グランドホープ

act.17 ちょっと寂しい再出発



アイクには幾つか、後悔している事があった。
今はひたすらコノハの事に関してだが、それ以外にも、かつてのリグァン王国に関する事など。
特にリグァン王国に関しては王妹ヨリの事が大部分を占めている。
守ってやれなかった、助けてやれなかった……。
そういった、彼女に関わった者なら全てが思っていそうな事から、“彼女を騙してしまった”という事に関してまで。

コノハが死んだ事にピカチュウが激昂し、自分達にも責任があると言いながらアイクばかりを責め立てていたが、それはアイクが、ヨリとピカチュウを騙していた事が大きく関わっている。


「本当は、帰ろうと思えばいつでも帰れたんだ」


そう伝えた時のピカチュウの怒りようは凄かった。


「もっと早くここに来られていたら、コノハを巻き込まずに済んだかもしれないのに! ヨリだって皆に会いたかったはずだよ!」


それは尤もな言い分で、ずっと二人を騙し続けていた事の罪悪感も手伝って、アイクはコノハの遺体を見た時の彼の罵倒を甘んじて受けた。
自分がもっと早くに行動していれば、コノハは死なずに済んだかもしれない。
ヨリに嘘がばれる事を恐れ、コノハを見守る穏やかな生活に絆されて……。

その結果がこれだ。

アイクは今、ピカチュウやルカリオと共にグランドタワーの管理室に来ていた。
コノハの遺体は一時的にアイクの私室に隠し、出て行く前に出来る限りの情報を集めようと。
ジェネラル・インストールとしての権限を使えば簡単な事。
この時ほどアイクは、グランドホープで地位を築いていた事を良かったと思った事は無い。


「そもそも何故ガノンドロフがコノハに手を出したかだ。あいつはピカチュウを警戒してはいたが、コノハにそこまで興味は無かったはず」
「連れ去ってから今までコノハが無事だった事を考えると、リグァン王国に関するボク達から離して行動を制限する為に軟禁してただけで、コノハをどうこうしようとは思ってなかったように思えるよね」
「誰かがコノハ様を何とかするべきだとそそのかしたか……?」


取り敢えず監視カメラや最近の記録などを確認して、不審な者が出入りしていないか、誰かがガノンドロフに何か入れ知恵をしていないか探してみる。
あまり時間は掛けない方が良いだろう。
近日の記録から参照していた3人だったが、ふと映像記録を見ていたルカリオが、モニターから一歩引いて戦き始めた。


「ピカチュウ、アイク! これを……!」
「ルカリオ?」


その尋常ではない様子に駆け寄る二人。
ルカリオはイヤホンを外して映像の再生ボタンを押し、2人をモニターの前に残して後退すると、これ以上は見たくないとばかりに歯を食い縛りながら耳を塞ぎ、目も閉じて顔を逸らした。

そこに映っていたのは、コノハが最期を迎える際の一部始終。
友人を売るまいと必死で抵抗し、結果、惨たらしい苦しみの中で殺された。
映像の音量は下げていたのに、聞こえる悲鳴は響き渡るようで。
あの遺体の様子からしてだいぶ苦しんだだろうと想像はしていたが、実際に見せ付けられると耐えられない。
ピカチュウはモニターに額をくっ付けると声を上げて泣き始める。


「うあ……っ……あああぁぁぁっっ!! コノハ、コノハっ……!!」
「………」
「酷いよ……! なんでっ、なんでコノハがこんな目に遭うんだよ!!」


泣きじゃくるピカチュウの側でアイクは歯を食い縛る。
こんな場面など見たくはなかったが、一方で見て良かったとも思った。

ガノンドロフへの復讐となれば、奴が支配するこの街を滅茶苦茶にする事にもなるだろう。
亜空軍の襲撃はあれど、現在グランドホープは概ね平和だ。
その一応は平和を保っている支配を崩すのだから、(街に対してだけでなく)何かしらの不満や不審を持つ者がここぞとばかりに爆発しかねないし、市長の後釜狙いの権力争いが起きて、最終的に内乱状態になる恐れもある。
コノハを苦しめたのは飽くまでガノンドロフ一人なのだし、側近でもない街の者まで巻き込んでいいものかという思いは、一応3人とも持っていた。

だがこれで迷いは消え去った。
特にアイクにとっては、もうコノハ以外ほとんど どうでもいい。
ガノンドロフに復讐する為なら何がどうなろうが構わない。


「……奴はコノハのアンドロイドを作っていたな。マリオ達が危ない」
「っ、そうだ。泣いてる場合じゃないっ……! 助けに行かなくちゃ」


涙を必死で拭ったピカチュウはコンソールを操作し、探った情報や映像をアイクの市民証にコピーした。
元々ゆっくりするような状況ではなかったが、コノハのアンドロイドの存在を知った今、もう一刻の猶予も無さそうだ。

私室に行ったアイクがコノハの遺体を抱いて戻り、3人は隠された地下通路を使ってグランドタワーを出る事にした。
ジェネラル・インストールであるアイクと、市長と、ごく僅かな側近のみが知る道。
そんな道を使えば、ピカチュウ達が人知れず消えた事がガノンドロフに知られた時に早い段階でアイクが疑われるだろうが、コノハを誰にも目撃されず運ぶにはここを通るしかない。

地下駐車場へ行くと車に乗り、アイクの運転でイーストエリアにあるピーチの家を目指す。
レジスタンスはこの街を滅ぼすに当たって利害も一致しているし、共に行動した方が良い筈だ。
それでなくてもピカチュウ達にとって、かつての仲間であるマリオ達を見殺しになど出来ない。


「アイク、市民証でマリオ達に連絡回せる?」
「さっきしておいた。アンドロイドの事は全て話したから、コノハが現れたら警戒する筈だ」
「ガノンドロフがこれから先どう出るか……。場合によってはこの街を一旦離れる事になるかもしれないな」


何にせよ、政府警察シェリフの最高権力者であるアイクが居れば動き易い筈だ。
ガノンドロフはアイクとコノハ達が接触していた事を突き止めているかもしれないが、だからと言ってシェリフが一気に敵に回る可能性は少ないと思われる。

政府警察……そう銘打ってはいても、政府とシェリフはそれなりに管轄が別だ。
ガノンドロフが持つシェリフへの権限はジェネラル・インストール程ではない。
加えてアイクはカリスマ的人気を持っており、個人的に慕っている者も多い。
盲信は出来ないが、警戒し過ぎる事も無いだろう。

あと一つ気になる事があり、ルカリオがピカチュウに訊ねる。


「ピカチュウ、リンク達への連絡はどうするんだ? あいつらはコノハ様と友人だった。最期に会わせてやるべきでは」
「そうだね。その方がきっとコノハも喜ぶだろうし……」


ひとまず全ては、レジスタンスと合流してから。


+++++++


ハッと気付いた時、私はどこかの薄暗い路地裏に立っていた。
……あれ、ここどこ? 私どうしたんだっけ?

なんて考えていると、目の前に人が現れる。
セレナーデだ。


「やっほーコノハちゃん、気分はどう?」
「……あー……」


この人を見たらようやく自分に起きた一部始終を思い出したよ。
どうやら私はグランドホープに帰って来れたらしい。

セレナーデが言うには、ここはノースエリアにある数少ない繁華街。
私の意識が入れられる前のアンドロイドは、これからピーチ姫の家に向う所だったらしい。
あ、あぶなっ……!


「さて、サービスで他の人達が置かれている状況を教えてあげる。まずピカチュウ君、ルカリオ君、アイク君がキミの死とアンドロイドの事を知ったよ。でもって既にマリオ君達にアンドロイドの事を教えちゃったみたいだ。今はグランドタワーを脱出してピーチちゃん達の所へ向かってるね」
「え……」


そ、それってヤバくない?
まずいどうしよう、私がコノハ本人だなんて絶対に信じて貰えないじゃん!
最悪、出会った瞬間にスクラップにされちゃうじゃん!

……スクラップ、なんて言ったけど体の調子は元の体と変わらない。
あ、もしかしてこのアンドロイドって体が機械な訳じゃなくて、普通の人間と同じように造られてたりするんだろうか。


「後はリンク君達が、キミがグランドタワーの来賓室に囚われてるって知ったけど、キミの死とアンドロイドの事は知らないね。これからどうするか友達同士で相談してるっぽい」
「無事ではあるんですね? ピット君達は……」
「彼らも無事だよ。ただレジスタンスと接触を試みようとしてる」


色々と事態は動き始めてるんだ。
私はこれからどうするべきだろうか。
一応アンドロイドがピーチ姫達の所へ行く事は避けられたけど、怪しい動きが続けばきっと政府の人が回収に来てしまう。


「さて、コノハちゃんにはまだ餞別があるよ。バッグの中を見てごらん」


楽しそうに笑うセレナーデに言われ、いつの間にか肩に斜めがけしていたショルダーバッグを開ける。
中には……スマホ?
あ、これシュルク達が使ってたのと同じ市民証の気がする。


「それは明後日にリリースされる最新の市民証だよ。キミにはスマホって言った方が通じるかな」
「まあ、スマホですね。今までのガラケーみたいなのと違って」
「ガノンドロフに持たされたのとは違う物を用意したんだ。彼が用意した市民証は型こそ それと同じだけど、中身や操作した履歴が政府機関から遠隔で閲覧できるし、口座なんて閲覧どころか操作も可能、もちろん居場所が分かる追尾機能付きな上に盗聴までし放題だったよ。それを避けられるだけでも だいぶ楽になると思う。で、中にはお金を入金しておいた。このお金をどう使うかはキミ次第だ」


お金……って、うわ! 300万も入金されてるんだけど!?
今までの3ヶ月近い私のバイトは一体何だったんだ。

これが私の今の資金か。
これをどう使うかで今後の命運が決まりそうだな……。
セレナーデは使い道に関してはアドバイスするつもりは無いみたい。
私の行動を観察して楽しむんだろうなーきっと。

更に彼(性別不明だけど何となくそう言っておく)は、銃の免許証と、ルフレと一緒に練習した例の光線銃もくれた。
うわこれ本当に有り難い!
自分が使える武器があるってだけで心強さが段違いだよ!
無闇に使う訳にはいかないけど、切り札があるって頼もしい。

取り敢えずお礼くらい言わないと。
現世に戻らせてくれた事や市民証とお金の事は勿論、ピカチュウ達の状況を教えてくれた事に対しても。
知らなかったらすぐさまピーチ姫の所に行って、政府の手先のアンドロイドとしてあっと言う間に壊されてた可能性が高かった。


「ありがとうございます。でもこんなに干渉して良いんですか? あなた一応、創造主的な人じゃ……」
「いやね、さすがにキミが哀れになってさ。何の能力も持たない凡人のキミには、色々とハード過ぎて、見てて可哀想。本来はこんなプラスにしかならない介入はしないんだけど……。僕、本当にキミを気に入っちゃったみたい。キミを応援したいんだ」


そ、そんなに気に入られちゃったのか。
でもここまで応援されたなら、ますます頑張らない訳にはいかないな。
どうせ一回は死んだ命なんだし突っ走……れないか。
一回は死んだからこそもう死にたくない。苦しい思いも痛い思いも嫌だからね。
これからどうしようか考えていると、セレナーデが更に楽しそうに。


「僕は今までバッドエンドをメインに集めていたけど、頑張った人が頑張っただけ報われるっていうのも、良いよね。キミを見ていると考え方が変わるよ」
「あはは……私にどこまで出来るかは分からないけど、これからも頑張りますよ」
「そうしてみてよ。じゃあ僕はこの辺で消えるかな。この路地を奥へ進めば駅への近道だ。政府が訝しがらない内にノースエリアを出ちゃった方が良いんじゃないかな」


言い捨てて、セレナーデは言葉通りに消えてしまった。
“今までバッドエンドをメインに集めた”……とか気になる事は言っていたけど、今 私がすべき事はそれを気にする事じゃない。
これからどう行動すべきかを気にして考えないと。

取り敢えずスマホの中を見てみると、連絡先など大抵のものは、私が元持っていたガラケータイプの市民証から引き継いでるみたいだ。
ピーチ姫達の連絡先は袂を分かった時に、私からレジスタンスの情報が漏れちゃいけないと思って消去してしまった。
結局は私から情報を引き出されてしまったけど……。
どちらにせよピーチ姫達がアンドロイドの事を知っているなら、連絡なんて出来ないか。

……どうでもいいけどスマホだの何だの言ってたら、“アンドロイド”の単語の意味を某プラットフォームと勘違いしそうだ。
アンドロイド=人型ロボットねオッケー分かった間違えない。

リンク達はどうしよう、心配してるだろうし無事だけでも伝えようかな……?
なんて考えながらアドレス帳を見ていたら、ふと目に留まった一つの連絡先。


「……サムス」


彼女はこの世界では、警備会社に勤める警備員。
しかもボディガードの仕事まで請け負ってくれるらしい……。
サムスに出会ったあの旅行から一ヶ月近くが経とうとしているけど、今更 連絡して取り合ってくれるかな?
いや、仕事の依頼をするんだから連絡頻度なんて関係無いよね。

セレナーデに貰ったお金の使い道、決まった。
今はピーチ姫達やリンク達の所には行かず、身の守りを固める事に専念しよう。

ただ私の状況はかなり特殊で、相手は政府だ。
身を守って貰うに当たって私の置かれている状況を偽ると、彼女も判断を誤ってしまう可能性があるよね。
だけど正直に話すと断られてしまう懸念がある訳で。
正直に話すべきか、ボカして大事な事は言わずにおくべきか……。


「……ええい、迷ってる時間が惜しい。ひとまず連絡しよう」


真新しいスマホ型の市民証を操作してサムスに電話を掛けると、3回目の呼び出し音が終わる前に繋がった。


「もしもしサムスさん、コノハです」
『コノハか、一ヶ月振りくらいだな。元気にしているか?』


いいえ死にました。

なんて言ったら質問責めが始まりそうなので言わない。
2、3軽く言葉を交わしてから、さっそく本題に入る。


「サムスさん、今お仕事入ってます?」
『いいや。昨日 展覧会の警備の仕事が終わったばかりで、今は仕事は入ってない』
「良かった。ボディガードをお願いしたいんです。それに付け加えて大事な話もあります」
『……なら会って話をしよう。こちらから出向こうか』
「いいえ、私がそちらへ向かいます。ええと、警備会社のビルに行けばいいですか?」
『ああ。今から来るのなら準備しておく』


今から向かいますと言って、通話を切る。
これ以上ノースエリアに留まるのは危ないだろうし急いで離れないと。

警備会社イージスはウエストエリアにある。
市民証のナビを頼りに列車に乗ってそこへ向かい、受付でサムスに連絡して貰った。
応接室に通されるとサムスがソファーに座っている。


「来たかコノハ。さっそく見積もりをしよう」
「はい」


ガラスのテーブルを挟んだ向かいのソファーに座り、事務員の女性がお茶を出した後に退室する。
その間に私は市民証を手元に用意すると、メモに打っていた文章を画面に表示してサムスに渡した。


「? どうした」
「ボディーガードの件なんですけど、時間制ではなく日数制で、常に行動を共にして頂く事は可能ですか?」


言いながら市民証を見るように手で促す。
サムスは怪訝な表情をして私の市民証に表示された文章を読んでいたけれど、その顔はみるみるうちに驚きに染まって行った。

市民証の画面に表示したのは、政府に狙われているという事。
死んだ事やアンドロイドの事は書いていないものの、市長に捕らわれた事やレジスタンスが友達だという事、
この仕事を引き受ければ政府を敵に回す事になると書いている。

警備会社の打ち合わせなら録画や録音をされているかもしれない。
直接言わず、文章の事を避けながら当たり障りない会話を続けた。
サムスも意図を汲み取ってくれて、文章の事には触れずに喋る。


「時間制ではなく日数制のガードも可能だ。日数が続くようならそれなりに割引も出来るが、睡眠中も含め本当に24時間ガードして欲しいなら、最低でも3人以上で仕事に当たる事になる」


いくら相手がサムスだからって、レジスタンスの事や政府に狙われている事を軽々しく明かし過ぎだとは自分でも思う。
だけどこれから暫くの間は一人で政府を相手にし続けなければならない。
そんなの無茶すぎるのに、アンドロイドの事を知ったピーチ姫達やピカチュウ達には頼れないんだし、(多分)昔の王国の事など無関係な人の中で、頼れそうなのはサムスだけ。

つまり彼女に協力を仰げないなら“詰み”が急接近する状況なのだから、全面的に守って貰うにはちゃんと私の置かれた状況を伝えなければならない。
これで断られれば恐らく私は終わりだろうから、黙っていようが同じ事。
サムスは市民証を私に返した後、一つ息を吐いてソファーの背もたれに寄り掛かった。


「大変な事になっているみたいだな」
「はい。一人で何とかしようと思っていたんですが、せっかくサムスさんに出会えたので」
「……」


サムスは何か深く考えているっぽい。
それはそうか、これを引き受ければ政府を敵に回す事になる。
でも瞬時に断られないだけ望みはあるような気がした。
こういう街なら政府を敵に回すと分かっただけで即断られる可能性が高いよね。
……ひょっとして引き受けて貰えるんだろうか。


「コノハ。私は一つ、とても後悔している事があるんだ」
「? 何ですか」
「私にはハヤという名の妹が居た。血は繋がっていないが、確かに私の大事な妹だ」
「……“居た”?」
「私を慕ってくれていたあの子は、私と同じ職業に就き、そして2年前に死んだ」


突然始まった、私とは違う方向の深刻な話に思わず息を飲む。
仕事の話をしている最中に話し始めるのだから、きっと何か関連性があるんだろう。


「あの日ハヤから、大事な話があるから来て欲しいと連絡が入ったのだが、仕事終わりで疲れていた私は少々後回しにして、待ち合わせに遅れてしまったんだ。そして待ち合わせ場所に着いた私が見たのは……殺人事件の現場だった」
「えっ……」


サムスの話によると、以前にストーカー被害を受けている女性の護衛を担当していたそうで、その犯人が逆恨みして妹さんを殺害してしまったのだそう。

あの日、もっと真剣に妹の話に取り合っていれば。
あの日、時間通り待ち合わせ場所に着いていれば。

それからずっと、後悔し続けているって……。


「コノハ、お前はハヤに似ているんだ。顔は特に似ていないのに、雰囲気や印象が奇妙な程にハヤを思い起こさせる」
「……」
「これは誰かがくれた、贖罪の機会なのかもしれないな」


“神”ではなく“誰か”というのは、彼女が神というものを信じていない証左だろうか。
私が知ってるこの世界の神は、随分と気さくで掴み所が無い美人さんだったけど。
えっと、つまりこの流れは、協力してくれるって事で良いんだよね?


「以前にイーストエリアで出会った時から、ずっとお前にハヤを重ねていた」
「だから観覧車に誘って下さったり、名刺を下さったりしたんですね」
「ああ。そしてさっきの電話で大事な話があると言われた時は……どんな内容だろうが協力しようと思ったよ」


私が大事な話があると言ったのと、ハヤさんに大事な話があると言われたのが被って見えたのか……。
その大事な話を蔑ろにして遅らせた挙げ句にハヤさんは死んでしまった。
時間通り待ち合わせ場所に到着しても間に合わなかった可能性もあるし、そもそも犯行動機がストーカーの逆恨みなんだから、
サムスが遅れたせいでハヤさんが死んだ、なんて事は決して無いと思う。
でもサムスは自分が許せなくて……私にハヤさんを重ね、協力する事で許されようとしているんだ。

別にそれでも構わない。
寧ろ自分なんかが誰かの感情の整理に役立つなら喜んで使われる。


「コノハ、お前のボディガードを引き受けよう。金も必要ない」
「え!? タダ働きなんて悪いですよ、ちゃんと正規料金払いますから!」
「それなら経費だけくれないか」
「報酬もお支払いします!」


いくら自分が感じてる罪を清算したいからってタダ働きする必要ないじゃん!
ていうか会社に所属してるんだから、タダ働きなんてしたら困るの会社でしょ!
もしかして会社に行くお金全部を自分のお給料や貯金から捻出するつもりなの!?


「会社はやめる。そうするしかない」
「あ、え、すすすすみません! この話は無かった事に!」
「引き受けると言っただろう。これはお前の為だけではない、私の為でもあるんだ」
「でもそれと報酬を支払わないのは別問題ですよね」
「なら一日5万+必要経費、という事でどうだ」
「……それでも破格の安値ですよね? 前に調べた時、相場は一時間につき数千〜一万程度+経費、って見たんですけど。それに付きっ切りなら割り増し料金とかになるんじゃ……」
「ただ私一人でガードする事になるから、就寝時などどうしても手薄になる時がある。普通は二人以上で組んで一人の依頼人に当たるからな」


あ、これもう これ以上 譲歩する気が無いな。
私の言葉無視して話を続けちゃったな。
それじゃあ私マジでお言葉に甘えるからね。
割と追い詰められてる状況だし、支出を抑えられるなら遠慮なんてしないからね。
言い出したのサムスだから負い目には感じないよ、うん。

一人だとどうしてもガードに限界があるのは仕方ない事。
一人でも味方が居るってだけでだいぶ心強いし、その人は戦い慣れしててしかも任天堂キャラと来た。
今の私にこれ以上の好条件を持つ味方は存在しない。


「ではコノハ、今後どうしたい?」
「取り敢えず……“これからどうするか”を決めます」


現世へ戻って来るに当たって、アンドロイドがピーチ姫達の所へ行くのを止める事だけしか考えていなくて、それを達成した今 目的が無くなってしまった。
ピカチュウ達に会いたいけど私が死んだ事やアンドロイドの事を知ってるなら、私がコノハ本人だって言っても信じて貰えないだろうし。
レジスタンス達が政府を倒すまで彼らの邪魔をしない事が大事で、それを達成するにはグランドホープから離れるのが一番だけど。


「サムスさん、グランドホープから他のポリスへ行く事は可能ですか?」
「不可能だな。知っているだろうがこの街から出るには厳しい審査を受けねばならない。密かに出ようにも街の周囲が海なのがネックだ。隠れる場所が無いからすぐ見つかる」


“私達が政府にばれずに出て行く事”は可能か、と訊いたつもりが言葉足らずになったけど、サムスはいとも容易く言葉の意味を汲み取って返してくれる。
置かれている状況から考えて、すぐに相手が言いたい事を導き出すんだなこの人。凄い。

高速列車か飛行機に密航できれば良いけど、こんな街だとリスクが高すぎるか……。
市民登録してない人(旅行者なら旅行者用パスを持ってない人)が建物に触れるだけで通報されるような街だ。
余所のポリスへ行くのに厳しい審査が必要なら、正しい手続きを取っていない人が飛行機や高速列車に触れるだけで通報……なんてありそう。

今の私は、政府が10年かけて造り上げた、たった一体しかないアンドロイドを自由に出来る状態。
切り札に成り得るかもしれないけど、同時に非常に危険でもある。
そんな私がこの状況で為すべき事は何だろう。


「コノハ。お前の“友達”に協力しなくていいのか?」
「……それに関しては理由があって、彼女達へ近付く訳にはいかないんです」
「何か深刻そうだな。分かった、深くは聞くまい」


仕事上の事だからだろうけど、何も訊かれないから本当に気が楽だァ……。

さて、特にやる事が無い、余所のポリスへ逃げる事も出来ない。
そんな私がやるべき事を考えていたけど、決まった答えにしか辿り着けなかった。
それは政府に捕まらないようにする事と、レジスタンスの邪魔をしない事。

けれどいつまで逃げていれば良いんだろうか。
レジスタンスが政府を倒すまで……なんて言っても、何年掛かるか分からない。
いくら800万人が暮らす、小さな都道府県レベルの広大な都市だからって、厳しい管理の中で何年も逃げるのは難しいだろう。

取り敢えず私達は管理会社を後にして、人通りの少ない道を選んで歩きながら話し続ける。
サムスは本当に退職願を出したみたいで、すぐにはやめられないけれど、万一 政府と渡り合っている事が知れたらすぐさまやめさせてくれるよ、と笑っていた。

……私、ひょっとして一人の人生変えちゃった?
今更後悔しても遅いけど、物凄いプレッシャーだ……。
でもそれを考えるのは後回しで、今は自分の事が大事。
そうしないと協力してくれたサムスまで危険に晒してしまう。


「やっぱり一所に長く留まらないで、各地を転々とするべきですよね」
「ああ。ところでお前が指名手配される可能性は?」
「暫くは無いと思います。犯罪の濡れ衣なども無いかと」


民間人に紛れ込ませて、反政府思想を持つ人を取り締まる為に造ったアンドロイド。
そんなものを指名手配して犯罪者扱いしてしまったら、民間人に紛れ込ませる事など出来なくなる。

あまりに手元に戻らないようなら指名手配して捕らえ、最終手段として外見を作り替えられるかもしれない。
けどピーチ姫達や昔の王国の象徴であるピカチュウ達と繋がりを持つ私の外見は、レジスタンスの取り締まりに便利だろうから、そうそう変えられないと思う。
それにガノンドロフはまだ、私の精神が甦ってこのアンドロイドに入っている事を知らない筈だ。


「指名手配や犯罪者扱いの可能性が低いなら、人目のある場所で過ごした方が都合が良いな。……ところで腹は減っていないか?」
「え、あ、……空いてます」


言われてお腹が減っている事に気付いた。
このアンドロイドすごい、こういう身体機能や特徴まで普通の生物と同じなの!?
やっぱり体は機械なんじゃなくて、生き物と同じ造りなんだね。
さすが10年もかけて造っただけの事はあるなあ。


「それなら腹ごしらえでもしよう。こういう時こそ体調をしっかり作らないとな」
「……はは。なんか置かれてる状況忘れちゃいそうです」
「気を抜いてはいけないが、張り詰め過ぎも良くない。落ち着いて行動しろコノハ、私が必ず守ってやる」


お願い致しますお姉様ァァァァ!!
頼もし過ぎますお姉様ァァァァ!!

……せっかく自由の身になれたのに、ピカチュウ達に会えないのは寂しい。
だけど私の死を知られた以上、彼らに会う訳にはいかない。
次に会えるのはいつだろう。最低でもレジスタンスが政府を倒した後かな。
リンク達にも会いたいけど、巻き込んじゃう恐れがあるから駄目だ。

会いたいな、なんて寂しくなる心を無理やり押し込めて、私は敵がだいぶ増えたグランドホープをサムスと一緒に歩いた。





−続く−



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