グランドホープ

act.3 君子、危うきに近寄らず



私がウエストエリアの工場で働き始めて、そろそろ二週間が過ぎる。
畑仕事なんてした事がなかったから最初は戸惑ったけど大体は機械がやってくれるから楽だ。
今日は月一の税金徴収の日らしい。
この日に個人バンクに預けてある徴収額が足りないと警告が来て、下手するとシェリフまでやって来るみたい。


「シェリフには会いたくない……! 私、来たばっかりの時あの人達に殺されかけたんですよ!」
「コノハ、市民証を持ってなかったものね。でもいきなり射殺しようだなんて酷すぎるわ」


ようやくあの時の憤りを吐き出せて、少しスッキリして落ち着いた。
ピーチ姫は以前からシェリフには疑問を持っていたらしくて、私の話に真剣に耳を傾けていた。


「ところでコノハ、あなたよく助かったわね。シェリフが未登録者を射殺しなかったなんて、きっと何かあったんでしょ?」
「あ〜……。そう言えば確かあの時、誰かに気絶させられたんです」
「気絶したの?」
「はい。後ろから攻撃されたんで姿は見えなくて。でも声はどこかで聞いたような気が……」


連れて行け、とか言われてシェリフの人達は大人しくその人の言う事を聞いて。
かなり偉い身分の人なのかもしれないなあ。
警察上層部……? いやまさか、私にそんな知り合いなんて居ないし。
って言うかこの世界に以前からの知り合いなんて全く居ないんだけどね。


「じゃあ預金額は……確か義務教育終了済みで就労してる人は月に1万で大丈夫でしたよね?」
「そうよ。まあコノハは特に引き出してないから、市民権を新規登録した時の10万が残ってるでしょ? それで大丈夫よ」
「うん、10万きっちり入ってます。これでシェリフに会わずに済むー……!」


よかった〜と少し大袈裟に喜んだ私を見てピーチ姫がちょっと笑った。
いや、だって射殺されそうになったんだもん、あれは正直に恐かった。
預金確認と朝食を済ませた私達は、再び列車に乗りウエストエリアへ。
駅に着いて工場を目指して歩いて行くけど、ふとピーチ姫の携帯……じゃなかった、市民証に着信。
すぐに出たけど、え? とか大丈夫なの? とか言葉が聞こえて、どうやら立て込んで来た様子。


「ごめんねコノハ、ちょっと話が長引きそう。先に工場まで行っててくれる?」
「はい。まあ二週間も通ってますから多分大丈夫だと思います」
「気を付けてね。工場に着いてから迷ったらマリオを呼び出して貰えばいいわ」


電話の要件がこじれたらしいピーチ姫を置いて、一人で工場へ向かう。

……うん、大丈夫だと思ってたんだ。だって二週間も通ってるんだし。
ところが私は目的の工場がどこにあるのか分からず、迷ってしまった。
うわあー! 私って何だかんだ言いながらピーチ姫に頼ってたんだ〜!
どうしよう、さっきから歩き続けてるけど一向に見付かる気配がない!
かなり広大な工場だったから迷ってもすぐに見付かると思ったのに!

すっかり歩き疲れて、周りに人影が無いのを良い事に近くの工場の塀に寄りかかってしゃがんだ。
市民証でピーチ姫に電話しようかとも思ったけど、まだ取り込んでたら悪いから出来ない。


「……どうしよう、本格的に困って来た」
「どうしたんだ?」


独り言のつもりだったのに返答があった事に驚いてバッと顔を上げた。
そこには太陽の光できらきら輝く金髪のお兄さんが居て、青い瞳が私を心配そうに見つめていた。
いきなりのイケメン登場にぽかんとしている私に、お兄さんは更に話し掛けて来る。


「迷子かな……。一人で来たの? 家族か誰かが工場に勤めてるとか?」
「あ、あの! 自然食物生産工場ってどこかご存知ありませんか!?」
「ん、市民証持ってる? 目的地を入力したら到着するまでナビゲートしてくれるよ」


えっ、とあからさまに解ってない風な返事をしてしまった私を気遣って、お兄さんは使用法を教えてくれる。
実際に市民証を操作しながら一つ一つ丁寧に教えてくれたので助かった。


「良かった、実はこの街に来て二週間ぐらいしか経ってなくて、まだ勝手が分からないんですよ」
「へえ、君って余所のポリスから来たのか! いいなあ、俺は生まれて一度もグランドホープから出た事ないから羨ましいよ」
「……」


そう言って笑うお兄さんを見ていると、どこか既視感を覚えてしまった。
何だかこの人をどこかで見たような気がする。
この世界に知り合いなんて居るわけないのに本当に妙な気分だ。
送ってあげようか、と申し出てくれたお兄さんだけど私は断った。
さすがにそこまでして貰うのは悪いし、やっぱり男性相手だと少し警戒心が働いてしまったりする。
勿論それは言わないけど。


「そうか、じゃあ気を付けてな」
「はい、ありがとうございました!」


手を振ってお兄さんと別れ、市民証のナビゲートを頼りに工場へ向かう。
向かいながらさっきのお兄さんをどこで見たのか思い出そうと頑張ったけど、やっぱり無理だった。
まあどうせ行きずりの出会いなんだし気にする必要ないよね。

工場に着くと丁度ピーチ姫から電話があり、もうすぐ工場に着くからという事。
かなり話が長引いたらしくて助かった、迷ってたなんてバレたら恥ずかしい……!
やがてやって来たピーチ姫と合流して、今まで通りに畑仕事に取り掛かった。


++++++


夕方、仕事を終えて列車に乗って帰宅する。
冗談みたいに綺麗な茜色に染まった空を車窓から見上げていると故郷がある世界を思い出した。
何もかも地球と違っているこの世界で空と海だけは何も変わっていない。
燦々と照りつける太陽も流れる雲も、寄せては返す波も、そして工場でしかお目にかかれない、自然な植物の数々も。
私はこの二週間、郷愁に駆られた時は空や海を眺めて自分を慰めた。
工場の植物も上手いこと一役買ってくれた。
これなら何とか、この世界でもやって行けるかも……。

その瞬間、急に個室に取り付けられたスピーカーから機械の音声が。


『事故発生、事故発生。ウエストエリア沖の海域にて民間機が大破。原因は規定ルートを逸れた事による計器異常の模様。繰り返します。事故発生、事故発生。ウエストエリア沖の海域にて……』
「事故!? ウエストエリアって工場のあるエリアの事ですよね!」
「そうよ。沖の海域だから街に影響は無いだろうけど……。民間機が大破……しかも規定ルートを逸れたのが原因だなんて」


何か思う所があるのか、ピーチ姫は美しい眉を顰めて苦々しい顔をした。

グランドホープから出るには高速列車か飛行機しか手段が無いらしい。
列車は線路が決まってるからいいけど、問題は飛行機の方だとか。
自由に動ける飛行機には政府によって規定のルートが定められていて、そこから離れた所を航行すると大破してしまうらしい。
原因は不明で、計器が異常になってしまう場所がある可能性が高いと政府は発表してるそう。

って普通に怖いんですけど。だって普通に飛んでた飛行機がいきなりぶっ壊れちゃう訳だよね!?
何その怪現象、地球ならテレビ番組とかで取り上げられてもおかしくない……って言うか、世界的に大問題になるレベルだと思うよ!?


「そう言えばピーチさん、フォックスさんやファルコさんはパイロットなんでしたよね!? まさか彼らが事故に遭ったとか、そんな事は……」
「え? ああ、心配しなくても大丈夫よコノハ、彼らはそんなヘマなんてやらないわ。政府の恐ろしさは身に沁みて知ってるもの」
「あ、そうですかー、それなら安心……」


…………あれ?
“政府の恐ろしさは身に沁みて知ってる”?

飛行機は原因不明の事故で大破しちゃったんだよね?
なのにピーチ姫の言い方って何だか、事故が政府の陰謀だって言ってるように聞こえるんだけど。
やだ何これ怖い、私、今聞いちゃいけない事聞いちゃった気がする!

やめればいいのに、私は恐怖の中にある好奇心を無視できなかった。
聞き流すべきだった今の言葉に、つい反応してしまう。


「まさかピーチさん、飛行機事故は政府の陰謀とか……思ってたり……?」
「……政府が決めた規定のルートを外れると起きる事故……。一部の人は、政府が行かせない場所に何かがあるのではないかと疑っているのよ」
「そこに近付く者を政府が攻撃してるとか?」
「可能性はあるわ。政府が行かせない場所に何があるか調べてみようって考えて、実行する人がたまに居るの。今回の事故に遭った人も、そのクチなんじゃないかしら」


ピーチ姫が話し終わった後、しんとする室内。
列車の窓からはノースエリアの最北にある、5000mもの高さを誇る政府の中枢であるビルの影が見えた。
あそこからグランドホープ全体を見渡して……いや、監視してるのだろうか。
急に怖くなって来た、どこに居ても何をやっているか見られているような気がしてならない。


「そもそも、今の政府自体に疑問を持つ人は割と居るのよ。街から出るのにも厳しい審査を通らなくちゃいけないし、通っても決められたルートでしか動けないし」


だから、街の外には政府が隠している何かがあるんじゃないかと考えているそう。
街の外とは言っても周りは360℃海で水平線まで何もないから、“外”と呼べる陸地まではかなり離れてるんだけど。
小島なら点在してるけどグランドホープの管轄下だし、一般市民も行くらしいから関係ないよね。
そして私の時みたいに時折シェリフが横暴な事をするのを見かねて、政府に対抗しようとレジスタンス活動をする人まで居るんだとか。


「かなりハイテクな街ですけど、監視されてる気はしますもんね」
「コノハも分かる? 長く住んでても何も気にしない人も多いのに、二週間ぐらいで気付くなんて凄いわ。レジスタンスの素質があるのかも」
「えっ!? や、やだなあ、やめてくださいよピーチさん。私にはそんなの無理ですからっ」


確かにこの街はちょっと嫌な感じだけど、そんな危険な事なんて革命家にでも任せておけばいいよ。
無理無理無理、そんなん政府に見つかって捕まりでもしたら怖いじゃん!
ピーチ姫がレジスタンスじゃなくて良かった、もし彼女が革命家だったりしたら、絶対に流れで仲間にならないかとか誘われてたに違いない。

よし決めた。この世界で生きるに当たって革命家みたいな危険な人には近付かないようにしよう。
余計な事には首を突っ込まない、長生きの秘訣ってまさにコレだよね!
一人で決めて満足し危険には近寄らないと誓う。
君子危うきに近寄らずは生き残る鉄則だ。

やがてピーチ姫の家に帰りつき、ロボットが出してくれたお茶を飲む。
きっとこのお茶も貴重品なんだろうと、最近は口にする物の一つ一つに感謝せずにいられなかった。


「こうやって自然の食品を口に出来るって本当に幸せな事ですね、感謝しなくちゃって思いますよ」
「そう思ってくれる? 嬉しいわ、コノハが分かってくれて」


微笑むピーチ姫に微笑み返して、私は、彼女の瞳が揺らいだのをスルーした。
そのまま話し掛けて来たピーチ姫に、何の疑問も持たず返事をしてしまう。


「ねえコノハ、今夜またフォックスとファルコが来るの。そしてマリオも一緒なんだけど、大事な話があるから時間を空けておいて貰えない?」
「あ、いいですよ。どうせ用事も何も無いし」
「よかった。夕食の後……入浴とかも済ませて9時ぐらいになるかしら」
「はーい」


気軽に返事をして、何も気にしなかった私。
その後に夕食を済ませて入浴や身の回りの事も済ませ、約束の時間になった。
応接室に行くとフォックスとファルコ、マリオがやって来ていて、私が席に着くと話が始まる。
まずはマリオが一つ咳払いをして、切り出した。


「さてコノハ、工場の仕事を始めて貰ってから二週間だけど、仕事には慣れてくれたかい?」
「はい、これならやって行けそうです」
「良かった、動植物にも慣れてるみたいで、おれ達は驚いてたんだ」
「おい、前置きはいいからさっさと本題話せよ」


ファルコがマリオに話の本題を促した。
なんか以前の一件から私はファルコの事が何となく苦手になっちゃってる。
何と言うか……恐い、視線を向けるのも恐い。
マリオはファルコの言葉に続きを切り、一つ息を吐いてから突然……余りにも突然に言葉を発した。


「コノハ、おれ達レジスタンスの一員になってくれないか?」
「……」


しん、と静まり返る。
私が「え?」と、ただそれだけを発するのに結構な時間を要した。

レジスタンス?
誰が? マリオが?
と言うかピーチ姫とフォックスとファルコも、レジスタンス活動してるの?
嘘だ、こんな世界で……警察に位置する人達が平気で横暴な振る舞いをするような世界で、反政府活動なんて命知らずな事。

今日、革命家なんて危ない人達には近寄らないと決めたばかりなのに。
何て事だろう、私はこの世界に来た初日から、その渦中に居たんだ。


「混乱してるな、無理もないか。オレ達の事を順を追って話そう」


フォックスが気遣ってくれて、彼らが反政府活動をするようになったキッカケを話して貰える事に。
でもその内容は、反政府活動のキッカケと言うより……初めから定められていた事だった。


「……もう2000年は軽く経ってるかな。この国……いや、この世界は自然豊かな場所だったんだ。でもある時、それをよしとしない男が現れた」


フォックス達の話を要約すると、こうだ。

男は、人類が繁栄する為に動植物は不要と考え、世界中の木々などを伐採し始めたらしい。
男は科学の力によって生活を成り立たせ、まずは自然災害に悩まされていた地域の人々を取り込む。
そうして力を付けていった男は武力を振るい、男の思想に同意しない者達までも支配し始めた。
やがて国を作るに至った男は、動植物の力によって発展していた国を最大の害と見なして侵略し始めたらしい。
そして侵略を受けたその国があった場所は、まさにここ、グランドホープがある場所だそう。


「……それって、結局その国は滅ぼされて、こんな自然の植物や動物の居ない土地にされちゃったって事なんですか?」
「ああ。この国どころか世界中から動植物を奪ったんだよ、その男は。それにこの国はもっと広かったんだけど、管理しやすいように、そして動植物が繁栄する地を無くす為に人為的に小さくしたらしいな」
「……どうして、あなた達がそんな事を知っているんです」


2000年も前にあったらしい出来事を、何故そんな確証たっぷりに、まるで見たように話せるのか。
私が彼らを疑問の目で見ている事に気付いたのか、ピーチ姫は少し迷っているようだった。
でもすぐに口を開いて……私が予想だにしなかった答えを発する。


「……私達が、当時に生きていたからよ」
「……え?」
「私達は国が滅ぼされる前に封印されて長い時を眠り、目覚めた時に国を再興する為の活動をする事を命じられたの」


信じられないだろうけど……と沈むピーチ姫。
確かに信じられないけど、現に私の方も異世界転移だなんて事をしているので否定が出来ない。
だって『次元も何もかも違う異世界に来ました』よりも、『同じ世界で封印されて眠り、長い時を越えて目覚めました』の方がまだ現実味がある。


「コノハ、君は動植物を普通に受け入れた、故郷にあるとも言う。おれ達は君も、おれ達と同じく封印され、祖国復興を託された人じゃないかと思ってるんだ」
「……!?」

マリオの言葉に私は唖然としてしまった。
絶対に有り得ない、私は地球の日本で育ち、今まで生きて来たんだから。
こんなとんでもない事に巻き込まれるなんて、冗談じゃないよ……!


「そんな、違いますよ! 第一私、この街に来て二週間じゃないですか!」
「おれ達と同じく政府から逃れる為に嘘を吐いてるかと思ったんだ」
「フォックスとファルコも自然が無くなって人の中で生きて行けるよう進化した動物じゃなくて、遥か昔からずっとこんな姿なの。元々のものよ」


4人とも眠らされる前にとある人物の能力で年齢を戻され、目覚めた時は孤児として保護される事にしたらしい。
彼女達以外にも、同じような人がグランドホープ内に居るとか。
そしてファルコが指摘したのは、私が持っていたピカチュウのぬいぐるみ。
やっぱりピカチュウはこの世界で特別な存在らしい。


「あれはな、澄んだ森にしか生息しねえ妖精みたいなもんなんだ。国が滅びると同時に絶滅してるし、そんなぬいぐるみ持ってたら誰だって疑うだろうが」
「そんな事……言われても……」


ピーチ姫が私を引き取ってくれたのって、私がピカチュウのぬいぐるみを持っていたからなんだ。
つまり最初から反政府活動に参加させるつもりで、自然食物の生産工場に勤めさせたのも私の反応を見る為で……。

嫌だ、私は恐い事や危ない事なんて関わらずに生きるって決めたんだから。
やや独裁気味な雰囲気も漂う政府を相手にレジスタンス活動なんて出来ない、絶対に無理……!


「……お断りします」
「コノハ……!」
「お断りしますっ!」
「待って、私、あなたが女王様じゃないかと……!」


ピーチ姫の言葉に、また私は唖然とする。
彼女は私を、滅びた国の女王様に関わる者じゃないかと思ったらしい。
ピカチュウのぬいぐるみを持ち、動植物に対しての接し方もまるで……。


「違います、私、絶対に違いますっ!」
「コノハ、待って!」


私は彼らが引き止めるのも構わずに応接室を後にして、与えられた部屋に駆け戻った。


++++++


……一方、コノハが立ち去った応接室。
あそこまで拒否されては無理に引き入れる訳にはいかないと、マリオ達は諦めようとしていた。


「……私、彼女が女王様じゃないかと本当に思ったのよ。ピカチュウは王室の象徴である動物の一つだし、動植物に対しても優しく接してる……」
「ピーチさん、おれもだよ。この二週間、コノハを工場で見て……確かに女王様の面影を見た」


落ち込むピーチに同調したマリオが彼女を慰める。
だがこれで同時に、とある可能性が出てしまった。
思えば共に反政府活動をしている仲間達は、全て封印される前に姿を確認している者達ばかり。
だがコノハは……女王の面影はあるものの、封印の際には居なかった。

ファルコがぽつりと、顔を俯けたまま言う。


「……始末するか?」
「……コノハを?」
「何にしてもレジスタンスに参加する気は無さそうだし、スパイの可能性もある訳だろ。スパイじゃないとしても、この先、俺達の事を政府に話さないとも限らねえぞ」


確かにそうだ、コノハに話してしまった以上、彼女が生きていると不都合が山のようにある。
ピーチはコノハを女王だと思い込み、引き入れようとした自分を内心で責めた。
自分がそんな勘違いをしなければこんな事にならなかったのに。
この2週間でコノハの事を妹のように思うようになっていたが、今は、生きていられると困る存在になってしまった訳で。


「コノハを殺さないで、お願い。せめてこれからの行動を知られないように私達から離すから」
「だがピーチ……」
「彼女がスパイだとしたら、確実な証拠を押さえる為に仲間入りを了承すると思うわ。あの様子はきっと嘘じゃない。お願い! 責任は全部、私が取るわ。コノハを殺さないで……!」


ピーチの涙ながらの訴えに、ファルコ達は渋々ながらも了承したようだ。
ピーチは独りぼっちらしいコノハを追い出さなければならない事実に、ただ涙し、内心で謝罪し続けていた。


++++++


私は部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。
やがて顔を上げ、真っ先に目に入ったのはピカチュウのぬいぐるみ。
捨ててやろうかとも思ったけど、この子は唯一、異世界からの私の道連れ。
この二週間に何度も寂しさを紛らわす為に一役買って貰い、それを思い出すと捨てられなかった。
代わりに引き寄せてギュッと抱き込む。

反政府活動なんて危険な事ばかりなんだろう。
だとしたら私はもうこの家に居られないと思う。
やっぱり出て行くしか無いんだろうか。

そう考えていると部屋のドアがノックされて、招き入れるとピーチ姫だった。
彼女が普段見せる花のような笑顔はなりを潜め、深刻な表情が浮かぶ。


「コノハ、さっきは突然変な事を要求してごめんなさい。それで……その、あなたにとって更に悪い話があるの」


来た、と思った。
きっと出て行って欲しいと言われるんだろう。
確かに私を保護した目的はレジスタンスに入れる為なのだから、入らないとキッパリ言った今、私は用無しって訳だ。
目的が何だったにせよ、ピーチ姫とはそれなりに仲良くなれたと思う。
そんな彼女に出て行けと言われるのが辛くて、私は自分から切り出した。


「実は、あなたには……」
「ピーチさん、私、この家を出て行きます。危険な事には首を突っ込みたくないですから」
「! ……そう、そう……よね、当たり前ね。分かったわ、私もそれを言おうとしていた所だったの」


彼女は何とも思ってなかったかもしれないけど、私はピーチ姫の事をお姉さんのように思ってた。
そんな彼女から出て行けなんて言葉、聞きたくなくて……辛かった。
ああ、また無職だな。バイトくらい探さないと。
その前に住む所か。野宿なんて嫌だし、住み込みで働ける所ないかなあ。

って言うか10万で借りれる住居って無いかも。
借りる時に敷金とか要るだろうし、まずは日雇いで少しでも貯めるか?
ネカフェみたいな安く泊まれる施設あればいいな。
ああ、やっぱり住み込みで働ける場所が欲しい。

ピーチ姫は部屋を出るまで辛そうな顔をしてた。
私の事を惜しんでくれてるのかな……なんて考えると、少し気が楽になる。
明日には出て行こう、と考えながら、私は温かなベッドで眠りに就いた。


++++++


翌朝。
私は最後の朝食を食べて荷物を纏めた。
いや、本当は私の荷物なんてピカチュウのぬいぐるみと市民証だけだから何も無い同然なんだけど、ピーチ姫が哀れに思ってくれたのか、服や日用品、保存の利く食料などを分けてくれたから。
そして更に、市民証でとある場所の地図を貰った。


「これは……?」
「セントラルエリアにあるアパートの場所よ。昨日のうちに契約して敷金や礼金、3ヶ月分の家賃は先に払ったから、暫くは宿に困らないわ」
「え……」
「……こんな事しかしてあげられなくて……。ごめんね、コノハ」


ピーチ姫の表情が、切なそうに陰った。
私は泣きたくなったのを堪えて笑顔を向ける。
出て行く事になったにせよ、この二週間、彼女の世話になったのは確かだ。


「ピーチさん、お世話になりました。このご恩は一生忘れません」


忘れたくったって忘れられないに決まってる。
ゲームのキャラクターでしかなかったピーチ姫と過ごし、マリオやフォックスやファルコと知り合えた。
記憶喪失にでもならない限り、絶対忘れらんないに決まってるっつーの。

ピーチ姫付きの運転手に駅まで送って貰い、市民証をセンサーに翳して改札を通る。
改札って言っても地球みたいに狭い通路を通る事もなく、通路の天井や壁にセンサーがあって、降りる駅で市民証から乗車賃が自動で引き落とされる。
乗り口と降り口が完全に分かれているけど、そんなの改札が無いも同然な手軽さの前には気にならなかった。

今度は普通列車に乗り、個室でもない席に座る。
ここからだと政府中枢の遥かな高さのビルは目につく。
私は何となく怖くなってしまい、反対の……南の方を望める席に座った。
高架線路からの眺めはすこぶる良好で、遠くまで見渡せる近未来の街並みは素晴らしい。

ピーチ姫達は反政府活動を成功させたらこの街を壊すのだろうか。
また動植物の豊かな国に戻すには壊すしか道は無いだろうけど。
勿体無い、と思うのは私が便利さに慣れた現代っ子だからかな。
私は小さく首を振る。
もう関わりの無い事だからと、考えるのはやめた。

市民証で目的地をナビゲートして貰い、一番近い駅で降りる。
その駅から歩いて10分程度の近い場所にあったアパートは、想像していた物と全然違った……。

えっ? 何これ調べてみたら50階建てって……。
日本にあるちょっとお金に不自由な人が住むような、ひなびたアパートを想像してたから唖然。
入り口から生体情報をセンサーで調べられて入らなきゃいけないし、大家さんみたいな人が居るかと思ったら居なくて全部機械で済ませられた。

私の部屋は47階……地震が起きたらどうしようって、地震大国日本国民は考えちゃう訳ですが。
地震が無くても火事とか……セキュリティーはばっちりみたいだから女の一人暮らしも安心だけどね。

部屋も綺麗でちょっと無機質な感じもする近未来ぽさがあるワンルーム。
割と広く、玄関からL字っぽくなってる廊下を通って部屋に入る。
玄関からすぐベッドとか生活空間が見えないの有難い。トイレとお風呂も廊下の方にあるから部屋がスッキリしてるし。
これ40平米以上はあるんじゃないかな……契約してくれたのピーチ姫だし広さ分らんけど。
家賃は月に4万5000か……三ヶ月間は保障されてるとは言え、早くバイトでも見つけないと貯金10万しかないんだよね。
備え付けかピーチ姫からのプレゼントかは分からないけれど、部屋には家具一式が揃っていた。
今日はノンビリ過ごそうとベッドに転がりバッグからピカチュウのぬいぐるみを取り出す。

……捨てた方がいいかな、と何度も思って悩んだけど、やっぱり無理。
これからは独りぼっちなんだから、道連れは居てくれた方が有り難い。
私はピカチュウのぬいぐるみを、ぎゅっと抱き締めて目を閉じた………ら。


「ちょっ、あの、待って、苦しいっ!」
「……」


あれ?
私喋ってないよ。
断じて喋ってないよ。
って言うか腕の中で何かがもぞもぞ動いてる。
でも私はピカチュウのぬいぐるみしか持って……。

思わずピカチュウのぬいぐるみを放り投げてしまったら、床に落ちた瞬間、明らかにぬいぐるみではない音がした。
もっと重く中身も詰まってて……でもしなやかで柔らかい物、みたいな。


「いったたた、久し振りに動いたから感覚が……。って言うかコノハ、何するのさ! 放り投げたら危ないじゃないか!」
「……」


異世界に来た時よりも、目の前の現実を否定したくてしょうがなくなる。
ぬいぐるみだったハズのピカチュウが、しっかりと立って……喋っていた。





−続く−



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