EXTENSIVE BLUE
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カナタ
カナズミシティ
バッジ1個

手持ち
ジュプトル♂
ポチエナ♂
ジグザグマ♀
ラルトス♀
スバメ♂

旅時間:7日目



デボンコーポレーションの研究員に連れられ、社長室へやって来たカナタ。
重厚な両開きの扉を見るだけで萎縮してしまう。


「ささ、どうぞ!」
「はい……」


扉をくぐると、中央に沢山の化石が飾られた巨大なガラステーブルがあり、奥の立派なデスクに白髪の男性が座っていた。
男性研究員の後を怖々した様子で付いて行ったカナタは、デスクの前に立つと緊張した様子で挨拶する。


「は、初めまして。ヤツシロ カナタといいます」
「うむ、わしはデボンコーポレーション社長のツワブキだ。キミの事はさっき聞いたよ。うちの研究員を2度も助けてくれたとか」
「いえ……たまたま通りかかったものですから」
「通りかかって無視せず助けるだけで素晴らしいじゃないか。実に見上げた若者だ!」


……2回目は断って逃げようとした訳だが、それは黙っておく事にする。
手放しで褒められて照れくさくなるカナタだが、ふと、ちらっと背後のジュプトルを見やると、何故か嫌そうなジト目。
どうしたのと訊ねる前にツワブキが話を続ける。


「……で、そんな凄い君に頼み事をしたいのだが」
「へっ?」
「勿論わしはすごーい社長であるからな、タダでお願いするようなケチな真似はしない!」


大企業の社長な訳だが、思ったより気さくというか、子供っぽささえ感じる人だ。
こういう人だからこそ様々な物を作り出せて、人々の暮らしに貢献しているのかもしれないが。

マルチナビを貸すように言われ、何事か分からなかったものの偉い人相手に問題を起こしたくなかった為、素直に渡す。
ツワブキはそれをデスクの上にあったパソコンに繋げ、何やら操作したかと思うとものの1分程度で返してくれた。
どうやらナビをアップデートしてくれたようで、追加されたのはニュース等のテレビ番組を見る事が出来るアプリらしい。


「そいつを使えば、旅先でも様々な情報を得る事が出来るぞ」
「あ、有り難うございます!」
「……と、言う訳で肝心のお願い事なのだがね」


言われたカナタはようやく、“頼み事”の礼を先に受け取ってしまった事に気付く。
これでは頼み事が困難なものであっても非常に断り辛い。
研究員を助けた礼だと思えば断れるかもしれないが、別に礼を貰う為に助けた訳ではないし、ツワブキは“頼み事”の礼のつもりでナビをアップデートしてくれている。

さすがは大企業の社長と言うべきか、“頼み事”の仕方が上手い。
これはもう引き受けるしかないとカナタは観念した。


「どんな内容でしょうか……」
「ムロタウンに居るダイゴという男に、手紙を渡して欲しいんだ」
「お手紙、ですか?」
「どうした? そんな拍子抜けしたような顔をして」
「あ、い、いえ! 良い物を頂いてしまったので、もっと難しい事かと」
「ハッハッハ! キミは我が社の研究員を助けてくれたんだ、そんな脅しのような真似はしないよ!」


脅し、の単語に、非常に失礼な事を言ってしまったかもしれないと冷や汗が流れる。
しかしツワブキは特に気を悪くした様子も無く笑っているので、気分を害する事は無かったようだ。
……そんなに狭量な人だと思うのも失礼だろうから、あまり緊張し過ぎるのもやめた方がいいだろうか。

手紙を受け取り、後でムロタウンの位置を確認しようと思っていたら、ツワブキが場所を教えてくれた……のだが。


「ムロへ向かうには海を渡る必要がある」
「……え」
「104番道路の小屋に住むハギという船乗りに手助けをお願いしておくからね。彼の元に立ち寄れば力を貸してくれる筈だ。諸々、宜しく頼むよ!」
「……はい」


言い出せなかった。いや、そもそも断る選択肢を自分で用意できなかった。
まさかここで、海が怖いので無理です……とは言えない。
改めて挨拶してから社長室を後にし、一階のロビーまで戻ってソファーに座る。
そしてマルチナビで地図を確認してみると、ムロタウンはどう見ても島にあった。
カナタは大きな溜息を吐き俯いてしまう。


「……飛行機とか、無いよね? そっちの方がマシなんだけど……」


万一事故が起きた時にマシなのは船の方かもしれないが、あまりそういう事を真に迫って考えられないため、海から離れられる上に揺れという体感も無い空の方が幾らか気が楽だった。
ジュプトルは一歩離れた所で困ったような顔をしていたが、ふと近寄るとカナタの手を取った。
え、と思っている間に両手で包み込んでしまう。


「ジュプトル……」


進化を喜べなかった駄目なトレーナーなのに、それでも彼はカナタを信じていて、見限る事は無い。
姿は変わってしまったけれど中身はキモリの頃と同じ。
カナタを信じて、好きでいてくれる彼だ。


「……あなたは止めてくれたのに、私が振り切って研究員さんを助けたからこうなったのよね。自分でした行動の結果くらい、自分で責任取らなきゃ、駄目よね」


行くしかない。
カナタは一つ深呼吸すると、意を決してソファーから立ち上がる。
この先 旅をしていれば海に出る可能性が無いとも限らないし、恐怖を克服する良い切っ掛けになってくれるかもしれない。
そのまま、恐怖を誤魔化すようにやや強めの足取りでデボンのビルから出た。

……と、ビル前の広場にユウキの姿を見付ける。
彼はこちらを見ていたようで瞬時に目が合い、カナタは気まずそうに顔を逸らす彼へ近寄った。


「ユウキ君。この会社に何か用?」
「え、いや、さっきカナタさんがここの制服を着た人と、中に入って行くのが見えて……気になって……」
「心配してくれたの? 優しいね、ありがとう」


にっこり笑うとユウキはやや顔を赤くして視線を下げる。
年頃の彼の事、年上、しかも異性への気遣いは照れくさいのだろう。
何か話題を探しているような彼は、カナタのやや背後に控えるジュプトルに気付く。


「わ! キモリ進化してるじゃん、おめでとう!」
「あ……うん、ありがとう」
「平均よりだいぶでかいな、130cmぐらいないか?」
「え、栄養過多だったかな?」
「持ち味の素早さを殺してなかったら良いと思うよ。まあ育て方次第で何の能力を大事にするか変わるけど」


嬉しそうにジュプトルを観察するユウキは幸い、カナタ達の間に流れる微妙な空気に気付かないようだ。
オダマキ博士から譲り受けた相棒をやや受け入れ辛くなっているなど、息子である彼には話せない。

デボンコーポレーションで何をしていたのかユウキに訊かれ、これまでの経緯と頼まれたお使いの事を話してみた。
彼が言うにはハギ老人は昔、凄い船乗りだったらしい。


「だからカナタさん、船旅は心配しなくて大丈夫だよ」
「うん。引き受けたからにはちゃんとやるから、心配しないで」
「……ちょっと顔色悪くないか?」
「あはは……」
「出来ればついて行ってあげたいけど、トウカ〜カナズミの調査も完了したし、一旦ミシロへ戻って報告するつもりなんだよね。いくらハギ老人がカナタさんに恩があっても、あんまりあっちこっち行って貰うのも悪いよなあ……」
「ユウキ君、私あなたより5歳も年上なんだから。お使いぐらいこなしてみせるよ」
「うーん、正直ちょっと頼りない」


歯に衣着せない笑顔の言葉に、うぐ、と詰まるカナタ。
確かにトレーナー歴はユウキの方がずっと長いし、それでなくてもカナタは態度も自信も控え目。
手持ちポケモン達に支えられないと真っ直ぐ立てない有様だ。
そんな考えを払拭するかのように咳払いしたカナタは、改めてユウキに大丈夫だと意思表示。


「海を克服する良い切っ掛けになるかもしれないし、頑張るから」
「まあジュプトル達も一緒だしな。じゃあ気を付けて! オレも報告が終わったら、ムロやもっと向こうのカイナシティの方まで足を伸ばす予定なんだ。次に会えた時はバトルしようぜ!」


手を振りながら去って行くユウキ。
彼を見送ってから、カナタもハギ老人の小屋を目指し、カナズミを後にした。


++++++++


朝一番でカナズミを出る予定だったのにすっかり昼過ぎ。
急いで104番道路とトウカの森を駆け、飛び出して来る野生ポケモンからも逃げる。
バトルや探索をしなかったお陰でカナズミに向かった時よりだいぶ早く戻れたが、それでも辺りは既に夕暮れとなっている。

水平線へ近付く太陽に染まった海は綺麗だけれど、それでも今から向かわねばならないと思うと恐怖が先行する。
また深呼吸をして小屋へ向かい玄関をノックした。


「ごめんください、カナタです」
「おお、お嬢ちゃんか。まあ入ってくれ」


言われて玄関の扉を開け中に入った。
家の中は温かな畳やちゃぶ台、シンプルな台所、食器棚……。
いかにも昭和のお爺ちゃんの家、といった趣でホッとする。
ハギ老人はピーコちゃんを抱き、既に準備は整っているようだった。


「連絡は来ておるぞ。ムロへ届け物をするそうじゃな」
「はい。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「キミはピーコちゃんの命の恩人なんじゃ、このくらい訳ないわい」


のうピーコちゃん、と話しかけると、ピーコちゃんも嬉しそうに羽をばたつかせる。
今にもハギ老人の腕を脱してこちらへ飛んで来そうな気がしたので、少しだけ笑顔を引き攣らせて一歩後退った。
カナシダトンネルでピーコちゃんを助けた時に思い切り抱えた気がするが、あの時は夢中だったので恐怖など殆ど無かった。


「ところで、ムロの後はどこへ向かうつもりなんじゃ?」
「え……えっと、まだ決めていないんです……」
「それなら届け物の後、カイナシティの方へ送り届けてあげよう。カナシダトンネルも開通する様子が無いし、東の方へ行きたいならカイナへ向かった方が便利だぞ」
「あ、ありがとうございます!」


日も傾いている事だし、早めに出航しようと桟橋へ向かう。
10tもいかない普通漁船といったサイズの、真っ白で綺麗な船。
後部から飛び乗ったハギ老人に続こうとするカナタだが、水面が見えると足が竦み、尻込みしてしまう。
すると先にジュプトルが飛び乗り、後部の縁に足を掛けて手を差し出して来た。
それでも少し躊躇っていたが、やがて意を決して彼の手を掴み、桟橋から船へ飛び乗る。


「いつの間にか進化していたのには驚いたが、お嬢ちゃんも相棒と仲良しじゃな」
「……そう、見えますか?」
「まあ遠慮は感じるな。相棒なんだから気にする事でもなかろう」


長く生きて様々なトレーナーを見て来た経験か、あっさりバレてしまっていた。
遠慮している一番の理由は、ジュプトルの進化を全面的に喜べなかった事への負い目だが。

眺めが良いから船首の方へ行ってみなさいと言われ断りたかったが、恐怖を克服する切っ掛けを投げ捨てたくなかった為、素直に従って船首の方へ行ってみる。
唸るエンジンの音に幾らか救われるが、船が動き出すと鳥肌が立ってしまった。
船首に程近い一段上がった場所に座り込んで前方に目を向けようとするものの、岸からだいぶ離れ、視界に入るものが空と水平線だけになるともう駄目だ。


「あ、わ、わ……」


顔を真っ青に青ざめさせ、言葉にならない声を発するカナタ。
鳥肌も限界まで来て体がガタガタ震え出す。

……その瞬間、背後からジュプトルがカナタを抱きしめた。
ふわりと香る新緑に包まれると震えていた体が温まる。
抱きしめられたまま後ろを向くと、力強いジュプトルの瞳と視線がぶつかった。
見ていると恐怖が少しずつ落ち着いて来て、周囲を見回す余裕が生まれる。

どこまでもどこまでも続きそうな広大さの海原。
水平線に接触しそうな位置の太陽は、その広大さを物ともせず一面を茜色に染める。
美しい。
とても大きくて綺麗な街だったカナズミシティを思い出しても、それがちっぽけに思える程の広大さと美しさ。
スピードが乗った船は風を切り、爽やかな潮風が吹き付けて来る。

正直まだ海は怖い。
それでもこうして船の上に居るのに、海原を見渡す余裕が出来た。
それもこれも、背後からカナタを抱きしめてくれているジュプトルのお陰だ。


「……大きくなったねジュプトル。思えばキモリの頃って、一緒に居たのは一週間ぐらいだったっけ。進化したあなたと一緒に居る時間の方が圧倒的に多いよね」


母性とかそういう物は元々持っている訳ではなく、妊娠や子育ての過程で目覚める物らしい。
逆に言えば、妊娠出産を経なくても似たような経験をすれば芽生える事もあるのだとか。

カナタは小さなキモリに対して、我が子のような印象を持っていたのかもしれない。
実際は彼に守られ助けられてばかりだった訳だけれど、少なくともトレーナーがポケモンを世話し守るのだと、そういう意識はあった。
だから進化によって急激にキモリが大きくなり、あまりにも突然に子供が独り立ちしたような感覚に陥ったのだろう。
それで寂しくなり、進化した彼を素直に喜べなかった……と。

けれど実際は独り立ちする訳ではない。
むしろこれからが、キモリ……ジュプトルとの関係を構築する大事な時間。
お互いが願えばずっとずっと、いつかどちらかの命が終わる時まで一緒に居られる。
そう在れるように信頼関係を築いて行かなければならない。

成長しても独り立ちして離れる訳ではなく、これからも一緒に居ると、まるで意思表示するかのようにカナタをぎゅっと抱きしめるジュプトル。
その想いがひしひしと伝わり、堪らなくなって自分も彼へ想いを伝える。


「ごめんねジュプトル。私、勝手に一人で悲しんでた。きっとあなたはこれからも一緒に居てくれるでしょ? ずっと一緒に居たいと思って貰えるように私も頑張るから。改めて言うよ。進化してくれてありがとう、ジュプトル」


『進化おめでとう』ではなく、『進化してくれてありがとう』。
困難や壁を乗り越えられるように成長し、力をつける。ずっと一緒に居る為に。
種族が違っても、その想いと行動は決して違わない。
ただポケモンは人間と違い、成長が進化という形で思い切り目に見えるだけ。
カナタだって大人になりたい……要は成長したいと思っているのだから。

やがてムロタウンのある島影が見える頃には、太陽はすっかり水平線の向こうへと消えていた。


++++++++


「ほい! ムロに到着!」


辿り着いたムロタウンは、島の小さな漁村といった風。
素朴な家々と穏やかに流れる時間がほのぼのとした気分にさせてくれる。
しかし今は夜。辺りはすっかり暗くなり、家々から漏れる灯りや決して多くはない街灯だけが頼りだ。


「確か誰かさんに届け物があるんだったな。今日はもう日も落ちたし、ポケモンセンターに泊まるといい」
「ハギさんはいいんですか?」
「わしはムロに友人がおるんじゃ。久々に訊ねるつもりだから気にする事はない。もし届け先の相手が見付からなかったら、この町のポケモンジムに行ってみるのがよいぞ。ジムリーダーはその町の事なら大抵知っておるし、トレーナーとして挑戦しておくのも良いんじゃないか?」


そこまで付き合って貰うのは少々悪かったが、ハギ老人は若く前途溢れたトレーナーの手助けになれるのが本当に嬉しそうだ。
年上の人が後身を育てるつもりで、進んで行ってくれる親切。
これは素直に甘えても大丈夫だろう。

ハギ老人の友人の家を確認し、その日はポケモンセンターに泊まる事に。
いつも通り部屋を取っていつも通りに食事や休息、就寝……するのだが、電気を消して真っ暗になった室内、どうも妙な気配がする。
気配だけでなく視線も感じるような気がして、たまらず起き上がり電気を付けた。
ら、カナタの目の前に何かが。


「ひ、ひぃっ!?」


情けない悲鳴にジュプトル達も飛び起きる。
そこに居たのは、まるでドクロの仮面を付けたような顔の……ポケモン?
きっとポケモンだろう。ちょっとコミカルな幽霊といった感じだが。
慌ててカナタの周囲を固める手持ち達を制して図鑑を向けると、どうやら“ヨマワル”というゴーストタイプのポケモンらしい。
そう言えばちらっと聞いた事があるが、子供の躾によく引き合いに出されており、悪い子はヨマワルに連れて行かれてしまうと言われているとか。


「わわ、私そんな連れて行かれるような悪い事は……っていうか、子供……。やっぱり私はまだ子供だって事ですか、これ……」


ヨマワルは特にカナタの言葉には反応しない。
やがてふっと体を翻すと、壁を透けて外へと消えて行った。
人違いだったと思いたいが、まさかこの後だれかを連れて行くとは思いたくない。
暫くは寝付けずにビクビクしていたカナタだったものの、睡魔には勝てず、やがて静かに眠りに落ちた。



翌日、ダイゴという人の行方を訊ねる為……。
というのは目的の一つで、主にジム戦の為、ムロジムへと向かうカナタ。
ハギ老人は挑戦を薦めていたし、カナタとしても挑戦しておきたい。
今回の機を逃せば、移動手段の関係で挑戦がずっと後になってしまいそうだ。

ムロジムのトレーナー達は格闘ポケモンの使い手らしい。
相性で有利なのはエスパータイプのラルトスと、飛行タイプのスバメ。
カナタはポケモンセンターの隅で、ボールから出したスバメに語る。


「あのねスバメ、ジム戦 協力してくれないかなー、なんて」
「……」
「どうしても嫌っていうなら無理強いはしないけど……って痛い痛い痛い!」


それまで大人しくしていたスバメが、急にカナタの頭に飛び乗り髪の毛を引っ張り始めた。
嫌なら無理強いはしない、と言ったら暴れ始めた事を考えると、やる気はあるという事だろうか。
そう言えば今までもイタズラは酷かったけれど、バトルではちゃんと言う事を聞いてくれていた。どうやら余計な心配だったようだ。
ジュプトルが抱き上げてくれたスバメに、信頼に満ちた瞳で期待を寄せる。


「今回はスバメ、あなたが切り札だからね! 頼りにしてるよ!」


++++++++


「マクノシタ、戦闘不能! よってこの勝負、挑戦者カナタの勝利!」


ジャッジの声がジムの中に響く。
ポケモンバトルをするジムというより、人間が体を鍛えるスポーツジムのような内装。
攻撃力の高い格闘タイプが相手で、耐久が低めのラルトスとスバメは少々危なかったが、最後はスバメの“つばさでうつ”が炸裂し、勝利となった。
ジムリーダーの青年トウキは、負けたというのに実に晴れやかな顔。


「ううーん、予想していたよりキミはビッグウェーブ! 分かった! このバッジを持って行きな!」
「ありがとうございます!」


手渡されたナックルバッジは、少しずつ自信が付いているカナタの心を表すかのように輝いている。
小さな体で得意気に胸を張っているスバメを抱き上げたカナタは、今回の功労者に惜しみなく賛辞を送った。


「お疲れ様スバメ! 凄い攻撃だったよ、かっこいいっ!」


大喜びのカナタに益々得意気な顔になったスバメは、目一杯スキンシップを図ろうとするカナタの腕を脱し……。
またも頭の上に登って髪の毛を引っ張る。


「ちょ、ちょっとこんな時にー!」
「面白いなキミ達は。バトル中は長年の友人かと思うほど息がぴったりだったのに」


ジムリーダーにからからと笑われ、恥ずかしさに顔を赤く染めるカナタ。
今回は出番が無かったため背後に控えていたジュプトルが慣れた様子で引き剥がしてくれ、その隙に軽く身なりを整える。
トウキはそんな彼女達の様子に、逆に並々ならぬ信頼を感じ取っていた。


「キミは随分と信頼されているね」
「え? で、でもスバメにはイタズラされてばっかりで、もう馬鹿にされているとしか」
「その割にバトル中は素晴らしい連携だった。本当に馬鹿にしているなら、バトル中だってあんな息ぴったりに言うことを聞いたりしないだろ?」
「まあ……そうですね……」
「スバメはキミに甘えてるんだよ。キミなら何をしても嫌わないでくれると確信がある。イタズラの理由は他にありそうだけど、信頼されてる事に変わりはないさ」


そうなの? とスバメの方を見ても、ツンと澄ました顔をするだけ。
トウキの言葉を信じるならこれが照れ隠しのように見えて、今までよりずっと微笑ましい。
……しかし、そうだとしてもイタズラをする理由は何なのだろうか。
仲間入りの切っ掛けは彼がカナタの財布を盗んだ事で、仲間入りしてからはずっと髪の毛を引っ張られっぱなし。
カナタが先に何かをしてしまった訳ではなさそうだが。

まあその事はこれからゆっくり考える事にする。
そうしてスバメをボールに戻したカナタに、トウキが思い出したように。


「そう言えばキミは旅をしてるんだろ? この町の北側にある石の洞窟にはもう行ったか? 数千年前の壁画とか珍しい石とかロマン溢れる遺跡でさ。さっき知り合いのダイゴって奴を誘ったんだけど、喜んで一人で走って行ったよ」
「……え、ダイゴ?」
「ん?」
「わ、私その人に用事があるんです! 町の北にある洞窟ですね! ありがとうございます、行ってみます!」


思ったより簡単にお使いが済みそうで、挨拶もそこそこに慌ててジムを後にする。
トウキはそんな彼女を見送りながら、ふと、ずっと感じていた疑問をぽつりと口にした。


「……そう言えばあの子、どっかで見たような、見てないような。前に一度ジム戦に来た子だったかな? なかなか見所ある子だったし、一度戦ったなら忘れないと思うんだけど……」


どうやらツツジと同じ疑問を持ったようだが、カナタがそれを聞く事は無かった。

町を出て、少々海から離れつつ砂浜を北へ走るカナタ。
辿り着いたのは巨大な岩場……というか、軽い岩山というか。
中は意外と暗くなく、これなら明かりも必要なさそうだ。
何段もある長い段差を下って行くと、広い空間に出た。
奥の方には階段、その先には意味ありげな巨大な壁画。
そこに一人の人物が立ち、壁画を眺めていた。

妙に印象に残る青銀の髪、洞窟には似つかわしくないキッチリしたスーツ姿で、カナタは直感的に彼が“ダイゴ”だと確信する。
しかしどう声を掛けたものか悩んだ挙げ句、向こうが声を掛けてくれるのを期待して近寄り階段を登った。


「……ふむ。原始の世界においてはここまで強大な力を纏っていたというのか……。超古代ポケモン……凄まじいパワーだ。そしてこの姿はメガシンカとも異なる何か……。うん、もう少し調査が必要だな」


真剣に考え事をしているようで、向こうから声を掛けてくれるのは期待できそうにない。
邪魔をしてしまうかもと思ったが、用事があるので勘弁して貰う事にする。


「……あ、あの……」
「ん? キミは?」
「突然失礼します。私はカナタという者です」
「カナタちゃん?」


名前を聞いた彼は、またも何か考えるようにしてしまった。
一体何事かと怪訝な顔をするカナタに気付いた彼は、一つ咳払いして気持ちを整える。


「失礼、僕の名前はダイゴ。珍しい石に興味があって、あちこち旅してるんだよ」
「あ、やっぱりあなたがダイゴさんなんですね。私 手紙を預かってるんです」
「えっ? 僕に手紙……?」
「はい。デボンコーポレーションの社長さんから」
「……キミ、が?」


どことなく呆然としているようなダイゴ。
『キミが?』とはどういう意味だろうか。
こんな少女がこんな所までお使いに来るのが意外なのだろうか?
しかし背後にジュプトルを連れているので、ポケモントレーナーだという事は分かる筈。
それともやはり、見も知らない他人に手紙など預けた事が気になるのか。

取り敢えず用事は済まさなければならないので、手紙を渡すカナタ。
ダイゴも再び我を取り戻したようで笑顔で受け取ってくれる。
お礼にポケモンに技を覚えさせられる技マシンを貰ったりして、これでお使いは完了だ。

ふとダイゴが再び視線を壁画に戻し、語りかけて来た。


「ところで、この壁画を見て何か感じるところはあるかな?」
「これですか? ……迫力が凄いですね、圧倒されます。描かれているのはポケモンでしょうか」
「そうだね。数千年の昔、原始の頃、その力を以て僕達人間の大いなる脅威となっていた伝説のポケモンだ」
「……なんだか……凄く怖い」


壁画を見れば見る程、カナタの心には恐怖が沸き上がって来る。
吸い込まれ、飲み込まれ、そのまま帰って来られなくなりそうな。
苦手な海のような感覚さえ覚え、あまりの恐怖に顔を歪めた瞬間、ふっと、肩に人の温もりを感じた。
見てみればダイゴがカナタの肩に手を置いており、その表情はとても心配げだ。


「……」
「すまない。手を握ってあげようかと思ったけど、初対面の女性にはあまりにも失礼だから、せめて何か……と思ったんだが……」
「あ、いえ、お陰で助かりました。危なかったぁ、意識 飛んじゃいそうでした。凄い壁画ですね!」


心配をかけないように笑顔を浮かべると、ダイゴも安心してくれたようだ。
具合が悪いならポケモンセンターまで送ろうかと言ってくれるが、もう大丈夫そうなので断った。
ジュプトルはアクア団を相手にした時ほどではないが不機嫌そうな顔をしていて、ダイゴが少し離れた隙に二人の間へ割り込んでしまう。
威嚇するように睨み付けて来るジュプトルに、ダイゴはクスリと笑って。


「うん、キミのポケモンも彼らに負けじとなかなか良い感じだね。キミとキミのポケモン達……修行を続ければいつかは、ポケモンリーグのチャンピオンにだってなれる。僕はそう思うな」
「え、ええっ!? 私がチャンピオンに、って、まさかそんな……」
「有り得ない、か? そんな事は無いさ。もしその気があるなら是非とも頑張って欲しい。……本当に、ね」


何だか意味深な感じで最後に付け足し、一瞬だけ悲しそうな顔を見せたダイゴ。
だがすぐに穏やかな笑顔に戻ると、先を急ぐから、とカナタに背中を向け歩き出す。
その途中で一度だけ立ち止まって振り返り。


「……カナタちゃん、だったね。キミとはまた会いたいものだよ。じゃあ、仲間のポケモン達と一緒に よい旅を!」


そう言って今度こそ去って行った。
彼の背中を見送った後、カナタは先程からずっと考えていた事をジュプトルに吐き出す。


「……か」
「?」
「か、かっこいい人だった……! あああドキドキしたぁ、顔赤くなってないよね、気付かれてないよね?」


カナタも年頃。
素敵な男性と出会った上に、気遣いを受ければトキメキもする。
すっかり浮かれ気分になった彼女を、ジュプトルはやれやれと言いたげな顔で生暖かく見ていた……。





to be continued......


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