れや操作を手伝って貰いつつ、ルミザは鍛錬を進めて行った。


++++++


「っあー! 畜生また負けた……エフラム強ぇな!」


一方、エリウッド達。
魔法を習得する為に分かれたルミザとはそれっきりで食事も別に取り、すっかり日が暮れた。
ルミザに負けじと鍛錬を始めて数時間、今はロイがエフラムに敗れた所。
剣より槍が有利ではあるのだが、エフラムはそれに頼らない強さを感じさせ、エリウッドも勝率は五分も無かった。


「お疲れ様、2人とも。今日はこの辺りにしよう」
「そうだなエリウッド。しかしルミザ王女はどうなったんだ? 魔法の事はよく分からないが、その基礎とやらは出来たのか」
「そうだな、後で姫の所へ寄ってみよう。今後の予定も立てておきたいし」


何かマズい事が起きたら連絡ぐらいは来るだろうから、何もない今は問題が無いという事だろう。
便りの無いのが無事な証拠とはよく言ったものだ。
だが状況が分からなければ不安になるのは仕方がない事で、エリウッドはふと、行方の知れない親友ヘクトルを思い浮かべる。


「ヘクトルは無事なんだろうか。ルミザ姫と僕を逃がす為、囮になって」
「きっと大丈夫だよ兄貴、ヘクトルはオレより頑丈なんだから、無事だって」


ロイの励ましの言葉にエリウッドも笑顔を取り戻し、親友の無事を信じる。
そうだ、自分がちゃんとヘクトルの無事を信じ待っていなければならない。
エフラムはそんな2人のやり取りを見て、今は帰れぬ祖国ルネスを想う。
一体何故、叔父は友好国ラエティアを侵略したのか、父や父に従っていた家臣、ルネス・ラエティア両国民は無事なのか。
ルミザに聞いた話ではラエティア国に興味は無く、ただルミザだけを狙っていたようだが……。
謀反を起こす前、叔父に何かおかしな言動は無かったか、思い出せるだけ思い出そうと試みるが、曖昧な記憶では謎の解明に役立ちそうも無い。


「よし、じゃあルミザ様の所に行って、挨拶してから休むか」
「そうだね」


砂漠の夜は寒く氷点下になるのは当たり前だが、この魔道士の里ネブラは特殊な魔法でもあるのか昼も夜も至って過ごしやすい気温が保たれている。
こんな環境下なら鍛錬もはかどるというもの。
少し様子見もするつもりでエリウッド達はルミザの元を訪ねてみたのだが。
場所を聞いて建物をノックすると、中から出て来たソフィーヤに入室を拒否されてしまった。


「申し訳ありません。今ルミザ様は、凄く順調で……。まだ続けたいと仰っているんです。どうか、今日のところは…お引き取り下さいませんか」
「そうなんですか、分かりました。色々と尽力して下さっているようで、本当に感謝しています」
「いえ、エリウッド様。私達も……ルミザ様が一生懸命で、お教えする意義を感じているんです」


ソフィーヤは、ふわりと柔らかく微笑み告げる。
失敗するのはどうしても免れないが、ルミザは何度もめげずに挑戦し確実に上達していた。
元々の才能もあってか魔力は申し分ないし、きちんと教えればかなりの使い手になるのは間違い無い。

そんな人物の師になれるという期待と喜び。
何より世界を脅かしかねない邪神に対抗する為、懸命に光魔法を覚えようとしている彼女の力になりたいと思えている。
ソフィーヤは相変わらず控え目で穏やかに、そんな趣旨の事を言った。
ソフィーヤと別れ、用意して貰った家へ向かいながらロイが溜め息を吐く。


「すげぇな、ルミザ様にそんな才能あったんだ」
「何かあるとは思っていたけれどね。聖神に仕える虹の巫女が姫にマテリアを託すんだから」
「俺達がルミザ王女に追い越されないようにしないとな、逆に守られる事になってしまいそうだ」


空に大きな月を浮かべ、魔道士の里の夜は更ける。
強くなろうとする者達の祈りを吸い上げながら。


++++++


翌朝。
朝食を済ませたエリウッド達は、鍛錬を始めようと里の中心から離れた入り口の広場へやって来た。
人もおらず暴れ回っても何ら問題は無い。
強くなるルミザに負けじと武器を振るい、経験を積み上げていく彼ら。
そんな折、ふと入り口にある石造りの門が開き誰かが中へと入って来た。
誰かと思ってそちらを見てみると3人の人物がこちらへ歩いて来る。

1人は切り揃えられた赤紫の髪の生真面目そうな少年、
1人は赤い髪と瞳だが、いかにも男の子といった感じのトパックとは違い少々女の子にも見える利発そうな少年。
あとの1人は、2人目の少年と同じく赤い髪と瞳をした妖艶な美女で、一体何の組み合せかとエリウッド達は顔を見合わせる。
そのうち赤い髪の少年がこちらに気付き、女性の制止も聞かずに走り寄って来た。


「あれっ、お客さん? 珍しいなぁ……。あ、もしかして大賢者様から通達があった王女様ご一行!?」
「えっ……」
「こらユアン、駄目じゃないの邪魔しちゃ!
 ごめんなさいね、好奇心の塊みたいな子で……」


女性がすぐに駆け寄り少年を押さえて謝る。
赤い髪の少年がユアン、赤紫の髪の少年がエルク、女性はテティスという名でユアンの姉だとか。
ユアンとエルクは共に魔道士で、用事があって里からずっと南にある海辺の都へ行っていたらしい。
興味津々で色々と訊ねて来るユアンのマシンガントークはなかなか終わらない。


「やっぱり王女様ご一行なんだ! ねぇ、王女様ってどこに居るの? 僕、会ってみたかったんだ!」
「いや、今は魔法の修行中だから会えないよ……」
「魔法の修行かぁ、じゃあ僕も教えてあげるよ、それなら大丈夫だよね!」


エリウッドの答えにユアンは益々目を輝かせ、一目散に走り出した。
慌てて追うテティスと、すみません……と一言謝って共に駆けて行くエルク。
何だか気になってエリウッド達も後を追う事にした。

一方、ルミザが魔法の修行を続ける建物。
まだ2日目だがバランス感覚とコントロール力がなかなか身に付いて基礎の習得は順調だ。
今は休憩中で、和やかに話なんかしていると入り口が勢い良く開く。
見てみれば入って来たのはユアンで、驚く一同に構わずルミザに駆け寄った。


「うわぁ本物のお姫様だ、僕はじめて見た!」
「え、あ、あの……」
「ユアン帰ってたの? 用事はもう済んだ?」
「うん、ついさっき帰り着いてさ。あ、これルゥに頼まれてたものだから」


ユアンはルゥに手にしていた袋を渡し、
またすぐ興味津々でルミザへマシンガントークを始める。
困った様子のルミザをフォローしようとソフィーヤやトパックが口を開く前に、テティスやエルク、それにエリウッド達がやって来て賑やかしい。
ひとまずルミザに自己紹介をした後、エルクが魔道士達に報告する。


「港町エスタースの祭は準備も順調に行ってる。テティスさんはこの前完全に引退したから、今回は引き継ぎの儀式だけだったよ」
「港町エスタースとはリデーレの南方にある、王都に次ぐ都の事ですよね?」
「はい、近々、海原女神を讃える祭があるのでその準備をして来ました」
「お祭りですか。それで引退とか引き継ぎとかいうのは一体?」
「えへへ、僕のお姉ちゃんはお祭りの巫女をやってたんだよ。こんど結婚するから引退して、次の人にバトンタッチしたんだ」


ユアンの説明の中に巫女という言葉を聞き、ついバッとテティスへ顔を向けてしまうルミザ。
事情を知っているトパックが、違う違うと笑いながら説明してくれる。


「巫女って海原女神のマレに捧げる歌や踊りをする巫女の事だよ。ルミザ様が探してる虹の巫女とは全く別だからさ」
「そ、そうでしたか、つい過敏になってしまって。びっくりしました」
「あら、あなた巫女様を探してるの? 虹の巫女……聞いた事ないわねぇ。でも何か引っかかるような」


テティスは何か心当たりがあるようで記憶を手繰って行くが結局何も思い出せず世間話に入る。
ルミザに南国の都の素晴らしさや祭の楽しさ、果ては海に纏わる噂話から港町領主の娘の恋沙汰まで教えてくれて、何だか楽しくなったルミザ達は話に聞き入っていた。


「でね、領主の娘さんはその護衛に恋しちゃったらしくて。友達のミカヤっていう子……あ、その子私の次の巫女なんだけど、彼女や私に何度も相談したりして健気なのよねぇ」
「護衛と女主人の恋ですか……何だかロマンチックで素敵ですね、守って下さる殿方にときめくのは、私も分かります」


ルミザのその言葉に、彼女の臣下であるエリウッドやロイ、ついでにエフラムもドキリとする。
“守って下さる殿方にときめくのは、私も分かります”
それはもしかすると、今までルミザを守っていた自分達にときめいた事があるという事だろうかと、ちょっとした期待が頭の中に浮かんだ。
だがルミザはテティスと盛り上がっていて、特にエリウッド達を意識している様子は見られない。

さて、雑談はこの辺りにしてそろそろ鍛錬の再開をしなければならない。
ユアンとエルクも魔法を教えてくれる事になり、テティスは建物を後にするエリウッド達について行った。
その途中テティスがからかうようにエリウッド達に話し掛けて来る。


「ねぇねぇ、ルミザ様が言ってた“守って下さる殿方”って、あなた達の事なのかしらね?」
「い、いや、どうだろうなぁ。ルミザ様、オレ達の事は特に気にしてないみたいだったし」
「可愛いお姫様だったけど、やっぱり人並みに恋に憧れたりするんじゃないかしら。たまには特別な扱いをしてあげると喜ぶかもしれないわよ」
「ルミザ王女は今、それ所じゃない筈だ」
「そうです。それに言われなくとも、ルミザ姫を特別にお守りするのは臣下として当然ですから」


ロイもエフラムもエリウッドも恐らく照れてしまっているだけだろう。
テティスはそれが分かっているのか、お堅く振る舞っている彼ら3人を見てクスクス笑っている。
ただ気になるのは、ルミザが言っていた“殿方”が誰を指すかだが……。
故郷に想い人でも居るのかと、テティスは彼女の様子を思い出していた。

一方ルミザ。
魔力を少しずつ放出しながら、バランスを取る訓練も魔力の行方を操作する訓練も上手くこなした。
次はいよいよ意図的に大きく放った魔力をコントロールする練習だが、突然ユアンが大きめの紙に何かを書き出した。
見れば簡易的なダーツの的のような標的で、一番外側が10点、次が30点、60点、90点、100点……と、
内側の小さな円へ行く程に点数が上がって行く。


「ユ、ユアン君……まさかこれを的にして練習をするつもりですか?」
「うん、標的があった方が狙いを定めやすいし、点数があれば高得点を狙ってやる気が出るでしょ!」
「あのね、ルミザ様は遊びに来た訳じゃないと僕は思うんだけど」


エルクが呆れ顔でユアンの行動を咎める。
しかしユアンは、何事も楽しむ気持ちが大事なんだよと聞き入れない。
確かにただ淡々と鍛錬するよりは、そちらの方がやる気が出そうではあるが……。
取りあえず、折角用意してくれたので壁に貼られた的を目標にしてみる。
間違っても壁を壊したりしないよう放つ魔力の調節も練習していた。
真っ直ぐに的を見据え、魔力を放とうと集中する。

しかし放つ直前、ふと、ダーツの矢はどんな形だったかと考えるルミザ。
ど忘れしたのか思い出せず、頭に浮かんだのは普通の弓矢の矢だった。
瞬時に矢をダーツの代わりに投げている場面を想像してしまい、笑いそうになるのを堪えて集中しなければと思い直す。
魔力を手に集めそこから勢い良く放つイメージを浮かべるが、瞬間、初めて魔力を放った時と同じように体に妙な力が掛かり、バランスを崩した。


「(えっ!? そんな、あんなに練習したのに……)」
「ルミザ様っ!」


その声が誰の物かなど、考える余裕がない。
体から魔力が抜ける感覚がして、それでも必死でバランスを取ろうと姿勢を保つルミザの手から、眩い光が放たれた。
それは勢い良く前方へ飛んで行き、ユアンが貼ってくれた的に刺さる。
そう、刺さったのだ。
煌々と光を放つそれは弓矢の矢の形をしていた。
光で出来ているようで、やがて跡形無く消え、後には光の矢が刺さった跡だけが残されていた。


「100点ですね」


呆然としていた一同は、ルーテの相変わらず淡々とした声に我に返る。
まぁ……確かに穴が開き、くすんだ部分は100点の場所だが。


「あれ……でも今の光魔法じゃなかった? だよね、火でも風でも雷でもないし、闇魔法でもないし」


昨日から教えてくれているルゥが、一体いつの間に光魔法を習得したのかと言いたげに訊ねて来る。
だがルミザも一体どうして光魔法が使えたのかサッパリ分からない。
大賢者に報告した方がいいのではないかと意見が出るが、エルクが遮った。


「ルミザ様は意図してなかったみたいだし、少なくともバランスが取れるまでは鍛錬を見て差し上げた方がいいよ」
「そう……ですね、あと少し……安定するまで」
「分かりました、では皆さん、あと少し宜しくお願い致します」


ルミザは礼をして、今度は意図的に魔法を使う練習と、改めて攻撃魔法を使う際のバランスとコントロールの力を養う為に彼らに教えを請う。
何故いきなり教えて貰ってもいない光魔法が使えたかは分からないが、どちらかの大賢者に訊けば分かるような気がした。
そこから遠く離れた神殿の隠し部屋、大賢者セネリオは、ぽつりと呟く。


「もう覚醒しましたか。元々の才とは言え、思ったより早かったですね」





−続く−



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