グランドホープ

act.18 想いは土の下



何をするでもなく、強いて言うなら逃げの為だけにグランドホープを歩いていると、今まで気付かなかった事や気にしなかった事が色々と見えて来る。

まず最初に気付いたのは、ここの飛行機は私が知るものとだいぶ違うという事。
以前に空港へ遊びに行った時は買い物や食事が目的で、飛行機をよく見たりしなかったし、それ以外で見た事があるのは既に飛んでいる飛行機だけ。

けれどサムスと入った飲食店から空港が見えて……滑走路が無い事に気付く。
あるのは(だいぶ広いけど)ヘリポートのようなものが複数。
観察していると機体の左右に噴射口のような物が複数 下向きに付いていて、そこからジェットを吹かして機体を浮かせ、浮いてしまった後は噴射口を後ろに向け、再びジェットを吹かして前進して行った。
驚愕してしまい、外を見たまま呆然とサムスに話し掛ける。


「……え、あんなんで飛ぶんですか」
「お前の知っている飛行機とは違うのか?」
「ぜんっぜん違います。私の知る飛行機は2qか3qくらい滑走しなくちゃ飛べないんですよ」
「何だそれは。不便そうだな」


見た感じ私の世界の飛行機より速度は遅いようだし、機体も小さめなので輸送力もそれ程ではないみたい。
審査が厳しいから人の往来がそれ程でもないのかもしれない。物の輸送がメインなのかな。
高速列車もあるからそっちを利用する人が多い可能性もある。

グランドホープの文明は素晴らしく高いけれど、スマホ(に相当する物)がようやく2日後にリリースされる辺り、時々技術がアンバランスのような気がする。
あの飛行機にどんな技術が使われているのか知らないから、私の世界の飛行機と比べて進んでいるのか遅れているのか分からないけど。

飲食店を出てこれからどこに行くか考える。
今日は平日だけれど、どう見ても未成年な私が歩いていても補導される事は無い。


「未成年が昼間に街をウロウロしていても補導されないのは良いですね〜」
「妙な行動をしたり何か集会を開くようだったら補導される事もあるがな。学校に行かないだけでシェリフに声を掛けられる事は無い」


不良が野放しって訳でも無さそうだね。
まあ善からぬ事している人をシェリフが放置していたら、政府への悪評に繋がるか。

……ふと、ケンジの事を思い出した。
一年生の春に転入して来た彼は、聞いた話によると中学の頃はだいぶ問題児だったらしい。
学校をサボるわ途中で抜け出したりするわ、更に家出して行方を眩ます事もあるわで……。
本人が自分でそう言ってた。

私の知っているケンジはぶっきらぼうで態度が悪い事もあるけれど、そういった問題を起こした事は無かったから意外なんだよね。
むしろ委員会の仕事とか至極真面目にやっていた訳で。反省したんだろうか。
友達の事とか色々あったみたいだし心構えも変わるだろう。
私だって変われたからね……この変化を無駄にしないよう、大事な友達の助けになる事ならしたいし、邪魔になる事ならしたくない。
そうして決意を新たにしていると、聞き覚えのある声に名を呼ばれた。


「コノハねえちゃん」
「え……」


声のした方へ目を向けたら、ビルとビルの間、薄暗くなっている路地に見知った少女。
エイネちゃんだ。
ピット達と一緒に居た孤児で、私に懐いてくれた女の子。
私は彼女を庇って銃で撃たれた。

なぜ彼女が一人でこんな所に居るのか……いや考える前に声かけなきゃ!
……待てよ、どうだろう。この場合は関わらない方が良いんだろうか。
政府を敵に回した私に関わっちゃ本格的にヤバくなってしまう。

足を止めて少女を見る私に怪訝な表情のサムスが声を掛けて来る。


「コノハ、知り合いか?」
「ああー……あのー……」
「コノハねえちゃん、わたしのこと忘れちゃった?」
「わ、忘れてないよエイネちゃん! ちょっ、と、待ってね」


駄目だ、あの純真無垢かつ悲しそうな目を見たら放置できない。
人目を避けるように薄暗い路地へ入り、やや奥まで行く。


「エイネちゃん、どうしてこんな所に……」
「……。コノハねえちゃん、腕、だいじょうぶ?」
「え? あ、うん、もうすっかり良くなったよ! 平気平気!」


本当の私の体はとっくに死んでしまっていて、今のこの体は政府に作られたアンドロイド。
この体では撃たれていないのだから痛みも痕もある訳が無い。
悲しそうな顔で俯き気味に心配して来るエイネちゃんに、むしろ心の方が痛む。
キミがそんな顔する必要ないんだよ。私が勝手にやった事なんだから。
……と、それよりも、もう一度訊かないと。


「ねえ、教えて。孤児院に行ったんじゃないの? どうして一人でこんな所に」
「……あのね。ボク、コノハねえちゃんといっしょにいたいんだ」


ん? エイネちゃん今ボクって言った?
つい今まで一人称“わたし”だったのに、なぜ急にボクっ娘に?
そういうお年頃?


「えっと、ピット君たちは?」
「ピットにいちゃんたちはいないよ。ボク、コノハねえちゃんに話したいことがあるの」
「どんな事?」
「ヨリ姫様の血を引く人として、知っておいた方がいいこと」


ヨリ姫様?
ヨリってお婆ちゃんの名前だけど、姫様?
確かに若い頃のお婆ちゃんは、どこのお姫様だってくらい美人だったけどさ。

私が疑問符を浮かべていると、エイネちゃんが目を閉じて一つ深呼吸した。
そしてもう一度 息を大きく吸い込み両手を広げて……体が輝き始める。
その急変にサムスが慌てて私を庇い、エイネちゃんとの間に立ち塞がった。


「コノハ、この少女は一体……!?」
「わ、分かりません! 知り合いの女の子なのは確かなんですけどっ……!」


輝きに包まれたエイネちゃんの体がぐんぐん小さくなる。
光は両手で抱えられる程の大きさしかない球体になり、それが消失した時、そこに居たのはエイネちゃんではなかった。
ピンク色の体、赤い足、つぶらな瞳に指の無い小さな手。


「……カー、ビィ?」
「コノハねえちゃん、ボクを知ってるの?」
「え、あ、いや、その……」


カービィだ。

……カービィなんだよ、エイネちゃんがカービィになっちゃったの!
えっちょっ何これどういう事なの何で人間だったエイネちゃんがカービィに。


「コノハねえちゃんは、2000年前の王国のことは知ってるよね?」
「詳しい事は知らないけどまあ、大まかには」


エイネちゃん……いや、カービィは、2000年前の王国の事を詳しく話してくれた。

その国の名はリグァン王国。
自然に満ち溢れていたリグァン王国は、フェガロという男によって滅ぼされた。
私のお婆ちゃんはその国の王妹殿下だという。
そう言えばピーチ姫、私を女王様だと思ってレジスタンスに引き入れようとしてたっけ。
王様って女なのか。つまりお婆ちゃんのお姉さん?
私はお婆ちゃんのような美人ではないけれど、ちょっとしたパーツなら似てる。
面影とか雰囲気とかそういう物を感じたのかな。

ピット・ネス・リュカは親が2000年前の人で、ピーチ姫達のように祖国復興を託されて眠った。
その親から遺志を受け継いでレジスタンスと接触を試みてるのか。
そして更に驚くべき事を教えられる。

リンク・ロイ・マルスの3人はお婆ちゃんの守護戦士で、お婆ちゃんを守って死んだと。
今この時代に居る彼らは生まれ変わりのようなものだって……。
そんな彼らがお婆ちゃんの孫である私と接触して交流した。

歴史は繰り返す、みたいな事にならないよね?
彼らは私に仕えてる訳じゃないんだから私の為に死ぬ必要は無い。
でも彼らは私を友人と思ってくれているだろうから、
状況とタイミングによっては私を庇って……なんて可能性だってある。

駄目だ、そんなの。
レジスタンスだけじゃなく、彼らにも会わない方が良いかもしれない。


「ボクはピカチュウやルカリオたちと同じ。リグァン王国に住んでたの」
「妖精、みたいな存在なんだっけ? 何で人間になってたの?」
「カムイさまっていうヒトを知ってる?」
「カムイ……!?」


そ、それってお婆ちゃんの友人だっていうあの……!

カービィが言うには、カムイさんから貰った力で人になったらしい。
2000年前の人達が年齢を戻して眠っていたのもカムイさんの力だって。
カービィの話の信憑性が一気に増した。
お婆ちゃんはこっちの世界の人で、だからカムイさんと友達になれたんだ。

カービィは国が滅ぶ時、混乱に巻き込まれて詳しい事までは分からないみたい。
時を超えた際に記憶を上手く保持できなくて、自分がカービィである事や昔の事は忘れていたとか。
ちなみにピット達はエイネちゃんがカービィである事を知らないらしい。
彼らは親から遺志を受け継いだだけで、リグァン王国で生きてた訳じゃないから仕方ないか。


「コノハねえちゃん、ボクもいっしょにいていい?」
「良いけど……市民証は持ってる? 孤児院に入る時に作ったかもしれないけど、その姿で登録した訳じゃないから効かないんじゃないかな?」
「ボクは人工ペットあつかいになるからだいじょうぶだよ」


そっか、そう言えばピカチュウやルカリオも市民証いらなかったね。
ほんとグランドホープって技術や規制が時々中途半端だよなあ……。

ピット達が心配してるだろうけど、レジスタンスと接触しようとしている彼らには近付けない。
大勢の仲間は期待できないので一人でも増えるとだいぶ心強い。
カービィを仲間に加え、改めてグランドホープを行く。

まだ初日なので、政府がどう動くかはサッパリ分からない。
セレナーデが市民証をすり替えておいてくれたから、居場所や言動が全部筒抜けって事も無いだろう。
暫くは様子を見られるだけで済むだろうけど、あんまり勝手な行動をしているときっと回収に来る。
……もしその様子をレジスタンスに見られたら、それってチャンスじゃないかな?
私が政府の意に沿わない行動をしている所を見せつけたら、精神はちゃんと死ぬ前の私だって信じて貰えるかもしれない。

いつかそういう機会が来れば良いと願いながら、私は賑わう未来都市を歩いた。


+++++++


イーストエリア、とある建物。
アイクが個人所有しているこの場所に、ピカチュウ達とマリオ達レジスタンス、そして孤児のピット達やコノハの友人リンク達が集まっていた。
彼らの中心には棺と、それに納められたコノハ。
既に体を洗われ服も着替えさせられ、綺麗になっている。
棺にはピーチが密かに栽培していた生花が入れられ、コノハの周囲を取り囲んでいた。

ここに集っているのは過去の王国に関係する者達。
コノハがどうして、どうやって死んだのかも全て伝えられている。
泣いているピーチをさすって慰めながら、マリオが口を開いた。


「まさかコノハのヤツ……殺されるまで黙ってるなんて……」
「私っ、私のせいだわ! 私がコノハを誘ったりしたから……!」


泣きながら絞り出すような声で言うピーチに、違うよ、と告げるピカチュウ。
ガノンドロフがコノハを誘拐した一番の切っ掛けはピカチュウだ。
もっと言うならコノハをこの世界に来させた者……誰かは分からないが、そいつが大本の原因という事になる。


「ほんと馬鹿じゃないの……大馬鹿だよコノハ!」


ピットは俯いたまま吐き捨てるように言うが、すぐ穏やかな声音になって、消え入りそうな声で。


「だけど、いつか言った“温室でぬくぬく育った馬鹿”は撤回する。こんなに友達想いで意思の強い人だとは思わなかった……ごめん」


ルカリオが発見した、コノハが死ぬ際の映像は見た。
情報を喋る事を最期まで拒み、結果、惨たらしい苦しみの中で殺された……。
そんな彼女の姿は普段のコノハと付き合っていたリンク達に大きな衝撃を与える。
平凡に暮らしていた彼女がまさか、こんな大事に巻き込まれ、こんな決断をしたなんて。


「なんでっ……なんでだよコノハ、なんで死んじまったんだよぉっ……!」


先程からロイは、なんでなんでとコノハの死に問い掛けばかりしている。
だがリンクもマルスもルイージも、そしてここに居る誰もが同じ気持ちだ。
なぜコノハが死なねばならなかったのか。なぜあんな残酷な目に遭わなければならなかったのか。


「ファルコ、コノハを始末しておいた方が良かった……なんて言わないよな?」
「言わねえよ。思ってもいねえさ」


フォックスの問い掛けにファルコは即答する。
そういう考えも無かった訳ではないだろうが、あのコノハの最期を見ればそんな気にはなれない。
ただあるのは、ヨリの孫娘である事が判明したコノハの為にも政府を倒して、リグァン王国を復活させる事を誓う心のみ。

高台にあり周囲には何も無い広い土地。
敷地内であれば邪魔者の居ないここは、見晴らしが良く海が爽やかに見渡せる。
ピーチの屋敷と似たような環境だが位置的には遠い。

政府の手が及ばないこの敷地内は土の地面。
草花が生い茂る敷地の一角、一番海が見渡せる場所に穴を掘り棺を納めた。
棺の蓋を持つルカリオが嗚咽を漏らし、それに触発されたピカチュウが泣き始める。
胸の上で手を組み、穏やかに死んでいるコノハはもう目覚めない。


「コノハ……。約束、したじゃんかぁっ……!」


泣きじゃくるピカチュウの言う約束が何なのか、それを気にする者は居ない。
これから土の下に埋められるコノハを前に誰もが何も言えず、各々の悲痛を浮かべるのみ。
ただ一人、アイクを除いて。
彼は泣きそうな顔をしてはいるが、歯を食い縛って泣くまいとしているよう。
流れる涙を乱暴に拭ったピカチュウはアイクに近寄ると、体をよじ登って肩に乗り、軽く叩くように彼の頬へ手を添えた。


「コノハに何も言う事ないの」
「……俺は……コノハは俺のせいで、こんな……」
「今はそれはいいよ。最後なんだよ? 涙の一つも見せてあげないの!?」
「……コノハ……」
「泣けよ、悲しいんだろ!? 何で我慢なんかしてるのさ! 好きな子が死んで泣くのがそんなにいけない事か!」


自身も涙声のまま、頑なに泣こうとしないアイクに感情を出すよう促すピカチュウ。
それでも歯を食い縛っていたアイクを見て諦めたピカチュウが、そろそろコノハを眠らせてあげよう、と、棺の蓋を閉めるようルカリオに言った……その瞬間。


「……っ、待てルカリオ!」
「アイク?」


突然進み出たアイクがルカリオを制して穴の横にしゃがむ。
そして片手を伸ばし、コノハの頬に触れた彼の瞳から涙が零れ落ちた。


「アイク……」
「コノハ……すまん、守ってやれなかった……。お前にちゃんと想いも伝えられなかった」


以前、グランドタワーの来賓室で、戯れに聞こえるように好きだと言った。
あれが本心だったとコノハは気付いてくれただろうか?
彼女の知る“アイク”は遊びでそういう事を言わない人物だから、きっと疑問にぐらいは思っただろう。
こんな事になるなら想いと真実を打ち明けるべきだったと、後悔しても遅い。


「……お前の事が好きだった、コノハ」


耐えられなくなったアイクの口から嗚咽が漏れ、声を押し殺して泣き始める。
一体いつから好きだったのか、いつの間に好きになったのか。
それをコノハが知る事はもう無い。伝える事すら出来ない。
彼女の人生は終わってしまったのだから。

アイクが棺から離れた後、ルカリオが名残惜しそうにゆっくりと棺の蓋を閉める。
参列した全員が棺の上に土を掛け、残りをアイクが済ませて埋葬が完了した。
全員が目を閉じ、あるいは手を組み、コノハに祈る。


「さよなら、コノハ。ボクも近いうちにそっちへ行くからね。そうしたらまた、一緒に遊ぼうね……」


ピカチュウの呟くような声は、コノハに届かないまま風に消えて行く。
暫くは誰もが黙って祈りを捧げていたが、やがてマリオが口を開いた。


「さて。ルイージ、リンク、ロイ、マルス。お前達はこれからどうする? おれ達に協力してくれたら有り難いが、無理強いはしない」
「僕はマリオさ……えっと、兄さんと一緒に行動するよ」


双子の兄が居る事が判明したルイージは迷わず即答した。
彼は2000年前に祖国復興を託されて眠った一人。
元から孤児として保護される予定だった為にマリオ以外の身内は居ない。

しかしリンク達は違う。
彼らはこの時代で生まれ、リグァン王国とは何の関係も無い家族が居る。
おいそれと反政府組織に加担する事など出来ない筈だ。
一番に口を開いたのは、政府に勤める親戚が居るマルス。


「僕、どうしても家族が心配で……。特に従姉が政府直営の孤児院で働いているんです。身の安全が保証されなければ協力できません」
「そうか……まあ家族の事なら仕方ない」
「すみません。せめてあなた方の邪魔はしませんから」
「そうして貰えると助かる」


マルスの主張に、ロイとリンクも協力は出来ないと続ける。
レジスタンス達は残念に思ったが仕方ない。
いくら似ている生まれ変わりだと言っても、彼らは過去の彼らとは違うのだから。

帰り際、リンクがアイクに訊ねた。


「……また墓参りに来ても良いかな?」
「悪いがここは俺が個人所有していて、政府の目が届かない貴重な場所だ。拠点にしようと思っているから事が終わるまでは近付かないでくれ」
「そうか……」


コノハの埋葬場所としてもレジスタンスの拠点としてもうってつけの場所だ。
下手に近付いたら彼らが、そしてリンク達まで危険になってしまう。


「いずれ俺達は政府を倒す。そうしたらまた墓参りに来てやって欲しい」
「分かった。必ず来るよ」


一礼して、リンク、ロイ、マルスが去って行く。
それを見送っていた一行だったが、ふとネスが口を開いた。


「そう言えばレッド来なかったね。一応 呼んだんだけど。リュカ、連絡つく?」
「ううん。電話しても出ないんだ。忙しいのかな」
「まあ時間が出来たら向こうから連絡してくれるよ。それまで僕達だけで話そう」


これから先は本格的に行動する事を念頭に置かなければならない。
ジェネラルインストールであるアイクが居れば事は進み易い筈だ。
彼は基本的にリグァン王国の事はどうでも良かった為、今まで協力する事は無かったが……。
こうなった以上はレジスタンスと協力してグランドホープを滅ぼすと決めている。


「コノハ、必ず仇を討ってやるからな」


改めて口にし、決意を固めるアイクだった。



一方、レジスタンスの拠点を出たリンク達。
僕の家に来る? とのマルスの提案に乗り、彼の家を目指した。

誰も何も言わず黙々と歩き、黙ったまま列車に乗り、マルスの家に上がって自室にお邪魔する。
イーストエリアにある住宅の例に漏れず、屋敷と言った方が正しい家。
なかなか豪奢な部屋の中、リンクとロイも勝手知ったるようにソファーへ座った。
ふう、と息を吐いてからも全員が黙っていたが、ロイが静かに口を開く。


「コノハ、もう……居ないんだな」


いつもの快活さはすっかり消え去り、泣きはらした目で表情を失っているロイ。
リンクとマルスも同じで、誰もが沈んだ表情から元に戻れない。
彼らの脳裏に浮かぶのは明るく笑うコノハ。
一緒に当たり前の日常を過ごした彼女は、あっという間に手の届かない所へ行ってしまった。
自分達が全く知らない間に大変な事に巻き込まれ、全く知らない間に死んだ。
それが何より悲しくて悔しくて、やるせない。


「ルイージもアイツらと一緒に残っちまったし……どんどん日常が壊れて行くみたいだ」


リンクの言葉に、ロイもマルスも静かに頷いた。
みたい、ではなく、これから確実に壊れて行くのだろう。
政府を倒すというなら戦いが起き、内乱状態になるかもしれない。

退屈なまでの平和がもうすぐ終わりを告げる。
そしてそれはコノハの死がトリガーとなって引き起こされた。
まるで彼女は、世界の運命を切り替えるスイッチのようだ。
この街で巨大な力を持つアイクは彼女の死によって考えを変え、レジスタンスに協力を決めた。
これは途轍もなく大きな変化ではないだろうか。
結果的にコノハが居なければ、アイクはレジスタンスに協力しなかっただろう。

そして自分達の前世、仕えていた王妹の孫である彼女。
それを聞いたからだろうか、“守ってやれなかった”という思いが次から次へと湧き上がる。
滅入ったまま晴れない重苦しい気分を吐き出したくて、リンクが呟くように口を開いた。


「なあ。ピカチュウ達が言うにはコノハそっくりのアンドロイドが居るんだろ? 反逆者取り締まりの為に造られて、記憶や思考回路も完璧にコピーしてるっていう……」
「そんな事を言ってたな。コノハを見付けたら気を付けないといけないのか。……あ。そう考えると、コノハに会う方法なら一応あるんだな……」
「でもロイ、それは飽くまでコピーであってコノハではないよ。むしろ僕達にとって、敵と言っても過言じゃない」
「分かってるよマルス。けどコノハにもう一度会えるなら会いたいって思うだろ。会う方法があるのにそれが駄目だなんて、悔しいじゃんか」
「……」


反政府思想の者を取り締まる目的を持つアンドロイドは、それさえ無ければ容姿も思考回路も性格もコノハそのものだという。
政府が無くなればアンドロイドのコノハに会っても大丈夫だろうか。
それとも政府が無くなればアンドロイドのコノハは壊れてしまうだろうか。

レジスタンス達の安全を考えるのであれば、“革命が成ってもコノハのアンドロイドには無事で居て欲しい”と思ってはいけないだろう。
けれど当然、友人としては。
またコノハに会えるのであれば、例えそれがソックリなだけの偽物だとしても、無事に革命を生き延びて欲しいと願わずにはいられなかった。





−続く−



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