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10章 救出作戦



ドルミーレ第一王子だというエルフィンから、不正の闘技場を潰す手伝いを求められたルミザ。
2年前に誘拐され、未だ捕らわれの身である彼の母を取り返して欲しいとの事だった。


「ったく、最低だよねー。だから余裕綽々で剣奴を闘技場から出してたんだ」


ワユの言葉に、ルミザも顔を顰めて頷く。
前日は自由に外出してもいい日だと聞いてワユと出掛けたのだが、闘技場の持ち主は不正をしているのに、剣奴を外出させて国にバレないのかと不思議だった。
王妃が人質では、例え訴えられても国は動けない。
きっとオーナーのバレッダが脅しているのだろう。


「許せません、ぜひお手伝いさせて下さい。……えっと、ミルディン王子とお呼びした方が?」
「いえ、エルフィンで結構ですよ、ルミザ王女」
「えっ……あ!」


王女と呼ばれ、ルミザはつい先程、うっかりエフラムを王子と呼んでしまった事を思い出した。
それ以前に、彼にはエイリークと言う偽名が。
エフラムの方も、ルミザを王女と呼んでしまった事を思い出したのか、何となくバツが悪そうな表情をしている。


「貴女はラエティア第4王女のルミザ様ですね。いきなり王女と言われても信用する人は少ないでしょうが、他の人と会話をする際は気を付けた方が宜しいですよ」
「はい、肝に銘じます」


エルフィンが自分と同じ秘密を持っていると分かって油断してしまった。
エフラムも、迂闊だったと謝って来るが、それは全くお互い様だ。
どうやらエルフィンは一目見たときからルミザがラエティアの第4王女だと気づいていたらしい。

さて、そろそろエルフィンの母を助ける作戦を聞かねばならない。


「エルフィン殿、ルミザ王女にあなたの母君を助けさせるのか?」
「はい、ルミザ様でなければ出来ない事です」
「私でなければ……?」


それはどんな意味なのか……訊ねても、会えば分かりますと言うばかり。
気になるが、取り敢えず今はエルフィンの母を助けなければならない。
バレッダがルミザに興味を示していた事を利用し、もう一度彼の部屋へ。
その時にエフラム達で騒ぎを起こしてバレッダを部屋から引き離し、その隙に王妃を救出する。
後はパーシバルに王立騎士団を率いて貰い闘技場を制圧、の流れだ。
シンプルな作戦だが、大丈夫だろうか。

エルフィンの話では、どうやらバレッダは王妃を奪い返されない絶対の自信があるらしい。
しかしルミザならば、それを打ち崩せると言う。


「ルミザにしか出来ないならやるしかないね」
「えぇ、やってみる」


逃げるばかりだった自分にようやく、自分だから出来る事が舞い込んだ。
これで少しでも自信をつけておきたい。
詳しい内容を聞き、今日は解散。決行は明日だ。
自室に戻りながら、ワユに正直な胸の内を告白するルミザ。


「正直、ちょっと怖いわ。上手く行ってくれればいいのだけれど……」
「あたしもルミザ1人に行かせるのは心配なんだけどね、出来るだけ派手に暴れてみせるよ」
「お願いね、ワユ」


微笑み合う2人、本当に会って3日しか経っていないとは思えない。
どちらかと言えば大人しめなルミザと、明るく活発なワユは意外に相性がいいようだ。
その時、背後から声を掛けられる。


「ルミザ王女」
「えっ……あ、エフラム王子。どうかなさったんですか?」
「いや……明日、くれぐれも気を付けてくれ」


それだけを言い、去って行くエフラム。
何か用事があったのではないのだろうか。
怪訝な顔でエフラムの背中を見送るルミザを、ワユが小さく笑いながら肘でつつく。


「どうしても、あんたが心配なんだって」
「や、やっぱり私では頼りないかしら」


そう言う意味でもないのだが、面白いらしくワユは教えずに笑っていた……。


++++++


次の日、もう一度エルフィンと落ち合い、作戦を再確認してからそれぞれの行動に移った。
ルミザが、話があるからオーナーに取り次いで欲しいと衛兵に頼むと、許可を取りに行ってから割とすぐに戻って来る。
やはり彼がルミザへ向ける疑念は晴れていなかったのだろうか。
以前と同じように衛兵達の視線を浴びながらオーナーの部屋へ着き、以前と同じようにソファーへ座らされた。


「話があるんだってね。私に何の用かな」
「……」


エルフィンに忠告された言ってはいけない事は、ドルミーレ王家の関係者だという事と、ラエティアの王女だという事。
特にラエティアの王女だとは絶対に言ってはいけないと言われた。
まぁ、言う気もない。
気が重いがエルフィンの指示通り、バレッダの気を引くには味方になると言った方がいいだろう。


「以前私は、没落した富豪の子孫だと申し上げましたよね」
「あぁ、それが何か?」
「私を、味方として引き入れて下さいませんか」


バレッダの顔色が変わる。
これでいい、怪しまれようが拒否されようが、少しでも味方であるとアピール出来て、気を引ければいい。


「また随分と突然な。剣奴生活から脱却したいのか、金が欲しいのか」
「両方です。没落したとは言え、祖先の残した財産で私はそれなりに裕福な暮らしでした」
「だから味方にしろとは、見た目とは違って無茶苦茶な子だね」
「タダとは言いません。まだ私には財産と、そして鉱脈資源があります」


ルミザの祖国ラエティア王国には、他国で噂されるある秘密があった。
それは、宝石を産出する巨大な鉱脈が、国のどこかにあると言う噂。
ラエティアでは、しばしば古代の道具が発掘される事があり、手付かずの鉱脈があるのではないかと推測されるのだ。
そしてこれは、王家と一部の貴族しか知らぬ事実……宝石の鉱脈はある。
騙してはいるものの、嘘ではない。
本当に連れて行く訳でもないのだ、彼に本当の事を教えて少しでも、嘘をついている緊張から逃れてボロを出す可能性を減らしたかった。


「成る程、ラエティアの鉱脈資源。噂に聞いた事はあるね、実在するのか?」
「勿論です、そして私の家には、王家にも教えていない鉱脈があります」


彼は勿論、頭から信用するつもりは無いだろう。
それでいい、少しでも油断を誘えれば……。


「すぐには信用出来ないな。さて、どうするか」
「バレッダ様!」


突然、部屋に衛兵が飛び込んで来た。
扉が開いた瞬間に遠く、喧騒が聞こえ……始まったと緊張するルミザ。
何事だと訊ねるバレッダは、報告を聞き顔色を変える。


「剣奴が暴れております、最初は2人程だったのですが、騒ぎに気付いて他の剣奴までもが……!」
「早く鎮圧しなさい。出来るだけ殺さぬよう」
「それが、その、やたら強い者がおりまして……」


鎮圧が出来ないと言う事。
バレッダは溜め息をついて立ち上がり、待っていなさいと告げ衛兵と共に出て行った。

上手く行った。
他人を部屋に残して立ち去るとは、少しでも気を引けたと言う事。
王妃を奪い返されない絶対の自信があると聞いたし、それも手伝ったのだろう。
バレッダが帰って来ませんようにと緊張して祈りながら、ルミザは彼の寝室の扉をノックした。
そして、エルフィンに言われた通りにする。


「私、ラエティア第4王女のルミザです。王妃様、助けに参りました」
「えっ……ラエティアの王女様?」


中から聴こえた声…それは意外にも若い少女の声に聞こえた。
ルミザは驚きつつも、そうです、早く逃げましょうと告げる。
不安そうだった少女の声はすぐに明るいものになり、王妃様、ラエティアの王女様ですって! と話し声がした。
と言う事は、王妃以外に誰か居るのだろうか。


「ルミザ様、寝室の鍵はバレッダのデスクの一番上の引き出しです!」
「分かりました」


バレッダが帰らないうちにと、素早く鍵を持ち出して扉を開ける。
そこに立っていたのは、橙に近い茶髪を二つのお団子にした少女だった。
服装を見ると、何だか踊り子のように見える。


「王妃様ぁ、この方が来たからには逃げますよね」


少女が寝室の奥を振り返って話している。
そちらには、長い金髪の美しい女性が居た。
その女性はどことなくエルフィンに似ており、きっと彼の母だろう。
監禁生活が長かったせいか少々やつれているが、それでも毅然と歩いて来る彼女から目を離せない。
王妃はルミザの傍まで歩み寄ると、跪いた。
何事かと慌てるルミザに質問させる間を与えず、だがゆっくり口を開く。


「お初にお目にかかりますルミザ王女。私はドルミーレ国第28代国王が妻、マールム・アルクス。橙を象徴する虹の巫女です」
「えっ、あなたが、ドルミーレの虹の巫女……!?」
「貴女をお待ち申し上げておりました、詳しい話は後程。こちらの娘は、私の身の回りを世話してくれていたララムです」
「宜しくお願いしまーす、さぁ逃げましょ!」


ララムと呼ばれた少女は元気よく飛び跳ねると、出入り口目指して駆ける。
ルミザも王妃……マールムの手を引いて、バレッダの寝室を出た。
後はバレッダが帰る前に逃げ出せれば……。


「きゃああっ!!」
「!!」


突如ララムの悲鳴が響く。
驚いてそちらを見れば、後退るララムと…彼女の先にはバレッダが。


「……どこかで見た顔だと思っていたんだ。それがまさか、ラエティアの王女だなんて思わなかった」
「……!」


まさか、話を聞かれていたのだろうか。
このままでは最悪の事態も考えられると焦る。
……いや、もう迷っている場合ではない、王妃さえ人質でなければドルミーレ王家は動ける。
ルミザは唯一の装備であるリブローの杖を構えてバレッダに対峙した。


「ララムさん、私がバレッダの相手をします。その隙に王妃様を連れて逃げて下さい」
「えっ、でもでも、それじゃあルミザ様は……!?」
「私は私で何とかします、王妃様を早く」


静かな、しかし有無を言わせぬ強さを感じる言葉に、ララムは息を飲む。
しかし王妃の手を取り、逃げる準備をした。
少しだけ静かな時間が流れたが、次の瞬間、杖を構えたルミザがバレッダに飛びかかり、同時にララムとマールムが部屋の外へ駆けて行く。
バレッダはルミザの意外な行動に虚を突かれ、それを見送る事しか出来なかった。


「……感心しないね、王女様ともあろう女性が、杖で殴りかかるなんて」
「そんな事、構っていられませんもの。今私の武器はこれだけですから」


焦っていない振りをしているが、内心は心臓が張り裂けそうな程に高鳴って息が苦しい。
剣を手にしたバレッダを目にして、その恐怖は更に確実なものとなった。


「ルミザ王女、私は、虹の巫女だの聖神だのそんな事は信じていない。だから王妃が、ラエティアの第4王女が来るまで逃げないと知って好都合だと思っていたよ。その王女が現れる事で全てが上手く行くなんて、そんな事がある筈なんてないだろうからね」
「……」
「しかし、君が来てからエイリークは殺しをしなくなるし、吟遊詩人に扮した殿下が以前より彷徨くようになったし」


その言葉に驚くルミザ。
バレッダは、エルフィンの事を知っていたのだ。
有力貴族であれば、王子の顔ぐらいは知っているだろうが。
それでも王子を泳がせていたのは、王妃を奪い返されない絶対の自信があったからだろう。
しかし、その自信とは何だろうと考えてから、ルミザはつい今のバレッダの言葉を思い出した。


「王妃様が、ラエティアの第4王女が来るまで逃げない……?」
「彼女自身がそう言っていたんだよ、前に殿下が助けに来られた時にね」


王妃は、実の息子が助けに来ても逃げなかった。
ラエティアの第4王女だけが真に救いを齎してくれるとの、聖神のお告げがあったから。
王子以前にも様々な者が助けに来た。
だが王妃は、ラエティアの第4王女が来た時に逃げるとそればかり。
まさか大陸の反対側にある国の継承権4位の姫が、こんな所に来て王家の問題に首を突っ込むとは思えなかったバレッダ。
実の息子をも拒否したのだから、これで完全に安心だと思っていたらしい。


「そうですか、とんだ偶然でしたね。私はこうして此処に居ますから」
「全くだ、君さえ来なければ良かったものを」


剣を向けるバレッダに、今度こそルミザは血の気が引いて倒れそうだった。
それを何とか堪えると、斬りかかって来たバレッダを避けて逃げる。
だが思わず出入り口と反対に逃げてしまい、逃げ場が無くなってしまう。
室内デスク背後の窓は上部が少し開くだけで、後出られそうなのは、開閉自由な寝室の窓のみ。
ルミザが一目散にそちらへ駆け出すと、背後から嘲笑じみた声がした。


「さっきまでの威勢はどうしたんだい王女様、そちらは4階の窓だよ!」


構わず寝室に入り、窓を開けて身を乗り出す。
予想外の高さに絶望に陥りそうだったが、下を見るとそこには、ドルミーレ軍と思しき軍隊が。


「ルミザ王女、そこから飛び降りるんだ!」
「エフラム王子……!?」
「ルミザ様、早く!」


エルフィンの声もするが、飛び降りろと言われてもこの高さでは下手をすれば命を落としてしまう。
しかし背後にはバレッダ。
マトモに戦って勝ち目があるとは思えない。
ルミザは意を決すると、窓の縁に足を掛けた。


「正気か!?」


背後のバレッダの声も、もうロクに耳に入っては来なかった。
目を瞑り、心中で祈りながら宙へ身を投げ出す。


「(あぁ、神よ……!)」


ふっと体が大地へ引き寄せられ、風を切る感覚。
それだけで死んでしまえそうな恐怖の中、下方から馬の嘶きが聴こえた。
だが考える間を殆ど与えずに、ルミザの体を強い衝撃が襲う。


「きゃあっ!」


体をぶつけてしまう……が、何故か思った程強い衝撃ではなかった。
ガンガンと痛むが耐えられない程ではない。
しかも何だか、体が移動しているような。
恐る恐る目を開けると、自分は黒馬の上。
ハッと顔を上げれば、無表情なパーシバルの瞳と視線がぶつかる。
どうやら騎乗したまま闘技場そばの段差から跳躍した彼が、受け止めてくれたようだ。


「ルミザ王女、お怪我は」
「あ……だ、大丈夫です」


無表情で淡々としてはいるが、一応は心配してくれているらしい。
……その前に、彼に片手で思い切り抱きしめられる形になっているので、どうにも恥ずかしかった。
そのまま仲間達が居る方まで乗せて貰うと、王妃とララムの姿も確認する。
ホッとして降りるとエフラム達が寄って来た。


「ルミザ王女、無事で良かった……心配したぞ」
「ルミザ〜っ! ホントに良かった!」
「エフラム王子、ワユ、ただいま戻りました。心配かけてごめんなさい」


微笑み合う3人。
どうやら王妃がルミザの事を伝えてくれたらしい。
少々……いや、かなり無茶な脱出だったが、これで後は闘技場の制圧だけ。
歩み寄って来たエルフィンにも微笑み、バレッダに降伏を促す。


「バレッダ、もう闘技場はドルミーレ王立軍が包囲しています。そろそろ観念して下さい!」


返答が無い。
この期に及んで、まだ抵抗するのだろうか。
まさか私兵で王立軍と戦う気ではあるまいし……。
静まり返る闘技場周辺、誰もがジッとバレッダの動きを窺い、そろそろ突入した方がいいのではと考え始めた頃。
闘技場の中からバレッダが現れた。
しかし彼の背後には沢山の私兵が控えている。
本気で戦う気なのだろうかと、誰もが臨戦態勢に入るのだが……。
王妃が異変に気づく。


「いけません……ルミザ様、お逃げ下さい!」
「えっ!?」


瞬間、バレッダの体から真っ黒な闇が溢れ出した。
それは彼の背後に控えていた私兵達に襲い掛かり…彼等の様子が変わる。
表情からは生気が消え、しかし体からは禍々しい雰囲気を出している。
彼ら1人1人を薄い闇が包んでおり、それはバレッダも同じだった。
だがバレッダは、彼の私兵のように生気の無い顔はしていない。
顔は嘲笑に歪み、そして狂ったように笑い出した。
その瞬間、彼の私兵達が襲い掛かって来る。
生気の抜けた顔で、しかし凶悪に武器を振り上げる無慈悲な様子……まるで化け物のようだ。


「怯むな、突撃!!」


パーシバルの号令に、王立軍も立ち向かう。
戦いを始める両軍、怒号が辺りを飛び交い戦場と化してしまった。
だが、気のせいだろうか。
バレッダの私兵が、王立軍と大して変わらぬ戦力に見えるのは……。


「何故だ……いつの間にこんな、我が王立軍と互角の兵を集めた」
「バレッダは邪神の闇の力に蝕まれているのです。ミルディン、ルミザ様に万一の事があってはなりません。私達は王城へ逃れましょう……!」
「邪神……?」


まさか、ここでその名が出るとは思わなかった。
エルフィンは母の言葉に眉を顰めていたが、やがて頷いて後をパーシバルに任せる。
邪神の力とは…では、あの私兵達も闇の力に蝕まれているのだろうか。
ルミザが複雑な表情で戦地へ目を向けると、その遠い先にバレッダが。
瞬間、彼の体を纏う暗黒が槍の形を取り、ルミザに襲い掛かった。


「!!」
「ルミザ王女っ!」


突然の出来事に悲鳴を上げる事さえ忘れてしまったルミザの前に、エフラムが立ちはだかる。
自らの槍で迎撃するが、相手は得体の知れぬ力。
受け止めた闇は、じりじりとエフラムを押す。


「エフラム王子……!」
「大丈夫、だ……。まさか、我が王家のお家芸で負ける訳にはいかないからな」


エフラムの槍と、暗黒で出来た槍が競り合う。
やがて暗黒の槍が一旦引いて競り合いは終わるが、ルミザを認識したのか闇が彼女を狙い始めた。


「皆様、急ぎましょう!」


王妃の言葉に、ルミザ達は王城を目指す。
王立軍が気付いてバレッダの闇を攻撃するが、全てを消し去れない。
軍が打ち洩らした闇を倒しながら、ひたすらに駆けて行った。
王都に住む住人達が闇に気付いて逃げ惑う中、やがて王城が間近に迫る。
もう少し……だが。


「あぁっ、こっちにも!」


ララムの悲鳴に行く手を見ると、バレッダが送り込んだであろう闇が、複数蠢いている。
襲い来る闇を避けていると、入り組んだ住宅地の方へ入り込んでしまった。
こちらは下町へ続く通路のようで、段々と辺りが静まり返って来る。
追い掛けて来る闇に恐怖するルミザだが、ふとある事に気付いた。


「あら……? ねぇ、もしかしてあの闇って……」
「どしたのルミザ」


間違い無い。
あの闇達、こちらを見失う事があるようなのだ。
ルミザ達が見えなくなると、見当違いの方向へ向かっていたり、複数で手当たり次第に探しているのを確認できた。
つまり、見えなくともこちらの居場所が分かる……と言うような能力は、持っていないという事。
ルミザが視界(?)に入って初めて、彼女を一心に追い掛け始めるのだ。


「見つからなければ大丈夫だと思います」
「しかし私は、下町には詳しくないのですよ…」


申し訳なさそうに言うエルフィンにルミザも、この辺りの地形が全く分からない事に気付いた。
華やかな大通りや中心街とは違い、下町は入り組んだ路地や暗い路地裏などがあり、地元民でなければ迷ってしまうだろう。
風雨に曝され、色褪せたワイン色のレンガが敷き詰められた道を走りつつ、どうにかならないかと仲間に相談するが。


「申し訳ありません、下町は良く知らなくて……」
「あたしも、こっちは来た事無いんだよね」
「俺もだ」


王妃は仕方ないとして、ワユもエフラムも道が全く分からないらしい。
このままでは隠れる事も逃れる事も難しいだろう。
どうしようか途方に暮れるルミザだが。


「やだ、また来たぁ!」


またしても前方に闇が現れて、今度こそ応戦を余儀なくされる。
エフラムとワユが前に出て武器を構え、少しの沈黙が訪れた。
だが、襲い掛かって来るかと思われた次の瞬間、突然闇が掻き消える。


「!? な、何が…」
「皆さん、こっちに!」


聴こえたのは、どこかで聴いたような少年の声。
どこで聴いたかと記憶を手繰るルミザだが、自分で思い出す前にワユが驚いた声を上げた。


「あ、あんた一昨日の!」
「えっ……あ!」


ワユが見ている方へ目を向けてみれば、2日前に外出した時、ならず者に絡まれてロザリオを失くしていた金髪の少年。
傍らには、一緒に去って行った茶髪の少年も居る。
確か金髪の少年がレオナルドで、茶髪の少年がエディだっただろうか。
レオナルドは弓を手にしていて、彼が矢を放ち闇を消してくれたと思われる。


「何かに追われてるんですよね、この辺りは目立ちますから、こっちへ」
「え、でも……」
「だーいじょうぶだって、おれもレオナルドも、下町には詳しいからさ!」


彼らの案内が心配なのではなく、巻き込んでしまう事への心配なのだが。
どうするべきか相談する意味で仲間に視線を送ると、エフラムが頷いた。


「ルミザ王女、どうせこのままじゃ駄目だ。付いて行ってみよう」
「私も賛成です」


エルフィンも賛同し、取り敢えずはレオナルドとエディに付いて行く事になる。
入り組んだ路地を、慣れた様子で駆ける2人の少年に命運を委ねた。





−続く−



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