EXTENSIVE BLUE
EXTENSIVE BLUE

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カナタ
トウカシティ
バッジ0個

手持ち
キモリ♂
ポチエナ♂
ジグザグマ♀
ラルトス♀

旅時間:2日目



朝、少し賑やかしい鳥の鳴き声で目を覚ましたカナタ。
一瞬 自分がどこに居るのか分からなかったが、すぐに思い出した。
自分は第2の故郷と言うべきミシロタウンを旅立ち、今はトウカシティのポケモンセンターに居るのだと。

光が滲み出るように射し込むカーテンを開くと、窓の外、木の枝に数羽の鳥ポケモン。
確かスバメだっけ とぼんやり思い出しながら窓を開くと、すぐ飛び去って行った。
それでも窓を閉めずに、暫し景色と緑の香りを堪能する。
吹き込むそよ風は深呼吸して全て吸い込んでしまいたくなる程に清々しい。

ポケモンセンターの宿泊にはトレーナーとポケモンの分の朝食が付いているらしく、元の世界では考えられないサービスにカナタはただ驚く。
大抵の町にポケモンセンターはあるようなので、上手く進めば節約にもなりそう。

……と、いうより、野宿をしたくないのが一番の理由なのだが。
博士の奥さんはシュラフなど野宿の用意もしてくれているし、ホウエン地方は気候が温暖なので比較的楽に野宿できるだろうが、やはりそういう経験の無いカナタは出来るだけ避けたい。


「7時過ぎか。朝食は6時から9時まで……まだ余裕あるけど、準備しとこう」


ポケモン達は結局ボールに戻さないまま、タオルケットを追加で借りてベッド脇に寝かせた。
どうしようかと思ったが、万一でも遅れて食いっぱぐれる事の無いよう起こす事に。
しかしふと目を向けるとラルトスが起きていて、他のポケモン達を起こしている所。


「あ、おはようラルトス。よく眠れた?」


カナタが近寄って声を掛けると、にこりと微笑んで小さく鳴くラルトス。
揺り起こされたキモリ達は欠伸をしていて、まだまだ寝ぼけ眼。
対して(目元は見えないが)きっちり目覚めている感じのラルトスを見るに、彼女はなかなか“真面目”な性格のようだ。

特にやる事も無いので手早く身なりを整え、1階へ降りて朝食を食べに行く。
受付の脇の方に入り口があって、中は簡易的なレストランのようになっていた。
カナタの他にも数人のトレーナーがポケモンと共に朝食を摂っている。
カフェテリア方式になっており、カウンターで自分とポケモンの食事を貰うと、窓際の日差しが暖かい席に着いてボールからポケモン達を出した。


「みんな、ゴハンだよ」


ボールから出た4匹は、待ってましたとばかりにテーブルの上へ。
キモリとラルトスの餌は固形のドライフード状、ポチエナとジグザグマの餌は素材が窺えるウェットフード状。
ポケモンの種類によって分かれている訳ではなくどちらでも食べられるようだが、キモリとラルトスは食事の時に手を使うので、無駄に汚さないようにと固形にしてみた。
特に不満は無いようで美味しそうに食べている。
ちなみにポケモン達は人間と同じ物を食べても問題は無いらしい。
今キモリ達が食べている物はあくまで、栄養や味などをポケモン向けに調整してある栄養食。
こういう食事にありつける場合は、この方が良いだろう。

ベーコンや目玉焼きが乗った食事向けの甘くないパンケーキを口に運びながら、ふとカナタは今の状況について思いを馳せる。
可愛らしい子猫にさえ恐怖していた頃が懐かしく思えてしまった。
今でも手持ち以外のポケモンは恐怖を覚えるけれど、手持ちは平気。
それどころか、手持ちの彼らと一緒に居ると心強くて、他のポケモンへの怖さも幾らか薄れる。

こんなにも、自分はポケモン達に助けられている訳だ。
早く成長して恩返しがしたい。もっとしっかりしたトレーナーになりたい。

意思を新たにして一番近くに居たキモリの頭を撫でると、カナタの方を向いて嬉しそうな笑顔を向ける。
まだ食べている途中で口をむぐむぐ動かしているのが、とても可愛らしい。
既に愛しささえ覚えるこの存在を守りたい、カナタの心には、ただそれが浮かんでいた。


改めて出立の準備を済ませポケモンセンターを後にする。
ポケモンに関するグッズを売っているフレンドリィショップで準備を整え、キモリを肩に乗せポケナビで道を確認していると、通りかかったポケモンジムからセンリが出て来た。


「あ、センリさん。おはようございます」
「おはようカナタちゃん。出発するのかい?」
「はい。日暮れまでにはカナズミシティに着きたいので」
「そんなに遠くないから大丈夫だよ。まあ途中でバトルしたりもするだろうし、旅慣れていない身なら用心を身に付ける意味でも慎重に行った方が良いか。……話は変わるが、キミ、故郷が分からないらしいね」
「え……はい、そうです。旅に出る理由の一つも、自分の事を知れないかと思ったからで……」


それに関しては、正直半ば諦めている。
ここはもう“異世界”であると思うしか、自分を納得させられないからだ。
地形が違う、地名も違う、そして何よりポケモンという決定的な要素。
もはやポケモンが居なければ生活が回らないのではと思える浸透っぷりは、18年間カナタが知らずに生きていたのが有り得ないほど。
次元も時空も何もかも違う場所へ来たと思うしか無い。

そしてそれは、故郷への帰還が叶わない事への証明でもあった。
誰が異世界への行き方などを知っているというのか。
そもそもカナタが異世界から来た事すら信じて貰えないかもしれない。
自分が何故この世界へ来たのかが分かれば話は別かもしれないが、それは絶望的としか言いようがない。

カナタが少し悲しげな顔をしてしまったらしく、それを見たセンリがすまなさそうに口を開いた。


「オダマキ博士から大体の事情は聞いているんだが、すまないね。わたしではキミの役に立てそうにないよ」
「い、いえ! その……私もすぐに分かるとは思っていませんから。それに博士をはじめ親切な人達に助けられて、ポケモン達まで一緒なんです。そんなに辛くはないんですよ」


半分本当、半分嘘。
故郷に未練が無いと言えば嘘になる。家族や友達とまた会いたいし、慣れ親しんだ場所へ二度と行けないなんて、胸が締め付けられるように痛む。
しかし同時に、カナタの心の中には既に諦めが広がっていた。
故郷への帰還は絶望的、ならばもう望まないでいれば幾らか気が楽になる。
オダマキ博士達のような親切な人が、カナタを家族だと、帰って来れば良いと言ってくれた。
そして何より、愛しいポケモン達の存在がカナタの心を大いに慰めてくれる。


「わたしはジョウト地方出身でね、ホウエン地方では分からない事が何か分かるかもしれない。時間がある時にでも調べてみようと思うんだ」
「そんな……悪いです。センリさんはジムリーダーのお仕事があるのに……」
「だから、時間がある時に、だよ。暇が出来た時だけだから遠慮しないでくれ」


きっとカナタに気負わせないよう そう言ってくれているのだろう。
しかし異世界の何かが分かる筈も無いので、時間を割いて貰うのは悪い。
かと言ってセンリはそんな事情など知らない訳で。
あまり頑なに断るのだって信用していないようで悪い。


「一応キミの名字を教えておいてくれないか。フルネームの方が確実だ」
「……名字はヤツシロです」
「ヤツシロ……ヤツシロ カナタか。了解、時間がある時に調べてみよう」
「暇が出来たら、お願いします」


暇が出来たら を強調し、それが分かっているセンリは軽く微笑む。
その笑顔を見たカナタは心の底からホッとして、落ち着いてしまった。
センリの方から申し出てくれたのだし、ここは甘えておこうと思い直す事に。
さすがオダマキ博士の友人というべきか、昨日会ったばかりなのに こんな親切にしてくれるなんて。
存在自体が不安定で、油断をすればすぐ孤独に陥ってしまいそうなカナタにとって、こういう人達の存在は胸をいっぱいに満たしてくれる。

気を付けて、と手を振るセンリに見送られ、カナタはカナズミシティ目指してトウカシティを旅立つ。
町を出て104番道路へ足を踏み入れ、緑が広がる道を意気揚々と歩んだ。
トウカシティはミシロタウンなどと同様 町の中も緑がいっぱいだったが、道路に出ればそれが抑え気味だったように思えるほど溢れ零れんばかりの自然で満ちている。

途中の草むらで何度か野生ポケモンと戦いつつ、1時間以上は歩いた頃だろうか。
木々に囲まれた角を曲がった瞬間襲って来た、嗅覚と聴覚への刺激にぴたりと足が止まった。
押し寄せる広大な蒼の香り。寄せては返す律動の音。
恐る恐る足を進めると、その先に広がる途方もない存在が視覚にさえ攻撃を加えて来る。


「う、海、だ……。すごいねキモリ、爽やかな水平線だねー……」


引き攣るような笑顔と共に放たれた力無い言葉に、さすがのキモリも苦笑のような表情を浮かべた。
ポケモン達に力を貰っても、未だこれが克服できそうに無い。
この世界ではどうか知らないが、故郷の世界では70%を占めるそれは、カナタにとって背筋が凍りそうな程に恐怖を覚える対象だ。
世界が違っても変わらず広大な面積を占めていそうで、気が滅入る。


「全ての生命が海から生まれたってホントの事なのかな。だとしたらどうしてこんなに怖いんだろう」


怖いけれど、目が離せなくなってしまう。
思えば元の世界でもカナタは、恐れつつも自主的に海を見に行く頻度は決して少なくなかった。
ひょっとしてポケモンと同じなんだろうか。接していれば恐怖を克服できるのだろうか。

そう思ったカナタは、心に手持ちのポケモン達を思い浮かべて勇気を貰う。
少しずつ、恐る恐るといった体で足を進め、緑いっぱいの道から砂浜へ足を下ろした。
……その瞬間。


「ぴひょー!」
「うわっ!」


突然、背後から気の抜けるような音が聞こえ、同時に背中に衝撃が走る。
つんのめりながら自分の意思とは無関係に数歩先へ進み、打ち寄せる波が目の前まで迫ってしまった。
途端に血の気が引き、またも心が恐怖に支配されてしまう。


「やだぁぁっ!」
「これ、やめんかピーコちゃん!」


下半身が砂まみれになるのも構わずへたり込んだカナタの背後から声。
振り返るとそこには一人の老人と、カモメのような見た目の……キャモメ、というポケモンが。
どうやらキャモメに衝突されてしまったようで、砂浜に飛び降り威嚇するキモリの姿も。
老人はキャモメを肩に留まらせると、カナタの方へ駆け寄って来た。


「すまんのうお嬢ちゃん、どこか怪我でもしてしもうたか?」
「あ……いえ、平気です」


慌てて立ち上がり、付着した砂を叩いて落とす。
先程の悲鳴を砂で汚れた事に対するものだと思ってくれればいいが、さすがに少々不自然だろうか。
まさか海が怖くて、溺れる筈も無い波打ち際であんな悲鳴を上げたと知られたくない。
老人は申し訳なさそうな顔でキャモメに視線を向ける。


「ピーコちゃんは元気が取り柄なんじゃが、些か元気が良すぎる節があってな。しかし人に体当たりするなんて初めての事じゃ……どうか許しておくれ」
「はい……もしかして私、何か気に入らない事でもしちゃったんでしょうか」
「いやいや、そんな事はあるまい。ほれ、ピーコちゃんを見てみなさい。むしろお嬢ちゃんの事は気に入っておるようだ」


ピーコちゃんというらしいキャモメは悪びれた様子も無く、老人の肩の上で楽しげな表情をカナタへ向けている。
どうやら本当に悪気は無かったようなので、大丈夫だよ、とキャモメへ声を掛けておく。
そうすればキャモメは益々嬉しそうに鳴き声を上げ、飛び立ってカナタへ向かおうとするのを老人が慌てて止めた。
カナタの方も、しつこく甘えて来ようとするピーコちゃんに内心恐怖したり、キモリが不機嫌な顔をするので、何とも無いから大丈夫、と宥めたり忙しい。


「うむむ、お嬢ちゃんはポケモンに好かれるようじゃのう。まだ初対面だというのに、ピーコちゃんはキミの事がよほどお気に入りらしい」
「ええ……? 私、別に何もしていませんよ」
「天賦の才というものかもしれんぞ。トレーナーじゃろう? 自慢して良い事じゃ」


まさか自分にそんな才能があるとは思えないカナタは、手放しで褒められる事への恥ずかしさに顔を紅潮させる。
そんな才能は無い筈だ。現に旅立ってからすぐポチエナの群れに襲われたし、他の野生ポケモンも特にカナタに対して親しくして来るような事は無かった。
今の手持ち達はすぐカナタに懐いたが……それが才能と関係あるのだろうか?
少なくとも自信が無い今のカナタでは、老人の言葉を素直に受け止められそうにない。

考えれば考えるだけ恥ずかしさが募って行き、カナタは誤魔化すようにやや早口で出発を告げる。


「あ、あの、私もう行きますね」
「そうか。旅人さんのようだがどこまで行くんじゃ?」
「ひとまずカナズミシティに行こうかと。この先のトウカの森を抜けるんですよね」
「ああ、そう広くはない森だから、今から行けば昼間のうちにはカナズミに着けるじゃろう。では気を付けるんじゃぞ。ピーコちゃんも挨拶しなさい」


老人の肩の上でのんびりしていたピーコちゃんが、促されて翼を広げ鳴き声も上げる。
少々引き攣った笑顔で手を振り、カナタは砂浜から道路へ上がると改めて先を目指した。
しかしカナタの肩の上に戻ったキモリの、どうにも不機嫌そうな表情が戻らない。


「キモリ、どうしたの? あのキャモメ苦手?」


キモリは草タイプだから、飛行タイプが入っているキャモメが苦手なのは分かる。
しかしブスッとしている表情からして、苦手というよりは“気に入らない”が正しそうだ。
思い当たる節と言えば、カナタがキャモメに体当たりされた事。
甲斐甲斐しくカナタを守ってくれるキモリだから、キャモメが攻撃したように見えて気に入らないのかもしれない。


「私は大丈夫よキモリ、飛び出してくれて有り難うね。あの子も悪気は無かったみたいだし許してあげて」


しかしそう言ってもキモリはますます拗ね顔に。
その瞬間、ふとカナタはもう一つの可能性を思いついた。
ひょっとしてキモリは……。


「……まさか、ヤキモチ焼いてるの?」


言った瞬間、顔を背けていたキモリが体を翻し、肩に乗ったままカナタの頭に抱きついた。
どうやら図星だったようで、カナタは意外な甘えん坊の一面に少し驚く。
頼り甲斐があって少しクールに思える印象が強かったが、こういう面もあるのか。
微笑ましくなったカナタはキモリの体を持つと、両手で優しく抱き締める。


「心配しないで。仲間の皆の方が好きだよ。……それにまだ、他のポケモンはちょっと怖いし……」


言うとキモリの方も小さな腕でぎゅっとしがみついて来た。
愛しい。全身が喜びで打ち震える程に愛しさが募る。
そうしてあまり周囲に注意せず歩いていたのがいけなかったのだろう。
しばらく歩いていると木々が段々と道の方まで迫るようになり、トウカの森が近付いている事が窺えた。
抱き締めていたキモリに、もうすぐ森みたいだね、と周囲を見回しながら言うと……。


「あ」
「あ」


目が合った。モンスターボールを携えた青年と。
あ、う、と言葉にならない動揺を発しているのはカナタのみで、青年は自信満々な表情でこちらへ歩いて来て。


「なかなか立派なキモリを連れているじゃないか。ボクが相手してあげるよ、このお金持ちのボクがね!」


またも心の準備など出来ないまま、
トレーナーとポケモンバトルをする羽目になるのだった……。


++++++++


「うう……あのジグザグマ強かった……」


お坊ちゃま風のトレーナーが所持していたのはジグザグマ一体だけだったものの、こちらの手持ちに比べてレベルが高かったのか なかなか強敵だった。
“なきごえ”や“しっぽをふる”でこちらの能力を下げて来るのも厄介な上に、もう少しで倒せる……という時に回復の薬でダメージを回復させたり。

こちらの出したジグザグマがこてんぱんにやられてしまい、次に出した親友のポチエナが怒って指示を無視したりと散々だった。
ポケモン達は懐いてくれてはいるが、やはりまだまだトレーナーとしては駆け出しだ。
結局 次に出したラルトスの“ねんりき”で倒す事に成功した。
近くにあった岩に座りジグザグマを膝に乗せ、買っておいた傷薬をスプレーしてあげながら横でジグザグマを心配するポチエナに声を掛ける。


「ポチエナ、ジグザグマが心配なのは分かるけど指示はちゃんと聞いてね」


注意されたポチエナは耳と尻尾を垂れてしゅんとする。
苦笑して頭を撫でてあげると、不安げな目でカナタを見上げて来た。
ひょっとして見捨てられるとでも思っているのだろうか。


「そんな顔しないで。私だってまだまだ未熟なんだし、一緒に頑張ろう」


笑顔で言うと、ぱっと顔を明るくしたポチエナが乗って来る。
……肩にはキモリも居て、膝にはジグザグマとポチエナ。
正直それなりの重さなのだが……この重さが心地良く感じるのもまた事実だ。

ポチエナとジグザグマをボールに戻し改めて出発する。
木々の間を進むと緑が濃くなり、温暖なホウエンの空気がひんやりと冷やされて来た。
今までの明るい緑とは違う暗くて深い緑色。
しかし木々の隙間から降り注ぐ木漏れ日のお陰であまり陰鬱さを感じさせない。
トウカの森。カナズミシティへ行くには必ず抜けなければならない森だ。


「虫とか居そうだな……。あ、虫タイプのポケモンも居るんだっけ」


虫タイプに有利な技を覚えたポケモンが居ない上、よくよく考えると草・エスパー・悪と、虫タイプに不利なタイプの手持ちばかり。
ラルトスはどうやら“フェアリー”という虫タイプに強いタイプも同時に持っているようだが、虫タイプや草タイプが使って来そうな毒タイプの攻撃に弱い。
まだ手持ち以外のポケモンがどんな技を使う可能性があるか把握していないので、これは早く抜けた方が良いだろうと やや急ぎ足で森を進むカナタ。

……と、草むらを早足で抜けようとしたら、足に何か柔らかい感触が衝突した。
わっ、と叫んで、転びそうになりながら数歩先へつんのめる。
何事かと振り返ったカナタの目に飛び込んだのは、草むらから少しだけ出ている何か。
それが丸い頭をひょこりともたげ、ようやくポケモンだと理解して慌てて図鑑を向けた。
あれはキノココという草タイプのポケモン。
何だか怒っているような……というか確実に怒っているというか……。
先程の柔らかい感触は、おそらくキノココで……。


「ご、ごめん! ほんとにごめんなさい! 気付かなかった!」


とっさに謝るもののキノココは聞く耳を持たないらしく、飛び掛かって来た所をキモリがはたいて応戦する。
その行動を見て少し冷静になれたカナタはボールからポチエナを出し、“たいあたり”をぶちかまして撃退に成功した。


「ふー……びっくりした。ありがとうキモリ、ポチエナ。草むらではもうちょっと気を付けて歩かなきゃね」


苦笑しながらポチエナをボールに戻そうとしたら、様子がおかしい。
息が少し上がっていて顔色も悪いような。
これは確か、毒に冒された時の症状だった気がするが……。


「って、毒!? まさか今のキノココ、毒を持ってたの!?」


カナタはまだ知らないが、キノココの中には触れた相手を毒に冒す可能性がある能力持ちが居て、ポチエナは運悪く引っかかってしまった。
慌ててリュックを下ろし買っておいた毒消しを取り出す。
丁寧に置く時間も惜しいとばかりに少し背後へ放り、ポチエナの毒を癒やした。
顔色が良くなって行くポチエナにホッと息を吐いた瞬間、背後から物音。
えっ、と思い振り返ると、小さな鳥がカナタのリュックに頭を突っ込み漁っている。
もう一度えっ、と混乱した瞬間、その鳥はカナタの財布を器用に掴んで飛び立った。


「あ、あーーっ! 財布返してーーー!!」


あれはスバメという鳥ポケモンだ。
財布の金具が木漏れ日を反射してきらきら光ったのを気に入ったのだろうか、幸いにも空高く飛び立ってはいないが、
まるでカナタをおちょくるかのように少し高い位置を飛んで逃げている。
すぐさまリュックを拾って、背負いながら追うカナタ。
キモリと毒が癒えたポチエナも慌てて後を追い、静かで涼やかなトウカの森を騒がしく駆ける。


「返して、ってば! それ大事な旅の資金なの! ……ああもう、ラルトスお願い!」


ボールを前方に放り投げ、ラルトスを出すと“ねんりき”で攻撃する。
命中したスバメが驚いて財布を放し、落とした所をすかさず走り寄って拾う。
飛び去って逃げるかと思われたスバメは、意外にも前方の地面へ降り立ち臨戦態勢を取っていた。
そっちがその気ならと引き続きラルトスで応戦するカナタ。

スバメは一瞬身構えたような動きを見せたが、次の瞬間に素早く突っ込んで来た。
まともにつつかれたラルトスは衝撃に耐えられず後ろに転がる。
戦い慣れていない身では攻撃体勢になるまで時間が掛かり、その間にもスバメは追撃の準備。
素早さでは勝てそうもないし攻撃は正確で外しそうにない。
……ならば。


「ラルトス、“かげぶんしん”!」


素の素早さで勝てないなら技に頼ればいい。
相手を惑わすよう素早く左右に動き、分身が出来たように見えてしまう“かげぶんしん”。
上手いこと引っ掛かったスバメは目標を外し、虚像の方に攻撃を仕掛けてしまう。
勢い余ってよろけたスバメが地面にばたりと羽をつく隙を見逃さず、カナタがラルトスに指示した“ねんりき”は再びスバメに命中。
あと一撃ほどで倒せそうだが……ふとカナタは考えた。

今の手持ちパーティではまだまだタイプ的に不安が残る。
そしてスバメは、このトウカの森に多く居るであろう虫タイプや草タイプに効果抜群な攻撃を繰り出す事が出来る飛行タイプ。
それに思い至った瞬間、カナタはポケットに入れていたモンスターボールを投げた。
スバメが収まったボールは暫く揺れていたが……やがてカチリと音がして揺れが止まる。


「………。え……っと……」


こんな経験は初めて。
ポチエナもジグザグマもラルトスもお情けで手持ちに入ってくれたようなものだし、まだ他の野生ポケモンを捕まえようとした事も無い。
とっくに追い付いていたキモリとポチエナも少し唖然としたようにボールを見ていた。
カナタは恐る恐るといった体で近寄り、動かなくなったボールを手に取る。
それでも尚 呆然としていたが、ラルトスとポチエナが足元に擦り寄り、キモリがすっかり定位置の肩に登って来た瞬間、ようやく頭が追い付いた。


「あ、や、やったあぁ! 捕まえた、ねえ見た? 捕まえたよ私! ありがとうラルトス、初めてバトルでゲットできたよー!」


ラルトスを、ボールを持ったまま器用に抱き上ると、照れくさいような困ったような笑みを浮かべた(表情は見えないものの雰囲気は伝わる)。
ポチエナも周囲を飛び跳ねるように回り、キモリはカナタの頭上に登って満面の笑みを浮かべる。
周囲に人が居ないのを良い事に小さなお祭り騒ぎ状態になるが……。


「楽しそうだねキミ達」
「ぅわっ!?」


突然かけられる声。
まさかこの状態を誰かに見られていたとは思わず、カナタはビクリと体を震わせると硬直し、軽い羞恥でどこかに隠れたい気分に。
そんな雰囲気の移行に気が付いたポチエナが跳ね回るのをやめ、カナタが声のした方をゆっくり向くよりも早くポケモン達がそちらを見る。

そこに居たのは森には不向きと言わざるを得ない、白衣を着て眼鏡をかけた男性。
手には複数の資料を持った、いかにも科学者か 何かの研究員といった出で立ち。
カナタがやや呆気に取られていると、男性は嫌味や敵意は全く見せず朗らかにカナタ達へ近付いて来た。


「ねえ、この辺りでキノココってポケモン見なかった? おじさん、あのポケモン好きなのよね」
「キノココですか? それならさっき向こうの……」
「いい加減にしろよっ!!」


またも突然乱入して来る声。
今度の声は白衣の男性とは違い、敵意や苛つきが手に取るように分かる罵声。
そちらを見ると木々や草むらをかき分け、男性が一人こちらへ向かって来た。
謎のシンボルが大きく描かれた黒いバンダナを頭に装着し、水色と白の縞模様のシャツという、いかにも海の男といった風な出で立ちの男性。
白衣の人と同様 森には不釣り合いも甚だしい姿だ。
……いや、あの海を連想する服を海賊みたいだと考えれば、南の島のジャングルをイメージ出来る木々が溢れる場所は、却ってお似合いだろうか。

幾らかこの場にはそぐわない考えで思考が明後日の方へ行きそうになった瞬間、キモリがその男性を射殺しそうな勢いで睨み付け、唸り声を上げ始めた。
こんなキモリを見るのは初めてのカナタは戸惑うばかり。
ひょっとして雰囲気で伝わる程の極悪人なのだろうか?
見た目だけで判断するのもどうかと思うが、確かに目付きも態度も悪く、あまり善人のようには思えない。

日焼けした肌の男性は、バンダナに半ば阻まれた目付きの悪い視線をぎらつかせ、先ほどの苛ついた声のまま白衣の男性に凄む。


「待ち伏せしていたのに、いつまでもトウカの森でうろうろと……。待ちくたびれたから来てやったぞ! やい、デボンの社員! その書類をこっちに寄越しやがれ!」
「ひゃー! お、お嬢ちゃんトレーナーだよね、おじさんを助けてよぉ」
「わわ、私ですか!?」
「盗られちゃ困るんだよこの資料〜。後生だから、ね?」
「え、いや、でも……」
「ん? 何だお前? そいつを庇おうってのか?」


慌ててカナタの後ろに隠れる白衣の男性(身長差で隠れ切れていない)。
まさか大人の男性に絡まれ、大人の男性に頼られる日が来るとは思っていなかった。
バンダナ男性のぎらついた目付きは既にカナタを捉え、完全に仲間か何かだと思われてしまったらしい。
こういう時はどうすればいいのだろう、まさか生身で喧嘩など出来ない。
ポケモンで戦うという事で良いのだろうか。
そうやってオロオロしているカナタに構う事は無く、バンダナの人はモンスターボールを手に取り罵声を上げた。


「アクア団の邪魔をするヤツは子供でも容赦しねえ、勝負しやがれ! 行け、ポチエナ!」
「(あ、ポケモンバトルで良いんだ)」


……内心ホッとしたのは内緒である。
アクア団、とか名乗った男性がポチエナを繰り出し、それを見たカナタのポチエナがカナタの前に飛び出した。
群れに襲われ傷付いた事への悔しさとトラウマを克服しようとしているのか、自分と同じポチエナには負けたくないらしい。
カナタは一瞬だけどうするべきか考えようとしたが、バンダナ男性が指示を出して来た為、やむなく同じポチエナで応戦する事になる。


「“たいあたり”!」
「こっちは“とおぼえ”よ、ポチエナ!」


相手が“たいあたり”しようと向かって来る間に“とおぼえ”を上げると、相手のポチエナはびくりと体を震わせて立ち止まり、怯むような仕草を見せた。
カナタのポチエナの闘志は、群れからの迫害に対する悔しさも相まって抜群、そんじょそこらのポチエナには簡単に場を譲らないし押させない。


「すぐに“たいあたり”!」


先手を取られはしたが、相手が怯んだ隙を突いて駆け出すカナタのポチエナ。
向こうも立ち直りこちらへ向かって来るが一手遅い。
相手より先に足のバネを使ったカナタのポチエナは、飛び込むような勢いで渾身の“たいあたり”をぶちかます。
“とおぼえ”で攻撃力が上がっていた上に渾身の“たいあたり”が急所に当たったようで、相手のポチエナはバンダナ男性の所まで吹っ飛ばされると、戦闘不能に陥ってしまった。
見るからに弱そうなカナタに負けるとは思っていなかったのか、バンダナ男性は驚いた顔をした後、余裕を繕おうと上から目線の声を上げる。


「つ、強いじゃねーか! アクア団の邪魔をするとは なんてヤツ、もう一回勝負しろ!」
「……他にポケモン、持ってるんですか?」
「うぐ……も、もう手持ちは居ない……。それにカナズミシティにもアクア団が狙っている物があるからな! 今日はこれぐらいにしといてやらぁ!」


バンダナ男性は負け惜しみのような言葉を吐くとポチエナをボールに戻し、そそくさと森の奥の方へ逃げて行った。
その背中にカナタが「早くポチエナを回復させてあげて下さいねー!」と正しいが状況的に的外れな声を掛けると、バンダナ男性はズッコケたように一瞬よろめき、立ち止まってカナタを振り返り……しかし何も言わずにまた前を向いて逃げて行った。

ポチエナを撫でて褒めてあげてからボールに戻し、ずっと抱いていたラルトスもボールに戻したカナタに、白衣の男性がホッとしてお礼を言って来る。


「ふぅ、危ない所だった……キミのお陰で大事な書類を奪われないで済んだよ、ありがとう!」
「ご無事で何よりでした。ところでさっきのバンダナの男性、カナズミシティにも……、アクア団? が狙っている物があるとか言っていましたけど、大丈夫ですか?」
「はっ!? そういえば言ってたね……? 大変だ、こうしちゃいられない!!」


白衣の男性は慌てて、先程バンダナの男性が逃げて行ったのと同じ方向へ駆けて行った。
という事はあちらがカナズミシティで間違い無いのだろう。
ポケナビを信用していない訳ではないが、確信は多ければ多いほど良い。

トウカの森に再び静寂が訪れた。
騒ぎによって熱くなった体温を、森の涼やかな空気が冷やしてくれる。
一気に様々な事が起きて少し呆然としていたカナタは我に返ると、先ほど捕まえたスバメをボールから出し、傷薬をスプレーして回復してあげた。


「はい、これで大丈夫だよ。早速だけど森を抜けるまで頼りそうなの、良いかな?」


そう言うとスバメはじっとカナタを見つめ、そして軽く羽ばたいてカナタの頭上に留ま……ったかと思いきや、クチバシで髪の毛の一部を咥えて引っ張り始めた。


「いた、痛い痛い! 痛いー!」


手加減しているのか髪の毛が抜けるような強さではないが、痛いものは痛い。
キモリが憤慨したような鳴き声を上げてスバメに飛び掛かり、抱え込んで引き剥がす。
ひりひりと痛む頭を撫でるカナタはすっかり涙目。
財布を盗られた件といい、ひょっとして舐められているのだろうか。
しかしまだまだその通りの実力しかないトレーナーなので、どうにも注意し辛い。
はは……と苦笑を漏らしたカナタを見たキモリがスバメを怒鳴るように声を上げるが、スバメはツンと澄ました顔で反省している様子は見受けられない。

せっかく捕まえたのに戦力に出来ないのだろうかと思い落ち込んだカナタだが、その後に出て来た いもむしポケモンのケムッソと戦わせてみた所、
一応ちゃんと指示は聞いてくれた……が、やはり“生意気”な態度は変わらず。
戦いの最中は言う事を聞いてくれるものの、ひとたびバトルが終わればカナタをおちょくったり、軽くつっついたり髪の毛を引っ張ったり忙しない。
その度にキモリが引き剥がすような有様で、先が思いやられる。


「はあ……ねえスバメ、私そんなに頼りない? ……いや、頼りないとは自分でも思うけど。これから頑張ってあなたに認められるようなトレーナーになるから、少なくとも、その、髪を引っ張るのだけでもやめてくれないかな……」


段々と声が小さくなって行き、最後は消え入るような音量に。
スバメはそんなカナタを見て笑っているのか、満面の笑みで鳴き声を上げる。
これは……馬鹿にされているのだろうか?
しかしその割にバトル中は言う事を聞いてくれるし、彼(どうもオスらしい)の本心が全く分からない。
どうするべきか……悩みが溜め息となって涼やかな森に放出される。
そんなカナタの頬を肩に乗ったキモリが軽く叩き、元気づけるように鳴き声を上げた。


「キモリ……ありがとう。よし、見ていてねスバメ。きっと私、あなたがイタズラする気を無くすほど立派なトレーナーになってみせるから」


本当はまだまだ自信が無いのだが、キモリのお陰で空元気だけは出た。
こうして口に出して宣言する事で自分を奮い立たせ、同時にスバメを牽制する。
気弱さを引っ込めて自信を見せれば、きっとスバメもイタズラはやめてくれるはず……と、思ったのだが。
スバメはもう一度カナタの頭に飛び上がると、またも髪の毛を引っ張り始める。


「いたたたたた! だからやめてってばー!」


楽しそうなスバメに、それを引き剥がすキモリ、そして何も出来ないカナタ……。
涙目で唸りながら自分が何をしたのかと無意味な回想をしていると、ふと、先程戦った“アクア団”とやらを思い出し気になってしまった。

“団”というからにはきっと集団なのだろう、強盗しようとするなんて とてもロクな集団とは思えない。
旅を続ければこの先も会う事になるかもしれないし、カナタは成り行きとはいえ邪魔をしてしまった立場。
復讐に来られたらどうしようと、今更 後悔が襲って来た。
白衣の人が無事なのは良かったが……だからといって不安が消える訳ではない。

仲間と同時に不安要素も増えてしまい、カナタの旅は雲行きが怪しくなり始めたようだ……。





to be continued......


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