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11章 王国の夜明け



王都下町の出身であるらしい2人の少年、エディとレオナルドに道案内を任せ、ルミザ達は狭い路地を駆ける。
先程から右に曲がったり左に曲がったり、足元もあまり良くない為に大変なのだが、そのお陰か闇は追って来ない。


「レオナルド、この辺でいいんじゃないか?」
「そうだね。皆さん、一旦隠れましょう」


2人横に並ぶのがやっとな階段を降りると、2m程度の木が立ち並んで垣根を作り出す道に入り込んだ。
両側を囲まれてまた狭い道だが、やがて先に建物の壁に囲まれた狭い空き地が目に入る。
どうやら、全て建物の裏や側面の壁らしいが。
そのうち1つの壁にだけ、明らかに後から付けられた小さなドアがある。
招き入れられると、そこは隠れ家的な小さな家だった。


「ここは一体……?」
「おれとレオナルドの家だよ、ここなら多分見つからないだろ」


話を聞けば、この辺りの建物は殆どが空き家で打ち捨てられており、身よりを失った者や流れ者が住み着いているらしい。
辺りは静まり返っているので闇が追いかけて来ている可能性は低いだろう。
今のうちに今後の作戦を考える事にした。


「とにかく逃げ回るにしても、いずれはバレッダを何とかしなければな」
「あいつねぇ。ルミザを執拗に狙ってたみたいだけど何で?」
「それは多分……私がラエティアの王女だからよ」


ルミザは、王妃が今まで逃げなかった理由と、それがバレッダが自分を狙う理由だと教えた。
それを聞いたエフラムとワユは、まず王妃が橙を司る巫女のマールムであるという事実に驚く。
王妃マールムは、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありません。聖神のお告げがあったとは言え、私が今まで逃げなかったばかりに、ルミザ様を危険な目に……」
「王妃様っ、そんな勿体無い! 危険は承知で旅に出たのです、どうかお上げになって下さい……!」


巫女である彼女が聖神を信じるのは当たり前の事。
それよりも、聖神のお告げというのが気になる。
ラエティアの第4王女が真に救いを齎す……。
つまり、きっとまだ、自分に出来る事がある筈。


「王妃様、何か私に出来る事は無いでしょうか。お告げがあったのなら、きっと何かが……」
「なぁ、さっきから一体、何の話してるんだよ」


突然、話に割り込んで来る声がした。
見れば、自分達を案内してくれたエディが不思議そうな顔をしている。
レオナルドが、非常に慌てた様子でエディを押しとどめた。


「エディなに割り込んでるんだよ! ごめんなさい、僕達の事はお気になさらなくて結構ですから」
「……おや」


エルフィンが、エディの前に立ちはだかったレオナルドの顔を見つめた。
ようやく彼をマトモに見たらしく、まじまじと見つめて口を開く。
後ろで一つに編まれた金の長髪がエルフィンの柔和な顔に浮かぶ皺を目立たなくさせているが、怪訝な表情は隠せない。


「あなたは……。レオナルドといいましたか、どこかでお会いしたような覚えがあるのですが」
「……いえ、多分、人違いだと思います」
「……そうですか」


それ以上は追求せず、エルフィンは話を中断してすみませんと終わらせる。
気を取り直し、王妃が心当たりを思い出そうと考え始めた。


「邪神の闇には光が有効なのですが…。生憎と、光魔法を扱える者が居りませんから」
「ねぇ王妃様、大賢者様なら光魔法を教えて下さるんじゃないですか?」


王妃の隣に座るララムが明るく言い放つ。
王妃の話によると、大陸の南にあるリデーレ王国の北方に広がるワスティという名の砂漠に、賢者や魔道士の住む里があるらしい。
そこの大賢者ならば、光魔法を教えてくれるという話だが…エフラムが首を振って否定した。


「今の俺達にそんな暇などないだろう、まさかここを放っておく訳にもいかない」
「えぇーっ、いい考えだと思ったんだけど!」
「ララムさん、この件が解決したら、そこへ行ってみますから」


ルミザがララムを宥めるように言い、絶対ですよと彼女が返す。

さて、ではどうやってバレッダを倒すべきか。
あの闇を何とかしなければ、バレッダに傷を負わせる事さえ難しそうだ。
そこで、ふとエルフィンが何かを思いつく。


「母上、バレッダの闇は魔法なのですか?」
「ええ。あの闇魔法に対抗するには、光魔法が……」
「光魔法が無くとも、あの闇を何とかする事ならば可能です」


その提案に、誰もが身を乗り出してエルフィンの言葉の続きを待った。
エルフィンは、必要な物がありますと前置きをしてから言葉を紡ぐ。


「サイレスの杖があれば、闇魔法も封じる事が可能でしょう」
「サイレスの杖?」
「え?」


サイレスの杖、の言葉に真っ先に反応したのは、何故かレオナルド。
エルフィンに注目していたルミザ達は、たちまちレオナルドに注目する。
レオナルドはすぐにハッとして口を押さえ、軽く頭を下げてしまった。
どうやら、何があったか答える気は無いらしい。
エディが、何だよレオナルド! と説明を求めるが、それでも彼は黙る。
気を取り直しサイレスの杖を使う方法を検討するものの、肝心の杖が無い。


「それじゃあどうしようもないじゃないの。ルミザが杖を使えるから、杖さえあれば何とかなると思ったのに!」
「そうね、何か他の方法を考えましょう。やはりバレッダの闇魔法を封じなければ話にならないのかしら」
「……あの」


また別の方法を考え始めたルミザ達に、レオナルドが声を掛けた。
今度は何かとそちらを向くと、少し待っていて下さいと2階へ行く。
少しして戻って来た彼の手には、一本の杖が。


「レオナルド君……? まさか、その杖は……」
「……サイレス、という名前の杖みたいです」
「何だと!?」


エフラムの怒鳴り声に驚いたのか、レオナルドがビクリと体を震わせる。
レオナルドに乱暴するなと怒鳴り返すエディへ代わりに謝り、ルミザはレオナルドに説明を求めた。

その杖はレオナルドの母が死ぬ数日前に、とても偉い賢者様から授けられた杖だから、その日が来るまで大事に持っていなさいと言って渡した物らしい。
その日とは何の事か分からないが、それについて彼の母は何も言わなかったそうだ。
だから僕が判断します、どうか使って下さいと彼は言う。

ルミザはレオナルドの申し出に、正直迷った。
魔杖は使いすぎると壊れる事がよくある。
もし、彼の母の形見である杖を自分が使い、壊してしまったら……。
だがレオナルドは、使って下さいと譲らない。
エディもそんなレオナルドを後押しする。


「あのさ、レオナルドが使ってくれって言ってるんだから、気にすんなよ。と言うか、コイツがこんな積極的に首突っ込むって珍しいしな」
「……エディ、それって何のつもりで言ってる?」
「前向きに首突っ込むレオナルドとか珍しいなーって、褒めてる」


それは果たして、褒めているのだろうか……。
とにかく、本当に良いのであれば遠慮などしている場合ではないだろう。
ルミザ達は、再びバレッダに挑戦する事にした。
エディとレオナルドも案内を続けてくれる事になり、お言葉に甘える。

王妃とララムはレオナルド達の家に隠れて貰い、ルミザ達はバレッダを目指して下町を駆ける。
きっとまだ、闘技場に居る筈……と考えていたが。


「ルミザ様、あれはバレッダでは!?」


エルフィンの言葉に前方を見ると、確かにバレッダが立っていた。
慌てて立ち止まりサイレスの杖を構えるルミザ。
だが、杖が発動するよりも早く、バレッダの体を纏う闇が幾つもの筋になり、襲い掛かった。
エフラムが手槍をバレッダ目掛けて投げると、奴は足元に刺さった槍に気を取られて隙が出来る。
ひとまず体制を立て直す為に下町を出る事にした。


「って、大通りに出ちゃっても大丈夫なの!?」
「この状況では仕方ありません、民たちが逃げている事を祈りましょう」


周りの住民達に被害が行かないか心配するワユの言い分は尤もだ。
応えるエルフィンも、どことなく不安そう。
またレオナルドとエディに案内して貰い大通りに出ると、いつも大勢で賑わうそこは人通りもまばらになっていた。
ルミザを庇うように陣を組み、襲い来るバレッダの闇を迎撃する。


「ルミザ王女、早くサイレスの杖を!」
「はい!」


闇の筋より遅れて大通りへ出たバレッダに、ルミザはサイレスの杖を構えて祈り始める。
杖の装飾が光を集めて行き、やがて掲げられた杖はバレッダを包み込む魔封じの陣を放った。
バレッダが喉を押さえて前かがみになり、襲い来る闇の筋が消え去ると、奴を包んでいた闇さえも全てが消えてしまう。


「やりっ! 大成功じゃないルミザ!?」
「ええ、奴は魔法を封じられたようです。さぁ、魔封じが解ける前に……!」


魔封じが解ける前にバレッダを捕らえなければ。
ルミザ達は、しゃがみ込んだまま悔しそうに睨むバレッダへ近付く。
ワユが素早く剣を取り上げて、ルミザは丸腰になったバレッダへ告げた。


「……もうよしましょう。このままでは、あなたの命を奪う事になりかねません。あなたには裁きを受ける義務と権利があります」


バレッダも抵抗を続けて殺されるより、正当に国の裁きを受ける方がいいだろう。
ルミザはそう判断し、一歩を踏み出してバレッダに寄りつつ告げた。
だが奴はルミザを睨み付け、苦しそうに何かを言おうとしている。


「………」
「え?」
「ルミザ王女、バレッダの奴はサイレスの杖で口が利けない。早いところ軍に引き渡そう」


エフラムの言う通り、ぐずぐずしていると魔封じの効果が切れかねない。
そうね、と応え、バレッダを見ながら1歩後ろに下がろうとした瞬間。
バレッダが突然、懐から素早く短剣を取り出した。
それが何かを確認する間も無く、奴はルミザへと襲い掛かる。


「ルミザ姫っ!!」


突然、聞き慣れているが随分と久し振りに感じる声に名を呼ばれた。
ハッと気付けば、バレッダの体を手槍が貫いていて、奴は呻きつつ倒れる。
奴の背後から貫かれているのを見ると、誰かが向こうから手槍を放ったらしいが……。

ルミザ達が一斉にそちらへ目を向ける。
誰あれ? と疑問符を浮かべるワユの隣で、ルミザは驚きに目を見開いていた。
白馬に跨り、手槍を放ったままの姿勢で静止している赤髪の青年。
その後ろには、青年と良く似た顔の少年が相乗りしていた。


「ルミザ様っ、怪我は無いか!?」


そう、紛う事は無い。
彼らは間違い無く、よく知る幼なじみの親友。


「エリウッド、ロイ!」


たった5日前に別れたばかりなのに、とても懐かしく思える2人。
すぐに駆け寄り、馬を降りた彼らは心底嬉しそうにルミザへ寄り添う。


「姫……! ご無事で何よりです、僕の為に、申し訳ありませんでした」
「いいの、いいのよエリウッド。私、また無事に会えただけで嬉しい……」
「オレも、折角ルミザ様に会えたのに、また離れちゃって悔しかったんだぜ!」
「ロイも会えて嬉しいわ。無事で良かった……!」


再会を喜び合う3人。
やがてエリウッド達の背後から、新たに3人の人物が現れる。
それはカネレ王国で世話になった赤髪の傭兵レイヴァンと、彼を捜していたプリシラ・ルセア。
話を聞けば、ルミザを捜して旅立ったエリウッド達を追い、共に彼女を捜していたらしい。
レイヴァンが妹や家臣と再会できた事を喜ぶルミザだが、心配事が。


「レイヴァンさん、……あの、ウィリデさんはどうなさいましたか?」
「すまない、奴には逃げられたんだ。あの執着っぷりだと、また何かを企んで仕掛ける可能性がある」


またいつか、彼女と対峙しなければならない日が来るのだろうか……。
不安げな顔をするルミザの前にプリシラが進み出て一礼をし、次いで彼女の背後のエフラム達に視線を向けた。
瞬間、エルフィンを見つけて驚き、頭を下げる。


「殿下……! 何故、ここに」
「あなたは確か、バレッダの謀略で没落したオード家の令嬢でしたね……。今更何をと思われるかもしれませんが、奴の悪事は決着が着きました」
「では、父や母……兄様の罪は無きものと……」


必死な思いで縋るプリシラに、エルフィンは優しく頷いた。
プリシラが顔を覆って泣き出し、レイヴァンとルセアが優しく寄り添う。
不正の闘技場についての疑いは、これで完全に晴れた事だろう。
汚名返上を成し遂げた旧オード家の3人に優しく微笑んでいたエルフィンは、背後の少年にも同じような笑みを向ける。


「さて、レオナルドといいましたか。いつまで無関係を装う気ですか?」
「え……」
「あなたも、バレッダの謀略で没落した貴族……ウル家の子息でしょう」


その言葉に、全員が驚いてレオナルドを見る。
どうにもバツが悪そうな顔をする彼だが、やがて観念したように頷いた。


「うわっ! それってマジかよレオナルド!」
「今まで黙っててごめん、エディ。でも、どうしても言えなくて……」
「んー、まぁ、だから何が変わるって訳でもないからいいけどな」
「エディ……」


親友エディの分け隔てない言葉に、心を温めるレオナルド。
エルフィンは、オード家とウル家の再興を申し出るのだが、両家とも、それを断った。


「僕は結構です。ひとりで家を再興なんて難しいと思いますし、エディは貴族生活なんて向いてないと思いますし」


遠回しだが、親友と離れたくないとの意思表示。
レイヴァンの方も、今更戻る気にはなれないと告げるが、プリシラやルセアが不安そうにする。


「レイモンド様…折角お会い出来たのに、また行かれてしまうのですか?」
「兄様……」
「……その事だが、殿下に1つ相談がある」


レイヴァンが相談したのは闘技場の事。
バレッダが死に、闘技場は完全に国が運営していく事になる筈だ。
レイヴァンの相談は、そこで雇ってくれないかというものだった。
当然ながら了承となり、これなら遠くに離れてしまう事は無いと、プリシラもルセアも喜ぶ。
ドルミーレ王国に、また平和が訪れた。


++++++


そしてその後。
王妃やララム、戦っていたパーシバル達とも合流したルミザ達は、王城アクレイアへと招かれた。
夫である国王と2年振りの再会を果たした王妃は彼に寄り添い、涙の光る瞳を嬉しそうに細める。
やがてルミザ達が跪き、国王に挨拶した。


「陛下、お初にお目にかかります。ラエティア国第4王女・ルミザと申します」
「いや、王女も供の方も、顔を上げてくれ。妻の事や蔓延っていた不正……感謝してもし足りない程なのだ」


国王の言葉に、素直に立ち上がるルミザ達。
王は非常に感謝した様子で、ルミザが巫女を探して旅をしている事を知り援助を申し出る。
だがルミザは、その申し出を断った。


「是非お願いしたい所なのですが、私はルネス軍に追われています。私に協力しては、ドルミーレとルネスの間に確執を生みかねませんわ。もう事件も解決した事ですし、早めに王都を去りたいと思います」
「む……それは残念だ。せめて一晩だけでも留まって下さらないか、礼をせぬままは気が済まない」


ルミザは少し迷ったが、今日は皆疲れているだろうし、そこはお言葉に甘える事にする。
その晩は豪華な晩餐でもてなされ、こんな雰囲気が久し振りのエリウッド達やエフラム達は穏やかに楽しみ、初めてなワユ達は大はしゃぎで楽しんでいる。


「(本当に良かったわ。皆、幸せそう……)」


ルミザも実に幸せな気分で晩餐を楽しんだ。

そして晩餐会が終わった後、ルミザ達は広間でゆっくりとお茶を飲んで寛いでいた。
ふと彼らの事が気になり、訊ねてみる。


「皆さんは、これからどうなさるのですか?」
「僕はエディと今まで通りに暮らします」
「ただ、おれも闘技場で雇って貰おうかなーとか思ったりしてんだよな」


聞いていなかったのか、レオナルドがえっ!? と驚いてエディを見た。
おれもそろそろ就職して稼がないとな、などと所帯じみた事を言うエディに困惑するレオナルドには悪いが、彼らのやり取りはどうにも笑いを誘う。
ワユも闘技場で雇って貰うつもりらしい。


「そうか……。もうお別れなのよね、ワユ」
「出来ればルミザについて行きたいけど、こんな事があったんじゃ今後が心配だしね」


ワユも、自分の故郷であるドルミーレが心配なのだろう。ラエティアが気になる身として、その気持ちはよく分かった。
だがやはり、彼女と別れるのは寂しい。
一緒に居たのは4日間という短い期間だが、彼女は大切な友人だ。


「……寂しい、わね。もうワユに会えないなんて、実感が全然湧かない」
「ったく、なに言ってんのよルミザ! 二度と会えない訳じゃないでしょ、んな泣きそうな顔しない!」
「うん……」


ワユがルミザに勢い良く抱き付いて、背中を優しく叩いてくれる。
ルミザはその行為に、却って泣きそうになってしまうのだった。


「俺はルミザ王女の旅について行こうと思う」


エフラムの申し出に、内心期待していたルミザは非常に喜んだ。
彼もルネスへ帰らねばなるまいし、1人より仲間が居た方がいい筈だ。
槍術を扱う彼が居れば旅も助かるかもしれない。
……槍術と言えば、今日バレッダの最期、エリウッドが手槍を投げてくれたお陰で助かったのだが。
彼に槍術の心得があったとは知らず、ルミザは感心して彼に告げた。
だがエリウッドは多少照れくさそうに言う。


「あの手槍は下町を捜していた時に、偶然地面に刺さっていたのを拝借しただけなんです。飛び道具があれば便利かと……」
「えっ? 下町の地面に刺さっていた槍って……」
「俺がバレッダに投げた物だろうな。どうやら役に立ったようで良かった」


意外な所で取れた連携プレーに、エリウッドとエフラムは顔を見合わせて笑う。
この分なら、一緒に行っても大丈夫だろう。
ルミザがそう考えた時、広間の扉が開き、エルフィンと王妃が入って来た。
王妃は宝石箱を手に持っており、ルミザの傍まで来ると蓋を開ける。
宝石箱の中には橙色の透き通る球体。
これが目当てで旅をしているのに、すっかり忘れかけてしまっていた。
王妃はその美しい球体を取り出しルミザへ渡す。


「ルミザ様、貴女が所持するべきマテリアです。どうぞお納め下さい」
「有難うございます、王妃様。これで安心して次の国へ旅立てますわ」
「その話ですが、少し宜しいでしょうか」


エルフィンがルミザの前に進み出て一礼する。
彼は、次は南のリデーレ王国へ行かないかと提案してくれた。
今日ララムが言っていた大賢者の住む里、そこへ立ち寄ってみないかとの事だ。


「邪神の闇に対抗する為には光魔法が有効なのは確かです。今日ララムが言っていましたが、大賢者様なら何とかして下さるかもしれません」
「そうだ、ルミザ様って魔力があるんだっけ」


弓使いの村でエリウッドを治療した青い光、あれはルミザがリブローの杖を発動した為だと思い出すロイ。
大賢者は、大陸南にあるリデーレ王国の北方に広がる、ワスティという名の砂漠に居る。
砂漠のどこかに魔道士や賢者の住む里があるとか。


「姫、リデーレ王国には、青の巫女であるレウム・アルクスが居る筈です」
「そうね、次はリデーレへ向かいましょう」


次の目的地は決まった。
エルフィンと王妃が再度礼を言って頭を下げ、広間から去って行く。
きっと今後は、このような事が起きないように管理してくれるだろう。

夜も更けてきた所でお開きとなり、宛がわれた部屋へ案内されたルミザ。
今更疲れが出て来て、早めに寝ようと思っていたのだが……突然。


「3つ目のマテリアだな」
「!!」


男性の声がしたかと思うと、窓の傍にアイクが立ってこちらを見ていた。
部屋に入った時には誰も居なかった筈なのに……と緊張するルミザ。
少し声を震わせながら問い掛けてみる。


「アイクさん、今までどちらへ? それに、私を何のつもりで……」
「アイクでいい。お前が、早く邪神を倒せるように協力してるだけだ」
「あなたも邪神が実在するとご存知なのですね。それに倒したいと」
「あぁ。邪神を倒せるのはルミザだけだからな、期待している」
「……」


一体、なぜ邪神を倒したいのか。何か恨みでもあるのかもしれない。
そもそも邪神が実在すると知っているなど只者ではない。
ラエティアの王侯貴族や僅かな騎士達、巫女とその関係者などかなり限定されてくる筈だ。
しかしアイクの雰囲気は質問を許してくれそうにはないようである。
なのでルミザは、別口から切り込んだ。


「そんな風に思っていらっしゃるのなら、ご一緒に旅をしませんか? 私としても、ついて来て頂けるととても心強いです」
「……それはまだ無理だな。時期を見る必要がある」


まだ、という事は、いつかは行動を共にする気があるのだろう。
ルミザは本当にそんな日が来る気がして、それ以上は誘わなかった。
アイクは1つ息を吐き、ルミザの傍まで歩み寄って彼女の頭を優しく叩く。


「俺がいつも傍に居られれば良いんだがな。絶対に無事でいろ、ルミザ」
「……はい、アイク」


それを言った瞬間、彼に触られている頭から衝撃を感じ、数秒で彼女は昏倒してしまう。
翌日、ルミザはベッドの中で目を覚まし昨夜の事を思い出してアイクを探すが、当然、もうどこにも居なかった。


++++++


そして出発の朝。
エルフィンや王妃に見送られ、ルミザは仲間達と旅立つ。


「ルミザ様、他の皆さんも、本当に有難うございました。どうかお気を付けて下さい」
「橙の巫女として、ルミザ様が道行く先の無事をお祈りしております」
「はい。エルフィン様や王妃様も、どうかお元気で」


微笑み合い、手を振って分かれる。
王都の出口までは、ワユ達も送ってくれる事に。
そこへ向かい歩いて行く最中、レオナルドが声を掛けて来た。


「ルミザさん、サイレスの杖は差し上げます」
「えっ!? でも、これはお母様の形見で……」
「レオナルドが良いって言うんだから、良いに決まってるだろ!」


エディにも後押しされ、昨日杖を借りた時のように遠慮はしない事にした。
やがて王都の出口へ辿り着き、旅立つ者と残る者が向かい合う。
まずはレイヴァン・プリシラ・ルセアが口を開いた。


「……偶然とは言え、会えて良かったな。気を付けろ」
「ルミザさん、本当に有難うございました。兄様と会えて……私、とても幸せです」
「レイモンド様とプリシラ様が再会出来て、私も嬉しく思います。有難うございました」


次に、レオナルドとエディが口を開く。


「母の形見が役に立って良かったです、ロザリオの件も有難うございました。ルミザさん達、これから気を付けて下さいね」
「つーか結局、あんたらが何やってたのか未だに分かんねぇんだけど……まぁいいや、旅に出るんだろ。気を付けてな!」


そして、最後に口を開いたのはワユ。


「ルミザ……。なんて言うか、キッカケは最悪だったかもしれないけど、でも、あたしはルミザに会えたから良かった。またいつか一緒に遊んだり寝泊まりしたいんだからさ、絶っっ対に無事でいてよね!」
「ええ、ワユ。絶対に、また会いましょう!」


昨日のようにワユが抱き付いて来て、ルミザはよろけそうになりつつもしっかり抱き止めた。
少しの間、そうしていたが……やがて笑顔で別れを告げ、王都を後にする。
ルミザ達もワユ達も、お互いに見えなくなるまで手を振っていた。

次に目指すのは、砂漠と入り組んだ海岸を持つ熱帯のリデーレ王国。
魔道士や賢者が住む里があるというワスティ砂漠と、国のどこかに居る筈の青の巫女・レウムを目指して、ルミザ達は旅を再開した。





−続く−



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