EXTENSIVE BLUE
EXTENSIVE BLUE

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カナタ
111番道路
バッジ3個

手持ち
ジュプトル♂
グラエナ♂
マッスグマ♀
キルリア♀
オオスバメ♂
ラクライ♂

旅時間:32日目



そよそよと涼やかな風が吹いている。
眠っている時にこんな風に吹かれる経験が今まで殆ど無くて、カナタは不思議に思いながら目を覚ました。
途端に視界へ飛び込んで来たのは、端にちらつく緑の木々、そして何よりも高く真っ青な大空だ。

初めて屋根の無い場所で眠り朝を迎えた気がする。
体を起こすと木に寄り掛かって寝ていたジュプトルが目覚めた。


「おはようジュプトル」


言うと挨拶するように軽く鳴き声を上げてくれた。
それで気付いたのか、すっかり起きてシュラフを片付けていたユウキが声を掛けて来る。


「カナタさんおはよう」
「おはようユウキ君」
「どうだった? 初めての野宿は。良く眠れた?」
「うん。案外熟睡しちゃって……野宿って意外に気持ち良いね」
「まあ温暖な気候のホウエンだから、ってのもあるだろうけど。オレ雪山とかでは野宿したくないなあ」
「うわー……それは私も嫌だ」


想像して寒気がしてしまった。
知識も経験も無い身では死の危険が高すぎる。
ホウエンではそんな状況は無いだろうけれど。

近くに流れていた川で顔を洗い軽く身支度する。
流れる水は美しく澄んでいて、見ていると心まで洗われるよう。
今日は無理をしてでも人里へ辿り着かねばならない……と前日までは思っていたが、野宿が意外に何とかなったので、また今日も外でも良いかな、なんて思ってしまった。

買っておいた食料や近辺の木々になっていた木の実でポケモン達と共に食事を済ませ、改めてハジツゲタウン目指し出発する。
えんとつ山近辺の荒々しい岩肌が多かった道が再び緑に溢れ始め、崖に挟まれた道を抜けると113番道路に到着する。
何故かそこら一帯は薄暗く、空からちらちらと何かが降り注いでいた。


「何これ、雪……? 降るわけないか、色も灰色っぽいし……」
「おおっ、父さんに聞いた話、本当だったんだ!」
「え?」
「これ火山灰だよ」
「火山灰……!」


活火山であるえんとつ山は元気に活動中。
雪のように降り注ぐ火山灰は、辺り一面を灰色に染めて神秘的な光景を作り出していた。
地面も、草むらも、岩肌も、道路を挟む木々も、全てが灰色。


「すごい、こんな景色初めて見た! ねえジュプトル!」


言ってジュプトルの方を見ると、モノクロの世界に迷い込んだような視界の中、瑞々しい彼の緑色が妙に浮かび上がって見えた。
その鮮烈な色に何故かドキッとしてしまい、慌てて視線を逸らす。
逸らした先にユウキが居たので、彼の方に話題を振った。


「そう言えばユウキ君、ハジツゲに用事があるみたいなこと言ってなかった?」
「ああ。ソライシ博士っていう、父さんの研究仲間に会いに行くんだ。隕石の研究ですっげー有名な人で、隕石とポケモンには関係があるとか無いとか……」
「隕石……」


ふと、ダイゴの事を思い出した。
石が好きだという彼はきっと隕石にも興味があるだろう。
ひょっとしたらまた会えるかもしれない。


「(……って、私どうして彼に会いたがってるんだろう)」


格好いい人だったし、一目惚れでもしてしまったのだろうか。
自分で判断できないのは滑稽かもしれないが、彼に惚れたのかどうか本当に分からない。

絶える事なく降り注ぐ火山灰は、煌々と輝く太陽の光さえ遮ってしまう。
その為113番道路は涼しくて、体力の消耗が緩やかになり足取りも軽い。
カナタはぴょんぴょん飛び跳ねるようにしながら灰色の地面に足跡を付けて行く。


「面白い、足跡つけてもちょっと経てばすぐ埋まっちゃうよ!」
「カナタさん、楽しそうだな」
「え、楽しいよ? ユウキ君は楽しくない?」
「いいや楽しいよ。でもそうしてるとオレより年下に見えるなって思って」
「あ、う……」


そこそこ年下の男の子の前で、子供のようにはしゃいでしまった。
急激に恥ずかしくなって跳ね回るのをやめると、ユウキは満面の笑みを浮かべ声を上げて笑う。


「あはは! 別に悪くないだろ! 何でも楽しいに超した事は無いし!」
「で、でも、小さい子供みたいな事しちゃった……大人になりたくて旅に出たのに」
「……大人ってそういう事じゃないと思うよ、多分だけど」


その言葉にカナタはハッとさせられる。
それは勿論、公の場や注目される場での大人が取るべき言動はあるが、こうして見聞を広めながら旅をしている最中に、そんな事は気にしなくていい。
大人だって素直に感動したり喜びを表しても良い筈だ。


「さすが先輩、参考になりまーす」
「ポケモンに関しては先輩だけど、人生はカナタさんの方が先輩じゃんか」
「良いこと言うのに年齢は関係ないよ」


今度はカナタがクスクス笑いながら言う。

こうして見た事も無い景色に出会うと、カナタは故郷の世界での生活を思い出す。
もしこの世界に来なければ、こんな風に見知らぬ景色の中を旅するなんて出来なかっただろう。
旅行になら行けるが数日で帰らねばならないだろうし、自分の足で時間をかけて移動するという事は難しい筈だ。
頼もしいポケモン達が居なくて危険だし、こんな旅をする行動力は持っていなかった。

学校を卒業したら就職して、家と職場を往復して、たまにどこかへ遊びに行く。
結婚して子供が出来れば忙しくも楽しくなるかもしれないけれど、ますます遠くへの旅なんて出来なくなる。
そうして一生、見知った場所だけで単調な生活をしていた筈だ。

それは決して悪い事ではない。
毎日同じ事を繰り返すというのは他人が予想するよりずっと大変だし、仕事してお金を稼いだり家族を持ったりするのは立派な事。
単調でも安定した生活の有り難さが分からない者は小さな幸せにも気付けず、自分に幸せは来ないと嘆いて、己の思い込みで勝手に不幸な人生を歩む事になる。

けれど、それでも。
こうして自分で歩いて移動し旅した先にある感動は、単調な生活では味わえない。
気のせいだろうか、この世界は元の世界よりだいぶ広く感じる。
実際に広いとしても視界は同じなのだから広く感じる訳は無いのに、それでもカナタは、この世界の“広さ”を、ただひたすら感じていた。

カナタはもう一度ジュプトルの方を見る。
……視線を向ける前に、先程の鮮烈な彼を思い出して深呼吸した。
どうしてだかジュプトルを見ると少し緊張する。


「ねえジュプトル。この広い世界、もっともっと一緒に旅しようね」


言うと、彼はニッと笑って小さく鳴き声を上げた。
しかしその頭には火山灰が積もっていた。


「……」


格好つけているらしいジュプトルに指摘できず、笑いを堪えるカナタ。
が、少し経ってからハッとして、自分の頭を軽く払ってみた。
途端に火山灰がぱらぱら降って来たのでユウキの方へ視線を向けると、彼の頭にもやはり火山灰が積もっている。
カナタは結局 放っておけずに、まずジュプトルの頭の火山灰を払ってあげた。
その流れで反対側のユウキの頭に手を伸ばし、火山灰を払う。

……瞬間、ユウキがカナタの手を振り払った。
パシッ、と手を叩かれた形になったが、叩かれたカナタよりユウキの方が驚いた顔。


「あ、え……?」
「……」


言葉にならない声を発したのはカナタのみ。
ジュプトルも突然の事に唖然としているのか、驚いた顔でユウキを見ていた。
誰もが黙ったまま少しも動こうとしない。
それでも時間が止まったように思えないのは、火山灰が深々と降り続いているから。


「……ユウキ君……? えと、ごめんね、触られるの嫌だった?」
「……」


カナタが声を掛けてもユウキは驚いた顔のまま。
しかし次の瞬間、勢い良く顔を逸らしてしまう。


「ごめん……!」
「え、ちょっと!?」


そうしてカナタを見ないまま、その場から走り去ってしまった。
後に残されたカナタは益々驚いて呆然とし、後を追う事が出来ない。
そんなに触られるのが嫌だったのかと思うが、今までのユウキを思い出すとその結論には違和感があった。


「ユウキ君どうしちゃったんだろ……」


困り顔でジュプトルを見ても疑問符を浮かべるだけ。
ユウキの後ろ姿はあっという間に遠ざかり、もう見えない。

ひとまず突っ立っていても仕方が無いので、ポケナビで地図を確認しつつ進むカナタ。
進行方向はユウキと同じ。
きっと彼もハジツゲタウンへ向かっているのだろう。

火山灰が降り注ぐ113番道路にもポケモンやトレーナーが存在している。
草むらから飛び出すポケモンが軒並み灰を被っていたり、灰色の景色の中で傘を差し、レインコートを着た雨天ルックのトレーナーが居たりと、土地だけでなく人や生き物も他では見られない姿をしていた。
こういう発見も旅の醍醐味の一つ。


「ユウキ君もここへ来るのは初めてだったよね? 凄い勢いで走ってったけど、こういうの、ちゃんとゆっくり見たかなあ……」


理不尽な態度を取られてもユウキを心配するカナタに、ジュプトルは感心と呆れと嫉妬が入り交じる複雑な感情を持て余す。
このお人好しな性格のせいで……。
と、考えそうになり慌てて引っ込めた。
結果がどうなったにせよ、彼女を責めるような事はしたくない。


時々トレーナーや野生ポケモンと戦いながら、昼過ぎにハジツゲタウンへ辿り着いたカナタ。

大きめの農村といった趣の町だ。
火山灰土、というものだろうか?
あちこちに畑があるが、一見 作物など育ちそうにない土壌に見える。
作られている作物は根菜中心のようで、町の中心部へ向かう道の両端、作物が実るには厳しく思える景色の中で逞しく成長していた。
中には木の苗が植えられている畑もある。
火山灰の中でも育つような丈夫な苗を栽培しているらしい。

カナタは真っ先にポケモンセンターへ行くと、ポケモン達を回復させてすぐ部屋を取る。
灰塗れのトレーナーが来るのは日常光景なのだろうけれど、受付のジョーイさんに「素敵ですよ」なんてクスリと笑われ少々恥ずかしい。
部屋に入ってすぐさま入浴の準備をしながら、カナタはジュプトルを招いた。


「ジュプトルも洗ってあげるから一緒においで」


彼は一瞬だけ迷うような素振りを見せたが、すぐに応じた。
バスタブにお湯を溜めながらシャワーでジュプトルを洗ってあげると、目を閉じて気持ち良さそうにするのが可愛らしい。
そんなジュプトルは濡れて灰が貼り付いているカナタの髪に気付き、手を出してカナタの髪をわしゃわしゃと洗い始める。


「洗ってくれるの? ありがとう」


向かい合って一緒にシャワーを浴びながら洗いっこ。
嬉しさと照れ臭さで歪む笑顔を浮かべるカナタをじっと見ていたジュプトルは、突然、その目からぼろぼろと涙を零し始めてしまう。


「え、ジュプトル!?」


クールで頼り甲斐があって、でもヤキモチ焼きで可愛い所もあって。
そんなジュプトルの涙を初めて見たカナタはおろおろと狼狽える。
歯を食い縛っているのは涙を止めようとしているのか……。
……いや、何故か“悔しがっている”ように見えた。

なぜ彼が泣いているのか分からないカナタは一頻り狼狽えた後、ジュプトルを思い切り抱きしめた。
言葉を掛けてあげる事も出来ず、ただひたすら抱きしめるのみ。
そうするとジュプトルの方も抱きしめ返して来て、シャワーを浴びながら、ふたりは暫くの間 黙って抱き合っていた。


++++++


のんびりとした時間が流れるハジツゲタウンは、今まで長く滞在したカイナやキンセツとは打って変わって、とても静か。
水はけが良い土地なのか町の中は乾いた印象だけれど、少し町を出れば大きな滝や川があり、その水は美しく澄んでいた。

カナタは主に火山灰の降り積もる113番道路の方へ赴き、野生ポケモンやトレーナー達とバトルしている。
ユウキと別れてから数日は経過しているが、不思議なもので、たいして人の多くない町だというのに一度も会えていない。
町の住人にソライシ博士の家を教えて貰ったが、カナタはその人と知り合いという訳でもないので訪ね辛い。

ハジツゲタウンに辿り着いてから、実に一週間を数えた日。
そろそろ勇気を出して訪ねてみようとソライシ博士の家に向かうと、ユウキがやけに慌てた様子で玄関から飛び出すのが見えた。


「ユウキ君!」
「え……あ、カナタさん」
「そんなに慌ててどうしたの? 何か困り事? 手伝える事があるなら手伝わせて」


その言葉に立ち止まったユウキはぎょっとした表情を見せるが、ふいと顔を逸らすと、あまり感情のこもらない低めの声でぶっきらぼうに応える。


「……カナタさんには関係ないだろ。どっか行けよ」
「え……」
「じゃあオレ忙しいから、邪魔するなよ」
「ユウキ君!」


一週間前のように、ユウキは振り返りもせず走り去る。
嫌われたのかな……なんて傷付いてしまうカナタだが、様子のおかしいユウキを放ってなどおけない。
お節介だの無駄な行動だのの罵倒は事が終わってから受ければいい。
今は何としてでもユウキを追い掛けねばならないとカナタは思った。

キモリを選んだ時のように、
ポチエナを助けた時のように、
デボンの研究員を助けた時のように。

こうしたい、こうしなければならないと思う自分の直感を信じる。
この旅においてカナタが心密かに決めている事だ。

ちらりとジュプトルを見やると、やはり複雑そうな顔をしている。
彼はカナタが何かに首を突っ込んで危険な目に遭うのを快く思っていない。
けれど意思の強い瞳を向けるカナタに諦めたのか、軽く溜息を吐いてからカナタの前に出て先導する意思を見せる。


「ありがとう、ジュプトル」


明るい笑みで礼を言うカナタを見て、この顔には弱いな……と思うジュプトルだった。



ユウキの後を追って町を出、西の方へ進むカナタ。
川を越えると再び緑豊かになるが、暫く進むとまた岩肌が剥き出しの地面に。
ちょっとしたハイキングコースのような軽い岩山を進んで行くと、先の方にユウキの後ろ姿を発見する。


「お前達!? ソライシ博士をどこへ連れて……ちょっ……待てーっ!!」


誰かに向かってそう叫ぶユウキに声を掛ける間も無かった。
彼はまたしても走り去ってしまうが、今の言葉からして、ソライシ博士が誰かに連れ去られてしまったらしい。
“お前達”と言うからには集団で……もしやその集団というのは……。


「……アクア団……」


少々怯んでしまったが、やはりユウキを追うという意思は揺るがない。
カナタは一つ深呼吸すると改めて彼の後を追い掛けた。
この岩山は意外にも平坦な道が多く、登りといえば所々にある階段のみなので見た目より楽だ。

岩肌の高台にはあちこちにクレーターがあり、ここに隕石の落下があった事を示しているが、気にしている場合じゃない。
だがさすがに巨大なクレーターを発見した時は足が止まってしまった。


「凄い……何十メートルある隕石だったんだろう。こんなものが落ちて来たら、ここら一帯なんて吹き飛んじゃうよね」


想像して寒気に身を震わせるカナタ。
大きさによってはホウエン地方、最悪世界が滅ぶ可能性もある。
隕石は地球上の自然災害と同じく、人知を超えた天災。
そんな物への対抗手段なんてほとんど無いだろう。
そのような事が起きないよう祈るしか出来ない。

更に先へ進むと道が無くなり、聳え立つ岩山に入り口。
まさか洞窟とは思っていなかったカナタが意を決して中へ入ると……。


「え……何ここ……!」


薄暗い洞窟を想像していたカナタの目に飛び込む明るい世界。
外より明るいのではないかと思う程なのに、太陽の光とは違い目に痛くない。
地面や壁は外の赤茶色をした土とは違い、明るいクリーム色。
前方で流れ落ちている巨大な滝は、それ自身が光を放つようにきらきらと輝いている。
崖から下を覗き込めば、滝が流れ込む洞窟湖の水がゾッとする程に透き通っていた。

そう言えば、と思い出す。
滞在している間にハジツゲタウンの住民から聞いた、流星の滝。それがここなのだ。
かつてとある民族が住んでいたらしいが、衰退してしまったのだとか。

ふとそこで声が聞こえた気がしてそちらへ視線を向けると、ユウキが誰かと対峙している。
澄み切った洞窟湖の高台に掛かる橋を渡って近付くと、案の定というか……。


「おい、お前ら! ソライシ博士を離せ!」
「ああん? 何だい、このクソ生意気なオコチャマは……」


見慣れた例の組織、アクア団の普通の団員服より露出の高い格好をした女性。
ボリュームのある長い髪と強気な瞳、グラマラスで派手な容姿からは自信が溢れ出ている。
相手は一人ではなく下っ端らしき団員を一人連れていた。
彼女達の奥でおろおろしている白衣の男性がソライシ博士だろう。
アクア団達がモンスターボールを手にしているのが見えて、すかさずユウキの隣にやって来たカナタもモンスターボールを構える。


「!? カナタさん、何で来たんだよ!」
「話は後で! 今はこの人達を何とかしないと!」
「ハッ! アクア団サブリーダーのイズミ様もナメられたものだわねえ。邪魔なオコチャマ達には、たーんとお仕置きしてあげないと……」


アクア団のサブリーダー。
その言葉に怯みそうになったのを必死で押さえて、キッと彼女達を睨み付ける。
そんなカナタの様子を気に入らなさそうな目で見たサブリーダー……イズミは、下っ端に命じて同時にポケモンを繰り出した。
下っ端がベトベター、イズミはグラエナとキバニア。


「(ルール無用って訳ね……それならこっちも!)」


ユウキがワカシャモを繰り出したのを見て、キルリアとラクライを繰り出すカナタ。
こちらもルール無用で行くなら6体全てを出せば良いかもしれないが、如何せん、心の中にある理性が多勢に無勢を拒否している。
切羽詰まればそうもいかなくなるだろうが、今はまだ理性が勝っていた。

キルリアが“めいそう”を始め、それをワカシャモとラクライが守る。
良く育てられた相手のポケモン達が繰り出す強烈な攻撃を傷付きながら防ぎ、少しでもキルリアが長く“めいそう”出来るようにサポートした。
キルリアの持つ技は特殊のものばかり。
特殊技の威力を高める“めいそう”を長く続けられれば、それだけ強くなる。


「忌々しいわねえ! グラエナ、あのキルリアを噛み砕いてやりな!」


イズミが苛ついた様子でグラエナに命じた。
指示を受けたグラエナはワカシャモとラクライの相手をやめ、身軽さを活かして一気にキルリアへと接近する。
それを阻止しようとユウキがすかさず命じた。


「させるかよっ! ワカシャモ“にどげり”!!」


一度目の蹴りはわざと届かない位置で繰り出し、ワカシャモに勢いを付けさせる。
そうしなければ一目散にキルリアへ向かったグラエナに届かない。
勢いが付いた状態で繰り出された二撃目は見事グラエナに命中し、それまでのダメージ蓄積もあってかグラエナは戦闘不能に陥る。
その隙を逃さず、カナタはキルリアとラクライに指示を飛ばした。


「キルリア、ベトベターに“ねんりき”! ラクライはキバニアに“スパーク”!」


長い“めいそう”で著しく攻撃力の上がった“ねんりき”はベトベターを一撃で落とし、電気を纏ったラクライの体当たりも傷を負っていたキバニアを沈めた。
キバニアは“さめはだ”という特性を持ち、物理攻撃して来た相手に傷を負わせるが、ラクライは全く怯む様子を見せていない。

それで手持ちが尽きたのか、イズミが悔しそうな顔で歯を食い縛った。


「くううっ……!? 手を抜き過ぎちゃったかしら……!」
「もう手持ちは居ないんでしょう? 早く博士を返して、ここから去って下さい!」
「こんな小娘にしてやられたなんて……! 隕石とえんとつ山の莫大なエネルギーを合わせれば、あたしらアクア団の望む世界にドーンッと近付く事が出来るんだ! 何も知らないオコチャマ共が邪魔すんじゃないよっ!」


まだ諦めていないのだろうか。
もし応援を呼ばれれば面倒な事になってしまう。
ここはポケモン達に頼んで強行突破してでも博士を取り戻し、すぐに逃げるか……。

そう考えていたカナタの耳に届いた、知らない男性の声。


「フン……子供ふぜいに手こずるとは笑止なり、アクア団の者共よ」


誰もが声のした方を見ると、そちらから数人が歩いて来ていた。
青が印象的なアクア団とは対を成すような、赤が印象的な服装の集団。
先頭に居るリーダー格らしき男は、眼鏡の奥に冷たい目つきを光らせている。
後ろに控える部下らしき者達はフードを被った一見可愛らしい服装だが、その眼光はリーダー格らしき男に劣らず鋭い。

イズミが忌々しそうに口を開く。


「フンッ……! マグマ団まで来やがったか……仕方ないわね。オイ! 取り敢えず隕石を奪っちまいな!」


命じられたアクア団の下っ端はソライシ博士に近寄り、崖の方へ向かって突き飛ばした。


「博士っ!」


ユウキがワカシャモに命じて博士を助けるが、突き飛ばされた時に隕石を落としてしまったらしく、それを拾ったアクア団達はしたり顔。
すぐに駆け寄ったユウキが確認すると怪我はしていないようだ。


「そんじゃーねー! オコチャマ&マグマ団!」


止める間も無く逃げられてしまい、彼女達を見送るしか出来ない。
どうにもならずに先程“マグマ団”と呼ばれていた集団に視線をやると、やれやれといった様子で溜め息を吐いたリーダー格の男に、部下の一人が少々焦った様子で口を開く。


「マツブサ様、逃げたアクア団を追い掛けないと……」
「うむ……」


マツブサと呼ばれた男はアクア団が逃げた方へ歩くが、その先にはカナタ。
彼はカナタの前で立ち止まると、鋭い眼光で睨み付けるように視線を向けて来る。
ジュプトルとラクライはカナタを守るように立ち塞がり、キルリアはカナタの足にぎゅっとしがみ付いてマツブサを睨んでいた。


「……何かご用ですか?」
「私はマツブサ。人間の幸せを追求する為の組織・マグマ団の長を務めている。見た所 貴様らはアクア団と対立しているようだが……、まあよい。アクア団とじゃれ合うのは構わんが、くれぐれも我々の邪魔にならぬよう気を付ける事だな。ものの一秒でも我らに盾突こうものなら、このマツブサ容赦はせぬぞ……!」


きつく言い放ったマツブサは、部下を引き連れて去って行く。
アオギリとはまた別の方向で威圧感の凄い男だった。
止めていたつもりは無いが、まるでそれまで止まっていたかのように息を吐き出すカナタ。
心配顔のジュプトルが背中をさすってくれて、カナタはホッとしたような顔で礼を言う。


「ありがとうジュプトル、いつも心配かけちゃうね」
「くそっ……何なんだよあいつら……?」
「ユウキ君、ひとまず博士をハジツゲタウンまで送らない?」
「え? あ、ああ、うん。博士、しっかりして下さい」


ソライシ博士は隕石を奪われた事が余程ショックだったのか、呆然としてユウキの呼びかけにロクな反応を見せない。
二人がかりで何とか引っ張り、ハジツゲタウンへの橋の辺りでようやく覚醒してくれた。
そこからはしっかりと自分の足だけで歩いてくれたので一安心だ。

博士の家に入ると、中に居た女性が涙を流しながら駆け寄って来た。
感極まって抱き付こうとしたらしいが、後ろに居たカナタ達に気付き慌てて止まる。


「博士……! よかった、博士っ!」
「ハ……ハハ……。この子達のお陰で何とかね」


隕石を奪われたせいかちっとも大丈夫そうじゃない。
それでも少しずつ調子を取り戻して来たのか、ややあってようやく笑顔を見せてくれた。


「君達ありがとうね、お陰でこうして無事に戻って来られたよ」
「いいえ。でもどうして隕石を狙われたんですか?」
「それが分からないんだ。研究に興味があるとか言われはしたけど……」
「博士ったら、自分の研究に理解を示す人にはすぐ心を開いてしまうの」


そう言った女性は困った顔で博士を見ているが、責めるような色は感じられない。
博士が無事で居てくれたら他には何にもいらないの、なんて言う彼女と博士の関係が気になったが、まあ訊くだけ野暮だろう。

落ち込んでいる博士のケアは彼女に任せ、カナタとユウキは家を出た。
かなり気まずそうにしているユウキを見て、ここは自分が仕掛けなければと意を決するカナタ。


「博士、無事で良かったね」
「え……ああ、うん」
「だけど隕石盗られちゃったのが悔しいなあ。アクア団、何を企んでるんだろう?」
「……なんで」
「ん?」


会話に噛み合わない言葉を発したユウキに、カナタが首を傾げる。
それを言ったきり再び黙ってしまったので根気良く彼の言葉を待つと、やがて俯いてぽつぽつ話し始めた。


「何で来たんだよ。何で助けたんだよ。オレカナタさんに酷い態度取ったし、酷い事も言ったのに」
「ユウキ君が急にあんな態度を取るなんて、何か理由があると思ったの。それに困ってる人を助けるのはおかしい事じゃないでしょ?」
「……」
「私が何かやっちゃったんだと思うけど、頭を触った以外に思い当たる節が無いの。あなたは頭を触ったくらいであんな態度を取る子じゃないし……。ごめんね、きっとユウキ君を傷付けただろうに、思い出せなくて」
「違う!」


俯いたままで発した叫ぶような言葉に、カナタは少し体を震わせる。
怒ったのかと思ったが、どうにもそんな雰囲気を感じ取れない。
ややあってユウキは震える声を絞り出した。


「カナタさんは何も悪くないんだ……オレが、怖かったから……」
「怖かった?」
「海の家でアクア団の話を聞いてからずっと怖かった。カナタさんが危ない事に首を突っ込んで、いつか死んじゃうんじゃないかと思えて」


その言葉に、カナタの息が詰まる。
アクア団の事を話してもけろっとしていた彼が、まさかそんな事を考えていたなんて。
どこか泣きそうにも聞こえる声音でユウキは続ける。


「ソライシ博士が誘拐されて……絶対にカナタさんには伝えちゃ駄目だって思った。言ったら絶対に助けに行くから、その前にオレが解決するつもりだったんだ。それなのにカナタさん、仕組まれたようなタイミングで来るんだもんな……」
「だから、あんな冷たい態度を取って私を遠ざけようとしたのね」
「……ごめん」
「ありがとう」


そう言った瞬間、ユウキが勢い良く顔を上げてカナタを見た。
信じられない物でも見たかのような彼の視線の先にあるのは、慈愛に満ちたカナタの笑顔。


「優しいんだね」
「……優しいって……。どっちがだよ……。カナタさんの方がよっぽど優しいだろ……」
「ううん、ユウキ君の方が優しいよ。あんな態度を取ったら普通は悪く思われるでしょ。それでも構わずに、私を危険から遠ざけようとしてくれたんだから」


心の底から感謝を告げる言葉にユウキの涙腺が緩む。
正直、嫌われただろうなと思っていた。
だが嫌われても良いからカナタを危険から遠ざけたかった。
アクア団の話を聞いてから、ユウキの心にはずっと不安が燻っている。

ユウキは乱暴に目元を拭うと、いつも通りの笑顔を浮かべた。
それに安心するカナタだったが、ふとある事を思い出す。
ソライシ博士が攫われた時に冷たい態度を取った理由は分かったが、一週間前に113番道路で頭を触った自分の手を振り払ったのは何故だろうと。


「ねえユウキ君、頭を触られるのって嫌い?」
「え? 悪意が無いなら別に良いけど」
「じゃあ一週間前、113番道路で私の手を振り払ったのってどうして?」
「……」
「しかも走り去っちゃったし」
「……」


ぴたり、とユウキが固まる。
そっちの方を訊ねられると思っていなかったので狼狽える羽目になった。
思い出せば気になるのは当たり前だが。

あれは驚きと照れから来た行動。
素直にそれを言えば良いかもしれないが、恥ずかし過ぎて言えない。
照れて強がりつつも異性に興味津々、なんて年頃に現れた妙齢の女性カナタ。
やや童顔ではあるがそれなりに見目が良いしそれなりにスタイルも良い。
そんな人と一ヶ月も一つ屋根の下で暮らして、意識するなと言う方が無理だ。
意識している人に触られて混乱するほど恥ずかしかったなんて……。


「え、えと。その、あれは」
「なあに?」


きっと赤くなっているだろう自分の顔を想像し、ユウキは先程とは別の理由で泣きたくなった。
この場を切り抜けるにはどうすれば……と、経験の足りない知識を総動員して考える。
が、その瞬間、カナタが声を上げた。


「あれっ?」
「へ? ど、どうかした?」
「今ボールが動いたような……」


カナタはモンスターボールを手にして中のポケモンを出す。
飛び出て来たのはラクライで、すぐさまその体が輝き始めた。
これは……もうすっかり見慣れてしまったあの現象だ。


「まさか、進化……!?」
「時間差なんてあるのか!」


光に包まれたシルエットがぐんぐん大きくなり、光の消失と共に止まる。
ラクライだった頃に比べてだいぶ巨体になった。
体高がカナタの身長に迫る程で、難なく背中に乗れそうだ。
頭には立派なたてがみが天を突くように伸び、全身の毛がもふもふと増量している。
図鑑を向けると、ライボルトという名らしい。


「あはっ、ついに進化したのねラクライ……、ううん、ライボルト! 強くなってくれてありがとう!」
「おおっ格好いいな! カナタさんどんどん強くなるじゃんか!」
「ポケモン達の頑張りのお陰だけどね。……そう言えば戦ってそのままだった。ユウキ君、ポケモンセンターに回復させに行かない?」
「ああ、行こう!」


言って、端から見れば少々不自然に感じる程 元気良くポケモンセンターへ向かうユウキ。
幸いにもカナタはその不自然さに気付かない。
頭を触られて振り払った理由を誤魔化す事ができ、ユウキは密かにライボルトへ感謝するのだった。





to be continued......


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