EXTENSIVE BLUE
EXTENSIVE BLUE

カナタは、とても濃い青の夢をよく見る。
目を開くとそこは無限とも思える濃紺の世界で、他には何も見当たらない。
否。時折、大きな影が見える事があった。
しかしカナタにはそれが何か分からず、ただ見ているだけしか出来ない。
カナタの周囲をゆっくり回っているのだろうか、視界から外れる事も多かった。

幼い頃から見ている夢だが、結局カナタはこれらが何なのか分からない。
ただ、あの無限のような濃紺の世界が、海中でない事だけは祈っていた。
カナタは海が嫌いな訳ではないが、どうにも怖くて受け入れ難い……。
端的に言えばカナヅチである。
親が言うには幼い頃から海を異様に怖がっていたそうで、結局この歳になっても泳げないままだった。

カナタは明日、18歳の誕生日を迎える。

小さな頃からずっと、早く大人になりたかった。
大人になって子供では出来ない事をしたい、大人になったら出来る事が山ほど増えるのだからと、子供でなくなった自分を夢想しては楽しんでいた。
早く大人になりたいと思うのは、子供である証。
また大人になれば出来る事が増える代わりに出来ない事も増えるという事実を、幼いカナタは知らなかった。
そして現在、高校3年生とは言えまだ親元から離れられていないカナタは、自由が少ない代わりに庇護されている。
子供のうちはその有り難さが分からなくとも、大人になり、庇護の下から旅立てば否が応にも思い知らされる筈だ。

ぬるま湯に浸かり苦難を避けていた事実を、そうして守られ、責任を負う事無く気楽で居られた事実を。

反抗したりしながらもカナタは、何だかんだで親に甘えている。
大人になればそんな事も難しくなるだろう。


「(小さい頃は、18歳は完全に大人だと思ってたなあ……)」


親戚のお姉さんが先日25歳を迎え、色々話すうちに早くお姉さんみたいな大人になりたいと零したカナタ。
親戚のお姉さんはそんなカナタに苦笑を見せて言った。


「カナタみたいに若い子にはまだ分からないかもしれないけど、20代って意外と子供なのよ。……いえ、違うわね。体も周囲からの評価も大人になるけれど、心が付いて行かない……かな」


彼女は、“大人にならざるを得なくなった”と話す。
変わりたくない、子供で居たいと思っても時間は流れ、人は大人になる。
そこで現状を受け入れ心も大人になるのか、子供の頃の事ばかり思い出して立ち止まるのか、人の成長や評価はそこで大きく決まってしまうのだという。
いつまでも過ぎた時間を悔いたり嘆いたりせず、現状と未来に希望を見出す。
それが出来る人こそ成長し、本当に“大人”になれるのだと。

何となく分かるのだが、実感は出来なかったカナタ。
それは彼女が子供だからに過ぎず、このまま成長してしまえば本当の“大人”にはなれないだろう。
きっと過ぎ去った時間を嘆き振り返ってばかりの人生を送ってしまうに違いない。
そうならないようにね、と笑いながら話す親戚のお姉さんの思いやりは、今のカナタにはまだ伝わり辛かった。

外出先から帰る途中、海を眺めに海岸を訪れたカナタ。
とは言え恐怖心は薄れていないので、海との間に砂浜とテトラポッド群を挟んだ防波堤の道路からだが。
怖いのに、絶対に入りたくないのに、よく眺めに来てしまうのはどうしてだろう。
沈み行く夕日の力は強大で、広大な青を全て橙に染めてしまっていた。


「綺麗だな……怖がってる自分がばかみたい」


思っても恐怖心は消えたりしない。
暫くはそうして眺めていたカナタだが、太陽が海の向こうへ消えかけ、そろそろ帰ろうかと海から視線を離した。

瞬間、足に感じる何かの感触。
ニャアと鈴が鳴るような音。
恐る恐る足下を見ると、一匹の猫がカナタの足に擦り寄っていた。
途端に顔を青ざめさせたカナタは一気に間合いを離すが、随分と懐っこい猫はそんな態度にもめげず近寄って来る。


「だ、だめ、来ないで。いい子だから、私に近寄らないで、ね」


擦り寄ってくる可愛らしい猫に対して、及び腰になっているのはさぞかし滑稽な図だろうが、海同様、苦手なものは苦手なのだから仕方ない。
猫だけではない、カナタは動物全般が苦手だった。
これも海と同じで決して嫌いな訳ではないのだが、近付かれるのはアウト。
暴力を振るって引き離すような横暴も出来ず、ただ猫が諦めるのを待つ。
しかし腹が空いているのか諦めようとしない猫に、カナタは泣きそうになりつつ全力疾走を試みた。
転びそうになりながら家まで駆け戻れた時にはホッとしてしまった程だ。

本当にどうして怖いのか、近付いて欲しくないのか、自分で自分の意味が分からない。
そこまで思って考えるのをやめたカナタ。
明日は誕生日なのだからもっと軽い気持ちで居たい。

夜、早めに寝てしまおうとベッドに入ったカナタは、明日に思いを馳せた。
幼い頃から憧れていた大人を、幼い頃から夢見ていた18歳を、ついに明日 迎える。
しかし明日大人になるのだという実感など微塵も湧いて来ない。
学生だからというのもあるが、一番の理由は、叶えたい事を叶えられていないからだろう。


「(明日 目が覚めたら、大人になってるのかな……)」


そんな訳など無いと知りつつも、願いを込めるカナタ。
早く大人にならなければ、いつまでも待っててはくれないのだから。


「(……あれ?)」


“いつまでも待っててはくれないのだから”


「(何が? ……誰が?)」


続きを考えようとしたカナタの意識が、急激に眠りへといざなわれる。
誘われた夢の中はやはり、どこまでも続きそうな濃紺の世界だった。

カナタは明日、18歳の誕生日を迎える。





to be continued......


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