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5章 弓使いの村で



大森林の中を少女に案内されルミザは進む。
緑色の髪をしたお下げの少女はレベッカと名乗り、この深い森の中を身軽に駆けて行く。
毒を受けたエリウッドは意識が無いのか、目を瞑って愛馬のウィアに寄りかかっていた。

ぐったりとしている彼を見て浮かぶのは、彼が死んだらどうしようと言う不安。
……つまりは、独りになるのが不安で仕方ないのだ。
こんな時まで己の心配をする自分に、ルミザはどうしようもない自己嫌悪に陥る。
エリウッドの身よりも、独りになった自分を心配するなんて……。


「ルミザさん、あれが私達の村です!」


レベッカの声にハッとして確認すると、前方に森が切れ、開けた空間が広がっていた。
森を抜けたのかと思ったのだが、よく前方を見ればずっと向こうから再び森が始まっている。
ここだけちょっとした草原のようになっているようだ。
今までの森の中は上方も木々に覆われていた為、久し振りの開けた大空が眩しく感じた。

近付いてみるとそれなりに大きな村で、周りをしっかりと塀で囲まれ、入り口には大きな門と見張り台がついていた。
近付いて行くと誰かがこちらへ向かって来る。
緑色の髪で、なかなかガッシリとした体つきの男。
手には斧を持っているが背中に弓を背負っていた。


「レベッカ! お前っ、みんな心配してたんだぞ!」
「ごめんねボーレ、居ても立ってもいられなくて……」
「ネイミーなんかさっきから泣き止まねえんだ、早く行って安心させ……ん?」


ボーレ、と言う名前らしい男がルミザに気付いたが、何かを尋ねられる前にレベッカが手短に説明した為、会話は無い。
門を開けて貰うと、急いで村に入る。


「レベッカちゃん!」


すると、また誰かが来た。
見れば黄緑色の髪をした可愛らしい少年と、紫色の髪を少し短めに切り揃えた愛らしい少女。
どちらも、レベッカやボーレと同じように弓を手にしていた。


「ヨファ、ネイミー!」
「よかった、心配してたんだ! ネイミーちゃん、レベッカちゃん無事だよ」


ヨファと言う名の少年は隣で泣いている少女の背中を優しく押す。
泣いている少女の名はネイミーと言うようだ。
先に行って村長に話して毒消しとかの用意しとくからと、ボーレがそう言って駆けて行った後、泣いていたネイミーがようやく口を開いた。


「レベッカ、ごめんね……。私、が……ちゃんと……してなかったから……」
「大丈夫よ、このルミザさんとエリウッドさんに助けて貰ったから。手鏡は見つからなかったけど……」
「もう、いいの。レベッカが無事だったなら。えっと、ルミザさん、と……エリウッドさん? レベッカを助けて下さって、有難うございます」


自分達の方へ頭を下げるネイミーにルミザは、彼女を助けたのはエリウッドよ、と馬上の彼を示した。
その動作にネイミーと隣に居たヨファがエリウッドを見るが、瞬間、2人とも驚いたように小さく声を上げる。
ヨファが慌てて口を開いた。


「ね、ねぇレベッカちゃん。この人ってまさか……」
「うん。私もそう思った」


彼女達が何を言っているのかが分からず、ルミザは首を傾げる。
言葉の意味を尋ねようとした瞬間、毒消しと治療の用意が出来たらしく、招かれたルミザはエリウッドが乗ったウィアを連れて足を進めた。


++++++


案内されて来た部屋には更に2人の人物が居た。
17、8歳くらいの茶髪の青年と、彼にどことなく似た黄緑色の髪の少年。
黄緑色の髪の少年はヨファと髪の色がソックリだが、こちらが少々年上に見える。
やはり2人とも弓を傍らに置いていて、エリウッドをベッドに寝かせ処置を施してくれた。


「エリウッドは……彼は大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫ッス、毒消しが効いたから、1日も休めば全快しますよ」


軽い調子で答えた茶髪の青年に、レベッカが「軽く言い過ぎよ、ウィル」と横槍を入れる。
ウィルと呼ばれた茶髪の青年は軽く笑って肩を竦め、ルミザに謝った。
ルミザとしては、助かるのなら深刻に言わず、今のような軽い調子で言って貰った方が有難いが。
だがルミザがそれを言う前に、どことなくウィルに似た黄緑色の髪の少年がエリウッドを見ながら口を開いた。


「あの兄さん、この人はもしかして……」
「あ? ……あ、あぁ! そうだなウォルト、どっかで見た顔だと思ったら」


黄緑色の髪の少年の名はウォルト。
似ていると思っていたらウィルの弟だったようだ。
それにしても、先程から意味深な反応ばかりをされてルミザは疑問符を浮かべてばかり。
ルネス軍からの手配書が回っていて、それで見た、なんて事じゃなければいいが。
たまらずエリウッドがどうかしましたか、と訊ねるルミザ。
すぐに答えてくれたのはレベッカで、彼女の口から紡がれた言葉は……。


「あの、ルミザさん。エリウッドさんに弟さんって居ませんか? ……ロイと言う名前の……」
「え……!?」


ロイ。
ラエティアの王城を脱出する際に囮となってくれて以来、行方の知れない大切な友人だ。
そして彼女の言う通りエリウッドの弟でもある。
しかし何故、彼女達がそれを知っているのか。


「ロイと言う名の弟なら確かに居ます。今は行方知れずですが……」
「やっぱり! よかった、彼はこの村に居ます!」


ルミザの心臓がドクンと跳ね上がった。
……ロイがこの村に?


「レベッカ、ロイの奴はいま兄貴達と人捜しに出てる筈だぜ。なぁウィル」
「あぁ、そうそう。ボーレの言う通り、今オスカー達とプリシラさん達連れて人捜ししてるから……」


話を聞けば四日前、サルトゥス大森林のラエティアに近い方で、行き倒れていたロイを助けたらしい。
一宿一飯の恩とばかりに色々村の事を手伝っているそうだ。
ロイは詳しい事は話さず、兄と友人を探しているとだけ言っていたらしい。

あの襲撃に1人で向かって行って、よく無事で居てくれたものだ。
ホッとしたら泣きたくなって来たが、ある事が気になってしまった。


「あの、ロイはどこか大怪我をしたりはしていませんでしたか?」


村人達を手伝って共に人捜しへ行くぐらいなので、別に大した怪我はしていないのだろうが…。
どうしても不安で、直接聞かないと気が済まない。
兄と共にロイを連れて来てくれたと言うボーレが答えてくれた。


「いいや、怪我は殆どしてなかったな。ラエティアに居たとは聞いたけど、何でカネレに居たかは分からないらしい」
「それは、自分の足でカネレに来た訳ではないと言う事ですか?」
「だな。まぁ、詳しい事は本人に訊いた方がいいぜ」


確かにその通りだ。
今はエリウッドの全快とロイの帰りを待とう。
あとはヘクトルが無事に見つかってくれるといいのだが……。


「あ、あの……」


突然少女の声がして、見るとネイミーが部屋の入り口に立っていた。


「人捜しに行っていた皆が戻って来たみたい……」


再会の時が来る。


++++++


全く、何の期待も予測もしていなかった。
これから何週間も何ヶ月もかかると思っていたし、第一、ルミザと兄達を探そうと思い立って4日しか経っていない。
世話になったこの村で暫く手伝い等をしたら、それから探しに行こうと思っていたのに。


「ロイっ!!」


ついに幻聴が聴こえたのかと思った。
そちらを見れば、無事でいてくれと必死な想いで願っていた少女が、嬉しそうな、どこか泣きそうな顔で走って来る。


「ルミザ様っ……! どうしてここに!」
「理由があって旅をしているの。無事で良かった……本当に……!」


感極まって胸に飛び込んで来たルミザをしっかりと抱きしめ、ロイの心は喜びに震えた。
まさか、こんなに早く再会出来るなんて……。
しかしある事が気になり、嫌な予感を抱きながらもロイは訊ねる。


「な、なぁルミザ様。兄貴とヘクトルは?」


考えたくはないのだが、あの襲撃では犠牲になった可能性もあるのだ。
ルミザが黙り込んだので、本当にそうなってしまったのかと血の気が引いたが……。


「エリウッドは無事よ。ただ毒にやられて、今治療して貰っているの。心配はいらないらしいわ」
「……じゃあヘクトルは、どうしたんだ」


エリウッド“は”無事。
じゃあ、ヘクトルは?


「……分からないの。王城を脱出する時に、彼も囮になってくれて……」
「……そうか。きっと無事だよ、アイツはオレよりずっと頑丈に出来てるんだ」


抱きしめていたルミザを離すと力強く励ますロイ。
気休めかもしれないが、確かに、ロイと無事に再会出来たのだから、ヘクトルともそのうち再会出来るんじゃないかと希望が湧いてきた。
ロイにも虹の巫女達の事を話して、一緒に旅を手伝って貰おう。
きっとそのうち、ヘクトルにも会える。

ルミザが考えていると、誰かに声を掛けられた。
緑色の髪、緑色の鎧を身に纏い馬に乗っている。
糸目と言うのだろうか、瞑っているように見える目はにっこりとしていて柔和な印象があった。


「あ、オスカー」
「ロイ、その人が探していた友人だね? 見つかってよかった。悪いけれど、こちらの人捜しにも協力してくれないか?」


確かロイは、人捜しを手伝っていると聞いた。
まだ見つかっていないのだろうか。
自分も行方知れずの友人が居る身、手伝う事は一向に構わない。
それを伝えると、オスカーと言う名らしい馬上の青年は馬を降り傍に居た少女に何かを伝えた。
茶色の髪を少し耳が出る程に短く切った少女で、容姿は決して美人とは言えないかもしれないが、返事の良さと素直そうな印象で好感が持てる。
ロイが「あの子の名前はドロシー」と教えてくれた。


「そう言えばロイ、この村って弓を持っている人が凄く多いのね」


どこかへ駆けて行くドロシーは弓を手にしていた。
鎧に身を包み槍を持っている所から騎士のような印象があるオスカーも、傍らの馬には弓を括りつけている。
今までに会ったレベッカ達も他の村人達も、老若男女、殆どの者が弓を持っていた。
その質問には、いつの間にか傍まで来ていたヨファが答えてくれる。


「この村は狩りをして暮らしているから。動物を狩って食料にしたり、毛皮とかを街に売ったり」


成る程。
きっと小さい頃から弓を鍛えられるのだろう。
賊が多いカネレの森林では武器にもなるし、殆どの村人が持っているのも納得出来る。


「兄さんは騎士団に行ってから暫く弓を使わなかったし、今は僕の方が上手いかも」


言いながらヨファはオスカーを見ている。
2人は兄弟のようで、聞けばオスカーは一時期カネレの王宮騎士団に所属していたらしい。
母親がおらず、父親が亡くなった時に除隊して戻って来たと言う。


「ちなみにルミザ殿下、ボーレに会ったか? アイツはオスカーの弟でヨファの兄貴なんだ」
「あ、あの斧と弓を持っていた緑色の髪の……」


余り顔が似ていない気もするが、そこは色々と事情があるのだろう。
初対面なのに、ずかずかと踏み込む気も無い。
やがてドロシーが誰かを連れて戻って来た。
オスカーが紹介する。


「プリシラさんとルセアさんだよ。人捜しをしているらしいから、話を聞いてあげて欲しいんだ」
「プリシラと申します……」
「ルミザです」


進み出たのは、肩に届かない辺りで綺麗に切り揃えられた赤い髪の少女。
いかにも深窓の令嬢と言ったお淑やかな雰囲気で、傍らには馬、手には杖を持っている。
傷を癒やす力があると言う魔力の杖のようだ。
彼女……プリシラの後ろには金髪を腰の辺りまで真っ直ぐに伸ばした美女が控えていて、プリシラに促され前へ進み出る。


「私はルセアと申します。プリシラ様にお仕えする……一応は神父見習いです」


ルセアの自己紹介に、ルミザは内心で驚いた。
神父、つまりは男。
どう見ても、ルセアは女性にしか見えない。
容姿も“中性的”ではなく完全に“美女”と言える。
失礼になるだろうし、声には勿論、顔や態度にも出さなかったが。
プリシラもルセアも上品で大人しげな雰囲気で、かなり高貴な身分ではないかと窺わせた。


「人を捜していらっしゃるとか……どんな方でしょうか?」
「私の、兄なのですが。レイモンドと言う名で、絵がここにあります」


プリシラはルセアから1枚のしっかりした紙を受け取り、ルミザに手渡す。
受け取って紙を見た瞬間ルミザは小さく息を飲んだ。

プリシラの兄らしい男。
数年前の顔なのだろう、絵の方がいくらか若い。
しかしこの男は確かに……。
昨日、森の中で自分達に襲い掛かり、夜は伝説のある泉で出会った赤髪の傭兵だった。


「この人は……!」
「! ご存知ですか!?」
「この方、最後に会ったのはウィリデさんの家の傍でした。その前は再会の伝説がある泉で……」
「ウィリデって、確か森ん中に1人で住んでる女の子だったよな」


聞いていたのか、ウィルが横から口を挟んだ。
ウィリデはそれなりに知っている者が多いようだ。
ヨファも続けて口を挟む。


「あの子、確か前に1人で森ん中に居て、危ないから付き添ってあげようかって言ったら、凄く冷たくあしらわれたんだよね」
「覚えてる覚えてる。大きなお世話、出しゃばった真似しないでってさ」


そのヨファとウィルの会話には違和感を覚える。
果たしてウィリデは、そんな人物だっただろうか。
ウィリデとはたった1時間程しか共にいなかったので、滅多な事は言えないのだが。

とにかく、この男……レイモンドと会った事、カネレのどこかに居るだろうと告げるルミザ。
プリシラの顔が少し泣きそうになりながらも喜びに満ち、傍に居たルセアも目尻を拭うのが見えた。
そんな2人を見て、良かったとルミザも思わず笑顔になる。
すると、プリシラが持っていた杖をルミザに差し出した。


「? あの……」
「すみません、今はあまり持ち合わせが無くて。お礼はこれくらいしか……」


つまり、この杖をお礼にくれると言うのだ。
しかしルミザは魔力を持っていないので魔杖など使えないし、第一、ハッキリとした居場所を教えた訳ではなく、見たと言う事と漠然とした居場所を言っただけだ。
なのに、お礼を貰うなんて気が引けて受け取りを断るルミザに、プリシラは貰って下さいと譲らない。


「生死すら分からなかった兄さまがご無事と分かっただけで嬉しいのです。これはリブローの杖と言って……使えなくとも、売れば幾らかの足しにはなると思います」
「そうですか……では頂きますね。大事にします」


ルミザは杖を受け取る。
その瞬間、少しだけ杖が光ったような気がしたが、気のせいだろうと片付けて特に気にしなかった。


++++++


その夜。
エリウッドが療養している部屋を借りたルミザとロイは、彼を看病しつつ時間を過ごしていた。
エリウッドは目覚めないものの、呼吸は穏やかで顔色もそれ程悪くはない。
明日ぐらいには良くなってくれるだろう。
看病を始めてから、なかなかエリウッドの傍を離れようとしないルミザ。
もう休んだら、と言うロイにも、もう少しと返事をするだけで効く気配はない。
きっと彼女はエリウッドが毒を受けた責任を感じているだけだと、分かってはいるのだが。


「オレと兄貴って、兄弟だし顔の造りは似てるよな」
「え?」
「……いや、何でもないよ」


こんな状況だと言うのに兄に嫉妬する自分がおかしくてロイは苦笑した。
たった数日の事なのに、兄とルミザの間には深い絆でも出来たのではないかと危惧してしまう。


「それにしても、ロイが無事で居てくれて本当に良かった」
「何だよ、急に」


突然自分の話題にされて少々照れてしまうロイ。
ルミザは彼を見て、本当に無事再会できたのだと喜びを噛み締める。


「私ね、ロイが敵兵の囮になった時、生きた心地がしなかったのよ」
「ゴメン。でもルミザ様を無事に逃がす為には、絶対にやらなきゃいけないと思ったんだ」


……「やらなきゃいけない」
果たして自分がロイの立場になったら、それが出来るだろうかとルミザは思い悩む。
エリウッドが毒を受けた時、彼よりも独りになった己を心配した自分に。


「私、駄目ね。護られてばっかり。独りじゃ何にも出来ない」
「そんな思い詰める事なんかないって。これからはちゃんと、オレが傍に居て守るからさ」


ロイの力強い言葉は正直頼もしい。
しかしそれで、このままでいいのだろうか。

……良い訳は無い。
独りじゃ何も出来ない、ただ護られてばかりの弱い弱い王女。
邪神を倒す為に旅をしなければならない今、それでは駄目だ。
せめて自分の身は自分で護れる強さが欲しい。
ルミザは悔しさと自責の念に駆られ、強く自分の手を握り締めた。


++++++


翌日。


「あっ、ダメよ、エリウッドはまだ寝てて。朝食持って来るから!」


朝早く、エリウッドが目を覚ました。
すぐに起きて旅立ちの準備を進めようとする彼を押し留め、ルミザはロイと2人で準備をする。
ロイを見たエリウッドは非常に驚いていたが、兄弟で存分に再会を味わったようだ。
まだ本調子じゃないんだから大人しくしてな、なんて生意気な口を利くロイに苦笑し、エリウッドはルミザに謝罪した。


「ルミザ様、すみません。僕が不甲斐ないばかりに」
「違うわ、私が……今はそれどころじゃない。エリウッド、準備が出来たら出発するからギリギリまで休んでいて」


エリウッドに朝食を渡しロイと外に出る。
後は村人へ挨拶するだけ。
2人を見つけて一番に駆けて来たのはウォルトだ。


「ロイさんルミザさん、もう行かれるんですか?」
「お、ウォルト。あと少し兄貴を休ませたら行くよ」
「……たった4日程しか村に居なかったのに、なんだかロイさんとは何年も一緒に居た気がします」


4日前から村に居たロイ。
人懐っこい彼の事だからすぐに打ち解けて、まるで村の一員のようになっていたのだろう。
彼を惜しむ村人達を見ていれば分かる。


「絶対にまた来いよ、楽しみにしてっからな!」


弟のヨファと兄のオスカーを連れたボーレがロイの肩を叩く。
ロイはボーレの背中を思いっ切り叩き返し、痛みに軽い悲鳴が上がった彼を周りの者達が笑った。
本当にロイは、この村に溶け込んで見える。
こんな風に誰とでも打ち解けるのは、素晴らしい特技と言えるだろう。


「ルミザさんも、気を付けて下さいね」


村人達と一緒に笑っていたルミザの傍へレベッカがやって来て、にこりと微笑む。
有難う、とお礼を言って、ルミザも微笑んだ。
いい村だと思う。本当に。


「あのー……」


村人達と話していると、ドロシーが急に怖ず怖ず入り込んで来た。
どうしたのか、皆が彼女に視線を向けると……。


「今、門番から連絡があって。ウィリデと言う女の子が、ルミザさんに会いに来たそうです」
「ウィリデさんが!?」


何故、ウィリデがこんな所に来たのだろうか。
彼女の家から結構離れているのだが。
お会いしますか、と訊ねるドロシーに彼女を連れて来るよう頼む。
分かりました、と返事をして駆けて行くドロシー。
間もなく、慌てた様子のウィリデがやって来た。
一体どうしたのか、訊ねてみると……。


「大変なのです……。あなた方が出て行かれた後、何か大きな災厄が近付いているとお告げが…!」
「! まさか、その、虹の神や聖神が…?」
「はい、危険です。すぐに村を出て、ここから東へ向かって下さい」


エリウッドの事もあるしあと少しはゆっくりしようかと思っていたのだが。
まさか、世話になった村の者達に迷惑は掛けられない。
兄貴に言って来る、とエリウッドを呼んで来る為に駆け出すロイ。
少々慌てていたためか、進行方向に居たウィリデにぶつかってしまう。
彼女が倒れ、持っていた荷物入れの中身がばら撒かれた。


「あ、ゴ、ゴメン!」


慌てて中身を拾い出すロイとウィリデに、ルミザや村人達も手伝う。
が、突然、ネイミーが驚いたように声を上げた。
見ると彼女は綺麗な手鏡を手にしている。
それを見た村人達も、次々に驚愕の声を上げた。
一体どうしたのか言葉を待つと、ネイミーが泣き出してしまう。
代わりにレベッカが声を上げた。


「この手鏡……この前襲って来た賊に盗られた、ネイミーのお母さんの形見じゃない!」


ルミザもロイも、驚いてウィリデを見る。
何故、彼女がそんな物を持っているのか、次々に不審な目を向ける村人に、ウィリデはただ、少し怒ったような表情のまま見つめ返していた。
その様子は、今までのウィリデとはまるで違う。
明るい太陽のような笑顔も愛らしい様子もない、まるで、擦れた大人のような空気さえある。


「ウィリデさん……? 一体どう言う事ですか?」
「あーあヘマしちゃった。そこの愚図王女くらいなら簡単に騙せたのに」


ウィリデが発したその言葉は、吐き捨てるような冷たさがあった。
寒気がして、ルミザはビクリと体を震わせる。


「王女って、ルミザさんの事?」


ヨファの言葉にルミザはハッとする。
そうだ、自分が王女だと言う事は村人達には全く言っていない。
ウィリデはそんな村人達に嘲笑を向けると、更に言葉を続けた。


「そう、その女はラエティア第4王女ルミザ。ラエティア王国が陥落したのは知ってるわよね? その女は国民を捨てて、自分だけ助かろうと逃げて来た最低の王女よ」
「! 違います、私は…」


何故、虹の巫女である彼女がそんな事を言うのか。
その疑問は、昨夜ルミザから虹の巫女やマテリアについての話を聞いたロイも持ったようで。


「お前みたいなのが本当に緑の巫女なのかよ。虹の神に仕えてるとか言う」


ウィリデとは初対面ながらも、ルミザから聞いた話とはかけ離れている。
怪訝な顔をするロイのそんな質問に、ウィリデは突然笑い出した。
驚く人々の前で一頻り笑ってからウィリデは妙な事を口走る。


「確かに私はウィリデだけどね……緑の巫女? あんなトチ狂った女と一緒にしないでくれる!?」
「え?」


“緑の巫女、あんなトチ狂った女と一緒にするな”
つまりそれは、緑の巫女であるウィリデとは別人だと言う事。
だが目の前に居る彼女、どこからどう見てもウィリデにしか見えない。
疑問符を浮かべるルミザをよそに、ウィリデは言葉を続ける。


「虹の神? 何でそんな奴に心酔してるのかが分かんないわ、バッカみたい。そんな得体の知れない神のせいで、私は捨てられたんだから」
「どう言う事ですか?」


ウィリデの言葉は、心の底から虹の神を憎んでいるかのようだった。
彼女は尋ねて来たルミザへ憎々しげな視線を向けると、言葉を紡ぐ。


「私はね、アンタ達が言ってる緑の巫女の双子の妹」
「双子……?」
「そう。何だか母親が、私達が生まれる前に、その神とやらにお告げを貰ったらしくてね」


ウィリデの母へ虹の神は、生まれて来る双子のうち姉の方は、将来私に仕える巫女になる。
しかし妹の方は姉の能力を妨げる恐れがあるから、生まれたらすぐに殺してしまうのがいいと言ったらしい。
しかし母親として、我が子を殺してしまうのは忍びない。
夫と話し合った結果、姉から離せばいいのではないかと子供の居ない夫婦に引き渡したそうだ。

ウィリデは当然、そんな事など知らずに引き取った夫婦を両親だと思って過ごしていた。
物心がついて数年、妹ウィリデは知らない光景が頭に浮かぶ事に気付く。
知らない家、知らない夫婦と幸せに暮らす自分。
やがてそれが双子の姉であると気付くのに、そう時間は掛からなかった。

当時、預けられた家の夫婦から虐待を受けていた妹ウィリデは、そんな姉と両親が憎くて仕方なかった。
やがて何とか思い知らせてやれないかと考えを巡らせて数年が経った頃、妹ウィリデの暮らす家に賊がやって来る。
抵抗した義理の両親は殺され、ウィリデも売り飛ばされる為に連れ去られようとしていた。

……その時、全てが姉に行く筈だった能力の一部が妹ウィリデを守ったのだ。
彼女を傷つけようとした賊は魔法によって殺され、それに恐怖した他の賊達も逃げようとする。
瞬間、妹ウィリデの頭にある考えが浮かんだ。
妹ウィリデは、この能力で賊達の手伝いをするから、自分と手を組まないかと持ちかけた。
賊は考えた末に応じ、間もなく、姉ウィリデの両親が賊に殺された。


「ウィリデさんの両親を殺した賊って……まさか」
「そのまさかよ、私が差し向けたの」


まぁ、姉には逃げられちゃったけどね、と、妹ウィリデは悪びれる様子が全く無い。
そうこうしている間に姉が虹の巫女になってしまい、軽々しく手を出す訳にはいかなくなったのだ。
しかし、その時にある情報を得た。


「私は姉の意識を盗み見る事が出来るから、姉はラエティア第4王女の為に巫女になった事が分かったわ」


虹の神が、ラエティア第4王女の為に巫女を生み出していたと言うのなら、全ての元凶は、そのラエティア第4王女にある。


「ルミザ、アンタに復讐してやろうと思ったの」
「馬鹿言え、こっちだって何も知らなかったんだ!」


ロイが憤慨するが、ウィリデはそれを笑う。
私は復讐がしたいの、原因になった奴を標的にするのは当たり前でしょ、と応じない。


「今も、虹の神に関する者を恨んで……?」
「えぇ。まぁ育ての親が私に“ウィリデ”なんて名前を付けた時点で、この運命から逃れられない事は決まっていたのよ。だから私は運命に立ち向かう事にしたの。私の人生を壊した者に復讐する。この村、もう私が手を組んだ賊達で取り囲んでいるの。私が合図すれば襲撃して来るわ。さ、この村の奴らに迷惑を掛けたくなかったら、大人しく付いて来なさい」


ウィリデはルミザを連れて行こうとする。
ルミザは差し出された手を見て、動く事が出来なくなった。
自分が行かなければ、村は襲撃される。
だが、彼女と賊に付いて行けば自分はどうなるか。

……私は、結局自分の事しか考えていない……。


「少し、いいか?」


突然、ずっと黙っていたオスカーが口を開いた。
静まり返っていた所へ響いた声に、全員の視線が彼へと集まる。


「ウィリデ、だったか。先ほど君は、ルミザさんを東へ誘いたいようだった。そっちの方へ連れ去って賊に捕まえさせるつもりだったのだろうが」
「……そうよ」
「それなら何故、この村は既に取り囲まれている?」


全員がハッとしてウィリデを見た。
先ほどのウィリデの言葉だと、賊達は既に、この村を襲う準備が出来ているようだった。
つまり……。


「どの道、この村を襲わせるつもりだったんだな!」


ロイが携えていた剣を鞘から抜き放ち、村人達も続いて武器を構えた。
それを見たウィリデは溜め息をつく。


「まぁ折角、豊かそうな村から略奪出来るチャンスだしね。逃す訳がないわ」


彼女は懐から小さな呼び子笛を取り出した。
その笛は、小ささとは裏腹に驚くほど響き渡る。
少しの後、村の門番が鳴らす非常事態を知らせる鐘が響いた。


「来るぞ!」


ウィルが叫び、辺りに緊張が走る。
武器を持った村人達は次々と戦闘準備を整えた。


「姫様は、兄貴が居る部屋に隠れててくれ!」
「え……ロイ、でも……」
「頼むよ、危ないんだ!」


己の身すら護れない今の自分では、足手まといになるだけだ。
余りに弱い自分への悔しさに歯を食いしばるが、それ所ではないと思い出したルミザはエリウッドの居る部屋へ駆け戻る。

やがて背後から戦闘の騒音が聴こえて来た。
それが、ラエティアの王城を脱出する時に聴こえて来たものとどこか似ている気がしたのは、あの時と同じく、逃げる事しか出来ない自分のせいかもしれない。





−続く−



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