EXTENSIVE BLUE
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カナタ
カイナシティ
バッジ2個

手持ち
ジュプトル♂
グラエナ♂
マッスグマ♀
キルリア♀
オオスバメ♂
ラクライ♂

旅時間:15日目



ユウキやジュプトル達の協力でなんとか海に入れたカナタ。
それからも練習して少しずつ泳げるようになっている。
まだ海を完全に克服できた訳ではないが、以前に比べるとだいぶ平気になった。
今は普段着に着替え終わり、お礼を兼ねて海の家でユウキに食事を奢っている所。


「海の家で食べるご飯っていいよね〜、雰囲気だけで楽しいもん」
「分かる分かる。そこまで美味しいって訳でもないんだけど、妙に特別感があるっていうか」


カナタの言葉にユウキも笑顔で答える。
もちろん“そこまで美味しいって訳でもない”が店主に聞こえないように。

隣に座っているジュプトルは、カナタに食べさせて貰ったかき氷に練乳がたっぷり掛かっていた為、何とも言えない微妙な顔をしている。
どうやら甘ったるい物が苦手らしい。
そう言えばポフレを与えた時も、人間用ではコーヒー味に設定されている種類と同じ色をした物を食べていた。
ポケモン用も同じ味かは分からないが、恐らく甘みの少ない種類なのだろう。


「ジュプトル、まだ口の中に甘いの残ってんの? オレ焼きそばあげたじゃん」


先程、口直しにとジュプトルに焼きそばを食べさせてあげたユウキが苦笑する。
ジュプトルは相変わらずの微妙そうな顔でそっぽを向くだけ。
ポケモンのこういう所は人間と似ていて楽しい。

疲れをゆったり癒やしながら、カナタはユウキに今後の予定を訪ねる。


「ユウキ君はこれからどうするの?」
「オレはキンセツに向かって、周辺を調べた後は北の方へ。そっちには小さい砂漠や火山のえんとつ山があってダイナミックらしいよ」
「へー、砂漠に火山かあ……」


自然豊かなホウエンの中でも、特にワイルドな場所のようだ。
きっと様々なポケモンが生息している筈で、もっと父さんの研究を手伝えるとユウキは楽しそうに笑う。


「ところでカナタさんの方はどう? 自分の故郷に心当たりがありそうな人には出会えた?」
「えっ? ……あ、ああ、うん、それね。まだだよ」
「……カナタさん、ちゃんと自分の事 調べてるよな?」
「ど、どうして?」
「なんか、今 思い出したって感じだったから」
「うぁ……」


そうだ、表向きカナタが旅立つ最大の理由は、自分の故郷について調査する為だった。
成長してオダマキ一家に恩返しが出来るようになりたいのも理由だが、親切な彼らは、そんな事よりもカナタ自身の事を……といった感じなので、必然的にカナタの故郷についての事が最重要になる。

しかしカナタは、ここが自分の住んでいた故郷とは違う世界だと分かっているので、もう帰還に関する事柄については ほぼ諦め切っている。
ポケモン達と楽しく旅をしながら成長できればいいな……とだけ思っており、調査を申し出てくれたセンリにお願いした程度で、自分では調べた事など一度も無かった。
そんな事情を知らないユウキは呆れ顔。


「ちょっとちょっと、自分の故郷の事だよ。家族や友達だって居るんだろ、もう二度と会えなくてもいいの?」
「……その、えっと、ポケモン達と一緒に居るのが楽しくて……。なんかもう、彼らが居ればそれで良いかな〜……なんて……」
「今までポケモンの居ない生活をしてたみたいだし、気持ちは分かるよ? オレだってアチャモを貰ってすぐの頃、コイツだけ居ればいいやって思った事がある。でも、いくらポケモンが大事な家族や友人だからって、比べられるものじゃない。それぞれが大事な存在なんだから、代わりになんてなる訳ないだろ」


ユウキの言い分は至極もっともである。
家族や友人を失い、ポケモンのお陰で立ち直れたり、逆にポケモンを失い、家族や友人に励まされて立ち直る事はあるだろう。
けれどお互いに“本人の代わり”にはなれない。
ポケモンの事を家族や友人だと思っているとしても、種族など関係無しに、それぞれが身代わりなんて居ない大事な存在なのだから。
オダマキ一家とカナタの一家は違うと、以前にも考えた事がある。
それと同じ事。


「カナタさん、もう諦めてるんじゃ……」
「だって……だってどこにも無いの。確かに私の住んでいた所が、どこにも」
「“無い”って言えるって事は、記憶喪失じゃないんだよね。うーん……ポケモンを全く知らずに過ごせる土地ってどこだろう?」


真剣に考えてくれるユウキには申し訳ない。
だって、いくら考えても出て来る訳が無いのだから。
この世界に来れたのだから帰る手段もあるかもしれないが、異世界間を移動する方法なんて誰にも分からないだろう。


「もういいのよユウキ君。私、平気だから」
「嘘だよ。だってカナタさん今、悲しそうな顔してる」
「え……」


どうやら顔に出ていたらしい。
カナタとしては、早いうちに諦めたかった。
どう望んでも帰る事は不可能、ならば初めから希望は持たずに居たい。
けれどそれに関して何とも思わないかと言われれば、そうではなく。
どんどん記憶から薄れて追いやられて行く故郷に寂しさが募り、胸が痛むほどの寂しさと悲しさに襲われる事がある。

家族の顔も友人の顔も、思い出そうとしても酷く曖昧で。
故郷の景色を、上手く思い描けなくて。


「帰りたいんだろ? ポケモンと離れる訳じゃないんだからさ、もっと頑張ってみようよ。オレにも出来る事があるなら協力するから」
「……」


ポケモンと離れる訳じゃない……それは怪しい。
単なる想像でしかないが、故郷へ帰れる事になったら、その時はポケモン達と別れる時ではないだろうかと思う。
カナタの故郷には一切存在していない生命体。
きっとカナタの故郷は、ポケモンが生きて行けるような環境ではない。
環境汚染とかそういう話よりも前に、様々な要素が彼らを拒絶しそうだ。

確か、宇宙からの侵略者が地球の環境に対応した体を持っておらず、バクテリアか何かで全滅するというストーリーの映画があった。
ポケモン達も似たような事になってしまうのでは……。
カナタはこうして異世界で無事に生活しているが、人間はどちらの世界にも存在しているので比較対象にはならないだろう。

けれど、こうして真摯に気遣ってくれるユウキの気持ちも無駄にしたくない。
センリの時と同じように、無理の無い範囲で頼んでみる。


「……ありがとう、ユウキ君。故郷の事で何かあったら相談するから、その時はよろしくね」
「任せてよ! オレも時間が出来たら調べてみるから」


センリと同じような事を言うユウキに、カナタはクスリと笑った。

その後、ユウキは今後の予定を詳しく立てる為にマルチナビを操作する。
ニュースで天気予報などを見ようとしたらしいが、ふっと呆けたような顔になったかと思うと、みるみる驚きに染まって行く。


「どうしたの?」
「……カナタさん、このニュース」
「え?」


どうやら短時間なら録画も出来るようで、咄嗟に録画してくれたらしい。
テーブルの中央に置かれたマルチナビを覗き込み、ジュプトルと共に再生されたニュース番組を見る。


『……の続報が入って来ました! クスノキさんによりますと

 「いやもう突然よく分からん奴らに襲われて、どうなる事やらと思いましたが本当に助かりました! 若い女の子だったんですが、素晴らしいボールさばきでね、ポケモン達と一緒にすぱぱぱぱーって悪党たちをやっつけてくれましたよ!」

 ……とのこと。調査によりますとこの事件は、一週間ほど前にカナシダトンネル工事現場で起きた「ピーコちゃん誘拐事件」を解決したのと同じ人物によって解決された模様です。この番組では引き続き、若きヒーローの行方を追ってまいります!』


「カナタさん確か、カナシダトンネルでハギ老人のピーコちゃんを助けたんだよな」
「……うん」
「このクスノキさんを助けたりした?」
「……うん」
「じゃあやっぱりこれ、カナタさんの事なんだ」


先程のユウキと同じく呆然としてしまった。
クスノキがカナタの名前や詳しい特徴を出さないのは、彼なりに情報を制限しようとしているのだろう。
しかし邪魔をしてしまった挙げ句ボスにまで会ってしまったアクア団に、より一層 目を付けられてしまった可能性が高い。
それに関しては今更かもしれないが、このままテレビ局に調査されれば、いつか辿り着かれてしまうのではないかと懸念がある。
そうなれば下手に目立ってしまい、妙な人物に絡まれる危険も出て来るかもしれない。


「目立った事はしない方が良いとは思うんだけど、なんか……成り行きで」
「それ大丈夫かな、一旦ミシロタウンに帰った方が良いんじゃ」
「ううん、それだと万一の時 博士や奥さんに迷惑かけちゃう。大丈夫よ、もう自分から進んで首を突っ込んだりしないから」
「……カナタさん、困った人が居たら結局 自分から関わって行きそうな気がする」
「あ、はは……」
「別に悪いって言いたいんじゃないよ、それって凄く良い事だと思うし。でも自分をもっと大事にして欲しいから」
「ありがとう、ユウキ君」


カナタが微笑んでユウキに礼を言うと、隣のジュプトルがカナタの服を引っ張って鼻を鳴らした。
自分もカナタに自身を大事にして欲しいと思ってる……なんて意思表示だろうか。
ジュプトルも心配してくれてるのね、ありがとう……と言えば、彼は満足そうな笑顔で何故かユウキの方を見る。

……ヤキモチ焼きな所 直ってないのかな。

ピーコちゃんにヤキモチを焼いていたキモリの頃を思い出す。
成長して体が大きくなっても、変わらない部分だって多い。
そう考えるとなんとも微笑ましい気分になるカナタだった。



その後、和やかに挨拶してユウキと別れたカナタ。
旅をしている身では好きな時に会えないので何となく寂しくなってしまったが、5歳も年下の子が楽しく旅しているのに引き換え、独り立ち出来ず甘えているようで情けないので言わない。
きっと今回のようにまたすぐ会えるだろう。

ポケモンセンターの部屋に戻り、ベッドに座ってラクライをボールから出してあげる。
旅立つのは、この子を少し鍛えてからにしようと決めた。


「ラクライ、今日から宜しくね。明日は草むらで……」


言いかけた瞬間ラクライが嬉しそうに飛び掛かって来る。
慌てて受け止め、体を撫でてスキンシップ。
どうやら足を触られるのが好きなようで、足先を握ってふにふに揉んであげると、うっとり陶酔した表情を見せる。
そうしてラクライとじゃれ合うカナタだが、ふと隣に座ったジュプトルが気になり彼を見てみた。

彼は何でもない様子で平然としている。
ヤキモチ焼きな彼も、どうやら他の手持ちパーティには嫉妬しない様子。
もしかしてカナタの手持ちかそうでないかで感覚が大きく違うのだろうか。
カナタの手持ち達は一緒に旅する仲間なのだし、バトルでは共闘する事もあるかもしれない。
付き合いを円滑にする為に我慢していたりして……。


「(だとしたらジュプトルって大人だなあ……見習わないと)」


別にカナタは誰かに嫉妬して拗ねたりした事は無いが、こうして必要のある相手にはちゃんと嫉妬を抑える事が出来るのだとしたら、自分の感情を上手くコントロール出来ている事になる。
それは“大人”というものだろう。
……まあ、カナタの手持ち以外にはヤキモチを焼くので、そこまでコントロール出来ないと見習うには値しないかもしれないが。

その日の晩、カナタは約2週間ぶりに濃紺の世界の夢を見た。
だが今までの夢とは違い、ただの濃紺ではなくなっている。
まるで海底のような岩や海草等が見えて……。
やはりここは海中なのだと、初めてはっきり認識した。

それで血の気が引くような思いをしていると、突然カナタの目の前に大きな影がヌッと現れる。
本当に真っ黒な影で、これが何なのかは分からない。
動きからして海中生物のような気がするが。
魚……いや、サメかイルカ? それとも鯨やシャチ?
何にしても影の形を見るに、見知った動物ではない気がする。

……カナタが生きていた世界の生物ではない。
もしかして、それは……。


「……あなた、ポケモン?」


不思議な夢の中、ひょっとして当たっているのではという認識で声を掛ける。
影はそれに何の反応も示さなかったけれど、ゆっくりとカナタの方に近付いて来て……。

もう少しで接触するという所で目が覚めた。


「……あー……」


カーテンが閉まった部屋の中、まだ日が昇っていないのか薄暗い。
呆けたような声を出すと隣で寝ていたジュプトルが起きた。


「あ、ごめんね。起こしちゃった」


ふるふると首を横に振るジュプトル。
起きたのは事実なので、気にするなと言っているのだろう。
このジュプトルは平均よりだいぶ大きく、130cm程ある。
人間が一人増えたようなもので、キモリの頃に比べて一緒に寝るとベッドが狭い。

しかし、それでもカナタは今まで通り彼と一緒に寝たがった。
ジュプトルがこれ以上 進化するかどうかは分からないけれど、もしまだ進化するのだとしたら、その時はもっと大きくなって一緒にベッドで寝るという行為が出来なくなるかもしれない。
また進化にガッカリしてしまわないよう、出来る事は今のうちにしておきたかった。
それにジュプトルが居てくれると、怖い夢を見て飛び起きても隣を見ればすぐ安心できる。


「ちょっと怖い夢見ちゃったの。前に言ったかな? 何だか海底みたいな所に居る夢。私の側には黒い大きな影があって……あれってポケモン」


ポケモンかな、と言いかけたカナタだが、言葉が出て来なかった。
ジュプトルが突然カナタに抱き付いて来たからだ。
そのままぎゅっと力を込めて、少し痛いくらいに抱き締められる。


「ジュ、ジュプトル? どうしたの……」


思い切り抱き締められているカナタはジュプトルの顔が見えないが、その時 彼は、自分が悪夢でも見たかのように恐ろしい形相をしていた。抱き付いて来た体が震えているような気がして、
カナタは優しく抱き締め返すと、ジュプトルをあやすように優しく叩いてあげる。


「私は平気よ。そんなに心配してくれたの?」


何だか只の心配とは違う気がするが、あまり突っ込んで良いような雰囲気ではないのでそういう事にしておく。
本当に こういう時、ポケモンの言葉が分かれば良いのにと心から思う。

暫くそのままにしていたが、落ち着いたらしいジュプトルが離れたので改めて寝る事に。
まだ夜明けまで時間があるようだし、今日は出立する予定は無い。
少しくらい寝坊したって構わないだろう。
一つのベッドにジュプトルと寝転がるが、彼が手を繋いで来て離さない。
しょうがないなあ、なんて苦笑しながらも本当は嬉しくて、カナタは海中の夢も忘れて気分良く二度寝するのだった。



それからまた数日間カイナシティに滞在したカナタ。
ラクライを中心に鍛えていたが、そろそろ次の目的地を目指そうかと考え始める。
気付けばカイナには、ジムも無いのに12日も滞在してしまっていた。
観光地らしい造りの街は何日居たって飽きないし、ポケモンが一緒なら尚更だ。

滞在12日目の朝、思い立ったカナタはカイナシティを発つ事に決める。
そうと決めたらすぐ実行しないと、またずるずる滞在しそうだ。
ミシロタウンを旅立ってから実に20日目の事だった。


「うーん、長居しちゃったから少し名残惜しいな」


北のゲートから街を出る際に少し振り返ったが、また来ればいいやなんて思って、すぐに前を向き出発した。
いずれは通ってみたいサイクリングロードをちらりと見上げ、自転車を持たないカナタは大人しく下の道を通る。
ユウキとバトルしたのが随分と前のように思えて不思議だった。

草むらの多い道を野生ポケモンと戦ったりトレーナー戦をしたりしながら北へ進み、お昼頃にキンセツシティへ辿り着いたカナタ。
……そして、その外観に圧倒される。


「え、これ……街!?」


そこにあったのは広大な建物。
110番道路はその建物の中に吸い込まれており、周囲は立派な柵や木々、森林に阻まれ、中に入らねば先へは進めない仕様。
入り口からアーケードになっており、その先にある大きな自動ドアを潜ると、建物の中へと入る事が出来るようになっている。


「凄い凄い、ショッピングモールみたい!」


入ったそばから圧倒され、つい周囲の目も忘れてはしゃぐカナタ。
そう、まるで洒落たショッピングモールのようなそこは、一つの広大な建物の中に多数の施設と住居が入った特殊な街。
一階は店舗が中心で、二階はキンセツヒルズと呼ばれる高級マンションなのだとか。

せっかく旅立とうと決めたその日に、また長く滞在できそうな街に着いてしまった。
これはカイナシティ並の長期滞在決定かな、と思いながら先へ進むと、やや先にある十字路の真ん中、見知った顔を見付ける。

黄緑の髪のまだまだ幼さの残る少年。ミツルだ。
側には見知らぬ中年男性が居るが、ひょっとして預けられた先の親戚だろうか。
声を掛ける前に、はしゃいだ様子のミツルが楽しげに声を上げる。


「わあ! ここがキンセツシティ!」
「ははは、ミツルくん楽しそうだね。どうする? キンセツキッチンにご飯でも食べに行くかい? それともサイクルショップに自転車を買いに行こうか。健康の為に良いと思うんだよ」
「いえ! まずはジムに挑戦します!」
「へ?」
「確かジムの場所はこのまま真っ直ぐ! 中庭を通り抜けた先ですね!」


慌てるおじさんを置き去りに、ミツルは真っ直ぐジムへと向かう。
おじさんが名前を呼びながら彼を追い掛けて行き、声を掛けようとしていたカナタは勝手に置いてけぼりに。

それにしても今のミツルの様子。
何だか焦っているというか、気持ちが逸っているよう。
うっすら心配になってしまったカナタは後を追い掛ける事に。

両側に店の建ち並ぶ通路を進むと先にガラスの扉。
そこを抜けると広大な中庭に出た。
奥には建物の壁に埋め込まれるような形でポケモンセンターとフレンドリィショップがある。
ポケモン達を回復させようかと思ったが、先程までの様子だとあまり消耗はしていなさそうだった。
ミツルの方が気になるので、先に彼らを追う事に。
確認の意味を兼ねてジュプトルを見ると頷いてくれたので、そのまま進んで再び建物の中へ。

ずっと進んで行くと、またも現れる十字路。
その側にはジムと思しき入り口があり、そこにミツルとおじさんが居る。
ミツルはおじさんへ、頻りにジムへの挑戦許可を得ようとしていた。


「おじさん、お願いだから! 自分がどれだけ強くなったか、このジムで試してみたいんです!」
「まあまあミツル君。確かにポケモンと一緒に暮らすようになってから、キミは随分と元気になった。だからっていきなりジムに挑戦なんて無理してないかい?」
「無理なんかしてません。ぼくとラルトスが力を合わせれば、誰にだって勝てるはずです!」


“ぼくとラルトス”。
ひょっとしてまだ手持ちがラルトスだけなのだろうか。
ポケモンにはタイプの相性があり、能力や技の違いもある。
一匹だけしか所持していないが強い、というトレーナーが全く居ない訳ではないだろうが、さすがに“誰にだって勝てる”とはいかないだろう。
どう声を掛けようか悩んでいると、ミツルの方が気付いた。


「あっ、カナタさん!」
「こんにちはミツル君。ジムに挑戦したいの?」
「ええ。ぼくあれから強くなったんだ! ラルトスと一緒に! それをおじさんに分かって貰いたいんです! お願いです、ぼくとポケモン勝負してください!」


20日前に見た時より随分と元気になったのは確かなようだが、ポケモンの事は未だによく分かっていないらしい。
カナタだってまだまだ初心者だけれど、ポケモンの事を知りたくて、彼らを守りたくて、勉強を続けて来た。
ここはミツルにもポケモンの事を知って貰いたい。


「いいよ。バトルしよう」
「ありがとうカナタさん! それでは……行きますね!」


絶対勝とうねラルトス、と手にしたボールに呟き、深呼吸した彼はラルトスを繰り出す。
カナタはグラエナの入ったボールを手に、ちょっと付き合ってあげて、と呟いてから繰り出した。
ラルトスが使って来る可能性のある技は把握している。
ひょっとしたら、タイプ相性というものを教える良い機会になるかもしれない。


「ラルトス、“チャームボイス”!」
「グラエナ、“とおぼえ”!」


グラエナが“とおぼえ”を上げ、その間に“チャームボイス”が命中。
悪タイプにフェアリータイプの技は効果抜群。
衝撃を受けてよろめくグラエナに手応えを感じたミツルは、カナタの思った通りに、ラルトスならどんな技でもグラエナに強いと勘違いする。


「これなら勝てるかも……ラルトス、“マジカルリーフ”だ!」
「“かみつく”よグラエナ!」


“チャームボイス”より威力が高い技を繰り出して来るミツル。
しかし“マジカルリーフ”は草タイプの技。
“チャームボイス”のような手応えが得られない上、たいしたダメージになっていない様子にミツルは困惑し始めた。


「あ、あれ? こっちの方が威力が高いはずなのに……」


そうして迷っている間に“とおぼえ”で攻撃力の上がった“かみつく”が炸裂。
相性としては普通の技だが、能力差によってラルトスは一撃で戦闘不能になった。


「ああ、ラルトス……! カナタさん強い……!」


倒れたラルトスに駆け寄り、抱き上げるミツル。
カナタはグラエナを伴って歩み寄ると、少しだけ屈んでミツルに視線を合わせる。


「ポケモンのタイプの相性、知らなかったのね。さっきの“チャームボイス”はフェアリータイプの技。悪タイプのグラエナには効果が抜群なのよ。“マジカルリーフ”は草タイプだから、グラエナへの攻撃に“チャームボイス”みたいな手応えが無かったの」
「タイプの相性……」
「ラルトスにはフェアリータイプが入っているから、上手くやればもう少しグラエナにダメージ与えられたかもね」


優しく言い聞かせるような調子でミツルに教えるカナタ。
ミツルは見るからに落ち込んでしまい、ラルトスをボールに戻す。
そんな彼におじさんがフォローを入れた。


「ミツル君はしっかりラルトスのお世話をしていたじゃないか。でもそれと自分の治療に時間を取られて、バトルの勉強までする時間が無かったんだから仕方ないさ」
「おじさん……ぼく、シダケに戻ります」


ミツルは本当に落ち込んでしまっていて、見ている方が痛々しい。
これはもっと話をしなければならない。
こうして落ち込んだままになってしまっては、彼の為にもラルトスの為にもならない。


「ミツル君。私のこれまでの旅の話、聞きたい?」
「えっ?」
「別れる時に旅の話を聞きたいって言ってたと思うから。どうかな。親戚の方が良いなら、なんだけど……」


確認の意味で一緒に居るおじさんの方を見る。
するとおじさんは合点がいったように手を叩いた。


「そうか、ミツル君がポケモンを捕まえる手助けをしてくれたのはキミだったんだね。お陰でラルトスを捕まえられたって、何度も嬉しそうに話してくれたんだよ。ぜひ家へ寄って行って、ミツル君に旅の話を沢山聞かせてあげてくれないか」


おじさんの許可は下りた。しかも家に招待まで。
落ち込んでいたミツルは少し頬を上気させ、目を見開いて訊ねて来る。


「あ、あの、いいんですか?」
「ミツル君さえ良ければ私は構わないわ」
「き、聞きたいです! これまでのカナタさんの話、聞かせて下さい!」


これだけでやや元気を取り戻してくれたらしい。
ポケモンセンターでお互いのポケモンを回復させ、カナタはミツル達に付いてシダケタウンへと向かった。

来たばかりのキンセツシティを西に抜けると、山道に入る。
緑豊かなホウエン地方の中でも特に清廉な空気を感じる道は広めで、ピクニックでもしたくなる気持ち良さだ。
カイナシティでは遠くに見えていたえんとつ山が、そこそこ近い所にまで来ている。

辿り着いたシダケタウンは、とても爽やかな高原の田舎町。
体の弱いミツルが療養に来るのも納得の澄んだ空気は、ジュプトルが随分と調子良さそうにしている程。
案内されたミツルの親戚の家は、ログハウスのような可愛らしい造りになっている。
中も木の温もりが感じられて居心地が良い。


「それでカナタさん、トウカを出てからどんな事があったんですか? ジムに挑戦したりしましたか、どんなポケモン捕まえたんですか!?」
「ちゃんと話すから落ち着いて」


興奮気味に質問して来るミツルを落ち着かせ、これまでにあった事を話す。
アクア団に関しては下手に巻き込まないよう組織という事を伏せ、困っている人が居たから助けた程度の説明に留めたが。
家の人が出してくれたジュースを飲むのも忘れる程、話に聞き入るミツル。


「やっぱりトレーナーって凄いんですね……」
「私だってまだまだ新人よ。でもポケモン達を守りたいから沢山 勉強したの」
「ポケモンを、守りたいから?」
「そう。トレーナーの知識が増えればポケモンを守る事に繋がるの。バトルの時に適切な指示を出し易くなるからね」
「……ぼく、ポケモンに相性があるのも知りませんでした」
「これから知れば良いのよ。教えてあげようか?」
「はい!」


これまでに勉強した事をミツルに教えてあげるカナタ。
彼は進化の事も知らなかったようで、目を輝かせながら興味津々に聞いていた。


「ただポケモンと一緒に戦うだけじゃダメなんだ……。本当の意味でトレーナーにはなれないんだ……」
「私も旅立ったばかりの頃は知識が少なかったんだから。落ち込む必要なんて無いよ。ミツル君、今後もラルトスと一緒に居るでしょう?」
「もちろん!」
「それじゃあ、なにもかも これからじゃないの。これから、進んで行くの」
「これから……」
「私も偉そうに言える立場じゃないから。一緒に進もう、ね」


にっこり笑って言うと、頬を染めて俯くミツル。
体の調子は良くなっているようだけれど、シャイな所は変わっていないらしい。

その日はそのまま家に泊めて貰う事になった。
ミツルの部屋、カナタが床に敷かれた布団に寝転がってもまだ、隣のベッドに居るミツルは話を聞きたがった。
可愛い弟が出来たようで、カナタも気を悪くする事なく話す。

ふとそこでユウキの事を思い出した。
ミツルの事は可愛い弟のような存在だと思えているけれど、ユウキに対しては何故か、弟のような印象が持てない。
どこまで行っても友達のような感覚しか持てず、どうしてだろうと疑問符を浮かべた。
彼とは一ヶ月間も家族として一緒に暮らしていたのに……。
そんなカナタの疑問は、ミツルの言葉で中断される。


「やっぱり実際に経験するのって、本で読むのとは全然 違うんですね」
「うん、全然違うよ。ミツル君も元気になったら旅に出てみるのも良いんじゃない?」
「……旅、に……」
「その日の為にポケモンの事を勉強して、知識を蓄えておくと良いよ」
「はい、そうします」


何となくだけれど、ミツルはこれから強いトレーナーになるのではないかと思える。
時間は掛かるかもしれないが、ひょっとしたらカナタよりずっと知識を蓄えて、エリートと呼ばれるようなトレーナーになるのではないかと。
いつの日か追い越される日も来るかもしれない。
心のどこかでそれを楽しみにしている自分を見付けて、カナタは苦笑を漏らした。


「(後輩が出来て浮かれてるんだろうな。ユウキ君もこんな気持ちだったのかも)」


それからもミツルと話していたカナタだったが、やがて彼が寝落ちしてしまったので、そのままカナタも眠りに落ちるのだった。



翌朝、シダケタウンを後にするカナタ。
見送りに町の出口まで来てくれたミツルは、相変わらず頬を上気させながら、それでも真っ直ぐに告げて来た。


「カナタさん、ぼく……きっと、もっと……ずっとずーっと強くなります。たった一度のポケモン勝負で、自分の限界、ラルトスの限界……、色んなこと分かり始めた気がするから……」
「うん、一緒に成長して行こうね」
「一緒に……。じゃあ、あの……その……カナタさん。もし良かったらあなたの事を、ぼくのライ……」


そこまで言って、慌てて口を噤んだミツル。
ライ……ライバルと言おうとしたのだろうか。
昨日、あれだけアッサリ負けてしまった手前、言い辛いのだろう。
しかしカナタは、先輩とは言えミツルとはそれ程 遠い位置に居るとは思っていない。
一緒に成長して行こうと言ったばかりだし、彼が自分をライバルだと思ってくれるなら。


「私達、友達でトレーナー仲間で、ライバルだね」
「え、えっ……」
「嫌?」
「い、嫌じゃないです……ぼくも今、そう言おうとしてて……でも……」


ミツルはまだ おろおろしていたが、一つ深呼吸をして気を落ち着かせる。
そして一瞬だけ気弱さを完全に消し去り、力強ささえ感じる声音で告げた。


「ぼく、まだ自分からあなたの事をライバルとは呼べません。けれどいつか必ず、そう自信を持って呼べるように成長します」
「楽しみにしてるよ。私も負けてられないね」
「旅の話、聞かせてくれてありがとうございました。これからも気を付けて、元気でいて下さいね!」


昨日のしょげていたミツルはもう、どこかへ消えてしまった。
カナタの話で元気を取り戻してくれたようで、役に立てたなら嬉しい。

キンセツシティに戻る高原の下り坂、暫く手を振り続けてくれたミツル。
彼とまた再会できる事を願ってカナタは歩を進めた。





to be continued......


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