グランドホープ

act.2 美しすぎる未来都市



ハッと気が付くと、私はピカチュウのぬいぐるみを抱いたまま天蓋付きのベッドに寝転んでいた。
窓の外から感じる光にカーテンを開けると、水平線からやや上に太陽が。

……って確かここはイーストエリアだから、海がある向こうは東で……。
この世界も地球と同じかどうかは分からないけど、もし同じならあれは間違い無く朝日だって事で。
つまり私は、翌日まで眠っていたって事で。
慌ててベッドから飛び起き、部屋を出た所で丁度ピーチ姫に出くわした。


「コノハお早う、いい朝ね。昨日起こしに行ったんだけど、あんまり気持ち良さそうに寝てたから起こさなかったわ。取り敢えずお風呂に入って来たらどうかしら、その後朝食にするから。お腹空いたでしょ」
「あはは、はい、もう。じゃあお風呂借りますね」


ピーチ姫に服を借り浴室まで案内してもらう。
案の定、お風呂は大浴場といった様相で王侯貴族が入るような印象がある。
どうにも落ち着かなくてそわそわしながらも、心地良い温度に身を委ねた。

やっぱり目覚めて、夢オチでしたとはいかない。
このお湯の感触も流れる汗も全てが、今を現実だと私に教えているみたいで。


「……ほんとに、何でこんな事になっちゃったんだろうな、私」


呟いた声は広い浴室に少し響くような形で届く。
何だか虚しくなって、ヤケになって底まで澄んだお湯に思いっ切り潜った。
息を止め、じっと我慢すると苦しくなっていく。
その苦しさはやっぱり、今が現実だと実感する材料にしかなり得なかった。


++++++


お風呂から上がってピーチ姫と一緒に朝食を取る。
その食事も終わりかけた頃、急に使用人がピーチ姫に来客があったと言って連れ出してしまった。
あ、ちなみにピーチ姫は既に朝食を済ませてる。
私はパンやデザートのフルーツをお代わりしてたから、まだなんだけど。

食事が終わって待っていたけど、ピーチ姫はなかなか戻って来ない。
悪いかと思ったけど彼女を探そうと廊下に出たら、少し離れた場所で立ち話をしていた。
その相手はスマブラでもお馴染みの二人。


「あらコノハ、待たせちゃったかしら。この二人はフォックスとファルコ、私のお友達よ」
「……」
「ひょっとして獣人に会うのは初めて? 大丈夫よ、恐い事なんて無いわ」


突然のスマキャラ登場に私が唖然としていると、ピーチ姫はよく分からない単語を出して心配する。
獣人……って、確かにそう表現してもおかしくはない種族だろうけど、フォックスはフォックスでファルコはファルコだから、なんか変な感じ。
私が、恐くなんてないですよと笑うと、フォックスが歩み寄って握手を求めた。


「初めまして、コノハ。パイロットのフォックスだ。今お前の話を聞いていた所なんだよ」
「初めまして。……私の話って何ですか?」
「ああ、お前にちょっとやって欲しい仕事があるもんだからな」


それを聞いた瞬間、来た、と緊張してしまう。
ひょっとしてピーチ姫が私を助けてくれたのは、その仕事をさせるためなのかもしれない。
命の恩人たる彼女の頼みなら、断れる訳ないし。
するとフォックスの隣に居たファルコがつまらなさそうな表情を浮かべ、実にグサリと来る一言を遠慮なしに放ってくれた。


「ハッ、マジでコイツかよ。せめてもうちょっとくらいイイ女なら良かったんだがな?」
「おいファルコ!」


うう…!
確かに私は、決して美少女ではないけど!
そんなハッキリ言う事なんて無いじゃんか!
もう、異世界転移させるならさせるで、特典として美少女にしてくれたって良かったんじゃない!?

別に、登場人物達が
「可愛い!」
「綺麗な人…!」
なんて言って一目見て気に入るような美少女や美女じゃなくていいんだよ。

まして、一目惚れされて
「こいつは俺の物だ!」
「いいや僕のだ!」
「コノハ結婚しよう!」
なんつって取り合いとかされなくてもいいから。

そんなの別に望んでないから、せめてこういう人が普通に接してくれるようになる程には容姿のランクを上げて欲しかった…!

フォックスとピーチ姫は、目に見えて落ち込んだ私のフォローをしてくれる。
ああ、彼らの優しさが今の私には凄く痛い。


「コノハ、そんな気にするなよ。こいつ口が悪いだけなんだから」
「そうそう。コノハ、あなたとってもチャーミングな顔だと思うわ」
「あはは、2人とも有難うございます」


ちなみにピーチ姫、チャーミングってどの方面にチャーミングなんですか。マスコットですか。
まあ私も不細工って訳じゃないとは思うけど……決して美少女でもない。
いい所まで上り詰めたって、せいぜい“中の中”だ。

初対面であるファルコの一言により撃墜寸前までダメージが蓄積した所で、私にやって欲しいという仕事の説明をする為、立ち話も何なので広間に移動する。
ロボットにコーヒーを出して貰うと、フォックスが嬉しそうに言った。


「なあピーチさん、これってまさか本物か?」
「ええ、ちゃんと豆から作ったコーヒーよ」
「ああ、来て良かった! こんな高級品にタダでありつけるんだからな」


この世界ではコーヒーがそんなに珍しいのか。
みんなインスタント? って言っても、それだって豆から作ってる筈。
インスタントじゃないって意味なのかな。
不思議な会話にまた一つこの世界の事を知り、へえ〜と感慨深い振りをしながら砂糖とミルクを入れたコーヒーを啜る。
やがてフォックスが仕事に関する話を切り出した。


「でな、コノハにやって欲しい仕事って言うのが……、植物の世話なんだ。花とか野菜とか果物とか」
「あ、なんだそんな事。いいですよ」


フォックス達がやたら緊迫した空気を出すから、どんな危険なヤバい仕事かと思っちゃった。
どうやら普通の安全な仕事のようなのでアッサリ返答したんだけど……。
3人が驚愕に目を見開いて私を見ていた。
え、あれ、私なにか変なこと言っちゃったかな。
言ってないよね、実際には大変な農作業の仕事を、何とも無いような調子で言っちゃったけども。


「コノハ、お前なんで平常なんだ!? あの植物の世話だぞ、普通は驚くって!」
「え、まさかその植物は人食いで、襲い掛かって来たりするんですか?」
「そんな訳ないだろ!」


なんか切れられた。
その植物が毒だとかモンスターとかじゃないなら、別に驚いたりするような要素なんて無いでしょう。
私が彼らの大袈裟な反応に怪訝な表情を見せると、ファルコが息を吐いてソファーの背凭れへ乱暴に寄りかかった。


「なるほど、確かにその可能性はあるかもな」
「今朝のパンケーキに食用花を付けてたんだけど、コノハったら驚かなかったのよ」
「それはまた……」

フォックスが唖然としたように言う。
食用花……お洒落な喫茶店のスイーツとかによく散らしてあるアレね。
この世界だと食べられる植物ってそんなに珍しいの? 唖然とする程?

ってかファルコが今言った“その可能性はある”って一体なんの事?


「まさかコノハの住んでたポリスでは、植物が普通にあるのか?」
「ポリスって?」


この世界では常識だったのだろうか、その質問にまた三人が固まった。
ああもう泣きたい、本当に私ってこの世界では異端なんだな!


「ポリスって言うのは、このグランドホープみたいな一纏まりの国全般を指す言葉よ。都市国家」


そう言えばポリス、って意味は都市国家だっけ。
地球にもある言葉に私は安心したけど、また今さっきのフォックスの言葉に引っ掛かりを感じる。

“まさかコノハの住んでたポリスでは、植物が普通にあるのか?”

え、じゃあグランドホープには植物って無いの?
グランドホープどころかひょっとして、この世界には植物が無かったり?
まさか、こんな大都会だって公園もあるんだし植物が無いなんて事は……。

……そこで私はふと、その逮捕されるキッカケになったセントラルエリアの公園を思い出した。
入った瞬間いきなりサイレンが鳴り出して、警察らしきシェリフという人達が出て来た、あの公園。
地面は真っ白に舗装されていて、カラフルな遊具が映える綺麗な場所。


「……!」
「コノハ?」


私は思わず立ち上がり、窓際へと駆け寄る。
リゾート地とも言えるイーストエリアにあるこの家は海岸のすぐ近く。
長く続く砂浜を窓からじっと見ると、だんだん違和感を覚えて行く。
必ずあるとは言わないけれど、話を聞く限りグランドホープ唯一の砂浜だそうなので、あってもいい筈。
ほら、海辺に木とか。ヤシの木ぐらいあっても……。
そして私はようやく、セントラルエリアの通りや公園、ノースエリアのビルの中などで感じた違和感に気付く事が出来た。

植物が無いんだ。

セントラルエリアの通りを歩いていた時の違和感は、街路樹どころか道端に雑草すら無かった事。
いや、そもそも剥き出しの地面自体が無かった。
公園も真っ白に舗装されていて芝生も花壇も無い。
それどころか公園にすら剥き出しの地面が無かった訳だけど。
市民証を貰いに行ったノースエリアのビル内もそうだ。
あんなビル内でも普通は観葉植物とかあるよね。
でも、そう言った木や草花は全く無かった。
完全に舗装された地面には植物の生える隙間なんてどこにも無い。

異常と言えるまでに綺麗すぎるんだ、街全体が。
これが、この世界に来てから私が感じ続けていた違和感の正体。


「……公園の地面まで隙間なく舗装されてるなんて有り得ないでしょー……」


信じられない、こんな大都会とは言え自生植物がほんの少しも無いなんて。
ピーチ姫達に詳しく話を聞いてみると、遥か昔に植物は世界中からほぼ無くなってしまったらしい。
果物とかパンとか野菜とかその他もろもろ、そんな食物も一般市民は人工的に作り出した紛い物しか口に出来ないそう。
とは言えずーっと昔からだそうだから、もう紛い物が高い地位を獲得してるらしいんだけど。

って言うか世界中に植物が無いって大丈夫?
じゃあ動物も居ないんじゃない? 気温とか二酸化炭素とかヤバくない?
……でもグランドホープを見る限り大丈夫そうだ。
空も海もとても綺麗で、太陽の光が燦々と注いでる。

フォックスたち獣人とは、植物が無くなり生きて行けなくなった為、人に近い形に進化して人間社会で生きて行けるようになった元野生動物の事なんだとか。


「じゃあ、人型をしていない動物は……?」
「人型になりきれなかった野生動物はみんな絶滅したんだろうな、きっと」


違和感の元、また発見。
そう言えば街に鳥なんて一羽も飛んでいなかった。
猫だの犬だの何にも居なければ、海にもカモメの一羽すら居ない。
本当に綺麗な、吐き気がするほど綺麗な街だ。


「それで、私に植物の世話の仕事をして欲しいって言うのは……?」
「ええ、ウエストエリアの工場地帯に、野菜や果物、穀物などを作る工場があるのよ。コノハにはそこへ私と一緒に働きに出て欲しいの」


工場の中で少数とは言え、一応ちゃんと自然の土で作物を育ててるらしい。
コーヒーやフルーツやパンなどの“本物”が高級品って、だからなのか。
一般人が普段口にしてるらしい、全てを人工的に作り出した野菜や果物とかって、なんか怖いよ。
きっとコーヒーに入れた砂糖もミルクも凄い高級品なんだろうな、ドバドバ入れてごめんなさい。

……あれ? 動物って居ないんだよね。じゃあこのミルクって何のミルク?
うわわわ、凄く怖い! まさかこのミルクも完全なる人工品だったりする?
味は別に私の世界のミルクと変わりなかったよ、それが逆に恐ろしい!

私が一人であたふたしていると、ピーチ姫が何故か少し言い難そうにしながら小声で私に告げた。


「ところでコノハ、あなたが持っていたぬいぐるみ、フォックス達に見せてあげて欲しいんだけど…」
「え、あれですか?」


ケンジから貰ったピカチュウのぬいぐるみ。
そう言えば昨日、ピーチ姫はあれについて何か思う所があるようだった。
やっぱりこの世界では、ピカチュウが特別な存在なのかもしれない。
じゃなきゃわざわざ大人の彼らにぬいぐるみを見せてだなんて言われない。
私は少しだけ考えて、与えられた部屋に置いて来たピカチュウのぬいぐるみを取りに行った。
少しして戻って来た私の腕の中にあるぬいぐるみを見たフォックスとファルコは、驚きに目を見開いて声を張り上げる。


「コノハ、それは……一体どこで!?」
「……ゲームセンターにあるクレーンキャッチャーで」
「はあ!? んな所にんな物がある訳ないだろ!」


明らかに動揺している二人をピーチ姫は留める。
今のファルコの言葉で少し明らかになった。
この世界でピカチュウは一般的な存在じゃない。
どんどん自分が異端であると思い知らされ、何だか心細くなって来た。
この世界にはきっと、私と同じ感覚を持つ人なんて唯の一人も居ないんだろう。


「2人とも、納得して頂けたかしら? 私が彼女を推した理由」
「……ああ、植物に対して普通だし、更にはこんな物を見せられちゃな」
「で、仕事は? 引き受けて貰えるのか?」


断れる訳ないでしょう。
他人の家でタダ飯喰らってニートやっちゃう訳にもいかないんだし。
私が頷くと、3人はホッとしたように息を吐いた。
私としてもタダ飯喰らいの心苦しさが激減するから有り難いんだけど。
肝心な所を何も話してくれない彼らに不安も募る。
私からはとても怖くて訊いたりなんて出来ないし。


「じゃあ、そのお仕事っていつから始めますか? 明日? 明後日?」
「今日よ、さっそく今から向かおうと思ってるわ」
「い、今から!?」


まだ心の準備がー!
って、準備する程のものでもないとは思うけど。

市民証以外は特に準備が必要な物も無いらしく、私は手早く身支度を済ませ、
ピーチ姫達と一緒にウエストエリアの工場地帯へ行く事になった。


++++++


今度は車ではなく列車で向かう事になった。
高架線路は、昨日乗った都市高速みたいにずっと向こうまで見渡せて景色が良く、青空と地上のビル群のコントラストが爽快だ。
イーストエリアからウエストエリアまで、セントラルエリアを突き抜ける形で真っ直ぐ延びている線路。
車体はいかにも近未来な感じでリニアモーターカーみたい。

快適な個室に乗り辿り着いた工場地帯は、思った程ごちゃごちゃしてない。
それどころか他の場所と同じように真っ白に舗装された地面、全然鉄っぽい感じのしない綺麗な建物、清潔感溢れる場所だ。

やっぱり、ここも。
あまりに綺麗すぎて違和感が浮かんで来る。
綺麗だけど味のない絵画を見ているようで、本当にここは生き物が生きていける場所なのか、疑いたくなって来た。


「コノハ、目的の工場へ行く前に少し見学してみないかしら?」
「見学、って、何かの工場をですか?」
「ええ、食べ物を作っている工場を」


それは例の、一から全てを人工的に作り出しているって食べ物ですか。
ちょっと興味が湧き、行ってみたいですと返事をして、まずは別の工場へ向かう事になった。

……ええ、予想通りに後悔しましたとも。
見なきゃ良かったって。
いくら食べ物を人工的に作っているとは言え、自然の物を基盤にしているんだろうと思ってた私。
でも実際は、本当に

“一から全て”

を、人工的に作り出していた。

……なにあれ、人が口に入れる物を作っているとはとても思えない。
どう見ても大掛かりな化学実験やってます的な?
グランドホープの一般市民たちは、あれを主食にしてるのか……!
案内係の人が親切丁寧に説明してくれてるけど、正直どうでもいい。
ガラス越しの眼前の光景が衝撃的すぎて。
化学薬品にしか見えない液体や固体が、製作が進むにつれ地球でも普通に見かける食材になる。
野菜や果物、木の実系だけではなく、肉や魚、飲み物だって全てそうやって作り出していた。

少し気分が悪くなりながらも工場を後にし、本来の目的である方の工場へ向かう。
多少ふざけつつも、うえーっと言いたげに脱力しながら歩く私に苦笑してフォックスは問うた。


「コノハ、ああ言うのダメなのか」
「ダメダメですよ、あんなん食べ物じゃないでしょう普通に考えて。明らかな化学薬品ですよ」
「うーん、この街ではアレが普通だからな。この街ではと言うより、世界中どこでもそうだと思うんだが。コノハの居たポリスは違うのか?」


この世界にはポリスという都市国家しかないのか。
彼らは私をこの世界の住人だと信じて疑わない。
いや、まあ普通はそうなんだよね、異世界から来たなんて誰も考えない。
いい加減、異世界から来た事を言おうかと思ったけどやめておいた。
笑われるか引かれるか病院送りかが関の山だ。
異世界転移した事なんて多分一生誰にも言わないで過ごすだろう。

……一生、か。

もう私は二度と家へも、私の居た世界へも帰れずに一生を異世界で過ごすのか。
異世界転移した夢小説のヒロインは何で素直に状況を受け入れるの。
私は無理。
退屈で平凡な世界だったけど、嫌になる事も多々あったけど。
失って初めて大切さが分かるってこの事だったんだ。
私、今すごく家に帰りたい。


「おいコノハ、着いたっつってんだろうが!」
「は、はいっ!?」


ファルコに怒鳴り声と共に腕を引かれ我に返ると、いつの間にか目的の工場へ辿り着いていたらしい。
危ない危ない、目の前が壁だったよセーフ。


「あはは、ごめんなさい、ボーっとしてました」
「ったく、可愛くもねえ奴がドン臭くてもイライラするだけだぞ」
「もうファルコ、あなたさっきから言い過ぎよ!」


ピーチ姫が私の腕を掴んで引き寄せた。
でもファルコの言う事って冷静に考えれば、世の男性の本音かもしれない。
……言われると悲しいけどね、凹むけどね、傷付くんだけどね!

市民証を通してゲートを潜ると、またも任天堂キャラとの出会いが待っていた。
オーバーオールにふさふさの髭、何より真っ赤でMのマークが印象的な帽子が、彼を一目で分かる存在へと変貌させている。


「初めまして、君がコノハだね。ピーチさんから話は聞いてるよ。おれはマリオっていうんだ」


世界一有名な配管工・Mr.ニンテンドー。

なんとマリオはこの工場の工場長なんだとか!
うわわわ、何でそんな立場になってんの……!

この工場だけは、ちゃんと自然の食べ物を栽培しているという事だったから期待していたんだけど、やっぱり未来都市の中にあっては普通の農作業なんてやってなかった。
案内されて広大な工場を通路やエレベーター(横に動くタイプもあった)で移動していくと、あちこちで畑を発見する。
ただどれも工場内なので完全に室内だし、ガラスに囲まれた空間で機械による農作業をしていた。
人なんて介入してない。
外から操作していて実際に土に触れている人なんて誰も居なかった。

それ以前に私は、建物内ですれ違ったり見掛けたりする人達が気になる。
私を逮捕したシェリフとか言う警察と同じ制服を着て、手にライフル銃や拳銃を持った人ばかり。
単なる畑なのに、まるで国家機密の重要施設だと主張しているみたい。


「随分と警備がしっかりしてるんですね。さっき行った人工食物の工場なんて殆ど警備の人に会わなかったし、銃なんて持ってなかったのに」
「……そうね、警備と言うより監視かしら」


……監視?
え、誰を? 何を?
なんで畑とかそれに関わる仕事してる人を監視なんかしちゃうの?
暇なの?

何か嫌な予感しかしない。
だってあのシェリフって人達、私をいきなり射殺しようとした人達だよ。
そんな組織の人が居るって不安にしかならない。

多少ビクビクしながら工場の中を更に進んで行く。
途中には建物内にもかかわらず、牧場さながらの牧草地や家畜たちが。
あ、ひょっとして今朝のコーヒーに入れたミルクは普通のミルクなのかな。
それなら良かった、どんな材料で出来てるんだって不安で仕方なかったもんで。

やがて辿り着いたガラス越しの畑の前に立ち、マリオが私を招いた。


「コノハ、君に働いて欲しいのはここだ。まあ他の畑と大した違いはないんだけど、他はちょっと機械の手が回りすぎてるもんだから……」


かなり広々としているけど確かに至って普通の畑。
野菜や果物が植えられたそこは、自然な色が柔らかな風合いを出している。
私にやって欲しいのはここの作物の管理とか。
機械で作業を行うので、やる事と言えば機械が取得するデータに頼り切らず、自分の目で作物を見て機械の設定を行う事。


「基本的には機械が自動的に作物の具合を見て操作を変えるんだけど、時々失敗したり、良くない物を収穫したりしてな。やっぱりどこかで必ず人の目で見ないと、自然の作物って言うのは機械で全自動にするのは無理があるのかも」
「なるほどー……。でも私、畑仕事した事ないんですよね」
「大昔じゃないんだから、誰だってそうだろ。畑関連の本があるからコノハに貸すよ、ちゃんと勉強してな」
「は、はーい……」


大昔じゃないんだから、か…。
やっぱりこの世界って植物ないのかな。
なんで植物が世界から消えちゃったんだろうか。

お婆ちゃんが話してくれた緑豊かな王国の話を思い出して少し悲しくなる。
あの王国は物語の中とは言え、この街の気が狂いそうな綺麗さとは違い、人間が生き物だと思い出させてくれる自然の綺麗さで満ち溢れている。
あの話をする時のお婆ちゃんは本当に楽しそうで、だけどどこか、少し寂しそうでもあったな。


「ねえコノハ、ちょっと畑に入ってみない? 練習がてら見回りしましょ」
「そうですねー、まず慣れておかないと」


みんなと一緒に扉を潜り、かなりの広さを持つ畑を見渡した。
太陽の光を模しているのか照明は力強く、でも優しく地面を照りつける。


「おおー地面だ、土だ! 1日しか離れてなかったけど懐かしい気がする!」
「本当にコノハのポリスには自然の土や植物があったんだなー。1日しか離れてないって……」
「まあ私の住んでた町も舗装はされてますけど、学校のグラウンドとか土の地面ですから」
「が、学校に土の地面!? 普通に子供の通う学校だよな!? 凄いな、コノハの居たポリスは!」
「て言うかフォックスさん、イーストエリアの海岸だって砂浜だったじゃないですか」
「ああ、ありゃ人工砂だ」
「……」


人工砂浜なら普通に私の世界にもあるけど、多分よそから砂を持って来たとかじゃなく、“砂”を作り出してるんだよね?
何かもう逆に凄い。

教えて貰ったり本で調べたりしながら作物の様子を見ていく。
やっぱり科学技術の産物か、エリアによって季節感バラバラの作物たち。


「ああっ、夏野菜と冬野菜が隣接して実ってるう!」
「え、作物に季節ってあるのか? 確かに必要な温度とか色々違うなあとは思ってたけど……」
「しっかりして工場長!」


就職先? も決まり、私の異世界生活は軌道に乗って来たみたい。
それに嬉しくなりながらも、だんだんとこの世界の住人になっていく自分に寂しさと悲しさを覚えてしまう私だった。





‐続く‐



戻る
- ナノ -