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12章 魔道士の里



砂、砂、砂。
見渡す限り地面が黄金に包まれ、青い空とのコントラストが非常に美しい。
だが、そこを旅する者にとっては苦しさを運ぶ。
シンプルなローブで頭からすっぽりと体を覆い、駱駝に乗って進む王女達。
あまりの暑さに頭を包むフードを外したルミザだが、予想したような風や涼しさは皆無だった。


「ルミザ姫、フードを被って下さい。砂漠で肌を露出すると火傷します」
「あ、そうね。ごめんなさいエリウッド」
「あーもう、あちぃぃっ! その魔道士の里ってまだ着かないのかよ!」
「叫ぶなロイ、煩い」


街を出て3時間ほど経過したのだが、それらしいものは見えて来ない。
時たまオアシスが楽園のように顔を覗かせるが、基本的にはどちらを向いても砂漠、早くもバテて来た王女達一行だった。
しかしオアシスが点在するのは有り難い。
奇跡のような草花や泉のお陰で、オアシス周辺は気温も幾分かマシだった。


「そろそろ休もうよ。オレもう駄目、死ぬ」
「だらしがないな。見ろ、ルミザ王女だってまだ頑張ってるんだぞ」
「エフラムさっきから厳し過ぎだってー……」


だらけるロイに、頑張ってと苦笑するルミザ。
だが確かに、体力はじわじわと消耗していく。
ルミザはちらりと背後を見やり、連れて来た愛馬ウィアを確認する。
直射日光避けの布を被せた彼女は、砂に足を取られ歩みは遅いがちゃんと着いて来てくれていた。
連れて来ない方がウィアの為になったかもしれないが、やはり置き去りになど出来なかった。


「暑い暑いと思うから余計に暑くなるんだ、黙って別の事でも考えてろ」
「無理だって、心頭滅却しても暑いものは暑い! なぁ……ルミザ様からもエフラムに言ってくれよ、ちょっと休もうって」
「そうね……あの向こうに見えるオアシスに着いたら休憩しましょう。それまで頑張ってロイ」


蜃気楼で些か距離感が狂うのだが、大体100m程前方にオアシスが見えた。
よっしゃあ! と急に元気を出したロイが手綱を打つのだが、訓練された駱駝はそれも無意味だ。
またすぐ元気を失くし、頼むから早く着けー……とダレるロイに、皆で微笑ましく笑うのだった。

やがて辿り着いたオアシスで休憩する4人。
思い思いに日陰に入り、泉で涼んで疲れを癒す。
ウィアに水を飲ませながらぼんやりと辺りを見回していたルミザに、エフラムが水筒を差し出した。


「ルミザ王女も、ちゃんと水分補給をした方がいい」
「あ……有難うございますエフラム王子。ウィアに飲ませてから私も飲もうと思っていたのです」
「……不安か」


エフラムの問いにドキリとしてしまうルミザ。
確かに不安だった、どちらを向いても魔道士の住む里らしきものは無い。
本当に見つかるのか、いくら探しても無駄なのではないかと、不安の混じった焦燥に駆られた。
不毛の大地である砂漠の辛い旅がそうさせているのかもしれない。
そんなルミザの元へエリウッドもやって来て、彼女を励ます。


「姫もきっと疲れているのでしょう、諦めず探せばそのうち見つかります」
「そうね……諦めていられないわ、これからの為に光魔法を授けて頂かなくてはならないのだし」


決意を新たに、残酷とも思える広さの砂漠をキッと見据えるルミザ。
その瞬間、爽やかな一陣の風が吹き抜け辺りを優しく撫でて行った。
うわー、今の風すっげえ涼しかったと、ロイが嬉しそうに、もう一回吹かないかなと辺りを見回している。
確かに今の風はこの灼熱の砂漠では冷たく感じる程涼しいものだった。

明らかにおかしい。
昼間と言える時刻の砂漠の風があんな涼やかだなんて、普通ではない。
エリウッドとエフラムも異変に気付いたのか、武器に手を掛け様子を窺う。


「ルミザ姫、ロイを側へ呼びお下がりください」
「何か居そうだな」


言われるままロイの側へ向かうが、瞬間、凄まじい突風が襲い掛かった。
砂を巻き上げ砂嵐となったそれによって辺り一面が淡い茶色に染まる。
腕で顔を庇いながら辺りを確認しようとするが、余りの勢いにそれも不可能。
連れ去られてしまいそうな錯覚が起きる程の風量に立っていられなくなり、ルミザがぐらりと傾いで膝を付いた。
風に押されつつロイは何とか近寄りルミザを支えようと手を伸ばす。
だがあと少しで掴めると思った瞬間、彼女が淡い光に包まれ瞬時に掻き消えてしまった。
驚き名を呼ぶロイだが、すぐに同じ光がロイを包み、彼も同様に消える。


「ルミザ王女、ロイ!」


残ったエフラムとエリウッドも、やがて光に包まれ掻き消えてしまった。


++++++


行くな、何をされるか分かったものじゃない!
あいつはお前が思っているような慈悲深い奴じゃないんだ、こっちもお前を利用したい一心で……。
このまま三人でどこかへ逃げよう、今だったらまだ気付かれない筈だ!

行くな、…………っ!



「……ごめんなさい」
「気付かれましたか?」


何だか悲しい、しかしハッキリしない夢の途中、聞き慣れない女性の声に目を覚ますルミザ。
柔らかなベッドで眠っていたらしく、隣に目をやると少女が座っていた。
少々痛む体を騙しながら起き上がると、彼女が心配そうに口を開く。


「あ……まだ、起きては……」
「もう大丈夫です、あなたが助けて下さったのですか? 私はルミザと申します、この度は有難うございました」
「いいえ、私たちが、お呼びしたのですから……。私は、ソフィーヤと申します」


薄紫の髪を床に付くほどまで伸ばし、華奢で儚げな印象のある美少女。
喋り方も呟くようで、儚い印象を強めていた。
私たちがお呼びした、の部分が気になったが、今はそれよりも他に気にせねばならない事がある。

エリウッド達は一体どうなってしまったのか。
自分の他に男性が3人と白馬が一頭、駱駝が5頭いなかったかと尋ねる。
ソフィーヤの話によるとエリウッド達は別室で休んでいるらしいが、ウィアや駱駝は居なかったらしい。
取りあえず、これからどうするかをエリウッド達に相談しなければ。
ルミザがソフィーヤにここは一体どこなのかと訊ねると、彼女はふわりと柔らかく微笑んだ。


「ルミザ様……ようこそ、おいで下さいました。ここはワスティ砂漠、魔道士の里……ネブラです」


自然と紡がれた言葉に、ぽかんとするルミザ。
あれだけ必死に探し回った里が、砂嵐から助けられあっさり見つかるとは。
少々混乱しながらも何か言わなければと口を開きかけるが、その前に騒々しい足音と声がする。


「ソフィーヤ、こっち3人とも起きたぜ!」
「トパックさん……あの、少し、お静かに……」


いきなり扉を開け入って来たのは、燃えるような赤い髪と瞳の少年。
活発そうな顔に緑のバンダナが映える。
ソフィーヤに言われて笑顔で謝る彼……トパック。
3人とも起きたという事は全員無事なのだろう。
ホッと息をつくルミザにソフィーヤは、相変わらず控え目に話し掛けた。


「ルミザ様……具合が良くなられましたら、大賢者様の所へご案内します」
「! 大賢者様…」


いよいよ、光魔法を教えて貰う事になる。
緊張を心の奥底へ静かに押し隠し、ルミザは重々しく頷いた。

エリウッド達と合流してから建物を後にし、魔道士の里へ本格的に足を踏み入れるルミザ。
そこは砂漠の中とは思えない程の場所だった。
白い煉瓦が敷き詰められ舗装された道、あちこちに水路が流れて木々や草花が植えられ、まるで楽園のような華やかさ。
建物は2、3階程度の高さで統一され高い建物が無いので、空が思い切り広く見えて、その濃い青色と道の白、草花の緑との対比が実に美しかった。
照りつける太陽は砂漠のそれかもしれないが、気温は少し暑いくらいの程度で非常に過ごし易い。
大通りの先には台形で段のついた巨大な建造物があり、長い階段が建造物の真ん中辺りの高さの入り口へ向かい延びている。
その真っ白な壁も濃い色の青空に映えて美しい。
あれが魔道士の里・ネブラの神殿で、あそこに大賢者が住んでいるそうだ。
辺りを見回しながら、エリウッドが感嘆する。


「凄いな、砂漠の中だっていうのに噴水まである。里というより都みたいだ」
「本当……。ソフィーヤさん、綺麗な街ですね。まさに砂漠の楽園だわ」
「お気に召したなら幸いです。階段が少し、辛いかもしれませんけれど……あの神殿で、大賢者様がお待ちです」


神殿のふもとへ辿り着き見上げると、目が眩みそうな高さだった。
当然階段も長くて、ロイが再び力を失くす。


「うわぁぁ、高っ……! なぁソフィーヤ、他に道って無いのかよ?」
「すみません……あそこからしか、入れなくて……」
「仕方ないだろう、お前さっきから情けないぞ」


相変わらずエフラムがロイに突っ込み、あんな奴放って行こうと先行する。
慌てて付いて行くロイも充分に休憩した後で、言うほど辛くなさそうだ。
かなり高くなってから背後を見やると、美しい都を囲むように広がる塀の向こう、広大な砂漠が辺り一面を埋め尽くしているのが目に入る。
この街の外には砂漠以外何も見当たらない。
本当にここは砂漠なのね、と少し湧き出ていた疑念を払拭したルミザだった。

そして入り口に辿り着く。
中へ入ると、そこはガランとした広い空間。
磨き上げられた床に堅い靴音を響かせながら奥の祭壇へ向かうと、ソフィーヤが前へ進み出た。


「アトス様、ラエティアの第4王女ルミザ様……お連れしました」


その呼びかけに呼応するかのように祭壇が光を放ち、1人の人物が現れる。
それは真っ白で立派な髪と髭を蓄えた老人。
厳格そうな表情、まさしく誰もが想像する賢者の風貌で、出現と同時に辺りの空気が張り詰める。


「ご苦労だったソフィーヤ、下がってよいぞ」
「はい。ルミザ様…こちらが大賢者アトス様です。では…また後程」


ソフィーヤが神殿を後にして、その靴音が消えると辺りは静まり返る。
ルミザは改まって頭を下げ、挨拶した。
それに続いてエリウッドとロイ、エフラムも挨拶し、早速本題に入る。


「邪神等の事は大方耳に入っているが、一体何用で訪ねて来られたのか」
「はい、実は先日、ドルミーレ王国にて邪神が闇魔法を使う事が判明しました。知り合った王族の方から、大賢者様なら有効な光魔法を教えて頂けるかもしれないと聞き、訪ねて参りました」
「成る程。どちらの大賢者を指して言ったかは判らぬが、確かにドルミーレの王族とは面識がある」


どちらの大賢者、の言葉に、4人は違和感を覚えて顔を見合わせた。
それはつまり、大賢者は彼以外にもう1人存在するという事だろうか。
確かに魔道士の里と言われる程の場所なら、他にも強力な使い手が居ても良さそうなものだ。
彼らが抱く疑問に気付いた大賢者アトスは、ふむ、と息をついて少し考え込み、何かを思い出したように口を開く。


「王女ルミザ、そなた達はどうやってこのネブラへやって来た?」
「それが、実は突風に巻き込まれて気を失い、気付いたらこの地へ……」
「あー……ルミザ様、その事なんだけどさ」


突然、ロイがバツが悪そうに口を挟んで来た。
一体何かと振り返ると、エリウッドとエフラムもロイと同様にしている。


「ゴメン、言ってなかったんだけど……。砂嵐に巻き込まれてる最中、何か変な光に包まれてさ、それで消えちゃったんだよね」
「光に包まれて消えた? それって私が?」
「うん。その後、オレ達も消えて気を失ったんだと思う……んだけど」
「突風に、光は恐らく転移魔法といった所か。間違い無くセネリオ殿だな」
「えっ……?」


セネリオ。
その名前を聞いた瞬間、心の中から湧き上がって来る親近感に、暖かい気持ちを覚えるルミザ。
気分が良くなって思わず笑いたくなる程で、本当にそうしてしまいそうになるのを慌てて押さえた。
そのセネリオが、もう一人の大賢者らしい。
今はこの神殿の奥で瞑想中で、出て来ないとか。
客人の来訪が分かるのも呼び寄せるのも、セネリオがやっているそうだ。


「会いに行かれるとよい。セネリオ殿が呼び寄せたのだから、構わぬだろう」
「あ、はい。そのセネリオ様はどちらに……」
「今通路を開ける」


ルミザの質問に、アトスは手にしていた杖を翳し、背後へ振った。
すると祭壇奥の壁に入り口が現れ通路が出現する。
アトスに礼を告げ足を踏み入れるとそこは、窓も無く壁の松明のみが頼りの薄暗い隠し通路。
幅は人が4、5人横に並べそうな程で、天井も3m近くあり狭くはなかった。
だが数m先が真っ暗闇では恐怖や不安が煽られ、どうにも歩みが鈍くなる。


「ルミザ王女、俺が先行しよう。エリウッド達は背後を頼む」
「すみませんエフラム王子、お願いします」


エフラムが前に進み出ると、先程まで通路奥の暗闇が目立ったルミザの視界に頼れる背中が現れてホッと落ち着く。
そうなると、途端に壁の頼りない照明も明るく綺麗に見えてしまうのだから、不思議なものだ。
途中、階段を上がったり下がったり、今どの辺りに居るのかも分からないままに進み続けると、ようやく前方に、それらしい両開きの扉を見つけた。
ルミザが進み出てノックをしようとするが、その瞬間、扉が勝手に開いて彼らは警戒を示す。
薄暗い室内にその場から動けずにいたのだが、やがて中から少女のような声が聞こえて来た。


「……入らないのですか?」
「えっ……あ、いいえ、失礼致します」


さり気なくエリウッドがルミザを庇うように前へ進み出て入室する。
薄暗い為慎重に進んでいると、急に明かりが点いて室内が照らし出された。
中央に魔法陣が描かれ、周囲は蝋燭で囲んである。
その魔法陣の中央に小柄な人物を見つけて、躊躇いながらも歩み寄った。

真っ黒でストレートな長髪を後ろで1つ結び、左右に分けられた前髪の為に晒された額には赤色の謎の紋章が浮かんでいる。
漆黒の髪と対照的な白い肌に、深紅の瞳が整いすぎた美しさを表していた。
ただ……確かに美しいが、まだまだ幼い印象もある。
一見すると小柄な美少女のようで14、5歳程にしか見えず、この方が大賢者……? と疑問が浮かんだ。
ここでは何ですので奥の部屋へどうぞと、促されるまま奥の壁を見ると、確かに両開きの扉がもう1つあった。
中は少々広めの部屋で、少し豪奢だが普通に生活する為にあるようだ。
テーブルに通されソファーに座るとすぐに向こうの方から本題に入る。


「僕がもう1人の大賢者、セネリオです。あなた方を此処へお呼びしたのも」
「あなたも大賢者様なのですか」
「……意外ですか?」


深紅の瞳に見つめられ、ドキリとするルミザ。
セネリオは先程から真顔で喋り方も淡々としていて……幼くも美しい顔がまるで人形のようだ。
それとは別問題として、やはり何故か、彼(?)に親近感を覚える。
セネリオはたおやかに息をひとつ吐くと、そのままの調子で続きを紡ぐ。


「まぁ、こんな子供が大賢者と言っても信用は無いでしょうが。そんな事より光魔法です」
「は、はい。セネリオ様、どうか私に光魔法を教えて下さいませ」
「勿論、元よりそのつもりですが。ただその前に、確認させて下さい」


セネリオの淡々とした語気が、こちらを見つめる無表情な瞳が、少しだけ強くなった気がする。
ルミザは、光魔法を覚えるという事柄だけに気を取られ、忘れていた。
魔法を覚えるのなら、ある覚悟をしなければならないのに、すっかり失念してしまっていたのだ。
セネリオが確認したのは、まさにその事だった。


「何にせよ魔法を覚えるという事は、人を攻撃し殺す覚悟が必要です。ましてやあなたの旅は、狙われる危険が高いもの。その覚悟はありますか?」
「あ……」
「大丈夫だよ、ルミザ様は戦いなんかしなくたって、オレ達が守る!」
「それでは困るのですよ。何より彼女自身が嫌なのでは? 折角戦える力を身に付けたのに、結局は守られるしかないなど」


確かに嫌だった。
邪神に対抗できる有効武器は光魔法で、素質があるのはルミザだけ。
それに攻撃魔法があれば今までのように戦いが起きても、逃げるだけの自分から脱却できる。
つまりそれは戦うという事で、相手を傷付け、時には殺さねばならない場面も出て来るだろう。


「そうだな、ルミザ王女も覚悟する時が来た」
「エフラム王子……?」
「戦うんだ。まずは自身を守る為に強くなり、そして祖国を守る為に」
「で、ですが私は、誰かを傷付け殺すなんて、そんな事は出来ません……」
「甘ったれるな!」


急にエフラムが怒鳴り、セネリオ以外は驚いて体をビクリと震わせた。
主君が乱暴に怒鳴られた事にエリウッドが憤慨し、エフラムに反論する。


「エフラム王子、それはあんまりです。ルミザ姫は今まで戦いとは無縁の日々を送って来たのに、それをいきなり、誰かを傷付け殺せなんて……」
「今までは今までだ、エリウッド。お前こそ状況を理解しているのか? それにお前だって、乗り越えて来た壁だろう」


確かにそうだ。
ラエティア王族に仕える貴族として、彼らを守る為に教えられて来た。
人を傷付け殺す事も初めは嫌で仕方なかったが、自身や大切なもの、そして王族を守る為に克服してきた事だった。
現にエリウッドもロイもこの旅で、ならず者などを何人も殺している。


「分かるだろう、俺だって初めから戦いが大丈夫だった訳じゃない。だが、自身や大切なものを守る為には必要不可欠だった」
「誰かを傷付け、殺す事が……ですか?」
「そうだ。勿論、そうしなくて済むに越した事は無いが、状況を考えろ。ルミザ王女の守りたいものや成し遂げたい事は、どちらも重大なんだ」


ルネスの支配から国を解放し、邪神を倒し、祖国に住む全ての民を守る。
生半可な想いや実力では到底成し遂げられない。
だがそれでも、自分が誰かを傷付け殺すなんて、考えられなかった。
想像すると体が震え、恐怖で呼吸が苦しくなる。
そんなルミザが黙り込んだままなのを見かね、セネリオが口を開いた。


「取り敢えず、僕は絶対にあなたに光魔法を教えるつもりです。案外、魔法を覚えて必要な場面が来れば、その覚悟も決まるかもしれませんよ」
「だと、いいのですが」


励ますように言われても、不安で仕方がない。
取り敢えずはセネリオの言う通りに、光魔法を教えて貰う事になった。
まずは他の魔道士に基礎から教えて貰う為、セネリオの元を後にする。


「セネリオ様、情けなくて申し訳ありません。こんな私に親切にして下さって有難うございます」
「……あなたの為なのは当然ですが、僕の為でもあるんですよ。だから感謝される事ではありません」
「え? セネリオ様の為とは一体……」
「いずれ分かります。隠し通路の出口までワープの杖で送りましょう」


セネリオは、指定した者を転移させるワープの杖を翳し、呪文を唱える。
するとすぐにルミザが光に包まれ掻き消えた。
どうやらこれを使ってルミザ達を砂漠から呼び寄せたらしい。
呼び寄せたのは、遠くに居る者を引きよせる“レスキューの杖”らしいが。

セネリオは次々と残った3人もワープの杖で出口まで送り出した。
ふぅ、と1つ息を吐き、すぐさまレスキューの杖を手にして呪文を唱える。
輝く杖が前方に光る空間を作り、遠くに居る筈の者を近くへ呼び寄せた。
出現したのは、何とドルミーレでルミザに接触した蒼髪の男アイク。
セネリオはすぐさま彼の傍に寄り跪く。


「アイク、お帰りなさい。ご無事で何よりです」
「あぁ、いつもご苦労だなセネリオ。ルミザの事はちゃんとしているか?」
「はい、あなたの仰る通りに致しました。これから光魔法を教える所です」


その従順な答えに満足げに頷き、アイクはセネリオを立たせると抱きしめて頭を撫でてやる。
少しの間その感触に嬉しそうな笑顔を見せていたセネリオだったが、やがて離され表情を引き締めた。
何としてもルミザには光魔法を覚え、強くなって貰わねばならない。
最低でもそれが出来ない限りは邪神を倒す事など不可能なのだから。


「そうだセネリオ、聖神に関する事はまだルミザに話してないのか? 聖神の娘に子供が居た事とか」
「あ、はい。まだ話してはいませんが。彼女は、天より落つる子の話など信じるでしょうか?」
「信じるさ、“大賢者様”の言う事であれば尚更。少しずつ刺激すればいい」


ルミザが忘れた記憶を引き出したいが、いきなり全てを話しても混乱させてしまうばかりだ。
少しずつでも関連のある話をして、何かのきっかけで思い出せばいい。
まぁ切羽詰まった時にはそうもいかないだろうが。


「頼んだぞ、セネリオ。お前には苦労をかけるな」
「そんな、とんでもありません。彼女……ルミザの為という事は僕の為という事ですし、何よりあなたの為なんですから。こうしてお手伝いをするのは当たり前ですよ」
「有難う、本当に助かる。じゃあ俺はルネスへ向かうから、ワープを頼むぞ」
「畏まりました」


再びワープの杖を翳し呪文を唱えると、アイクが光に包まれ掻き消える。
それを見送ってから、セネリオは書庫に入り一冊の書物を取り出した。
聖神に関する様々な事が書かれた宗教的な本で、それを読みながら、軽く嘲笑の笑みを見せる。


「……虚偽もここまで来ると笑えて来ますね」


ルミザが真相を知った時にどんな反応をするか。
それを考えると、見てみたいような、心配で教えたくないような複雑な感情が巡るのだった。





−続く−



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