EXTENSIVE BLUE
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カナタ
トウカの森
バッジ0個

手持ち
キモリ♂
ポチエナ♂
ジグザグマ♀
ラルトス♀
スバメ♂

旅時間:2日目



新しく仲間入りしたスバメにつつかれたり髪を引っ張られたりしながらも、バトルでは連携を取れたため、それからはトウカの森を楽に進めたカナタ。
森を抜けると まだカナズミシティには着かないものの遠くにビル群が見えている。
途中のトレーナーや野生ポケモンと戦い、仲間達と共に経験を積みながら104番道路を北上。
青い空と流れる雲を反射した、美しい湖の上を渡る木の橋から落ちないよう気をつけて進み、数日のうちに雨が降ったのか水溜まりがあちこちに点在する緑の道を進むと、大きな建物がひしめき合う都会に到着した。ここがカナズミシティらしい。

石畳が敷き詰められた道、洒落た形の建物や街灯が立ち並ぶ通りは雰囲気が良い。
ポケナビで地図を確認してみると、カナタの故郷の世界で言う所の福岡県、しかも市内に相当しそうな位置にある。どおりで今までより都会な筈だ。
これまで見て来た自然たっぷりな美しさとは違う、人工的に整った美しさ。
しかし街の周囲はこれまでと同じ豊かな自然に包まれ、見ていると人工物と自然物が違和感無く視界に入り、上手く調和しているようだ。


「まずはポケモンセンターに行かなきゃ。皆を回復して宿の確保、っと……」


ミシロ〜コトキ〜トウカ間よりもずっと長い距離だった。
幸いにも野宿せずに済んだようで、今はまだ午後3時を過ぎた辺りの時刻。
街の入り口からそう遠くない通りにポケモンセンターを見付け駆け寄ろうとすると、その手前にあったフレンドリィショップの自動ドアが開いて中から人が出て来る。
それは見知った人物。嬉しくなったカナタは笑顔を浮かべながら近寄って行った。


「ユウキ君じゃないの。カナズミシティに来てたのね」
「カナタさん!」


声を掛けられたユウキはパッと顔を明るくさせ、近付いて来る。
昨日の朝に別れたばかりだが、カナタがオダマキ家の世話になっていた1ヶ月は毎日会っていたし、
基本的にはミシロタウンでしか会っていないので、こうして知らない街で出会うと少し不思議な気分にもなる。


「カナタさん今着いた? オレは今朝に着いたよ、昨日の内に着いておきたかったんだけど、途中で分布調べたりバトルしてたら遅くなってさ、森で野宿したんだ」
「え、ユウキ君 野宿したの!? 大丈夫だった? 体調崩したりしてない?」
「大丈夫だって。っていうかこれから先、旅してるとそういう事もあるだろうし、1回くらいで参ってられないよ」
「はー……凄い。私はまだ無理そうだなあ、だから昨日はトウカシティで泊まって……」


ぐー……。


カナタの言葉の途中、割り込むように聞こえた間抜けな音。
会話が止まり、カナタの顔がみるみる真っ赤に染まって行く。
恥ずかしさに俯いてしまったがユウキは何も言わない。
呆れているのではと焦っていると、肩のキモリに頬を軽くつつかれたので顔を上げてみた。

……何故かお腹を鳴らしていないユウキまで頬をほんのり赤く染めている。


「ユウキ君?」
「カナタさん……あのさ、お腹空いてる?」
「う、うん、実は」
「それならちょっと、その、頼みがあるんだけど……」


++++++++



ポケモンセンターでポケモン達を回復させ、部屋を確保したカナタは建物の外で待っていたユウキと一緒にカナズミシティを歩く。
人通りの多い通りを進んで行くと、ユウキの“頼み”である目的地が見えた。


「ここ? ポケモンのお菓子のお店」
「うん。入ってみたかったんだけどさ、これ、一人じゃちょっと……」


ポフレというポケモン用の可愛らしいお菓子があるそうだが、それを扱っている店だという。
トレーナーがポケモンと一緒に食事をする事もでき、喫茶店でもある様子。
しかしその外観は、いかにも女性が好みそうな可愛らしい建物。
思春期真っ直中の男子が一人で入るには些か厳しい感じだ。

カナタが先導しつつ入った店内は、やはり可愛らしい装飾が目立ち少年一人では気まずい。
少し緊張しているのか、ユウキの動きがぎこちなく見える。
そのまま商品が並ぶショーケースの方へ歩いて行くのをカナタが止めた。


「ユウキ君、せっかく入ったんだし店内で食べよう。買う分はまた後で」
「え、でもカナタさんをそんな付き合わせたら悪いよ」
「私は店内で一緒に食べたいな。ひょっとして時間無い? それなら無理には……」
「いや、時間ならある! 店内で食べよう!」
「じゃあ決定ね。すみませーん」


やはりユウキも店内でゆっくりしたかったのだろうか、ちょっと妙に思えるくらい食い付いて来るユウキにクスリと笑って、カナタはウェイトレスを呼び窓際の席に案内して貰った。
まるでケーキを思わせる見た目のポフレ。
色とりどりで上にもクリームやフルーツ、チョコレートなどが乗っていて見るからに美味しそう。
カナタとユウキはどれが良いか選ばせようと手持ち達をボールから出す。
……と、何故かユウキが驚いた顔でカナタを見つめて来た。
何事かと思ったが彼が何も言わないためどうにも話題にし辛い。

注文したポフレや飲み物が来て、カナタもポケモン達も満面の笑み。
これとは別に“ポロック”という小さな固形のお菓子もあるのだが、そちらはポケモンのコンディションを上げたり整えたりする、言わば栄養機能食。
このポフレは完全に“単なるお菓子”である。
それを美味しそうに食べるポケモン達をカナタは優しげに眺めるが、そんな彼女を見ながらユウキはまだ驚いた顔をしていた。
やはり気になって仕方なくなったカナタは、思い切って訊ねる事に。


「ユウキ君 食べないの? 何か気になる事でもある?」
「いや……カナタさん、もうそんなにポケモン捕まえたんだと思って」


言われ、ユウキが驚いている理由が分かった。
あんなに動物を恐れポケモンを怖がっていたカナタが、まさか既に手持ちを5匹にしているなんて思っていなかったのだろう。
見ればユウキはまだアチャモ1匹だけで、手持ちを増やすより、分布の調査やバトルに力を注いでいたのだろうという事が分かる。
気ままな旅ではあるが、オダマキ博士の手伝いもあるので仕方ない。


「ポチエナにジグザグマにスバメに……しかもラルトスって、出現率が低い珍しいポケモンだよ」
「偶然の面が大きいのよ、探してた訳じゃないの。キモリの協力のお陰だし……」
「すっごいな、もうポケモン捕まえるのはオレより上手いかも」


ひょっとして“キモリの協力”を、キモリとの連携でバトルして捕まえたと思っているのだろうか。
いや、普通はそう思うだろうけれど違うので気まずい。
まさか相手の方から手持ちに入ってくれたなんて信じて貰えるか分からないし、変な勘繰りをされても困るので、言う事が出来ずに苦笑するしか無かった。
初めて手持ちとの連携で捕まえたスバメはいたずらが酷い、なんてのはもっと言い難い。

はー……、と感心による溜め息を吐いたユウキは、頼んだサイコソーダを飲みながら窓の外を眺める。
でっかい街だよなあ、ミシロタウンよりずっと広いや……なんて呟くように言い、先程までの緊張はどこへやら、何か上の空のようでもあった。
未知の土地にわくわくしているようには見えないのが気になる。
今朝この街に着いたのなら感動はし尽くしているだろうから、別に何でもないのかもしれないが。


「そういやカナタさん知ってるか? ここにはさ、ポケモンジムがあるんだよ」
「うん、トウカシティでジムリーダーのセンリさんに会って、挑戦してみるよう言われて来たからね。明日にでも挑戦するつもり」
「ああ、センリさんに会ったのか。それに挑戦するつもりだったなんて、一昨日までの怯えっぷりが嘘みたいだ」
「あ、はは……実はまだ手持ち以外のポケモンはちょっと怖いんだけどね」
「そうなんだ。でもまあ、この分ならもうすぐ慣れちゃうんじゃないか? もうちょっとポケモン集めたらオレもジムに挑戦するんだ」


やはり、どこか上の空で元気が無いようにも見えるユウキ。
もしかしたら本当は野宿で体調を崩してしまったのかもしれないと思ったカナタだが、改めて訊ねてもユウキは体調は万全だと言い、実際に具合が悪い訳ではなさそう。

テーブルの上でポフレを食べていたアチャモも、ユウキの雰囲気がいつもと違う事に気付いたのだろう。
食べるのをやめて心配そうに見上げ、鳴き声を上げる。
ユウキはそんなアチャモに苦笑して、オレは大丈夫だよと頭を撫でてあげた。
その笑顔がいつものユウキだったのでカナタは安心する。

ユウキがアチャモを撫で終わったのを見計らい、今なら大丈夫だろうと思ったカナタはアチャモを両手で優しく掴み上げ、撫でてあげた。
以前は怖がって抱っこを拒否してしまったので、そのお詫びも兼ねて。
アチャモは怖がらなくなったカナタに喜んでくれたのか、満面の笑みを浮かべて気持ち良さそうに撫でられている。

……すると、またもユウキが呆気に取られたような顔でカナタの方を見つめて来た。
視線に気付いたカナタが疑問符を浮かべつつユウキの方を見ると、慌てて視線を逸らしソーダをすする。
カナタが手持ちを増やしていた事以外に、まだ何か気になる事があるのだろうか?
しかしそれを訊ねる前に、ソーダを飲み干したユウキは勢い良く立ち上がり、行くぞアチャモ! と声を掛けた。


「あれ、もう行っちゃうの?」
「ああ、なんかカナタさん見てたら うかうかしてられないなって思って。カナズミジムのトレーナーは岩タイプの使い手だから、今のアチャモだけじゃ心許ないしさ、もっとレベル上げたり新しいポケモン探したりするよ」
「そっか……じゃあまたねユウキ君、ジム戦頑張って」
「うん、っていうかカナタさんもだろ。じゃな!」


まるで、自分もジムに挑戦する事を忘れてしまったかのようなカナタの応援にユウキは笑って、アチャモをボールに戻すとレジのあるショーケースの方へ歩いて行く。
そこで幾つかポフレを買っていたが、買った数に比べると高い料金を払い店を出て行った。
あれ? と思ったのも束の間、そこでカナタはようやく、自分達の店内飲食分の伝票が無くなっている事に気付く。


「う、うそ、5歳も年下の……13歳の子に払わせちゃった……」


これは情けない。
ユウキはポケモンを平気になったカナタに感心していたが、カナタは自分はトレーナーとしてまだまだだと思っている為、せめてこういう所だけでは年上ぶっていたかったのに。
モーモーミルク入りのカフェオレを飲みながら、とほほ……と項垂れてしまった。


それから少しして、カナタも幾つかポフレを買って店を出た。
各地のポケモントレーナー達が目標とするジムリーダーならば、きっと近辺を主な活動場所にするトレーナーなどよりずっと強いだろうと思ったカナタは、ひとまず特訓へ。
街を北に抜け、更に北の海の香り漂う115番道路を避けると東の116番道路へと向かう。
都会のカナズミシティから一歩出ると、そこはもう緑溢れる自然のテリトリー。
沢山のポケモンが生息している事が窺える草むらがあちこちに点在し、それが目当てであろうトレーナーも多く存在している。

今までカナタは積極的にトレーナーバトルしようとしなかった。
相手から勝負を挑まれ、拒否も出来ず成り行きのような状態での勝負ばかり。
“他人が見ている”という感覚で緊張し、忌避してしまうのも一因だが、だからと言って野生ポケモンとの勝負ばかりする訳にもいかない。
トレーナーが育てているポケモンは野生よりも強く感じる。
生きるのに必要な場面以外でも戦っている上に、トレーナーとの連携が加わるのだから当たり前かもしれないが。

緊張を抑えるため深呼吸すると、肩の上のキモリが励ますように鳴き声を上げる。
そんな彼と視線を合わせてみれば、心が落ち着いてじんわり温まったような気がした。
ここで一歩を踏み出す事が出来れば、少しは成長できる気がする。
カナタは近くに居た少年に声を掛けた。


「ね、ねえキミ! ちょっとポケモンバトルしない?」
「おれと? へへっ、いいぜ! おれのポケモンつえーぞ!」


自信満々な少年の言葉に少し怯んでしまったカナタだが、キモリの手をきゅっと握って勇気を貰う。
初めて自分から挑むトレーナーバトル、負けても言い訳はできない。
カナタはボールを手にして少年に対峙した。


++++++++


「ワンリキー、“からてチョップ”!」
「スバメ、“つばさでうつ”!」


少年のポケモン・ワンリキーの攻撃をスバメの素早さで避けると、最後の一撃を叩き込んだ。
ワンリキーの攻撃力が高く、防御力の低いスバメでは少々ヒヤリとする場面もあったが、格闘タイプに相性の良い飛行タイプの技により、相手は戦闘不能に陥ったようだ。
ああー、と唸り悔しそうな顔で倒れたワンリキーに駆け寄る少年。
それを見て得意げな顔を浮かべるスバメに駆け寄り、カナタは手放しで褒める。


「お疲れ様スバメ! すごいじゃない、自分よりずっと大きい相手に勝つなんて!」


そんなカナタをちらりと一瞥したスバメ。
羽ばたいて飛び上がると、カナタの頭の上に留まって……。


「いた、痛い痛い痛いっ!」


……いつも通り、カナタの髪の毛を引っ張り始めた。
バトル中の見事な連携から一転、スバメに舐められ おちょくられているようにしか見えないカナタに、少年が呆気に取られた表情で見つめて来る。
恥ずかしくて今すぐやめさせたいのに、スバメは言う事を聞かない。
キモリに引き剥がされても反省している様子は見受けられなかった。


「うわぁ……だっせぇ……」
「う……」


少年に言われてしまったが、言い方が見下したり馬鹿にしたりするような感じではなく、呆然としながら思わず出た……といった風なので、馬鹿にする為に出した言葉というより、誰から見てもそう見えるのでつい正直に言ってしまった、というのが正しいだろう。
それはカナタも分かっている。ダサい。これはダサい。
格好の問題ではないかもしれないが自分でも思う。ダサい。


「ねえちゃん つえぇのに変なの。そのスバメ言うこと聞いてないじゃん」
「バ、バトル中はちゃんと言うこと聞いてくれてたよ」
「それが不思議なんだよなぁ、交換で貰ったやつならバトルでも言う事は聞かないはずだし。なんかそいつを怒らせるような事しちゃったんじゃない?」


交換で貰った訳ではないのだが、ここは誤解させておこうと思ったカナタは反論しない。
それにしても怒らせるような事とは……それこそ心当たりが無い。
そもそもスバメとバトルしたのは彼に財布を盗まれたからだし、それで怒っているのなら逆恨みもいいところである。
第一スバメの態度を見ていると、ふざけているようにしか感じないのだが。

少年と別れ、それからも116番道路のトレーナーとのバトルに挑戦する。
この道路をずっと東へ歩いて行くと“カナシダトンネル”という洞窟があり、シダケタウンへと繋がっているらしいが、工事が中断されていて通れないとか。
シダケにはミツルが居る筈だが、まだ旅も重ねていない状態で会うのが恥ずかしいので、通行可能でも行かなかっただろうけれど。

どうしても緊張してしまうのは避けられないが、自分から挑むバトルを続けて勝利を重ねるうちに、少し自信がついて来た。
テンションも少々上がり気味で……“今ならいけるのでは”という気分に。


「ねえ、みんな。……行ってみちゃう? カナズミジム」


ポケモンセンターで手持ち達を回復させた後、ボールから出した彼らに話しかけるカナタ。
こういう事を自分で決断できるようになれば良いのだが、まだそこまでの自信は無い。
負けたとしても手持ち達のせいにする気はさらさら無いが、挑戦する為の口実めいた後押しが欲しかった。

キモリ、ポチエナ、ジグザグマ、ラルトス、スバメ……。
彼らはカナタをしっかりと見つめながら、笑顔で頷く。
スバメは相変わらずの澄ました顔でツンとしていたが、嫌な顔もカナタへのいたずらも無いので、提案を受け入れたと判断しておく。

ポケモンセンター内に、ジム挑戦の手引きがあったので1つ貰っておく。
元居た世界のホテル等で見かけた、周辺スポット紹介の冊子のような作りだ。

ジムはリーダーへ挑戦する前に数人のジムトレーナーとバトルしなければならないらしい。
トレーナーの数はジムによって様々。規定の人数を倒せばリーダーへの挑戦権が得られる。
挑戦権を得た後は好きな日時にリーダーとのバトルを予約できるが、一ヶ月以内にリーダーへ挑戦しなければ権利が剥奪され、またトレーナーとのバトルからやり直し。
挑戦権はリーダーと戦うごとに一ヶ月延長され、定期的に戦っていればバッジ獲得までトレーナー戦のやり直しはしなくて良さそうだ。

辺りはすっかり夕暮れ。しかしまだジムは閉まっていない。
立派な構えの建物に少し尻込みしたものの、深呼吸するとドアをくぐるカナタ。
……その瞬間。


「元気しとぉや!!」
「わあぁっ!?」


入り口近くに居たおじさんに叫び声とも言える大声で話しかけられ、初っ端から腰を抜かしそうになるのだった……。


++++++++


カナズミジムのジムトレーナーの数は3人。
相手は防御の高い岩タイプの使い手で、ラルトスとキモリに頼りっぱなしだった。
飛行タイプのスバメは岩タイプに弱いし、ポチエナとジグザグマが覚えているノーマルタイプの攻撃技は、岩タイプには効果が今ひとつ。
岩タイプに効果抜群な草タイプの技を繰り出せるキモリと、防御ではなく特防に影響する特殊技がメインのラルトスでないとジリ貧になってしまう。
しかしキモリもラルトスも少し防御が低め。
早めに戦闘を終わらせる必要があるので、積極的に攻撃を仕掛けて行く。


「ラルトス、“チャームボイス”!」


残るトレーナーは1人。
体力を削られた相手のイシツブテにラルトスの攻撃が直撃し、床に倒れる。
少し待ってから起き上がらないのを確認し、審判が旗を上げた。


「イシツブテ、戦闘不能! 挑戦者カナタの勝利!」
「お見事ですわ!」


カナタの勝利が宣言された瞬間、試合場奥から声が聞こえて来る。
ツカツカと小気味良い足音を響かせやって来たのは一人の少女。
二つのお下げにした長いブラウンの髪、まるでどこかの制服のような服装。
カナタよりも年下に見えるが、利発そうな雰囲気が漂っていた。


「わたくし、カナズミシティポケモンジム、リーダーのツツジと申します」
「あなたが……」
「カナタさん、でしたわね。あなたは わたくしへの挑戦権を獲得されました。バトルの日時はいつ頃になさいます?」
「あ、えっと……」


自分よりも幼い印象の少女に気圧されている。
別にツツジが威圧感を出していたりカナタを睨み付けたりしている訳ではない。
ジムリーダーとしての責任感が自信や誇りとなり、カナタのように気弱な者が勝手に怖じ気づいてしまっているだけだろう。

しかし、不安だったトレーナーバトルは3戦全勝できた。
116番道路から上がっているテンションは保たれており、カナタもポケモン達もやや興奮状態にある。
だからか、つい言ってしまった。


「今から、は、大丈夫ですか?」
「ええ。ジムトレーナーに勝利して、そのままわたくしとのバトルへ臨む方もいらっしゃいます。準備はいつでも出来ておりますわよ」


強気な笑みを浮かべたツツジに、カナタも虚勢ながら笑みを返す。
ラルトスとキモリを回復する時間を貰い、傷薬で癒やしてあげる。
このジムリーダー戦のルールは2vs2のようで、出すのはこの2匹で決定だ。
試合場の向かい側で構えるツツジに一礼する。


「よろしくお願いします!」
「こちらこそ。どのようなポケモンでどんな風に戦うのか、わたくしに教えて下さるかしら」


ツツジがモンスターボールを手に持ち、カナタも同様にする。
試合開始の合図と共に、同時にボールを放り投げた。
カナタはラルトス、ツツジはイシツブテ。


「イシツブテ、“たいあたり”!」
「…ラルトス、“ねんりき”!」


やはり緊張していたのか、指示が少し遅れてしまった。
ラルトスが“ねんりき”を繰り出すよりも早く、イシツブテの“たいあたり”がラルトスに命中する。
軽く吹っ飛ばされながらも“ねんりき”を発動し、イシツブテに命中。
……手応えがいつもと違う。急所に当たったのかもしれない。
今のラルトスなら急所に当たれば、たいしてレベルが変わらなさそうなイシツブテは簡単に倒せる。
その証拠に、イシツブテがゴトリと重い音を立てて倒れた。


「やったぁラルトス、このまま次も押し切ろう!」
「うふふ……」
「……?」


自分のポケモンが倒されたというのに、ツツジに浮かんでいるのは笑み。
何を考えているのか分からずカナタが疑問符を浮かべた瞬間、ツツジは倒れたはずのイシツブテに指示を送る。


「イシツブテ、“がんせきふうじ”!」
「えっ!?」


ツツジの声に呼応するかのように、イシツブテが勢い良く起き上がり技を繰り出す。
カナタもラルトスも、倒したと思っていたイシツブテの攻撃に、指示も回避も上手く出来ずまともに攻撃を食らってしまった。


「ど、どうして! 倒せたと思ったのに……!」
「あら、イシツブテの特性をご存知ないのね。好機ですイシツブテ、もう一度“がんせきふうじ”!」
「ラ、ラルトス、“チャームボイス”!」


いけない。予想外の出来事に指示を忘れていた。
特性って何だったっけと考える余裕も無く、とにかく攻撃を当てねばと必中の技を指示した。
“たいあたり”と“がんせきふうじ”によって、ラルトスの体力がだいぶ削れている。
しかし間に合わない。
ラルトスは“がんせきふうじ”を再び食らい、倒れてしまった。
審判が旗を上げ、ラルトスの敗北を告げる。


「ラルトス、戦闘不能!」
「ああ、ラルトス! ……キモリお願いっ!」


ラルトスをボールに戻し、縋るような思いでキモリを繰り出すカナタ。
なぜ本来なら戦闘不能になる程の攻撃を受けたイシツブテが倒れないのか気になったが、様子をよく見てみると余裕綽々という訳でもなさそうだ。
ここは効果が今一つでも、先制攻撃で体力を減らしたい。


「キモリ、“でんこうせっか”!」


今度はツツジより早く指示を出し、先制攻撃確実の技を繰り出す。
“でんこうせっか”が命中したイシツブテは今度こそ倒れ、戦闘不能になった。
やはり体力は殆ど残っていなかったようだ。
ツツジはイシツブテを戻し、次のポケモンを繰り出す。


「頼みますわノズパス! “がんせきふうじ”!」
「キモリ、“メガドレイン”!」


またも“がんせきふうじ”。
ツツジとの戦いで初めて見る技で、どういう意図で繰り返しているのか分からない。
キモリの“メガドレイン”はノズパスに効果抜群だが、元々の威力があまり高くない為か、思ったほどのダメージは与えられていないようだ。
しかしキモリは素早いので“でんこうせっか”を使うまでもなく先制できる。
攻撃と回復を一度にしながら、じりじりと体力を削るキモリ。
しかし、何度か“がんせきふうじ”を受けた後の事。


「キモリ、もう一度“メガドレイン”よ!」
「ノズパス、“がんせきふうじ”!」


こちらが先に指示を出せた……にもかかわらず、ノズパスの攻撃が早く繰り出された。
散らばる岩石に押されてしまい、“メガドレイン”が外れてしまう。


「素早さはキモリが勝ってるのに……」
「一つ教えて差し上げますわ。“がんせきふうじ”を受けたポケモンは岩に足と狙いを取られ、本来の素早さを発揮し難くなりますのよ」
「あ……!」


ポケモン達ばかりに注視して、試合場の様子をよく認識していなかった。
確かにキモリの周囲には岩が散らばり、上手く動けなくなっている。
更に、ちらちらと視界に入る破片が狙いを定めるのを遅らせているようだ。
先程ラルトスの“チャームボイス”が遅れてしまったのも、“がんせきふうじ”による影響と見て間違いないだろう。


「さあノズパス、休まず攻めますわよ! “たいあたり”!」
「キ、キモリ、“でんこうせっか”!」


素早さを下げられているなら先制技を使うしかない。
しかし効果は今一つ。ノズパスにはロクなダメージを与えられず、代わりに反撃の“たいあたり”で撥ね飛ばされてしまう。
“メガドレイン”で回復しながら戦っていたのを中断した上、今度はこちらが急所に当てられてしまったのか、キモリは大きなダメージを受けたようだ。


「キ、キモリ! お願い、頑張って!」


カナタの声に応えようと勢い良く立ち上がるキモリだが、あと2回も攻撃を受けてしまえばキモリも戦闘不能となり、負けが確定するだろう。
素早さを下げられているため、あと1回でノズパスを倒さなければならない。
“でんこうせっか”では効果が今一つでノズパスには掠り傷だし、頼みの綱の“メガドレイン”では1回で倒し切れそうにない上、回復した後の体力でも耐えられそうにない。

そうこう迷っている間にも、向かって来るノズパス。
もう賭けるしかない。こんな時にトレーナーが狼狽えて指示を出せないようでは、たとえ勝ってもポケモン達の信用に足る存在にはなれない……!


「ノズパス、もう一度“体当たり”!」
「キモリ、“メガドレイン”よ!!」


一手早くノズパスの“たいあたり”がキモリの体を跳ね飛ばす。
しかしラルトスの時のように、跳ね飛ばされながらもノズパスへ狙いを定めたキモリは、“メガドレイン”によってノズパスの体力を吸い取る。
やはり倒し切れる程のダメージは与えられない……筈だったのだが。


「“しんりょく”……!」
「え?」


ツツジが目を見開いて言ったかと思うと、ノズパスが倒れてしまった。
少ししても起き上がる気配が無く、審判が旗を上げる。


「ノズパス、戦闘不能!よってこの勝負、挑戦者カナタの勝利!」
「……」


倒せないと思っていた所への突然の勝利に、カナタもキモリも呆然とする。
ひょっとして急所に当たったのだろうか? そんな手応えは感じなかったが……。
呆然としているカナタ達をよそに、ツツジがノズパスを労いつつボールに戻し、カナタの傍まで歩み寄って来た。


「わたくし、負けたのね……。もっと多くの事を学ぶ必要があるみたい……」
「えっ、あ、え、う……」
「ふふ、勝利したのですからもっと喜んで下さい。わたくしとノズパス達が浮かばれませんわ」
「は、はい! すみません、何が起きたのか頭に入って来なくて」
「どうやらあなたも、学ばなければならない事は多いようですわ。今のはキモリの特性で“しんりょく”といいます」
「“しんりょく”……?」


ツツジの話によると、“しんりょく”の特性を持つポケモンは体力が著しく減少すると、草タイプの技の威力が上がるようになっているらしい。
先程イシツブテが一撃で倒れなかったのも“がんじょう”という特性によるものだとか。
オダマキ博士の下で勉強していたカナタだが、まだまだ足りなかったようだ。


「だ、だから……。何も知らなかったんだなあ、私」
「あなたのキモリも、最後の最後で力がみなぎった感覚になった筈です。……とにかく、あなたはわたくしに勝利しました。どうぞ、ポケモンリーグ公認のストーンバッジ、受け取って下さい」


ツツジに手渡され、ストーンバッジを受け取るカナタ。
そこまで来てようやくジムリーダーに勝利した事実を噛み締める事ができ、キモリを呼ぶと抱き上げて、一緒に勝利を喜び合う。


「やったよキモリー! 勝った、私達ジムリーダーに勝てたんだよ!」


キモリも大喜びで、カナタに抱き付いては嬉しそうに鳴き声を上げる。
それを微笑ましく見ていたツツジだったが、ふと真顔になると、疑問符を浮かべた。
少し考え込むようにし、どうしても気になったかカナタに訊ねて来る。


「あの、カナタさん。あなた……一度ジムに挑戦して、わたくしに勝利なさいませんでした?」
「え? い、いいえ。カナズミに来たのはつい今日が初めてですよ。ジム戦だって今日が初めてです」
「おかしいですわね。わたくし、以前にあなたと戦った覚えがあるのです。バッジを紛失した場合は、再発行はされずジム戦のやり直しになりますから、再戦に来る可能性は無きにしも非ず、なのですが」
「それ、きっと人違いですよ。本当に今日が初めてです」
「そうですか……失礼な事を言いましたわ、ごめんなさい」


否定を受け入れたツツジだが、顔はまだ納得していなさそうだ。
一体誰を自分と勘違いしたのだろうかと奇妙な不安に襲われるカナタ。
世の中には3人のそっくりさんが居ると言われているものの、それは異世界にも当てはまる事なのだろうか?

もし誰かが自分の名を騙っているとしたら大変だが、そうするメリットは無い筈だ。
カナタが有名人やエリートなトレーナーであれば分からなくもないが、今はまだ駆け出しの無名で未熟な一般トレーナー。
そんなカナタの名を騙ったり、真似や変装をしたりしたって、良い事など何も無い。
カナタが不安げな表情になったのを見て悪いと思ったのか、ツツジが明るく話し掛けて来る。


「それだけ強いなら、他のポケモンジムにも挑戦したら如何かしら? 多くのトレーナーと勝負をする事で、様々な事を学べる筈ですわ」
「そうしようと思うんですけど、ちょっと今日のことで勉強不足を痛感しちゃいました……。次のジムへ挑戦する前に、どこかでもっとポケモンの事を勉強しようと思います」
「あら、それでしたらカナズミにあるトレーナーズスクールの図書館がお勧めです。あそこは生徒以外の一般人にも開放していますから、開館時間内なら自由に出入りできますよ。わたくしはそのスクールに在校中の身ですの」
「え、ツツジさん、まだ学校に通ってる学生さんなんですか!? それなのにリーダーなんてすごい……!」
「スクールで学んだ事を勝負に活かしたくて、リーダーになりましたの。諦めなければ、こんな身分でもチャンスは訪れるんですよ」


そう言って笑うツツジが、またも手の届かない存在のように思えてしまう。
彼女は空の高い所で星のように輝き、自分は泥沼で這いずり回っているような、そんな。
カナタは浮かび上がったそんなネガティブな考えを、必死で払う。
取り敢えずは紹介して貰ったトレーナーズスクールの図書館に、明日にでも行こうとカナタは考えた。

もう一度ツツジに挨拶して礼を言ってから、ジムを後にするカナタ。
辺りはすっかり日が暮れていて、急いでポケモンセンターへ。
キモリとラルトスを回復し、取っておいた部屋へ戻る。
ベッドの縁に座るとポケモン達を全員ボールから出して、まずラルトスを抱き締めた。


「ラルトス、今日はありがとう。ごめんね、私の勉強不足で。
 明日からもっと勉強して、みんなを守れるようになるから」


ラルトスはカナタの自戒の心と前向きな心を読み取ったか、笑顔で頷く。
ポケモンを守るという行動は、バトルでは不可能かと思っていたが、そうではない。
トレーナーが的確な指示を出せるようになれば、それはポケモンを守る事に繋がる。

そうやってラルトスを抱き締めていると、他の手持ち達も甘えて来る。
キモリを肩に、ポチエナとジグザグマは足に、ラルトスは抱いたまま。
またも幸せな重さに浸っていると、少し離れた場所で佇むスバメが目に入った。
カナタは微笑むと、スバメも招く。


「ほら、スバメもおいで」


またつつかれたり髪を引っ張られたりするかもしれないと思ったが、勝利を収めた今夜は何だか気分が良い。イタズラされても怒らないでいられそうだ。
スバメは少しだけ迷っているような雰囲気を醸し出していたが、飛び上がるとカナタの頭の上に留まる。
……1つジムを突破した事に少しは感心してくれているのだろうか、今はつついたり髪を引っ張ったりして来る様子は無い。

その日はいつも以上にポケモン達を甘やかして、ちょっと豪華な夕食を一緒に食べたりして、上昇した気分が沈む事無く就寝に入ったカナタ。
……しかし、こんな時に眠るのが怖くなってしまった。

昔から見る、あの濃紺の空間の夢。
あれのせいで眠る事に恐怖する事も多いカナタだったが、最近は激減しているし、眠る事への恐怖は抑えられていた。
しかし何故か今日、今になって眠るのが怖い。
ポケモン達はぐっすり寝ているようで起こすのも申し訳ない。
と、思っていたら、もぞもぞと動く気配。
何事かと寝転んだまま布団を捲り上げると、キモリがカナタのベッドへ入り込んで来た。


「キモリ? どうしたの、眠れないの?」
「……」


爬虫類のような目で真っ直ぐ見つめて来るキモリ。
眠れないのはカナタじゃないのか、と言われているようで、彼の言葉は分からないが少しだけ話してみる。


「ちょっと、ね。嫌な夢を見ちゃうから、眠るのが怖いの。いつもは大丈夫なんだけど、どうしてだか今日は久し振りに……」


言い終わらないうちに、カナタにぴとりと密着して就寝体勢に入るキモリ。
もしかして添い寝しようとしてくれているのか。
折角だし甘える事にしたカナタは、キモリを潰してしまわないよう枕元に移動させると、布団を掛けて見つめ合う形で寝転ぶ。


「キモリ、ありがとう。すっごく心強いよ」


笑顔でそう言うと、キモリも笑顔で小さな鳴き声を上げた。
すぐ側に居るキモリのお陰かカナタの恐怖が段々と薄れて行く。
うとうとし始めたかと思うと、今日の疲れが出て抵抗なく眠りに落ちた。

その日、カナタはあの濃紺の空間の夢は見なかった。
代わりに見たのは、“よく分からない誰か”と一緒に居る自分の夢。
その人物は姿も上手く確認できなかったが、どうやら喜んでいるらしいのは分かった。
顔が見えていたらきっと笑顔だっただろう声音で、その人物はカナタに一言だけ告げる。


「ありがとう、カナタ」


聞き覚えの無い声、言われる覚えの無い礼。
それを疑問に思う間も無く、カナタの眠りは深いものに変わり、
夢は消えてしまったのだった。





to be continued......


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