グランドホープ

act.24 戦い終わって夜が明け……



普通なら有り得ない未来都市の暗闇、街頭の頼りない非常灯のみが照らす何車線あるのって広大な道路に轟音が響く。
さっきまで暴れ回っていた【魔獣ガノン】が重々しい地響きを上げて道路に横たわり、それきり動かなかった。


「(えぇー……完全に部外者状態のままラスボス倒されちゃった……)」


いや口には出さないけどね、出さないけどもやっぱり惜しい気持ちが捨てられないんだよね。
私がそんな器じゃないってのは自覚してるけども、やっぱり夢小説好きとしては重要な立場になりたかったよ。
いや不謹慎なのは分かってるマジで分かってる、みんな本当に命を懸けて戦ってたんだからそんなお気軽モードで参加されても迷惑、最悪 足手纏いになるって事は分かってる!

【魔獣ガノン】がもう動かない事を確認してから、レジスタンスが私達の方に歩いて来る。
その先頭はピカチュウとアイクで、顔は確認できるけど近くもない距離を開けて止まった。
少しだけ無言が流れて……やがてピカチュウが少し震える声で。


「……コノハ、なんだよね?」
「あ、はい、どうも死に損ないっていうか生き損ないのコノハと申す者です宜しくお願いします」


言って頭を下げると私の傍に居るロイが少し吹き出した。
これは私が悪いね、確実にシリアスな展開が起きる流れだったのに軽ノリで返事しちゃった私が悪い。
でもそれで良かったのかもしれない、特にシリアスムードが蔓延してたレジスタンス達が、今の私の言葉とロイの笑いで明らかに真剣な空気を瓦解させてる。

と、油断して気を逸らしていたらピカチュウが勢い良く私の胸に飛び込んで来た。


「ふぐっ」


ぶつかってめっちゃ変な声出たけど、私は飛び込んで来たピカチュウを優しく抱きしめる。
私の胸に顔を埋めたピカチュウの体が震えていて、声を押し殺して泣いている事が分かったから。


「ピカチュウ……」
「なんっ……なんでっ……とか……いいよ、もうっ……。コノハ……」


言葉の間にすすり上げるような音を出しながら、私の胸に顔を埋めたまま泣き続けるピカチュウ。
私も目にじんわり涙が浮かんで来て、一ヶ月ぐらい振りの大親友との再会を堪能した。
ピカチュウと離れて約一ヶ月、たったそれだけの時間しか経っていないのに、その間あまりにも色々な事が起こり過ぎた。
本来であれば私はもう二度と彼とは……いや、他の誰とも会えない筈だったのに、今こうして再会を共に喜び合えるのが何よりも嬉しい。


「ピカチュウ……ただいま」
「おかえ、り、コノハ……!」


ピカチュウの震える声を聞いていると私まで感極まり、優しく抱きしめていた所に少し力を入れてしまった。
潰さないように気を付けていたけど、こうして再び触れ合えるとなるともう離したくなくなって、胸の中の彼に寄り添うように頭を俯けて目を閉じる。
と、誰かが近づく足音。
気付いた時にはもうすぐ傍で、誰だこれ……と思って頭を上げる前に、胸の中のピカチュウごと思い切り抱き締められる。


「おわっ!?」
「……コノハ……」


全て包み込まれてしまいそうな腕と体。
苦しそうな、絞り出すような声で小さく呟いたのはアイクだった。
……ほわっ? アイクさんに抱き締められている??
いや2回目だし何ならお姫様抱っことかいう精神的罰ゲームかつご褒美も経験してはいるけど、この抱き締め方は今までの接触のどれとも違う気がした。
普通なら照れたり焦ったりする所なんだろうけど、不思議と安心感を覚えたから取り敢えずされるがままになっておく。

少しだけアイクからもすすり上げるような音が聞こえて、あれもしかしてアイクさん泣いてる……? と思った直後に放された。
彼の目は少し潤んでいて表情も辛そうに歪んでいるけど、はっきりと泣いている訳でもないっぽい。


「コノハ、すまん。守ってやれなかった……」
「え? いや別にアイクさんが私を守らなきゃいけない義務とか無いですし、そう謝らなくても」
「俺はお前を守りたかったんだ。お前がグランドタワーに囚われている状況で一番お前を守れたのは俺なのに、このざまだ。いくら恨んでくれてもいい」
「ええっ? いやほんと、恨むとかそんなん全く無いんで! 寧ろ私が帰って来れたのをこんなに喜んでくれるのが嬉しいというか……あれ、喜んでくれてますよね?」
「ああ、こんなに嬉しい事は無い」
「良かった〜めっちゃ喜んでくれてた」


少し大げさに安堵を見せながら言うと辛そうだったアイクが破顔してくれた。
それで完全に空気が和らいで、レジスタンスが私達の方にやって来る。
真っ先に駆け寄ってくれたのはピーチ姫で……ああ、彼女が私(というかピカチュウ)を見付けてくれたから始まったんだよね。
勿論 彼女を恨んでなんかない。寧ろ感謝すらしてるかもしれない。


「コノハ……! ごめんなさい、私があなたを誘ったりしたから……!」
「もー、ピーチさんもアイクさんも責任感じすぎですって! 私は皆さんの事だーれも恨んでないんで! 寧ろピーチさん、私を拾ってくれて有難うございます。ピーチさんが拾ってくれなかったら私、今ここに居ませんよ。お陰様で、巡り巡ってこんなに友達が出来ました!」


笑顔を見せて言うと、辛そうだったピーチ姫も泣き笑いのような表情になる。
マリオ達やピット達もやって来て、次々に私の帰還を喜んでくれた。
というかポケモントレーナー……この世界ではレッドか、彼まで居たし何なら彼がミュウツーなんて引き連れていて驚いた。
どうやら私と同じ反政府思想の人を取り締まるアンドロイドのコアから作ったらしい、味方に引き入れられて良かったね本当……。
そしてルイージもレジスタンスに居る。やっぱりマリオの双子の弟、関係無い筈が無い。

元々2000年前のリグァン王国に居たカービィやゼルダ姫との再会も繰り広げられる。
ピット達はエイネちゃんがカービィだと知らないから驚いていたし、ゼルダ姫は記憶が戻ってないからちょっと戸惑い気味だけど、きっとすぐ打ち解けると思う。

やがて彼らの少し後ろからルカリオがやって来て、私の前に跪いた。


「お、おう? どうなさったルカリオさん」
「コノハ様、改めてあなたにお仕えさせて下さい。やはりあなたは私のお仕えすべき方でした」
「ぉ、ん、おう、好きにしちゃえば良いけど……友達とかじゃ駄目な感じ?」
「有難きお言葉、光栄です。ですが私は騎士として あなたにお仕えしたく思います。どうか私をお傍に。どんな脅威からもあなたを守り抜いてみせます」


……やっぱりかっこいいなルカリオ。
内心きゅんとしていると、私の背後に居たロイとマルスとリンクがやって来て。


「待て待てルカリオ、オレ達もコノハの守護戦士ってやつなんだから独り占めするなよ!」
「お前達は友人枠でいいだろう。コノハ様の騎士は私一人で十分だ」
「まあ君の言い分はその通りなんだけど、前世の記憶が蘇った今となっては僕達もコノハの騎士に立候補したいね」
「ロイとマルスの言う通りだ、俺達の仕事を奪うなよ」


これは……あれだな、たまに夢小説で見かける逆ハーレムとはちょっと違う感じのするアレだな、仕事とか言っちゃってるしな。
まあ彼らにとって多分 私の守護戦士とかいうのは正真正銘の仕事だろうから悪い意味ではないだろうな。


「っていうか皆さん私はそんな大それた人間じゃないので本来は騎士とか守護戦士とか必要ないんですけれどもね、皆さん友人で良いんですけれどもね」
「そりゃこれからもダチで居てくれよコノハ、でもやっぱりお前を守るのはオレ達の役目って感じがするんだよなぁ」
「もう戦う必要なくない?」
「政府が倒されてもこの世の脅威が無くなる訳じゃないからね、僕達の出番はまだあるかもしれない」
「そうそう、何かあったら存分に俺達を頼ってくれて良いから」
「いやもう以前からめっちゃ頼ってる気がする……」


守護戦士だの騎士だのは置いといて、頼れる友人が居るっていうのは本当に心強い。
私も彼らの友人で居られるような人間であり続けたいと思うよ、真剣に。
まだ跪いてるルカリオを立たせてあげると、私が胸に抱いたままのピカチュウと何やら微笑み合っていた。
昔の王国で精霊のような存在だったという彼らの間で、何か通じるものがあるんだろうな。

レジスタンスの一部は政府関係者のシュルク達が居る事に少し警戒を滲ませていたけど、全ての親玉たる市長ガノンドロフが倒れた今、無意味だと思ったか言い合い等には発展しない。

……“全ての親玉たる市長ガノンドロフが倒れた”。
ああ、そうか。終わったんだ。
きっともう、この世界で私のやるべき事は本当に無くなった。

いや終わった訳じゃないかな。
これが何かの物語なら皆の後日談とかが流れた後にENDの文字でも出て終わるんだろうけど、現実は続いて行く。
市長亡き後の街が無法地帯にならないよう誰かが統治しなきゃいけないだろうし、そして何より私の人生もまだ続く。
一度 死んだ身で“人生は続く”なんて図々しい気がするけど、折角貰った第二の人生なんだからそう思って“生きて”いいと思う。
私にも出来る事があるかもしれないし、恐らくこの世界のメインキャラであろう任天堂キャラ達の手伝いが出来るならしたい。

というか私、元の世界に帰れるのかな。
お母さんやお父さん、マナやケンジにもまた会いたいし、元の世界で任天堂のゲームとかまたやりたいんだよなぁ。
この世界では任天堂キャラ達と親しく過ごせるけど、彼らが出るゲームは存在しない訳で……贅沢な要求だと思うけどさ。
もし帰るかどうか自分で選べるんだったら……どうしよう決断できないかもしれない。
元の世界もこの世界も捨て難すぎるよ……。

私が超絶個人的な事で悩んでいる間に、レジスタンス達は次の行動を話し合い始めた。
話し合いの中心に居るのは我らが任天堂のヒーローマリオで、何やらアイクに頼み事をしてるみたいだけど……。


「待て、俺がやるのか!?」
「市長亡き後のポリスを纏めるのはアイクが適任なんだよ。グランドホープ中の有名人で人気も高い。お前の言う事なら大勢の人が聞くんだ」
「冗談だろ? 俺は国の指導者なんて柄じゃないし、やりたくもない。何より出来るとは思えん」
「何もお前一人にやれって言ってるんじゃないさ。おれ達みんなでお前を補佐する」
「とは言ってもな……そもそも市長亡き後の統治なんて大事な事、以前から考えてたんじゃないのか。何で俺に言わなかった?」
「先に言ったらお前、協力してくれなさそうだと思ったから」
「……」


……なんかこういうやり取りアイクの原作ゲームであった気がするんだよなぁ、はっきり思い出せないけど軍の総司令官をアイクに任せるとかの話で、全軍任される事を知ってたら断ってたとか何とか。
シェリフの最高位に居たけどやってた事って戦いがメインだったのかな、まあアイクなら実力と人柄だけで人を付いて来させられそうだ。

アイクは渋い顔で考えていたけど、ややあって。


「……俺の今の地位と支持率が欲しいなら、ただの象徴って訳にはいかないか? グランドホープを統治するのは他の奴だ」
「ああ、いいよそれでも」
「あっさりだな」
「まあ断られると思ってたからさ。お前は今まで通り、ジェネラル・インストールとしてシェリフを率いてくれれば」
「正直な話、市長が倒された今となっては それもやめたいんだがな……」


何か大変そうだなー……。
いくら協力したいとは言っても、さすがにポリスの統治とかの話になると私の出来る事は無さそうだしなぁ。
シュルクとルフレ、ゼルダ姫がマリオ達の方に行って会話に参加し始めた。政府の補佐官だった彼らが居れば事も進めやすいかもね。
自然食物生産工場に沢山の植物があったから、きっとそれらを用いて緑豊かな国でも作って行くんだろうな。

あ、そうだ。
私、ピカチュウとルカリオに謝らないといけない事があった。
私は胸に抱えたままのピカチュウと隣に居るルカリオに、以前……ピット達の所へ旅行のお土産を渡しに行く前に、二人に不信感を覚えてしまった事を謝罪する。
するとピカチュウが呆れたような笑いを出しながら。


「なにそれ、黙ってれば分からなかったのに……馬鹿正直なんだから」
「はいはいお馬鹿さんですよー私は。だって世話になっておきながら疑いまくってたんだよ、失礼じゃん」
「コノハ様、異世界より転移させられ、歴史も価値観も何もかも違う場所で生活していたのですから無理もありません。私もピカチュウも気にしませんので」
「ありがと。ほんと馬鹿な考えだったと思うよ。特にピカチュウが“ピカチュウの姿をした別の何か”だったらどうしようって……そんな訳ないのにね」
「…………」


あれ?
ちょっとピカチュウさん、こういう時こそ笑って“ほんとコノハは馬鹿だなあ”ぐらい言って下さいよ。
ルカリオは小さく笑っているけど、私が胸に抱いているピカチュウは真顔で、少しだけぽかんと口を開けて私を見上げていた。

……え?


「……コノハ」
「な、なに?」
「……あのね」
「ねえ、ちょっといい!?」


突然ルイージの声が響いて会話が中断された。
そちらへ目を向ければルイージは驚愕の表情をしていて、マリオが心配そうに声を掛ける。


「どうしたルイージ……」
「時間! 今 何時だろって市民証で時計を確認したんだけど……僕のよっぽどずれてる!?」
「え……」


その言葉に銘々が市民証で時間を確認し始めた。
あ、みんな市民証が新しいスマホ型になってる。
元々私がガノンドロフに持たされていたスマホ型の市民証は追尾やら盗聴やら出来る完全な監視用だったけど、一般の物はそんな心配は無いみたいなんだよね、私のもセレナーデに一般の市民証にして貰ったし。
皆が驚いてるから何事かと思って私も市民証を取り出し時間を確認したら……。


「……私のも時間ずれてるみたいだなぁ……」


現在時刻、午前7時ちょっと。
なのに辺りは夜で、相変わらず空も真っ暗……いや今日は曇ってない筈なのに、星も月も何も見えない“真っ黒”。
夜が、明けない……?

ピカチュウも私の市民証を覗き込んで唖然としていて、今さっき何を言おうとしていたのか訊ねられそうな雰囲気じゃない。
と、そうしていると私達の誰でもない声が響く。


『朝が来ないのは当然ですわ、レジスタンスの行動で今まで停電した事の無い大本の電源が落ちているのですから』


この声、エメラルダ……!
まるでスピーカーを通したような声、どこか違う場所から声を届けてるんだ。
この声は地下鉄経営会社の社長令嬢の……とレジスタンス達も彼女の存在を認識したみたい。
顔を歪めた私やロイ達に友好的な相手ではないと理解したらしく、フォックスがどこに居るのかも分からないエメラルダへ声を荒げる。


「どういう事だ!? 停電と夜が明けない事に何の関係がある!」
『あるに決まっています。電力が無ければドームの天井に空を映し出せないでしょう。あれは大本の電源を使用していたのですから』
「いや、おい、ドームって……天井ってどういう事だ……!」


ドームの天井、空を映し出す。

……えっと、待ってこれ、もしかしてこのグランドホープって……?


「……もしかしてグランドホープって、どこか……巨大な建物の中とか、地中とか、そういう所にある……?」
『正解。あなたのような取るに足りない者にさすがだなどと言いたくありませんが、異世界から来てこの街での生活が短いだけあって、発想が柔軟ですわね』


相っ変わらずムカつくなぁ! やっぱり今時このレベルの悪女って乙女ゲームや少女漫画にも居ない気がするー!
おっと、私が異世界から来た事を知らない面々が驚き始めたっぽい。
でも今はそれよりグランドホープの正体が気になるので、私の説明は後でね。

エメラルダの話によると、このグランドホープは空中に浮かぶ巨大な浮島の地中に作られているらしい。
他のポリスも同様に別の浮島の地中に作られていて、各浮き島の地中は長大なトンネルで繋がっているそう。

……あれ、いつだったか、他のポリスへの移動手段の一つの飛行機が、規定のルートから離れた所を航行すると大破してしまうって聞いた気がする。
確かピーチ姫と自然食物生産工場の仕事帰りの列車に乗ってる時だったかな、どっか……ウエストエリアだったか、そこで沖の方で民間機が大破したとかで……。
もう一つの移動手段である列車は決まった線路しか移動できないから安全だけど、って……。

既定のルートから離れた所を航行すると大破する……つまりドームの天井にぶつかっちゃうって事!?
船による移動手段が無い理由が分かった、各浮島の地中を繋ぐトンネルが恐らく海(正確には巨大な地底湖?)には無いからなんだ。
船には乗った事が無かったけど、どうやら政府が所有・運営する船しか無いみたいで、あまり沖には行かないそう。

確か故郷の世界の夢を見た後、グランドホープの空に違和感を抱いた事もあった。
これもピット達の所へ旅行のお土産を渡しに行く前だったかな。
地球で見る空のような透き通った青を感じないし、突き抜けるような高さも感じなかった。
そりゃ宇宙に比べて地中にあるグランドホープの天井は低いだろうから、違和感やむなしだ。
この空しか見た事の無いグランドホープの人達は気付かなかったんだろうな、昔を知っているルカリオやピカチュウは違和感に気付いてたし。


『あなた方レジスタンスはこのグランドホープが元リグァン王国だと勘違いなさっているけれど、ここは我が国を滅ぼした忌々しい男が造り上げた偽りの街ですのよ』
「……我が、国?」


反応したのはアイク。
この流れで“我が国”なんて言われて浮かぶのはリグァン王国のみで、それを“我が”なんて言っているこの人は。


『あなた方、女王に向かって態度がなっていないのではございませんこと? 身代わりの孫などに構っている暇があったら、今すぐわたくしに忠誠を誓いなさい。リグァン王国最後の女王である わたくしこそが、王国の復活に相応しい存在なのですから』
「お前、もしかして……サクヤか?」


アイクが少しだけ目を見開いて言う。
サクヤって誰よ、と思っていたらピカチュウやルカリオ、そしてロイ達が驚き始めた。


「サクヤ……! ヨリの姉で本物の女王だよ、コノハ。マリオ達は知らないかな」
「あ、確かお婆ちゃんは王妹で姉が女王だって聞いた……じゃあエメラルダが、その女王!?」
『その通り。わたくしは国が落ちたあの日に命を失いましたが、こうして生まれ変わったのです。本当にヨリと来たら……わたくしの身代わりとして存在していたのに、わたくしが死んであの子は生きていただなんて、役立たずにも程があるでしょう』


私のお婆ちゃん、影武者だったのか。
……ぶっちゃけ影武者が生きてて本物の女王が死んでるってのは確かに、役立たず呼ばわりされても仕方ない気はする……。
現代日本とは価値観も違うだろうから、本物の代わりに死ぬ影武者という役割が存在する事を非難しても意味無いし……。
って頭で理解しても大好きなお婆ちゃんの事だから心情は受け入れられないけどね! 相手がムカつくエメラルダだから尚更!


『今やこの世界の全ての人間は浮島の地中に造られたポリスにしか存在しない。それを地上に移し、新たなリグァン王国を造り直すのです。利害は一致しているでしょう? わたくしに従いなさい』
「……一致、してる、のかな……」


ピットが呟く。
確かにレジスタンスの目的はリグァン王国の復活だからエメラルダの言う事は正しい。
しかし彼女が私を放置する事はあるんだろうか。
私を憎んで死なせようとまでしていた彼女は、既に政府の手先のアンドロイドじゃないと知られて破壊対象でなくなった私をどうするのだろう。
このままなし崩し的に仲間入りして下手に近くに居たら、命を狙われ易くなってしまうかもしれない……。
そうして不安に陥っていると、サムスが険しい口調でエメラルダを問い詰める。


「待て。お前はコノハを憎んで殺そうとしていた筈だ。これからコノハをどうする、危害を加えない保証はあるのか」
『……こちらの条件を飲めば手出しは致しませんわ。その娘が元の世界に帰り、二度とこの世界へは戻らない事。それが条件です』
「………!」


突然 迫られた選択に一気に息が詰まった。
もし帰るかどうか自分で選べる場合に決断できないかもしれない、なんて思ったばかりなのに、もう決断を迫られている。

……いやこれ、選択じゃなくて事実上の強制だよね。
私が元の世界に帰らなければ命を狙われる、そうすれば皆は私を守る為に戦ってくれるかもしれないけど、そもそも私が帰ればその戦いは起きずに済む。
でも……別れが目の前に迫った今、どうしようもなくこの世界が惜しい。

そうして迷っていたけど、ピカチュウが事も無げに。


「なぁんだ、帰れば手出ししない、って事は帰れるんだよね。良かったねコノハ」
「えっ……ピカチュウ、私を帰らせたいの……?」
「だって向こうの世界がコノハが居るべき場所じゃない。コノハだって帰りたかったよね?」
「そりゃ、まあ……だけど、ピカチュウは……」


ピカチュウが私との別れを何でもないと思っている風なのが余りにショックだ。
別れになると思う、元の世界でピカチュウなんて生息する訳にいかないんだし。
でも私との再会をあんなに喜んでくれていた彼が、私との別れを何とも思っていないとは考えたくない。
ひょっとしたら、私が心置きなく帰れるように何でもない振りを装っているのかもしれない……そう思いたいよ。

他の皆を見てみると……何か全員すっごい苦い顔してる。
どうしたのその苦い顔、と訊ねてみると、ルキナが答えた。


「皆さん、このままだとコノハさんと別れる事になるばかりか、あなたを憎んで殺そうとした人に仕える事になるんですよ。いくら本物の女王様だと言っても、胸中複雑の筈です」
「ルキナ先生の言う通りだよ、コノハ」


ネスも続けた。

……ああ、私との別れを惜しいと、私に危害を加えようとした人に仕えたくないと、皆そう思ってくれてるんだ。
何だか急に心が決まった。
私、こんなにも想ってくれる彼らの為に、帰らないといけないよね。
彼らに、私の為なんていう無駄な戦いをさせる訳にいかない。
エメラルダは気に食わないけど、少なくとも彼女とレジスタンスの目的は一致してるんだから。


「……分かった。私、元の世界に帰る」
「コノハ……!」


辛そうに名を呼んだリンクに腕を掴まれる。
それを発端に皆が次々と引き止めてくれて……何これ、嬉しすぎる。

有難う、私を惜しんでくれて。
そんな皆の為にも、私は帰らないといけないんだ。

……だけど次の瞬間 聞こえてきたエメラルダの声で、私の決意が一瞬で砕け散った。


『な、何ですのこれ……向こうの世界への道が開かない……!?』





−続く−



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