EXTENSIVE BLUE
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カナタ
101番道路
バッジ0個

手持ち
キモリ♂

旅時間:1日目



ミシロタウンを出発したカナタは101番道路を進む。
マルチナビでマップを表示しながら、キモリと見て行き先を相談。


「103番道路の方は行き止まりだったね。コトキタウンの西から102番道路の方へ行って、今日中にはトウカシティへ辿り着けるようにしようか」


それで良いよ、と言うように鳴き声を上げるキモリ。
全てがそうかは分からないが、どうやらポケモン達は人間の言葉を理解しているよう。
それに気付くと益々一人じゃないと思えて心強かった。

あまり野生ポケモンに遭わないよう静かに草むらを歩いていると、ガサリ、と少し離れた所が揺れる。
瞬時にキモリがカナタの肩から飛び降り臨戦態勢、カナタも及び腰ながらキモリの後ろで襲撃者に備える、が。

出て来たのは、あちこち傷だらけでふらつく足取りのポチエナ。
飛び掛かって来るような様子も無く、ただふらふらと歩くだけだ。
そのポチエナを見た瞬間、カナタの脳裏に蘇る今朝の出来事。
ポチエナに襲われていたオダマキ博士をキモリと一緒に助けた……。


「あなた、まさかあの時の!? でもそんなに怪我はさせてない筈なのに……!」


キモリで攻撃したが倒し切れず、しかし再び襲って来るような様子も無かった為深追いはせずに放置しておいた筈なのだが。
そんなカナタの疑問は、すぐに解決する。
まるで傷だらけのポチエナを取り囲むように複数のポチエナが現れた。
きっとあの群れにやられてしまったのだろう。
キモリの攻撃は急所に当たっていたのかもしれない。
もしその時の傷が原因で、逃げていた所を追い付かれてしまったのだとしたら……。

早く逃げなければ巻き込まれてしまう。
しかし何故かポチエナを無視する事が出来ないカナタ。
こんな事ではいけないのは分かっている。
これから先 野生ポケモンとの戦いは何度も行うだろうし、いちいち倒す事を躊躇ったり倒した後を気にしたりしていては、逆にキモリを危険な目に遭わせてしまいかねない。

しかしカナタの直感はポチエナを無視する事を否定している。
旅立つにあたり、カナタはこういう時の直感を信じる事にしていた。
キモリを選んだのだって、揺れているボールに覚えた既視感を直感に変換し、それを信じた結果なのだから。

そう思ったカナタの行動は早かった。キモリが驚く程に。
すぐさまモンスターボールを投げるとポチエナを捕まえる。
体力が殆ど残っていなかったせいか、すぐに捕まえられた。
行くよ! とキモリに声を掛けコトキタウンを目指し走り出すと、すぐさまポチエナの群れがカナタを追い掛けて来る。


「こ、来ないで来ないで! もう充分でしょ!?」


言ってもポチエナ達は全くの無反応で追って来る。
やがて1匹のポチエナが追い付いてカナタに噛み付こうとし、咄嗟に割り込んだキモリが攻撃を繰り出した。
しかし相手は複数。個々との力比べならキモリに軍配が上がりそうだが、このまま戦っては多勢に無勢でやられてしまいかねない。
キモリが1匹のポチエナを相手にしている間に、別方向から別のポチエナが。


「キモリっ!!」


怖いのも忘れてキモリの方へ飛び出した瞬間、カナタの背後の草むらが揺れる。
夢中なカナタとキモリはそれに気付かなかったが、すぐに背後から一つの影がポチエナの群れに向かい飛び掛かって行った。

それは一匹のジグザグマ。
突然の乱入者にポチエナ達が少しの間だけ怯み、その隙を逃さないよう、早く行って! とでも言いたげにカナタを見て鳴き声を上げるジグザグマ。
一番早く動いたのはキモリで、彼がカナタの方へ走り寄り足を軽く叩いた。
それに我に返ったカナタも踵を返してコトキタウンの方角へ。
ジグザグマも付いて来た為ポチエナの群れも追い掛けて来たが、カナタがコトキタウンに入った辺りで追跡を諦めたようだ。

急いでポケモンセンターに入り、治療を頼むカナタ。
ソファーに座って待っていると入り口の自動ドアの向こう、少し離れた所にジグザグマの姿が。
野生ポケモンは殆ど人里には入らないと聞くが、どうしたのか。
ふとそこでカナタは、あの子が自分を助けてくれた事について考える。
ひょっとして……と思い外に出て、ジグザグマから少し離れた所で目線を少しでも合わせようと屈んだ。


「……あなたもしかして、あのポチエナとお友達?」


肯定するように鳴き声を上げるジグザグマ。
その表情は心配そうで、しきりにポケモンセンターの中を気にしている。


「大丈夫、回復は早いからもうすぐ終わる。そうしたら帰してあげるから」


カナタがそう言うとキモリが肩から飛び降り、ジグザグマに歩み寄って鳴き声を上げる。
それにジグザグマも応え、まるで2匹が会話しているかのような状態に。
当然カナタには何を話しているか分からないが、キモリが真剣そうな表情なので口を挟む事が出来ない。

そうこうしている間に回復が終わり、ポチエナの入ったボールを持って来るカナタ。
すぐボールから出してジグザグマと対面させると、お互いに寄り添って体を擦り合わせ、親愛を表し始める。


「やっぱり友達だったんだね。ほら、もう行っていいよ。しばらく101番道路には近付かない方が……って、え、なに?」


話の途中、ジグザグマとポチエナがカナタに寄って来てしまい、反射的に数歩後退るカナタ。
見上げてくる瞳はきらきらしていて、うっ、と思わず唸ってしまう。
こういう動物は相手などお構い無しにくっ付いて来る事が多い。
さてどうしよう、すぐ逃げようか……と考えていたら、気の利くキモリが間に割って入ってくれた。

新たにポチエナを加え、またも何かを会話しているような3匹。
やがて話が終わったのかキモリがカナタの体を伝って肩に飛び乗る。
……かと思うと、バッグを開けてモンスターボールをカナタに手渡した。


「まさか、ジグザグマも捕まえろって言うの? それは……仲間は多いに越した事は無いけど……」


キモリはもう平気になった。しかしポチエナとジグザグマはどうだろうか。
まだポチエナは本格的に逃がした訳ではないし、ジグザグマはポチエナから離れようとしない。
これから先、キモリだけではタイプ的に不安があるのも確かだ。
ただでさえ草タイプは弱点が多いのだから。

どうしよう、とオロオロしていたカナタだったが、ふと、自分を真っ直ぐ見つめて来るキモリに気付いた。
彼はこんなに情けない自分と一緒に居てくれる。
今だって澄んだ瞳に落胆の色は全く感じられない。
ここで勇気を出せば、きっとキモリが危険な目に遭う確率が減る。

カナタは恐る恐る2匹に近寄った。
どうやらキモリが牽制してくれているようで、今にも飛び掛かって来そうな瞳の2匹は、実際に行動に移す事は無い。
震える手を伸ばしてポチエナの頭に触れると、ふわりとした毛並みの感触と温かい体温。
撫でてみると柔らかさの中にしっかりした硬さも感じられ、呼吸による微妙な動きが ぬいぐるみとの決定的な違いを意識させる。
トゲトゲした不思議な毛並みのジグザグマは、見た目通り毛が少し硬い。
こちらも、ぬいぐるみとは違う生命の律動が具に伝わって来る。
そのうち怖さだけでなく、嬉しさも孕んだ昂揚で胸がどきどきし始めた。
やがてキモリの時と同じような感覚がカナタの心を覆い尽くす。

“この子なら、この子達なら大丈夫”


「ねえポチエナ、ジグザグマ……。私と一緒に来てくれる?」


満面の笑みで鳴き声を上げる2匹。
それを確認したカナタはキモリからモンスターボールを受け取ると、手に持ったままジグザグマの頭に軽く当てた。
ボールに吸い込まれ、何の抵抗も無く収まったジグザグマ。
元々捕まえていたポチエナも同様にしてボールに戻すと、2匹の入ったボールを顔に近づけて挨拶する。


「まだまだ情けない新米トレーナーだけど、頑張るからよろしくね、ふたりとも」


ボールの中の2匹に代わり、キモリが嬉しげに鳴き声を上げる。
まだ日が暮れるまでは時間があるので少しだけ予定を変更して、ポチエナやジグザグマと特訓する為、コトキタウン北の103番道路へ。
特訓と言うが、単純な話、バトルの為の技や戦い方の確認である。
今朝ユウキと戦った場所のすぐ側にある、草花に囲まれた丸い池。
遙か向こうにえんとつ山を望む素晴らしい景観の中、ボールからポチエナとジグザグマを出して遊ばせながら、どんな技を使えるか確認する。
こういう事も出来るポケモンマルチナビは本当に便利だ。


「確かポチエナは悪タイプ、ジグザグマはノーマルタイプだったっけ。どっちも攻撃はノーマルタイプの技しか覚えてないみたいね。まだあんまりタイプとかは気にしなくてもいいか……。ふたりとも、少しだけバトルしようか?」


声を掛けると、すぐにカナタの方へ駆け寄って来る2匹。
草むらへ入り野生ポケモンと戦うが、どうやら“勇敢”らしいポチエナは逸ってすぐ飛び出そうとする。
特に同じポチエナが出た時などはその傾向が顕著だ。
“無邪気”らしいジグザグマは落ち着きが無いし、戦いの相手と遊ぼうとまでしたり。
(相手にされず攻撃されるので、割とすぐバトルモードになるが)

自分と同じだ、とカナタは思う。
まだまだ未熟で問題だらけ。新米トレーナーには丁度いい。
カナタが努力すれば、一緒に成長して行く事が出来るはずだ。

一通り技や戦い方を確認した後、コトキタウンに戻り改めてトウカシティを目指して102番道路へ足を踏み入れる。
101番道路よりもずっと広くて開放感のある道路。
地面に生えた一面の草や沢山の木々であちこちが緑色に染まり、空はどこまでも高く続いていそうな濃い青で、所々に点在する池は空を反映し爽やかな水色を湛えている。

ホウエン地方は“自然が豊か”だと誰もが一言で表すが、たった7文字のそれは圧倒的な物量で視覚・触覚・嗅覚に襲い掛かって来た。
それらはカナタにとって、歓迎にも拒絶にも思える。


「すごいねキモリ……。私、ちゃんと受け入れて貰えるかな」


不安そうに肩のキモリへ声を掛けると彼は身を乗り出してカナタの顔を覗き込み、大丈夫だよ、とでも言うように元気付けるような鳴き声を上げた。
詳しい言葉は分からないのに勇気が湧く、元気が出る。
そうして気持ちを前向きにすると、ホウエンの自然に歓迎されているような気がした。

遊んでいるのか、102番道路には子供達の姿も。
誰もが一様にモンスターボールを持っている所を見ると、彼らもカナタより先輩のトレーナーのようだ。


「私どころかユウキ君よりもまだ年下みたいなのに、凄いなあ」


何の気無しに彼らを見ながら歩くカナタ。
ふと一人の少年と目が合い、その瞬間、彼が小さく声を上げる。


「あ」
「?」


少年が挑戦的な笑みを浮かべながらカナタに近付いて来た。
……そういえば、モンスターボールを持つ彼はトレーナーだ。
途端にユウキの言葉を思い出す。


『トレーナーは基本的に目が合ったらバトル、いつでも準備はしておくものだよ!』


「ポケモン連れていればキミも立派なポケモントレーナー! ボクの挑戦受けるよね!」
「えっ……。あ、あぁぁぁっ!」


逃げるどころか言い訳すらも口に出せないまま、カナタは少年とポケモンバトルをする羽目になったのだった……。


+++++++


102番道路で数人のトレーナーと戦ったカナタ。
先に特訓していたのが効いたのか、全員に勝つ事が出来た。
ポケモン達以上に疲れた表情をしながら、大きな木の幹に寄り掛かり座り込む。
ボールからポチエナとジグザグマを出し、近くに木の実がなっていたので失敬して、3匹に食べさせている。

精々2m強くらいしかない小さな木になる木の実はポケモン達の好物。
基本的にトレーナーなら誰でも採って良いらしいのだが、次のトレーナーの為に採った内の一つは再び植えなければならないそうだ。
(ちなみに近くに居た短パンの少年が教えてくれた)
オレンとモモン、というらしい2種類の木の実が4つずつ採れ、全ての実を採ると役目を終えた木はすぐ萎れてしまう。
言われた通りに採った実を1つずつ植え、後は自然に任せる事にした。


「美味しい? 喉にひっかけないようゆっくり食べてね」


ちなみにカナタも少しだけ囓ってみたのだが、甘く柔らかいモモンの実に対して、オレンの実が堅すぎた。
しかも味が辛いのか苦いのか渋いのか酸っぱいのか分からない。
甘味が無いのは確かだったので、食べかけで悪いがキモリとポチエナにあげた。
ジグザグマは甘いモモンの実の方が好きなようで、カナタが食べているものまで奪おうと口を近付けて来る。


「ちょ、こらこらジグザグマ。まだ1つ残ってるから新しいの食べなさい」


なんでなんで? なんでくれないの? と言いたげに首を傾げ、新しいモモンの実には目もくれずカナタが咥える実を奪おうとするジグザグマ。
もー、と呆れよりも嬉しさの方が圧倒的に勝る息を吐くと、新しい実を与えるのを諦めて口からはみ出た実を好きに食べさせた。

それをじっと見ていたキモリとポチエナ。
ジグザグマがカナタから離れて実を食べるのに夢中になったのを見計らうように、2匹ともがカナタに近付いて来た。
キモリの手にはオレンの実が握られていて、ずい、と差し出して来る。


「え……なに? 私それいらないから、食べていいよ?」


キモリの意図する所が分からずそう言うが、彼は退けるどころかまるで食べさせるように口元へ近付けて来る。
異様に硬くて奇妙すぎる味が思い出され、いらないいらないと必死で拒否。
キモリは負けじと硬い実を噛んで一口サイズに砕くと、大きめの欠片をカナタの口に無理矢理咥えさせた。


「むぐっ!」


また口に広がる摩訶不思議な味。
慌てて取ろうとすると、カナタの手を押し止めたキモリが口を近付け、カナタの口からはみ出した部分を咥えて木の実を食べてしまった。
まさかキモリがそんな事をして来るとは思わなかったカナタは、ボリボリと満足気に実を噛み砕くキモリを呆然と見るしか出来ない。

そうしているとポチエナがカナタの足に前足を乗せて顔を近付けて来る。
ひょっとして同じ事をして欲しいのかと木の実を口に咥えると、キモリと同じように奪い取って美味しそうに食べ始めてしまった。
2回目ともなると少し慣れて、食べているポチエナの頭を撫でる余裕も生まれる。
キモリも撫でて欲しいと言わんばかりに擦り寄って来て、平和だなぁと、そろそろ赤くなりそうな空を見上げてのほほんとリラックス。

……その瞬間、カナタの視界から外れていたジグザグマの鳴き声。
少々焦ったようなその声にそちらを見ると、見知らぬポケモンがモモンの実を持っていた。
もしかしなくてもジグザグマに与えた最後の一個。
白い体に緑色の頭。目が隠れ口元しか見えないその姿は、確か。


「えっと、なんて名前だっけ。……あ、そうだポケモン図鑑!」


以前に資料で見たような覚えがあるが名前が浮かんで来ない。
こんな時こそ出番だと、オダマキ博士に貰った図鑑を開きデータを確認する。
あのポケモンはラルトス。そこそこ珍しいポケモンだった筈だ。
モモンの実を抱えるように持ったまま、鳴き声を上げるジグザグマにおろおろとするだけ。

それにしても、元々そんなに大きなポケモンではないとはいえ、図鑑の姿より幾らか痩せ細っているように見えた。
ひょっとしたら何日も物を食べていないのかもしれない。
カナタは好物が奪い取られそうな事に興奮するジグザグマを押し止め、やや怯えた様子のラルトスに声を掛ける。


「どうぞ、食べてもいいよ。ジグザグマはまた今度あげるから今日は我慢ね。何にせよトウカシティに着いたらご飯買ってあげるから」


怖がらせないように優しく優しく声を掛けると、ジグザグマが鳴き止んだ事とカナタの優しい声に安心したのか、モモンの実を食べ始めるラルトス。
周りにキモリ達が居る上に、ラルトスの容姿がどことなく人間を彷彿とさせるからか、今は動物に対する恐怖が殆ど湧いて来ない。

ややゆっくりと実を食べるラルトスが完食するまで見守っていたが、食べ終わったラルトスは立ち去るかと思いきや、カナタに近寄って来る。
咄嗟にキモリがカナタを庇うように立ち塞がり、ポチエナも同様に。
木の実を取られふて腐れたらしいジグザグマは、座っているカナタの隣に伏せてジト目をラルトスへ向けていたが。
ラルトスはまた少しだけ怯えるような様子を見せたものの、心配そうなカナタの顔を見ると意を決したように歩を進める。
カナタはキモリとポチエナを下がらせると、ラルトスの好きにさせる。

一歩一歩ゆっくりと近寄ってカナタの傍まで来たラルトスは、まるで心の中を読み取ろうとするかのように手をそっとカナタの体に触れた。
少しだけそうしていたが、ハッとしたように顔を上げてカナタを見、次いでキモリの方を振り返ると何かを話すように鳴き声を上げる。
キモリはそんなラルトスに近付くとジグザグマ達としたように会話。
やがてキモリがカナタを見て鳴き声を上げ、その瞳に見覚えのあるカナタはリュックからモンスターボールを取り出した。


「また、捕まえちゃってもいいのね。ひょっとしてキモリ、私に捕まるよう説得でもしてたりする……?」


そうだとしたら心底情けない。
本来トレーナーは、己の技量と手持ちポケモンとの連携で野生を捕まえる。
それなのに手持ちが野生ポケモンを説得して、お情けでゲットなんて。
しかしキモリは首を振ってカナタの予想を否定する。
それなら野生ポケモンの方から望んでカナタの手持ちになりたがっているという事か。
だが自分にポケモンを惹き付ける何かがあるとは思えないカナタは、キモリが何かを隠しているのではないかと疑ってしまった。

その瞬間、ラルトスが不安そうに声を上げる。
以前に見た資料によるとラルトスは、人の気持ちに敏感に反応するらしい。
キモリを疑ってしまった事を見透かされたのだろう、それに気付いたカナタは慌てて自分の愚かな考えを振り払った。
情けない自分を見限らずに付いて来てくれた上、甲斐甲斐しく守ってくれるキモリを疑うなんて、そんなのは余りにも勝手すぎる。


「分かったキモリ、ラルトス捕まえるね。ラルトスはそれで良いんだよね?」


問い掛けると控え目な口元が笑みの形を作り出す。
カナタはジグザグマにしたように、手に持ったボールをラルトスの頭に軽く当てた。
またも抵抗無く収まったラルトスに安心して、さっきまでの疑念が胸の奥へ押し込められる。

その瞬間、少年の声がカナタの耳に届いた。


「えっ……すごい、今、捕まえる前からポケモンが懐いてた……!?」
「え?」


声のした方を見ると、黄緑の髪のまだまだ幼さの残る少年と、黒髪の中年男性。
二人は今の一部始終を見ていたのか、驚いた顔でカナタを見ている。
だが黒髪の男性の方はカナタの傍らに居るキモリを見ると、ハッとしてカナタに声を掛けて来た。


「ひょっとしてキミは、カナタちゃんじゃないか?」
「え、どうして私の名前を……」
「失礼、わたしはこの先のトウカシティでジムリーダーをしている、センリという者だ。オダマキ博士とは古くからの友人でね、キミの話も聞いている。そのキモリはオダマキ博士のだったような気がしたから。違ったかな」
「あ、いえ、そうです。オダマキ博士の家にお世話になっているカナタです!」


慌てて立ち上がり、姿勢を正して男性……センリに挨拶をする。
ジムリーダーとは、バトルの強さを競う“ポケモンジム”の責任者だった筈。
ホウエン各地に居る8人のリーダーに勝って証であるバッジを集めると、バトルの頂点を決めるポケモンリーグに挑戦できるとか。
そんな人がこんな所で何をしているのかと思ったら、一緒に居る少年がポケモンを欲しがっているのでゲットのサポートをするのだという。


「えと、ぼく、ミツルっていいます。今日からシダケタウンの親戚の家に行くんですけど、ひとりじゃ寂しいから ポケモンを連れて行こうかと思って……。でも今まで自分でポケモンを捕まえた事がないから、センリさんにお願いして……」


気弱そうな見た目通りのおどおどした喋り方。
随分とシャイなのだろう、ただ話しているだけなのに顔をほんのり赤く染めている。
気負わせないように、私はカナタだよ宜しくねー、なんて軽く言うと、ミツルが呆然とカナタの方を見つめて黙り込んでしまった。
それを見たセンリは何かを思いついたらしく手を叩く。


「そうだ丁度いい、カナタちゃん。ひとつ頼みがあるんだが」
「何ですか?」
「これからミツル君がポケモンを捕まえられるよう見守ってあげて欲しいんだ」
「え、私がですか!? ジムリーダーであるセンリさんがやった方が……」
「新米同士で丁度いいじゃないか。それに、ミツル君の方がキミに興味津々みたいでね」


言われてよく見てみると、ミツルは顔を紅潮させ輝かんばかりの瞳でカナタを見ている。
何故、と思ったがすぐ思い至った。先程ラルトスを捕まえたアレを見ての事だろう。


「すごいです、どうして捕まえる前の野生ポケモンが懐いてたんですか? ぼくもいつか……カナタさんみたいになれますか?」
「え、えっと。私もまだ新米だし、それにどうして懐かれたのかよく分からなくて。少なくとも私みたいに不確かなのはアテにしない方がいいよ?」
「でも、それでもすごい……!」
「ミツル君も随分と元気が出てきたじゃないか。改めて、お願いしても良いかな?」
「はい。役に立つか分かりませんけど、やってみます」


ポチエナとジグザグマをボールに戻し、ミツルと一緒に草むらへ入る。
ミツルはセンリからボールとジグザグマを借り受けているようで、そちらのサポートは必要なさそう。
気弱そうな少年だと思っていたミツルは、センリの言う通りカナタのお陰で随分と元気が出たようだ。
これから所持するポケモンへの期待に胸を膨らませ、草むらを掻き分けている。

少しだけ離れた場所でそれを見ていたカナタは、一つの影がミツルの方へ向かっている事に気付いた。


「ミツル君、来たよ!」
「え、……うわっ!!」
「落ち着いて、ポケモンを出して応戦するの!」


飛び出して来たのは先程カナタが捕まえたものと同じラルトス。
カナタの声に焦燥を取り払ったミツルは手持ちのジグザグマを出し、やや控え目ながら真っ直ぐに見つめて指示を出す。


「ジグザグマ、“たいあたり”!」


さすがジムリーダーのポケモンと言うべきか、指示への反応が早い。
素早くラルトスへ体当たりしたジグザグマにラルトスも応戦し、“なきごえ”でジグザグマの攻撃力を下げて来る。


「あ、えっと、こういう時って“しっぽをふる”で相手の防御力を下げればいいんですよね?」
「待って。このジグザグマの攻撃力だと倒してしまうかもしれない。このまま戦おう、きっといい具合に体力を削れるはずよ」
「わかりました」


下げられた攻撃力の対処はせず、もう一度“たいあたり”で攻撃を加える。
尚も“なきごえ”でこちらの攻撃力を下げるラルトスだが、今のラルトスの様子を見るに、これ以上の攻撃は必要なさそうだ。
一瞬ラルトスがよろめいたのを見計らい、ボールを投げるミツル。
数回揺れていたが、やがてしっかり収まった。


「やった……ぼくの……ぼくのポケモンだ……!!」
「おめでとうミツル君、これで新しい友達が出来たね」
「うん、カナタさんありがとう! 夢みたい、ぼくのポケモン!」
「上手く行ったようだね」


カナタよりも更に離れた所から成り行きを見守っていたセンリが、嬉しそうに笑んで歩み寄って来る。
ミツルはジグザグマをセンリに返し、改めて彼にも礼を告げた。


「ぼく、ずーっと前からこうやって、ポケモンと一緒に過ごせる時を待っていて……。ラルトスを捕まえる事ができたのは お二人のおかげです! ぼくのラルトス……ずっとずっと大切にしますね」
「ああ、そうやって大切にする心を忘れなければ、ポケモンは必ず応えてくれる。これからの時間をぜひ、ラルトスと一緒に楽しんでくれ」
「私も今日トレーナーになったばっかりだし、一緒にスタートだね」
「はい! ラルトスと一緒に精一杯 頑張ってみます。あ……お母さんが待ってるからもう行かなきゃ」


もう一度頭を下げて礼を告げると、ミツルは笑顔でトウカシティの方へ去って行く。
すっかり元気が出て良かったなぁと思い手を振りながら見送るカナタに、センリが感心したように話し掛けて来た。


「しかしカナタちゃん、キミもなかなか凄いな。今日トレーナーになったばかりだというのに、先程のミツル君へのアドバイスは的確だったじゃないか」
「そんな、私なんてまだまだですよ。ポケモンに守られてばっかりで本当に情けないトレーナーです」
「ふむ、自惚れないのは良い事かもしれないが、自信が無いのも困りものだな。あまりネガティブで居るとポケモン達も不安になってしまうぞ」
「う……分かってはいるんですけど、どうにもまだ自信が付かないんです。ポケモン達はこんな私を見限らずに付いて来てくれますし、なんとか応えたいんですが、どうすれば……」
「自信を付けたいなら、ポケモントレーナーとして強くなるのが一番だよ。どうだい、この先にあるカナズミシティという街に行ってみないか? そこでツツジというジムリーダーと戦うと良い! そうやって各地のポケモンジムでジムリーダーを倒して、ジムバッジを集めていくんだ」


全くやる予定の無かった事を提案されて、カナタは呆気に取られる。
ポケモンジムはポケモンリーグへ挑戦する為の試験のようなもの。
そんな事に挑戦なんて、微塵も考えてはいなかった。
しかしセンリの言う事は尤もで、旅をするに当たっては強くなるに越した事は無い。
いつまでもぐだぐだ言い訳を重ねて逃げていては、成長など夢のまた夢。

カナズミシティという街のジムは、踏破を目指すトレーナーは大抵最初に行くそうだ。
いわゆる初心者の最初の関門、ここを攻略できないならこの先の旅は難しいかもしれない。
センリの預かるトウカシティのジムは中級らしく、もしジムバッジを4つ集められたら戦ってあげようとセンリは言う。


「さっき、捕まえる前からポケモンに懐かれていた様子を見て、思ったよ。キミはきっと強くなる。成長したキミとポケモン達に会える時を楽しみにしているからね、是非とも再会して、その時は存分に戦おうじゃないか」
「……分かりました。まだ自信は無いけど、だからこそ頑張ってみます」
「よしよし、その意気だ! キモリもやる気じゃないか!」


見ると、肩に乗っているキモリは興奮気味で鼻を鳴らし、挑戦的な目を爛々と輝かせている。
ひょっとしたら彼にも強くなりたい願望があるのかもしれない。
彼も男、そういう上昇志向は大いに持っているのだろう。
その姿を見ると、カナタにもジムに挑戦する勇気が湧いて来る。

トウカシティに戻るセンリと一緒に街へ入ってから別れ、もう辺りがすっかり夕焼けに染まってしまったのでポケモンセンターへ。
中に入ろうとすると、捕まえたラルトスを回復させていたのかミツルが中から現れた。
あ、とお互いに目を見開いて、早い再会だねと笑い合う。


「これから出発するの? えっと、どこだったっけ」
「シダケタウンです。えんとつ山からあんまり遠くない所にあるんですけど、風の流れの影響で火山灰が飛んで来ないし、空気の綺麗な所なんですよ。……ぼく、小さい頃からあんまり身体が丈夫じゃなくって。そこへ療養しに行くんです」
「そうだったんだ……早く良くなるといいね。私 あちこち旅をするつもりだし、シダケタウンにも寄るかも」
「ぜひ来てください! それで旅の話、いっぱい聞きたいです!」
「そうだね、近くまで来たらお邪魔させて貰おうかな」
「絶対、絶対ですよ、楽しみにしてますから!」


そこまで話した所で、遠くからミツルの名を呼ぶ女性の声。
きっと母親なのだろう、ミツルがあ、と反応して、もう行かなきゃと歩を進めかける。
しかしふと立ち止まると、カナタの方を向いて頬をうっすら紅潮させながら。


「カナタさん、今日は一緒に来てくれてどうもありがとう……。旅の途中で大怪我しないように気を付けて」
「うん、ミツル君も元気でね」
「約束 忘れないでくださいよ、絶対また会いに来てね!」


満面の笑みで手を振り、今度こそ去るミツル。
可愛い弟が出来たようでカナタの気持ちもほっこりと温まった。
出来るだけ旅を続けるつもりなので、きっと会いに行こうと心に決めながら、彼が母親の元へ辿り着くまで手を振っていた。


+++++++


ポケモンセンターでポケモン達を回復させてから受付のジョーイさんに泊まりたい旨を伝えると、部屋の鍵を渡されて上の階へ行くよう案内を受ける。
良かった、とカナタは密かに安堵の息を吐いた。
トレーナーなら無料でポケモンセンターに宿泊できるとは聞いていたものの、やはり宿が無料などカナタの感覚では有り得ない事だった為、どうしても不安で言い出すまでドキドキものだった。

部屋の広さはシングルといった風だが、いわゆるビジネスホテルなどより設備が質素で、しかしスペースがそこそこ広く取られている。
きっとポケモン達をボールから出す事を想定しているのだろう。
大きなポケモンを持つトレーナーはもっと大きな部屋へ案内されると思われる。
ポチエナ・ジグザグマ・ラルトスをボールから出し、キモリも交ぜて銘々好きに過ごさせる事にした。
カナタは靴と靴下を脱いでしまうと、ベッドに寝転んで大きく息を吐く。

旅を始めてから最初の夜。
音が少ない上に暗い為、あまり他の物が入り込んで来ない時間。
ついつい色んな事を考えて深みにはまりそうだった。
旅に出たは良いが、自分の故郷を知っている人が居るような気がしない。
カナタにとってこの地はもう、“異世界”確定なのだから。

ちらりと視線を向けると、ジグザグマとラルトスが一緒に居た。
ジグザグマはラルトスに木の実を取られた恨みを持っているかもしれないと思っていたけれど、どうやらその心配は無さそうで一安心だ。
ラルトスは♀のようだし、ジグザグマも♀。
同性同士で気が合う事もあるのかもしれない。
……ジグザグマの親友の位置に居るポチエナが、少し焼き餅を焼いているようだが。


「いーなーガールズトーク。私も交ぜてー」


脱力しながら冗談めかして言うと、2匹がこちらを向いてすぐに寄って来る。
あ、交ぜてくれるんだやったー女の子同士の秘密の会話ー。
……なんて思ったのも束の間、キモリとポチエナもやって来て寝転んだカナタの上へ。
そこにジグザグマとラルトスも乗っかって来るのだから堪らない。2つの意味で。


「ちょ、ちょっと! 意外に重い、特にポチエナとジグザグマー!」


言いながらカナタは、楽しくて面白くて笑いが溢れて来る。
動物は大の苦手だった筈なのに、もう少なくとも彼らだけは至って平気だ。
異世界に来てしまった不安と恐怖も、彼らと居ると和らいで忘れる事が出来る。
オダマキ博士達と離れた今、彼らだけがカナタを安心させてくれる存在だった。

そんな彼らに相応しい存在になりたい、守ってくれる恩返しがしたい。
それならばやはり、強くなって立派なトレーナーになるのが一番だろう。
カナタはポケモン達に押し潰されながらマルチナビを操作し、
マップナビを起動してカナズミシティの位置を確認する。


「途中に森があるけどそんなに遠くない。朝のうちに出発すれば、また日が暮れるまでには着けるかな」


そこでカナタは、ジムリーダーと勝負する事になる。
是非とも勝利して自信を少しでも付けておきたい。
カナタは一つ深呼吸すると、自分の上に乗ってハシャぐポケモン達に、一緒に頑張ろうねと声を掛ける。
鳴き声を上げて応えてくれた4匹にカナタは改めて、本当に頑張らなきゃと気合いを入れ直すのだった。





to be continued......


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