EXTENSIVE BLUE
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カナタ
ハジツゲタウン
バッジ3個

手持ち
ジュプトル♂
グラエナ♂
マッスグマ♀
キルリア♀
オオスバメ♂
ライボルト♂

旅時間:40日目



アクア団からソライシ博士を助けた後、カナタとユウキはポケモンセンターで手持ち達を回復させた。
進化したライボルトを可愛がるカナタを見ながら、ユウキの頭に浮かぶのは113番道路で彼女の手を振り払ってしまった時の事。

触られて思わずあんな行動を取ってしまうほど照れた。
しかし以前にはカナタに触れたり触れられたりする事は何度もあり、特にカイナシティでは露出が少ないとは言え水着の彼女にも触れた。
では何故113番道路で振り払ってしまったのか考えると、ユウキの頭に浮かぶのは一緒に野宿した時の事。
一ヶ月の間 一つ屋根の下で過ごしていたものの、何の仕切りも無い相手が見える近距離で寝た事は無い。

夜中、ふと目が覚めた時に何気なくカナタの方を見たユウキ。
気持ち良さそうに寝息を立てている彼女を目に入れた瞬間、今まで体感した事が無いほど胸が高鳴った。
113番道路を歩いている最中、ふとその事を思い出していた時に触れられた為、凄まじい照れと恥ずかしさであそこまで拒否反応を示してしまった。


「(カナタさんには悪いけど言えないな、恥ずかし過ぎる……。このまま話題に出さず忘れてくれたら良いんだけど)」


一緒に旅をしている訳ではないので、二人で居る間に話題にさせなければ良い。
そのうち忘れ去ってくれれば有難い。


「さて、と。ユウキ君はこれからどうするの?」
「オレは次のジムを目指そうと思ってるよ。キンセツシティの」
「あ、キンセツのジムに挑戦してなかったんだね」
「ああ。行動範囲が広がって楽しくて、ついつい調査を優先させちゃってさ」
「わかるわかる。私もカイナシティとか、ジムも無いのに何日も滞在しちゃった」
「カナタさんはキンセツのジムはもう行ったんだっけ」
「うん。もう少しこっちに居ようと思ってる。次はフエンタウンかな」
「……」


そこでユウキは思い出す。
フエンタウンへ向かうなら一度えんとつ山に登り、山道を下るのが一番いい。
しかしアクア団幹部のイズミという女性は、えんとつ山のエネルギーがどうこう言っていた。
……カナタが首を突っ込まない訳がない。


「……あのさカナタさん。えんとつ山に登る気?」
「? そうだけど。フエンタウンには山から山道を下るのが……」
「アクア団の件、もう忘れちゃったのかよ」
「え、あ、えっと……」


忘れていた訳ではない。
えんとつ山に登ればアクア団と鉢合わせてしまう可能性が高いのは理解している。


「駄目だ、一緒にキンセツへ戻ろう」
「……ユウキ君、さんざん心配かけて悪いと思ってる。だけど私、どうしてもそうしたいの」


カナタの旅の指針の一つ、直感。
ユウキは自分への同意を求めてジュプトルを見るが、彼は複雑そうな顔で首を横に振るばかり。
きっとジュプトルもカナタを山に行かせたくないのだろうが、こうなっては止める手段も無いと言った所か。

ユウキだってカナタをみすみすアクア団に近付かせるような事はしたくないが、彼女の行動を強制するような権限だって持っていない訳で。


「(どうすれば分かってくれるんだよ……)」


失いたくないのに、無事で居て欲しいのに。
カナタが負けると決まった訳ではないし、無事で居られないと決まった訳でもない。
それなのにユウキはこのまま放置すれば、いずれカナタが死んでしまうような気がしてならない。

……放置できないのなら。


「分かった、カナタさんを止めるのは無理だね」
「ごめんね、私の事を考えてくれてるのに……」
「だからオレも一緒にえんとつ山へ行くよ」
「え? わ、悪いよ、迷惑かけちゃう」
「今更だなあ。随分と面倒見てた気がするけど」
「う……」


返す言葉も無い。
迷惑をかけると思っている事が彼の同行を拒否する理由だが、それが無いとなれば拒否するだけの理由はもう作れない。
ここは押し問答になるよりも迷惑承知で同行を頼んだ方が良いだろう。
向こうから言い出したのだから構わない筈だ。


「……お願いします、先輩」
「よし、そうと決まれば……明日、えんとつ山を目指すぞ!」
「あ、明日!?」


カナタとしては今すぐにでもえんとつ山に行きたかったのだが、これはユウキのささやかな抵抗というものだ。
止めるのが無理なら少しでもあの集団と鉢合わせる可能性を減らしたい。
何も何週間も後に行こうと言っているのではないので、カナタもどうにも拒否し辛かった。
ユウキの心配が嬉しくて有難くて、そして申し訳ないから尚更。


仕方なくその日はハジツゲのポケモンセンターに宿泊する。
いつも通りジュプトルと共に寝入ったカナタは、以前に見た夢の続きのようなものを見ていた。

長く険しい111〜113番道路を抜けてハジツゲタウンに辿り着き、流星の滝でソライシ博士をアクア団から助けて……。
また今までの旅を振り返るようなものだったが、今度は少し様子が違う。

そのうちカナタはロープウェイに乗ってえんとつ山の頂上を目指し始めた。
辿り着いた頂上ではアクア団とマグマ団が入り乱れるようにして戦っており、カナタはその間を擦り抜けてリーダーであるアオギリの元へと向かう。
彼は火口へ張り出すように作られた足場の上に居た。
何か会話をしたが内容までは分からない……ただ友好的なものではなかったようで、すぐにポケモンバトルが始まってしまう。

それを勝利し再び何か会話をしていたが、やがてアクア団達が去って行く。
残されたカナタの側にはジュプトルと、バトルで出していたグラエナとオオスバメ。
火口へ張り出した足場の上、妙な機械に取り付けられた隕石。
それを取り外そうとした途端、火口から立ち上る上昇気流にでも煽られたのか、カナタの体がぐらりと傾き……。

それを支えようと飛び出したグラエナが、足場から火口へと落ちて行った。
助けようとしたオオスバメは落ちるような勢いでグラエナの元へと向かい、何とか掴む事に成功したが、とても持ち上げられなかったのか高度が落ちて行き、そして2匹とも煮えたぎった溶岩の中へ……。


「……!!」


余りの出来事に目が覚めた。
飛び起きはしなかったが覚醒直後から目を見開き、荒くなる息を押さえようと必死で片手を口に当てる。


「(なに、今の……予知夢?)」


明日えんとつ山へ行くというのに、かなり具体的な夢を見てしまった。
今のが予知夢だとしたら山へ行くのは取り止めにした方が良いのかもしれないが、夢は夢だと割り切る事も出来る為どうにも決断できない。
何よりカナタはもう、直感で山へ行かなければならないと思っている。


「(……夢、だよね、ただの。予知夢なんて見た事ないし)」


自分に予知夢を見るような能力なんてある筈が無い。
そう自己完結してカナタは再び眠ろうと目を瞑る。


「(うう、寝られそうにない)」


……が、悪夢のせいで、寝入るまでに時間が掛かってしまうのだった。



翌日カナタとユウキは来た道を戻り、炎の抜け道を抜けた先、112番道路にあるロープウェイ乗り場までやって来た。
以前に見たアクア団が道を塞いでいる様子は無い。
ジュプトルはカナタの隣、神妙な顔で山を見つめている。
他に客が居る様子は無く、二人だけでロープウェイに乗り込んだ。


「すっごーい、良い眺め!」


今の状況も追いやり、隣のジュプトルに凄いね凄いねと言い続けるカナタ。
そんな彼女を見るユウキに浮かぶのは微笑ましい気持ちだけ。


「えんとつ山は1500mあってさ、ホウエンでトップクラスの山なんだ。オレもこうして実際に登るのは初めてだな」
「へえー、そんな山の頂上まで気軽に行けるなんていいね。麓に見えるのがフエンタウンかな? 向こうの高原にあるのがシダケタウンで……、あ、遠くに大きな建物が見える! きっとキンセツシティだ!」


カナタのこういう面は本当に子供に見えるけれど、素直というのは大体 美点なので、見ていて嫌な気分にはならない。
大人になりたいと本人は言っていた気がするが、そうなって今のような素直で可愛らしい面が失われるのは惜しいとユウキは思う。

……思って、カナタの事を“可愛らしい”と評価した自分に気付き、またも一人で悶々と照れる羽目になってしまったのだが。


辿り着いたえんとつ山の頂上。
活火山というだけあって、ロープウェイ乗り場の建物を出た途端むわりとした熱気に包まれる。
しかしそんな事よりもカナタ達の関心を奪ったのは。


「あ、あれはアクア団と……マグマ団!?」


青を基調とした団員服のアクア団と、赤を基調とした団員服のマグマ団が、あちこちで入り乱れるようにして戦っている。
そこからずっと遠く、火口へ張り出すように作られた足場の上にアクア団リーダーのアオギリが居るのが見えた。
側には妙な機械があるようで……良からぬ事をやろうとしているのは明白。


「止めなくちゃ……! ユウキ君、行こう!」
「ああ!」


二人はアオギリ目指して走り出す。
気付いたアクア団が二人を捕らえようとするが、そうする度にマグマ団に邪魔され上手く行かない。
中にはマグマ団にすら二人を捕らえようとする者も居たが、そちらも同様にアクア団の攻撃を受けて無理だった。


「お前らは勝手に潰し合ってろよっ!」


敵を抜き去りながら小馬鹿にしたように告げるユウキの言葉を聞きながら、カナタは前方に、流星の滝で会ったマグマ団リーダーのマツブサの姿を見つける。
複数を同時に相手しており余裕が無いようだが、助けているような暇はこちらにも無い。
彼を抜き去る瞬間に目が合ってしまい気まずかった。

アオギリの元を目指している最中、聞こえてきたアクア団とマグマ団の言い合い。
それによるとどうやらアクア団はこの火山をどうにかして、海を増やそうと画策しているらしい。


「海を増やすって、どうやって……」
「それが実現するにせよしないにせよ、止めるしかない!」


ポケモンの為に全てを始まりに還す、とのアオギリの言葉が思い出され少し躊躇いが生まれたカナタだったが、ユウキの言葉で何とか迷いを忘れる事が出来た。

自然が豊かで山岳や高原、丘も多いホウエン地方ではあるが、それでも海を増やせば多くの大地が沈む事は避けられないだろう。
陸のポケモン達はどうするのか、と思ったが、人間を排除して残った土地を陸上ポケモンだけの物にするのかもしれない。
カナタは元々この世界の住人ではないが、2ヶ月以上をこの土地で暮らし、今ではすっかり第二の故郷だ。


「(このホウエン地方は沢山の縁で成り立ってる。人間だけじゃ駄目だけど、ポケモンだけでも駄目なのに……!)」


今までカナタは、この世界への想いについて本格的に考えた事は無かった。
しかし大地の多くが沈んでしまうかもしれない、人間が排除されるかもしれないと想像した瞬間に心は決まった。
自分はこの第二の故郷ホウエン地方を愛していると。
人とポケモンが織り成す沢山の縁で形作られた世界を守りたいと。


やがて火口へ張り出す足場の根元まで辿り着いたカナタ達。
そこには昨日戦ったアクア団幹部のイズミが居た。


「アンタ達はッ!? 流星の滝からわざわざ追い掛けて来たのかい?」
「そりゃあな、悪い奴らは止めるしかないだろ!」
「っはー! 全くまあご苦労なこった。……分かった、認めてあげるわよ。アンタ達は大したトレーナーって事。そして……」


そこでイズミがモンスターボールを構える。
呆れたような表情だった彼女は一旦目を閉じ、次に開いた時、その瞳は闘志に燃えていた。


「アオギリ様、アタシ……そしてアクア団にとって邪魔な存在だってね!」
「……!」
「アオギリ様の望む世界はポケモンにとってのユートピア……。理想に突き進むあの人の邪魔をさせるワケにはいかないの! 覚悟なさいな!」


イズミがボールを投げて来る。
その瞬間ユウキがカナタの前に飛び出しホエルコを繰り出した。


「カナタさん、こいつはオレに任せて先に行ってくれ!」
「ユ、ユウキ君! でも……」
「迷ってる暇なんて無いだろ! 早くっ!」


それでも一瞬迷いを見せたカナタ。
ジュプトルがそんな彼女の手を掴み、そのまま引っ張る。
我に返ったカナタはすぐさま走り出した。
今は押し問答をしているような場合ではない。

イズミはカナタを阻止しようとしたが、ユウキに邪魔されそれは叶わない。
思ったより広く頑丈に出来ている足場の上を、溶岩が煮え滾る火口の上という事も忘れて走るカナタ。
視線の先では既にアオギリがこちらを向いてカナタを視線に捉えている。
隣には怪しげな機械……夢で見た物と酷似していて、密かに緊張する。

カナタはやや間を開けた位置に立ち止まった。
アオギリは不敵な笑みを浮かべているだけで、やがてカナタの方から口を開く。


「あなたは、あなた達は何をするつもりなんですか?」
「マグマの奥深くに眠る莫大な力……。それが超古代ポケモンを制御する為の鍵となる」
「超古代ポケモン?」


その言葉をいつだったか聞いた気がする。
少し考え、石の洞窟でダイゴがそんな独り言を言っていたような……と思い出した。
アオギリはカナタの質問には答えず話題を変えて来る。


「しかしまあ……只者じゃねえとは思ってたが、なかなかどうしてモノホンだったぜ。流星の滝でイズミを倒し、更にこんな所まで追って来るったぁな」
「以前にも言いましたが、私はあなた方の主張は理解できます」
「手段に賛同できねえってんだろ? ……そうさな、モノホンのテメェには少しだけ話しておいてやるか」


アオギリが言うには、ソライシ博士から奪った隕石にはある条件で様々な種類に変化する特徴があるのだと。
ある時はメガストーンに、ある時はキーストーンに……。
メガストーンとキーストーンとは何だったかと疑問符を浮かべるカナタだが、ゆっくり考える暇は与えられず言葉は続けられる。


「そしてここ、えんとつ山ならこの隕石は……、っと、いけねえいけねえ。これ以上のネタバレは俺達の物語をつまらなくしちまう」
「な……言う気が無いなら話さないで下さいよ! 気になるじゃないですか!」
「……ククク……くはっ……ふはははははっ! あー、何となくそんな気はしてたが、やっぱ面白ぇ奴だな嬢ちゃん。仲間じゃねえのが惜しい」


思い切り笑われ、場違いに呑気な事を言ってしまった事に気付いて赤くなるカナタ。
からかわれたのか本気で気に入られたのかは分からないが、現状、カナタとアクア団が敵同士である事に変わりは無い。
アオギリはいつも通りの食えない不敵な笑みを崩さずに続ける。


「んまー、取り敢えず細けえ事ぁいいや。俺達には成すべき事があり、テメェはそんな俺達にとってぶっ潰すべき敵役だ」
「……!」
「アクア団リーダーとして、テメェのポケモン諸共バッキバキに揉み潰してやるよ。……来な!」


それが合図。
アオギリがモンスターボールを手にしてグラエナ、ゴルバット、サメハダーを繰り出し、カナタの方はグラエナ、オオスバメ、ジュプトルを繰り出した。
ちらりと昨晩に見た悪夢が頭を過ぎったが、もう気にしている余裕など無い。


「咬み砕いちまいな!」
「ジュプトル“でんこうせっか”で防いで! オオスバメはゴルバットに“つばめがえし”!」


真っ先に向かって来た相手のグラエナをジュプトルが阻止する。
飛び回ってトリッキーに攻撃を仕掛けて来るゴルバットはオオスバメが相手をし、残ったグラエナがサメハダーに噛み付いた。


「随分と根性のあるポケモンじゃねえか、手持ちはトレーナーに似て来るっていうが……益々惜しいぜ」
「あなたこそ、ポケモンの為に行動している人なのに惜し過ぎますよ!」
「分からねえ奴に無理に分かって貰おうとは思わねえさ。止める気も無いがな!」


ジュプトルの“リーフブレード”が叩き込まれ、相手グラエナが吹き飛ぶように倒れた。
すぐさまカナタは対象を変更し、ジュプトルをサメハダーに向かわせる。
ここはタイプ相性を考慮して一体でも減らしておいた方が良い。


「ジュプトルはサメハダーに“リーフブレード”、グラエナは相手グラエナに“ダメおし”!」


これで上手く行けば一気に2体を沈められる。
そう思っていたカナタはアオギリが、タイプ相性の悪いジュプトルがサメハダーに向かっているのを見て笑みを浮かべている事に気付く。
あれ、と思った時には遅い。


「サメハダー“こおりのキバ”!」
「あっ……!」


一瞬だった。
防御を捨てて飛び掛かって来たサメハダーの凍てつく牙に噛み付かれ、氷タイプの技が弱点であるジュプトルが倒れた。
差し違える形で“リーフブレード”を叩き込んだ為に相打ちとなったが、アオギリはそれでも攻撃の手を緩めない。


「グラエナ、“いばる”! ゴルバットは“あやしいひかり”!」


混乱の状態異常を引き起こす技を放たれ、グラエナとオオスバメの様子がおかしくなる。
特にグラエナは群れからの迫害によって同族に大きな闘争心を持っている為、その同族に見下され馬鹿にされた態度を取られた事で一気に激昂した。
目茶苦茶に吠えながら指示も無視して相手グラエナに飛び掛かって行く。


「だ、だめ、グラエナ……!」


このままではバトルの終了を待たずして悪夢を予知夢にしてしまう。
慌てて場に出ている手持ち達を戻そうとボールを手にするが、それを行動に移す前に、いつの間にか側まで這いずるようにして戻って来ていたジュプトルが、カナタの足を掴んで止めた。


「ジュプトル!? どうして止めるの、混乱してるふたりがこんな所で戦っちゃ……!」


言いながら見下ろすと、睨み付けるようにも思える真剣な瞳のジュプトルがそこに居た。


どうして止めるの?
どうしてあのふたりを戦わせたいの?
あなたは何を考えているの?

どうして……。


今まで難色を示しながらも結局カナタの行動を完全には阻止しなかったジュプトルが、今回ばかりはと言いたげにグラエナ達の戦いを続けさせようとする。
彼ならばこんな危険な状況、変えさせると思ったのに。

だがここでこうして迷っている時間が惜しい。
カナタはしゃがんでジュプトルを抱きしめると、有りっ丈の声を張り上げた。


「グラエナーーーッ!! オオスバメーーーッ!! 私の声を聞いてぇぇっ!!」


喉が潰れるんじゃないかというくらいに絶叫すると、「おいおい……」というアオギリの呟きの直後、明らかにグラエナ達の動きが変わる。
滅茶苦茶に吠えて飛び掛かろうとしていたグラエナは急に止まり、正気を保とうとするように頭を振る。
ふらふら飛んでいたオオスバメも我に返ったようだ。

声が届いた。
カナタも調子を戻して真っ直ぐ2匹へ指示を出す。


「グラエナ“かみつく”! オオスバメは“はがねのつばさ”!」
「迎え撃て!!」


上空のオオスバメとゴルバット、足場の2匹のグラエナが同時に衝突する。
時間が止まったように感じたのはほんの一瞬で、アオギリの手持ちは2体とも戦闘不能に陥った。


「やった、勝ったっ……!」
「オウッ!! やってくれんじゃ……ねえか!」


余裕の態度を崩さなかったアオギリが焦燥の色を見せた。
しかしそれも一瞬、すぐ元の不敵な態度に戻る。


「……クククッ、嬢ちゃんよう、テメェやっぱモノホンだぜ……おもしれぇッ!」
「早くこの場から立ち去って下さい、隕石も返して!」
「せっかちは損するぜ。切り札ってのは残しておくもんだろ?」
「!? ま、まだやる気なんですか!?」
「まだ見せてねぇからなぁ、俺とポケモン達の全開を! メガシンカのパワーを! ひっさびさに爆発させてやるかよッ!」
「くっ……!」


メガシンカ、とは博士の研究所で勉強していた時に少し聞いた事がある。
最終段階にまで進化したポケモンの更なる進化の可能性……。
もうジュプトル、グラエナ、オオスバメは戦わせられない。
残ったマッスグマ、キルリア、ライボルトで、さっき以上のポケモンを相手しなくてはならない……!

……が、そうして緊張が走った時。
突然どこかから何かの呼び出し音のような機械音が鳴り出した。
カナタが疑問符を浮かべると、アオギリが舌打ちして懐から通信機器を取り出す。


「嬢ちゃんちょっと待て、タンマだタンマ」
「え……」
「なんだウシオてめえ、今いいところ……、……なにっ!?」


通信に出て何やら話し始めたアオギリだったが、興味を引く話だったらしい。
暫く(相手の声は聞こえないが)相づちを打つように返事をしており、
すっかりカナタの緊張感が解かれてしまう。

やがて通信を切ったアオギリがカナタに声を掛けた。


「悪ィなあ嬢ちゃん、大人の都合ってヤツで勝負はお預けにしてくれや」
「え、あ……?」
「詫びと言っちゃあなんだが、この隕石はテメェにくれてやる。好きにしろ」
「わ、わっ!」


アオギリが側にあった機械から隕石を取り出し軽く投げた。
彼はカナタが落としそうになりながらアワアワ掴んでいる間に手持ち達をモンスターボールに戻すと、隣を悠々と歩いて去って行く。


「んじゃあ、またな。……そのツラ忘れねえぜ」
「……」


擦れ違い際、口元は笑んでいたが見下ろした瞳は鋭かった。
深追いする事は出来ず、その背中を呆然と見送る。
少しして昨日会ったマグマ団リーダーのマツブサがやって来た。
カナタの事をただ者ではないとか、宝玉がどうのこうの言っていたが、カナタの頭にはあまり入って来ない。

呆然として反応も出来ないうちにマグマ団もさっさと立ち去ってしまい、我に返ったカナタは慌てて後を追おうとする。
急に隕石を手放したアオギリ、マツブサが言っていた宝玉……。
どうにも胸騒ぎがするが、すっかり取り残されてしまった。

足場の上を地面の方に向かって走り出すカナタ。
話している間に少し回復できたらしいジュプトル達も追って来る。

……しかし、地面までもう少しという位置。
火口からの熱風に煽られ、カナタの体がぐらりと傾いた。


「あ……」


切羽詰まったジュプトルの鳴き声が嫌に遠い。
代わりに近くで聞こえた音は、足場を全力疾走して来るグラエナの足音。
傾いたカナタを倒れる方から体全体で支え、押し返し……。

代わりに反動を受けたグラエナが足を滑らせた。


「グラエナぁぁっ!!」


足場の下へ消えて行く彼に手を伸ばしても間に合わない。
ふとカナタの横を鋭い風が横切り、すぐにそれがオオスバメだと気付いた。
落ちるような勢いで火口へ向けて飛び込んだオオスバメはグラエナを掴むが、とてもグラエナを掴んで高く飛び上がるような力は無い。
今にも足場から飛び降りようとしたカナタを、追い付いたジュプトルが抱き締めるように引き止め……、

次の瞬間、聞こえるもう一人の声。


「ワカシャモ行けっ!!」


ユウキだ。
彼はワカシャモに命じ、火口に向けて飛び込ませる。
火口の溶岩地帯には所々に岩が突き出しており、ワカシャモがそこに着地した。
その瞬間、耳を劈くようなグラエナとオオスバメの鳴き声が木霊する。

本当に一瞬、心臓が止まったような気がした。
火口の上に居るのに体が一気に冷える。

崖を伝い登って来たワカシャモに担がれ、オオスバメとグラエナは戻って来た。
ただしオオスバメは翼に、グラエナは後ろの両足に、それぞれ大きな火傷を負って。


「いやあぁぁっ!! オオスバメ、グラエナっ!!」
「カナタさん落ち着いて、すぐボールに戻すんだ! フエンタウンのポケモンセンターに運ぼう!」


言われ、震える手で2匹をボールに戻す。
ジュプトルもボールに戻して立ち上がったカナタだが、足が震えて力が入らない。


「あ……うぁっ……」
「カナタさんっ、しっかりしてくれ……!」


照れている場合ではないと、ユウキはカナタの肩を支えるように歩き出す。
カナタも何とか歩を進めようとするが、踏み出した瞬間に膝から崩れる始末。
いっそ自分がボールだけ預かってフエンタウンに走ろうか、とユウキが考え始めた時、ふっと二人を大きな影が覆う。

見上げるとそこには、鋼の体を持った鳥ポケモン・エアームド。
その背には誰かが乗っているようだ。
降りて来たエアームドの背には青銀色の髪をした青年……ダイゴの姿。


「カナタちゃん! 間に合わなかったか……!?」
「な、何だよあんた!」
「彼女のポケモンは!? グラエナとオオスバメは無事なのか!?」
「今からポケモンセンターに連れて行く所だよ、邪魔すんな!」
「……助かった、のか……」


ダイゴは安堵の息を吐くと、震えて反応を見せないカナタの肩を掴む。
思わず体を離したユウキに一瞥もくれず、上から覗き込むようにしながら声を張り上げた。


「カナタちゃん、しっかりしろ!」
「あ……ダイ、ゴ、さん……」
「早くエアームドに乗って。フエンタウンのポケモンセンターへ行こう!」
「は、はい……」
「気をしっかり持つんだ、キミはよくやった」
「だ、だけど、私……私の、せいで……」
「一刻も早く助けてあげるんだ。グラエナもオオスバメもまだ生きているんだろう? それならこんな所で震えて立ち止まっている暇は無い!」


叱咤するように言われ、ようやく足に力が入り始める。
ダイゴに支えられながらエアームドに乗せて貰い、ユウキも連れて素早くフエンタウンへ向かった。

ポケモンセンターに傷付いた手持ち達を預ける。
ジュプトルは回復の機械に乗せるだけで済んだが、オオスバメとグラエナは緊急手術をする羽目になった。

ロビーから入った廊下の奥、ソファーに座って両手で顔を覆い、俯いて黙ったままのカナタ。
そんな彼女の隣に座り背中をさすってあげながら慰め続けるダイゴを、ユウキは内心全く面白くない思いをしながら見ていた。
そんな事を考えている場合ではないが、気に入らない。
急に現れてヒーローのように全てを掻っ攫って行った彼に苛々してしまう。

やがて奥の部屋からストレッチャーに乗せられたオオスバメが、看護士をしているポケモンのラッキーに押されて出て来る。
一目散に駆け寄ったカナタを見上げて鳴き声を上げる彼は、痛々しく包帯を巻いてはいるが意識ははっきりしているようだ。
ジョーイさんは何も言えずに見て来るだけのカナタを安心させるように、優しい口調で諭すように告げる。


「翼に酷い火傷を負っていましたが、命に別状はありません。ただし再び高く長く飛ぶには療養が必要です。旅やバトルを続けるのは難しいでしょうね……」
「そう、ですか……。……あの、ところでグラエナは……?」
「……あの子は……」


ジョーイさんが振り返った先、もう一体のラッキーとストレッチャー。
その上に乗せられたグラエナの姿に、カナタは息を飲んだ。

伏せて寝息を立てているグラエナの後ろ足が、両方とも無い。
代わりに後ろ足の付け根の部分が車輪の付いた台に乗せられている。
それは小さな荷車のようで……元の世界で見た事がある。犬用の車椅子だ。


「……」
「麻酔が効いてよく眠っています。……酷い火傷を負っていた患部ですが……火傷が後ろ足の広範囲に広がって対処の仕様がありませんでした。このままでは後ろ足が壊死し、そこから広がってしまう可能性があったため……」


それ以上は言われなくとも見れば分かる。
カナタは見ている方が参りそうな程に顔を青ざめさせ、糸が切れたようにフッと倒れた。


「カナタさん!」
「カナタちゃん!」


ユウキとダイゴが支えてくれた為に転倒は免れたが、意識を保つのがやっとという状態。
ゆっくりと一歩一歩グラエナに近付き、震える手で体を撫でる。


「あ……あぁっ……グラエナ、ごめ、ん、……ごめん、なさい……」


麻酔が効いて寝ているグラエナは寝息を立てるばかり。
カナタの瞳いっぱいに溜まっていた涙がついに零れ落ち、次々と床に落下して行った。
グラエナとオオスバメへ呟くように謝罪を繰り返しながら、心ここに在らずといった様子で零れる涙を拭おうともしない。

経過観察の為にグラエナとオオスバメは再び扉の向こうへ消えて行った。
じっとそちらを見つめていたカナタに、ダイゴが声を掛ける。


「カナタちゃん、グラエナもオオスバメも助かったんだ。気をしっかり持って」
「……でも、私、が……私の、せいで……」
「大丈夫だ。彼らは生きている。命があれば何度でもやり直せる。だから……」
「どうして責めないんですかっ!」


ずっと呆然とした様子だったカナタが突然大声を上げた。
泣き腫らした目でダイゴを見上げ、悔しそうに顔を歪める。


「私のせいなんです! 私がグラエナとオオスバメをボールに戻さなかったから! あんな危ない場所で……アクア団を追い掛けるのを優先してしまった! 私のせいでグラエナは足を失って、オオスバメも殆ど飛べなくなったのに……! 優しくしないで下さい! お前のせいだって、お前が悪いんだって責めて下さいよ!」
「だけどカナタさん、あの時グラエナ達をボールに戻してたら、カナタさんが火口に落ちてただろ……!」


ユウキの言葉はその通りで、グラエナが居なかったらカナタは火口へ落ちていた。
カナタが落ちていたらワカシャモも間に合わなかったかもしれない。
再び涙を流し始めたカナタは、それでも慰めないで欲しいと言い続ける。


「これで私に責任が無いなら……トレーナーで居る意味なんて無いじゃないですか。手持ち達への責任が無い所には、信頼だって無いでしょう」
「そうだね……キミの言う通りだ」
「こんな失態を犯したのに責められも叱られもしないなんて、あの子達のトレーナーなんかじゃないって、言われてるみたいで……」
「……すまない。ここで慰めてばかりなのはキミの為にならないか。グラエナとオオスバメが助かったと聞いてつい、安心してしまったものだから」


ダイゴは寂しげな笑顔を浮かべた。
そして少し深呼吸して気持ちを整えると、真剣な顔をしながら やや強めの口調で。


「グラエナ達をボールに戻さないと危ない、と思っていたんだね?」
「……はい。思っていました」
「それなのに彼らの安全確保を怠った。間違い無いね」
「ありません……」


夢の話は信じて貰えないだろうから言わない。
ただ事実だけを淡々と告げる。


「今回はキミの命も危なかったから、ボールに戻しておけば良かったとは一概に言えない。だけど今後もこの調子ではやって行けない。キミはあの子達の命を預かっているんだ。危険だと思っていたのに放置するなんて、それは信頼ではなく傲慢だよ」
「ごめんなさい……」
「手持ち達の周囲の状況には常に気を配って、もう二度とこんな事が無いようにするんだ」
「はい」


だいぶ甘いような気もするが、戒めという意味では口に出して告げるのは効果的だ。

その日はフエンタウンに一泊する事になった。
明日グラエナとオオスバメをミシロタウンまで送る。
あの怪我ではこれ以上、旅を続ける事は出来ない。
ミシロタウンまでダイゴが送ってくれる事になり、じゃあまた明日、とポケモンセンターを出て行く彼を追って外に出たユウキ。
すっかり夜になった静かな町の中、不信感を剥き出しにしながら声を掛ける。


「ちょっと待てよ、あんたカナタさんの何なんだ。知り合い?」
「……まあ、少し縁があってね。何度か会った」
「それにしては随分と気にしてるみたいじゃんか。えんとつ山まで追って来て……」
「うーん、追って、っていうのは厳密には少し違うかな」
「は?」
「僕は彼女を助けたいだけさ」
「助ける? 何から……」
「運命から」
「……」


ひょっとして、どこかおかしい人なのだろうかと、いっそカナタに気付かれる前に撃退しておこうかとさえ思ったユウキ。
だがよく見てみればダイゴは真剣な顔をしており、からかおうという雰囲気は一切感じられない。


「いっそ僕がずっとカナタちゃんに付いていれば良いのかもしれないけど、そんな事は出来ないし、彼女の為にもならない」
「……オレに何か手伝える事はある? 出来れば説明して……」
「キミにもカナタちゃんにも、思うままに生きて欲しいんだ。だから言えない」
「何だよそれ……オレじゃ役に立たないって遠回しに言ってんの?」
「違う。大きな仕事を押し付けてしまう大人として、僕には果たすべき役割がある。そしてキミにはキミの、カナタちゃんにはカナタちゃんの役割がある。自分の思うままに生きながらでも良い、それを果たすべきだと言っているんだ」
「……」
「僕は怪しい人に見えるだろうね。だけどカナタちゃんにもキミにも害を為すつもりは無い。既に大きな運命の波に乗っている彼女を助けたいだけなんだ。それだけは信じて……」
「ユウキ」
「え?」
「オレの名前。あんたは確かダイゴだっけ? ……あれ? どっかで聞いたような……」
「ユウキ君だね、分かった」


それを最後に、これ以上 会話は続けないと言わんばかりに去って行くダイゴ。
一体何を知っているのだろうと考え、ダイゴがえんとつ山の頂上にやって来てからの事を思い出していると、ふと、ある事に気が付いた。


「あれ? あの人いきなり“グラエナとオオスバメは無事なのか?”とか訊いて来たよな。2匹ともボールの中だったのに、何で無事じゃないかもしれないって分かったんだろ」


どこかから見ていたのかもしれないが、それじゃまるでストーカーだし、もしずっと見ていたなら助けろよと言いたい。
だが先程の真剣な様子は嘘ではなさそうだ。
カナタが目の前で危機に陥ったら助けるだろうし、それなら一部始終は見ていなかったのだろう。
……じゃあどうしてグラエナとオオスバメの事が分かったのかと、疑問が堂々巡りになってしまう訳だが。


「あーっ、こんなの分からないって! 寝よ!」


取り敢えず今日は妙に疲れた。
休んで明日に備えようと、ユウキは借りたポケモンセンターの部屋に戻って行った。





to be continued.....


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