グランドホープ

act.16 享年18歳



残念な事に私は英雄でなければ救世主でもない。
女神とか巫女とか姫とか、そういう よくある夢主みたいな立場でもないし、
時代や世界に必要とされている訳でもない。
当然、役に立ちそうな特殊能力なんて全く持ってない。
そんな私がここまで来られただけで、よくやったと思うんだ。

よくやった、自分。
コノハ、お前は頑張ったよ。
いつかのアイクじゃないけど、彼みたいに私の事を自分で褒めてみる。

凄いね、思いっ切り頑張ると自分で自分を素直に褒められるんだ。
うんうん、最後は格好良かったぞ私。
最後の最後は見苦しかったけど、その前はね。
お父さんとかお母さんとか、マナとかケンジとか、
それにピカチュウ達が見たら、あまりの格好良さに驚いただろうな。

見せたかったな。

どうだ、凄いだろ! 私はここまで頑張れるんだぞ! って。
ドヤ顔で自慢してやりたかったな。
きっとみんな私の事を見直してくれるだろうな。


ねえ、泣かないで。
でも私の為に泣いてくれてありがとう。


夢小説みたいに突拍子も無いけれど、
限りなく現実に近かった“私”の異世界の日々は、これでおしまい。


+++++++


「……う?」


目が覚めた時、真っ先に感じたのは体の不自由だった。
その上、視界がぼやけて周囲を上手く確認できないし、何だか体中が怠くて二度寝してしまいたかった。
けれど段々と視界がはっきりして来て、視界に映るものが何だか分かった瞬間、私の意識は急速に覚醒してしまう。


「あ……!?」
「目が覚めたようだな」


ガノンドロフ。
あれ、私、彼に殺されたんじゃなかったっけ。
生きてるみたいだ……けど何で体が上手く動かないんだろう?

ガノンドロフを視界に映して脳が覚醒したお陰で、その疑問はすぐに解決した。
私は今、機械のような椅子に座らされてる。
けど手は肘置きに枷でがっちり固定されてるし、腰も背もたれに、足は下の方でこれまた固定されてる。
そして頭を覆うように妙な機械が取り付けられて、そこから延びたコードがどこかに繋がっていた。


「な、え……」
「コノハとか言ったか。これから貴様には色々と訊かねばならない訳だ。貴様があの小鼠どもを連れている以上、既に関わりがあるのだろう。昔の王国の関係者を洗いざらい吐け。そうすれば助けてやる」


ああー……。
もしかしてこれってアレですか。私これから拷問されるんですか。
今のうちにマリオ達レジスタンスの事や、関わっているっぽいピット達の事を話せば助けて貰えるんですか。

なんて軽く思う事で自分を落ち着けようと試みるけれど、難しい。
無理だよ、痛いのも苦しいのも嫌だ。
体が震えるのを抑えようとしても不可能で、私の歯がカチカチ鳴るほど震えてしまった。
それを見たガノンドロフは、楽しげに笑みを浮かべている。


「恐ろしいだろう、これから何をされるかすら分からんのは。全て喋れば助けてやるが……このままで居るのも時間の無駄だ、さっさと吐け」
「……」


ガノンドロフは尊大で自信に満ちた態度をしていて、私が喋る事を確信しているみたい。
どうせ自分可愛さに仲間を売るだろう、このコノハという小娘はその程度の存在だろう。
そう考えているのが手に取るように分かる。

……あれ、なんかムカ付いて来た。
そもそも私 今、喋る気あったかな?
怖くて震えてしまったけど、喋るという選択肢は一瞬も浮かばなかった。

ああ、よかった。
私は自分だけを守る為に友達を売るようなゴミクズじゃないんだ。


「……私が昔の王国について知っている事は、既にお話ししたあれが全てです」
「黙っているのは身の為にならんぞ」
「そんな事を言われても……本当に知らないんです。ずっと昔の事なんでしょう? 私まだ17歳ですよ」


というか、ガノンドロフだって確信が無かったじゃないか!
ピカチュウの事は知ってたけど、それ以外のレジスタンスとの繋がりだって、ぜんっぜん知ってる素振りも無かったよね確か!
これで納得してよお願いだから、痛いの嫌だぁぁ……絶対 我慢できない……。

ガノンドロフは私が何も喋らなかった事に驚いたのか、少し目を見開いて黙った。
……けどそれもほんの数秒で、すぐに くつくつ笑い出す。


「フフ……思ったより根性があるようだ」
「……」
「調べたのだ、貴様が初めてシェリフに保護された当日の事を」
「保護?」


それって、最初にこの世界に来た日の事だよね。
あれ保護じゃなかったじゃん、射殺されかけたじゃん……。
その日に何かあったかなァ? と少し呑気に考えて……やがて血の気が引いた。

あの日、ピーチ姫が私を引き取ってくれたんだ……!


「身寄りが無い貴様を親切にも引き取った女が居たな? さて……何故、初対面の貴様を引き取ったのだろうな」
「一緒に暮らしていて分かりましたが、彼女はとても優しい人でしたから」
「その優しい女の元を、なぜ貴様は離れたのか」
「……それは、何の繋がりも無い人なのに いつまでもお世話になるのは悪いでしょう。仕事を斡旋して貰い、給料を得て生活基盤が整ったので彼女の家を出たんです」
「そこで俺は考えた。あの女は小鼠を見て貴様を引き取ったのではないか、貴様があの女の元を離れたのは、反政府活動にでも巻き込まれそうになったからではないか」


ちょ、ちょっと、完全に当たりなんですけど……!
っていうかヒトの話聞けよこの魔王!

まずい、この話し方、完全に確信してる話し方だ!
じゃあ拷問なんてしなくていいじゃん、もう分かってるじゃん!


「昔の王国の関係者でなくともいい。反政府活動をしているような愚か者の情報を知っていたら話せ。そうすれば貴様は無事に帰してやる」
「本当に知りません。あんな穏やかで優しい彼女が、反政府活動だなんて恐ろしい事をするとも思えませんし」


心臓が高鳴ってうるさい。汗が流れそう。
もういい加減に諦めてよ、私は何も話せない……!


「……貴様が働いていたのは、自然食物生産工場だそうだな」
「……!」
「工場の監視をしていたシェリフが働いている貴様を見たと言っていた。防犯カメラにもしっかり映っていたから間違いは無いだろう。貴様は昔の王国の事を知っている上に小鼠どもを従えている。そんな貴様を保護した者が、自然食物生産工場と繋がっている……。これはもう無実を信じる方が難しいな」


私が、この世界に来たからだ。
私さえこの世界に来なければピーチ姫達がピカチュウと関わる事なんて無かったし、こうして捕まって情報を引き出される事も無かった。
私が来た事で、彼女達に疑いの目を向けさせてしまった。
もし情報を吐いてしまえば、いずれピーチ姫達だけでなく、ピカチュウの事を知っていたピット達にまで辿り着かれるかもしれない。


「もう一度訊く。洗いざらい全てを話せ。……もしや俺が約束を反故にして、話を聞いた後に貴様を殺すと思っているのか?貴様如き何の能力も無い小娘が一匹生きていた所で、俺には何の支障も無い。さっさと話してこの塔から出て行くがいい。そして二度と関わるな」
「何も知りません」


やっぱり私は、先の事を考えられない性分みたいだ。
拷問なんかされたら絶対に吐くだろうなと思っていたのに、今はそんな気が全くしない。
話さない。私は絶対に話さない。拷問されようが絶対に吐くもんか!

ここまで断ればもう拷問が始まるだろう。
怖い、ひたすら怖い。

……怖いけど、自分だけが助かる為に友達を売るような真似は、絶対にしない!
そう誓い、虚勢を張りながら必死にガノンドロフを睨み付けた。


「……愚かな小娘だ。喋れば助かったものを」
「……」
「貴様のような無価値の小娘が、そんな生意気な目をするとは虫唾が走るな。その顔を今から絶望に染めてやろう……見るがいい」


ガノンドロフは私から離れると、前方にある壁際のスイッチを押す。
すると壁がスライドして開き……そこにあったものに、驚いた私は軽く悲鳴を上げてしまった。

それは私と同じように椅子に座らされ拘束されていた。
頭を覆うように妙な機械が取り付けられているのも同じだけれど、眠っているのか目を閉じてぴくりとも動かない。

そしてその顔は、背格好は。
私と全く同じで……。


「え、な、これ、私……!?」
「あれから貴様を4日眠らせていたのだが。これはその間に作らせた人造人間……アンドロイド」
「4日で……ここはそこまで文明が高い街なの……!?」
「何も基盤から4日で作った訳ではない。十年前から、民間人に紛れ込ませ反政府活動を取り締まるアンドロイドを研究していたが、ほぼ完成したのでな、実用実験ついでだ」


実用実験……それでどうして私そっくりに作る必要が……?
まさかあれに私の振りをさせて、ピーチ姫たちを油断させようと……!


「このアンドロイドに足りないものは情報。……脳の情報だ。そこで貴様の脳から情報を吸い出し、あれに移そうという訳だ」
「え……」


私の脳から、情報を吸い出す……?
コピーとかじゃなくて、情報を“吸い出す”?
吸い出して、あれに移す……って、ちょっと待ってよ。
そうしたら この私の体はどうなるの。

……どう、なるの?


「いちいち容疑者を捕らえて尋問していてはキリが無いし、すぐ喋るとも限らん。あまり時間を掛けては対策を練られる恐れがあるしな。貴様のアンドロイドを餌に情報を集めて、レジスタンスの愚か者共を全滅させてやる」
「あ……あ……」
「……知りたいか? 脳の情報を吸い出された後、貴様がどうなるか」


いやだ。
いやだ、知りたくない。


「脳から完全に情報が失われれば死ぬのみ。抜け殻となったその肉体にも、貴様の存在自体にも、もう用は無い」


何も喋れなかった。あまりの恐怖で。
目を見開き、恐怖にガタガタ震える私を見て、ガノンドロフは再び勝ち誇った笑みを浮かべた。


「さて、これが本当に最後のチャンスだ。……貴様が知る情報を全て話せ。何もかもだ。そうすれば助けてやる。アンドロイドに脳の情報を移すとは言っても、その情報を他者が直接 覗ける訳では無いのでな。民間人に紛れ込ませる以上、他の市民と違和感が出ないよう基本的な言動は本体に任せるしかない。まだ一体だけしか居ないあれに任せるより、貴様から情報を得た方が圧倒的に早い筈だ」


死にたくない。
でも、友達を売りたくない。
私の力では、その両方を取る事なんて出来ない。

これは市長室で尋問されていた時とは違う、はっきりとしたDead or Alive。
ここで友達を売らなければ、私は死ぬ。
でもピーチ姫達を売ってしまえば、彼女達は……。

ピカチュウはどう思うだろう。
私が自分可愛さにピーチ姫達を売っても、きっと彼は甘やかしてくれるだろう。
コノハが無事ならそれで良いよと言うだろう。
いずれピット達まで害が及んでも許してくれるだろう。
本当はどれだけ辛くても、苦しくても、それを隠して。

スッと、頭が冷えた。
ここで助かりたいと思うのも、生き物として当然。
生きたいという欲求は生物としておかしい事じゃない。

……それでも、私は。


「早く話せ、小者が粋がるのも そろそろ終わりにしろ。どうせ最後は話すに決まって……」


「知らないって言ってるだろうがッ!!」


自分でも驚くくらい、腹の底から大声が出た。

とにかく腹が立った。
友人であり大好きな任天堂キャラである彼女達を売るよう強要される事や、私を見くびられている事に対して。

ガノンドロフは一瞬だけ真顔になったものの、直後その額に青筋を浮かべる。
そして近くにあったコンソールの元へ歩いて行った。


「調子に乗ったな小娘。……苦しみ、恐怖し、後悔しながら死ぬがいい!」


奴がコンソールに何かを入力した瞬間、私の全身を襲う痛みと苦しさ。

特に頭が……頭が割れそうに痛い!


「イヤァァァァッ!! 痛い、痛い痛いいたいいだいぃぃぃいぃッ!!」


拘束された手足が千切れそうなほど力を込めて暴れても、枷はびくともしない。
そのうち激しい乗り物酔いのように脳が揺さぶられる感覚がして、私は嘔吐してしまう。


「ゔお゙え゙ぇぇぇ……ッ」
「フン、こうなると哀れだな。吐瀉物に塗れて汚らしく死んで行くとは」


そう遠くない場所に居る筈のガノンドロフの声が、遠い。

……ガノンドロフ?
何だっけ、それ……。

あれ、何で私、いま、こンな、くる しぃ おもい  し  テる    の


「だずげでお゙がァ゙ざん゙!! だずげで!! あ゙ぁあ゙ぁあ゙あ゙ぁぁぁぁぁあ゙ぁぁぁっ!!!」
















「ピカチュウ、おい、ピカチュウ!」


ピカチュウとルカリオが囚われている部屋を、誰かが開いた。
何も無い真っ白な部屋に閉じ込められて18日程度、気が狂いそうになっていた二人は、虚ろな目でそちらを見る。
そこに居たのはアイクで、彼には珍しく汗を流して焦燥していた。


「あ、アイク……」
「やられた……コノハの部屋の鍵を開けられていた!」
「え……確かアイク、もう次にコノハが部屋から出るのは脱出の時だから、それまで出る必要も無いって密かに鍵を変えてた筈じゃ……」
「ああ。ルフレにも銃の訓練を中止するよう言っておいた。ガノンドロフも今までコノハを放置していたのに急に……何故だ……! とにかく一緒に来てくれ! もう黙っていられない!」


有無を言わさない勢いに、ピカチュウとルカリオも彼に従う。
連れて行かれたピット達の事も気がかりだった為に動けなかったが、こうなってはコノハを優先するしかない。
アイクは昔の王国を復活させる事に執念は無いので、反政府活動をしているレジスタンス達の安全は二の次。
ピカチュウやルカリオとしては複雑だったが、コノハの身に危険が迫っているとなれば、もう二兎は追えない。

アイク達はタワー内を走り、やがて来賓室がある階の警備を担当しているシェリフを見付け詰め寄った。


「おい、市長の客人はどうした!」
「え、ジェネラルインストール様……?」
「答えろ!」
「は、はあ、市長室に訪問した後の事は何も……」
「何か変わった事は!?」
「変わった事と申されましても……。あ、そう言えばさっき、兵士達が研究室から大きな箱を運び出していましたが……」


恐縮しているシェリフに構わず、兵士達が向かった先を聞き出して向かう。
そこはタワーの中層、ある大きな施設がある階。
前方に大きな……まるで棺のような大きさの箱を抱えた4人の兵士を見付け、ルカリオが身体能力を活かして飛び掛かった。


「その箱を下ろせ!」
「う、うわぁっ!?」


兵士の一人に跳び蹴りをかまし、衝撃に傾いた箱を支える。
隙だらけになったルカリオを狙った兵士をピカチュウが電撃で攻撃し、アイクが一人を問答無用で斬り殺した。


「ひぃっ……!」
「いいか、今から俺が許可するまで動くな」


大剣を突き付けて脅すアイクに恐怖し、動かなくなったのを確認して箱を下ろさせる。
アイクは閉じられていた箱に攻撃を加え、無理やり蓋をこじ開けた。


「……」


中にあったのは、醜い死体。
顔は恐怖と苦痛に歪み、苦しみ抜いた挙げ句 死んだ事が窺える。
嘔吐したと思われる口元と服はそのままで、異臭を放っていた。

その死体を、ピカチュウも、ルカリオも、そしてアイクも知っている。


「……コノハ?」


呆けたような声を出したのはピカチュウ。


「ちょっと、やだ汚いよ。口元ちゃんと拭きなよ」


言葉の内容は日常会話のようなのに、喋り方は淡々として、目は見開き呆然とした表情のまま。


「ねえ、ちょっとコノハ。無視しないでよ。ねえってば。ねえ」


アイクはしゃがんで箱……棺の縁に手をかけたまま呆然としていて、ルカリオは口元に片手を当てて戦慄いていた。
そんな中でひたすらコノハに声を掛け続けていたピカチュウは、急に箱の縁に乗ったかと思うと、勢いを付けてアイクの胸ぐらを掴んだ。


「ふざっけんなぁぁぁぁッ!!」
「……」
「おい、何だよこれ! ボクはこんなの望んじゃいないんだよ!! お前はコノハを最優先するんじゃなかったのかよッ!!」
「……」
「何とか言えよ!! そりゃボクとルカリオだってコノハを守れなかったよ! だから責任は僕らで三等分だ! だけどアイク、お前は自由に動けただろ! ならお前はコノハの傍に居るべきじゃなかったのか!! それが出来たのはお前だけなんだよ!!」


途中からぼろぼろと涙を零しながら、それでもピカチュウはアイクへの罵倒をやめなかった。


「どうしてコノハの傍に居なかった!! まさかヨリへの罪悪感か!? ヨリを守れなかった自分はコノハの傍に居る資格も無いってか!? でもお前は結局コノハに近付いただろッ! それを見てボクは安心したんだ、お前が傍に居てくれるなら、例えボクが居なくてもコノハは大丈夫だって!」
「……俺、は……」
「言い訳すんなぁぁっ!! 聞きたくないんだよ! もう何も聞きたくない! ボクはコノハの声が聞きたいんだよっ!!」


そこまで叫んで、ピカチュウは棺の中へ飛び込んだ。
そして醜く歪んだコノハの顔に縋り付く。


「コノハ……可哀想すぎるよ、こんな……。苦しかったの? 痛かったの? もう大丈夫だよ、すぐに綺麗にしてあげるから待っててね」
「……コノハ様っ……私は、二度も、主を……」


ルカリオも涙を零し、嗚咽を漏らし始める。
アイクはそれでも呆然としていたが、ややあってコノハの顔に手を伸ばした。
痛みに見開いた目を閉じさせ、苦しみに歪んだ口元も閉じさせる。
そうしてコノハの死に顔は、安らかになった。


「……コノハ、もう苦しくない。お前はもう苦しくなんてないんだ」
「遅いよ、馬鹿アイク……!」


そう言ったピカチュウはそれ以上、アイクを罵倒する気は無くなったようだ。
アイクは自分に泣く資格は無いと思っているのか、目に涙を溜めるだけで泣きはしなかった。


「……死化粧くらいしてやらんとな」
「綺麗な服も着せてあげよう。うんと着飾って、お姫様みたいにしてあげるんだ」


優しげな声で会話するアイクとピカチュウに、3人の兵士は呆然とするばかり。

……この階には、ある大きな施設がある。
ゴミを燃やして処理する、そんな施設が。


「……コノハ様を燃やそうとしたのか。ゴミと一緒に……!」


ルカリオが冷酷な瞳で兵士の一人に歩み寄って行った。
その殺気に怯え、尻餅をついてガタガタと震える兵士。


「わ、私どもは命令されただけでっ……!」
「市長の命令か」
「はいっ……!」


アイクも立ち上がり、大剣を構えながら兵士に近寄った。
そして剣を突き付けると憎々しい声で指示を出す。


「遺体は俺達が預かる。そしてこの事は誰にも言うな。分かったな」
「は、はい! 決して誰にも話しません!」
「そうか」


次の瞬間、アイクは剣を一閃させ、兵士の首を刎ねた。
恐怖に戦いた残り二人の兵士が逃げそうになり、ルカリオが一人に飛び掛かって思い切り首をへし折る。
その間にアイクが残った一人を斬り殺した。

アイク達は4人分の兵士の遺体をゴミ処理施設に放り込む。
そしてピカチュウは通路の全面窓から見える街の景色を見下ろし、ありったけの憎悪を込めて呟いた。


「ルカリオ、アイク。ボクはこの街を滅ぼすよ」
「私も共に行こう。この命は元より捨てた命……復讐に捧げる事に抵抗は無い」
「俺も無論そのつもりだ。待っていろガノンドロフ、コノハが受けた以上の苦しみを味わわせてやる……!」


彼らが一番大事に想う少女は、もう居ない。
復讐を誓った三人は行動を開始した。


++++++


「コノハ」
「……」
「コノハ」
「……?」


声が聞こえる。
少しだけ嗄れたような……けれど優しい声。
重い瞼を開けると、倒れた私を覗き込む懐かしい顔。


「お、お婆ちゃん……!?」
「ああ、コノハ……あなたって子は……!」


どんな女性にも『こんな歳の取り方をしたい』と思わせる、淑やかで小綺麗な老婆。
間違いない、この人は私の祖母、ヨリお婆ちゃんだ。
どうして……と思った瞬間 私は、自分の身に降り掛かった悪夢を思い出す。


「あ……あ、ああ……」
「コノハ、もういいの。全部終わったのよ」
「お婆……ちゃん」


我慢できなくなった私はお婆ちゃんにしがみ付くと、小さな子供のように泣きじゃくった。


「うわああああぁぁぁっ!」
「コノハ、あなたは友達を庇って……あんな……目に……」
「こわ、か、った……! 怖かった、怖かったぁぁぁっ!!」
「うん、怖かったね。苦しかったね。もう大丈夫。あなたを苦しめるものは何も無いわ」


お婆ちゃんも涙を流している。
私は暫くお婆ちゃんに甘えるように、ずっと泣いていた。
お婆ちゃんは優しく抱き締めてくれて、背中を優しく叩いてくれて。
まるで、味わった苦しみを早く忘れるようにと。
私も もう何もかも忘れたい、何も考えたくない。
そう思っていた私の背後から、嫌に明るい声。


「いやあコノハちゃん、あっぱれ! 君は素晴らしい!」
「!? あ、あなたは確か、セレナーデさん……」


振り返った先に居たのは、容姿も声も性別の判断がつかない、美しい銀の長髪と金の瞳の、美しい人物。
彼(?)は満面の笑みでゆっくり拍手をしていた。


「正直 僕はね、キミがここまで頑張るとは思わなかったんだ。多分ガノンドロフに情報 吐いちゃうだろうなって思ってた」
「な、み、見てたんですか……!?」
「キミは何となく察してるだろ? 僕は“設定”や“キッカケ”を創る側の人物。世界に起きた出来事で僕が知れない事なんて無いんだよ!」
「……それで、私に何を言いに来たんです。祝辞?」
「いや、頑張ったキミにご褒美として、もう一度チャンスをあげようかなって思って」


え? と、私は良い情報だと思って反応した。
だけどお婆ちゃんは険しい顔で私とセレナーデの間に立ち塞がる。


「待って。あなたがどんな立場の人かは知っています。けれど私の可愛い孫娘をこれ以上苦しめるなら、許しません!」
「ヨリちゃん、キミの意見は知らないよ。決めるのはコノハちゃん。ピンチのお友達を助けられると知ったらどうするかな?」
「……!」


心配顔のお婆ちゃんを制し、セレナーデの説明を聞いてみる。
ガノンドロフが作り出した私のアンドロイド。
あれに私の精神を入れてくれるという。


「まあキミはもう死んじゃったから、キミ自身が生き返る訳じゃない。あのアンドロイドはキミとは完全な別人、それは確かだ。でもキミの身体を完璧にコピーしてくれてたお陰で、周囲の人にはコノハちゃんにしか見えないよ!」


正直、心が揺らいだ。
もうあんな痛い思いや苦しい思いはしたくない。
本当に怖かった。あれ以上の恐怖はあるのかってぐらい。
でも、あれ以上の恐怖が無いなら。
もう他に何も怖いものなんて無いような気がする。
強いて言うなら、私が命を懸けて守った友人達に危害が及ぶ事ぐらい。

……そうだよ、私、命を懸けて友達を守ったんだ。
そんな彼らが再び危機に陥るなんて……許せるもんか……!

あのアンドロイドに私の精神が入る事によって、反政府勢力を摘発する目的には使えなくなる。
まだあれ一体しか無いみたいだし、相当な痛手の筈だ。


「コノハ、もういいのよ。これ以上あなたが苦しむなんて耐えられない……! 私の事も話しておこうかしら……」
「おおっとヨリちゃんまだ言っちゃ駄目! まあ遠からず知る事になるだろうけど」
「あなたって人は……」
「さあ決めちゃってコノハちゃん! 早くしないとちょっとヤバイよ!」
「ヤバイ?」
「アンドロイドがもう起動してキミの知り合いの所に向かってるんだ。それだけでなく、かなーり強く復讐を誓っちゃった子達も居るね」
「え……!」


これはもう、迷っている暇は無い。
お婆ちゃんに思いっ切り甘えられて何だか心が落ち着いた。
私は……行かなきゃ……!


「お婆ちゃん、私、行くよ」
「コノハ……! 馬鹿な事はやめなさい!」
「ば、馬鹿って……決断を褒めて貰えると思ったんだけど」
「可愛い孫娘があんなに苦しんだ所へ戻るのを、止めない訳は無いでしょう!」


私だって本当は、久し振りに会えた家族にもっと甘えたかった。
だけど私は大事な友達を守らなくちゃいけない。
ううん、誰かに強要されてる訳じゃない。私が自分の意思で守りたいんだ。
それを告げると、お婆ちゃんは一つ息を吐いて私を抱き締めた。


「本当に……馬鹿な子……。だけど本当に勇気があって優しい子……。あなたが私に似なくて心から良かったと思うわ……」
「えぇーっ、私、美人なお婆ちゃんに似たかったんだけど……」
「ふふ、美人だなんて。でも外見が何ですか。若い頃の私より、今のあなたの方がずっと立派で素敵よ」


……若い頃に何かあったんだろうか。
だけど訊けないし、ゆっくり聞いている時間も無さそうだ。
また“次に私がここへ来た時”にでも教えて貰おう。


「会えて嬉しかったよお婆ちゃん。私、お婆ちゃんのこと大好き!」
「コノハ……」
「また会おうね。それまで私、頑張るから」
「ええ……でも無理はしないで。友達と力を合わせるのよ」
「分かってるって! っていうか私一人じゃ何も出来ないから、思う存分 友達に頼ります!」


泣きたいのを堪えて笑顔を作る。
ひょっとしたらお婆ちゃんもそうだったかもしれない。
セレナーデが少し急いだ様子で割り込んで来る。


「じゃあコノハちゃん、準備はいいかい?」
「はい!」
「うん、良い返事と良い顔だ。僕は今まで“主演の子”にそこまで深い思い入れは無かったんだけど、キミの事はすっごく好きかもしれない。頑張ってね。
 (まあアイクが替えたキミの部屋の鍵を戻したのは僕だし、ガノンドロフを焚き付けたのも僕なんだけど、これで許してね!)」


何かひっそり衝撃発言が聞こえた気がするけど無視しとこう。
セレナーデが手を翳すと、私の体が光に包まれる。
寂しそうな笑顔を浮かべるお婆ちゃんに満面の笑みを見せ、大きく手を振った。


「行って来ます、お婆ちゃん!」


大切な友達を守る為に。
私はもう一度、戦ってみせる……!





−続く−



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