グランドホープ

act.14 ヨリ姫様



「コノハが行方不明だ」


ロイとマルスの二人と待ち合わせたルイージのレストランカフェ。
集まった友人達を前にリンクは、本題を始めて一番にそう告げた。
ルイージに頼み人払いして貰ったので今は貸し切り状態。

コノハと全く連絡が取れない。
バイトはやめると、急に店長へ市民証から連絡が来ていたそうで、何度家に行っても誰も出て来ず、
市民証でアパートのサイトを見てみると空室になっていた。
当然ピカチュウもルカリオも居ない。


「マルス、シェリフへ捜索願いに行ってくれたんだろ。どうだった?」
「一応は受けてくれたけど、それ以降、向こうからの連絡が無いんだ。こっちから問い合わせると捜査中だとは言うけど、本当に捜査してるのかどうか」


シェリフへ不信感を向けるマルスに、ルイージが疑問符を浮かべた。
マルスの事だ、捜索の成果が上がらないという理由だけでそう言っているのではあるまい。


「ねえマルス、シェリフが信用できないの? 理由は?」
「……ルイージさんは先月に起きた地下鉄事故、覚えてます?」
「ああ、覚えてるよ。セントラルエリアからウエストエリアに向かっていた地下鉄が事故を起こしたんだよね」
「あまり大きな声では言えませんが……実はその地下鉄に、僕の従姉が乗っていたんです」
「イトコさん? 無事だったの?」
「ええ、何とか無事だったんですが。彼女が言うには、電車、爆発したらしくて」
「ば、爆発……!?」


マルスも、自分の従姉が事故を起こした地下鉄に乗っていた事は、一週間ほど前に聞いた。
ちなみに地下鉄事故があった日から30日以上が経過している。
マルスの従姉が言うには、事故と言うには明らかにおかしく、まるで爆弾でも仕掛けられていたようだったと。
他にもその地下鉄に乗っていた人はそこそこ居るらしく、人の口に戸は立てられない、とばかりに少しずつ噂が広まっている。

あれは事故ではなく、テロか何かではないかと。

シェリフ、延いては政府が厳しく管理する事によって平和が保たれているグランドホープ。
しかしここに来て、起きてしまったテロを事故だと発表して隠蔽している可能性が出て来た。
思えば十年ほど前から起きている亜空軍の襲撃といい、本当はグランドホープは、かなり危ない状況にあるのではないかと思えて来る。
そんなマルスの話を聞いたロイが大きく溜め息を吐いた。


「危ない状況にあるかもしれないのに、隠蔽して平和だって思い込ませてる政府か。もしコノハが何かに関わってたら口封じの為にって……縁起でもねえけど。確かコノハも地下鉄事故に遭ったって言ってたよな」
「ああ、前にテーマパークでジェネラルインストールに会った時だな。
 どこで知り合ったのかって訊いたら地下鉄事故の現場でって……」


リンクの言葉に、コノハちゃんってジェネラルインストールと知り合いだったの!? と驚くルイージ。
聞いた話なので伝聞調だが、以前にコノハに教えて貰った話を彼にも教えるリンク達。
こうなると益々、あの地下鉄事故が怪しいと思えてしまう。
マルスが同じ事故に遭った従姉に詳しい話を聞いてみようと提案し、リンクとロイもそれに同意、ルイージも放っておけないと一緒に行く事に。

マルスの従姉はノースエリアにある孤児院で働いているらしい。
ノースエリアは政府の中枢なので一般人が入れない場所も多いが、孤児院へ行くぐらいなら どうという事も無い。
列車でノースエリアへ向かいマルスに案内して貰った孤児院は、5000mもの高さがあるという塔の足下にある。


「うわぁー……こうして近くで見ると本当に高いね、塔」
「ルイージさんは一番遠いサウスエリアに住んでますからね。ノースエリアに用事も少ないでしょうし、あんまり傍で見る機会も無いでしょう」
「無い無い。折角だから存分に見て行こうっと」
「ルイージ、観光は後でしろよ。まず孤児院だ」


リンクに促され、止めていた足を慌てて動かすルイージ。
向かった先には真っ白な門と、真っ白な建物。
大きな庭には子供用の遊具が沢山あり、端には噴水、洒落たベンチ、孤児院というと浮かべる粗末な印象からはかけ離れている。
(ただし当然ながら、ここにも植物や土の地面は無い)

遊び回る子供達の中、シンプルな服装に可愛らしいエプロンを着けた女性が居た。
マルスと同じ色の青い髪を伸ばし、その柔和な表情は何より血筋を物語っている。


「おーい、ルキナ!」
「え……マルス! どうしたんですか?」
「ごめんね急に訪ねてしまって。訊きたい事があって……深刻な話なんだけど、時間ある?」


ルキナ、と呼ばれた女性は従弟の突然の訪問に驚いた様子。
少し待っていて下さい、と建物の中へ入って行き、暫くすると職員を一人連れて来た。
どうやら子供達の相手を代わって貰いに行っていたようだ。
ルキナに連れられ、孤児院の一室へ。

……向かっている途中、マルス達を見て声を上げる少年が3人。
それを見たルキナが、あら、と彼らに反応する。


「ピット君、ネス君、リュカ君。ちょっと今からこの人達とお話があるんです。すみませんが用事なら他の先生に……」
「……あんた達、コノハを助けに来たの?」
「えっ?」


恐らく孤児なのだろうが、見も知らない少年がコノハの名を言った事に動揺するマルス達。
ルキナの話によると彼らは10日ほど前に来たらしい。
あまりに急な受け入れ、しかも十数人とあって、急遽職員を増やした程。
コノハの事を知っているのかと訊ねるマルス達へ、ピットは食い付くように迫って来る。


「あんた達、リンクとロイとマルスだよね。ルイージも居るんだ。……ああ、この話は普通にしちゃマズイか。ルキナ先生、どっか空いてる部屋ある?」
「ええ、今から彼らをそこに案内しようかと」
「じゃあ僕達も行くよ。そこで話をしよう。きっとコノハの話をしに来たんだろ?」
「ちょっと待てよ、何でお前がコノハを知ってるんだ」


ロイが不審そうに訊ねても、ここで話しちゃマズイと言うだけ。
仕方が無いので彼らを一緒に連れて行く事に。
普段は会議などで使っているという部屋に着いた後ルキナがお茶の準備をしに行き、その間にネスとリュカが部屋のあちこちで何かしている。
リンクが怪訝な顔をしてピットに訊ねた。


「なあ、あいつら何やってるんだ?」
「ここは政府の膝元だよ? あんた達やコノハの話なんて聞かれちゃマズイだろ。ああして音とか電波の類いとか、全部シャットアウト出来るように準備してるんだ」
「何でコノハの話を政府に聞かれちゃマズイんだ」
「……まさか何も覚えてないの?」
「ま、僕達も話を聞いただけなんだけどね」


壁に向かって何かをしながらネスが割り込んで来る。
リュカも何か作業をしながらマルス達の方を気にしていたが、口は挟まない。
やがて全員分のお茶をルキナが持って来て、銘々椅子に座り会話が始まる。
……が、そもそもルキナに地下鉄事故の話を聞きに来た筈のマルス達は、ピット達の言っていた事が気になって仕方ない。
何にせよコノハ関連の事だったので、先にそちらの話を聞く事に。


「さっきネスが言った通り、僕達も親や……友達、から話を聞いただけで詳しい事は知らないんだ。詳しい話を聞く前に親は死んじゃったし、友達からもまだ聞いてないし」
「それでも良い。話してくれないか」


マルスの言葉に、ピット達は親から聞いた事を話す。

彼らは知らないが、それは以前、コノハがマリオ達に聞いた話とほぼ同じ。
2000年前にあった自然に満ち溢れた王国の事。
その国を滅ぼして建国されたグランドホープの事。
2000年の時を超えて王国の復活を任された者達の事。
ピット達は親が2000年前の人物であり、彼ら自身は王国と直接の関係は無いという。

そして彼らはピカチュウから少し話を聞いている上に、相手の素性がはっきりしている(と思っている)為に、
マリオ達とは違いその先を話す事が出来た。


「2000年前の王国……リグァン王国の王妹殿下・ヨリ姫様。彼女の孫がコノハなんだ」
「王の妹?」
「そう。リグァン王国はフェガロという男によって滅ぼされた。国が崩壊する中、ヨリ姫様はお供と一緒に逃げたそうなんだ。
 けどお供とは離ればなれ、ヨリ姫様は帰る方法も分からず、逃亡先で生涯を終えた」


生涯を終えた、の言葉に、リンク・ロイ・マルスの肩がビクリと跳ねる。
ルキナは神妙に聞いていたが、マルス達のような反応はしていない。

……コノハの祖母が、2000年前の王国に居た王妹。
これもマルス達は知る由も無いが、彼女は異世界まで逃げた事になる。
そうでもしなければ地の果てまでも追われそうだったのだろうか。

少々スレたような雰囲気のあるピット達が そんなおとぎ話のような事を信じているのは気になったが、リンク達の誰もその内容を疑う事が出来なかった。
それに関してはネスが説明してくれる。


「ヨリ姫様には彼女を守る守護戦士が何人か居たらしくてね。彼女に仕える人達の中でも特に勇敢で強くて、ヨリ姫様に信頼されてた人達。……親にその人達の絵を見せて貰ったんだけど、あんた達と同じ顔した人が居たんだよ。名前はさっき、ピットが言ってたのを聞いたよね」
「それって、つまりオレ達も2000年前に眠ったって事か?」
「違うと思うよー。2000年前に国の復興を託されて眠った人は皆、年齢を子供まで戻されて目覚めた後は孤児として育ったらしいんだけど……。あんた達はちゃんとこの時代で生まれただろうから違うよね? それに守護戦士のリンク・ロイ・マルスは……」


ヨリ姫様を守って死んだんだから。


だから生まれ変わりのようなものではないかと、ネスは事も無げに言った。
先程から何故か疑う事なく話を飲み込んでいたリンク達の息が一瞬詰まる。
もしかして生まれ変わりだから、こんな突拍子の無い話を信じられるのだろうか。
魂は覚えていて、それに反応しているというか……。

ルイージに関しては、彼は2000年前に眠った人の一人だとピットが言う。
そしてそれまで黙っていたリュカが、怖ず怖ずと口を開いた。


「ルイージさんには、双子のお兄さんがいるらしいんだけど……会った事ない?」
「し、知らないなあ……確かに僕は孤児だけど、だから家族なんて居なかったし。まさかそれが、2000年前に年齢を戻されて眠ったからだなんて」
「ルイージさんの事もお父さんやお母さんから聞いたんだ。ひょっとしたら2000年の間に記憶を失ってしまったのかも……」
「……そうか、じゃあ僕、兄さんが居るんだ」


血縁に関しては独りぼっちだと思っていたルイージに、思いがけず訪れた吉報。
こんな時に不謹慎だと思いながらも つい笑みが浮かんでしまう。

親が一員だったのでピット達もレジスタンスと繋がっていて、親の遺志を継ぎ王国復活の為の協力をするつもりだそうだ。
本当ならまだ特にやる事は無かった筈なのだが、王妹の血を引くコノハと王国の象徴だったピカチュウが政府の手に渡ってしまったので、何とかしてそれをレジスタンスに伝えるつもりだと。


「市民証は与えられたけど、孤児院関係者以外とは連絡が出来ないようにされてるんだ。ネットにすら接続できないし……ねえルキナ先生、何とかしてよ」
「その前に、その話……私にしても良かったのですか? 私は一応 政府直営孤児院の職員ですよ?」
「んー、こんな話を聞いちゃったらルキナ先生、密告なんて出来ないでしょ? 先生がそんな性格してない事は大体分かるから」


ネスがにこにこと言う通り、ルキナはこの事を政府に話す気は微塵も無かった。
信じる信じないは別として、心根はきっと良い子であろうピット達を危険に晒したくないし、従弟のマルスが関係しているとなれば尚更だ。
しかしルキナもそこそこ上の地位とはいえ一職員なので、政府に意見する権限は無い。
コノハは政府中枢の塔に囚われているらしいが……。


「って、この話は本当に政府には聞かれてないんだよね? 反政府活動をするレジスタンスの事とか話しちゃってるけど……」
「マルスちょっとビビリすぎ。僕達は何年も政府の目を逃れて来たんだ。見つかったのだって視覚の問題で、電波や聴覚は関係ないみたいだったし。
 目をつけてたコノハを電波か何かでストーカーして、途中で消えちゃったから直接体で追っかけて、ついでに僕達を見つけたんだろうね」


ピットは気楽に言うが、ここは政府中枢の塔の足下なので、心配になるマルスも致し方なしといった所だろう。
そもそもここは政府直営の孤児院なのだし。

その後ルキナに地下鉄事故の話を聞いてみたマルス達。
やはり聞けば聞くだけ普通の事故だったとは思えない。
乗車できなかった後部の2車両が爆発したそうだが、テロの可能性を事前に察知して客を乗せなかったのか……。
しかしそれなら、地下鉄自体を走らせなければいいのに。
幸いにも死者は出なかったものの、怪我人は出た。

そして、何故そこに政府警察シェリフの最高権力者である、ジェネラルインストールが居たのか。
聞けば聞くだけ政府が怪しく思えて来てしまう。
するとロイが、もう一つの可能性を示唆した。


「あのさ、地下鉄を経営してるのは政府じゃないだろ? 確かコノハ、その経営会社の令嬢に会って地下に入れて貰ったとか言ってなかったっけ」
「言ってたな……地下鉄を走らせてるのはその経営会社だし、となるとまさかその会社、政府と癒着してるんだろうか」
「それは不自然な気もします。経営会社にとってはテロより事故の方が信頼が落ちるじゃないですか。なのにテロだったのを隠して事故だと公表する理由が無いような……」


ロイ・リンク・マルスの会話に、ピット達は何かを考えているようだった。
その地下鉄経営会社が政府に脅されていた可能性もあるが、結局 今の情報量では推測の域を出ない。
地下鉄事故の話は後に回して、何とかコノハ達を助ける方法を考えなければ。
そんなマルス達へ、ルキナが心配そうに言う。


「ですがそのコノハさんを助ける事に成功したとしても、政府から追われる事になるんじゃないでしょうか」
「そうだね……政府に管理されてるグランドホープじゃ、逃げるとしても限度があるし」
「いくらか時間を貰えませんか。政府のもっと高い地位に私の友人が居るんです。何か知らないか訊ねてみますから」


ここはルキナの提案に乗った方が良さそうだ。
ロイやマルスは家が金持ちで権力もそこそこあるが、政府には入り込めない。
政府に勤めていて、ある程度の実績と信頼のあるルキナが一番動き易いだろう。
ピットが幾らかテンションを下げてルキナに問う。


「ルキナ先生、見も知らない人の為に危険な事するの?」
「マルスの友人ですからね。ピット君達だって、親から聞いただけの王国の為に動こうとしているんでしょう?」
「まあ、そうだけどさあ……」
「それに、女の子相手に必死になるマルスを見るのは初めてなんです」


クスリと笑い嬉しそうに言うルキナに、マルスが慌てて立ち上がる。


「ち、違うからねルキナ! コノハは大切な友人だけど、そういう関係じゃ……!」
「切っ掛けにはなり得ますよ。女の子の友人なんて小学校以来でしょう? それに守りたい、助けたいと思う相手は何かの拍子に、大事な相手に変わる事もあります」


それは男性が持ちがちな感覚。
頼られると嬉しくて、守りたい……延いては自分が居なければ駄目だと思える相手を好みがち。
守ったり頼られたりしている間に、その相手に好意を持つというのは意外と良くある。
ルキナは、からかうつもりで言ったのではないらしく、それ以上は話を続けない。
何にせよ今は彼女に頼り、報告が来るのを待つしかない。
コノハもピカチュウもルカリオも無事だと信じて。


+++++++


夢を見た。だけど今度は故郷の世界の夢じゃない。
どこだか分からないけれど、緑あふれる草原のような場所に居る。
風に揺れる草も、葉擦れの音を心地よく響かせる木も、全てが瑞々しい。
何となく天国とはこんな場所なんじゃないかと思った。

さて何の夢だろうと思って座り込んでいると、突然、目の前に巨大な何かが現れる。
何だろうコレ……4本足の大きな……鹿? 鹿なのか?
ちょっと機械のような印象も受ける白くて大きな体。
頭には白い大きな角を2本 生やしていて、背中には白い大きな翼。
やっぱり鹿に見えるなあ、何なんだろこれ。

何も出来ずに呆然と見上げていると声が聞こえて来る。
少々くぐもったように聞こえる、口から出しているのではないような……まるでテレパシーのように感じる声。


『あなたはヨリさんの血を引いているんですね』
「ヨリ……? ヨリって、私のお婆ちゃんの名前だ」
『そうですか、あなたはヨリさんの孫……』
「お婆ちゃんを知っているんですか?」


目の前の生物が話しているんだろう。
声が優しいので何となく恐怖が湧かずに話を続けてみた。
目の前の生物はクスリと小さく笑うと、質問に答えてくれる。


『僕はカムイ。このような姿で驚かせてしまいましたね。竜なんて見慣れていない人が多いと思いますから』


竜だったのかこれ。
正直な話、鹿に見える……なんて言わないようにしよう。
カムイさん? は優しげな雰囲気だけど、会ったばっかりだし何が地雷か分からない。
声からして男性だろうな。

もし彼が任天堂キャラだったら敵サイドか味方サイドかぐらいの予想はつくんだけど、
カムイなんてキャラ全く知らないからなあ……。
FE外伝にそんな名前のキャラが居た気がするけど、あの人は竜じゃないし。
竜のカムイなんてキャラは任天堂ゲームには居ない筈。
きっとピットと一緒に居た孤児の子達や、前に出会った地下鉄の社長令嬢みたいに、任天堂とは全く関係ないグランドホープのヒトなんだろう。

……いや、その前にこれは夢な訳だけど。
意識がやたらハッキリしているから夢じゃないみたい。


『どうかしましたか?』
「あ、いえ……これ夢だと思うんですけど、イヤにハッキリしてて……」
『夢ではありませんよ。正確には、あなたの夢に干渉して話し掛けています』
「それ夢じゃないですか」
『……そう言えばそうですね』


あれ? なんか急に声が女性になった。
ひょっとしてこのヒトもルフレみたいに性別が変わるんだろうか。
竜だし外見じゃ全く分からないけど。


『ヨリさんの血を引くあなた、名前を教えて頂けませんか?』
「コノハといいます」
『コノハさん……素敵なお名前ですね』
「お婆ちゃんがつけてくれたらしいんですよ」
『あら、そうなんですか』
「お婆ちゃんと知り合いなんですね」
『ヨリさんは大切な友人です。守ってあげたかったのに……守れなかった。彼女は元気にしていますか?』
「……死にました」
『えっ……』


カムイさんが絶句する。
表情は全く窺い知れないけれど呆然としているらしいカムイさんに悪くなって、お婆ちゃんは眠るように、安らかに死にましたと言ったら少し我を取り戻してくれた。


『そうですか、ヨリさん……もう、どこにも居ないんですね』
「あ、また声が男性になった」
『? ああ、これですか。あなた方と姿が違うので分かり辛いかもしれませんが、僕の中には僕と私、2つの性別があるんですよ』
「おぉわっ! また急に声が変わった! 双子なんですか?」
『いいえ、一応 人格は一つだけです』
「へえ……私の知り合いに不思議な双子が居るのでつい、あなたもそうかと」
『それは、その双子は……まさかルフレさん?』


ん、んんっ!? ルフレと知り合いなのかこのヒト!
これが夢じゃないなら世間ちょっと狭くない?


「そうですルフレって名前です。白髪の双子で、入れ替わりながら生活しているとか」
『間違いありません、私の知るルフレさんです。元気でしたか?』
「はい。あの人も友人なんですか」
『ルフレさんは言うなれば、私の子です』


オトウサマ兼オカアサマですと!? 一人で産んだんだろうか、っていうか出来ちゃうのか!?
カムイさんが言うには、ある日突然 自分の側に赤ん坊が居たらしい。
捨て子なんですか? と訊ねてみたら、自分の住む地には人間が居ないから有り得ないだろうって。
性別の件といい感じる雰囲気といい、カムイさんの魂から分かれた存在だと思うってさ。

他に人間が誰一人居ない所で過ごさせるのが可哀想で、こっそりグランドホープに行って子供を欲しがっていた夫婦に預けたんだとか。
今みたいにその夫婦の夢に出て……なるほど、そういう使い方も出来る訳か。

……ん? カムイさんってグランドホープのヒトじゃないんだ。
まあこんなに緑あふれる場所だし、確かに違うだろうけど。
じゃあドコなんだよココは……。


『ここには動物なら沢山 居るのですが、人は一人も居ません。人間が滅亡してしまった訳でもないのに、そんな場所で人を育てる訳にはいかないと思ったんです』
「まあ確かに言えてますね。ところでココってドコなんですか?」
『外ですよ』
「いやそれは見れば分かりますって! 具体的に! お願いします!」
『具体的に……そうですね、でもそろそろあなたの目も覚めますし、今日はもう時間が残っていないみたいです』
「なんですと!?」


そう言えば体の感覚が何だか変だ。
確かに私は今 起きているのに、目が覚めそうな不思議な感覚。
それなら仕方ないか、っていうか私これを現実だって受け止めちゃってるな。


『コノハさんと話せてよかった。出来れば今度はヨリさんのお話を聞きたいです。交信が成功するとは限りませんが、ヨリさんの血を引くあなたなら、他の人よりは成功し易い筈』
「いいですよ。私が知ってる限りのお婆ちゃんの事を話します。また会いましょう」
『ええ、また』


そこまで会話して、目を覚ました。
うん間違いない。捕まっている塔で私に与えられた部屋だ。
さっきまでのは夢だけど夢じゃなかったってやつかな?
お婆ちゃんに竜の知り合いなんて居たんだ。

……えっと、なんでお婆ちゃんと知り合いなんだろ?
カムイさんが居たさっきの場所は地球なんだろうか。
もしこの世界のどこかだったら、お婆ちゃんと知り合いになる訳ないし。

と、そこで一つ思ったのが、お婆ちゃんがこの世界に来た事があるんじゃないかって事。
物凄く突拍子も無い話に思えるけど、私が異世界転移した理由が“お婆ちゃんに間違えられたから”だと考えると可能性が無い訳じゃない。
お婆ちゃんの若い頃の写真を見た事がある。
顔はそこまで似てなかったけど、目元とかちょっとしたパーツが似てた。


「……お婆ちゃんと会って話したいな」


例え元の世界に帰れたって それはもう叶わない。
カムイさんの言った事が本当なら、お婆ちゃんもカムイさんに会いたかっただろう。
異世界へ行くのも元の世界に戻るのも簡単な事じゃないだろうし、どんな思いでカムイさんと別れたんだろうか。
身を引き裂かれる思いだったかもしれない。

そして私も元の世界に帰りたいなら、そんな思いをしなければならない。
この世界で仲良くなった友人達と別れ……ひょっとしたらピカチュウやルカリオとも。
特にピカチュウと別れるのが辛くてしょうがない。
まだたった3ヶ月半程度の付き合いだけど、彼は一番の親友だ。

なーんて思ってるの知ったらマナが怒るだろうな、
「一番の親友あたしじゃないの!?」って。


「マナだよ、一番の親友は。ピカチュウは飽くまでこっちの世界で一番の親友。
 あとピカチュウは一応 異性だから完全に別カウントじゃないかな。あ、今度はケンジが怒ったりして。うーん、あいつはそんな性格じゃないか?」


実際にマナに文句を言われた訳ではないけれど、傍に彼女が居る体で言い訳をしてみた。
ついでにケンジに対しても言い訳してみたり。

ああ、会いたいな、なんて。
お婆ちゃんもカムイさんを思い出しては胸を痛めていたんだろう。
そんなお婆ちゃんの気持ちを考えると、息苦しくなるくらい胸が痛くなる。


「……辛いね」


ベッドに寝転んだまま、自分とお婆ちゃんに向けて言ってみた。





−続く−



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