EXTENSIVE BLUE
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カナタ
キンセツシティ
バッジ3個

手持ち
ジュプトル♂
グラエナ♂
マッスグマ♀
キルリア♀
オオスバメ♂
ラクライ♂

旅時間:25日目



カナタは夢を見た。
たまに見る、不安を呼ぶ海中のような濃紺の夢ではない。

キモリが居る。
オダマキ博士から貰った彼と一緒にミシロタウンを旅立った。
ポチエナを捕まえ、ジグザグマが付いて来て、ラルトスを捕まえて、スバメを捕まえて、旅をしてジム戦を乗り越えて、ラクライだって捕まえたし先輩のユウキと戦っても毎回勝利する。
ポケモン達と一緒に冒険して戦って成長して……。
明るい未来が約束されているような順調な旅。

まるで今までの旅を振り返るような夢なのに、何故か違和感があった。


「(……ここまで順調だったっけ)」


確かに現実と同じような事が起きているのだが、カナタの感想は“順調すぎる”だ。
もっと悩んだり足踏みしたり立ち止まったりしなかっただろうか?
それとも夢だから脳が細かい部分を省略して、都合の良いように処理しているのだろうか?

だがそれだけではない。
何かが足りないというか、違うというか、そんな気が……。

その辺りで突然、ジュプトルの唸り声が聞こえた。
飛び起きたカナタが見たのは、ムロのポケモンセンターで見たヨマワル。
あの時と同じ個体かは分からないが何となく同じもののような気がする。
ジュプトルはベッドで上体を起こしているカナタを跨ぐようにヨマワルの方へ身を乗り出して唸っていた。
見れば他の手持ち達も起きてヨマワルを威嚇している。


「ま、またあなた? 私に何か用……?」


当然というか、ヨマワルは何も語らない。
よく見ると眼窩は二つあるのに目玉と思しき光は一つしかない。
体の中は空洞なのだろうか、光が左右の眼窩をふよふよ行ったり来たりしている。
その光でジッとカナタを見つめていたヨマワルだったが、またも何もしないまま壁を擦り抜け出て行った。

それでもヨマワルが消えた壁を一心に見つめていたが、少ししてカナタがホッと息を吐いたら手持ち達が擦り寄って来た。
彼らを撫でてあげながら時計を見ると午前6時過ぎ。
妙な時間に目覚めてしまった。今から寝ても中途半端になりそうだ。


「せめてもうちょっと夜中に来てくれれば良いのに」


苦笑しながら妙な不満を口に出すカナタを、手持ち達は心配そうに見つめる。
何もされてないから大丈夫だよと笑ったカナタは、迷った挙げ句、二度寝を決行した。



キンセツジム勝利から5日。
この数日、街の東西南北に延びる道路へ赴き、トレーナー戦や野生ポケモンとの戦いを繰り広げていたカナタと手持ち達。
勿論キンセツシティ観光にも余念は無く、あちこちを見物したり買い物をして回ったり、旅行としても大満足だ。

今日は旅立ってからちょうど一ヶ月目となる。
中途半端な時間の二度寝決行が仇となり、寝坊でポケモンセンターの朝食を食いっぱぐれるというアクシデントはあったが、本日の予定はゆっくりしたものなので焦らない。

キンセツシティ1階にあるポケモン専門マッサージ店。
今日は手持ち達へのお礼に、貯めたお金でリラクゼーションを体感して貰う予定だ。
このお金は主にバトルの賞金なので手持ち達の協力あってこそ手に入れられた物ではあるが、細かい事は気にしない。
マッサージが終わってほくほくした顔をしている彼らに近寄ると、一気に駆け寄りじゃれついて来る。


「こ、こらこら。私じゃなくてマッサージしてくれたお姉さん達にお礼しなさい」


すみません、と困ったような笑顔でマッサージ師のお姉さん達に謝罪するカナタ。
彼女達は仲の良さそうなカナタ達へ微笑ましそうにクスクス笑い、誰が連れて来てくれたか分かっているのよと言う。

まあ確かに、こういった場所へトレーナーも居ないのにポケモンだけで来るとは思えないが……。
細かい事は気にしないようにしたとは言っても、やはり手持ち達の協力あってこそ手に入れられたお金を使っているのに。
これも彼らが自分を信頼し好いてくれている証左だろうかと、そう思うと嬉しさで体がむず痒くなって来る。

マッサージ店の後はいつものフードコートや買い食いではなく、ちょっとお高めのレストランへ行ってみたり、
記念撮影なんかしてみたりして一日を丸ごと贅沢な休日として過ごす。
街の屋上、すっかり定位置となりつつあるベンチに座り、手持ち達を側に何もしない幸せを満喫していたカナタ。

ふと、グラエナがベンチの隣に乗り上げて体を擦り寄せて来た。
更にオオスバメもベンチの背もたれに留まり、カナタに体を擦り付ける。


「どうしたのふたりとも。最近なんだか甘えんぼね」


進化前はしつこく頭に乗って髪を引っ張って来たオオスバメは、進化してからというもの一度もカナタの髪の毛を引っ張っていない。
それどころかツンとした態度がなりを潜め、べたべたと甘えて来た。

グラエナは進化前からさほど変わってはいないが、マッスグマにお兄さんぶってみせたい気持ちからか、進化後しばらくは少々クールになったように思えていたが。
キンセツシティに来てからはご覧の通りだ。

彼らを優しく撫でてあげながら、どんな心境の変化があったのか考える。
進化とは成長なのでその副産物かもしれないが、成長して甘えるようになったとはどういう事だろう。
ただ単に素直な気持ちを出せるようになった、という事だろうか。
グラエナの方は進化直後からやっていた無理をやめたのかもしれない。

スバメが進化してだいぶ大きくなったので、彼に髪の毛を引っ張られたら
ことごとく抜けてしまうんじゃないだろうかと戦々恐々していたが、それが無かった事は心から安心している。


「まあどんな考えがあるとしても、好きなだけ甘えて良いんだよ」


何があったか気にはなるが、それがカナタの心からの気持ち。
駄目かなあと思いつつ ついつい甘やかしてしまうが、そうしてはいけない理由を思い付かないので構わない筈だ。
甘やかしているだけのようで、手持ち達とのスキンシップにカナタも甘えている。
お互いが癒やされるコミュニケーション、心の平穏に繋がるのであればどんどんやって良いだろう。



翌日、カナタはキンセツシティのサイクルショップで自転車をレンタルし、南の110番道路にあるサイクリングロードへやって来た。
巨大な柱に支えられた高架道路は結構な高さがある。
ジュプトルは自転車を借りた時にボールへ戻したので今は一人。

カイナシティから北の方角へは、えんとつ山を目指すように緩やかな上りが続いており、キンセツ近辺はカイナより高所にある。
その為、サイクリングロードのような高架道路へ来ると遙か遠く南に小さくカイナシティを見下ろす事が出来た。
その向こうには真っ青な海と水平線に繋がる空。かなり爽快だ。


「うーわー良い眺め!」


途中の休憩スペースに止まり、充分に景色を堪能する。
ユウキやジュプトル達のお陰で海が平気になってからカナタは、海を見ると恐怖ではない別の感覚で泣きたくなるようになった。
ホウエンの自然は全て目に痛い程の色彩で溢れているが、特に海と空の青はカナタの心を容赦なく刺し貫く。

心臓が痛くなったような気がして堪らず目を逸らし、今度は北の方へ視線を向けてみる。
広大なキンセツシティの建物の遠く向こう、ホウエン一の高さを誇るえんとつ山がもくもくと煙を上げていた。


「あそこ、早く行ってみたいなあ。あんな高い所からならもっと広く見渡せるかも」


キンセツシティの滞在を終えたら、次は更に北へと向かう。
ダイゴが言っていた砂漠や滝も楽しみだし、山の麓の町にはポケモンジムもあるらしい。
早くあちらの方へ行きたい。もっともっと旅をしたい。


「ふふ、気持ちが逸っちゃってるみたい。キンセツシティにもっと滞在していたいって思った筈なのに」


こんなにも出発したくなるとは、気持ちが前に向いているのかもしれない。
きっと良い傾向だと信じ、そろそろキンセツを出発しようと決めた。

……ちなみにカナタはこの時、2週間ほど前に110番道路で見かけたアクア団員が、『えんとつ山に向かう』と言っていた事をすっかり忘れている……。

暫くの間、高架道路からの眺めを堪能していたカナタだが、やがて自転車を漕いで南方のゲートまで向かう。
その後は休憩を挟んで再びサイクリングロードを北へ向かい、キンセツシティへと戻って来た。
自転車を返却し、ジュプトルをボールから出して一緒にポケモンセンターへ。

取っておいた部屋に戻り手持ち達をボールから出した。
明日の朝に北へ出発するからね、楽しみだねー、と笑いながら言うと、ふとキルリアがベッドの縁に座るカナタの膝に乗って来る。
その表情はとても辛そうで、更に心配そう。


「キルリア……? どうしたの、行きたくない?」


北の地方へ旅立つのを不安がっているのかと思ったカナタは、キルリアを抱き上げて目線を合わせてみる。
辛そう、悲しそう、心配そう……何にせよマイナスの印象しかない表情だ。
キルリアは少し俯いていたが、やがて顔を上げて両手をカナタの頬に添えた。
真正面から見つめられると心を読まれているようだ。

……そう言えばキルリアはトレーナーの感情を敏感に読み取るのだとか。
彼女がこんなに心配そうなのは、自分が心のどこかで出発を不安に思っているという事なのだろうか。
カナタはそう考えるが、全く思い当たる節が無い。

取り敢えず自分は大丈夫だと示してみる。
図鑑の説明によると、キルリアはトレーナーの明るくて前向きな気持ちが好きらしい。


「平気よキルリア、私すっごく楽しみなんだから! そんな不安そうな顔してないで一緒に旅を楽しもうよ、ね」


抱き上げたキルリアをぎゅっと抱きしめ、頬をくっつける。
カナタは見えていないが、不安そうな顔から困ったような笑顔に表情を変えたキルリアは、カナタに身を委ねるように寄り添った。

ふと見下ろすと、マッスグマがグラエナにじゃれついている。
そこに交ざろうとしているのかラクライが傍をウロウロし、オオスバメとジュプトルはやや離れた位置で好きに過ごしていた。

元の世界では全く存在しない、知りもしなかったポケモン達。
そんな彼らが当たり前に存在する非日常はすっかり日常となり、カナタの人生へ完全に溶け込んでいる。
もはや彼らの居ない生活を想像する事が出来なかった。

帰る方法が見付かっても絶対に帰りたくないな。
だけど帰りたいな。

その矛盾する心がカナタの中には絶えず存在している。


「(ひょっとしてキルリアは、そういう気持ちを読み取ったのかな)」


カナタが帰りたく思っていると知って寂しさを感じてくれたのだろうか。
もしそうなら彼女には悪いが、大好きなポケモン達がそうやって自分の事を想ってくれているのはとても嬉しい。
未だに答えは出ないけれど、少しでも安心して貰おうと、カナタはキルリアを優しく抱きしめていた。



そして翌日、キンセツシティを出発する。
マップナビで確認すると、ホウエンの北方は町と町の間の距離がそれなりに長い。
取り敢えずえんとつ山方面に向かい、その後、麓にあるフエンタウンを目指す事に。


「出来れば野宿はしたくないもんねー……。準備はあるけどさ」


何とも言えない表情で言うカナタに、ジュプトルが苦笑する。
彼らはポケモンなので野宿など何でも無いのだろう。
場合によってはボールの中より快適なのかもしれない。
ボールの中がどんな感じなのかは知らないが。

キンセツシティの北、111番道路。
えんとつ山が近づいている為か、岩がむき出しになった崖が目立ち始め、カイナシティから緩やかに続いていた上り坂が険しくなって来た。
今までの緑あふれる優しい豊かさとは違う、荒々しい自然。
その荒っぽさも見ていると美しく見えてしまうのだから凄い。


「草の生えてない地面が目立って来たね。石もゴロゴロ落ちてるし、躓かないように気を付けっ……!?」


言ってるそばから。
足下に、頭だけ出して地面に埋まっている石があった。
それに思いっ切り引っ掛かってしまい、倒れかかった所をジュプトルが慌てて横から抱き留めてくれる。


「び、びっくりした……! ありがとジュプトル、自分で躓いちゃった……」


恥ずかしくて誤魔化すように笑うと、ジュプトルもつられて笑う。
自分の体を支えてくれる腕が見た目より力強くて、カナタは思わずドキッとしてしまった。
ポケモンは本当に頼もしい生き物なんだなと、改めて実感。

段々と高度が上がって険しくなって行く道。
ちらほら見かけるトレーナーとバトルしたり間に休憩を挟んだりしながら、少しずつ北を目指して歩むカナタ。
高度が上がるにつれ崖が多くなり、それに挟まれて狭い道も増えた。

ダイナミックな大自然はポケモン達にとって楽園らしい。
バトル中の彼らを見ていると、いつもより生き生きしているよう。

途中で砂漠の入り口を見付けたが、砂嵐が酷くてとても進めそうにない。
どうせえんとつ山方面の112番道路へ進む予定だったのでこちらは後回し。
砂嵐が止めばそのうち行く事も出来るだろう。

朝にキンセツシティを出発して途中の木陰で昼食を食べ、トレーナー戦をこなしながら歩むが、なかなかえんとつ山に近づけない。
険しい道のせいで自然と休憩が多くなり、ロープウェイが見えた時は既に日が沈みかけていた。


「も、もう暗い……早くフエンタウンに行かないと」


このままでは野宿確定。
かなり近付いたえんとつ山の雄大な景色も、じっくり眺める事が出来ない。
どうやらマップによると、この辺りからフエンタウンへ向かうには一旦ロープウェイでえんとつ山に登り、山道を下るのが一番早いようだ。
急いで階段を駆け上りロープウェイ乗り場へ向かうが、ジュプトルが突然背後からカナタの腕を掴んで引き寄せた。
走っていたので腕が抜けるかというほどの衝撃が走り、カナタは驚いてジュプトルを振り返る。


「ジュプトルどうしたの!? 腕が抜けるかと思った……!」


しかしジュプトルはカナタの方を見ていない。
彼が見ているのは振り返った彼女の後方、つまりロープウェイ乗り場。
必然的にカナタが彼の視線を追うと、ロープウェイ乗り場の入り口を、見慣れた、見慣れたくなかった服を着た集団が封鎖している。


「アクア団……!」


危ない、ジュプトルが引き止めてくれなかったら見付かる所だった。
慌てて離れるが、フエンタウンへ向かうにはロープウェイに乗らなければ。
封鎖は複数人で行われており、見付からずに乗るのは不可能だ。
他の道を使おうにもまともな道は遠く、それ以外は獣道ばかりで暗い中では危険。


「こ、このままじゃ野宿……」
「そこに居るのってカナタさん?」
「え」


聞き慣れた声。
振り返った先には2週間とちょっと振り、ユウキの姿。
妙にホッとしてしまったカナタは泣き言を言うような声で彼に走り寄る。


「ユウキ君〜……!」
「え、え、なに、どうしたんだよ!」
「このままじゃ野宿確定なの助けて〜……」
「いやちょっと、待ってってば、落ち着いて」


両肩を掴まれて慌てるユウキ。
カナタが事情を話すと、何だそんな事、と言いたげに溜息を吐いた。


「ヤツらを避けたいなら北のハジツゲタウンに向かえば良いよ。何なら一緒に行こうか」
「一緒に?」
「オレ今からそこを目指す予定なんだ。丁度いいじゃん」
「え、でも待って。ハジツゲタウンって確か……」


ちょっとごめんね、とポケナビを起動してマップを見てみる。
……遠い。それもだいぶ。
このまま行けば野宿は確定。それを避けたい一心でユウキに泣き付いたのだが。
しかしユウキ先輩は後輩を必要以上に甘やかす気は無いらしい。


「これから先 野宿するハメにならないとも限らないんだし、慣れてた方が良いよ。いざって時に経験が有ると無いとじゃ大違いだろ」
「まあ確かに、そうだけど……」
「よく野宿するから色々教えてあげるよ。明日ハジツゲに到着する予定で行こう」


出来る事は多い方が良いんだからと、親切心で言われては断れない。
カナタはハジツゲタウンへ到着するまでユウキと行動を共にする事に。

どうせならもうちょっと進んでおこうとユウキに提案され、夜の藍が多くなった空の下、山道を進むカナタは少し進んだ先に見えた洞窟へ入った。
炎の抜け道といって、ここを通れば途中を砂漠で分断された111番道路の北側へ行ける。


「あっついねここ。あちこちから湯気が吹き出てる……」
「活火山の洞窟だからね。ところでジュプトル大丈夫? ボールに戻ってた方が良いと思うけど」


言われてジュプトルを見ると、どうにも暑苦しそうにしている。
草タイプとして炎に由来する暑さ、というか熱さは苦手なのだろうか。
もちろん太陽は別として。
だがカナタがジュプトルを戻そうとボールを構えても、彼は首を横に振る。


「私も随分ポケモンが平気になったし、ユウキ君も居るから大丈夫よ?」


そもそもジュプトルがボールに入らず付いて来るのは、ポケモンを恐れていたカナタを守りサポートする為だった筈。
今やカナタがポケモンを恐れる事はほぼ無くなった。
しかしそう言ってもジュプトルはボールに戻ろうとしない。
困り顔のカナタにユウキは微笑ましそうな顔で。


「オレ、ジュプトルにライバル認定されちゃったかな」
「え?」
「カナタさんの事は自分が守るんだって躍起になってんじゃないの? だから自分の居ない所でオレがカナタさんに協力するのが嫌だとか」
「……そうなの?」


カナタが訊ねると、ジュプトルは小さく鼻を鳴らしてユウキをジト目で睨む。
どうやらユウキの読みは当たっているらしい。
つまりいつも通りのヤキモチ焼きな彼だ。


「分かったジュプトル、頼りにしてるね」
「でも炎タイプのポケモンには気を付けろよ。この洞窟、多いから」


心配するユウキに、言われなくても分かってる、と言いたげな視線を送るジュプトル。
ちょっと過保護にされ過ぎかもしれないとカナタが内省しても、結局それを受け入れてしまうので意味が無い。

えんとつ山の下方を貫くように洞窟が走っている炎の抜け道。
本当に暑い。吹き出す蒸気のせいで湿度も半端ない。


「まさかこんな所で天然のサウナに入る事になるなんて……」
「実際、吹き出す湯気を風呂代わりにしてるポケモンも居るよ。ほらあれ」


ユウキが指さす先、黄色いずんぐりむっくりした体の四足歩行のポケモンが、蒸気に当たりながらボケーッと佇んでいるのが見えた。
図鑑を向けてみるとドンメルというポケモン。
更に向こうにはマグマのような体を持つナメクジのようなポケモン(マグマッグと言うらしい)が、うろうろと蒸気の出る地帯を這いずり回っている。


「炎タイプの中には、水に浸かると体に負担が掛かるやつも居るから」
「自然を利用して賢く生きてるんだね」


野生動物なので当たり前かもしれないが、人に飼われていないポケモンをあまりじっくり見た事が無いので新鮮だ。

亀のような見た目のコータスというポケモンが、地面と同じように蒸気を噴き出しながらのそのそ歩いている。
それを避けるように移動しながらワンリキーがゆっくり座れる場所を探し、何かヘドロのような物があると思ったら、ぐっすり眠っているベトベターだった。

ここでカナタは初めて、野生ポケモン達の“生活”を垣間見た。
戦う為に飛び掛かって来る事なく自身のケアに専念しているので、余計に彼らの日常だと感じる。


「みんなそれぞれの生活を営んでるんだ」
「そんなポケモン達の調査をするの、めちゃくちゃ楽しいよ。カナタさん、もし旅が済んでも行くアテが無かったらうちに戻って、そのまま父さんを手伝って研究者になったらどうだろう」
「ふふ、それも良いかもね。ユウキ君の助手になったりして」
「願ったり叶ったりだよ! カナタさんなら好条件で雇ってあげる」
「その時はお願いしまーす」


冗談半分、本気半分で言って笑い合うカナタとユウキ。
そのうち本当にそうなるのではないかとも思える。

やがて洞窟を抜けたカナタ達は、温暖な筈のホウエンの空気が冷たく感じた。
先程まであんな暑い場所に居れば当然な上に、もうすっかり日が暮れている。
やや月明かりがあるので更に進んだカナタ達だが、砂漠で途中を遮られた111番道路の北側に辿り着いた所で、この辺で休もうと野宿の準備を始める事に。
険しい岩山に囲まれてはいるが、この近辺は緑も豊かで気持ちが良い。


「ホウエンはあったかいけど寝てる時は体が冷えやすいし、たまに朝晩冷え込む事がある。できるだけ風に当たらない場所を探して寝た方が良いよ」
「じゃあ何かの物陰や洞窟が良いって事ね」
「まあだからって、さっきの炎の抜け道みたいなのはオススメしないけど。あと寝苦しいほど暑い時は、さすがに風通しの良い場所にしないと辛いね」


要は気候を考え臨機応変に場所探ししなければならないという事。
ポケナビで天気予報を見て、明日の天気や気温を知ればやり易いだろう。

近くを探索して、立派な木に囲まれたスペースを見付けたのでそこに決定。
地面からの温度を遮断する為の敷物は奥さんが準備してくれた。
シュラフは軽くて寝やすいもの。温暖なホウエンでは分厚いシュラフは必要ない。
荷物は盗られないよう体にくっ付けておいた方が良いとか、色々とタメになる事を教えて貰う。


「虫除けスプレーは持ってる? 野生ポケモンが近寄らなくなるから必須だよ」
「あ……持ってない」
「次から幾つか買っておきなよ、今日はオレのを貸してあげる」
「ありがとう」


虫除けスプレーを貰い、体に振り掛ける。
ユウキが持っていたライトを灯りに、買っておいた食料でポケモン達と夕食。
それが済んだら何もやる事は無いし、明日の出発を考えて早めに寝る事に。

ライトを消し、シュラフに入って寝転んだ瞬間、頭上を満天の星空が彩っているのが見えた。
元の世界よりだいぶ美しく見える夜空。この世界に来てからよく見ているのに、雄大な自然の中に寝転がって見ると一層 輝いているように見える。


「すっごい星空……! こんなに星が見える場所なんて初めて来た!」
「それってホウエンに来てからの事を言ってるんだよな? 割とどこでもこのくらいは見えると思ってたけど、そうでもないんだ」
「少なくとも私の住んでた所ではここまで見えなかったよ。例え町から離れても」
「へえー……世の中いろんな場所があるんだな。よし、決めた。いつかカナタさんの故郷が分かったら、オレ絶対遊びに行くよ」


それは無理じゃないかな。

……そう思っても、そんな事など言える訳は無い。
楽しみにしてるよ、なんて月並みな言葉で場を濁す。
ポケモン達と別れるのは当然辛いが、ユウキ達とも別れるのは辛い。
目処すら立っていない帰郷の事を考えて胸が痛くなってしまい、堪らずユウキの方を見た。


「……」


少し離れた所でカナタと同様シュラフに入って寝転んでいる。
そんな彼の姿を見た瞬間、どうしようもない恥ずかしさが込み上げて来た。


「(な、なんで!? なんで5歳も年下の男の子に照れてるの!? ミツル君となんてもっと近くで寝たのに!)」


ミツルの親戚の家に泊まった時は、ミツルが寝ているベッドのすぐ隣に布団を敷いて寝かせて貰った。
あの時の方がよっぽど近いというのに……。
きっとユウキよりミツルの方が年下だろうから、彼とはあまり比較にならないかもしれないが。


「カナタさんどうかした?」
「! な、なにが?」
「なんかオレの方 見てるから」
「あ、えっと、その。私より5歳も年下なのに、しっかりしてて凄いなって思って」
「そう? まあ野宿なんて慣れだよ。どうしても不安ならボールからポケモン全員出して、一緒に寝ても良いし」


どうやら野宿に対してだけの感想だと思ったらしい。
誤魔化しの為に出した言葉だが、しっかりしていて凄いと思ったのは正直な気持ちだ。
大人になりたいと願った自分が5歳も年下の彼より駄目なのは情けない。

夜は本当に思考がマイナス方向に陥り易い。
もうさっさと寝てしまおうと改めて寝る体勢を整えると、ふとユウキがカナタを見ないまま口を開いた。


「ところでカナタさん、オレ数日前に誕生日だったんだ」
「え?」
「14歳になった。だからカナタさんとは5歳じゃなくて4歳差な」
「……そうだったんだ。おめでとう」


十代中盤に差し掛かったばかりの彼にとって、たった1歳でも大きな差に感じてしまうのだろう。
カナタにも覚えがあるので気持ちは良く分かる。

その瞬間 短く唸ったような音が聞こえ、そちらを見ると木に寄り掛かって休んでいるジュプトル。
小さな音だったのでユウキは気付いていないようだが、ジュプトルが彼の方を軽く睨んでいるように見える。


「(ユウキ君の近くで寝る事に照れちゃったの、見透かされたかな)」


ヤキモチ焼きのジュプトル。
あまりそうさせるのは悪いかもしれないが、ここまで好かれている事に対しては嬉しさしか浮かんで来ない。
カナタに出来るのは、彼を必要以上に不安がらせない事。
ヤキモチは不安から来る事も多い。

カナタを取られてしまうのではないか、
カナタが自分を必要としなくなるのではないか。

ジュプトルがそれを不安がってカナタへ近付く者にヤキモチを焼いているというのは、決して自意識過剰の勘違いではない筈だ。

……多分。

カナタはユウキの就寝の邪魔をしないよう、小声で。


「ねえジュプトル、前にも言ったよね」
「?」
「私はあなたが大好きなんだから大丈夫よ。ジュプトルはジュプトル。ユウキ君はあなたの代わりにはならない」


微笑みながら言うと、ジュプトルは少しだけ驚いたように目を見開く。
しかしすぐに表情を笑顔に変え、改めて木に寄り掛かって就寝体勢に入った。
逆に言えばジュプトルもユウキの代わりにはならないという事だが、それはもう誰に対しても同じ事だろう。

誰しもが他の誰かにはなれない。
似たような立ち位置にはなれても、それは“本人”ではない。
似たような立ち位置の人物は、結局“似たような立ち位置の別人”でしかない。


「(私だってきっと、誰も代わりは居ない)」


旅立つ前に博士が言っていた事。
他の誰のものでもない、自分だけの人生、物語。
いつか死ぬ時にそれを良かったと思えるものに出来るのが、真の大人ではないか。
まだまだ人生経験の浅い未成年の戯れ言だけれど、それも真実の一部だろう。
結局は人それぞれ、という結論に落ち着くが。

人生は見上げた夜空に輝く星々と同じ。
目立たないものも弱いものもあるけれど、きっとどれもが輝ける。
それをもっともっと輝かせたいなと考えながら、カナタは眠りに落ちた。





to be continued......


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