EXTENSIVE BLUE
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カナタ
101番道路
バッジ3個

手持ち
ジュプトル♂
キルリア♀
ライボルト♂

旅時間:46日目



気持ちを新たにし、再び旅立ったカナタ。
もう一度ホウエンの中央部に行きたいが、さてどうやって行こうかと考える。


「またハギさんにお願いしようか? でも何かちょっと悪いかなあ……」


恐らくハギ老人のあの様子なら、もう一度頼んでも快く送ってくれそうだが、自分の気まずさはどうにもならない。
悩みながらジュプトルに話し掛けつつ歩いていると歩みが遅くなる。
少ししてから、カナタは吹っ切ったように背伸びした。


「あーもう、せっかく再出発したのに悩んでばっかりはやめよう! とにかく進んでみよっ、何か思いつくよ」


笑顔で言うカナタに、ジュプトルはホッとしたような表情を見せた。
あれだけ落ち込み心を折った様子を見た後では、その行き当たりばったりがいっそ頼もしく思える。

再出発に際して、カナタは再び103番道路へ行ってみる事にした。
初めてのトレーナーバトルを行った場所。
そしてあそこからはえんとつ山を望める。
もう一度目にして、改めて決意を固めたかった。

101番道路を北上し、コトキタウンを抜け、103番道路へ。
奥のユウキと初バトルをした場所へ行くとやはり、遙か遠く目に映る雄大な火山。


「受け止めて受け入れないとね。グラエナと、オオスバメと、マッスグマの為にも」


自分の不注意で重傷を負ったポケモン達。
彼らの住むこの土地を、世界を、守るために。


「……なんて格好つけたって、結局一番の理由は自分の我が儘なんだけどね。旅を続けたいっていう」


いたずらっぽく笑うと、ジュプトルもニッと笑んでくれた。

……と、そんなふたりの耳に届く水音。
それは103番道路の東側に広がる海から聞こえて来た。
何だか気になって足を向けてみると、そこには一匹のポケモン。


「あれ? あなた確か、ホエルコ、だったっけ。……もしかしてあの時の?」


ハギ老人の船でムロタウンからカイナシティを目指していた時、船から落ちたカナタを助けてくれたホエルコ。
同じ個体かは分からないが、図鑑に載っている平均サイズの半分も無いこの体長……同じである可能性は高いだろう。


「また会うなんて奇遇ね。ひょっとして、乗せてくれちゃったり、する?」


冗談半分、本気半分で微妙な笑いを浮かべながら言うカナタ。
するとホエルコはくるりと背を向け、ヒレで自分の体をピシピシ叩いた。
……これは、もしかしなくても。


「お、お邪魔します」


サイズ的にカナタ一人しか乗れないので、ジュプトルをボールに戻しホエルコの背に乗る。
すると思ったよりも速い速度で水を掻き分け進み始めた。


「わ、わわ、すごーい!」


遙か遠く水平線にうっすら見える対岸を目指し、海を行く。
マップを確認すると、向こうはどうやらカイナシティの北、110番道路に繋がっているらしい。
空の蒼と海の青に挟まれ、受ける風にカナタは気分爽快。

そう言えば、この子と最初に会った時の自分はまだ海を怖がっていた。
一人しか乗れない桶のようなサイズのポケモンの上では海面スレスレだというのに、今は少しドキドキするくらいで拒否反応は出ない。
ユウキ達に特訓して貰った成果……やはりあれは自分の為になった。
ようやく、この雄大なホウエンの自然を素直に感じ受け入れられるようになったという事。


「(やっぱり、私はこの世界を守りたい。絶対に変えさせたりなんかしない)」


改めてカナタは誓う。



1時間程は海の旅を楽しんでいただろうか、やがて対岸に辿り着き、カナタは岸に上がる。


「ありがとうホエルコ、助かっちゃった」


カナタが笑顔で告げるとホエルコは少しだけ悲しそうな顔を見せた。
あれ、と思ったのも束の間、すぐに背を向け去ろうとするのを慌てて引き止める。


「ま、待って。良かったら一緒に来ない?」


我ながら図々しい提案だとは思ったが、こんな風に野生のポケモンが直接人の助けになってくれたのは気になる。
ゲットする前から懐いていた手持ち達に重ねて、この子も一緒に来てくれればと思ったが。
ホエルコは相変わらず悲しそうな顔でカナタを見るばかり。
何か傷付けるような事をした覚えの無いカナタは困惑した。
そうしている間に今度こそ背を向けたホエルコは海中に潜って去り、海面は何事も無かったかのように静まり返る。

呆然とホエルコの居た方を見ているとボールが揺れ、勝手にジュプトルが出て来た。
そちらを見ると彼までも何だか悲しげな表情。


「……うーん。さすがに図々し過ぎた、のかな」


少し控え目にそう言うと、ジュプトルは首を横に振って否定する。
ゲット前のポチエナ達と何やら会話していた事もあるし、彼は野生ポケモンについて何か知っていそうだ。
カナタの手持ちになってくれそうなポケモンが分かるのだろうか?
エスパータイプでもないのにそんな予知能力があるとするなら驚きだが、ジュプトルは何も言わないし、そもそも人の言葉を話せない以上、そんな複雑な話は出来ない。
カナタは諦めて出発した。


++++++


カナタが改めて目指していたのは、ジムがあるフエンタウン。
さすがに遠く、ミシロ出発から1日で着けそうになかったので途中キンセツシティで一泊。
翌朝にキンセツを出発し、トレーナーバトルや探索をせず一気にえんとつ山を目指したお陰か、昼過ぎにはロープウェイ乗り場に辿り着く。
ここから一旦えんとつ山の頂上まで登り、そこから山道を下るのが一番フエンタウンに行き易いルート。

以前はアクア団との戦いがあった為に、ゆっくり見られなかった頂上とそこからの景色。
眼下に広がるホウエンの絶景は、カナタの目と脳と胸を容赦なく刺し貫く。
愛しい、とにかくこの世界が愛しい。
ぱらぱら降り続ける火山灰にも構わず眺望に夢中になっていたカナタだったが、ジュプトルが頭に積もっていた灰を払い落としてくれて我に返る。


「すごいね。なんか見てると泣いちゃいそう。私、本当にこの世界が好きなんだなあ」


独り言のようでもあり、ジュプトルに語り掛けるようでもある言葉。
ジュプトルは黙ったままカナタを見つめ、次いで彼女と同じように眼下の絶景を見渡した。
彼もまたカナタと同じようにホウエンを、カナタと出会い共に過ごせるこの世界を愛している。

結構な時間 景色を眺めていたが、そろそろ進もうかと山道を下り始めるカナタ。
その山道からの景色も申し分なくてついつい足下が疎かになり、転びそうになったりも。
デコボコ山道なんて名前が付いているその道の地形は、読んで字の通り。

山道で探索したり様々なトレーナーと戦ったりしながら下って行くと、やがて硫黄の臭いに別のものが混ざり始める。
眼下には暮れなずむ山間の町。
その町はあちこちから湯気が立ち上り、カナタは目を輝かせた。


「温泉だ!」


辿り着いたフエンタウンは効能の良い温泉が沸き出しており、ホウエン屈指の人気スポット。
早速ジムへ挑戦しに来た事を忘れ去り、ポケモンセンターでジュプトルにジムの冊子を手渡されてようやく思い出す有様。
しかし内容を確認した途端、カナタの頭はスッと冷えた。


「フエンタウンのジムは……炎タイプ!?」


今の手持ちはジュプトル・キルリア・ライボルトの3匹だけ。
効果的な攻撃の出来るタイプはおらず、この中で一番の力を持っているジュプトルには炎タイプの攻撃が効果抜群だ。
これはまずい。
戦略によってはタイプの相性を凌駕できる事もあるらしいが、まだまだカナタはそんな段階ではない。
元々、3匹減ってしまったのでまた新しくポケモンを捕まえなければと思っていたし、まずはジムへ挑戦する前に新しいポケモンを探す事にした。

ポケモンセンターに宿泊して翌朝、もう一度デコボコ山道へ行こうと町の外へ向かい歩いていると、旅先でもすっかり見慣れた少年の姿。


「あ、ユウキ君」
「カナタさん!」


カナタに気付くと駆け寄って来て、ホッとしたような表情を見せる。


「良かった、元気そうで……。……いやさ、ほら、グラエナとオオスバメがあんな事になっちゃっただろ? カナタさん、あの後ちゃんと旅を再開できたかなって、ちょっと心配だったっていうか……。ミシロに帰った後、もう旅をやめちゃいそうな雰囲気に思えたから」
「え。そ、そう?」


まさか見透かされていたとは思わなかった。
確かにカナタはミシロタウンに帰った後、旅を諦めようとしていた。
だけれどあの謎の少女の声と会話し、考え、こうして再び冒険へ足を踏み入れている。


「もしかしてこれからフエンジム?」
「そのつもりだけど、手持ちが減っちゃったから新しいポケモンを探そうと思って、今から行く所」
「あ、それならこれ使いなよ」


ユウキが手渡してくれたのはゴーグル。
防砂用のもので、これがあれば111番道路の砂漠へ比較的 楽に入れるという。
砂漠……また新しい出会いがありそうだ。


「ありがとうユウキ君!」
「どういたしまして。やっぱりカナタさんが落ち込んでるとオレも辛いっていうか、カナタさんには笑っていて欲しいっていうか……」
「え」


思わずきょとんとしてしまった。
つい口を突いて言葉が出たのであろうユウキはそこで会話が止まると思っていなかったらしく、みるみる頬を赤く染めて顔を逸らす。


「じゃ、じゃあオレ行くから! もうちょっとフエンを拠点にするつもりだからさ、また何かあったら声かけてよ!」
「あ、うん、気を付けてね」


呆然としたままユウキを見送り、彼の姿が見えなくなってからようやく照れが襲って来た。
何だか物凄い事を言われたような気がして視線を落とす。


「あ、あー、行こうかジュプトル。戦力を増やさないとね」


少々どもりながら言うカナタ。
ジュプトルは気付かない振りをしてくれたようで、特に反応を示さなかった。



そういう訳で訪れた111番道路。
近付いただけで舞う砂が壁のように行く手を阻んでいるのが分かる。
カナタはユウキに貰ったゴーグルを装着して隣のジュプトルを見やった。


「ジュプトルはゴーグル無いけど大丈夫? ボールに戻ってた方が良いんじゃない?」


そんな気遣いも無用だと言わんばかりに鼻を鳴らすジュプトル。
もうカナタもほぼポケモンが平気になったが、それでも彼はボールの中に戻ろうとしない。
それが有難いやら情けないやらで、カナタは困ったような笑顔を浮かべた。

旅人の歩みを止めるのは吹き荒れる砂嵐ばかりではない。
足下が不安定な地帯も多く、油断すると足を取られてしまう。
隣のジュプトルに密着して支えて貰いながら、何とか進んでいる状態のカナタはついつい泣き言。


「うわーんもう、想像したより辛い! 早く帰って着替えとお風呂入りたいよ……」


吹き荒ぶ砂嵐のせいで、髪も服もその下も靴の中も惨憺たる有様。
じゃりじゃりと嫌な感触までして来て、あまり持ちそうにない。
こんな所にこそ珍しいポケモンが居るのではないかとも思うが……。


「うわっ!?」


突然、カナタの片足が砂に埋もれて動かなくなった。
勢いのまま転びそうになった所をジュプトルに支えられた瞬間、足下の砂がずりずり動き始める。
その動きは一定の方向に向かっていて……。


「ちょ、ちょっと待って! これって蟻地獄!?」


途端に現れるすり鉢型の穴。
その中央へ向かって吸い込まれて行くカナタの体をジュプトルが必死で引っ張るが、彼もまた少しずつ引き寄せられて行く。
踏ん張れば踏ん張るほど足下の砂が穴の中央へと流れ、益々捕らわれた。
人一人吸い込めそうな穴の大きさ……中心で待ち構えているだろう主は、カナタの世界で見るようなアリジゴクとは比較にならない大きさのようだ。
本気で血の気が引いて必死にジュプトルの手を握るカナタだが、ふと、この手を離せば身軽な彼は助かるのでは、と思う。


「離してジュプトル、キルリアとライボルトもボールから出して逃がさなきゃ……!」


そんな事を言われたって、当然ジュプトルに離す気はさらさら無い。
今ボールの中のふたりだって同じ気持ちだろう。
離すどころか更に強く握られた手。
命を賭してでも助けようとしてくれる事に感動すれば良いのか、逃げてくれない事に絶望すれば良いのか分からなくなった頃、不意に流砂が止まった。
え? と思ってそちらを見ると穴の中央から何かが飛び出し、カナタの上へダイブ。


「うぐふっ」


結構な重量による衝撃で呻いてしまった。
見れば、丸い大きな頭に大きな顎を持つ生き物……きっとポケモンだろう。
その大きな顎に恐怖を覚えないのは、この子が妙にデフォルメされたような可愛さを持つから。
図鑑を向けるとナックラーというポケモンらしい。
元々かもしれないが、キラキラした目をカナタへ向けるその様子からは敵意など微塵も感じない。


「……えっと、私達を食べる気じゃないのよね?」


恐る恐る訊いても、首を傾げて不思議そうな雰囲気を出すだけ。
もしかして引き止める為に蟻地獄を使ったのだろうか。
ぐりぐり体を押し付けて来るナックラーに困ってジュプトルを見ると、彼は以前ポチエナ達にそうしたようにナックラーと何か話し始める。
暫くの後、カナタに向かってナックラーを顎で示した。
これはもしかして、捕まえろと言っているのか。

図鑑によればナックラーは地面タイプ。
これから向かうフエンジムの炎タイプには打って付けだ。
カナタは少し躊躇いがちにボールを取り出すと、その大きな頭にコツンと押し付ける。
すぐさまボールに収まったナックラーは、特に抵抗も見せずゲットされた。

本当に何なのだろう。
ジュプトルは一体、カナタの手持ちに入ってくれるポケモン達に何を話しているのだろう。
助かるので文句を言うつもりは無いが、気になるものは気になる訳で。


「(……いつか教えてくれるかなあ)」


ちらりとジュプトルを見やると、少々気まずそうな表情。
責める気は無いので彼が変に罪悪感を抱かないよう、すぐに視線を逸らした。
今は悩むより、ナックラーをジム戦に出せるまで鍛える事が重要だ。


++++++


ナックラーを捕獲して一週間。
バトルを重ねて特訓し、地面タイプの技も増えてからジムへ挑戦したカナタは、首尾良く4つ目のバッジを入手した。
今回活躍してくれたのは勿論ナックラーと、そして……。


「先陣ありがとうね、キルリア……ううん、サーナイト」


キルリアが進化したサーナイト。
そのすらっとした容姿はもはや完全に“大人のお姉さん”。
頼もしい姉が出来たような気分になってついつい頬が緩む。

いつも通りポケモンセンターの宿に帰って手持ち達とスキンシップして……と、する所だが、ここはホウエン有数の温泉地。


「と言う訳でちょっと奮発しちゃいましたー!」


ジム勝利の祝いも兼ねて、ポケモンセンターで借りられる無料の宿ではなく、温泉旅館に宿を取る事にした。
初めて体験する畳の部屋に手持ち達は興奮した様子。
ライボルトが軽い笑顔を浮かべながらそわそわして部屋をうろつき、ナックラーが気持ち良さそうに畳に転がり、サーナイトは縁側に座って遠く山々の景色を堪能している。
ジュプトルも部屋を形成する木々の香りが良いのか、気分良さそうに壁へ寄り掛かっていた。
こんなにポケモン達が気に入ってくれたのなら、今度はグラエナ・マッスグマ・オオスバメも連れて来てあげたい。

カナタは畳に転がっているナックラーの元へ行くと、その体や大きな頭を撫で始める。


「今日はお疲れ様ナックラー。私達には慣れてくれた?」


まあ慣れたも何も、最初に出会った時からだいぶ友好的だったが。
“素直”な性格の為か先輩ポケモン達にも可愛がられているようで、問題は無さそう。
撫でられて嬉しそうに目を閉じたナックラーを見ていると、ふと頭に軽い感触。
見ればジュプトルが背後にやって来てカナタの頭を撫でていた。


「え、え? どしたのジュプトル。まさか褒めてくれてるの?」


肯定するようにニッと微笑んで、ジュプトルは変わらず撫で続ける。
こうして頭を撫でて褒められるなんてどのくらい振りだろうか。
あからさまな子供扱いのようでもあるが、嬉しいものは嬉しい。
気付けばサーナイトとライボルトも側へ寄って来ていた。


「……ふふ、ありがと、みんな」


持ちつ持たれつ、この関係が一番いい。

家族風呂を借り手持ち達と一緒に入浴して、夜。
フエンの温泉は様々な効能があるようで、やはりグラエナ達も湯治として連れて来てあげたかったなと思う。
家族風呂は時間制でポケモン達を洗うのを優先していた為、ゆっくり入れなかった。
時刻は10時。
まだ露天風呂が開いているようなのでポケモン達を休ませ一人で来てみる。
入浴しているのも一人だけのようで、ほぼ貸し切り状態。


「あれ? あの人ってもしかして」


その先客に直近で見覚えがあった。


「アスナさん?」
「え。あなたは今日の挑戦者さん! カナタさんだっけ」


フエンジムのリーダー・アスナだ。
祖父からジムを継いであまり日が経っていないようで、今日のジム戦もガチガチに緊張していた。


「びっくりしたー。まさか地元の人が宿に来るとは思ってませんでした」
「ここの経営者さんとおじいちゃんが友達で、たまに温泉に入れて貰うんだよ。ここちょっと高台にあって景色いいでしょ? 今日は遅くなっちゃったけど、星も良く見えるし」
「ですねー。温泉が近くにあると良いですよねぇ、羨ましいなあ」


今日はそれなりの激闘を繰り広げた訳だが、こうしてのほほんと話し合える。
それからたわい無い談笑なんてしていたけれど、ふとアスナが真顔になって妙な話を始めた。


「そう言えばカナタさんって、カナズミとムロ、あとキンセツのジムに行った?」
「行きましたよ。どうかしました?」
「いやあね、先週ジムリーダーの会合があってさ。ふとツツジがあなたの事を話したんだ。初対面なのに既知の気がする不思議なトレーナーだって」
「え……」


確かにカナズミジムで彼女に勝利した後、そんな事を言われた気がする。
しかもそれは彼女だけではないらしい。


「そうしたらトウキとテッセンさんまで同じ事を言い始めて。不思議な事もあるもんだって」
「ア、アスナさんは?」
「あたしはその話を先に聞いてたから先入観もあったと思うけど……感じるよ、どっかで会ったかなって。で、戦ってみて理由が少し分かった」
「ほんとですか!?」
「うん。……トウカシティのジムリーダー、センリさんを思い起こさせるんだ!」


……。


自信満々に言葉を放つアスナだったが、カナタは何の反応も出来ず固まってしまった。
その微妙な空気が伝わったか、温泉に浸かっているから、だけではない理由でみるみるアスナの頬が赤く染まる。


「え、えぇーっと、あれ、違ったかな……似てるような、そんな、気が、するなぁーって……」


言葉尻がだんだん小さくなり最後には消え入る。
カナタはセンリの戦っている所を見た事が無いので比較は出来ないが、少なくともその理由は完全に予想外だった。
どこか似てるんですか? と訊いても、アスナの言葉は要領を得ない。


「ど、どこがって言われると困るなあ……。何というか雰囲気がって言うか……あー、そのー……」


再び小さくなる言葉尻、そして消滅。
アスナは相変わらず真っ赤な顔を俯けて、ごめん忘れてと呟くように言った。


「うーん、そうだと思ったんだけどなあ。質問されると答えらんないや」
「でも、もしかしたらジムリーダーの皆さんが知っている人物に似ているとか、そういう可能性があるって事ですよね」
「そうだね。どっかで見たような気がするのは確実だよ」


見た事ある気がするのに分からないという事は、ドッペルゲンガーのようにそっくりな訳ではなく、雰囲気やちょっとした仕草、顔のパーツ等が似ているのだろうか。
世の中には3人くらい似たような顔の人物が居ると聞くが……こうなっては気になる。
旅を続ければいつか会えるかな、なんてぼんやり考えていると、アスナが話題を変えた。


「それにしてもカナタさんの戦い、色々と参考になったよ」
「え? 私の戦いが?」
「うん。あたし、ジムリーダーになり立てだからってちょっと無理してて。だけどカナタさんの戦いを見てると、凄く一生懸命って言うか……」
「一生懸命なのはアスナさんもでしょ」
「そうじゃなくて。他に惑わされず、自分自身の先を真っ直ぐ見てるみたいで。“一所懸命”って所かな」
「そ、それは余裕が無くて必死なだけじゃ……」
「違うと思うよ。“余裕が無くて必死”なあたしから見て参考になるくらいだから」
「……そう、ですかね」
「そうそう。やっぱ自分らしくでないと、一緒に戦ってくれるポケモンも困っちゃうよね!」


自分ではよく分からないが、ジムリーダーに参考にして貰えるくらいの戦いが出来ていたとすると照れ臭い。
アスナの話し方からしてバトルの技術ではなく、姿勢と心構えの事だろうが。
いつも助けてくれるポケモン達へお返しが出来る存在に近付きつつあるだろうか。


++++++


翌日、宿を出たカナタが探すのはユウキ。
色々と助けて貰ったり心配を掛けたりしてしまったし、フエンに来てから会う度 気に掛けてくれるので、発つ前に挨拶ぐらいしておきたいと思ったから。
ポケモンセンターへ行き併設されているカフェテリア方式のレストランに行くと、窓際で食事中のユウキを発見して近寄る。


「ユウキ君、おはよう」
「カナタさんにジュプトル。おはよう。ジムの方はどう?」
「昨日勝っちゃったよ! ユウキ君がくれたゴーグルで砂漠に入って、ナックラー捕まえたの」
「ナックラーは地面タイプか、炎には有効だな。役に立ったなら良かった」
「うん、本当に助かったよ、ありがとう。そろそろフエンを発とうと思って」
「今バッジは4つだっけ? 順当に行くなら次は……センリさんのトウカジムか。えっと……オレもちょうどミシロの方に戻ろうと思ってんだけど……どうする? 良かったら一緒に行く?」
「そうなの? それならご一緒させて貰おうかな」
「そ、そっか! じゃ行こうか!」


断られなかった事に安心したのか、ユウキは少しどもりながら嬉しそうに言った。
彼が支度に行ったのでポケモンセンターのロビーで待ち合わせ、フエンを出発する。


「どこからミシロの方に帰るの?」
「カナタさん、カナシダトンネル知ってるだろ。あそこは大きな音に反応するポケモンが居て工事を中断してたんだけど、人力でずっと掘ってたらしくて。つい数日前に開通したらしいよ」
「え、そうだったんだ! それならホウエンの西側と行き来するのが楽になりそうね」
「……そう言えばカナタさん、ミシロからこっちにどうやって来たんだ? ハギ老人の船?」
「あーっと、それは……103番道路の東の海から……」
「あー、あそこならミシロからそう遠くないな。でも水ポケモンが居ないのにどうやって」
「……野生の」
「え?」
「や、野生のホエルコの、背中に、乗せて貰って……」


何となく気まずくて俯き気味に言ったカナタを、ユウキは固まった表情のまま見つめる。
まさか、と思うが、カナタがそういう嘘を吐く人とも思えない。


「す、すげー……。そいつ捕まえた?」
「ううん。捕まえようと思ったんだけど逃げられちゃった」


あの時の事を思い出すと少し恥ずかしい。
ポチエナ達のようにすんなり仲間になってくれると思ってしまっただけに、調子に乗っていたかなと。

改めて2人はホウエンの西側を目指し出発する。
山を下り112番道路を南へ抜け、キンセツシティから西へ。
117番道路を登って行くと高原の町シダケタウンに到着し、そこでユウキがここからの行動を訊ねて来る。


「どうする? そろそろ夕暮れ時だけど、もうちょっと進むかシダケで一泊するか」
「もうっちょと進んじゃおうか。今から行けば、そこまで遅くならないうちにカナズミシティに着けると思うし」
「下手したら野宿になるかもしれないけど?」


ちょっとからかうように言うユウキに、平気だよ、と笑うカナタ。
あれだけ野宿を嫌がっていたのにすっかり恐怖は無くなり、今なら楽しめそうだ。
勿論、出来る事ならベッドでゆっくり寝たいが。


「カナタさん、どんどん強くなってくなぁ。オレまだバトルでカナタさんに一勝もしてないのにさ」
「色んな人やポケモン達に助けられたお陰だよ。勿論ユウキ君にもね」
「……そっか」


突然、ユウキの表情が悲しそうに伏せられた。
え? と思ったのも束の間、すぐ明るい笑顔に戻る。


「じゃあ遅くならないうちに行こうか」
「あ、ちょっと待って。せっかくシダケに来たからミツル君に挨拶して行きたい」
「……ミツル?」


誰それ? と言いたげなユウキに、トウカシティで出会った男の子だと説明する。
病気の療養の為にシダケの親戚の所に来ている彼は、少しは元気になっただろうか。
以前に会ってから一ヶ月以上が経過していた。


「センリさんに頼まれてポケモン捕まえるの手伝ってあげたり、バトルもしたんだよ。私の旅の話も楽しそうに聞いてくれて、いつかライバルになりたいとまで言ってくれてね」
「……ふーん」
「ごめんね、ちょっとだけ時間貰える?」
「いいけど……」


許可を貰ったので手早くミツルの親戚の家を訪ねる。

……が、そこでミツルのおじさんに衝撃的な話を聞く事になった。
なんとミツル、つい先日に修行をすると言って親戚の家を飛び出してしまったらしい。


「た、体調の方は大丈夫なんですか?」
「それがね、君がシダケを発った日からみるみる体調が良くなったんだ。あの子にあそこまでの生きる力と希望を与えているのは、きっとポケモンなんだろうね……。あと、君もね」
「え?」
「君にポケモンの事で諭して貰った事、旅の話を聞かせて貰った事を嬉しそうに何度も語ってくれたよ。体を良くしてカナタさんみたいに旅に出るんだ、って意気込んでたから」


そう言われ、照れで胸が高鳴る。
自分が誰かの助けになるというのは、こんなにも嬉しい事。
突き詰めて言うとミツルに勇気を与えて親戚の家を飛び出させてしまった訳だが、それについておじさんは責めなかった。
ミツルの事は心配だが、彼が元気になってくれた事の方が嬉しいのだろう。
旅に出たのならいつかどこかで会うかもしれない。

親戚の家を後にし、カナシダトンネルへ辿り着いたカナタとユウキ。
洞窟の中を歩きながら、ふとユウキが口を開く。


「カナタさんって、結構いろんな人と親しくなってるんだな」
「そうかな? そこまででもないと思うけど……」
「……じゃあ、あのダイゴって人何なんだよ」
「え?」
「えんとつ山に来たあの人。知り合いなんだろ?」


彼については、どう言えば良いのか。
デボンコーポレーションの社長に預かった手紙を渡した人。
ただそれだけの人だ。
……それだけの人の筈なのだが。


「何であんなにカナタさんの事を気にかけて、あんなに優しくして……まるで自分は何もかも知ってるみたいな事まで……!」
「ユ、ユウキ君どうしたの。ダイゴさんはその……私も、どうして親切にしてくれるのか分からないの」
「……」
「優しい知り合いのお兄さん、って感じかな、ダイゴさんは……あはは……」


ユウキがまるで怒っているように言うものだから、悪い事もしていないのに冷や汗をかきそうな思いだ。
気まずさを含む沈黙のせいか、ずっと歩き続けているのに時間が止まってしまったような感覚。
さてどう話題を振ろうか、変えようか続けようかとカナタが悩んでジュプトルへ視線をやった瞬間、ユウキがぽつり。


「……オレだってだいぶ親切にしてるのに」
「うん、ユウキ君にも凄く助けられたよ」


言うとユウキが驚いたようにカナタを見たので、聞こえるように言うつもりは無かったのかもしれない。
彼が気まずそうに目を逸らし、これは113番道路の時のように走り去られてしまうかな、と思ったカナタだったが、そうはならなかった。
何故なら二人の前にポケモンの群れが姿を現したから。


「わ、っ! なんか沢山ポケモンが出て来た!」
「こいつゴニョニョだ!」


どうやら、機械を使ったトンネル工事が中断になった理由のポケモンのようだ。
無視しようにも行く手に居るので追い払わせて貰う。


「ジュプトルお願い!」
「行け、ワカシャモ!」


つい今の気まずい雰囲気が嘘のよう。
ポケモンに指示して技を繰り出し、空いた空間を縫って通り抜けようとすればゴニョニョの群れが追い掛けて来る。
逃げながら戦っていると、カナタとユウキに浮かぶのは笑顔。


「ワカシャモ“でんこうせっか”!」
「ちょっとユウキ君どこに“でんこうせっか”してるの!?」
「出口の方!」
「置いてかれたジュプトルあんぐりしちゃってるじゃない! あんな顔初めて見た!」


逃げをメインに笑いながら走る二人と二匹。
やがてゴニョニョを完全に追い払えた頃には、カナシダトンネルの西側出口に辿り着いた。
相変わらず引かない笑顔のまま荒い息を整える。


「あーっ、めいっぱい走ったよもう〜……」
「たまに群れをなして出て来る野生ポケモンいるもんなぁ。あ、お疲れワカシャモ、戻っていいよ」


外はすっかり日が暮れている。
このままだとカナズミシティへ辿り着く頃には日付が変わってしまうかもしれない。


「ここまで来たんだからカナズミまで行く?」
「そうだね。ちょっと早足で行こうか」


そうして出発するカナタとユウキ。
気まずい雰囲気が戻らなかった事に、二人とも心の奥でホッとしていた。





to be continued.....


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