グランドホープ

act.21 逃走、闘争



上がりかけた跳ね橋の向こうに飛び移った時の再会。
あの擦れ違った一瞬、ピカチュウ達は何を考えただろうか。
すぐにあのコノハはニセモノだと思い直したとしても、ほんの一瞬でもいい、コノハを見る事が出来たと喜んでくれただろうか。

どうしても胸がズキズキ痛んでしまう。
隠せず表情に出てるらしくて心配されてしまった。
一番に声を掛けて来たのはシュルク。


「コノハ、大丈夫?」
「……多分、大丈夫、です」


ああ失敗した、多分なんて言わなきゃ良かった。
サムス達まで傷付いたような顔にさせちゃった。
私が友達を守って死んだ事も今の私が友達に敵認識されてる事も、ここに居るサムス達は知ってるんだよね。


「……コノハ、私達は味方だ」
「そうだよコノハねえちゃん、ボクたちはいっしょにいるよ」
「サムスさん、カービィ……」
「辛かったら何だって話してくれて構わないよ」
「ルフレさんも……」


私は、彼らに何を返してあげられるだろう。
当面は味方で居てくれる彼らに応えて生き残るだけでいいだろうけど、本当に心強く思ってるからいつか恩返ししたい。

戒厳令が継続中だからかノースエリアには人っ子一人歩いていない。
あんなに人の多かったグランドホープでは有り得ない光景が広がってる。
僅かに機能してる非常電源も通りの街灯ぐらいで周囲のビルは真っ暗。
ノースエリアを東に向けて走り続けているけれど、各エリアが完全に封鎖されてるんじゃ、逃げ道なんて無いよね。


「サムスさん、今は少しでも政府中枢から離れるんですよね」
「そうだ。どうせノースエリアからは出られそうにないからな、グランドタワーから少しでも離れなければ」
「止まって!」


会話の途中、突然シュルクが私達を片手で制した。
気付けばビルの曲がり角の向こうから複数の足音。
全員が武器を構えるのに遅れる事数秒、私も光線銃を構える。
やがて曲がり角を曲がって来たのは明らかに政府の兵士。


「何者だ貴様ら、戒厳令……」


その言葉が終わる前にルフレがサンダー系の魔法を放つ。
エルサンダーって言ってた。ああ、あれか。
魔法って便利だなあ、今の所 私達の出番は無さそう。
あああ私も魔法とか使ってみたい次生まれ変わる時は魔法使いになりたい
それなりに実力があるタイプのね!

居たのは5人で、気絶して倒れたみたい。
すぐ見つからないようビルの谷間に引きずり込み、そこにあった荷物で隠しておく事に。
当ては無いけど止まっていたって仕方がない。
少しでも政府から離れる為に行動しないと……。

なんて考えているともう一度 先頭のシュルクが私達を制止して来た。
何も言われなくても各々が武器を構え、または戦闘態勢に。
今度は私も出遅れずに済んだよ。
けれど誰も動かない。さっき真っ先に攻撃したルフレも魔法を放たない。
やや先の方、頼りない街灯に照らされた、車通りなんて一つも無い交差点。
そこに一体のロボットが佇んでいた。

あれはファミコンロボットだ。前にピーチ姫の屋敷で見た事がある。
ハウスキーパーロボなんて言われてたと思うけど、二点、それとは大きく違う。

一つはハウスキーパーロボより幾らか大きい事。
もう一つは……色。

ピーチ姫の屋敷で見たのは白い、いわゆる亜空の使者に出て来た量産型。
今そこに佇んでいるのはファミコンを意識したような……つまり、ファイターのファミコンロボと同じ色。
そしてあいつを見ているシュルクとルフレの顔色が悪い。
緊張の面持ちになったシュルクが、その表情通りの声音で。


「……ノースエリアに連れて来られた時点で危惧すべきではあったけど」
「あ、あのシュルクさん、あのロボットは?」
「あれはFC(エフシー)。コノハ、家事用のロボットを見た事はある?」
「あります」
「それの元締め……みたいなものなんだけど、あいつは“お掃除”しかしないんだよ」
「お、お掃除?」
「政府に仇為す邪魔者のね」


まあなんて綺麗好き。


「……それ端的に言って抹殺じゃないですかァァーー!? ちょっ何ちょっと小洒落た感じにお掃除とか言っちゃってんですか小粋なジョークのつもりですか笑えませんよ色々とォォ!!」
「おちついて、コノハねえちゃん」


カービィに冷静にツッコまれてしまった。
気付けばシュルクもルフレもサムスも耐えようとしながら小さく笑ってる。
そう言えば私が喋ってる最中に彼ら、吹き出した気がする。
……いらん恥かいた。

改めて気を取り直し、ルフレがファミコンロボット……FCか。
あいつから目を離さないまま。


「シュルク、使うか」
「ああ、使うよ。皆、今から僕の言う事をよく聞いてほしい。信じられないかもしれないけど、僕は……少し先の未来を予見する事が出来る」


いや信じますけど。未来視……ビジョンでしょ。
予言とか予知とかそんなんじゃなくて、何なんだっけ。
因果律……とか何とかそういう感じのやつだっけ。

“知ってる”私はともかく、サムスとカービィはどうだろ。
だけど政府の知識に関しては今、シュルクとルフレ以上に詳しい味方は居ない。
今まで使わなかった能力を使わなければならない相手だと瞬時に理解したサムスはすぐに頷いて……カービィもそんなサムスを見て遅れて頷いた。


「信じてくれるんだね、ありがとう。FCは動きは鈍いけど攻撃が素早い。僕が出来る限り予見するから奴の動きに注意して」


確かファミコンロボットってレーザーとか出したよね。
魔法や銃で遠距離攻撃しても一撃で倒せない限り反撃が怖いって訳か。


「コノハは私達の後ろから攻撃してくれ」
「は、はい」


……あれ? そう言えば私の光線銃って眠らせたり痺れさせたりするだけで、殺傷能力は無いって言ってたよね。
眠りも痺れもしないだろうロボットに効果あるんだろうか。
痺れ……の方だったら効くかな。やってみよう。

真っ先にシュルクが出て行きFCに斬りかかる。
ほんとあの剣モナドにそっくりだけど、この世界では未来視の能力ってシュルク自身のものなのかな。
なんて考えてる間にFCがレーザー撃って来た!


「サムス左へ! ルフレはカービィを連れて右!」


FCの動きは緩慢気味だけど、レーザーのスピードが速過ぎて、認識してから避けるなんて不可能。
だけどシュルクが休み無く未来視を繰り返して的確に指示を飛ばし、それに素早く反応して皆は一撃も受ける事なく反撃する。
私も撃たないと……!


「コノハ右へ!」
「うわっ!」


あぶ、あぶなっ!
もう少し集中し過ぎてたら聞こえない所だった!
敵にばっかり向かってちゃ駄目だ、シュルクの言葉も聞かないと。
心臓やばい、すっごいバクバク鳴ってる、ちょっと過呼吸みたいになって来た……!

何よりスマブラファイターと戦ってるって状況が私を焦らせる。
最初から悪だと刷り込まれてた上に、一方的にやられるだけだったガノンドロフとは全く違う。
これが本当に初めて、ファイターと“敵対”してしまった“戦い”じゃないだろうか。
相手が何も喋らないからまだマシだろうに、それでも気が重い。
もしピカチュウ達と本格的に会って対峙してしまったら、その時 私は平常心で居られるだろうか。
……居られる訳が無いか。

シュルクの声に耳を傾けつつFCの動きにも注意して頼りない街灯だけを頼りに薄暗い中を動き回って……。
ま、待って、これ忙しいし必要集中力高い、戦いなんてした事ない一般の女子高生にはキツ過ぎるよ、光線銃を撃つ隙が見つからない!


「コノハッ!!」
「へ……」


突然サムスの声が聞こえた。
疑問符を浮かべるより先に思いっ切り突き飛ばされる。
追い付かない頭と視線で私が元居た場所に目を向ければ、レーザーが掠ったらしく肩から血を流すサムス。


「サムスさん!」
「私はいいから体勢を立て直せ、次が来るぞ!」
「は、はいっ!」


私のせいでサムスが怪我……あ、駄目だ、疲労と恐怖が積み重なってた所にこんなアクシデントが起きて涙出て来た……!
泣くな、泣くな私!
今ここで泣いたって何も良い事なんか無い、どころか危機にしかならない!
泣く暇があるなら一発でも撃って少しでも戦いに貢献しろ!

ごめんねファミコンロボット、原作では敵とか無いキミを倒すのは気が引けるけど、こうでもしないと私と私の仲間達が危ないからさ、恨むなら恨んで良いから後にして!

カービィがスライディングで突っ込んで行き、足(?)を取られたFCの体勢が崩れる。
ようやく私でも攻撃できる隙が見つかり機会を失わないうちに光線銃を撃った。
麻痺の効果がある光線……それが当たった瞬間、FCがガクガクと痙攣するように蠢く。
これまでのダメージ蓄積+恐らく電気系であろう麻痺の光線銃。
白目をむく、って言って良いのかな、大きな目が真っ白になって倒れたFC。

しん、と辺りが静まり返る。
それきり動かなくなったのを確認して、全員がふう、と息を吐き出した。
だけど一息ついた次の瞬間にサムスの怪我を思い出して彼女の元に走る。


「サムスさん、肩……!」
「このくらい大した事は無い。コノハは平気か?」
「サムスさんが庇って下さったお陰で何ともありません」
「そうか、良かった……」


心底ホッとしたような穏やかな笑顔。
もしかしたらハヤさんを守れたようで少し心の荷が下りたのかもしれない。
レーザーが当たった瞬間に血が飛んだからゾッとしたけど、思ったより傷は浅かったようでもう出血は止まりかけていた。


「コノハ、そんな顔をするな。こんなのより酷い怪我は何度もした事がある」
「……辛くなったら言って下さいね。私が代わりに撃ちますから」
「ああ、その時は頼りにさせてもらおう」


必要以上に支援を拒否しない事で私に役立たずだと思わせない。
気配りも上手いんだなあサムス、こんな大人の女になりたいわ……無理そうだけど。

さてサムスの怪我も大丈夫そうなので先へ進もう……かと視線を巡らせたら、
シュルクが何だか辛そうに息を荒げてる。


「……シュルクさん? あなたもどこか怪我を?」
「ああ、実は未来の予見……あれを使うと消耗するんだ」
「えっ! だ、大丈夫ですか?」
「暫くはサポート程度しか出来そうにない。予見も再び使うには時間がかかる……」
「本当に政府を裏切ったのですね、シュルクさん、ルフレさん」


話の途中で聞こえて来た、グランドホープに来てから一度も聞いた事の無い女性の声。
だけど視線を向けた先に居たのは、私がよく知る人物だった。
いやまさか、と思おうとしたのにシュルクが彼女の名を口にした事で浅い楽観は打ち砕かれる。


「ゼルダ……!」
「戻って来て下さいませんか? わたし、あなた方とは戦いたくありませんもの……」


……ちょっと。ちょっと待って。
ゼルダ姫なんだよね、この人。
どこかに居るかもしれないとは頭の片隅で考えていたけど、ガノンドロフが頂点に立ってる政府側の人だなんて事は考えもしなかった……!

同じお嬢様のような喋り方だけど、エメラルダとは違い慇懃無礼さも嫌味も感じない。
それなのに彼女は私達の敵だって言うの?
一言も喋らないファミコンロボット相手でも辛かったのに、普通に喋るスマブラファイターが相手なんて嫌だよ……!
ガノンドロフと違って敵側って認識も出来ないのに!


「ゼルダ、君だって市長のやり方には疑問がある筈だ」
「……ええ。けれど発展した科学技術と多数の人口を誇るこのグランドホープで、一応は平和を保っている市長の統率が無くなれば……どんな争いが起きるか……!」


ゼルダ姫の心配は、言われてみれば尤もだ。
レジスタンスが革命を成し遂げたとして、いきなり統率が取れるだろうか。
何かしらに不満を持つ人がここぞとばかりに暴れる可能性だってある。
亜空軍の襲撃があるとは言っても市民達は慣れてるみたいだったし、一応、このグランドホープはガノンドロフの支配下でも平和なんだ。

ゼルダ姫はガノンドロフの統率が無くなって、街が混沌に陥るのが不安みたい。
暴徒はレジスタンス達とは違う。無関係な人まで傷付けかねない。
力無い人達が虐げられる街になるかもしれない……。


「そのアンドロイドを回収して、市長の元へ戻りましょう」
「……私の事ですか」
「?」


あ、もしかしてゼルダ姫、私が政府の支配下に無いってこと知らないのか。
普通にちょっと不具合起こしたアンドロイドだって思われてるみたいだ。
シュルク達と同じように私の事を教えれば協力してくれるかも。

なんて考えてたら別の方向から別の人の声。


「待って下さいゼルダ、その人と戦わないで!」


現れたのは……ル、ルキナァ!?
ファイアーエムブレム覚醒のヒロイン・ルキナだよ!
ルフレが居る時点でひょっとしてって思ってたけど。
夢で見たマナがやってた未来の新作スマブラにも出てたし。
知っているけど初対面のルキナは私の方を見て。


「あなた、コノハさんですね?」
「は、はぁ」
「行方不明になってマルス達がとても心配していました」
「え……!」


マルス……ゲームでルキナはマルスの子孫だから、この世界でも何か関係があるんだ!
話を聞いてみるとルキナはマルスの従姉らしい。
マルス達は私が行方知れずになってから手掛かりを探して、政府の事や地下鉄事故の事に辿り着き、ルキナを訪ねて来たそう。
っていうかあの爆発した地下鉄にルキナも乗ってたんだ!

マルス達はルキナが働く政府直営孤児院に送られたピット達から話を聞いて、2000年前の王国や自分達の前世についても知ったらしい。
で、ルキナもその場に居合わせたから全部聞いちゃったって。
ちなみにピット達は昨日から行方が分かっていないそうで、きっとレジスタンスと行動を共にしているんだろうと思われる。
しかしルキナ、私が死んだ事やアンドロイドの事は知らないみたいだな。
ここは正直に話して私が政府の支配下に無い事を信じて貰おう。


「ルキナさん、私、今のこの体は自分の物ではないんです」
「? それは、どういう……」
「順を追って説明しますね」


そしてルキナ、と、ゼルダ姫に、私の身に起きた事を説明した。
シュルク達もフォローを入れてくれたから信憑性は高まってるはず。
話し終えた後で真っ先に口を開いたのはゼルダ姫。
どうやら彼女もシュルク達と同じく、私が死ぬ時の映像を見てしまったらしい。


「……苦しかったでしょう? それなのに、まだ戦うのですね……」
「はは、戦うっつったって今はただ助けられながら逃げ回ってるだけですけど」
「いいえ、コノハさんは立派に戦っていますわ。……そう、ですわね、戦う……。例え市長の統率が無くなって平和が乱れても、戦い続ければきっと……」
「ゼルダさん、どうか私達に協力して下さい。市長の支配には疑問があるんですよね」
「ええ。その上あなたの今の体になっている、監視と取り締まりの為のアンドロイド。これから先、市長の支配は苛烈になって行くでしょう。……分かりましたわ。あなた方に協力いたします」
「本当ですか……!?」


やった、やったよ戦わずに済んだァァ!!

……そうなるとさっき思いっ切り戦っちゃったファミコンロボットに益々申し訳ないな……。
ご、ごめんね本当に。だけど多分修理すればまだ助かるよねきっと……。
言葉が通じないって本当に大変な事なんだな。
異世界転移して言葉が通じませんとかなったらギャグか鬱にしかならない気がする。
私は言葉が通じて良かった……!

ゼルダの方は何とかなった。次はルキナ。
マルス達、私が殺されて民間人を取り締まるアンドロイドにされた事は知らないってセレナーデ言ってたけど……。
革命に関してピカチュウ達に誘われてる可能性が高いし、もう知ってるかも。
それならマルス達には敵と認識されるだろうけど、たった今、体はアンドロイドでも精神は殺される前の私のまま、政府の支配下には無い事を知ったルキナなら。


「コノハさん、私にも協力させて下さい。マルス達に会ったら、彼らにあなたの事を話してみます。精神はコノハさんのままだって」
「あ、ありがとうございます!」


これは、これは大きな希望が実りつつあるんじゃない!?
ピカチュウ達はどうなるか分からないけど、従姉の話だったらきっとマルスは聞く耳を持ってくれるよね。
信じてくれるとは限らないけど希望が出て来た!

……っていうか、そう言えばと思い出してシュルクとルフレに訊いてみる。


「シュルクさんとルフレさんは、私の事を疑ったりしてないんですか?」
「疑うって?」
「本当は今の私は精神が完全に政府の支配下にあって、私の口車に乗って政府を批判したり裏切ったりした人を密告するとか……」


多分、その可能性は考えてる筈なんだ。
だけど二人は一瞬きょとんとした後、小さく笑い始めた。


「え、え? あの、……え?」
「言っただろ、信じるだけの材料は揃ってるって」
「実を言うとアンドロイドってさ、まだ君ほど感情豊かではないし、君ほど面白くもないんだ」
「お、面白いっすか、私。そうですか……」
「100%信じ切ってたかって言われると違うんだけど、今の言葉で確信がついたよ」
「今の言葉で?」
「本当に嘘を吐いてるなら、そんなわざわざ疑いを向けさせるような事は自分から言わないだろ」


ああ、なるほど、確かにそうかも。
わざわざ疑いを向けさせるような事を言うのも実は、嘘の信憑性を増すための芝居……なんて疑ってたらキリが無い。
疑い出したらキリが無いのは、普通の対人関係でも同じ事。
きっとシュルク達はガノンドロフに不信を持っていたのもあって、もう私の言葉を信じると覚悟を決めたんだろう。
そしてそれはサムスとカービィもきっと同じで。

……ん? そう言えばさっきから何かカービィ、ゼルダ姫の方をじっと見てる?
きょとんとした表情のままゼルダ姫に近付いたカービィは、疑問符を浮かべたような雰囲気と声音で。


「……ゼルダ?」
「え? は、はい。わたしはゼルダと申しますわ」
「むかしのこと、おぼえてないの?」
「え?」


昔?
え、あれ、もしかしてゼルダ姫、レジスタンス達と同じようにリグァン王国に居た人なの?
どうやら保持が上手く行かなくて記憶を失う人も居るみたいで、カービィが言うにはゼルダ姫もその一人らしい。
そのやり取りを聞いたルキナは合点がいったように。


「マルスと一緒に来たルイージさんという人、彼も昔の王国に住んでいて、この時代まで眠っていた人だそうです。確か彼も保持が出来なくて記憶を失ってしまったんだとか……」
「で、ではわたしは、本当はレジスタンスと共に行動すべきなのですか?」


衝撃に目を見開くゼルダ姫。
まあ無理も無いよね、普通に政府で働いていたのに、実は政府を倒すべき立場の人だったなんて。
取り敢えず記憶も覚悟も無いのにレジスタンスに参加すべきではないと思う。
それは皆が同じ意見で、やっぱりゼルダ姫は私達と行動を共にする。

ゼルダ姫の市民証があれば閉ざされた他エリアへ行く事が出来るらしい。
私達は元通りイーストエリアを目指して走り出す。
とにかく政府の中枢であるノースエリアから脱出しないと。

ひょっとしたら襲撃して来たレジスタンスの対応に追われているのかもしれない。
各エリアを隔てる巨大な壁の所まで来たけど、警備の人すら居なくて完全に無人。
掴まる為の取っ掛かりなんて微塵も無くスラっと、しかしどっしり構えて佇む壁。
一般の人や車を通す為の大きな門ではなく、政府関係者専用の小さな通用扉に近付く。
ゼルダ姫が市民証をセンサーに翳して扉を開いて……その瞬間。


「見つけましたわよ!」
「!!」


もう二度と聞きたくなかった声が響く。
振り返れば部下を引き連れたエメラルダ。
慌てて扉へ向かったら銃を撃たれ、当たらなかったけど派手に転んでしまう。


「コノハ!!」


サムスが倒れた私を庇うようにしゃがんで撃ち返す。
ルフレが魔法を放とうと魔道書を構えると、同時に烈火の炎が私の上を越えてエメラルダ達の方へ。
思わずそちらを見るとゼルダ姫。
あ、原作通りと言うか、あなたも魔法使えるんですね。
協力者が増えている事に苛立ちを隠そうともしないエメラルダが「閉じなさい!」と叫んだ。
何の話だと思っていたら、誰も触れていない通用扉がひとりでに閉じる。


「コノハねえちゃん!」
「コノハさん!」


扉の向こうから、くぐもったようなカービィとルキナの声。
私は二人に聞こえるように声を張り上げた。


「二人は逃げて!」
「で、ですがそんな事は……!」
「出来たら“私の事”をお願い!!」


言葉の意味を考えているのか、カービィもルキナも黙った。
だけど少しして意味が分かったらしいルキナの声が聞こえて来る。


「分かりました、会えたら必ず。どうかご無事で……!」


分厚い壁と扉に阻まれ足音は聞こえないけど、何も言わなくなったから立ち去ったんだろう。
ルキナに、従弟のマルスへ私の事を説明に行って貰う。
上手く行けばリンクやロイにも話して貰えるかもしれない。
戒厳令が敷かれている状況じゃ会えるかどうかすら分からないけど、少しでも希望は広げておきたいし。

慌てて体勢を立て直し光線銃を構える。
……けど駄目かも、広い場所だし相手が密集せず動き回ってるから当てるのが難しい。
ルフレとゼルダ姫が魔法で攻撃し、サムスは銃撃、シュルクはまだ回復していないらしく、私の傍で迎撃に専念してくれている。

こっちには魔法もあるお陰か敵の数は順調に減らせてる。
これ以上は無暗に攻撃しても意味が無いと悟ったのか、エメラルダが悔しそうにしながら攻撃の手を緩めさせた。
それが好機で、ゼルダ姫が私達を先導してくれる。


「皆さんこちらですわ!」


サムスと私以外はノースエリアに通じているであろう人ばかり。
追撃を躱す為にサムスとルフレが振り返って魔法と銃撃を繰り出しながら、少しずつエメラルダ達から離れて行く。
ビルの多い通りに入ると死角があちこちに出来て、完全に撒けたみたい。
だけど安堵の息を吐くのはまだ早いよね……。
サムスが背後を確認しながらゼルダ姫に声を掛ける。


「ゼルダ、他にイーストエリアの方に出られる場所はどこが近い?」
「エメラルダ嬢が閉じてしまった以上、わたしでは恐らく扉を開けられませんわ。彼女の方が地位はずっと高いですもの……」
「……ノースエリアを逃げ回るしか無いと言うのか」


敵の懐の中にしか居られない、だいぶ危険だ……。
じゃあ少しでもグランドタワーから離れる為に南へ向かうしか無いかな。
って言うか、エメラルダ達から夢中で逃げてる間に、だいぶグランドタワーに近付いてしまった。
早いところ離れないと。

瞬間、聞こえる爆発音。
停電だらけのビル群に挟まれた暗い路地の上方が明るく照らされる。
思わず見上げた高所から窓枠やガラスなんかが降って来て慌てて避けた。
危な、もう少し距離が短かったら当たってたよ!

……けれど。
そんな事がどうでも良くなるものを、すぐ目にする事になった。

窓枠やガラスの破片の後に小さめの家具も幾つか降って来た。
次々と潰れる家具たちの中、見慣れた黄色い小さな体。
次いで降って来たのは聞き慣れた声。


「無事かピカチュウ!」
「大丈夫だよアイク、すぐ戻って……」


降って来た声に応答した声はすぐ近くからだった。
そして言っている最中に目が合って。


「……あ」


お互いに全く同じタイミングで声が出る。
けれど次の瞬間、私は踵を返して逃げ出した。
ちらっと振り返るとサムス達も慌てて付いて来てくれているけれど、すぐ近くの声の主……ピカチュウは呆然とこちらを見たまま動かない。

安堵した。とにかく心の底から安堵した。
まだピカチュウが無事で居てくれた事、あの会話からしてアイクも無事である事。
そして彼らがニセモノだと認識しているだろう私に、問答無用で攻撃して来なかった事。
敵だと分かっていてもすぐには攻撃できないほど私の事を大事に思ってくれてるんだ。

やがてだいぶ離れてから立ち止まる。
何とか呼吸を整えようと荒くなった息を吐き出していると、サムスが悲しそうな顔で声を掛けて来た。


「コノハ……無理はしなくてもいいぞ」
「してませんよ、無理なんて」
「泣きたいなら泣いても良いと言っているんだ」
「やだなあサムスさん、別に私 泣きたくなんてないですよ」


笑顔を浮かべて言うと、サムスが私の頬に手を添えて来た。
そこで濡れたような感覚がしてようやく、自分が涙を流している事に気付く。


「あ……」
「大事な友達と再会できたのに、言葉の一つも交わせないなんて。悲しくなって当然だ」


悲しそうな笑顔で優しく言ってくれるサムスに、涙腺が緩んで行く。
傍まで来てくれたシュルクも、とても優しい声で。


「強がる必要は無いよコノハ。君は弱くったって、泣いたって良い。普通の女の子で居て良いんだ」


普通の女の子で居て良い。

夢小説が好きで、特殊設定と特殊能力を持った美しき夢ヒロインに憧れていて。
そんな私が今、“普通の女の子で居ても良い”という言葉をとても嬉しく感じてる。
なかなか本格的に甘える事が出来ないこの状況で、何の特殊能力も持たない凡顔凡人の私は、強い存在になれなければ生きる事すら許されない気がしていた。
だけど泣いたって良い、弱くったって生きていて良い、なんて。

涙が溢れて来る。
しゃくり上げながら涙を必死で拭っていると、ゼルダ姫が頭を撫でてくれた。
有難い。嬉しい。
だけどこうして甘えた後は、また元に戻らないと。
協力してくれる皆の心を絶対に裏切りたくないから。
例え役に立たなくても足手纏いにはなりたくない。

何とか涙を引っ込めた私は、出来る限りの笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。私、頑張りますから!」


皆が優しい微笑みを返してくれる。
目の前に居たピカチュウと話すら出来なかった悲しさが少し癒された。
政府から少しでも離れる為、私達は南を目指す。





−続く−



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