グランドホープ

act.15 未来都市の支配者



「コノハ、コノハー」


私の名前を呼ぶマナの声。たまに見る故郷の世界の夢だ。
どうやら相変わらず大学生らしい私達は、いつものキャンパスで普通の生活をしている。
故郷でこれを“日常”に出来る日は来るんだろうか。


「こらー、話を聞けー!」
「お、わっ。ごめんボーッとしてた」
「ったく、彼氏が出来たからって浮かれてますなあ。ま、あんたがボーッとしてるのは今に始まった事じゃないけど」
「……」


はて、彼氏。
いつの間に私に彼氏が出来たのだろう。
一体どこの誰かと考えたら、ふと前に見た夢を思い出した。
確か私、ケンジに告白されたって……。

え、え、ちょっと待って。
時期が分からないけどまだ大学生だし一番可能性高いのケンジだよね?
えっウソ私まさか付き合う事にしたの信じられない!
これは夢だけど、何だか予知夢めいてると思ってしまってから、この夢の内容がいつか現実になるような気がしてしまう。


「で、で? 彼氏クンとはどうですかー?」
「どう、って、言われても……」
「ま、ケンジとは気心知れた仲だからねえ。やっぱり急に関係性が変わったりはしないか」


や、やっぱりケンジなんだ……!
うわー妙に恥ずかしい!
いつか元の世界に帰れた時、ちゃんと応対できないかもしれない!

出来るだけ悟られないように心の中だけでパニックを起こす。
何とか外面だけは平静を保っていると、マナが少し寂しそうな顔をした。


「やっぱり、時間が経つと変わっちゃうもんなんだよね」
「えっ?」
「何となく、コノハとあたしとケンジで、いつまでも変わらずに居られるような気がしてた。ううん……そうであって欲しいって願ってたんだ、自覚が無いままで。
 でもコノハとケンジが付き合い始めて、関係が変わってさ……。いつまでも変わらないままじゃ居られないんだよなあって思うと、ね」


ひょっとして私、ケンジと付き合い始めてからマナを蔑ろにしてるんだろうか。
ケンジとばっかり一緒に居てマナとの誘いは断り続けてるとか。
そんな不安が顔に出てしまったのか、マナは笑って手を振る。


「あはは、別に疎外されてるとか思ってないよ。寧ろもうちょい彼氏に構ってあげてってくらい、コノハはあたしと一緒に居てくれるし。
 ケンジにヤキモチ焼かれるのあたしなんだからさぁ、もっと相手してあげなよ」
「アイツがヤキモチなんて焼くのかな……」
「焼く焼く! あーあー、あたしもそろそろ恋人探そっかなぁ」


変わってしまったとマナは言うけれど、こうして変わらず親友で居られる。
そしてこの先何十年も、老人になってもずっと続けて行きたい関係だ。
ケンジも……正直 付き合うとかそういう事は実感し難いし、異性だから独身を続けない限りは変わらない関係なんて難しいだろうけど。
お互いに息災で、ずっと平穏に友人関係を続けられたら良いと思ってる。

……でも、私は本当にケンジと付き合ってしまうんだろうか。
ていうか……。


「……ケンジは私みたいなののドコに惚れたんだろう」
「惚れる要素なら結構あると思うよ? コノハはこう見えて優しいし」
「やさっ……やめてよ恥ずかしい」
「本当の事なのに〜」
「大体さ、ケンジならもっと美人とか狙い放題じゃない? 私みたいな凡顔女を彼女にして何か楽しいの?」
「別にブサイクじゃないんだから良いじゃん。ま、アンタのお婆ちゃんみたいな人が身近に居たら自信失くすのも分かるけどね。
 アンタのお婆ちゃんの若い頃の写真 見せて貰ったけど、すっごい美人だったねー」
「そうなんだよ、私にその血がもうちょっとでも受け継がれていたら……!」


お婆ちゃんの若い頃は本当に、どこのお姫様だってくらい美人だった。
私が実際に見た事があるのは歳を取った姿だけど、それでも気品が感じられる小綺麗なお婆ちゃんで、見ればどんな女性にも『ああいう歳の取り方をしたい』と思わせる程。

お婆ちゃんは母方だから、私は父方に似たのかな……。
い、いいんだお父さん似でも私が両親の子かつお婆ちゃんの孫って事に変わりは無いし!
それに目元とかちょっとしたパーツなら似てない事も無いし!

そんな会話をしながら歩いていると、前方に見知った顔。
……うわ、ケンジだ。


「コノハ」
「あ、やっほーケンジ……」


やっぱり上手く応対できない。
夢の中だけどすっごい気まずい……そう感じてるのは私だけなんだろうけど。
その通り、マナは何でも無くおちゃらけた調子を出して。


「おーっとケンジさんあたしはお邪魔かね!?」
「邪魔とは言わないけどもう少し遠慮しろよ。まだデートの一回もしてないんだぞ」
「え、ちょ、さすがにそこまでとは思わなかった! コノハ、彼氏 蔑ろにしちゃ駄目じゃん!」


付き合ってどのくらい経ってるんだろう。
デートをしてない事にマナが驚愕してるくらいだし、ひょっとしたら一ヶ月くらいは経ってるのかもしれない。
気温は暑くもなく寒くもなく、秋頃だって言われたら納得する。
3DSのスマブラの新作……forだっけ?
正夢になるかどうかは分からないけどあれ、確か前の夢で9月頃の発売だったよね。
じゃあ今は10月頃だったりするんだろうか。


「んもーコノハってば、恥ずかしいのは分かるけど告白OKしたんでしょ? なら覚悟決めて腹括ってケンジとデートの一つでもして来なさい!」


あたしは先に帰るからね〜、と笑顔で手を振りつつ去って行くマナ。
取り残された私は追い掛ける事も出来ずに立ち尽くすだけ。
お互いに黙ったまま、沈黙が数十秒は続いた後だろうか、ケンジが頭を掻きながら静かに口を開いた。


「……俺ら、付き合う前の方が自然に一緒に居られたよな」
「……そう、だね」
「でも別れるなんて選択肢は無いぞ。取り敢えずお前もうちょっと俺に慣れろよ」
「な、慣れろって言われても、ケンジとは高校の頃からずっと友達だし……」
「だからほら、今から遊びに行く。折角マナも気を使ってくれたんだしな。ゲーセンとかならお前も気負わずに遊べるだろ」
「ゲーセン……」


ふと思い出す。
この世界に来る前、ケンジと一緒に行ったゲーセン。
あそこでピカチュウのぬいぐるみを取ってくれたんだっけ、私のお金だったけど。
何だか妙に懐かしく感じるなあ。
いつだったか前に見た高校時代の夢で聞いた、マナの亜空の使者一緒にやろう発言といい、郷愁を覚えさせるには充分すぎる言動が忘れられない。

ん、とケンジが片手を差し出して来る。
手を繋ぐつもりなんだと分かって急に心臓が苦しくなってしまった。
だけどこれは夢なんだし、なら別に恥でも何でもないよねオッケー度胸見せろ私!
ドキドキしながらケンジの手を握って……。


「……」


おはようございまーす。


「…………ねーよ」


これはひどい。
もはやコントレベルのタイミングで目が覚めた。
私の決心を返せ。


捕まってからもう10日以上が経った。今日で11日目だろうか。
後々ルフレから聞いた話によると、この政府中枢の5000mの塔は【グランドタワー】って呼ばれてるみたい。
あっさりシンプルな名付け、嫌いじゃないよ。
っていうか名付けというより、いつの間にかそう呼ばれるようになった的な感じらしい。

銃の訓練は続けていて、そこそこ上達したと思ってる。
だけどこれから先どうなるかの見通しが全く立たないから不安が拭えない。
あれからアイクは来てくれないし、相変わらずピカチュウとルカリオにも会えないし。
暫くは一人で何とかするしかないんだよね……。
幸いにも毎日会っているルフレがそれなりに好意的だ。
彼女(現在は“彼”)とも良い関係を築いて行かなくちゃね。

今日の訓練は午後からだったと予定を確認する。
さて午前中は何をしようかな。
バイトする事も無いし、ルフレ以外に誰とも会えないから暇で暇で……。


「……ピット達とかリンク達は元気かな」


ピカチュウとルカリオはアイクが保障してくれてるけど、孤児院に送られたピット達の事は全然分かってない。
そして音信不通になってから10日ぐらい経っているリンク達。
私の事を心配してくれてるだろうか。何か行動しているだろうか。

でも探すとなると政府が相手になる訳で……。
お願いだから無理な深追いはしないで欲しい。
政府を敵に回したらこの街で生きるのが困難になっちゃうよ……。
連絡が取れたら、今すぐにでも私は大丈夫だと伝えるのに。

私のせいで彼らが死ぬような事になったら、耐えられるだろうか。
友人であり、大好きなキャラクターでもある彼らが自分のせいで。


「っあー……。駄目だ、どうしても考え過ぎる」


アイクに感情を吐き出して心を一新させたとはいえ、こういう臆病な所はなかなか治らない。
うだうだ考えなくて済むように早く銃の訓練したいなー、なんて考え、
午後までの時間を悶々とした気持ちで過ごしてしまった。


++++++


その日、グランドタワーの中層。
ルキナがコノハの事を訊ねる為に友人の元を訪れていた。


「ゼルダ、こんにちは」
「ルキナ。お仕事の書類でしたら送って下されば良かったのに」
「最近あまり会えないので、会いに来たんです」
「まあ」


ルキナの“政府のもっと高い地位に居る友人”とはゼルダの事だった。
和やかに笑顔で話し合う二人の雰囲気はまさに花だ。
テーブルを挟んだソファーに向かい合って座り、仕事の書類をゼルダに渡すルキナ。
それとなくコノハの事を訊く為に話題を振る。


「急に多数の孤児の受け入れがあって大慌てでしたよ。職員も急遽増やして……」
「確か10日ほど前でしたわね。お疲れ様です」
「こちらも急な事で大変だったんじゃないですか? 孤児はあれで全員だったんでしょうか」
「わたしの聞いた話によると、あと一人連れて来たそうですが……。どうやら孤児ではなく市長の客人だったようです。孤児院ではなく塔の来賓室にご案内したようですわ」
「来賓室に……」


きっとそれがコノハだろう。
しかし来賓室とは……かなり上層にある上、警備が非常に厳しいと聞く。
ルキナもまさかそんな厄介な所に囚われているとは思わなかった。

いや、ピット達に聞いた昔の王国の話。
あれを信じるなら王妹の血を引くコノハを放っておかないか。

取り敢えずコノハが囚われている場所が分かっただけでも収穫だ。
ゼルダと仕事の話や たわいない世間話をしたルキナは、頃合いを見て立ち去ろうとする……が。
その時 誰かが執務室の扉をノックした。
ゼルダが応対しに行き、やがて中に入って来た人物にルキナは驚く。


「ジェネラル、インストール……!」
「ん?」


ジェネラルインストール……アイク。
ピカチュウに聞いたらしいピット達の話の中に出ていた人物で、こんな所で出会えるとは思っていなかった。
昔の王国の象徴だったピカチュウと通じているのに、政府の一大組織であるシェリフを纏め上げる地位に就いている者。
味方になって行動してくれれば非常に心強い。

アイクはルキナがコノハの事を調べに来たと知らないらしく、疑問符を浮かべるだけで何も言わなかった。
代わりにゼルダがクスリと笑って。


「ルキナ、緊張しなくても大丈夫ですわ。意外と気さくな方です」
「あ、はい……すみませんでした」
「ああ、そういう事か。気にしなくていい」


どうやらルキナがジェネラルインストールに緊張しているのだと思ったらしい。
アイクはゼルダと仕事の話を始めてしまい、ルキナはその間に考えてみる。
ピット達がピカチュウに聞いた話だと、彼はコノハの事を最優先に考えているらしく、リグァン王国の復活に関してはあまり協力する気が無いらしい。
故にレジスタンスには ほぼノータッチと言っても過言ではなく、彼らを守ってくれるかどうかは分からない。
万一コノハに危害が及ぶようならレジスタンスさえ潰しかねないそうだ。

コノハの事を助けて欲しいと頼むのは構わないだろうけれど、レジスタンスに協力してリグァン王国を復活させようとしているピット達の事まで知られたら危険かもしれない。
いつかレジスタンスが原因でコノハに危害が及ぶような事態になった時、彼が“潰す”対象にピット達まで含まれてしまったら……。

孤児院の子供達はルキナにとって全員が大事な家族だ。
従弟のマルスが大切に思う友人であるコノハの事は心配だが、まだ会った事すら無い手前ルキナはピット達の方が大事だった。これは仕方ない事だろう。
考えた末、ルキナはジェネラルインストールに事情を話すのを断念する。

そもそもジェネラルインストールがコノハの事を最優先に考えているのなら、高い地位を利用して守ってくれているかもしれない。
希望的観測だが有り得ない話ではない……というよりその可能性が高いだろう。
少なくとも自分やマルス達、ピット達よりはコノハの事を守り易い筈だ。


「(すみませんコノハさん……せめてあなたの居場所はマルス達に必ず伝えます)」


コノハは客人扱いを受けてグランドタワーの来賓室に居る。
それだけでも伝えようと、ルキナはゼルダ達に挨拶して部屋を後にした。

ルキナを見送ったアイクはゼルダに訊ねる。


「ゼルダ、今の女は……」
「ルキナですか? ローウェル家 分家のご息女ですわ」
「ローウェル……何の話をしていたんだ」
「普通に仕事の話です。10日ほど前、急に多くの孤児がやって来て、だいぶ忙しくて大変だったようですの。でも他に孤児は居なかったのかと心配までなさっていましたわ」
「……」


確かローウェルとはマルスの家だったな、と考えるアイク。
リグァン王国の関係者として昔の人物は大体 把握している。
それでなくてもコノハの関係者はそこそこ調べ上げた。
マルスだけでなく、ロイとリンクもコノハの側に居た筈だ。

……ひょっとして彼女はコノハの事を調べに来たのではないかと。
何となく直感でそう思うアイクだった。


+++++++


「はあ……」


私が捕まってからもう2週間。
やっぱりピカチュウ達には会えず帰して貰える様子も無い。
何事も無く過ごせているからか危機感が段々と薄れて来て、そろそろ脱走の一つでも試みてやろうかという気分になる。
いや、出来るとは思わないけどさ。

……そんな時に部屋に響く、呼び鈴の音。
ルフレかアイクかなと思ってモニターをつけると知らない人だった。
着ている服を見るにシェリフ……な、何の用だろう。


「はい……」
『市長がお呼びです。ご同行願います』


ドキッとした。
え、市長ってガノンドロフ……。
え、え、ええええええ……!?

返事すら出来ない私の動揺などお構いなしに扉は開かれ、二人で来たシェリフの一人に手を引っ張られてようやく我に返る。
強制連行だ、拒否権無いよコレ……!


「え、し、市長が私に何のご用なんですか?」
「我々には分かりません」


素っ気ねぇ〜……。
まあ私がどうなろうが知った事っちゃないからだろうけど。
というか、名も知らないシェリフの事を気にしてる場合じゃない。

私を捕らえたのに2週間も放置していたガノンドロフに呼び出されたという事は、これは区切りだ。
この状態を区切って進展させようとしているんだ。
進展の先にあるのが、塔からの解放かこの世からのサヨナラかは、全く分からない。

厳重に警備されているゲートを幾つか通り、鍵のついた大きなエレベーターに乗り込む。
着いた階、エレベーターの扉が開いた先には広い空間、奥には両開きの大きな扉、見張りの兵。
あれはシェリフの制服じゃないから市長の私兵なのかもしれない。
そこまで連れて行かれ、挨拶もそこそこに客人をお連れしましたと言ったシェリフ。
兵士に通され入った部屋はドラマなんかで見る社長室のようだった。

真っ先に目に入るのは部屋の奥。
一面ガラス張りで高所恐怖症なら近寄る事すら無理だろう。
その前には豪奢なデスク、壁際にはシックな棚、その更に前にはいかにも高級そうなソファーが高級そうなテーブルを挟んで向かい合っていた。
そしてそのソファーに座っていた人物に、私は本格的に息を飲む。

褐色の肌に獲物を狩る肉食動物のような鋭い眼差し。
服装こそ現代風のフォーマルなものだけど、その人物は確実にガノンドロフ。
彼はシェリフに指示して私を向かいのソファーに座らせると、そのまま部外者を部屋から立ち去らせてしまった。

シンと静まり返る二人きりの部屋。
この状況で、任天堂キャラと会えた事を喜ぶような呑気さを私は持ち合わせていない。
ガノンドロフは相変わらず鋭い眼差しで、重々しく口を開いた。


「幾つか質問がある」
「……はい」
「貴様は2000年前に滅んだ王国について知っているか?」
「……」


これ、どう答えたらいいんだろう……?
知っているのと知らないのと、どちらがガノンドロフにとって重要か分からない。

昔の王国の事を知っていたら危険だとして始末されるだろうか。
それとも知らなければ用済み扱いになって始末されるだろうか。

どうしよう、どっちも有り得る。
もしかして私、今、50%の確率で死にかけてる……!?
心臓がバクバクと高鳴り始めて、荒くなる息を悟られまいと必死で抑えようとした。
怖い、分からない、どっちを答えればいいの!?

いきなり生死を分けるかもしれない選択を迫られてしまった。
このまま黙っていれば諦めてくれないかと逃げの思考にまで入ってしまうけれど、それで何事も無くスルーされて終わる……なんて事はある筈も無く。


「答えろ」
「……」


迫られても迷いが抜けずに答えられない。
俯いたまま膝の上、片手で片手を握っても、何か力が湧く訳でもない。
すると突然ガノンドロフが、高級そうなテーブルへ何の躊躇いも無く拳を振り下ろした。
バン! と鼓膜が震えるような音が部屋に響き、私は小さな悲鳴を上げてしまう。


「ひっ……!」
「自分の立場が分かっていないようだな。貴様が死んだ所で俺には何の不都合も無いんだぞ?」
「あっ……う、ぅ……」
「答えろ」


私は、よく夢小説に出て来るような特殊能力を持った夢主とは違う。
何かに重大な影響を及ぼすような力は全く持っていない。
故に邪魔であれば、いとも簡単に始末されてしまうだろう。

勇気を出せ私!
こうして黙ったまま災難の方から去ってくれるのを待っていても、殺されるだけ。
更に今は、私を助けてくれる人はどこにも居ない。
助けを待ってても駄目だ。私が、自分で何とかしなきゃ……!


「……もし、知らないと言ったら?」


知っているのと知らないのと、どちらにも始末される可能性はある。
ひょっとしたら、どっちを答えても殺されるかもしれない。
何も分からない私が まずやらなくちゃいけない事は、ガノンドロフが何を求めているか聞き出す事だ。

答えてくれるとは限らない。
生意気にも探るような事を言った私を問答無用で殺すかもしれない。
それでも彼の求めている物が分からない以上、どうしたって殺される可能性は同じだ。
なら少しでも道が開ける選択肢を私は選ぶ!

ガノンドロフは少し意外そうに私を見た後、再び眼光鋭く私を睨み付ける。


「様子見だな。そして本当に知らないかどうか調べる」


調べる、どうやって。
政府やシェリフの力を存分に使うのか、私を拷問にでもかけるのか。

……両方かもしれない。
そして私が『知らない』と嘘を吐いていた事がばれた時にどうなるか……。
その時はもう、終わりだろうな。

決めた、正直に答えよう。
それで殺されるとしても、実際 私は昔の王国の事を少し知っているんだから、知らないと答えた所で結局は同じ事なんだよね。
一つ深呼吸をする。これで私の人生が終わるかもしれない。
覚悟なんて出来ないし未練だって山ほどあるけど、黙っていたら殺されるんだから、少しでも可能性の高い方を選んで腹を括らないと……!


「分かりました、正直に答えます。 ……“少しだけ知っている”という所です」
「ほう」
「確か植物に溢れた王国があったとか。それを滅ぼしてグランドホープが建国された。合っていますか?」
「その通りだ」
「後は私の連れていたピカチュウが、その王国の象徴だった事も知っています。ルカリオも関係者だったとか……それくらいですね」
「それを誰から聞いた?」
「えっ」


まずい、レジスタンスの事なんて政府に話せる訳がない!
焦ったけれど、ふとピカチュウがルカリオやピット達に何か話していたのを思い出す。
以前にピーチ姫達レジスタンスとの接触を迫って来たし、ピカチュウならきっと知っている。
ここは賭けるしか……!


「それは……ピカチュウに聞きました」
「……」


考える様子を見せるガノンドロフ。
お願い、何かあるなら早めに言って下さい。
待ってる時間が既に苦しいんですけど……!

ガノンドロフは結局何も言わないままソファーから立ち上がり、来い、と短く言って壁の方にある出入り口じゃない扉の方へ向かった。
当然 逆らえないので黙って付いて行く。
入ってみると左右に棚が並ぶ、物置らしい長方形の部屋。
どんどん奥へ行くガノンドロフに付いて行くと、奥の壁際に小型の樹木。
以前シュルクが私の部屋に持って来てくれたものと同じだ。


「こんな所に植物が……?」


私がそれを、言い終わるか終わらないかぐらいの時。
突然ガノンドロフが私の首を鷲掴み、そのまま壁に叩き付けた。


「あぐっ!?」


衝撃に咳き込もうとしても、首を掴まれていて上手く行かない。
壁に押さえ付けられたまま首を絞められ、呼吸が一気に詰まり始める。
宙に浮いた足をばたつかせても、彼の腕を必死で引っ掻いても、その大柄な体躯に相応しい力を持つ彼はびくともしない。
片手だというのに、それを感じさせない力強さでぎりぎりと首が絞められて行く。


「あ……あがっ……」


視界がぼやける。
私、答え方を間違った……?

走馬燈だろうか、故郷の世界の親しい人が次々と頭に浮かんだ。
お父さん、お母さん、お婆ちゃん、マナにケンジ。
ごめん、私……帰れそうにないや。
こっちに来てから何度か見た故郷の世界の夢は、結局は単なる夢だった。

死んだらお婆ちゃんに会えるかな……。

失われて行く意識は、この世界で出会った友人達を惜しむ時間までは与えてくれない。
それでも何とか最後にピカチュウを思い浮かべたけれど、別れの言葉を心で唱える事も出来ないまま、私の意識は闇に沈んでしまった。


++++++


「あれ、殺しちゃったの」


コノハの意識が消えた後、ガノンドロフの背後から聞こえた声。
現れたのは、流れるような銀の長髪に輝く金の瞳、真っ黒なスーツを身に纏ったセレナーデ。
億劫そうに振り返ったガノンドロフは一つ息を吐いた後、床に倒れたコノハを見下ろした。


「まだ殺してはいない。命の危機が迫れば能力を出すかと思ったが……。どうやら俺の心配は杞憂だったようだな」


ガノンドロフは倒れたコノハの側にある小型の樹木を睨み付ける。
セレナーデはそれを見て、もー、と溜め息を吐いた。


「だから言ったじゃない、その子は何の力も持ってないって」
「貴様はたまに意図の分からない嘘を吐くからな」
「あはっ、返す言葉もございませーん。で、その子これからどうするの?」
「本来なら用済みだが……まだ使えるかもしれん。昔の王国の関係者は恐らく他にも居る」
「その子を餌に全員捕まえて処刑ですかぁ?」
「“街の平和”の為だ。平和に犠牲は付き物だろう?」
「自分の支配を揺るぎ無い物にするのが目的のくせに」


物騒な内容の会話を不敵な笑顔で話し合う二人。
事態は少しずつ、しかし大きく動こうとしていた。





−続く−



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