グランドホープ

act.13 The enemy is the World



この世界に来てから3ヶ月以上。
連れ去られて来たここは、やっぱりノースエリアにある政府中枢のビルみたい。
あの5000mあるっていう……山は無いし他に対抗できるほど高い建物も無いから、飛び抜けて高いように見える。他の建造物は高くても1000mぐらいしかなさそう。

高級マンションのようなこの部屋に閉じ込められてから3日。
割と快適に過ごしちゃってる自分がアホみたいだ。
だって部屋は綺麗だしゲームとか退屈を凌ぐ物なら貰えるし、出て来るゴハンはなかなか美味しいし……いかんいかん。

ピカチュウとルカリオの状況は相変わらず知らされない。
殺されてはいないと信じたいけど、シュルクもルフレも権限そんなに無いって言ってたからなぁ。
ガノンドロフが本気で殺そうとしたら止めようが無いかもしれない。

ピット達は孤児院に送られたのかな。
ステップストアの人達に何の連絡もしてないけど無断欠勤扱いかなあ……。
アパートはどうなってるだろ、勝手に引き払われてたら困る。
連絡しようにも市民証の通信機能が停止されててどこにも出来ない。

する事が無いので心配事をぐるぐる考えてしまっていた私の耳に、以前ルフレが訊ねて来た時のような呼び鈴の音が。
教えて貰ったのでインターホンを操作してマイクとモニターを点ける。
……と、その画面に映った人物に思わず声を上げてしまった。


「っうえぇ!?」
『元気そうで何よりだ』


アアアアイクさん来ちゃった!
そう言えば彼、政府警察シェリフの最高権力者だっけ。
そりゃ政府中枢のビルに出入り出来てもおかしくないよね!

入ってもいいか、と問われ逆らうのが怖かったので素直に肯定する。
外側からガチャリと鍵が開いて、入って来た彼は確かにアイク。
でも名前……まだ聞いてなかったよね、ジェネラルインストールさんだったよね。
ここはそれで通そう。ボロ出しませんように。その前に名乗ってくれますように。

……この世界でも彼の名前が“アイク”かは知らないけど。


「え、っと、ジェネラル・インストールさん……?」
「それは役職名だな。俺の名前はアイク。名乗ってなかったか」
「あ、はい、アイクさんですね。私はコノハです」
「知ってる」


そうですね知ってましたね。地下鉄事故の時もテーマパークの時も。
それでなくてもシェリフの最高権力者なら調べ放題ですよね。
取り敢えずソファーにでも座って貰おうかと思ったけど、どうぞ、と示しても彼は動かない。
どうしたんだろうと思っていたら、ふと頭に手を置かれ、ぽんぽんと優しく叩かれた。


「え……」
「お前は頑張ってるな。勝手に異世界から送られて来たってのに」
「……!?」


えっ!?
いくらアイクさんがシェリフの最高権力者だからって、そういう事まで分かっちゃったりするの!?
っていうか分かるの!? 異世界とかの認識ってあるの!?


「どうして、って顔だな。お前がこことは違う世界から来ている事ぐらい分かる。そして俺以外には特に知ってる奴も居ないだろうから安心しろ」


なんだ、ピカチュウと彼に話を聞いたルカリオを除いたらアイクしか知らないんだ。

……逆に何でアイクだけ知ってるんだろう。
“分かる”って事は、何か違う雰囲気があるとか、そういうのかな。
いや、ピカチュウと知り合いみたいな会話してたし彼に聞いたのかな。
前に地下鉄事故に巻き込まれた後とかに。

アイクは優しげな顔で私の頭を撫でてくれる。
そしてその顔通りの声音のまま、爆弾を投下してくれた。


「ピカチュウと俺が知り合いなのはもう知ってるよな。ピカチュウに聞いたんだが、確か……“夢小説”だったか。お前が置かれている状況はその主人公っぽいんだろ?」
「はいっ!?」


ちょ、アイクさんの口から夢小説とかやめて!
アイク夢を読んだ事がある身としては居たたまれない! なんか全身が痒い!
ピカチュウ君、キミはなんて事を教えてくれたんだ恨むぞ!

いくら夢小説の事を知ったからって、まさかアイクさんも自分が知らない女と勝手にラブラブさせられてる作品があるなんて思ってないでしょ!
知られたら軽蔑されたり気持ち悪がられるかもしれない!

心臓がバクバク鳴り出した。やばい知られたくない、そうなったら社会的に死にたい。
そうして、心の中で大修羅場を繰り広げつつも表面上は頑張って平静を装っていると、アイクは相変わらずの優しい顔と声音のまま。


「お前は随分とハンデが大きいな。特別な能力は何も無いし、容姿も普通だ。ああ、別に容姿をどうこう言うつもりは無いぞ。俺から見てお前の容姿は何の問題も無いと思うし。
 ただピカチュウに聞いた話だと“夢小説”の主人公は特別に美人が多いんだろ?」
「そうなんですよ……せめて私も美人だったらなって、思うんですよ……」
「でもお前は、そんなハンデにめげず この世界での生活を送って来た。危険な目に遭ったりしても、特殊能力に頼らず生き残って来ただろう」
「それは周りの人に助けられてばっかりだったから。私の力ではないですよ」
「そうしてお前を助けてくれたり、面倒を見てくれたりする奴とそういう関係を築けたのは、お前の行動の賜だ。容姿で惚れられたり、問答無用で好意を向けられたりはしてないだろ」


そうだろうか?
ピーチ姫とかピカチュウとか、リンク達とか、すっごくいい人達だったよね。
最初から凄く友好的で、だから私も彼ら彼女らを頼る事が出来た。
そう思ってそれを告げてもアイクは首を横に振って、一緒に過ごす間の私の行動で、そんな人間関係を築けたのだと言った。

……そうなのかな。
ピーチ姫は一緒に過ごす二週間のうちで、私と関係を築いた。
助けてくれたのは私に女王様の面影を感じたからだとしても、別れ際のあの寂しそうな顔は、私との生活で私自身を惜しんでくれるようになったからだろうか。

リンクやロイも同じ?
出会ったばかりの頃は親切に甘えたけれど、その後でリンク達と仲良くなれたのは、私が行動したから?
だよね。もし私が美人で夢小説みたいに惚れられたのなら、受け身のままで居ても、彼らの方から積極的に親密になろうとしてくれるだろうけど……。
実際はそんな事なかった。初めは遊びに誘われても断ってて、それでリンク達も私と親密になるのを諦めて、ロクな交流が無かったもんね。
ピカチュウに諭されて一緒に遊び始めて、旅行に誘われるまでになった。

更に、行動したからマルスとも仲直り出来た。
もし私が意地を張って、または怖がって謝らないままだったら、仲直りなんて絶対に無理だっただろう。
というか、ロイ達と仲良くなれなかったら旅行にも誘われなくて、結果としてマルスとも仲直り出来なかったよ。
この広いグランドホープじゃ再会は難しそうだ。

モテれば受け身のままで居ても周りの方から積極的に来てくれる。
でも私は違うから、自分から積極的に行かなければならなかった。


「お前はハンデを自らの行動と決断、態度で乗り越えて来た。よく頑張ってるなコノハ。本当に、よく頑張ってる」


頑張ってる、という言葉を繰り返して強調するアイク。
ひょっとして私は今まで、割と無理していたのだろうか。急激に泣けて来た。
我慢しようと思っても出来なくて、とうとう涙を零し始めてしまう。


「う……ぅ……」
「泣いてもいいぞ。甘えられない事も多かったろう。存分に甘えろ」
「……ちょっと、だけ。泣かせてください」
「ああ」


頷いたアイクに思いっ切り抱き締められた。
瞬間、涙がぶわっと溢れて来て、私は恥も外面も忘れてアイクにしがみ付く。
そして みっともなく泣いてしゃくり上げながら、思いの丈を吐き出した。


「この世界っ……! 私、と、同じ感覚の人なんて……ピカチュウしか……!」
「そうだな。心細かったな」
「なんで、私かも、分かんないし……これからどうなるかもっ……! 怖い、私が必要とされないこの世界が怖いっ!」


元の世界だって、私が居なくても問題なく回るし、私が必要とされてる訳じゃないだろう。
だけど私が生を受け、生まれた頃から一緒の家族や仲の良い友人達が居る。
17年間過ごした軌跡がそこにはある。

一方この世界にはポッと出で現れたに過ぎない。
私は17年 生きているのに、この世界では3ヶ月半程度しか生きていない。
体の時間に比べて圧倒的に生きた時間の足りない、地に足の着かない不安定な存在。
この世界が私を否定したり拒否したりすれば、一瞬で掻き消されてしまいそうな。
それなのに私が転移して来た理由が分からないし、私が必要な場面も特に無い。
不必要である以上、この世界に根付いていない私は何の切っ掛けで消えるか分からない。

別に自分が主要人物じゃないのは分かってる、脇役なのは分かってる、なんて自分で思っていたけど。
私、本当は主要人物になって必要とされたかったのかな。

愛される夢主じゃないなら、世界に必要とされる主人公じゃないなら、余計に繋がりを大事にしないといけない。
私が死ねば恐らく泣いてくれるだろう友人なら何人か居る。
世界に必要とされなくても彼らに必要として貰えるように、感謝の心と思いやる心を持って、それを忘れてはいけない。

……これって異世界転移なんかしなくても、元の世界でも同じ事だよね。
いつかピカチュウの言った通り、非日常も結局は日常になるんだ。


「アイクさん、私……ここまで来られたのはやっぱり、周りの人達のお陰です。特にピカチュウが居なかったら、耐えられたかどうか……。ピカチュウとルカリオ、無事なんでしょうか。どうか助けてくれませんか」
「安心しろ。あいつらなら生きてるし、五体満足で無事だ。ジェネラルインストールの名にかけて、決して手出しはさせない」


その言葉を聞いて、心の底から安心する。
アイクならきっと約束を違えないでくれるだろう。
このアイクが私の知るゲームのアイクと同じかは分からないけど、どうしてだか、彼の事はとても信用できた。

ピカチュウとルカリオに再会したらマルスに謝った時のように、疑ってしまった事を告白して謝ろう。
きっと彼らなら、真摯に伝えれば許してくれるはず。

本当の感情を吐き出せた上に自分の心も整理できて、何だか気分がすっきりした。
生まれ変わったような気さえして笑顔で離れた私に、アイクが真剣な様子である提案を示す。


「コノハ、俺は今すぐにお前を助けてやる事は出来ない。そこで今後の為に一つ提案があるんだが」
「え……?」
「万一の時の為に、少しは抵抗の手段を持ってみないか?」


言ってアイクが手渡して来たのは、一丁の銃。
だけど普通の拳銃と少し違う。何だか光線銃みたいな……。


「……レイガン?」
「少し違うな。使用感覚は普通の銃に近いが、出て来るのは弾じゃない。撃った相手を痺れさせたり眠らせたりする効果がある光線だ。グリップの少し上辺りにダイヤルがあるだろう」
「ダイヤル……あ、あります」
「それを回すと効果が変わる」


言われて回してみると、カチ、と手応えのある場所が数ヶ所あった。
そこに合わせれば出て来る光線の効果を変えられるみたい。
で、アイクが言うには、これを練習してみないかという事らしい。

……やるしかないよね。
特殊能力が無いんなら、こういう地道な努力がものを言う。
この銃に殺傷能力は無いみたいだけどそれでいいや。
さすがに人を殺すとなると怖すぎる。


「やります。やらせて下さい!」
「いい返事だ。俺よりもルフレの方が上手いからあいつに教えさせよう」


ルフレ!? 銃の扱い上手いの!?
確か彼女は剣と魔法を使えたよね……魔法なんて無いから、その代わりに銃とか?
魔法が存在しないかどうかは分からないけど、可能性はある。
まあ教えて貰えるなら誰だって良い。贅沢を言うなら任天堂キャラがいい。
つまりルフレは私にとって願ったり叶ったりな先生だ。
やる気を見せる私に、アイクが笑顔で。


「銃を所持して扱うには免許が必要だが、俺が偽造しておこう」
「えっ」
「ああ違う、シェリフの最高権力者が発行するんだから本物だな。偽物なんてとんでもない。一級武器の免許と銃の所持免状と……」


一級武器……ん、あれ?
確か前に亜空軍に襲われた時リンクが、ようやく二級武器の免許が取れたとか言って、ビームソードを使ってたような気がするけど……私 飛び越しちゃった!? 試験も受けずに!
あわわわ何かすみませんゴメンナサイィィ!


「はあ……魔法とか使えたらいいのになあ……」
「それも“夢小説”の主人公の特殊能力か。しかし、そういうの読んで楽しいものなのか?」
「楽しいですよ! いいじゃないですか夢なんだから! 美少女になって好きなキャラクター達に愛されるって夢なんですよっ!」


そうだよ、“夢”なんだよ! 夢だから良いんだよ!
妄想の中でぐらい絶世の美女とか魔法使いとかお姫様になったって良いじゃないか!
好きなキャラ達にちやほや愛されたって良いじゃないか!
現実じゃ異世界転移した所で今の私みたいな状況になるんだから、せめて二次元では夢を見させてー!


「……俺はお前が相手の“夢小説”があっても興味は無いな。それは誰か他人が勝手に作った、“そいつの作品”だろ? 俺はそんなのは嫌だ。例えお前が“夢小説”の中で、美人で聖女のような性格になっていたとしても関係ない。俺が好きなのは単なる他人の作品なんかじゃなく、本物のお前だからな」
「それは相手が現実に会って交流できる人物だからそう思うんですよ。会う事が叶わない二次元のキャラクターや交流が難しい芸能人が相手なら、例え誰かの作品でも良いから交流したい、って、……あれ?」


ちょっと待ってね。
思考回路Now Loading......

今アイクさんめっちゃ爆弾発言したよね。

あらぁー。最近の夢小説は凄いのねー。
目の前にリアルな立体映像のキャラクターが現れて甘いセリフを言ってくれるのねー。
しかもこの立体映像は質量があって触れるのねーってんなわきゃねぇだろぉぉぉぉぉ!!

待って おかしい。明らかにおかしい。私とアイクは会ってそんなに経ってない。
むしろピーチ姫やマリオ達レジスタンスの方が付き合いが長いくらいだ。
それなのに、なに?
聖女のような性格をした美女より私の方が好きだって?
それこそ都合の良い夢小説みたいな展開になってる。

ただ単に、“作品”より現実の人間の方が良いって話かもしれない。
オタク趣味が無い人なら、実在しない二次元の存在に夢中になる気持ちが理解できなかったりするだろうし。
“好き”の意味も友情かもしれないしね。
……でも友情を育む時間すら無かったんだけど。

なんかなー、引っ掛かるな今の言葉。
テーマパークで亜空軍に襲われた時もアイクは私に、いつでも傍に居て守ってやりたいと言ってくれた。
そういうのを鑑みると、どうも今の言葉には他意が含まれているようにしか思えない。

一体どういうつもりで、会って間もない女に好きだなんて言ったんだろう。
呆然としてしまった私に、アイクは意味深な笑顔を送るだけだった。


++++++


「撃った時の反動で銃身が跳ねて狙いがずれますから、出来るだけグリップの一番上で握って下さい。光線銃ならそういう反動は少ないでしょうが、無いに越した事はありません」
「はい!」
「片手より両手で握った方が狙いは安定しますよ。どうしても片手が離せない時以外は両手で撃って下さいね」


あれから毎日、射撃場でルフレに銃の撃ち方を教えて貰っている。
私としては部屋から出られる事もプラスだ。
いくら快適で広い部屋でも、ずっと居るとさすがに気が滅入る。
この射撃場は身分が高い人の遊戯用なのか、一般のシェリフ等は居ない。
むしろずっと私とルフレしか居なくて、静けさがちょっと不気味。


「立って撃つ時はやや前傾姿勢で重心を前気味に、片足は半歩後ろで少し開いて。肘と膝は少し曲げて……。そうです! 結構慣れて来ましたね」
「姿勢はバッチリなんですけどねー……狙いが、どうもねー……」


銃の持ち方、撃つ時の立った姿勢やしゃがんだ姿勢はもう慣れたんだけど、簡単な的で命中率は8割と言った所。
難易度の低い的なんだから10割 当てたいんだけどな……。

ルフレに良い訓練があると薦められたので、小さなメダルを銃の上に乗せて、落とさずにトリガーを引く練習をしてみる。

……小さなメダルって言ってもドラクエのアレじゃない。
要はコインなんだけど、グランドホープは通貨無いし……。
それならメダルって言うべきだよね。ってかルフレがメダルって言ってた。
へー、銃のトリガーって指の腹で引くのが正しいんだ。関節じゃ駄目なんだね。
関節で引いたら銃口が傾いて狙いがズレちゃったよ。

私には何の特殊能力も無いけど、何故かガノンドロフが部下に命令して私を連れ去った。
何か勘違いをされている可能性も考えて、身を守る術は持っておきたい。
亜空軍の襲撃も定期的にあるなら危ないし。


「諦めないで。筋が悪い訳ではありません、練習していけばもっと上手くなれますよ」
「はい、頑張ります! ……でもルフレさん、お仕事もあるでしょうに、時間を割いて貰っちゃってごめんなさい」
「気にしないで下さい、今の私の仕事はこれですから。上からあなたの練習を見るよう言われています」


何でもない笑顔で言うルフレに、内心邪魔なんじゃないかと思っていた私はホッとした。
ちゃんとこの監督に対するお給料は出るんだよね、うん。

その日の練習を終えて、部屋に戻ろうと射撃場を後にする。
この階には、私の部屋がある階に通じるエレベーターが無いので、階段で2階上がって更にそのフロアの反対まで移動し、そこのエレベーターに乗らなきゃいけない。
やっぱり私が居るのは特別なVIPの階と部屋なんだろうな。
常に警備のシェリフが居るゲートを2つも通らなきゃ、そのエレベーターまで行けないんだよ。
そもそもあの射撃場のある階自体、一般人は来られないと思う。2000mは越えてますよきっと。
VIPと言えば聞こえは良いけど要は監禁なんだよねー……いや軟禁か。

ルフレはいつも部屋まで送ってくれるので、戻るまで一緒だ。
特に意味は無いけど何だか上るのが億劫になってしまい、先に階段を駆け上がってみた。
……ら、踊り場に足を掛けた瞬間、ぐらりと体が傾ぐ。


「あっ……!」
「コノハさん!!」


すぐに視界がぐわんと動き天井を捉えた。
その視界のまま背中の方から、意思に反して思い切り重力に引っ張られる。
あ、駄目だ。階段 長めだったから死ぬかもしれない。
実感が沸かないのか妙に冷静に考えた時には、もう体は宙に浮いていた。

……その間、足音が耳に届いていたような気がする。
そしてそれは気のせいでも何でもなかった。

落下しそうになった私を、ぼふん、と思ったより柔らかい感触が包み込む。
あれ? と思って瞑っていた目を開けてみるとそこには、私を見下ろす白髪(はくはつ)の青年。
どうやら仰向けのまま彼に抱き止められたらしいけど……あれ、この人って。


「大丈夫?」
「……」
「あ、そうか、この姿で会うのは初めてか。僕はルフレだよ」
「……」
「……説明しないと分からないよね。えっと、そうだな。キミが会った女性のルフレは僕の双子の妹でね。僕とは体を共有してるんだ。
 まあ共有してると言っても体が同じな訳じゃなくて、何と言えばいいか……。二人同時には存在できないから、入れ替わりながら存在する……っていうのが正しいかな?」


驚いちゃってあんまり頭が働かない。最近こういうこと多い気がする。
……えぇっと、男ルフレさん、だね……。
この世界では女ルフレと双子の兄妹なんて事になってるのか。
ってか双子なら名前変えようよ。ちょっとややこしいよ。
二人同時に存在できないなら何の問題も無いのかもしれないけどさ。

と、そこで今 自分がルフレに思い切り密着している事に気付いて、慌てて起こして貰い彼から離れた。
照れを誤魔化すようにやや早口でお礼を言いながら、身なりを整える。


「す、すみません。ありがとうございます。そういえば女性のルフレさんが居ませんね。双子で入れ替わってるんですか……」
「普段は妹が表に出てるんだ。だけど身の危険や誰かの危機を強く感じた時は、僕が表に出て来る。キミの事は妹を通じて知っているよ。結構な頑張り屋さんだよね」


頑張り屋さんなんて言われては更に照れざるを得ない。うっひゃあ恥ずかし。
でもルフレが説明してくれた入れ替わりのシステムは不便そうだ。

つまり、自由には入れ替われないって事だよね。
大まかに言うと危機を感じないと入れ替われず、感じたら感じたで問答無用で男ルフレに交代?
ルフレが言うには、それで合ってるらしい。
危機を感じたら問答無用で男ルフレに交代、でも女ルフレに戻るのは任意。

なんかゲームみたいだ。
何がって、戻るか戻らないかの駆け引きとか、似たようなシステムのゲームってありそうじゃない?
女ルフレは特殊な事が出来て、男ルフレはそれが出来ない代わりに戦闘力が高いとか、
あるとしたらそんな感じのシステムだろうな。

どうやら男ルフレは久し振りに出られたらしくって、暫くこのままで居るつもりみたい。
銃の訓練はこれまで通りして貰えるようで、私としても一安心だ。
一安心というか、イケメン男性にマンツーマンでレッスンとか邪な気持ちになるよね。
いかんいかん、理性を失わないようにしておかないと。
リンク達みたいなイケメンと普通に友情を築けてたから大丈夫だと思うけどね。

ルフレに部屋まで送って貰い挨拶してから別れる。
今のところ特に問題は無いけど、あんまり呑気に構えててもマズイかなあ。
ガノンドロフの考えが全く分からないから、どう対処すればいいかも分からない。
対処する手段も全然持ってないしさ……。

結局、私は誰かに頼らなければ危機を脱せないみたいだ。
それなら気持ちを新たにした時に考えた通り、人との繋がりを大事にしないと。
私に夢主人公みたいな戦闘能力や特殊能力が無いのなら もう仕方ない。
凡人は凡人なりのやり方で戦ってやる。


「……っよし、頑張るぞ」
「おーうやる気だね!」
「!?」


一人きりの部屋の中、突然知らない声に話し掛けられ度肝を抜かれた。
振り向くとそこには、流れるような銀色の長髪に美しい金色の瞳、そして黒いスーツを着た物凄い美形が立っていた。
ただ、美形だけど容姿や声が中性的で、性別の判断がつかない。

誰だよ! こんなん知らねー! どちらさんですか!
私の知らない任天堂キャラかな!


「誰だよ! って言いたげな顔してるね」
「まあそれは、そうですね」
「僕の名前はセレナーデ。セレナって呼んでね!」
「……オカリナの曲? それともツンデレツインテール?」
「あはは! 初めての反応されたよ、やっぱりキミは今までの子とは、ひと味もふた味も違うね!」


今までの子……? 何それ、何が言いたいんだろう。
目の前の人物が何をしたいのか分からなくて警戒してしまう。
しまった、銃は今 手元に無いよ。離れた所に保管してある。
私の警戒ぐらい感じ取っているのだろうけど、……セレナーデ? はニコニコ笑んでて真意が分からない。
何をしに来たのか、そして任天堂キャラじゃないっぽい彼(?)は何者なのか。


「ねえコノハちゃん、キミはこれからどうしたいの?」
「どう、って……何をすれば良いかも分からないから答えられませんよ。“ピカチュウ達と一緒にここから出て帰りたい”とかなら、主張できますけど」
「そうだよね、キミには特に用なんて無いんだから、キミ自身も目標なんて作れないよね」


ズキ、と心臓が痛む。
ひょっとしてこの人、私が異世界転移して来た事とか知ってる?
今の言葉は、私がこの世界に必要とされてる訳じゃないと、示しているよう。

でも私がこの世界に必要とされなくても、仲の良い友人なら居る。
きっと彼らは私が居なくなれば泣いてくれる。
なら、私のやりたい事なんて決まってるじゃないか。


「いえ、目標ならあります。この世界で知り合った友人達と、これからも良い関係を築く事です!」
「……へえ。キミ、ちょっと変わった?」


セレナーデは私の主張に、少し驚いたような顔をした。
私がこんな前向きに目標を作れるとは思わなかったんだろうか。
私はこの人とは初対面だけど、この人は私を知っているのかもしれない。
もし、アイクに自分の気持ちを吐き出す前の私を知っているのだったら、今の私の主張に驚くのも無理は無いかもね。

私は、変われたんだ。
ほんの少しの情けない変化かもしれないけど、それでも間違いなく一歩なんだ。
その前進を馬鹿にされる謂われなんて無い。


「これは、ひょっとしたらひょっとするかもね」
「……あなたは何を知ってるんですか」
「キミが異世界転移した事ぐらいなら知ってるよ」
「もっと知ってるでしょ? そんな気がする」
「じゃあ一つだけ。僕は“設定”と“きっかけ”を作るだけなんだ。それからどうなるかは、キミやこの世界と、そこに住む人々に懸かってる」


何となく、この人は“全て”を知ってるんじゃないかと思える。
でもこの様子だと話す気は一切無いんだろうね。
もしかして、この人がこの世界の創造主で、ラスボスだったりするのかな。
神vs人ってありがちだけど燃えるよねー。
まあ戦うのは私じゃないとは思うけど、もし任天堂キャラ達がこの人と戦う事になった場合、協力できる事があるならしたい。

……うわ、今 自分でびっくりした。
あれだけ君子危うきに近寄らず、危ない事は他人がやれって思ってたのに。


「じゃ、お邪魔したね。まあ精々頑張って。また機会があったら会おうねー」


言って、まるで魔法のようにその場から消えてしまったセレナーデ。
出来るならもう会わない方がいい類いの人だろうな、今の。

とにかく、私の心とやるべき事は決まった。
私には夢主人公のような戦闘能力も特殊能力も、一目で誰かを虜に出来るような容姿も無い。
それならそれで、凡人なりの戦い方をするだけだ。
日々を過ごして仕事をし、人間関係を築くのだって立派な戦い。

そして打算的な考え方かもしれないけど、もしもの時に周りの人達が私を守り助けてくれるような、そんな人間関係を維持して行かなければならない。
そうしなければきっと、私はこの世界に掻き消されてしまう。


「私の敵は……世界か」


私の異世界転移は多分、悪意に満ちたものだった。
よくある夢小説みたいに世界を救えとか、誰かの助けになれとか、誰かや何かに必要とされて転移した訳じゃない。
その悪意を具体的に表現する事は出来ないけど、間違いなく感じてる。
被害妄想なんかじゃない。この世界は、私に悪意を向けている。


「やってやろうじゃん……!」


覚悟は決まった。





−続く−



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