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9章 友の支え



エフラムに割り当てられた部屋で、ルミザはルネスやラエティア、邪神や虹の巫女の事を話した。
話していると何だか嘘のような気がして、実に微妙な気分になる。
エフラムはじっと聞き入っていたが、ルミザが話し終わると同時に深く溜め息をついた。


「ルミザ王女、本当にすまない。あなたには我が国のせいで辛い思いをさせてしまった」
「そんな、エフラム王子が謝る事では……」
「いや、ルネス国の王子として謝る必要がある」


彼が責任を感じるのは、王子である事を誇りに思い、そんな自分を認めているという証拠だ。
王女である自分に自信が無くなってしまったルミザにとって、そんな彼はとても眩しく映る。
悲しそうな笑みを浮かべながら俯いて、ルミザはそれを素直に伝えた。


「エフラム王子が羨ましいです。私に、王女たる資格はありませんから。でもいいのです、私は王女でなくても……」
「……本心か?」


返って来たエフラムの声が思いの外低く、ルミザはビクリと震えて口を噤んでしまった。
エフラムの瞳は真剣で、少々責められたような気持ちになってしまう。


「もう、ラエティア王家の生き残りはあなただけなのだろう。それなのに、自信がないからと王女である事を放棄するのは、無責任じゃないのか?」
「……それは……」
「ルミザ王女、例え拾い子でもあなたはラエティアの王女だ。王女である事を放棄するのなら、今までのあなたを全て否定する事になる」


優しい王に拾われ、王女として送った幸せな日々。
本当の娘のように接してくれた両親……国王と王妃や、兄弟として育った兄や姉、弟妹達。
否定なんてしたくない。あの二度と戻らない幸せな日々を……。
しかしどうしても自信が持てないのだ。
どうすればいいか分からず途方に暮れるルミザにエフラムは、優しく微笑んで言葉を掛ける。


「ルミザ王女、実は俺も以前に、重責に耐えかねて王子である事を放棄しかけた事があるんだ」
「え……エフラム王子も」
「だが、父や頼れる家臣達が、俺を支え励ましてくれた。あなたにだって、付いて来てくれる者は居るんじゃないのか? 王とて1人では何も出来ないんだ。誰かに頼って力を合わせればいい」
「……私に、付いて来て…支えてくれる者……」
「居るだろう」


居る。自惚れでも傲慢でもなく、エリウッドやロイ、ヘクトルはきっと、自分と共に居てくれると信じている。
彼らをもっと信じ、甘えすぎない程度に頼ればいいとエフラムは言っている。


「私……駄目ですね、誰かに言われないと、そんな事も気付けないなんて」
「そう言うな、1人では気付けない事もある。こんな時こそ、仲間の協力が必要なんじゃないか。俺だって、あなたを支える事は出来るんだからな」


ルミザは心底、自分の周りに居る友人に感謝した。
自分は、こんなにも恵まれている。10年離れていた友人でさえ、励まし支えてくれているのだ。
正直まだ、すぐには決断できないのだが……。
頑張ってみようかなと思う事は出来た。


「本当に有難うございますエフラム王子。気持ちが楽になりました」
「よかった。俺もあなたを支えたい、遠慮なく頼ってくれていいぞ」


嬉しくなって、エフラムに微笑むルミザ。
するとエフラムが、そんなルミザの手を取った。
突然の行動に驚くが逃げ場は無く、真剣な表情で真っ直ぐに見つめて来るエフラムに引き込まれそうになって。
瞬間、2人のどちらの物でもない咳払いが響いた。


「お2人さーん、ラブシーンは2人っきりの時にやって欲しいなー」
「ワ、ワユ……!」


自分で連れて来ておきながら、すっかり忘れていたルミザだった……。

取り敢えず当面の目的は闘技場からの脱出で、かなりの課題だった。
まず罪人の手錠を何とかしなければならないし、例え上手く外せても手配されると厄介だ。
一番いいのは、この闘技場が違法だと世間、取り分けドルミーレの高い地位の者に知らしめる事。


「私はラエティアの王女だと明かせませんし、エフラム王子も明かすとまずいでしょうね」
「て言うか、ルミザもエイリークも……いや、エフラムも王族なんでしょ? ドルミーレの王族に、知り合いとか居ないの?」


ワユは不思議そうに訊ねるのだが、いくら6つしか国がない大陸とは言え、離れた場所にある国とは余り交流らしい交流など持っていないのだ。
ルミザもドルミーレへは今回初めて訪れた。王族に知り合いなど居ない。


「しかし、これだけ大掛かりな不正があるのに、バレていないと言うのもおかしな話だな」
「ですね。国を挙げての娯楽ですから、定期的に審査が入ってもいいと思うのですが……」


まさか国ぐるみの不正なのかと、嫌な予感。
いや、国ぐるみならば不正ではないのかもしれないが、他国には公正な施設だと公表しているのだ。
それが嘘とあっては、立派な不正だろう。


「とにかく、今日は一旦お開きにしよう。それとなく色々探ってみるさ」
「そうですね、長居すると咎められそうですし」
「じゃあルミザ、そろそろ帰ろうか」


エフラムに別れを告げ、男性剣奴の居住区を後にするルミザとワユ。
暗い廊下をジッと見据えながら、これからの事を考える。
何とか上位の者へ、この現状を伝えられないか。
玉砕覚悟で脱走して王城へ行く方法もあるが、成功率は絶望的だろう。
悩んで頭が痛くなってきた頃、ワユが気の抜けた声を出した。


「しかし、ルミザがお姫様だったなんてねー。何か雰囲気違うと思ってたけど」
「ごめんね、騙すつもりじゃなかったのだけど」
「分かってるって。でも、あたし堅苦しいの苦手だしさ、今まで通りに接してもいいよね?」
「勿論よ、ワユ」


折角、良くして友達になってくれたワユに、今更他人行儀になって欲しくなかった。
正直、女友達は彼女が初めてかもしれない。
大きく背伸びをして、明日はあたしの試合があるんだよねぇと笑うワユ。
ドキリとして心配になってしまうルミザだが、それに気付いたワユは、大丈夫大丈夫と笑った。


「頑張っちゃうから応援してねルミザ!」


++++++


試合開始から5分足らず。
気絶したらしい相手が動かなくなって、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。
倒れているのはいかにも荒くれといった雰囲気の剣奴で、そんな彼を倒したのは細身の少女。
元気よく飛び跳ねて喜びを全身で表現し、次に観客席の友人へ手を振った。
突然の事に驚きつつ、手を振り返すルミザ。
ワユが強いらしい事は今までの色々なやり取りの端々から分かっていた事だが、ここまで強いとは思っていなかった。
これなら、罪人の証である片方の手錠さえなければ彼女はここから逃げ出せるだろう。

ワユが試合会場を後にするのを確認してルミザも観客席を立ち去った。
すぐに控え室へ行き、戻ったワユに声を掛ける。


「ワユ、お疲れ様! とは言っても、全然疲れてなんかいないみたいね」
「えへへっ、だって楽勝も楽勝だったし。歯ごたえある奴と戦いたいなぁ。エフラムって強いかな」
「もう……」


エフラムが女性剣奴を殺していたのは、酷い目に遭わされている彼女達を解放する為だったらしい。
傍目から見れば間違っているかもしれないが、こんな状況では他の方法は難しかっただろう。
きっとこれからは、無闇に女性剣奴を殺す事もやめてくれる筈だ。


「て言うかルミザさ、本当にエフラムとはただの友達なの? やっぱり本当は深い仲なんじゃ……」
「もう、ワユったら昨日からそればっかりね。以前にエフラム王子と会ったのは、もう10年も前よ」
「でも文通とかしてたんだよね、そのうちに熱く想っちゃってたりして!」
「やめてったら……」


こんな色恋の話題に免疫の無いルミザは、恥ずかしくて仕方がない。
エフラムの事は好きなのだがそれは友達としてであり、決して男性として好きな訳では無いのだ。
よく考えると、かなり失礼かもしれないが。

それに自分には……。


「(……あら?)」


今、自分は何を考えていたのだろうか。
“それに自分には……”
自分には、何だと言うのだろう。一体何を言おうとしていたのだろう。
何だか自分の考えではないような想いが浮かんだ気がして、ルミザは妙な気持ちになる。
複雑な表情で思い悩んでいると、ワユが笑って肩を叩いて来た。


「ルミザー、あの人、もうあんたのストーカー入ってんじゃない?」
「えっ?」


ワユは笑いながら前方を指さしている。
目を向けると、美しい金の髪が目に飛び込んだ。勿論エルフィンである。
ハープ片手に、にこやかな笑顔で手を振っていた。
今日は何の用かと、駆け寄るルミザとワユ。
エルフィンと軽く会釈し合うと、こちらが何かを言う前に向こうから本題に入って来た。


「衛兵さんに、オーナーのバレッダ様からの言伝を頼まれまして。ルミザさんをお呼びでしたよ」
「え?」
「げっ、何であいつが……。バレッダはこの闘技場のオーナーでさ、顔は悪くないけど性格最悪なの」


無遠慮に言い放つワユは大げさに嫌な顔を作る。
ルミザは見かけた事さえ無いのに、オーナーが自分に何の用だろう。
少々不安になりつつも、取り敢えず出向こうとオーナーの部屋を目指す。
オーナーのバレッダの部屋は闘技場の4階。
観客席は3階までで、そこから上は関係者以外立ち入り禁止のようだ。
4階へ昇る階段の所で、衛兵に止められる。


「待て、何用だ。ここから先は、許可無き者を通す訳にはいかん」
「私、ルミザと申しまして。オーナーに呼ばれたのですが……」
「お前がそうか。通れ」


通されるルミザだが、ワユは衛兵に止められた。
衛兵に突っかかるワユを止めたルミザは、一人オーナーの部屋へ向かう。
すれ違う衛兵達にじろじろ見られながら、オーナーの部屋に着いた。
他とは違う豪奢な扉を通されると、他の牢獄のような部屋とは全く違う暖かな内装の部屋だった。
前方にテーブルを挟むように向かい合ったソファーがあり、その奧には上等なデスクが太陽の光を背後から浴びている。
そのデスクに座っていた男が立ち上がり、ソファーへルミザを招く。


「ようこそ、ルミザ。取り敢えずそこのソファーに座りなさい」
「は、はあ……」


ドルミーレ王国の上流階級に多い、輝く金の髪。
浮かべる笑みは柔和で、確かにいい男だった。
だが何か違うものを感じた気がして、思わず身震いするルミザ。
無視する訳にもいかないので言われるままソファーに座ると、バレッダも向かいに座った。
ジロジロ見られて、何だか一向に落ち着かない。


「あの、私にどう言ったご用件でしょうか」
「あぁ、実はね。新しい剣奴が来たと聞いて試合を見ていたんだけど。君をどこかで見た事あるような気がしてね」


突然の言葉に、ルミザはドキリとしてしまう。
まさか王女としてラエティアに居た時の自分を知っているのだろうか。


「単刀直入に訊くが、君は何処から来たんだい?」
「私は……ラエティアから参りました。昔に没落した富豪の子孫です」
「富豪。名は?」
「名は、……セルシュ家と申します。先祖が密かに残していた貯えで生活していましたが、
 ラエティアが侵略されたので逃げて来たのです」


我ながら、よくこんなに出任せを言えるものだと内心苦笑するルミザ。
没落した富豪の子孫とは前から決めていた設定だが、それ以外は今、突発的に考えついたものだ。
セルシュ家なんて居たかな、と疑うバレッダに、富豪と言っても小さい家でしたから……と繕うと、まだ少々疑いつつも納得してくれたようだ。
とにかく早くこの男から離れようと、それだけでしたら失礼します、と立ち去りかけるルミザ。
その瞬間、静かな室内にガタンと音が響いて、驚いたルミザは止まる。
見回すと出入り口とは違う扉を見つけ、そこから音がしたようだが。


「あぁ、そこは私の寝室。犬を飼っていてね、やんちゃで困るよ」
「そうですか……あ、では失礼致します」


立ち上がり一礼して、部屋を後にするルミザ。
今更恐怖が襲い掛かって来て、思わず体を竦めた。
今回は上手く誤魔化せたようだが、もし本当は疑念が晴れていないなら、また疑われ、探られてしまうかもしれない。
もしラエティアの王女だとバレたら、一体どうなってしまうのか。
ルネス軍に売られる可能性も否定は出来ない。
不安を覚えつつ3階まで降りると、ワユとエルフィンが待ってくれていた。


「ルミザ大丈夫、何か変な事されなかった!?」
「だ、大丈夫よ。ただ、どこから来たのか訊ねられただけだから」
「そんな事を……。やっぱりアイツ、ルミザに目ぇつけたんじゃ……」


一人暴走しかけるワユを宥め苦笑するルミザ。
すると、エルフィンが控え目に訊ねて来た。


「あの、ルミザさん。オーナーの部屋に、オーナー以外の人がいらっしゃいませんでしたか?」
「え? いいえ。ただ室内で犬を飼っているとしか。私は見ていませんが」
「そうですか。では、私はこれで」


それを訊きたかったのだろうか、質問が終わるとエルフィンは、少し慌てた様子で足早に立ち去る。
誰か知り合いでも居るのかと疑問に思うが、やはり深く追求する気は無い。


「さ、こんなトコに何時までも居ないで帰ろっ!」
「そうね……」


++++++


「犬……か、随分な扱いを受けているものだな。待っていて下さい、必ず助け出してみせます」


ルミザ達と別れたエルフィンは、闘技場の裏手出入り口へ来ていた。
少し待っていると、前方から黒馬に乗った金髪の男が現れる。
男はエルフィンの傍まで寄って馬から降り、最低限の動きで周りを気にしてから口を開いた。


一方その頃、ルミザ。
バレッダと話した時の緊張が今更出て、少し外の風を浴びようと1人闘技場の外へ向かっていた。
敷地内から出なければ、特に咎められる事は無い。
剣奴が使う裏口は3つ程あり、一番近い出入り口に行こうとするが。


「っ!?」


突然、背後から誰かに口を塞がれてしまう。
そのままもう一本の手で引き寄せられ、背後から口を塞ぐ人物に思い切り寄りかかってしまった。
叫ぶ事も振り返り相手を確認する事も出来ず、もがくしかないルミザ。
寄りかかった体や口を塞ぐ手、体を押さえる腕の逞しさから考えて、どうやら男性のようだが。
力では敵わず、もがいても無駄かとルミザが抵抗を弱めると、耳元に唇を寄せられて低い男性の声が聞こえて来た。


「騒ぐな、危害を加える気は全く無い。いいか、俺に付いて来るんだ」


その声を聞いた事があるような気がして、警戒心が薄れるルミザ。
僅かな抵抗もやめて力を抜いてみると、案外あっさりと放して貰えた。
振り返り自分を捕らえていた人物を見ると、そこには蒼い髪と瞳の男。
無愛想に少々睨み付けるような視線、蒼い髪を鉢巻で纏め……その男を見た瞬間、ルミザの脳裏に何かが蘇った。

本当に、ほんの一瞬。
温かくも冷たく、幸福のような辛いような…様々な感情が全身を駆け巡る。
ルミザは、たまらなくなって男に訊ねた。


「あの、突然に失礼ですけれど……どこかでお会いしましたか?」
「……」
「……お名前は? 私は、ルミザと申します」
「……アイクだ」


アイク。
やはりその名に聞き覚えがある気がして、ルミザは再び訊ねようとする。
しかし彼が歩き出してしまい、慌てて後を追う事しか出来なかった。
アイクが向かったのは剣奴達も殆ど利用しない、居住区からも離れ、街とは反対方向の出入り口。
そこに近付くといきなりアイクに手を握られ、その瞬間、体が消えてしまったような感覚に陥った。


「あ、あのっ、アイク……さん、何を……」
「静かにしろ、ルミザ。暫くは喋るなよ」


そのまま出入り口まで近付き、大きな両開きの扉に隠れて外を見る。
目に入ったのはエルフィンの後ろ姿と、黒馬を連れた金髪の男。
あの男は確か、昨日街から帰って来た時にエルフィンと会話していた者だ。
やがて男が最低限の動作で周りを確認し、エルフィンに話しかける。


「エルフィン殿、向こうは如何だろうか」
「まだですが、あの方が既にいらっしゃって……。急いだ方がいいかもしれません。そろそろお願い出来ますか、パーシバル様」
「承知した、必ず。日程はどうされる?」


何を話しているのか、そして何故アイクは、自分を此処へ連れて来たのか。
訳が分からずにオロオロしていると、突然アイクがルミザの背を押した。
急な事に思わず声を上げてしまい、よろけて数歩前に出てしまう。
まずいと思った時には遅く、エルフィンと金髪の男に見つかってしまった。


「ルミザさん……! 何故、いつの間に此処へ」
「馬鹿な、人の気配などしていなかったが……」
「あ、あの……」


人の気配がしなかったとは……アイクが何かしたのだろうか。
困り果てて背後のアイクを振り返るが、完全に扉に隠れて出て来ない。
半ば無理やり連れて来られたとは言え、立ち聞きしていたのは事実なので言い訳が見つからない。
何も言えずにいると、エルフィンが小さく息を吐いて傍らの男を紹介した。


「ルミザさん、こちらの青年はドルミーレ王立騎士団のパーシバル将軍。私の臣下です」
「えっ……?」
「! エルフィン殿!」


ドルミーレ王立騎士団と言えば、国王の許に直接集う……つまり王城に駐屯する最上級の騎士団だ。
忠誠を誓うはドルミーレ王家のみ、他の者に仕える事は、王家から命令が無い限り有り得ない。
そんな王立騎士、しかも将軍が臣下だとは。


「エルフィンさん、あなたは……王家の方ですか? それとも、王家から何らかの命を?」


訊くべきではなかったのかもしれないが、どうにも止まらなくなって訊ねてしまうルミザ。
まぁ向こうが正体を半分ばらしたので、問題は無いかもしれないが。
エルフィンは少し黙り、すぐ毅然と口を開いた。


「ここからは、ドルミーレ王国第1王子・ミルディンとして、ルミザさんにお願いがあります」
「……!」


次から次へと入り込んで来る出来事に、ルミザは頭が混乱しかけた。
エルフィンがドルミーレの第1王子とは……何があって吟遊詩人などに身をやつしているのだろう。
そもそも本当なのかすら分からない訳だが、何となく疑えなかった。
同じような秘密を持っている者として、何かを感じ取ったのかもしれない。


「何でしょうか、お願いとは一体……」
「この闘技場を滅ぼす手伝いをして頂たいのです」
「え……?」


聞けば王家は、この闘技場にはほとほと困り果てているらしい。
オーナーのバレッダは国の有力貴族で、今までは闘技場に関して疑いもしていなかったそうだ。
だが数年前、どこかの闘技場で殺し合いなどの不正があると噂が流れた。
有力貴族であるオード家とウル家が告発されるが、捕らえられた両家の当主と奥方が、捕まって間も無く自害してしまう。
彼らを捕らえたのはバレッダで、司法官とも親しかった事から尋問など全てを任せていたが、その自害に関して詳しい話を聞けなかったのだ。
それがキッカケとなり、王家はバレッダに疑問を持ち始める。
やがて王家が向ける不審に気付いたのか、バレッダは、とある暴挙に出た。


「暴挙、とは?」
「2年前、生まれ故郷へ帰郷しようとしていた我が母を奇襲して捕らえたのです。今も母は、助け出せていません」
「えっ…! ではまさか、王家は不正に気付かなかった訳ではなく……」
「母を盾にされ、手を出せなかったのです」


それが本当ならば、一刻も早く助け出した方がいいだろう。
まさかあの男アイクは、これを知らせたかったのだろうか? 何の目的で?
そう言えばアイクは何処へ行ったのかと振り返った瞬間、聞き慣れた声がして見知った者が現れた。


「そう言う話なら、俺達も入れて貰おうか」
「はー……また王子様か。場違いかなぁ、あたし」
「エフラム王子、ワユ!」


いつから話を聞いていたのだろうか、何故2人がこんな所に居るのか疑問に思い訊ねるルミザ。
どうやら2人とも、見知らぬ蒼髪の男に、ここへ行くよう言われたらしい。
間違い無くアイクの事だろうが、本当に何を考えているのだろうか。


「その蒼髪の男とは……バレッダの手先とも考えられるのでは? 王子」
「確かに、パーシバルの言う事にも一理あるな」
「いえ、大丈夫です。私が保証しますわ」


アイクが疑われているのを聞いて、つい擁護が口を突いて出て来た。
先ほど会ったばかりの者を何故、信頼できるのかは分からないが……。
とにかく大丈夫だと、自分でも理解できない心の奥底から訴えられているような気がしたルミザ。
エルフィンとパーシバルにも、何とか納得して貰えたようだ。


「本当に、手伝って頂いて宜しいのですか? エフラム王子も、ワユも」
「なに言ってんの、友達じゃないあたし達! 気にしないで、ルミザだけにやらせるなんて心配だし」
「俺だってあなたを支えられると言った筈だ。実行するぞ、ルミザ王女」


頼もしい友に支えられ、心強くなるルミザ。
今ならば何でも出来るような気がして、強い瞳でエルフィンを見据えた。


「やってみましょう。作戦は如何致します?」


それを聞き、エルフィンはホッとしたように小さく息を吐いた。
ルミザが協力してくれる事に安心したようだ。
だが、すぐに表情を曇らせると、少々申し訳なさそうに口を開いた。
内容は、その場に居た全員を驚かせる事になる。


「ルミザさん、母を、貴女に取り返して頂きたいのですが……。私達は、逃走を補助致します」
「……えっ……?」





−続く−



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