グランドホープ

act.1 グランドホープへようこそ



眼前に広がる未来都市。行き交う人々の格好は普通だけど立ち並ぶビル等の街並みが凄い。
ずっと遠くにはとてつもない高さの何か……遠くてほぼ影しか見えないけど、ビルより塔って言った方が正しい気がする。
と言うか車が、車が浮いてる、タイヤが無い! ちょっと視線を外せば都市高速の道路が……やっぱり浮かんでる。
ただ見慣れない事は抜きにして、妙な違和感があるけれど。
そこまで考えて、座り込んでいる私を周りの人がじろじろ見ている事に気付き慌てて立ち上がった。

夢だ、夢夢夢、さっきの亜空軍も亜空間もこれもぜーーーんぶ夢っ!
もう一度寝れば元の場所に戻っているかもしれないけど、さすがに人前でそうする勇気は無かった。
今は諦めて、どこか公園でもないか探し、あったらベンチで寝てみようと歩き出す。

鞄は落としてしまったようで、持っているのはケンジが私のお金で取ったピカチュウのぬいぐるみだけ。
携帯でもあったら良かった……ぬいぐるみじゃ役には立たない。
寂しさを紛らわそうと強く抱き締め、公園を探す。
タイヤの無い車を横目に真っ白な歩道を歩き続けても、違和感は抜けない。

やがて公園を見つけた。
舗装された真っ白な地面が眩しく、カラフルな遊具が良く映えている。
だけど私は、やっぱり妙な違和感があった。
さっきの歩道にもこの公園にも何かが足りない。
特に公園。普通ならあるべき物が無い気がするんだけど、具体的に何が足りないのかは分からない。
遊んでいる子供たちを見てホッとして、ゲートをくぐり公園に足を踏み入れた……瞬間。

けたたましい音でサイレンが鳴り響き始めた。
ぎょっとしたけど遊んでいた子供達は私以上にぎょっとした様子で、何か叫びながら一目散に逃げて行く。

何だろう、今あの子達、
「テロリストだー!」
とか叫んだ気がするんですけど。


「動くな、シェリフだ!」
「えっ?」


振り返ると銃を構えた警察官らしい数人が居る。
慌てて両手を上げる……が、多分いまこの場所で唯一私の味方であろうピカチュウのぬいぐるみは絶対に放さない!
でもシェリフって何だろう……?
とか考えているうちに、奴らは何かをヒソヒソと話し合っていた。


「どういう事だ……この街でテロリストだなんて有り得るのか?」
「上に言ったって信じてもらえないだろう。どうせ市民証を持っていないんだから、殺したって記録はされない」
「じゃあ撃ってもいいよな、面倒になるよりは」


え? あの人達、なに物騒なこと言ってんの?
そんな事がまかり通っていいわけ!?
どこの独裁政権よ!!

まさか、まさか自分がこんな所で死ぬ事になるなんて思えなくて、私は必死で抵抗する。ただし、頭の中だけで。
夢だ、絶対に夢なんだから撃たれたって大丈夫。
そんな事を思っても、高鳴る心臓と冷や汗は鎮められない。

万が一、夢じゃなかったら?
嫌だ……私、まだ死にたくなんかない!!

そう思っていた次の瞬間、背後から何か凄い衝撃が私を襲った。
頭がぐらりと揺らぎ、耐え切れなくなって思い切り倒れる。
薄れ行く意識の中、どこかで聞いたような声が響いた。


「連れて行け、後はこっちでどうにでもする」
「は、はいっ!」


あれ…? この声、どこかで聞いた事がある。
だけど思い出せなくて、私はそこで意識を沈めた。


++++++


それからどれくらい時間が経ったのか、目を覚ました私の視界には、真っ白な世界が広がっていた。
何だろうと思って起き上がるとそこは壁も床も天井も、全てが真っ白な部屋。
ゾッとした。
物凄く綺麗で汚れなんか無い部屋なのに、ただただ純白なだけの部屋は居るだけで気が狂ってしまいそうな気がする。
妙な緊張を感じてうずくまっていると、さっきの警察と同じ制服を着た男がやって来て部屋から出される。
連れて行かれた先、大きな扉を開けると……思わず、息を飲んだ。

前方に大きな机があって、そこに座っていたのは他の警察より立派な制服を着た男。
でも私の目を釘付けにしたのは、その側に立っている女性だった。
服装こそきっちりしたスーツだけど、長いふわふわの金髪に大きなイヤリング、何よりあの顔は……。

我らがスーパーマリオのヒロイン、ピーチ姫だ。
何だろう、あの人。そっくりさんだろうか。
まさに現実にピーチ姫が居ればあんな感じだろうという人で、可愛げのある綺麗さが目に眩しい。
立派な制服の男は一枚のディスクを手に、ピーチ姫のような顔の女性に話しかけている。


「では、手続きはこちらに記録して後ほど。市民証は確認でき次第発行いたしますので」
「えぇ、分かりました。じゃあレコードタワーに行きましょう」
「え……あ、あの……」


訳が分からない私に女性は、取り上げられていたらしいピカチュウのぬいぐるみを渡してくれた。
そのまま私の手を引き建物を後にする。
相変わらずタイヤの無い、しかしリムジンのような立派な車に乗せられ、どこかへ向かう。
車窓から見る景色は、やはりアニメの世界にあるような未来都市。
車は都市高速に乗り高い道路から街を見下ろせた。
遥か向こうには大きな壁があるけど、何かを隔てているのかな……?


「あなた、グランドホープは初めてよね? 市民証を持っていないもの」
「え? あ、えっと……」
「あらごめんなさい、私はピーチよ。あなたの名前は?」
「……コノハ、です」


ピーチという名前を聞いて遂に幻聴かと思った。
顔が似ているかと思えばこれだ。いい加減夢としか思えない。

ピーチ姫? の話によると、ここはグランドホープと言う名の街。
海に浮かぶ、人口約800万人の都市国家だそうだ。
丸い巨大な島の中を×マークが区切るように、東西南北4つのエリアに分けていて、更に中央にはもう1つ、丸く区切られたエリアがある。

南のサウスエリアは商業を中心とした地区。
当然他のエリアにも店は沢山あるが、他の街への出輸入品が集まる事もあり、一番の買い物区だ。

西のウエストエリアは工業を中心とした地区。
工場が沢山あり、グランドホープ内の様々な物をこの地区で作り上げている。
飛行場などもあり、一般人も集まる。

東のイーストエリアは観光業を中心とした地区。
地区の外側には巨大な砂浜があり、テーマパークなど遊ぶところも沢山、大金持ちも住んでいる。

中央のセントラルエリアは住居を中心とした地区。
住民用ビルや金持ち用の一軒家が一番多く、学校や公園なども充実している。

北のノースエリアはこの街を監理している政府が中心の地区。
重要な施設が沢山あり、地区の一番北には政府の中枢、5000mもの高さのビルが街を見下ろしている。

私が居たのはセントラルエリアで、今ノースエリアに向かっているらしい。
レコードタワーと言う、様々な申請や登録が出来る建物に向かっているとか。


「この街では、身分証明の市民証が無いと何も出来ないのよ。身体データを登録しないと、ビルや施設に触れた瞬間通報されるの」
「私、テロリストって、言われたん……ですけど」
「心配しないで、市民登録さえすればOKだから。この街は住民は勿論、旅人も旅行用パスが必要だから、パスの無い人が居ないのよ。だからパスを持っていないと不法侵入のテロリスト扱いされるけど、管理が甘いんじゃないかって叩かれる原因になるから、こうやって責任を負い身柄を引き受けて身分登録をしてくれる人が居たら、間違いだって見逃してくれるの」
「そんな適当な……」
「本当に管理が厳しいから、パスを持っていない人なんて有り得ないの。コノハは特例中の特例よ」


極端な話、幽霊のようなものなのだろうか。
公園に入った途端にサイレンが鳴るくらいだから、本当に管理が厳しいのかもしれない。
それより私はピーチ姫が言った事が気になる。
責任を負い身柄を引き受けるって……初対面なのに、一体どうして?

夢小説を思い出した。
夢小説では異世界に転移したヒロインは、大体キャラに親切にされるけど……そんな感じだろうか。
だけど……そりゃ夢小説なら親切なキャラ達に嬉しくなるけど、実際に体験すると不安と不審感が出てしまう。
どうして初対面なのに親切なのか。何かを企まれていないか、何かを要求されないか。
私はこれからどうなるのか、何が私を待ち受けているのか、怖くてしょうがなかった。



++++++


やがて東西南北中央のエリアを隔てている壁を越え、ノースエリアに到着。
先程セントラルエリアから見えていた【とてつもない高さの何か】は、やっぱりビルだった。
政府の中枢、5000mもの高さを誇るビルが、遥か向こう……恐らく円形の島の一番北、端に建てられている。
私達が向かったのは、それより遥か手前のそこそこの高さなビル。
でもこれでも800mあるらしい……って東京スカイツリーより高っ……。
中に入ると白が基調のすっきりしたロビーで、外から日光がガラス張りの壁を通り眩しく降り注いでいる。
でも……やっぱり私には、拭えない違和感が。
セントラルエリアの通りや公園で感じた違和感が、ここにもあった。


「コノハ、住民登録しましょう」
「あ、はい」


ピーチ姫に連れられ、受け付けを済ませてから50階へ上がった。
て言うかエレベーター、壁の中じゃなくガラス張りの筒の中を上り下りしてるんですけど……丸見え。
しかも階数の選び方は設置されたボタンを押すんじゃなくて、電子パネルに数字を入力する方式。
そう言えば800mって、一体何階あるの。
なんて考え終わる前に着いた。早っ。

通されたのは意外にも四畳半ぐらいの広さ。
白を基調とした病院のような清潔感あふれる部屋。白好きねえ。
ただ奥の壁にトンネルがあって、足元は動く歩道になっていた。
何かと思っているとピーチ姫は、じゃあね〜、と部屋から出て行ってしまう。


「え、あの、ピーチさん!」
「では、生体情報を登録しますので、入ってください」


スーツを着込んだ女性に言われ、動く歩道のトンネルに入る。
薄暗く時折ちらちらと光が入るトンネルの中はまるで、少し深めの海底に居るようだった。
本当にそれだけで、1分足らずで出口に到着する。
出口ではピーチ姫が待ってくれていて、生体情報登録は、あっけなく終了したのだった。
待合室で市民証の発行を待っている間、ピーチ姫と会話する。


「なんか生体情報の登録って、すぐ終わりましたね。もっと色々検査するのかと思いました」
「街の人は生まれてすぐに生体情報を登録するから記憶なんて無いし、貴重な体験したんじゃない?」
「あ、そうなるのか……なるほど貴重だ」
「誰かに自慢できるかもね」


クスクス笑う笑顔も眩しい、イメージ通りの優しそうな人。
もう私の中で彼女はピーチ姫認定だ。
欲を言えばスーツじゃなくてお馴染みのドレス姿見たいなあ。

その後、ほんの5分足らずで市民証が完成したらしく発行所へ向かう。
好きな色を選べるみたいだから黒にした。
無難に白にしたかったけど、汚れ目立つし。
で、受け取ったんだけど……。
あの、この市民証、どこからどう見ても……。


「……折り畳み式の携帯だ。ガラケーだ。私、市民証って言うからカードみたいなの想像してたんですけど」
「便利よ、この市民証。支払いは勿論、電話やメールも出来るしネットにもアクセス出来るし、カメラは付いてるし動画や音楽だって楽しめるし」
「まさにケータイじゃないですか!」
「その【けーたい】って良く分からないんだけど。何を携帯するの?」


……参った、自分が当たり前だと思っている物を、知らない人に説明するのは骨が折れる。
説明しようにも、まさにこの【市民証】と全く同じな訳だし……。
まぁまさにコレですよ、と曖昧に答えておいた。
欲を言えばスマホが良かったけど仕方ないか。
っていうかこんな未来都市なのにガラケー仕様なのどういう事。

紙幣や硬貨としてのお金が無く、支払いは全てこの市民証で行うらしい。
生体情報を登録しているので本人以外は使えない。
市民証の発行と同時に、銀行口座のような個人バンクなる物を貰え、手に入れたお金はそこに振り込まれる。
個人バンクと市民証は連結していて引き出しは市民証から行える。
……って、じゃあ個人バンクの意味って……?
わざわざ口座なんて作らずに直接市民証に振り込めばいいのに。


「税金とか罰金とか、固定された機械から集める方が効率いいらしいの。それに賢く利用してる人も居るわよ。月に決まった額を引き出した後に口座をロックして、その範囲内でやりくりしたり」


成る程、つまり変に考えず、カードも現金も不要でチャージが出来る電子マネーだと思えばいいわけか。
使い方を教わりながら操作すると、画面に【100000】という数字が出た。
何でも新規登録者には10万が支給されるとかで、やたら太っ腹だ。
世界中で価値が共通なのか、円やドルみたいな単位は無いみたい。
……ん? 1=1円って考えていいのかな?
まさか10万って、1000円くらいとかじゃないよね。

取り敢えず、この街で生きて行くのに最低限必要な物は手に入った。
……そう思ってから、ふと、考える。

この街で生きて行く? これからずっと?
そもそもここは何処で、私は何でここに来たの?
ここは日本じゃない。
でも言葉が通じるし……夢か、じゃなけりゃ異世界と考えるしかなかった。

楽しんでいた思考が急激に冷めていく。
ピーチ姫は優しくしてくれるけど、本心が見えた訳じゃない。
まさか何も無しに見知らぬ人の身柄を責任持って引き取るなんて、そんな家族同然の真似はしないはず。

日常が退屈で学校とかも嫌になって逃げ出したいと思った事がある。
夢小説のヒロインみたいに日常を捨てて、楽しい異世界に転移したいとも思っていた。
でも、現実に異世界に転移しても、楽しくて皆親切で……なんて都合の良い事にならなかった。
心を大きく占めるのは不安と恐怖だと気付いた時、私は、どうしようもなく帰りたくなった。

これは現実、甘くない。
何か起きたらどうしよう……私には何の力も無い。
戦えないのに、怖いのなんて嫌なのに、痛いのなんて嫌なのに……。


「コノハ、大丈夫? 何だか顔色が悪いわよ」
「……ちょっと、具合悪いみたいです」
「急いで帰った方がいいわね、行きましょう」


車に戻って都市高速に乗り、今度は海沿いを走る。
ピーチ姫の家は観光業主体のイーストエリアにあるらしく、北から東へ、時計回りに外周を進む。

高い位置にある都市高速から、鮮やかな蒼さの空と煌めく碧い海が見えた。
文明の進んだ未来都市でもこれは変わらない。
自分の世界と何も変わらない空と海に安心して、少し落ち着く事が出来た。
それにしても、大金持ちしか住めないって聞いたイーストエリアに家があるなんて、さすが姫……。
って、この世界じゃ姫じゃないみたいだけど。


+++++


やがてピーチ姫の家に辿り着く。
勿論単なる家ではなく、眼前にあるのは広大な庭が付いた、海辺の高台にある豪奢な屋敷。
とんでもない高層ビルばかりだったノースエリアと違い、この辺りは普通に地球でも見かけるような豪邸ばかりだ。
ただ、やっぱりここにも違和感があるけれど。
本当に何なんだ。何かが足りないのに分からない。


「凄い、いい眺め!」
「私の家の3階から見てご覧なさいよ、もっと高くて良い景色よ」


門が自動で開き、車が屋敷内へ入って行く。
降りると、潮騒と風の音が耳に心地良い、静かな土地。
こんな所で暮らせるなんて、本当に素敵だなぁ。

……って、さっきまであんなに不安がってたのに、私って現金……。

鍵にもなるらしい市民証をセンサーに翳して玄関の扉を開け中に入ってみると。
……悲鳴を上げそうになった。いや、別に恐怖だったとかじゃなく。
広いエントランスではロボット達が掃除をしたり、忙しく働き回っていた。

ロボットって勿論あれ。
スマブラXに出たファミコンロボット。
ただ色からしてファイターの一員であるロボットじゃなく、
ザコ敵として亜空の使者に出て来た、量産型の白いやつだけど。


「すごーい、ロボットが家事してるー……」
「あらコノハ、あなたの居た所ではハウスキーパーロボットは居なかったの?」
「家事全部ロボット任せなんですか!?」
「全てじゃないから人も雇ってるわよ。やっぱり細かい気遣いは人の方が出来るわ」
「へぇー……」


驚いたけど、改めて見るとせっせか働いているファミコンロボット達は可愛らしい。
屋敷の中は未来っぽくなく、むしろ中世のお屋敷みたいで素敵。
また別の異世界みたい。

私は荷物も無いので部屋に案内して貰うのは後にして、リビングでピーチ姫に訊いてみた。
どうして初対面の私に親切にしてくれるのか、その理由を。
訊くのは怖かった。
だって一体何を言われるか分からない。
ピーチ姫は少し黙って、ロボットが持って来たお茶を一口飲む。


「そうね、普通は不審に思うわよね。……コノハ、あなたが持ってるぬいぐるみ、どこで手に入れたの?」
「えっ……これは、ゲームセンターのクレーンキャッチャーで……」


ケンジに取って貰ったピカチュウのぬいぐるみ。
言ってから、この世界でゲームセンターとかクレーンキャッチャーとか通じるのだろうかと思った。
だって携帯電話って意味のケータイが通じなかったし。
ピーチ姫は案の定、ちょっと顔を顰めた。
ああ、やっぱり通じない……。


「そう、妙な所にあるものね」


あ、通じた。
妙な所って、別に普通じゃ……。

……いや、ここはピーチ姫が普通に居る、ロボットも居る。
ピカチュウだって、どこかに居るかもしれない。
それが特別な存在だったら?
ゲームセンターにぬいぐるみがありましたなんて不自然すぎる。
怖くなって恐る恐る訊いてみた。


「あ、の……ピーチさん。私なにか変なこと言いました?」
「いいえ、こちらこそ変なこと訊いてごめんなさいね。このままお茶にしましょう、後でコノハの部屋に案内するわ」


何なんだろう、不安だ。
ひょっとするとはぐらかされたのだろうか。
でも今は知り合いも居ないこの世界で、運良く転がり込んで来た幸運と親切に縋っておこう。
どうやって私の世界に帰るかは後で考える。
まあ、寝て起きたら夢オチでした、って言うのを一番期待してるけどね。

お茶とお菓子を頂いた後に部屋へ案内して貰い、少し一人の時間を貰った。
これからどうするか考えてみる。
やっぱりタダ飯食らいは良くないから働くべきだろうけど、家事はロボットや使用人が完璧にこなしてる。
となると、どこかでバイト探して働くか……。
私は、異世界からの唯一の道連れであるピカチュウのぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、天蓋付きのベッドに寝転がった。

みんな今頃どうしてるんだろう。
お父さんとお母さんは私を心配しているだろうか。
ああ、明日マナとスマブラする約束してたのになあ……。

それに、ケンジ。
沢山の友人が亡くなった話を聞いて中途半端なままだった気もする。
友達だし、彼に何か出来るならしてあげたい。


「ピーチ姫…あ、いや、ピーチさんに相談してみようか、ねえピカチュウ」


返事などある訳が無い。
だけど私は、この世界で唯一秘密を話しても良いであろう相手に、願いを込めて話し掛ける。
この子だけが、私が別世界の住人だと証明してくれる。
何だかこの世界の印象が強くて、元の世界を忘れてしまいそうで怖かった。


「帰った時に浦島太郎にだけはなりたくないよー……」


冗談半分、本気半分で私は呟き、いつの間にか眠りに落ちた。





‐続く‐



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