グランドホープ

act.20 『0』



「コノハ、俺と結婚してくれ」


何の夢だよ。
いや夢なんだけどそういう意味の夢じゃないっていうかドリームノベル的な意味っていうか。

目の前には私の記憶にある姿より大人になったケンジが居て、指輪を差し出しながらテレビや創作物でしか聞いた事の無い台詞を言った。
その対象が自分だと理解するまでに少し時間が掛かる。


「……おいコノハ」
「……は、えっ」
「嬉し過ぎて声も出ないか?」
「嬉しい<衝撃」
「この野郎」


プロポーズだってのにこの雰囲気ってどうなの。
久し振りに見た故郷の夢はだいぶ時間が飛んだような気がする。
私達は今どれくらいの年齢なんだろう。
自分が結婚なんて想像できなかったけど、どうせするなら30前にはしたい。
ケンジの外見からして20代後半だと見ておこう。


「えっと、私と結婚したいのケンジ?」
「お前プロポーズの意味知ってるか」
「知ってるよ。正気の沙汰じゃないなあって思って」
「馬鹿かお前」


あ、出ましたケンジの口癖的な“馬鹿かお前”。
このお人はプロポーズまでした私の事を馬鹿だと思っているらしい。
その通りだから否定はしないけど。


「告白の返事みたいに待たないからな。今この場で拒否か承諾かしろ」


意識してみればここはイルミネーション輝くどこかの海辺。
臨海の複合商業施設って所かな。
木で組まれたデッキの床下から小さく波の音が聞こえるロケーション、悪くないね。
夜だけど明かりが多いからケンジの顔もちゃんと見える。

グランドホープに来てから何度か見ている故郷の夢だけど、何か意味があるんだろうか。
私の望郷の念が見させているのだとしても、こんな未来の事までは望んでない。
そもそもケンジと付き合ってプロポーズまでされる仲になるっていうのがね……。
少なくとも今の私にそういう望みは無い。

どうせ夢なんだし流されてみようかな。
いつか見た夢みたいに都合の良い所で目が覚めるかもしれないし。


「……うん。私、ケンジと結婚する。よろしくお願いします」


目は覚めなかった。
だけど次の瞬間急に場面が変わって、恐らく自分の家だろう見慣れないアパートの一室、
目の前にケンジは居なくてマナが居る。


「おっめでとーコノハ、ついに結婚だとか羨ましいぞこのこのぉ!」
「マナ……自分でも信じられないんだけどね」


信じるも信じないも夢だしつい今の事だからフワフワしっぱなし。
ダイジェスト形式なんですかこの夢。確かに今までもそんな感じだったね。
マナは心から私とケンジの結婚を喜んでくれている。
思いっ切り抱き締められて、次にマナが何を言ってくれるのか期待した。

……そうしたら。
予想だにしなかった言葉が返って来た。


「コノハは幸せになったんだ。もう思い残す事は無いよ」
「え」
「あたしの役目はおしまい。あんたの事はケンジに任せた。さよならコノハ、今まで本当に楽しかったよ。ずっと元気でね」
「ちょっ」


慌ててマナを引き離し、言葉の意味を訊ねようとした所で目が覚める。
そこはレジスタンスの行動開始まで引き籠もっている事に決めたサウスエリアのホテルの一室。
夢が鮮明に思い出されて心臓が高鳴り、息が荒くなってるのに血の気が引いていた。

何でマナはあんなこと言ったの? マナの役目って何?
幼馴染みの大親友なのに思い当たる節が全く無い。私の夢なのにさ。
記憶を必死で手繰り寄せても答えどころかヒントすら見当たらない。


「……マナ?」


サムス達を起こさないよう呟き、もう一度夢の中の彼女を思い返してみる。
引き離した時、最後に見た筈の表情がどんなものだったか思い出せなかった。



レジスタンスが行動を起こす筈の今日。
特に何事も無く平和に引き籠もり生活が終わり日が暮れた。
シュルク&ルフレとはまだ事が起きてないから合流できないんだけど、本当に今日なんだろうか。セレナーデの言葉だけだから確証って無いよね。
もう夜なんですけど……。
同じ疑問をずっと持っていたらしいサムスが訊ねて来る。


「コノハ、今日の事は本当に信用して良いのか?」
「……少なくとも、私の“友人達”に関する唯一の情報です」
「まともな情報が聞こえない今、信じざるを得ないという訳か」


日はとっぷり暮れたけれど、不夜城グランドホープは夜でも明かりに困らない。
何の気なしに窓際へ近寄り外の夜景きらめく街並みを眺めた……次の瞬間。
一瞬で辺りが暗闇に包まれた。


「な、なに!」
「停電……!?」


停電だ。直前までの明るさが嘘のように真っ暗。
見えないけどカービィが私の頭に乗っかったのが分かる。
市民証のライトを頼りにサムスも私の側まで来て、腕を引っ張られ窓際から離れた。
慌てて近くに置いていた光線銃を手探りで探し出し、私も微力ながら警戒する。


「コノハねえちゃん、サムスねえちゃん、くらいよー」
「う、うん、そうだね暗いね」
「予備電力はどうした、なぜ作動しない……」


サムスの言によると、停電でも予備電力が働いて真っ暗にはならないらしい。
それが今は真っ暗闇。
身近には懐中電灯並の市民証のディスプレイの明かりだけ。

外からは混乱と恐怖の悲鳴が聞こえて来る。パニックになっているらしい。
真っ暗闇なんて自分の意思でしか経験が無いだろうし仕方ないか。
サムスは私を片手で抱き寄せて辺りを警戒しているみたい。


「コノハ、もしかするとこの停電はお前の“友人”の……」
「え、じゃあ今まさにどこかで……?」


ジェネラルインストールであるアイクが一緒ならこの停電も可能なのかもしれない。
彼を慕うシェリフも仲間になってる可能性もあるし。
暗闇に乗じてガノンドロフを暗殺でもするんだろうか。

その時、私の市民証にメッセージ。シュルクからだった。


“今、君達が泊まっているホテルのある通りに居る。混乱が酷いから早めに合流しよう”


「シュルク達か?」
「はい。混乱が酷いから早く合流しようって。今ホテルがある通りに居るそうです」
「では取り敢えず部屋まで来て貰って……」


サムスがそう言い掛けた瞬間に誰かが部屋の扉をノックした。
全員の動きがぴたりと止まり、暗闇に少し慣れて来た目で入り口の方を見る。

……え、誰?
シュルク達は今通りに居るってメッセージ入ったし、他に私達を訪ねて来そうな人なんて思い当たらない。
そもそも居場所を知っている人自体がそんなに……。

カービィが飛んだのか頭から感触と少しの重さが無くなった。
暗がりに本当にうっすら見える動きを確認すると、ドアスコープを覗きに行ったらしい。
だけどカービィが様子を伝える前に、扉を力任せに叩くような音が響き始める。
これ、明らかに友好的な人じゃないよ!


「カービィこっち、戻って!」
「う、うん」
「二人とも私から離れるなよ」


サムスのお言葉に甘えそうになるけど、サムスが持つ銃は普通の殺傷能力があるもの。
ここでもし人を殺して騒ぎになっちゃったらマズイ。


「……サムスさん、私の銃、殺傷能力が無いんです。眠らせるか痺れさせるだけ」
「そういうタイプの光線銃か? 随分と珍しい物を持っているな」
「扉が開いたら連射しますから、一気に部屋の外に出ましょう。そう何十人で来ている訳でもない筈です」
「確か非常階段が近かったな。分かった、敵の処理はコノハに任せる」


段々と暗闇に目が慣れてぼんやりと壁や扉が確認できるようになった。
扉を叩く音は少し経つと止んだけれど、静かになった後、ピッと電子キーを外す音が聞こえる。


「コノハ!」
「はい!」


返事の次の瞬間に扉が勢い良く開き、私は侵入者目掛けて光線銃を撃ちまくった。
次々と呻き声がしてドサドサ人が倒れるような音。
サムスが早めに声を上げてくれたお陰で助かった、事前に心構えが出来たから、扉が開いた瞬間から撃てた。


「コノハねえちゃん、みんなねむったよ!」
「お、おお、もう大丈夫!? 追加オーダー来ない!?」
「もう廊下に人の気配は無い。援軍が来ないうちに行くぞ!」


ショルダーバッグを肩にかけ、倒れた人達を遠慮なく踏み付けながら部屋を出て非常階段へ走る。
幸いにも非常出口の案内板は停電の影響を受けていない。
頭に乗ったカービィに市民証を渡してメッセージを送って貰うと、地上へ辿り着いた時にはシュルクとルフレが待ってくれていた。


「皆さんご無事ですか!?」
「な、なんとか……侵入しようとした人達の正体は確認できませんでしたけど」
「まさかシェリフじゃないよな……取り敢えず遠くへ離れよう」


街は少しずつパニックが収まって来ているみたいだけど、相変わらず停電は継続中で予備電力も回復していない。
何か明かりが無いかと辺りを見回し、ふと空を見上げるとゾッとする程真っ暗だった。

あれ? 今日 曇ってたっけ?
普通に快晴だった気がするんだけど、何で星も月も見えないんだろう。今日は新月じゃなかったのに。
星だってグランドホープの明かりが消えた今、見える筈だよね。
何か良くない事が起きる前触れだろうか……ってネガティブ思考治ってないな。
すぐこうやって悪い事に結び付ける癖は何とかしないと。

はぐれないようサムスが手を繋いで走ってくれている。
人混みを縫って出来る限り混乱の少なそうな方へ向かっていた、ら。
突然カービィがハッとしたように体を震わせた。


「コノハねえちゃん!」
「え」


そこは通りかかった地下鉄の入り口。
横から誰かに引っ張られ、バランスを崩して思わずサムスの手を離してしまう。
カービィが頭から落ち、私は私を引っ張った誰かに抱えられるようにして地下へ連れて行かれる。


「コノハ!」
「ちょ、何ですか、放してっ!」


叫んで暴れても私を運ぶ誰かは無反応。
声がそんなに遠ざからないのでサムス達は追ってくれているらしいけど、私どこに連れて行かれてんの……!?
そのうち背後から「うわっ」とか「離せ!」とか皆の声で聞こえて来る。
わ、私を追ってたせいで捕まっちゃったとか!? っていうかそうだよね!?

地下は所々に明かりが点いてる。
政府管理下の発電システムとは別に電気を作ってるんだろうか。
私達は人気も駅名表示も無いホームに停まっていた地下鉄の車両に入れられた。
発車して少し経った所で車内の明かりが一気に点き、私達を連れ去った者の正体が分かる。


「ごきげんよう、皆さん」


ボディガードらしき10人近くの男の人に挟まれ、にこにこと笑んでいる女性。
緑色の長髪をした……あれ、この人、確か……一ヶ月半くらい前かな。
地下鉄事故の時、私を地下鉄に乗せてくれた社長令嬢。
なんかアイクが憎々しげな表情を浮かべてたりピカチュウが関わるなって言ったりしてて……。
ああ、この人ひょっとして敵なんですかね、政府側の人なんですかね……。


「わたくしの事をご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、改めて自己紹介させて頂きます。地下鉄経営会社社長の一人娘、エメラルダと申しますわ」
「で、その社長令嬢が私達に何の用だ」
「本当に用があるのはそちらの方です」


そう言って私を見るエメラルダさん。
何なんだ、もしかして事故の時に私を地下鉄に乗せたのも悪意あっての事か!?
だとしたらムカツクー! 美人なのがまた悔しいー!


「……あなた、しぶといんですのね」
「えっ?」
「誰からも見限られて独りぼっちになると思っていたのに、まだそんなに味方が居るなんて」


笑顔は崩れてない。なのに妙に怖い。
ていうか何を言ってるんだこの人は。


「何故あなたのような容姿も中身も取るに足りない女が、あの方の心を奪っているのか……」
「と、取るに、足りない……」
「好き勝手言わないで下さい。あなたはコノハさんの事を知らないんです」


ルフレが珍しく語気を強めて抗議してくれた。
ふおおお味方有り難い嬉しいやっほう!
なんて私が心の中で喜んでいるのが伝わった訳ではないだろうけれど、エメラルダさんが笑顔を消して私を睨み付けた。
ヒイイ怖ァ!

そんな事など無かったかのように笑顔に戻ったエメラルダさんは、不機嫌さを微塵も感じさせない声音で言葉を続ける。


「兎にも角にも、あなたに対するわたくしの計画は今の所 失敗と言わざるを得ません」
「……政府は何を企んでるんですか」
「政府? まあ、あなた自分が政府から何かの計画の相手にされるほど大した存在だとお思いなの? とんだ自意識過剰ね、お笑いですわ」


ち、ちくしょうムカツク!
今時 少女漫画や乙女ゲームにも、こんなあからさまな悪女なんて居ないだろ!

私これでも古に滅んだ王国の王妹殿下の血を引いてるんですー!
レジスタンスの情報を引き出す為に捕まってたりしたんですー!
ってかそもそも私は異世界人で転移して来たんですー!
あんたは知らないだろうけどねムッキー!


「じゃあ計画って何ですか!」
「もう一つの本命は実に順調だというのに、やはり“ついで”じゃ駄目ですのね」
「聞けよ話!」
「お黙りなさい。少しはご自分の立場を顧みてご覧なさいな。今わたくしがあなた方の命を握っている事、お忘れではなくって?」
「……望みは何だ」


サムスが静かに言う。
こんな奴の言う事聞かなくちゃいけないなんて悔しい、けど、他に手が無い。
エメラルダさん……さん付けするの嫌だ、心の中だけでも呼び捨てにしてやる。
エメラルダは相変わらず笑みを崩さないまま、実にご機嫌で言い放ってくれた。


「コノハとかいう、そこの女が苦しむ事」
「命を奪う事が目的ではない訳だな」
「今は、ですわね。出来る限り苦しんだ後は死んで頂きます」


あー、苦しんだ苦しんだ、もう苦しんだよ。
てか苦しんだ挙げ句に死んだよ一足遅かったね残念でしたー!
なんて言える訳ないけど心の中で強がっておく。
相変わらず私は心の中じゃないと強がれないらしい。

しかしこれ、苦しませるのが目的ってまた拷問フラグなんじゃないの?
身近に仲間が居るから強がれるけど、正直心の奥で恐怖が疼き始めてる。
だけどエメラルダは別方向から攻めて来た。


「あなた、ジェネラルインストール様と一緒に居ないのですね」
「……何でそこでアイクが」


あ、名前言っちゃった。まあ良いか?
名前を言った瞬間にまたエメラルダの笑顔が崩れた気がするけど、今度は気がするレベルですぐに話が続けられる。


「あなたが彼と親しくしているのは調査済みですわ」
「いやその、親しいって言われる程に長く接した訳でも……」
「彼があなたに親しみを感じて接していたのは知っています。そしてあなたも満更ではない。違いまして?」
「……」
「無言は肯定と受け取りますわ。そんな彼が今この状況で、あなたを守っていない筈が無いのです。実に忌々しい事実ですけれど」
「それが、何なんですか」
「こんな時に側に居ない……側に居られない事情があるのでしょう。それも、あなたの方に」


思わず声を上げそうになったのを何とか耐えた。
アイクが私を守るどうのこうのは置いといて、私の事情は合っている。
セレナーデの情報によるとアイク達は私が死んでいる事も、私に似せて造られたアンドロイドがある事も知っている。


「アイク様の方にあなたを探す様子が無い。そんな筈は無いのです。そこであなたがグランドタワーに囚われていた事を思い出しましたわ」
「よくご存知ですね」


政府側の人間だから知っているのかもしれないけど。かなり地位の高い人みたいだしさ。
エメラルダは私の返答など聞こえていないように言葉を続ける。
ガノンドロフといいこの人といい、本当に話聞けよ。


「あなたの痕跡が無いか調べてみたら、まあ。醜い死に様でしたこと」
「よくもそんな事を……!」


記録映像で私の死に様を見たシュルクが激昂する。
ルフレ達も何か言いたげにしていたけど、ボディガードの一人がシュルクを床に押さえ付けて止められる。
エメラルダは片手で口元を覆い、実に醜いものを見るように私に侮蔑の視線を向けた。


「あなたのような女は、死に様さえ美しくあれないものなのですわね。実に哀れな方」
「……そんな事を言いたいんじゃないでしょう」
「いいえ、言いたいですわ。あなたにはうんと言いたい。本題などその後で充分」
「はっきり言って下さいよ、私がアンドロイドだと知ってるんでしょう!」


言った後で、今のは愚か過ぎる言葉だったと後悔する。
これが単なるカマかけだったら私あまりにも馬鹿だよ。
本題に不必要な悪口を言われて、ついついムカツキを抑えられなかった。
幸いにもエメラルダは本当に私がアンドロイドだと知っていたらしく、私が自分でネタバレした事に関しては何も反応しない。


「どういう訳か政府の思い通りには動いていないようですけれど。少なくとも今のアイク様達にとって敵だと認識されている事は間違い無い」
「……あ」
「もし今アイク様達に会ったらどうなる事やら。まあ破壊されるのが関の山でしょうね」
「……」
「あなたが一緒に居たピカチュウ達もアイク様と行動を共にしている。親しい者達に敵扱いされ破壊される……あなたに相応しい最期ですわね」


この、人。
私をレジスタンスの所に連れて行くつもりなんだ。
政府側の人だと思うんだけど、アイクを慕っているようだから革命の邪魔はしないかもしれない。
でも私に向ける悪意も本物で。


「本当なら出来る限りのお持て成しで体も心も痛め付けて差し上げたかったのですけれど、この先、どのくらいの時間で革命が成されるのかが分かりません。政府が倒されてからもあなたが動いているようでは本物だとばれる可能性が高まりますわ。あなたが大事なお友達やアイク様に壊される、それが重要なのですから」
「……なん、で」
「あなたが憎いから、ですわ。せっかく邪魔者が居ない世界に生まれたのに、まさかこんな伏兵が存在するなんて……どこまでも忌々しい女ですこと」


だからどうして憎いのか訊きたいんだよこっちは……!
最初に会った時、私を地下鉄に乗せたのもきっと悪意あっての事に違いない。
それだと事故を予め知っていた事になるんだけど、今私が知りたいのはそれじゃない。
初めて会った時から私に悪意があった理由を知りたいんだよ。

言葉の端々から察するにこの人アイクの事が好きなんだろうね。
だからアイクが親しみを感じている私の事が憎いと。
でも最初にこの人に会った時、私アイクと会った事なんて一度も無かった。
一体どこからどういう理由で憎まれたのか全く分からない。
それとも最初のアレは本当に親切心だったとでも言うのだろうか。
だけど私がエメラルダの口添えで地下鉄に乗れた事を知ったアイクが、めちゃくちゃ忌々しそうにしてたよね。やっぱ悪意?

……なんて考え事をしていたら、「コノハ!」と誰かの声が聞こえた。
意識を明後日の方にやってたから誰の声か分からなかったけど、味方の誰かの声だ。
次の瞬間、エメラルダのボディガード達に引き倒され、腹を踏まれる。


「あぐぁっ!!」
「コノハねえちゃん!」


皆は私を助けようとしてくれたけど阻まれて叶わない。
その間に私は殴られるわ蹴られるわで……。


「顔など外から見える所を傷付けぬようお気を付けなさい。同情できる要素があるのはいけませんわ」
「こ、この……!」
「何ですのその態度は、この程度で済む事を幸運に思いなさい。本来なら殺してくれと懇願したくなる程の目に遭わせる予定だったのですから」


ほ、本格的に腹が立って来た……!
負ける、もんか! 一度は死んだんだ、このくらい、耐えて、みせる……!

尚も私を助けようとするサムス達を手で制する。
大丈夫、エメラルダは私をアイク達に殺させたいんだから、今は命までは奪われない。
これ以上逆らって皆まで暴力を振るわれたら……。


「……ちょっとコノハさんに気を取られ過ぎじゃないかな」


え? あ、あれ、今の声、男のルフレ……?

何とかそちらに顔を向けた瞬間、辺りに閃光が迸った。
思わず目を閉じたら次々と悲鳴が聞こえて、気付けば私を殴る蹴るしていたボディガード達と皆を阻んでいたボディガード達が倒れている。
いつの間にか男になっていたルフレの手には、ハードカバーの立派な装丁をした本……魔道書。
へっ、魔道書?

私はサムスに支えられつつ立ち上がり、皆の元へ。
全員がしっかり立ち上がってエメラルダと残りのボディガードに対峙した。
あれっ、一気に形勢逆転のムード?
ルフレ(♂)はやれやれと言いたげに呆れたような微笑を浮かべている。


「まさか武器没収もしないなんて、よっぽど急いで相手をして貰いたかったんだね。ボディガード達が全員コノハさんに注目してくれたお陰で攻撃できたよ」
「い、今の電気は……!」


電気……サンダー系の魔道書か。
エメラルダが驚いたように目を見開き、ボディガード達は見るからに動揺してる。
この世界っていうかポリスかな、このポリスには魔法が存在しないんだろうか。
電車の中なんて閉じられた空間では、魔法は銃より圧倒的優勢に立てる武器だ。
ってかそう言えばホントだ、武器没収されてないじゃんエメラルダのバーカバーカ!
例え没収してても魔法を知らないんじゃ、見た目はただの立派な本である魔道書までは取られなかった可能性もあるよね。

サムスとシュルクも武器を構えて臨戦態勢に入り、カービィは私の頭の上に乗った。
あ、シュルクの武器が何か妙にモナドに似てる。
あれ前に亜空軍の襲撃があった時、リンクが使ってたビームソードの亜種みたいな物かな。
私も光線銃を構えて……って、ん? そう言えば……。
周囲に敵が居なくなった今なら撃てる!


「ちょっとお眠りしてて下さいなお嬢様っ!」
「!?」


残ったエメラルダ達に向かって光線銃を撃ちまくる。
ホテルの部屋の入り口に向かって撃ち続けた時と同じ状況だ、
私ぐらいの腕前でも、目標が狭い場所、しかも近くに密集してるから難なく当てられる!
エメラルダ達を眠らせた後、ルフレのサンダーで気を失った奴らにも睡眠銃を撃ち込んでおく。
その間にサムスとシュルクがドアの辺りを何やら探っていた。


「おかしいな、どこかに緊急停止用のボタンがある筈なんだけど」
「人の居ないホームにあった車両だからな、もしかすると規定外で造られた車両なのかもしれない」


ああ、地下鉄を止めようとしてたのか。
エメラルダの言葉から考えるに、この車両はきっとノースエリアに向かってる。
レジスタンス達は恐らく政府中枢の土地に居るだろうから。

近辺にロープのような物が無いからエメラルダ達を拘束できない。
普通の線路じゃないのか、さっきから外の景色を見ていても駅の一つも通り過ぎないんだよね。
時折ちょっと広い空間に出る以外はずっと壁だ。
私達は仕方なく、車両が止まるまで無為に時間を過ごす事になってしまう。

途中でエメラルダ達が起きそうになったので再び睡眠銃を撃ち込んだ以外は、何もしないままついに地下鉄が止まった。
念のため三度 睡眠銃を撃ち込んで眠りを深くさせておく。
……まさかと思うけどこれ、睡眠薬みたいに撃ち込まれ過ぎると死んじゃったりとか、無いよね?
さ、殺傷能力は無いってアイク言ってたよね、短時間に何度も撃つとマズイなら言うよね!?
エメラルダにはムカついたけど、さすがに殺したい訳じゃないからなあ。

周囲を警戒しながら降りると、やはり人気も駅名表示も無いホーム。
近くに職員の詰め所みたいな部屋を見付け、中にロープがあったのでエメラルダ達を縛っておく。
そこにマップもあったので頼りにしながら地上へ出ると、やっぱりノースエリアのよう。
だけど地上にも人気が全く無い。
情報が無いかと市民証のディスプレイを見ると、どうやら外出禁止などの戒厳令が出ているようだった。
ルフレも情報を調べているのか、市民証のディスプレイから目を離さないまま口を開く。


「何を置いても、早い所ノースエリアから出てしまいたい所だけど……難しそうだ」
「え、何か問題が?」
「ノースエリアに戒厳令が敷かれてから、各エリアを隔てる壁が完全に封鎖されたようなんだ。地下鉄も動いてないし、高速道路も他のエリアへの道は封鎖だって」
「じゃあ事が終わるまでノースエリアで逃げ隠れしなくちゃいけないんですね……」
「地下鉄の線路を歩くって方法も考えたけど、そこも封鎖されてしまったみたいだ」


八方塞がりって訳ですか、ああもう……!
取り敢えず、いつエメラルダ達が追って来るか分からないから移動しよう。
ここはノースエリアのやや東寄り。更に東を目指して進む事になった。
人気が全く無い大通りを東へ向かって走ると、前方、川に掛かった橋が急にせり上がり始めた。
真ん中から二つに分かれて……船が通る時のような。


「コノハねえちゃん、あれ……!」
「な、何で急に橋が!?」
「逃げ場を無くしてるのか!? 完全に上げられたらまずい!」


シュルクの焦りようからしてだいぶヤバそう。
そう言えばいつか見たグランドホープの地図で、ノースエリアは川で縦3つに分断されてたような。
橋を全部上げてるんだとしたら……!


「走れ!」


サムスの檄に尻を叩かれるまでもなく全力疾走。
大きな橋だから時間が掛かってるけど、猶予もそんなに無さそう。
ゆっくりと傾斜がきつくなって行く橋を上り、先端まで辿り着くとサムスに抱えられるようにしながら向こう側に飛び移る。

……上っている途中で何かエンジン音のようなものが聞こえていた。
気にする余裕も無くて無視してたけど、せり上がった橋の中央から向こう側に飛び移る瞬間、一台のジープがエンジンを唸らせて、私達とは逆に向こうから飛び移って来た。
ちょうど宙に浮いている時に擦れ違う形になったけれど、その瞬間、まるで世界がスローモーションになったかのような錯覚に陥る。

思わずジープに向けた視線の先。
助手席の窓からこちらに視線を向けていた、ピカチュウとルカリオ。
後部座席にはマリオ達も乗っていて……。
確かに彼らは私の方を見た。

ピカチュウとルカリオには1ヶ月ぐらい振りに会った。
マリオ達に至っては4ヶ月ぐらい振り。
だけど今の私は再会を喜べない。喜んではいけない。

向こう岸に飛び移った後は靴で滑るように斜面を降りる。
そうしながらも私の頭はピカチュウ達の事でいっぱいで。


「今の人達が私の“友達”です! 彼らに会っちゃ駄目なんです……!」
「分かっている、アンドロイドの件だろう。心配せずともお前の事は必ず守るからな、コノハ」


手を握ったまま力強く告げてくれたサムスの言葉に、心が落ち着いて行く。
私にハヤさんを重ねているのだとしても嬉しいものは嬉しい。

……そう言えば、ふと思った。
“ハヤ”って名前、この世界では珍しい気がする。
“ヨリ”って名前のお婆ちゃんと似た感じがするし……。
もしかしたらハヤさんも、古のリグァン王国の関係者なのかもしれない。

思い付いても今それを話し合っている場合じゃない。
親友たちと再会を喜び合えない寂しさ、悲しさを無理やり胸に仕舞い込んで、私は今の仲間と共にノースエリアを東へ駆けて行く。


「(……ピカチュウ)」


一番に想いを馳せるのは、この世界に来てからずっと私の拠り所だったピカチュウ。
本当はちゃんと会いたいのに、会って話したいのに。
今の私では不可能だし、この先も二度と話せないかもしれない。
橋は完全に上がってしまい、もう行き来は出来なかった。





−続く−



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