EXTENSIVE BLUE
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カナタ
石の洞窟
バッジ2個

手持ち
ジュプトル♂
ポチエナ♂
ジグザグマ♀
ラルトス♀
スバメ♂

旅時間:8日目



洞窟で出会ったダイゴに手紙を渡し、デボン社長のお使いは果たせた。
ムロジムも攻略したのでそろそろ次の場所へ向かっても良さそうだ。
今はムロタウンにあった小さな商店で軽く昼食を買って、どこか外で食べようと町中をウロウロしている所。
さすがポケモンが浸透している世界というか、ああいう個人商店のような場所でもポケモン用の食べ物が売ってあるのは心強い。
やはり元の世界で言うペットとは扱いが全く別のようだ。

山への登り口に階段があるのを見付けて真ん中辺りまで上り、ポケモン達をボールから階段の踊り場へ出す。


「これ食べたらハギさんの所に行って出発するからね。途中でお腹空かないようにしっかり食べておいて」


手持ち達の食事をすっかり用意してしまった後、階段の段差に座ったカナタも袋からサンドイッチを出して食べ始める。

それなりの高さがある階段の途中。
下方に広がる町はほとんど見えず、カナタの視界に入るのは青と白だ。
信じられない程に真っ青で広大な空と、くっきり分かれている真っ白な雲。
広い範囲まで見える水平線と微かに白く波立つ水面。
この踊り場は周囲や上方に生えている木の関係で日陰になっており、明るさの差異で余計に、太陽に照らされた海と空の色が眩しい。

何となく昔の夏休みを思い出した。
待ちに待った後での高揚感と、何の心配事も無かった無邪気な心。
何もかもが楽しく輝いていた幼き日々。

そこまで考えてカナタは小さく首を振った。
今だって、そして未来だって楽しく輝かせてみせる。
昔に負けない楽しさを覚えられたら、少しは大人に近付けるような気がした。
そして願わくば、ポケモン達と一緒に達成できたらいい。


「……ううん、それだともう、達成できてるかな」


呟いて手持ち達を見ると、不思議そうな顔で視線を返して来た。
大好きな彼らと一緒の日々は大変な事も多いけれど、反面、とても楽しさを感じる事が出来る。
過去を思い出し嘆いてばかりではいつまでも先へ進めないだろう。
たまには思い出して懐かしんでも良いが、それは“今”に楽しさを感じた上でやるべき。


「先に進もう。そしてこれからも、楽しい思い出を沢山つくろう」


一人で呟いたつもりが、いつの間にか隣に座っていたジュプトルがカナタを見てニッと笑み、同調するように優しく鳴き声を上げる。
一人じゃない。旅に出てからずっと感じている事だけれど、やはり改めて思い知ると頼もしさが湧き上がって来た。



昼食を終え、カナタはハギ老人が居る彼の友人の家へ……行こうとしたら、その前に通りかかった桟橋にハギ老人の姿を見付けた。


「ハギさん、何かあったんですか?」
「おおカナタちゃん、ちょうど良かった。ツワブキ社長から連絡があって、少し小屋まで戻っておったんじゃ。何でも追加のお願いがあるとかでな」
「追加のお願い?」
「ああ。お前さんが取り戻してくれた荷物を、カイナの造船所に居るクスノキっちゅう人に届けて欲しいそうじゃ」


どうせムロの後はカイナシティの方へ行く予定だったし、そのくらいのお使いならば何という事も無い。
きっとダイゴに手紙を届けた時のようにすぐ済ませられるだろう。
準備は既に整っているので、またジュプトルに手を取って貰いながら船に乗る。
ムロへ向かった時と同じように船首に程近い段差の上で座り込み、広大な海をじっと眺めてみた。

まだ出発したてでスピードが乗っていない為に波の影響をかなり受けているが、幸いにも揺れはそこまで大きくない。
ドキドキしながらも船の縁で体を支えて立ち上がると、海の上に居るという現実を嫌でも思い知らされるが、背後のジュプトルを振り返り必死で強がってみる。


「ほ、ほらジュプトル。こんなに平気になったよ」


声が震えている。ちなみに手と足も。
強がりが手に取るように分かるジュプトルは心配げな顔をして、カナタを支えて戻す為に手を伸ばしかけた。

だがその瞬間。
突然やや大きめの波が来てカナタの体が傾く。


「えっ?」


体が震えていた為か、いとも簡単に大きく揺れるカナタ。
その体は船の縁を越え海面の方へ。
切羽詰まったジュプトルの鳴き声が響き、驚いたハギが船を停止させて舳先の方を見るがカナタが居ない。
しかしジュプトルが縁に手を付いたまま後方の海を見ていて、ピーコちゃんもそちらを見ている為にハギ老人も同様にしてみた。

……カナタが浮いている。宙にではなく海面に。
まるで地面に座るように水面にへたり込んでいて、すぐに後を追って飛び込もうとしていたジュプトルは驚き、呆気に取られて動けなかったようだ。
カナタはといえば、海に接している恐怖と浮いている事の疑問で体がガチガチに固まり、動けそうもない。
ハギ老人が船を旋回させカナタの元へ。


「だ、大丈夫か?」
「……はい」


ロクにハギ老人の方さえ見る事ができず、
ただひたすら固まった体で前だけを見ているカナタ。
カナタを船に引っ張り上げようと手を伸ばしかけたハギ老人は、水面下、カナタの下のものに気付いて呆けた声を上げる。


「こいつはホエルコじゃないか」
「ホエルコ……?」


怖くて下を見る事が出来なかったカナタだが、恐る恐る視線を下げてみた。
そこに居たのは青くて丸い、つるつるした感触の何か。
それが少しだけ浮上して小さく鳴き声を上げた。
ポケモン……なのだろう、恐らく。
ハギ老人とジュプトルに船へ戻して貰い、図鑑を向けてみる。

丸っこい鯨のようなポケモン、ホエルコ。
図鑑によると平均2m程だそうだが、随分と小さい。
座り込んだカナタの足の位置より一回り大きいくらいで、せいぜい80〜90cmぐらいしかないように見える。
何にせよ助けて貰ったのでお礼を言っておく。


「ありがとう、お陰で助かったよ」


にっこりと微笑んで言うが、ホエルコは少しだけカナタを見つめた後、すぐ海中へ潜ってしまった。
ちょっぴり寂しかったが、用が無くなった以上いつまでも海を眺めていられない。
特にこの辺りは深くて底が全く見えないのだから。
やはり海への恐怖を完全に克服するには、まだまだ掛かりそうだ。

改めてハギ老人とジュプトルに礼を言い、カイナへ向けて出発する。
ジュプトルはもう絶対に落とすまいとばかりに、カナタの手をしっかり握って放そうとしない。


「……ジュプトル、私なら大丈夫よ?」


そう言っても、ムッとした顔でこちらを見るだけ。
確かに心配を掛けてしまったし、ホエルコが居なければ海中に沈んでいたかもしれない。
そもそも“大丈夫”というのも だいぶ心許ない言葉。
これは甘んじて受け入れるしかないだろう。
爽やかな潮風と晴れ渡った海を眺めながら、苦笑するカナタだった。



やがてカイナシティへ辿り着く。
桟橋の先は広大な砂浜が広がり、海水浴客がたくさん。
中にはポケモンバトルを繰り広げる人も居て、あちこちで小さな人だかりが出来ていた。


「ハギさん、お世話になりました」
「うむ、確かクスノキさんに荷物を届けるんだったな」
「はい。それが終わったら こっちの東側を旅します」
「旅はええもんじゃぞ。若い時は無茶せん程度にあちこち行きなさい。それは経験となって人生を豊かにしてくれる。気をつけて楽しんでおいで」
「はい、ありがとうございました!」


頭を下げて礼を言い、ピーコちゃんにも手を振って別れを告げた。
今は午後3時を回った時刻、まだまだ太陽は熱く照り付けて来る。
大賑わいの砂浜に心がぐらついたものの、ぐっと堪えてツワブキ社長からのお使いを済ませに向かった。

造船所があるのは砂浜から離れた港地区。
田舎の漁村といった趣だったムロタウンの港とは全く違う、貨物船やコンテナ船に大型の客船、観光用の洒落た帆船などが停泊する大きな港だ。
漁船もあるが どれも大きくて立派で、遠洋漁業用の工船もある。


「うわー、おっきな港! 明日お散歩しよっか」


わくわく顔でジュプトルに言うカナタ。
海沿いの道には人が行き交い、軽食を売るフードワゴンがちらほら。
明日、と宣言しておかないと今にも寄り道してしまいそう。

ハギ老人の船で散々海と付き合った影響か、ちゃんと陸上に居て海から少し離れていれば、恐怖を覚える事は無くなったようだ。
これは少し克服できた、と言っても構わないだろう。

大型クレーンが立ち並ぶクスノキ造船所。
圧倒されて、お上りさんよろしくキョロキョロしながら建物の中に入った。


「ご、ごめんくださーい」
「……ん? キミは……」


カナタの声に反応したのは、やや頭の寂しい中年男性。
彼がクスノキだろうか?
忙しそうにしている人に用事を挟むのは気まずいが、お使いがあるので勘弁して貰おう。
……そう言えばダイゴに手紙を渡す時も必要以上に緊張していた気がする。


「私、ヤツシロ カナタという者です。クスノキさん宛てに荷物を預かって来まして……。あなたがクスノキさんですか?」
「いいや、僕はクスノキ館長から連絡船の設計を任された、ツガという者だよ。ところで荷物って……あ、それはデボンの……!」


カナタが持っていたバッグに反応したので、ちゃんと連絡が行っている物だったようだ。
ツワブキ社長の様子ならちゃんと気を回してくれると確信があったが。
しかしツガという男性は、困った様子で首を捻ってしまう。


「クスノキ館長、また科学博物館に行っているみたいなんだよ。悪いんだけど荷物はクスノキ館長の所へ持って行ってくれないかな」
「はい、分かりました」


ツガから科学博物館の場所を教えて貰い、そこへ向かう。
博物館も港にあり、どうやら海関連の展示をしているらしい。
建物前の看板に書いてあった『果てしない海、それは生命の源』という言葉。
それを異常なまでに怖がっている自分が何だか滑稽に思えてしまう。

エントランスで50円の入館料を払い、中に入った。
え、自腹……? と思ってしまったが たった50円だし、折角なのでついでに海の事を勉強してみようかと思い直す。
旅立つ前にポケモンを怖がっていたカナタに対しユウキが、ポケモンをよく知らないから怖がるのではないかと言った事がある。
ひょっとしたら海に対してもそうなのかもしれない。
島国日本で生まれ育った身としては海は身近だけれど、詳しく勉強する事は無かった。
取り敢えずクスノキさんに荷物を届けてから……と思い展示室へ入ると、予想外のものを見て声を上げそうになり、必死で耐える。

謎のシンボルが入った黒いバンダナ、青と白の縞模様の服。
一様に同じ格好をした複数の男女があちこちに居る。
この者達はまさか、デボンの研究員を襲ったアクア団……。


「き、気付かれてないよね。急ごうジュプトル」


やや俯いて顔を見え難くしながら、クスノキ館長を探す。
まさかその人がアクア団の一員という事は無いだろう。
アクア団は似たような格好をしているので見分けるのは容易い。
そうして順路通りに展示室を巡って行くと、2階への階段が側にある展示品の前で三度の邂逅が。


「あ、お、お前、何でここに居るんだよ!?」
「ひっ……え、あ……!」


トウカの森とカナシダトンネルで戦ったアクア団。
非常にまずい。ここで騒がれたら逃げ切れる自信が無い。
しかし彼の方は気まずそうにしており、特に仲間を呼ぶような素振りは見せなかった。
ここで逃げたら他のアクア団に怪しまれるかもしれない。
カナタを庇うように飛び出たジュプトルを制し、思い切って会話してみる事に。


「今度は仲間を引き連れて悪さを?」
「ああ? オレ達アクア団はな、全てのポケモンの為に活動してんだぜ」
「ポケモンの為に、って……」
「フン、お前には分かんねぇだろうさ。それよりさっさと帰った方がいい。もうすぐここにオレ達のリーダーがやって来るんだ」
「……心配して下さってるんですか?」
「ち、ちげーよバーカ! ただお前はもうこれ以上、首を突っ込むべきじゃねーんだ。リーダーはつえぇぞ、お前なんかが勝てる相手じゃねぇ!」
「やっぱり心配じゃないですか。というより、どうして私が戦う前提なんですか」
「そりゃお前……。 ……あ? そういやオレ何で、さも当然のように……」


何でこの女を心配してんだ? 何でこの女がリーダーと戦う前提なんだ?
と自問を始めてしまったアクア団員。
まあカナタは以前に2度も彼(彼ら)の邪魔をしてしまったので、そこから先を警戒されている可能性がある。
それに、こうして心配してくれるという事は、根っこの方は悪い人ではないのかもしれない。


「心配して下さった事は感謝します。でも私、今回は人に会いに来ただけですから。用事が終わったらすぐにでも退散しますよ」
「……そうしとけ」


ぶっきらぼうに言い、ふい、と向こうを向いてしまった男性。
これ以上ここで話していても進展は無いし危ないだろう。

1階は見回ったので次は2階へ。
幸いにも2階にアクア団の姿は見えない。
あの集団を見て敬遠しているのか、他の客の姿も見えなかった。
そんな中、奥の方に展示してある船の模型の前に、スーツを着込んだ身なりのいい男性の姿。
きっとあの人がクスノキだと直感し、荷物を手に近付く。


「あの、突然すみません。クスノキさんでしょうか」
「はい? クスノキは私だが……?」
「私はヤツシロ カナタという者です。デボンコーポレーションのツワブキ社長から、荷物を預かって来ました」
「荷物……おお! それは頼んでおいたパーツだね! そう言えば配達には、カナタという少女をお使いにやったと連絡が来たな。いやー、どうもご苦労さま! おかげで出発できそうだ……」


クスノキがそう言いかけた瞬間、背後に控えていたジュプトルがバッと後ろを振り返った。
クスノキがそれに気付いてそちらを見たのでカナタも振り返ると、アクア団が2人、こちらへ向かって来る。
あの2度戦った男性ではない……バトルになってしまうだろうか。
荷物を抱えながら一歩引くカナタを庇うように、ジュプトルが臨戦態勢。


「な、何ですかあなた達!」
「へへへ……そのパーツ、リーダーが欲しがってるんだ! 何も言わずおれ達アクア団によこせ!」
「……クスノキさん、荷物をお願いします!」


一人がモンスターボールを手にしている事に気付き、カナタはクスノキに荷物を渡して守るように背後へ下がらせた。
相手の一人がキバニアを繰り出したので、ジュプトルを立ち向かわせる。
確かあのポケモンは“さめはだ”という特性を持っていて、直接攻撃を繰り出すとこちらもダメージを受けてしまうはず。


「キバニア、“かみつく”!」
「ジュプトル、“メガドレイン”!」


直接攻撃が危ないのなら特殊技で攻めるだけ。
ジュプトル自身の強さもあるだろうが、効果抜群の草技を受けたキバニアは一撃でKOしてしまう。
こういう時の為に、色々なタイプの技を覚えさせておくと良いのか……、なんて考えを巡らせる余裕までカナタに生まれていたり。


「こ、こんな弱そうな女にやられちまった、やばい……! このままじゃリーダーに怒られちまうぞ!」
「では帰って弁明の内容を考えておいた方が良いのでは?」
「生意気なヤツだな! 次はオレが相手だ!」


ひょっとしたら美味しいとこ取りをしようとしていたのか、見ているだけだったもう一人がボールを投げた。
出て来たのはポチエナ。
それを見た瞬間、カナタはジュプトルを下がらせポチエナを繰り出す。
ポチエナのプライドの為に、同種とは出来るだけ戦わせようと思っていた。


「ポチエナ、“たいあたり”だ!」
「こっちも“たいあたり”!」


同じ名でややこしいが、ポケモン達はしっかり指示を聞き分ける。
お互いに正面からぶつかり、お互いが弾き飛ばされた。


「!! くそっ! しっかりしろっ!」


アクア団が自分のポチエナに檄を飛ばしている間に、カナタは再び自分のポチエナに指示を出す。
カナタのポチエナが弾き飛ばされた先には、船の模型が納められている大きなガラスケース。


「ポチエナ、上よ!」


上? とその場に居る誰もが疑問符を浮かべる中、ポチエナはすぐ指示の意図を掴み彼女が示す先へ。
素早くガラスケースの上へ飛び乗ったポチエナは、足に力を込めて相手のポチエナへ狙いを定める。
アクア団が視線と体をぐるりと動かしている間に、カナタの指示はポチエナへと届いていた。


「“かみつく”!!」


まさかガラスケースの上へ登るとは思っていなかったアクア団。
上からの攻撃への対処を考えるより前に、重力の力を借りたポチエナが牙を剥いて相手へ噛み付いた。
勢いの増した攻撃により致命傷を負った相手のポチエナは戦闘不能に。
同族に勝てて得意気な顔で駆け寄るポチエナを抱き上げると、カナタはすぐさまアクア団に撤退を要求する。


「もう諦めてください! これ以上、こんな事をするのは……」
「あっ!?」


突然、アクア団の二人が明後日の方を向いて驚いた。
何事かとそちらへ目を向けてみると、そこには一人の男性。
大柄な体格、筋肉に包まれた見事な体躯が浮かぶ ぴったりしたスーツ、アクア団と同じシンボルが描かれた青いバンダナに、チェーンが付いたイカリを首から提げている。
その表情は強気で不敵。濃い髭と彫りの深い顔を見ていると、なんだか海賊のような印象を受けた。
彼は鷹揚な態度でカナタ達の側まで歩いて来る。


「やれやれ……パーツ一つ奪うのにいつまで掛かっているのかと思えば、こんな小娘に手こずっていやがったのか」
「あなたが、彼らのリーダー……?」


雰囲気に圧倒され、及び腰になりそうなのを必死で堪える。
ジュプトルが再び庇うようにカナタの前へ飛び出て、抱いているポチエナも彼を威嚇していた。
それに気付いたカナタも手持ち達に守られてばかりではいられないと、やや虚勢を張りつつも毅然とした態度で視線を返す。


「ほう! 小娘の癖して、なかなか良い面構えしてやがる。ただのトレーナーじゃねえって訳か。俺の名前はアオギリ。お前の予想通り、そこの野郎共みてえな奴らとアクア団ってチームで活動してるモンだ」
「……どうしてこんな事をするんですか。組織を作って人の物を強奪しようだなんて……」
「お前は知っているか? ポケモンも人も全ての命は、海から生まれたって事を」
「え……」


それが彼らの強盗行為と何か関係があるのだろうか。
アクアという団の名前からして、水と関連がありそうな気はしていたが、まさか海が何か関係している……?


「……海は全ての生き物にとって、掛け替えの無い大切な場所なのさ。しかし人間は自分達のエゴの為に、海を汚し海を潰し……。その大切な場所をどんどんと破壊していきやがる!」


初めの余裕を感じられた態度から、段々と語気が荒げられて行く。
アオギリは、それによって人間が苦しむのは自業自得だが、ポケモンまで住処を追われ活動を抑制され、と、苦しめられているのが許し難いらしい。


「罪の無いポケモン達が苦しむ世界……そんなモン許される訳がねえ!」
「……」


その予想外すぎる主張にカナタは呆然とした。
他人を支配したいとか世界を征服したいとか、そんな理由ならまだ簡単だった。
悪事を働く悪の組織、そんな単純な図式。
しかしアオギリの主張を信じるのであれば彼らは、人間には害を為すけれど、それはポケモン達の為にやっているのであって……。
手段は間違っているだろう。だが思想まで完全に誤り切っている訳ではない。


「だから俺は決めた。人間達の愚かな行動も、破壊された海も自然も、全てを始まりに還すとな!」
「始まり、に……」
「どうだ? 理解できるってんなら俺達の仲間にならないか」
「え……」
「そのポケモン達、随分と懐いてるみたいだな。分かるだろ? コイツらが人間のエゴで傷付くなんざ可哀想じゃねえか」
「……」


アオギリがカナタに近付いて来て、以前と同じように射殺しそうな瞳のジュプトルがカナタを庇いながら唸り声を上げる。

汚染された海は水蒸気となり雲となり、やがて雨となって大地を汚す。
海が病めば大地も病むのだとは聞いた事があるが。
正直な話、理解できる部分も多い。
自然破壊はカナタの世界でも問題になっているし、それによって迫害されたり絶滅する動物も居る。

けれど、それでも。
カナタにとって彼らのやり方は間違っている。
そんな手段を続ける者の仲間になる訳にはいかない。


「……お断り、します。あなた方の主張は正しい。理解できます。けれど私は……あなた方の手段に賛同できません」
「ほーうそうかい、そりゃあ残念だ。……柄にも無く語っちまったな、今日の所は引き上げてやる。だが次に俺の邪魔をしやがったらタダじゃ済まさねえ。俺達の仲間にならないんだったら、これ以上は首を突っ込むなよ? それだけは覚えておけ! ……行くぞ野郎共っ!」


アオギリはアクア団員を引き連れて、その場を後にした。
緊張の糸が切れて大きく息を吐き出したカナタに、ずっと背後で守られていたクスノキが声を掛ける。


「カナタちゃん、だったかな。いやあ危ないところだった! 助けてくれてありがとうよ!」
「大丈夫でしたかクスノキさん。荷物も……」
「ああ、私も荷物も無事だ。届けてくれたのがキミのような強いトレーナーで助かった。ツワブキ社長の人選は見事だな」
「はは……」


褒められると照れくさくて、全身がむず痒い。
クスノキはこの後に用事があるらしい。なんでも海底調査に行くとか……。
想像したカナタを寒気が襲ったのは言うまでもない。
失礼するよ、と挨拶して去って行ったクスノキを見送った後は、海洋博物館内が静寂に包まれる。


「……なんか、どっと疲れちゃった。博物館見学はまた今度にして、今日はもうポケモンセンターに行こうか」


言って、抱いていたポチエナを床に下ろす。
戻そうとボールを手にした瞬間、ポチエナの体が目映く輝き始めた。


「!? これ、まさか……進化!?」


光に包まれたポチエナのシルエットはぐんぐん大きくなり、光の消失と共に止まる。
ジュプトルの時と全く同じだ。
そしてそこに居たのはポチエナではない。
子犬のようだった体格は立派に大きくなり、成犬のそれに変化している。
灰色が殆どを占めていた体毛はふかふかした黒い部分が増え、顔はジュプトル同様、大人になったように精悍な面構え。
確認した図鑑に記された名前は“グラエナ”。
進化を受け入れられた今となっては素直に喜べる。


「おめでとうグラエナ! 強くなってくれてありがとう! ジュプトルも見て、ふたり目だよ!」


ジュプトルの方にグラエナを示してみると、彼も嬉しそうに笑んでくれた。
成長したポチエナ……いや、グラエナ。
そして同時に、進化を素直に喜べるように成長したカナタ。
その両方を喜んでくれているのだと分かる。
カナタはしゃがみ込んでグラエナの首に抱き付き、撫でながら もふもふと感触を味わう。
気持ち良さそうに目を閉じるグラエナがとても可愛くて、暫く幸せな気分に浸っていたカナタだった。



海洋科学博物館を後にしたカナタ達は、すぐポケモンセンターへ行って部屋を取り、その日は休む事に。
ポケモン達をボールから出してあげると、親友のポチエナが進化していた事にジグザグマが驚いた。
びくりと体を跳ねさせて一歩下がったので間違い無いだろう。
けれど本質はポチエナの頃と変わらないとすぐに気付き、今までと同じように接し始める。


「私よりずっと早いね、偉いなあジグザグマ」


数時間とはいえ自分がジュプトルを受け入れられなかったのを思い出し、カナタは苦笑するしかなかった。
床に伏せたグラエナはすぐ前に伏せたジグザグマを舐めて毛繕いしてあげており、彼女と一緒くたになって遊んでいたポチエナの頃に比べると、なんだか世話焼きになったような気がする。
先に進化して体が大きくなった事で、少しお兄さん的な振る舞いをしてみたくなったのかもしれない。

ポケナビで地図を確認したりニュースを見たりしながら、これからの予定を立てる。
カイナシティは大きな街なのでトレーナーも多そうだ。
トレーナー戦の特訓をするには丁度良いし、ゆっくり観光したい……という煩悩も兼ねて暫く滞在してみる事に。

就寝時、昨日のようにヨマワルが出て来ないかと少し緊張したが、どうやら今日は出て来ないようだ。
ムロからだいぶ離れているし心配のし過ぎだろうか。



翌朝、ポケモンセンターに備え付けられているレストランでポケモン達と一緒に朝食を摂るカナタ。
クロックムッシュを食べながら、アクア団の事を思い出してみる。
下手に敵対したらマズイと思っていたのに、リーダーにまで会ってしまった。
あの様子では顔も覚えられてしまっただろう。
ジュプトルはもうカナタが関わってしまった事については諦めている感じだが、苦労と心労を掛けてしまうのは間違い無いはず。
もう会いませんように、関わりませんようにと祈っても、それが無駄になるような気しかしない。

それに、アオギリのあの主張。
人間が自然を破壊するせいでポケモンが苦しむのが許せない、と。
見かけは丸っきり海賊のような人だったが、本当は優しい人物なのかもしれない。
しかし彼らの手段に賛同できない以上、また会ったら戦いになってしまう可能性が高いだろう。
彼らのせいで困っている人が居ればきっと見過ごせない。
そして必ず勝てるという保証は無いし、もし負けた場合、どんな目に遭うかも分からない。

“楽しい事だけでなく、辛い事や苦しい事も待っているかもしれない”

旅立つ直前のオダマキ博士の言葉を、今、本当に真に迫って噛み締めるカナタだった。





to be continued......


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