EXTENSIVE BLUE
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カナタ
カナズミシティ
バッジ1個

手持ち
キモリ♂
ポチエナ♂
ジグザグマ♀
ラルトス♀
スバメ♂

旅時間:3日目



カナズミシティでのジム戦に勝利し、幸先の良いスタートを切ったカナタ。
しかしバトル中に痛感した自分の勉強不足を補うため、まだ街は後にしない。
今はツツジに紹介して貰ったトレーナーズスクールの図書館で勉強中だ。
タイプの相性や状態異常の影響など、基本的な事はミシロタウンで勉強していたが、あの頃は自分がトレーナーになる事など考えていなかった為、そういった深くバトルに関わる事は後回しにしていた。

特にカナタが覚えておきたいと思ったのは、各ポケモンの特性。
これが発動するだけで、場合によっては戦況がひっくり返る。
現にツツジとの戦いでキモリの特性が発動しなければ負けていたはず。

静かな図書館。
床に敷かれた分厚い絨毯へ足音が吸い込まれる為に静かで、ページを捲る音さえ耳につく状況。
調べ物と書き写しで体が痛むような疲労を感じ、カナタは一休みがてら伸びをする。


「ふぅ……ポケモンって多いんだなあ。覚える前に全部の特性を調べるだけでも一苦労だよ」


独り言以外の何物でもない呟きだったが、カナタとしては一応、
テーブルの上に座っているキモリへ語りかけたつもり。
出来る限り小声の軽い愚痴にキモリは困ったような顔で笑う。
これでもまだ世界中で発見報告のあるポケモンの数には遠いらしく、気が遠くなりそうだ。
しかしポケモン達と共に過ごし成長して行く為にも、こんな所で音を上げていられない。
この為に買った手帳へタイプ別に書き込み、いつでも見返せるようにしておく。

取り敢えず、ホウエン地方で発見報告があるポケモンの特性は写し終わった。
凝り固まった身体を軽くストレッチで解し、今日はもう書き写しはやめようと決める。
今日の残り時間はとにかく、手帳の出番が少なく済むよう特性を出来るだけ頭に叩き込もうと。

図書館を後にしたカナタは近くの公園へ行き、柔らかな芝生の木陰に座ってポケモン達をボールから出した。
ポチエナ、ジグザグマ、ラルトス、スバメ。
おいでー! と両手を広げるとすぐさま飛び込んで来る……スバメ以外。
しかしスバメもどこかへ飛んで行くような真似はせず、頭上の木の枝まで飛んでそこに留まる。
昨日はカナタを認めてくれたような感じだったが、まだまだか。

スバメへの無理強いはせず、寄って来たポケモン達を存分に撫でる事に。
以前のまま動物を怖がっていたら味わえなかった時間だ。
我先にと撫でて欲しがる手持ち達に押されて、ひたすら出て来る至福の笑み。


「はいはい、ちゃんとみんな撫でてあげるから慌てないの。ジグザグマは耳をマッサージするの好きだったよね。……あ、ごめんごめん。ポチエナは鼻を触られるの嫌だったか」


思う存分撫で回し、買っておいたポフレを与え、そうして愛くるしいポケモン達を見ていると勉強の疲れが取れて行くよう。
カナタは手持ち達がポフレに夢中になった隙に立ち上がり、枝のスバメを見上げてポフレを掲げる。


「おいでスバメ、おやつ食べるでしょ? 私はあなたと仲良くしたいんだけど、だめ?」
「…………」


スバメはカナタを見下ろすものの、鳴き声を上げたりなどの反応はしない。
だが軽く羽ばたくと枝を離れ、カナタの所まで降りて来た。
……ら、当然、いつも通りにクチバシで髪の毛を引っ張られる訳で。


「だーかーらー痛いって、もー!」


その騒ぎに、肩から降りてポフレを食べていたキモリがすぐさま反応。
頭に登りスバメを阻止しようとするが、それをカナタが制した。
カナタは頭上で髪の毛を引っ張るスバメを両手で捕まえる。
驚いたように足をばたつかせるスバメにニコリと笑むと、撫で回し始めた。


「さーてスバメ君はどこを撫でられたいのかな。足は疲れてない? ……あ、嫌か。じゃあ頭かなー。いやいや、ふかふかのお腹も捨てがたい」


スバメは身を捩って嫌がるけれど、どうも本気には思えなかったカナタ。
本気で嫌がったように感じた足を避けて撫でていると、胸元を撫でた時に抵抗が弱まった。
見つけた! とばかりにそこを優しく撫でる。
すると顔が恍惚としたようにトロンとなり、けれど流される訳にいかないと思っているのか必死な様子で何でもない素振りを見せ、けれどすぐ気持ちよさそうに目を閉じ……。


「……お、面白いよスバメ」


笑いを堪えて声を震わせながら言うと、スバメがムキになったように鳴き声を上げる。
そのままカナタの手を脱してポフレを奪うと、また木の枝に戻ってしまった。
ムスッとした表情を浮かべたままポフレを啄む様子は もう可愛らしいとしか思えない。
けれど、ごめんね戻って来てー、と見上げながら声を上げても降りて来ない。
カナタの肩の上に登ったキモリが やれやれと言いたげに溜息を吐いた。


「スバメ怒っちゃったかな?」


肩のキモリに訊ねてみると、彼は苦笑を見せながら首を横に振った。
どうやら怒っている訳ではないらしい……照れだろうか。
何にせよどこかへ飛んで行く様子は見受けられないので、今は放置して気を落ち着かせる事にする。

諦めて再び座り込むと、ポチエナとジグザグマが楽しげにじゃれ合う様子が目に入った。
種族が違うというのに ふたりは随分と仲良しのよう。
座ったカナタの膝にラルトスが登って来て、控え目に鳴き声を上げた。
彼女を抱えてあげながら仲睦まじいふたりについて語る。


「ポチエナとジグザグマは ほんと仲良しさんだね。ラルトスは友達いなかったの?」


訊いてから、ふと彼女が普通のラルトスより痩せた様子である事を思い出した。
触れてはいけない所に触れてしまったと思い ごめんね、と謝ると、ラルトスは気にしてないよとでも言いたげに明るく鳴く。
痩せ気味の彼女をバトルに出したのは失敗だったかと思ったものの、食事できちんと栄養を摂ってからは調子が良さそうだったし、本人も特に苦にしていなさそうなので、良かったのだと思っておく。
それを象徴するかのように、ラルトスがカナタに擦り寄って来た。
都合の良い解釈かもしれないけれど、カナタと出会えたから良いのだと言われているようでホッとする。

安心ついでに息を吐き、空を見上げるカナタ。
穏やかで優しい時間が流れていると、ここが異世界だと忘れそうになる。
マンガやアニメのような世界に来ているというのにそれを受け入れ、こうして当たり前のようにポケモン達と過ごす。
ここに来る前の生活が嘘のように思え、途端に軽い寒気に襲われた。

まだこの世界で一ヶ月ちょっとしか過ごしていないというのに、既に元の世界での18年間が否定されようとしている。
それはとても恐ろしい事なのではないかと思えた。
帰還に関しては諦めかけているものの、だからといって自分の家族や友人達、これまで過ごして来た故郷がどうでも良くなった訳ではない。
否定したくない。夢物語なんかにしたくない。
家族も友人も長く過ごして来た故郷も、もう一度会いたい。目にしたい。
大人になるという目標があるものの、もう二度と会えないかもしれないと思ったら今更ながら家族に思い切り甘えたくなってしまった。

オダマキ一家は自分の事を家族だと言ってくれて、カナタもそう思っている。
一ヶ月さんざん世話になったし帰って来れば良いと言ってくれた。
それに関しては感謝してもし切れないし そうするつもりだ。

それでも、それでもカナタの家族は別に居る。
カナタの父はオダマキ博士ではないし、カナタの母は奥さんではない。
ユウキだってカナタの弟ではない。
カナタの家族は彼らではない。また別の人物だ。


「あんなにお世話になっておきながら こんな事を考えるなんて……。罰当たりかな、私」


その呟きに対して、傍に居るラルトスとキモリに反応は無かった。
罰当たりなのは確かだがカナタの気持ちも分かる、といった所か。
カナタ自身もこればっかりは博士達に申し訳ないと思いつつ、仕方ない事でもあると、自己弁護だけではない心で考えている。
ミシロタウンは謂わば第二の故郷。オダマキ博士達は第二の家族。
飽くまでこの世界と博士達は『第一の故郷や家族ではない』というだけ。
本当の故郷の次に大事に思える、それだけで充分ではないかと思えた。

というよりそれ以前に、今カナタは自分の感情や感覚が塗り替えられようとしている訳で。
本当の故郷を忘れないように、感覚を失わないようにしておかないと、18年間過ごした故郷が夢物語になってしまう。


「そっちの方が重大なのよね、博士達に申し訳なく思ってる場合じゃない。もう帰れないかもとは思ってるけど、だからこそ忘れたくないのに……」


沈んだ様子で俯き加減に呟くカナタ。
キモリとラルトスが心配げに顔を覗き込み、異変を察したポチエナとシグザグマも、近寄って体を擦り寄せて来る。
みんな……とカナタが感動していると、頭上から軽い羽音。
スバメが再び頭に降りて来て、また髪を引っ張られると思ったカナタは身構える。

……が、彼は座り込んだだけで何もして来ない。
キモリ達のように目に見えた行動はしないものの、これが彼なりの慰めなのだろう。
ポケモン達はほんの短い付き合いでも、既にトレーナーとなっているカナタを信用してくれている。
そしてこうして気遣い慰めてくれる……感激しない訳は無い。

これが良くないのかもしれないとは、カナタも分かっている。
自分が元住んでいた世界には居なかったポケモン達。
共に過ごせば過ごすだけ、彼らが存在していない故郷が嘘のように思えてしまう。
本当に故郷を忘れたくないのであればポケモン達から離れ、出来るだけ関わらないように生きて行くのが一番良いのかもしれない。

けれどもう、カナタはこの道を選んでしまった。
ああすれば良かった、こうすれば良かったと思ってもやり直しは利かない。
自らが選んだ道に自分で責任を持つ。それが大人というものだろう。


「……ありがとう。私は皆と一緒に生きて行くよ、そういう道を選んだんだから。これからも宜しくね」


カナタの言葉に、元気良く鳴き声を上げるポケモン達。
もし元の世界に戻る方法があって、それが分かったら……その事は考えないようにする。
今だって帰りたい意思は充分にあるけれど、ポケモン達と離れたくない。
ひょっとしたら帰る方法が分かっても帰らないかもしれない。
皆と親しくなり共に過ごす時間が増えるにつれ、その可能性が高まって来た。
愛しいポケモン達と戯れながらカナタは、故郷の家族や友人に思いを馳せてみる。

……顔も声も、酷く曖昧。
思い出までそうなってしまったら……。


「私は、皆の事が……大好きだよ」


カナタが溜まった息を吐くように言葉を向けた相手は、ポケモン達だけではなかった。


++++++++


それからカナタは4日間カナズミシティに留まり、勉強を続けた。
調べて書き写し、その後は紙に書いたりしながら暗記を促す。
合間にポケモン達と戯れ、時たま104番道路や116番道路に出掛けては小規模ながら特訓やバトルをして過ごす毎日。
そんな日々が続くと、そろそろどこか違う場所へ行きたくなってしまった。
少しでも成長する為に始めた旅だが、修行というより物見遊山気分になっているのか、新しい土地に向かうのが楽しみになってしまっている。


「それでも良いよね、きっと。楽しんでやれるならそれに越した事は無いだろうし」


肩のキモリに話しかけると、嬉しそうな笑顔で鳴いてくれる。
他の手持ち達もそうだけれど やはりカナタにとっては、キモリが一番の心の支えになっていた。
万一にでも彼を失う事の無いよう、気を付けておきたい。
始まりは彼と。それならばいつか終わる時まで、キモリとはずっと一緒に居たい。
そうしたいし、そうしなければならないとカナタは思う。

旅を再開しようと思い立った時は既に夕暮れだったので、その日の出立は諦める。
そして翌日、ジム戦初勝利という一歩を踏み出した街を後にするカナタ。
出発の前にカナズミジムへ行き、ツツジに図書館を紹介して貰った礼を言う。
挨拶してからジムを後にし 大通りの方へ出ると……。


「どけー! どけどけー!!」
「わあっ!?」


向かいの通りから勢い良く走って来た男性に思い切り衝突されてしまった。
よほど慌てていたのか、男性はカナタを気にする事なく北の方へ走り去る。
というか今の男性、カナタの目と記憶が正しければ……。


「ね、ねえキモリ。今の人、トウカの森で戦った人だよね? 確か……アクア団、とか何とか言ったっけ」


自信が無さそうに言うカナタだが、キモリが男性の去った方を以前と同じように、
射殺しそうな目で睨み付けている所から見て間違いは無さそうだ。
というか確かに彼は強盗を働いた悪人だが、そこまで敵意を剥き出しにする程 迷惑を掛けられただろうか……。
相手の気質を見抜いているのか、キモリはアクア団に初めて会った時から今の調子だ。
なんてカナタが考えていると、再び見知った人。
待ってぇー! なんて絶対に待ってくれなさそうな悲鳴を上げ、トウカの森でアクア団から守ってあげた白衣の男性が現れた。


「その荷物を返してぇぇぇー!!」
「あ、あの! あなたは確かトウカの森で……」
「え……ああ、君は! あの時助けてくれた素敵なトレーナーじゃないですか! お願いです! アクア団に奪われたデボンの荷物、取り返して下さい! あれが無いと……わたし、とても困るんです」
「結局 盗まれちゃったんですか」
「不甲斐ないお話ですが……君の実力を見込んで、ね?」


正直な話、これから旅を続けるに当たって もうあんな危ない者には関わりたくない。
けれど困って助けを求める人を見過ごす事も出来ないし……。
と、カナタが迷っていると、キモリが頭をトントン軽く叩いて来た。
視線を向けた先の彼は険しい顔で首を横に振る。

……助けるな、という事だろうか。
延いては あんな危ない者に関わるべきではない、そう言っているのだろう。
アクア団……“団”というからには間違いなく集団、組織。
しかも強盗を働くなんて、あの男性の独断でない限り犯罪集団の可能性が高い訳で。
わざわざ首を突っ込んで旅路を危険に晒す必要など無い。
キモリはカナタの身を心配して、助けるなと意思を示しているのだろう。

きっとキモリの言う通りにした方が良い。
どの道カナズミをすぐ出発する予定だったのだし、
ごめんなさい! とでも謝ってから走って街を出れば逃げられる。
この白衣の男性には悪いが、カナタも身の安全を確保する権利が……。


『助けてあげて』
「……え?」
「??」


今どこかから聞き覚えの無い声がした。
否、聞いた事があるが知らない人の声、というのが正しいか。
数日前、ツツジに勝利したあの日の夜。
海中のような濃紺の夢を見なかった代わりに見た、知らない人物の夢。
姿は分からなかったが、声からして少女だろうか?
あの時と同じ声が聞こえて来たが、辺りを見回してもそれらしい人物は居ない。
かなり近くから……まるで頭の中に直接響いたような至近距離で聞こえた気がしたが。
いや、気のせいではなく本当に、耳を通さず頭の中に直接聞こえて来た?


『お願い、どうかその人を助けてあげて。あなたの行動はいずれホウエン地方の、そして世界の為になる事なの』
「ど、どういう……そもそもあなたは……」
「えーと、どうかしました?」
「あ、いえ!」


カナタ以外に聞こえていない声なのだろう、危うく変人扱いされる所だった。
キモリに視線を送っても彼も疑問符を浮かべるばかり。
本当に自分にしか聞こえていない声なのだと少々怖くなった。

それにしても、こんな親切がいずれホウエン地方、そして世界の為になるとはどういう事だろうか。
もしや盗まれたのが重大な物で、それを悪用されると大変な事になるとか……。
そうなれば今一時的に逃げたとしても、最終的に逃げ道が無くなる可能性がある。
謎の声の言葉を盲目的に信用するのは危ないかもしれないが、何となくカナタは、あの言葉が疑いようの無い事実だと思えた。

キモリを選んだ時のように、ポチエナを助けた時のように。
旅立つに当たり自分のこういった直感を信じる事に決めていたカナタは、白衣の男性を助ける決心をする。
カナタの安全を慮ってくれたキモリには悪いが、元々こうして困っている人を見過ごす事に抵抗があった。


「分かりました、引き受けます!」
「ありがとう……!」


すぐさまアクア団が逃げた北へ駆け出すカナタ。
キモリは切羽詰まった鳴き声を上げ引き留めようとして来るが、カナタはそんな彼に謝罪しか出来ない。


「ごめんなさいキモリ、あなたが私を思って止めてくれてるのは分かる。だけど どうしても放っておけない。助けなきゃいけないって思うの。もし私に危険が迫ったら、あなた達だけでも逃がしてあげるからね」


違う、そういう事を言いたいのではない、とばかりに首を必死で横に振るキモリ。
カナタを犠牲にして助かりたい訳などなく、そもそもカナタを犠牲にしたくないと。
キモリの言いたい事が伝わって来るようで、こんな時なのに胸が温かくなってしまう。

ああ、そう言えば万一があればキモリ達だけじゃなく、博士達にも迷惑かけちゃうなあ、最悪 第二の故郷にすら帰れなくなるかもしれないなあ、辛いなあ、なんて。
そう思っても、自分の決断に責任を持たなければならない。
迷惑が掛かるようなら博士達と離別する事も視野に入れなければ。
そういう決断をしたのだから、仕方ない。

街の出口辺りに居た人に話を聞き、116番道路へ向かったらしいアクア団を追った。
辺りを見回し草むらを掻き分け、見付けられないままカナシダトンネル前まで来てしまう。
……と、そこでまたも意外な再会。
トンネルの入り口前に、以前トウカシティから先の浜辺で出会った老人が居る。
確かピーコちゃんという名のキャモメを連れていた人だ。


「あの、お爺さん!」
「ん? おお、お嬢ちゃんは数日前にカナズミへ向かったトレーナーさんじゃないか!」
「すみません、人を探しているんですが……こちらに黒いバンダナを着けた、水色と白の縞模様シャツの男の人が来ませんでしたか?」
「! そいつはピーコちゃんを攫った奴じゃ、間違いない!」
「さ、攫った!?」
「ああ。ピーコちゃんと散歩をしていたらいきなり おかしな奴がやって来て、ピーコちゃんを奪いトンネルの中へ入って行きおって! しかしわしは他にポケモンを持っておらんし、どうしたものかと……」
「トンネルの中ですね、私が助けて来ます!」


返事も聞かずカナタはトンネルの中へ突入する。
トンネルとはいっても故郷の世界で見るようなものではなく、見かけも中も完全に洞窟といった体だ。
カナズミ滞在中に聞いた噂によると、トンネルの中には大きな物音に反応して騒ぎ出すポケモンが生息していた為、
機械を使っての開発工事をやめ地道に手作業で掘っているそうだ。
それで非常に時間が掛かり、表向き工事は中止という事になっているらしい。

先の階段を登り右へ曲がって奥へ向かう。
しばらく進むと奥の方に、荷物を抱えキャモメを連れた一人の男性が見えた。
間違いなくトウカの森で戦ったアクア団。
工事が進んでいない為、彼の奥で行き止まりになっているようだ。


「そこの人! 荷物とキャモメを返して下さい!」
「ま、またお前かよ畜生! 来るのか? 来るなら来い! このキャモメがどうなっても良いってんなら……」


男性が言い終わらないうちに、カナタの肩からキモリが飛び出す。
慌てた男性はキャモメを人質に取る事も忘れてポチエナを繰り出した。
カナタの意思と無関係に不意打ちの形になってしまったが、悪人相手なので神様には大目に見て貰う事にする。


「キモリ、“でんこうせっか”!」
「“すなかけ”だポチエナ!」


不意打ちの上に先制確実な技を繰り出したキモリが圧倒的に速い。
“すなかけ”で小細工を仕掛ける前に吹っ飛ばされたポチエナは、あらんばかりの恨みが込められたキモリの睨み付けによって完全に怯んでいる。
……本当になぜ、あんなにこの男性を恨んでいるのだろうか。
相手のポチエナにまで被害が及んでいる辺り、彼らの全てが気に入らないといった風か。


「……キモリ、もう一度“でんこうせっか”!」


今は相手も忘れているがキャモメのピーコちゃんが人質に取られている。
ここは早期に決着をつけて救い出さなければと、もう一度同じ命令を。
完全に怯んだポチエナは男性の指示もロクにこなせず、あっさり吹っ飛ばされ戦闘不能に陥ってしまった。
男性が唖然とした隙を逃さず駆け出したカナタは、ピーコちゃんと奪われた荷物を抱えてすぐさま元の位置へと戻る。


「さあ、もう手はありませんよ。観念して下さい!」
「む、むぐぐー! リーダーの話では何かの荷物をデボンから盗んで来るっていう、楽な仕事だった筈なのに……ちぇっ! そんなもん返してやらあ!」


またも負け惜しみを言った男性はポチエナをボールに戻すと、カナタの横を擦り抜け逃げて行った。
警察にでも突き出してやろうかと思っていたが、逃げられたのならもういい。
あまり深追いしても、相手が集団である以上 危険が増すだけ。
渡された荷物を抱え、行こうかとキモリとピーコちゃんに声を掛けると、またもピーコちゃんが嬉しそうにカナタに飛び付いた。


「え、ちょ、待って!」


そんな悲鳴などお構い無しに肩に留まったキャモメは、嬉しそうに鳴き声を上げる。
振り払う事も出来ず、やや青ざめた顔でおろおろと彷徨くカナタ。
定位置を奪われたキモリが怒りに満ちた鳴き声を上げてキャモメに飛びかかろうとするが、その前に入り口の方から老人が駆け寄って来た。
それを確認したピーコちゃんはすぐさまカナタの肩から羽ばたいて、老人の元へ。


「ピーコちゃん! 無事で良かった、どこも怪我はしとらんな? お嬢ちゃん、あんたはピーコちゃんの命の恩人じゃよ! わしはハギという名じゃが、君の名も教えてくれんか」
「私ですか? カナタといいます」
「カナタというのか、本当にありがとうよ! これから先 困った事があったら、遠慮なくわしに言っとくれ。いつもは以前に出会った浜辺の小屋に居るからの!」


ハギ、と名乗った老人はそう言うと改めてカナタに礼をし、ピーコちゃんと共にトンネルを出て行った。
暫くそちらを見ていたカナタだが、キモリが怒ったような顔と態度でカナタの足に擦り寄って来たため我に返る。


「キモリ……またヤキモチ? 大丈夫だって言ったじゃない、私はあなたが大好きなんだから」


苦笑しながら言うと、キモリがぎゅっと足に抱き付いて来る。
あまりに可愛くて抱き上げようと身を屈めるカナタ……だが、その瞬間。
突然キモリの体が光り輝き始める。


「え!? キ、キモリ! どうしたの!?」


キモリの方も驚き、呆然としたように数歩後退ってカナタから離れる。
光に包まれた彼のシルエットはぐんぐん大きくなり、光の消失と共に止まった。
そこに居たのはキモリではない。


「え……あ……?」


立ち姿は以前より遙かに大きく、頭がカナタの肩に届きそうな程。
一つ成長した彼は以前よりずっと精悍な瞳で見つめて来る。

進化……ポケモンは人間と違い、経験を積んで行くとある一定の条件が揃った時、一気に姿が変化する。
先程のポチエナとの戦闘で条件が揃い、キモリの成長を急速に促した。
確認した図鑑に記された名前は“ジュプトル”。
キモリの時は図鑑に記されているサイズより少々小さい気がしていたものの、進化した今は逆に記されているサイズより少々大きいようだ。


「キモリ……じゃ、ない。 ……ジュプトル?」


呼ぶと、以前よりだいぶ低い声で鳴くジュプトル。
まるで声変わりを終えた青年のようで不思議な気分になる。
トレーナーであればこの変化を喜ばねばならないのだろうが、今カナタの心を占めているのは、大きな喪失感だった。

以前のキモリには二度と戻れない。
肩から頭、時たまリュックも経由してカナタの体をチョロチョロと動き回り、甘えん坊のように体を擦り寄せて来たあの頃には、もう。


「……ジュプ、トル」


喜ばなければ。彼は強くなった、きっと喜んでいる。
進化させる程に経験を積ませておいて進化したら嘆くなど、あってはならない事。
そんなの余りにも身勝手すぎる。


「あ、ああ、すごい! かっこいいよジュプトル! 進化おめでとう!」


無理を悟られないよう明るく声を張り上げるものの、ジュプトルには気付かれていそう。
駄目だ、どうしても喜びが喪失感を上回ってくれない。
カナタの心には、ただただキモリと会えなくなった悲しみが燻る。
見た目が変わってしまっただけで、中身はきっとキモリの頃と変わらないだろうに。
ジュプトルはやはりカナタの気持ちを察しているのか、微妙な顔をして少しだけ距離を空ける。
そんな事をさせてしまう自体トレーナーとして情けないし、彼にも申し訳ないのに……。

カナタは誤魔化すように、早く荷物を返さないと! と明るく言ってジュプトルを先導する。
他人が見て気になる程ではないがやはり、少しだけ空く彼との距離。
つい先程までの親密な関係が嘘のようになってしまい、胸が痛む。
この状態を作ってしまった事にジュプトルは関係無く、カナタの心の持ちようだけが問題なのがどうにも情けなかった。



カナズミシティへ戻ったカナタは、白衣の男性へ荷物を返却する。
大喜びする様子は当事者として照れ臭くなってしまう程だ。


「取り返してくれたのですか! ありがとう、君は本当に凄いトレーナーですね! いつの間にかキモリまで進化させてしまって!」
「あ、はは……」


手持ちを進化させておいてそれを嘆き、信頼してくれているジュプトルを傷付けてしまった自分が凄いトレーナーな訳は無い。
言い辛いし、今この男性に言う事ではないので黙っているが、カナタが相棒を慕う心には影が落ちてしまった。
男性はそんなカナタとジュプトルに気付く事も無く、カナタを手招く。


「どうかわたしに付いて来て下さい、社長にご紹介しなくては!」
「え? しゃ、社長って……?」
「こっちですよ、早く!」
「えぇ? ちょっと待って下さい!」


小走りで先へ向かう男性を慌てて追い掛けるカナタとジュプトル。
通りを抜けるとビルの合間に開けた土地があり、大きな建物が建っている。

建物に描かれた名前はデボンコーポレーション。
確かホウエン一の大企業で、工業製品から日用品まで人々に役立つものを作っている会社だ。
モンスターボールの制作・製造にも着手しており、更にマルチナビを作ったのもこの会社だったはず。

自動ドアをくぐって中に入るとロビーの柔らかなソファーに座らされる。
ちょっと待っていて下さいね、とカナタを置いて階上へ上がってしまった男性。
まさか彼はここの関係者だったのだろうか。
待っていると10分足らずで降りて来て、再びカナタを案内し始める。


「あの、一体どういう事ですか……?」
「わたしは ここの研究員なんです。君の事を社長に話したら是非お話ししたいと申しまして。わたしに付いて来て下さい」
「え、え……」


まさかのまさか、こんな大企業の社長にお目通り出来るなんて。
故郷の世界でもこの世界でも一生縁が無い事だと思っていたので、驚きの余りまともな反応が出来ない。

そうして驚きに浸っているカナタの後ろでジュプトルは、カナタが自分の進化をあまり喜んでいないと気付いた時よりも更に微妙そうな顔をしていた。
彼にとって、現状があまり好ましくないものだからである。
アクア団の事は勿論だけれど、それだけでなく、この先に待ち受けているもの全てが。
カナタがそんなジュプトルの気持ちを知るのは、ずっと後の事。

そして今 カナタだけではなくジュプトルも、他の手持ち達も、その他の誰も、ある一つの大きな事に気付いていない。

今の所、運命が“とある人物”の思い通りに進んでいる……という事に。





to be continued......


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