EXTENSIVE BLUE
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カナタ
カイナシティ
バッジ2個

手持ち
ジュプトル♂
グラエナ♂
ジグザグマ♀
ラルトス♀
スバメ♂

旅時間:9日目



沢山の人で賑わうカイナシティ港の一角、ちょっとした広場になっている場所に人だかりが出来ている。
カナタはその輪の中心で、トレーナーバトルをしていた。


「ジグザグマ、“ずつき”! ラルトス、“ねんりき”!」


お互いに2体のポケモンを出して戦うダブルバトルの最中。
相手のおばさんトレーナーが放ったプラスルとマイナンを倒し、このバトルはカナタの勝利となる。
周囲で見ていた人々から歓声が上がり、カナタはその歓声に少々照れつつ、大喜びで跳ね回るジグザグマとラルトスの元へ駆け寄った。
そして2匹まとめて抱き上げる。


「お疲れ様ふたりとも! 素敵だったよ!」


カナタも手持ち達も、バトルには随分と慣れて来た。
出会った頃は痩せてふらふらしていたラルトスも、今はしっかりと地面を踏みしめ敵に対峙出来ている。

……と、突然ジグザグマとラルトスの体が輝き始める。
おおっ、と観衆から驚きの声が上がり、3回目となったカナタは少しだけ驚きつつ、今までよりずっと落ち着いた心で2匹を石畳の地面へ下ろした。

光に包まれた2匹のシルエットはぐんぐん大きくなり、光の消失と共に止まる。
光が消え去り現れた新たな仲間に図鑑を向けるカナタ。
ジグザグマが進化したマッスグマは茶色っぽかった体毛に白さが目立ち、その名の通りにツンツンしていた毛並みが流れるように真っ直ぐになった。
ラルトスが進化したキルリアは隠れていた目元が見え、スラッとした長い足、キリッとした表情、一気に“お姉さん”の様相になっている。

成長度合いが同じだったのだろうか、まさか2匹同時に進化だなんて。
慣れて落ち着いたとはいえ嬉しさは今までと変わらない。
周囲に観衆があるので抑えようとしていたカナタだったが、結局 我慢できなくなって2匹を思い切り抱きしめた。
大きくなった彼女達を同時に抱え上げる事はもう無理だけれど、そんな事はどうでもいい。


「マッスグマ、キルリア! 進化してくれてありがとう! これからもよろしくね!」


満面の笑みで抱き締めた2匹に頬ずりすると、彼女達も同様に返してくれる。
観衆や戦っていたおばさんからも次々に祝福の言葉を貰い、落ち着いて来ると妙に恥ずかしくなってしまった。
お祝いよ、なんて言って少々多めに賞金をくれたおばさんに頭を下げて礼を言い、2匹をボールに戻すとジュプトルを連れてその場を走り去る。
そんな彼女を微笑ましく見守っていた観衆達。


「進化“おめでとう”じゃなくて、進化してくれて“ありがとう”か。そんな風に考えた事って無かったな」
「ね。一緒に戦って成長してくれてるから、祝福よりも感謝……。そういう考え方も悪くないと思うよ」
「ポケモン達と随分 心が通い合ってたみたいだし、不思議な雰囲気の子だったわね」


そんな風に噂されている事に気付かず、カナタは建物の角を曲がり、観衆達から見えなくなる所まで離れて息を吐いた。

アクア団の騒動から数日。
どうやら彼らはもうカイナシティに用は無いようで、この街ではすっかり見かけなくなった。
お陰で安心して観光したりバトルしたり、充実した日々だ。
科学博物館に行って海の事を勉強したし、港を散歩してフードワゴンの名物食べ歩きなんかもした。
海沿いの市場で買い物もしたりと、存分にカイナシティを満喫している。

あと手持ちで進化を経験していないのはスバメだけになったが、焦っても仕方ないのでじっくり育てて行く事にする。
カナタはポケモン達のおやつ用の木の実を買いに、市場へやって来た。


「えーっと、ズリの実を4つとフィラの実を2つ、あとカイスの実はそこの小分けにしてあるものを」
「おう、お姉ちゃん今日も来てくれたのかい。ヒメリの実もおまけしとくよ。疲れたポケモンも元気に技を繰り出すようになるぜ!」
「あ、ありがとうございます」


市場にはよく訪れ、少しずつ常連のような扱いを受ける事も増えて来た。
なんだかカイナシティに居住を決めたような、むしろ昔からここの住人だったような気さえして来るが、当然ながらそんなものは単なる気のせいである。
そもそもたった数日で古株気取りはさすがに苦しい。

明日のおやつはポフレにしようかな、なんて考えながら歩いていると、ふと隣を歩いていたジュプトルが手を握って来た。


「? どうしたのジュプトル」


訊ねても人の言葉を喋れないジュプトルは視線を向けて来るだけだが、その表情が寂しそうな笑顔で、どうにも気になってしまった。
彼がこんなに寂しそうに笑うような事が今 起きただろうか?
立ち止まって視線を合わせても、変わらぬ表情のまま小さく鳴き声を上げるだけ。

……こんな時に、ポケモンの言葉が分かったら。

ついつい、カナタはそんな事を考えてしまう。
今までも表情や鳴き声、雰囲気で彼らの言わんとする事が分かったが、やはり複雑な話となるとそれだけで理解するのは難しい。
今ジュプトルが複雑な事を考えているのは彼の態度で分かるのに、その内容が全く分からず相談に乗ってあげられないのは、辛い。
今のカナタに出来るのは、寂しそうな彼を癒やせるように行動する事だけ。

しかし、出来る事がそれだけならばやるしかない。
自分はジュプトルのトレーナーなのだから、相棒なのだから。
少しでも力になれる事があれば進んで実行すべきだし、そうしたい。

カナタはちょっと道の端に避けると、ジュプトルを思い切り抱きしめた。
驚くジュプトルに構わず背中を優しく叩いてあげる。


「ごめんねジュプトル。私、あなたが何を考えているのか分からない。だけどせめて慰める事なら出来るから、必要になったら教えて。私はいつまでもあなたの傍に居るからね」


ポケモンの方は人間の言葉を理解している様子なので、優しく撫でながら一つ一つ噛みしめるように告げる。
驚いてやや挙動不審になっていたジュプトルもやがて、落ち着いたように息を一つ吐き出した。



翌日、カイナシティを出て北の110番道路へ向かったカナタ。
まだ出立する気はないが、こちらの方にもトレーナーが居るようだし、出現する野生ポケモンも確認しておきたかった。

街を出て30分ほど歩くと、先の方に何か高い建物のような物が見えた。
近づいてみるとそれは、巨大な柱に支えられた高架道路。


「わー、見てジュプトル! あんな高い所に道路があるよ!」


看板を調べてみたところ、自転車専用のサイクリングロードらしい。
あんな所を走れたらさぞ気持ち良いだろうに、残念ながらカナタは自転車を持っていない。
レンタルとかしてないかなー……なんて思ってみるものの、望みは薄そうだ。

諦めて更に道路を北へ向かったカナタ。
道の先の方に、見覚えのある服の集団を見付け思わず立ち止まった。
アクア団だ。5人の団員が道を塞ぐように、何やら話し合っている。
思わずジュプトルと共に木陰に隠れ、様子を窺ってみた。


「このまま110番道路を北に抜けてえんとつ山を目指すぜ!」
「うわあ、けっこう遠いわねー……途中のキンセツシティで一休みしよーよー」
「いいね! さんせー!」


幸いカナタ達には気付かなかったようで、そのまま彼らは北の方へと去って行った。
ほっと一安心するが、まさかまだアクア団がこの辺りに居たとは……。


「どうしようジュプトル、アクア団が居るのなら出発はまだ先にした方が良いよね?」


キンセツシティは、カイナシティを出発すれば目指す事になる街だ。
そこ以外に道が繋がっていないしジムもある。
ジュプトルもカナタの言葉に異論無く頷いた。
とはいえ、まだカイナシティを出発する予定は無かったが。

今のうちに少しでも力を付けておいた方が良いと思ったカナタは、さっそく近くの草むらで野生ポケモンとのバトルを試みる。
何か出現しないかな、と辺りを見回すと、草むらがガサリと揺れた。


「! ジュプトル!」


飛び出して来たのは、まだ見た事のないポケモン。
犬のような形だがほぼ全身が緑色で、後ろへ撫で付けてあるような……耳?
分からないが何とも形容し難い体の器官が特徴的だ。
図鑑を向けてみると、あれはラクライというポケモン。
電気タイプ……まだ手持ちに居ないタイプだ。
手持ちの構成からしても、そうそう悪い選択ではないだろう。


「ジュプトル、“でんこうせっか”!」


ここは捕らえてみようと先制で攻撃を繰り出した。
ラクライがこちらに気付いた瞬間、攻撃が命中する。
ほぼ不意打ちだったからかもしれないが、予想外にラクライが吹っ飛んでこちらが驚いてしまった。
能力差もあるし、あまり攻撃を加えると倒してしまうかもしれない。
そう判断したカナタはすぐさまモンスターボールを投げる。
ボールはラクライを捉え、数回揺れた後にカチリと音がした。
カナタは駆け寄りボールを拾い上げる。


「やったー! 自力でゲットしたの2匹目ね!」


これでカナタの手持ちは6匹。
トレーナーが公式戦で所持できる上限まで持てた事になる。
大事なのは数ではないにしても、何となく心が上擦った。
あれだけ動物を恐れ苦手としていた自分が、今や6匹ものポケモンを所持するトレーナー。
故郷に居た頃を思い出すと とても信じられなかった。
けれど今この自分こそが現実で、間違いなく自分自身。
むしろ過去の自分の方が信じられなくなり、苦笑するカナタ。


「まあ、今もまだ手持ち以外はちょっと怖いしね。未だジュプトルに、ボールから出て付き添って貰ってるし……」
「あれ、カナタさん?」
「えっ」


突然、聞き慣れた声に名を呼ばれた。
そちらを見てみれば、そこに居たのはユウキ。
思いがけない再会にお互いの顔がぱぁっと明るくなる。


「数日ぶり! いや一週間くらいかな。調子どう?」
「なかなかいいよ、バッジ2つ手に入れたんだ。今ね、ラクライ捕まえて手持ちが6匹になったの!」
「もう!? なんだよカナタさん、ポケモン大丈夫なんじゃん」
「えーっと、でも未だジュプトルに……」
「……ああ」


戦っていたからでもあるが、ボールに入らないままカナタに寄り添っているジュプトルを見て、察した……と言いたげな微妙な顔になるユウキ。
いつの間にこちらへ来ていたのだろうか、今はこの近辺のポケモンの分布などを調べているらしい。


「ずっと昔の世界は今よりもっと自然がいっぱいで、ポケモンも沢山 居たんだって。父さんもオレもそんなポケモン達の事もっと知りたくて、こうしてフィールドワークをやってるんだ」
「昔の世界……」


ユウキの言葉を聞いて思い出したのはアオギリの目的。

“人間達の愚かな行動も、破壊された海も自然も、全てを始まりに還す”

始まりという事は、昔の状態という事だろう。
今よりもずっとずっと自然で溢れ返る、ポケモン達の為の楽園。
アオギリはこの世界をそんな風にしたいのだろうか。

カナタが考えている事など知る由も無いユウキは、モンスターボールを手に臨戦態勢。


「ところでカナタさん、ポケモン勝負しようぜ! 前カナズミで会った時に約束したよな?」
「へ、えっ、約束なんてしたっけ?」
「したした! じゃあ行くよ! 先輩として後輩の成長も見てあげないとな!」


初めて戦った時と同じ問答無用状態でバトルが始まるが、カナタもあの時より随分と成長している。
ユウキが初手で繰り出したのはホエルコ。
ハギ老人の船から落ちた時に助けてくれたあのポケモンだ。
水タイプには草か電気、だが捕まえたばかりのラクライはまだ回復させていない。
必然的に出番はジュプトルに回ってくる。

成長しているとはいえ反応は遅れてしまった。
ポケモンへの指示はユウキの方が早い。


「ホエルコ、“うずしお”!」


ホエルコが繰り出した水が渦巻きになり、ジュプトルの周囲を取り囲む。
効果は今ひとつであまりダメージにはなっていないが、渦はしつこくジュプトルに纏わり付いて来て、持ち味の素早さがすっかり殺されてしまった。


「頑張ってジュプトル、“リーフブレード”!」
「“ころがる”だホエルコ!」


ジュプトルのリーフブレードが渦に邪魔され外れたところで、転がって来たホエルコとまともに衝突してしまう。
吹っ飛ばされながらも起き上がったジュプトルに、カナタは指示の変更を余儀なくされる。


「ジュプトル、“メガドレイン”!」


渦に邪魔され物理技が当たり難いのなら、特殊技を使うまで。
今の“ころがる”の威力を見るに、メガドレインで攻撃しつつ回復すれば、問題なく耐える事が出来るだろう。
タイプ的にも相性は有利。
“メガドレイン”で多めに回復したジュプトルへ、再度ホエルコが転がって来る。
これも渦に邪魔され命中してしまうが、再度“メガドレイン”で攻撃しつつ回復。
そして三度、ホエルコが転がって来る。


「大丈夫、耐えられるよジュプトル!」


今までの攻撃力から考えて問題は無い、次の“メガドレイン”で勝てる……。
そう思っていたカナタだったが、三度目の“ころがる”が、明らかに先ほどより凄まじい威力でジュプトルに命中した。
思い切り吹っ飛ばされたジュプトルは、あえなく戦闘不能に。


「ジュ、ジュプトル! もしかして今、急所に当たった……!?」
「カナタさん、この技を見るの初めてなのか? 先輩として教えてあげるけど、“ころがる”は連続で繰り出す度に威力が上がって行くんだぜ!」
「そんな技があったの……」


何にせよ勉強になった。
旅に出てから回復以外で初めて彼をボールに戻し、次に繰り出したのはマッスグマ。
マッスグマは突進ポケモンなんて呼ばれるほど走る事に特化したポケモン。
ホエルコの“ころがる”に対抗してくれるはず……!


「マッスグマ、“たいあたり”!」
「まだまだ“ころがる”だホエルコ!」


一気に加速してホエルコへ向かうマッスグマ。
球体を活かして転がって来るホエルコと衝突したが、ジュプトルの攻撃で体力が減っていたホエルコの方が弾き飛ばされる。
戦闘不能になったホエルコを戻し、ユウキが繰り出したのはキノココ。
このままマッスグマで戦おうか……と思っていたカナタだが、突然、カナタの手持ちボールの一つが揺れ始める。
確認してみればスバメの入ったボール。
自分を戦いに出せと主張しているのだろうか。


「(……焦ってるのかな、自分だけ進化していないから)」


ラクライが仲間入りしたため“自分だけ”ではなくなっているが、昨日の時点では彼だけが進化を経験していなかった。
その気持ちを汲んだカナタはマッスグマを戻し、スバメを繰り出す。


「キノココ、“しびれごな”!」
「“つばさでうつ”!」


キノココが“しびれごな”を飛ばそうとしたが、その前にスバメが身軽さを活かした飛行で勢い良く突っ込んだ。
凄まじい勢いに小細工を仕掛ける間も無く戦闘不能に陥るキノココ。
ユウキは一瞬の出来事に唖然としたが、すぐキノココをボールに戻すと楽しそうな笑みを浮かべる。


「やる気すごいなそのスバメ! でもオレもまだ負けてないよ! 行くんだワカシャモ!」


ユウキが博士から貰い受けたアチャモは進化していたようだ。
繰り出されたワカシャモは格闘に秀でたような見事な体躯を手に入れている。
カナタの選択はそのまま、スバメで戦い続ける。


「ワカシャモ、“ニトロチャージ”!」
「“かげぶんしん”よスバメ!」


スバメは守備力が低め。
攻撃力の高そうなワカシャモを警戒し防御から入る。
素早さで翻弄すればキノココのように戦い易いはずだ。
ニトロチャージは命中したが、まだ耐えられる。
……ジュプトルの時のような事が無ければ、だが。


「スバメ、“つばめがえし”!」
「もう一度“ニトロチャージ”!」


身体能力の高そうなワカシャモに避けられないよう、必中の飛行技でガンガン攻めるスバメ。
しかし、心なしかワカシャモの素早さが上がっている気がする……。


「(ひょっとしてあの技、素早さを上げるのかな)」


カナタの予想は当たっていた。
本当はもう一度“かげぶんしん”で回避を上げようとしたカナタだったが、早めに倒さないと素早さをどんどん上げられてしまう。
ワカシャモは進化後でスバメは進化前。
進化とは成長であり、進化後のポケモンは基本的に能力がぐんと上がる。
そうやって身体能力を上げられては、得意分野も意味を成さない。
こうなったら防御に回らず速攻で倒すしかない。


「スバメ、“つばさでうつ”!」
「ワカシャモ、“ニトロチャージ”だ!」


やる気に満ちたスバメの力を信じ、ムロジムで決着をつけた技を指示するカナタ。
炎を纏ったワカシャモの攻撃と風を切るスバメの攻撃がぶつかる。
能力はワカシャモが上、タイプの相性はスバメが有利。
果たして結果は……。


「あ……」


思わずといった風なユウキの声が漏れ、地面に倒れたのはワカシャモの方。
これで手持ちが尽きたらしく、ユウキは少し俯いた後、バッと顔を上げて困ったような笑顔を見せた。


「へえ! やるじゃんカナタさん! いつの間にかこんなにポケモン育ててたんだね。なんか上手く言えないけど……けっこうビックリしたよ」


ワカシャモに駆け寄り、労りの言葉を掛けながらボールに戻すユウキ。
あれだけポケモンを怖がっていた後輩トレーナーの成長が、嬉しくもあり悔しくもあるのだろう。
カナタは少々照れ臭い思いをしながらも、ムロジムに引き続いての健闘を見せたスバメに駆け寄る。


「お疲れ様スバメ! 帰ったら今日は奮発して豪華なポフレを……」


言いかけた瞬間、スバメの体が光に包まれる。
あっ! と同時に声を上げるカナタとユウキ。
焦っていたようだったスバメにも、ついにこの時が来た。
スバメの進化形、オオスバメ。
体は随分と大きくなり翼も立派に成長。
スバメの頃よりずっと鋭くなった目とクチバシは、自信に満ち溢れているようだ。


「スバメ……じゃなかった、オオスバメ! ありがとう、進化してくれたのね!」
「良かったじゃんカナタさん! おめでとう!」


ユウキも我が事のように喜んでくれる。
きっとこれでスバメが焦る事も無くなるだろうとカナタは安堵の息を吐いた。

ひとまずカイナシティに戻り、ポケモン達を回復させる事にした2人。
手持ち達の回復を待つ間ポケモンセンターのソファーに座っていたカナタは、ふと窓の方へ視線をやり、じっと外を見つめ始めた。
それに気付いたユウキが疑問符を浮かべながら声を掛ける。


「カナタさん、外に何かある?」
「え? あ、ううん。海を見てたの」
「海……」
「砂浜の方に人がたくさん居たじゃない。ああやって楽しそうに遊んでたのを思い出すと……。ちょっと、羨ましいなって。思っちゃって」


カナヅチだしまだまだ海は怖い。
けれど家族や友人、カップル、そしてポケモン達……。
様々な組み合わせで楽しそうに遊んでいた人々を思い出すと、羨ましい、自分もああやってポケモン達と海で遊べたらさぞ楽しいだろうと、
ついついそんな事を思ってしまう。

そうやって寂しそうに笑顔を浮かべるカナタを見ると、どうしてだかユウキの心がズキリと痛んでしまった。
何とかしてあげたい、力になれるならなってあげたい。
家族や先輩としてだけではない気持ちが沸き上がる。
その気持ちの正体が何なのかユウキにはまだ分からないが、それがユウキを止める理由になったりはしない。


「いいじゃん、遊ぼうぜカナタさん」
「遊ぼうって……私、カナヅチ治ってないよ?」
「ホウエンで海を満喫しないなんて勿体ないじゃんか。オレが泳ぎを教えてあげるから一緒に海に行こう!」


正直、迷った。
5歳も年下の子に泳ぎを教えて貰うなんて情けないと思ったから。
だが機会が訪れたのに、それを無視してこのまま逃げ続けるのも情けない。
苦手なものや出来ない事は、少なければ少ないほど良いのだから。


「……そうしようかな。うん、泳ぐ練習してみる。もしかしたら、泳げたら海も怖くなくなるかも」
「決まりだな。じゃあ午後……1時に海の家に集合って事で!」


海の家ならカイナへ最初に辿り着いた時に見掛けたので場所は分かる。
回復の済んだポケモン達を受け取り、カナタ達は準備の為に一旦別れた。



そして待ち合わせの時間。
すっかり着替えて海の家で待っていたユウキだが、ここへ来るまでに重大な事実を忘れていた事に気付いていた。

……それは、泳ぐのだからカナタも水着になるという事。
よくよく考えれば当たり前の事なのに、カナタの力になってあげたいとそればかりが頭を占拠していて、その事をすっかり失念していた。


「ユウキ君お待たせ!」
「あ、うん……」


いつも通りジュプトルと一緒にやって来たカナタが着ていたのは、大人し目なタンキニタイプの水着。
ユウキは彼女が露出の少ない水着を着て来た事に、安堵したりガッカリしたりと心の中が忙しない。
思春期少年の心は複雑だ。


「ちょっと遅れちゃった……ゴメンね。水着、レンタルしようか買おうか悩んじゃって。折角だし、泳げるようになりますようにって願いも込めて買っちゃったの」
「そうなんだ。えと、に、似合ってるよ」
「ありがとう」


照れ全開のユウキの褒め言葉に、何でもない笑顔で返すカナタ。
全く意識していないから自然な態度を出せるのだと考えると、ユウキは妙に意識しまくりの自分が恥ずかしくなってしまう。


「と、とりあえず! 泳ぐ練習しようか。いや、まずは海に入る練習かな」


カナタはちゃっかりと浮き輪を持っているが、今のカナタは浮き輪があっても海には入れない。
まずは浮き輪ありでも良いので海に入れるようにするべきだろう。
ユウキの言葉に目に見えて固まるカナタだが、せっかく決意したのでここで引き返す事はしたくなかった。

人混みが少ない場所の波打ち際まで歩き、そのままザブザブ水の中に入って行くユウキ。
カナタはそんな彼の背中を見送りながら足が止まっている。
カナタ自身としては、波打ち際まで近付けただけでも進歩なのだが、当然ユウキはそれで合格だなんて言う気は無い。
ホエルコをボールから出すと、その隣で手招いた。


「ほらカナタさん、ホエルコ出したから万一の時も大丈夫だって。ジュプトルも手伝ってあげなよ」


言われるまでもなく、ジュプトルは進んで海に入るとカナタに手を差し出す。
それでも少しの間 固まっていたカナタだったが、やがて怖ず怖ずと歩を進め、一歩また一歩と波打ち際に近付いて行った。
ユウキもジュプトルも急かす事なく待っていてくれる。

立てられる波の音は星の鼓動だろうか。
どこまでも続き人が知り得ぬ深さまで広がる青色は星の心だろうか。
自分はこのどうしようもなく広大な化け物に拒絶されているのだろうか。

……いいや、拒絶しているのは自分の方。
この海が化け物に見えるのも自分の恐怖心のせい。
ホウエンの自然は、海は、初めからカナタを受け入れてくれていた。
自然はただ厳しいだけで、誰をも拒絶したりしない。


「……ジュプトル、ユウキ君」
「なに?」
「もし失神したりしたらよろしくね」


えっ、と呆気に取られたユウキが返事も出来ないうちに、カナタはヤケになったように海へ向かって走った。
バシャッと確かに水を踏む音。砂浜よりも更に足取りを重くする律動。
脹ら脛まで水に浸かった辺りで止まってみた。

……埋まっている。
人が、動物が敵いっこない、世界で最も巨大な【生き物】の【体】に、カナタの足は確かに埋まっていた。
血の気が引いたような気がしたけれど、倒れないようジュプトルとユウキがカナタを支えてくれる。


「あ……」
「大丈夫だよカナタさん。オレもジュプトルもホエルコも居るからさ」
「……ありがとう」


支えられながら、自分の体がこの星の大部分と密着している事に気付いた。
この砂浜すべてとも密着しているし、水平線とも密着している。
ムロタウンとも、ミシロタウンやカナズミシティとも密着している。
それどころか星の裏側にある国とだって密着しているに違いない。
そこまで繋がった海と一体化している、そう考えると妙に感動してしまった。
それでもあまり自力で動けないらしいカナタに、ジュプトルが苦笑のような表情を見せながらスポッと浮き輪を被せる。
それでようやく、海に入る前までの気分を戻せたらしいカナタ。


「海って、すごいね」
「そりゃそうだよ。全ての生命は海から生まれたんだって言う人も居る」
「そんな海と一体になれるって、すごいね」
「泳がなくても浮いてるだけでも楽しいよ。ポケモンと一緒にやるともっと楽しい。ホエルコもついてるからさ、浮き輪で浮いてみない?」
「……やってみる」


改めて浮き輪を装着し、ユウキに手を引かれて少しずつ深い所へ。
ジュプトルもカナタの後ろから、いつでも支えられる距離で付いて来る。
まだ足は付く深さだが、浮き輪を装着している関係で海に浮かぶカナタ。
波に任せて揺られていると、更に海と一体化したような気がする。
ジュプトルもユウキもホエルコも側に居てくれるから、なんとか自分を保ったまま広大な青に浸る事が出来た。


「不思議。なんだか、ずっと昔から海に居たような気がする。……ふふっ、現金だよね。海に入れるようになった途端、こんな感覚を持つなんて」
「さっき言ったじゃん。全ての生命は海から生まれたって主張もあるって。帰って来たなあって気分になるんじゃない?」
「そうかな。多分そうなんだろうね」


ユウキの言葉に納得して、まだ怖々ながらも海を満喫するカナタ。
そうして海に対して身近な印象を持ち始めるカナタに、
背後でジュプトルが複雑そうな顔をしていた事には、誰も気付かなかった。





to be continued......


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