グランドホープ

act.11 夢も希望も無い



「コノハ!」


懐かしい声がする。
それがマナの声だと分かった瞬間、ああ、夢を見てるんだなと思った。
小心者な私は傷付くのが怖くて、まだ2回目なのにもう故郷に関する事は全部夢だと思う事にした。
夢じゃないと判断するのは、故郷の世界で何日も何ヶ月も過ごせてからだ。

気付けば広い敷地があると思わせる場所、木陰のベンチに座っていて近くには立派な建物。
あれ、なんかどっかで見た事ある場所のような。

少し考えて、オープンキャンパスに参加した事がある大学だと思い出す。
1年生の頃に行ったっけ……少々早い気もしたけど、マナが行くって言うから付いてった。
なんだなんだ、ひょっとして私ここの学生になっちゃってんの? なかなか気が利く素敵な夢じゃん。
それが叶えばもっと素敵なんだけどな。
そうやって良い気分に浸っていたら、少々拗ね気味なマナの声がすぐ隣から。


「ちょっとコノハ、聞いてんの?」
「あ、ごめん。ボーッとしてたわ」
「最近ちょい浮かれてんじゃないのかー? 親友を置いてかないでちょうだいよ」
「ないない。私がマナを置いてく訳ないじゃん」


実際は置いて行ってるんだけど、夢の中でくらい理想を言わせてください。
あーマナに会いたい、夢なら覚めないで欲しいなんて乙女チックな事まで言いたくなる。
だけど前の夢ほど郷愁を感じさせないのは、“まだ知らない”感じだからかな。
前の夢は通い慣れた高校だったけど、今度は1回オープンキャンパスに行っただけの大学。
そこまで寂しい気分にならず、目標が叶った気分さえ味わわせてくれる。
本当に気の利く良く出来た夢だ。出来過ぎててちょっぴり怖いくらい。

空をじっと見上げていると、故郷に帰って来たんだなって実感できる。
木陰だよ木陰、今 私が居るのってグランドホープには無い場所なんだよ。
暑いし夏かなあ、ほんと空が信じられないくらい真っ青だしめちゃくちゃ高い。

で、何の話だったっけとマナに訊ねたら、彼女はその手に3DSを持っている。
ゲームしてたんかと思っていたら、その3DSから聞き慣れた音声が。
……んん? なんかスマブラみたいな音がする。
そうして疑問に思っている私をよそに、マナは楽しげな顔でゲームしながら。


「だからー、シュルクが可愛すぎて持ちキャラ乗り換えそうって話。最近乱闘する時いっつもシュルク使ってるよ」
「……シュルク?」


シュルクってWiiのゼノブレイドの主人公だよね?
あれ? スマブラXに参戦してたっけ? いやしてる訳ない。
発売時まだゼノブレイド無かったし、DXのロイみたいに発売前参戦とかも無いし。
っていうか、え? マナ、3DSでスマブラしてる……?


「……それ、スマブラ?」
「さっき言ったじゃん、スマブラfor買ったって! ルフレとかルキナも使いたいし、新キャラ良いの増えすぎ!」


ちょ、なにそれ。なにそのスマブラforって。知らない。
携帯機でスマブラ出来る時代が来るんですかヒャッハー!
しかもFE覚醒のルフレとかルキナも参戦してるんですかヒャッハー!
これ予知夢だったら凄いよ!


「ちょ、見せて見せて! ……うわいろいろ増えてる! すっごーい!」
「コノハも早く買いなよ。ていうかケンジに買ってもらっちゃえば良いのに」
「ケンジが買ってくれる訳ないって。むしろ私に買えって言いそう」
「まあ確かにそうだけど、今は違うんじゃない?」


違う? さすがにケンジも大学生になったら丸くなったかな。
にしたって友達にゲーム奢る事態にはならないと思うけど。
しかし、これは何が何でも元の世界に帰らなきゃいけないね。予知夢かどうか確かめたいし!
とは言えどうすれば帰れるのか分からない。
どうせこれも夢でしょー、素晴らしく都合が良いけどそのうち覚めるし。

うわーうわーとテンションUPではしゃいでいたら、更にマナが。


「んもー、ルビサファリメイクもうすぐだわVC増えるわで最近楽しすぎない!?」
「え、ルビサファリメイク!?」
「なーに“今知った”みたいな顔してんの、絶対買おうってハシャぎ合ってたじゃん」


あれは夢だったけど前に、マナとケンジの3人で話してたっけ。
ルビサファリメイクして欲しいだのVC欲しいだの何だの。
ヤバイ本格的に帰りたくなって来た。それは前からだけど気持ちが激増した。
ところで今って何年なんだろう? ボケた振りしてマナに訊いてみよう。


「ねえねえマナ、今って何年何月何日だっけ?」
「おー、ボケちゃいましたかコノハちゃーん。2014年9月16日でしょー」
「……あー、そうだったそうだった。ありがとマナ、意識を失ってたもんで」
「ちょ、年月日も分からなくなる程とかいつからだよ」


書き込みなら“www”とか付きそうな調子でマナが言う。
2014年か。大学に居るから最低でも2年くらいは経ってると思ってたけど、今……というか、私がグランドホープに来る前の地球は2012年6月だったから、2年以上も後なんだ。
その間にスマブラ新作発売とかルビサファリメイク発表とか……そういうの知りたかったよ!

まあこれは夢だし本当かどうか分からないから、期待はちょっと薄めだ。
何が何でも地球に帰って、これから正夢になるかどうか確かめないと。

ところで大学って8月9月が夏休みじゃなかったっけ? 少なくともこの大学はそうだ。
9月に何しに来てんだろ。何か特別な講義とかあったんだろうか。
単位足りなくて……とかだったりして。やだ怖い。そんな目に遭いたくない。
そうだとしたら、忘れないうちに地球へ帰って自分を戒めとかないとね。
家族・友人と、ゲーム以外にも帰りたい理由が出来ましたよ。

そうやって心密かに地球へ帰る決心を固め、ふと隣を見て、マナが私を見ながらニヤニヤしている事に気付く。
え、なに……と小さく言うと、マナはそのニヤニヤ笑いを浮かべたまま。


「最近ボーッとし過ぎじゃん。ま、あんな事があったら仕方ないか」
「あんなこと? スマブラ新作? リメイク発表?」
「それもあるけどさー、ケンジだよケンジ!」
「ケンジがどうかした?」
「なーにが『どうかした?』だよ。13日発売のスマブラ買い忘れる程の衝撃受けてたくせに。あんたその日ケンジに告られて、返事を待って貰ってる身でしょ」



「ほあぁぁぁぁぁ!?」
「うわビビったっ!!」
「コノハ様 如何なさいました!?」


めっちゃ飛び起きた。焦った。うわーなんか汗かいてる。
私の大声にピカチュウとルカリオも飛び起きて、驚愕の目で私を見てる。
ごめん何でもないと謝ってからもう一度寝転んだ。
それで私が何も言わなくなったからか、ピカチュウとルカリオも二度寝。

っていうか、何だあの夢。
ケンジが私に告ったって? それで私はまだ返事をしてないって。
へーそうですか。ひどい夢だよ。私にそんな願望があるみたいじゃん。
やっぱりケンジは男友達だからなあ、付き合うとか想像できないや。
そりゃ女子から人気ある人だしカッコイイとは思うから、何かキッカケがあったら意識し始めるかもしれないけど。

……そんな事があったんだったりして。
少なくとも2年は後だし、その間に何かキッカケになるような出来事が……。

いや、違う。あれは夢なんだから。夢 夢。
あくまで友人として彼の事が恋し過ぎたから、変な方向に突っ切った夢を見ちゃったんだろう。
そうだ、きっとそう。だからこの胸の高鳴りも単なる幻想だ。

けれど結局それから眠りに就くことは出来なくて、目覚ましが鳴るまでベッドの中で悶々とし続けるしかないのだった。


+++++++


あの旅行から帰って一週間。
今日はピット達にお土産を渡しに行く事にする。
ピカチュウとルカリオを連れて家を出ると、見慣れた47階の景色。
空が綺麗だけどやっぱり地球とは違うなー、異世界だからかな?


「……ん?」
「どうしたのコノハ」
「いや、あのさ。グランドホープの空ってこんなんだっけ?」
「え、何の話? 何かいつもと違う所ある?」
「いつもと違うっていうか……」


いつものグランドホープの空だ。とても青くて綺麗で……。
なのにどうしてだろう。“違う”という感想が出て来る。
いつもと違うというよりは、地球と違う、だけど。

今日の夢で見た、ベンチに座って眺める9月の夏空。
あの透き通った青を感じない。突き抜けるような高さを感じない。
確かに何も変わらない いつも通りの空なのに、どうしてだろう。
地球の空と違う、という感覚が私の中を駆け巡る。
だけど私の言葉を聞いて空を眺めていたルカリオまでも。


「……確かに。私も復活してから薄々 思っておりました。この空は、私が封じられる前とは変わってしまっています」
「ルカリオもそう思う? やっぱり違うよね、地球の空と……。………あ、あれ?」


いやいや、ちょっと待って。
地球に来た事が無いルカリオまで、『地球と違う』だなんて言う筈が無い。
ルカリオは『封じられる前と違う』って……それは私の感覚とは違う。
彼が封じられる前の この世界の空なんて、私は見た事も無いんだから。

私とルカリオの言っている事は同じようで、実際は全く違う。
それに気付いたらしいピカチュウは訝しむような顔をしながら、私達と空を交互に見比べる。
2、3回繰り返してから空に視線を固定し、そのままこちらを見ずに。


「うーん……言われてみれば何というか、妙な気はする」
「分かってくれた? 何なんだろ、凶兆じゃなきゃいいけど。あ、だめだ。自分で言って怖くなって来た」
「コノハ様、ご心配なく。あなたは私がお守り致します」
「ル、ルカリオ……! ありがとうルカリオ、かっこいいねルカリオ!」
「しーかーしーコノハは何かあったらルカリオを見捨てるつもりであーる」
「ちょ、ピカチュウゥゥゥゥゥゥ!!」


や、やめて下さいルカリオの忠誠台詞の後にそんなこと言うの!
うわあぁぁルカリオが悪戯した小さな子供を見るような、生暖かい優しい目で私を見ている!
すみません生きててすみません任天堂キャラと関わってすみません!

畜生、なんで私みたいなのが異世界転移なんてしたんだ。
私なんかよりもっと相応しい、優しくて可愛くて美人で天使のような女の子でも選べば良かっただろうに。

勝手に自分で自分を下げて、勝手に気落ちしてしまった。
ホントに疑問だよ。私が選ばれた理由って何だ。ルーレットか何かか。

……いや、待てよ。
もし“選ばれた”なんて考え自体が自惚れだったら?

異世界転移なんて夢小説みたいな経験、意味無くするだろうか。
私がこの世界に来たのは、相応のやるべき事があるから、のような気がするけれど、これまで特に私が必要な場面なんて無かった。
むしろ私よりピカチュウの方が必要な気がする。
ピカチュウの存在によってピーチ姫と出会い、昔の女王様と関わりがあるなんて勘違いされ、ポケモントレーナーのレッドとの接点も出来て、ルカリオが封じられていた扉まで開いた。

……必要なのは私じゃなくて、ピカチュウ?


「おーいコノハ、いつ出発するのー?」
「っへ、え」
「早くしないと時間なくなっちゃうよ、行こ行こ!」


私の考えなんて知る由も無いピカチュウは、私の頭上で楽しげに笑っている。
慌てて今の考えを引っ込め、エレベーターの方へ向かう。
地下鉄はまだちょっと怖いから列車で行く事になったけれど、移動しながらも私の頭を埋めるのは、ピカチュウへの不審感。

そもそもこのピカチュウ、何者なの?
ケンジがゲームセンターで取ってくれたぬいぐるみ……なんだけど、
どのピカチュウを取るかなんて分かりっこないし、もし私達がゲームセーンターに行かず、ぬいぐるみを取らなかったらどうなっていたんだろう。
前にも一度考えた事がある気がするけど、本物のピカチュウではなく、“ピカチュウのぬいぐるみに何者かが憑依している”と考えた方がしっくり来る。

じゃあ、何者? という疑問に行き着く訳で。
……どうしよう、急にピカチュウが怖くなってしまった。
“ピカチュウの見た目をした何か”だったらどうしよう。一体何なんだ。
そしてピカチュウがピカチュウじゃないなら、ルカリオは?

この世界で誰よりも信頼できる筈だったピカチュウとルカリオが、遠くなる。
急激に私を襲う孤独感、じわじわと広がる恐怖感。
もしピカチュウとルカリオに悪意があるとしたら、私は独りになってしまう。
独りになるどころか、命さえ危ないかもしれない。
小心者な自分が心底恨めしい。こういう時こそ脳天気に構えて、ピカチュウとルカリオを信じる事が出来たら良いのに。

……もっと心が綺麗だったら、きっとふたりを信じる事が出来たんだろうな。
これまで散々世話になっておきながら、こうして疑い、勝手に怖がるなんて。
自身の安全しか考えてないから、友達をこんなにすぐ疑ってしまうんだ。

やっぱり喚ばれたのは私じゃなく、ピカチュウの方なのかもしれない。
彼の明るさと脳天気さ、毒は吐くけれどそれでも守り引っ張ってくれる強さと優しさ。
私には無いものを彼は持っているんだから。

私は弱い、壊滅的なまでに。
戦えるとか戦えないとかそんな事じゃなく、心が圧倒的に弱い。
ピカチュウとルカリオに対する不審を振り払う事が出来ないまま、列車は西へ走った。


+++++++


ウエストエリア、以前ピットと出会った地点に一番近い駅で列車を降りる。
確かバスを待っていた時だったからバス停に近く、場所は覚えていた。
到着したらあの時の出来事が鮮明に思い出され、こっちだ、と大通りを外れて路地の方へ入る。
……と、その時、ルカリオが小声で話し掛けて来た。


「コノハ様、これから向かう場所は政府にバレてはいけない場所だそうですね。後を尾ける者や不審な者が居ないか、少し見回りをして来ましょうか」
「え、見回り……?」
「はい。コノハ様達はどうぞ先へお進み下さい。痕跡を辿れば追い付くのは容易ですから、ご心配には及びません」


今朝までの私なら、素直にお願いしていただろう。
けれど今、私はピカチュウとルカリオに不審感を持ってしまっている。
追い付くのは容易らしいルカリオが誰かを連れて来たら? それが善からぬ人だったら?
そんな事を言うなら今の私も危ない状況に居るんだろうけれど、目の届く範囲に居れば少しは安心できる。安心して不審感から目を逸らせるという意味で。


「っあー……いいよいいよ、大丈夫。そもそも私に尾行される理由が無いから」
「そうですか? まあ確かに、特に政府から目を付けられるような事はしていませんからね」
「ここに来たばっかりの時、市民証未所持で射殺されかけた事ならあるけど」
「そんなこと言ってたね。あのシェリフ達はクビにすべき」


いつも通りのピカチュウ、いつも通りのルカリオ。
うん、まあ……彼らが私を裏切るなんて絶対に有り得ないよね。
よしこういう時こそいつもの後回し精神を発揮する時だ。
どうせ私は目先の事しか見えないタイプなんだし!
今はピット達にお土産を持って行く事だけを考えるんだ。
きっと喜んでくれるだろうなぁーピットとネス以外!

どんどん人気の無い場所へ入り、完全に人気の無くなった廃墟のビル群をすり抜ける。
密集する建物によって影になった、じめじめする狭い路地。
しばらく進んでいると見覚えのある脇道を見付け、そこから奥へ進み四方をビルの壁に挟まれた行き止まりへ辿り着く。

この脇道、確か帰る時に通り抜けてから振り返ったら消えてたんだよね。
今は出現してる……訪問しても良いって事なのかな。
左側の壁、立てかけてある板を上げて狭い隠し通路を進み、目的地へ辿り着く。
そうしたらピカチュウもルカリオも、唖然として辺りを見回し始めた。


「土の地面に植物に……話には聞いてたけどすごい! こんな場所がグランドホープにあるなんて!」
「これは……何という」
「へっへっへ、凄いでしょ!」


別に私の手柄じゃないんだけど一応ちょっと自慢しとこ。
朽ちた廃ビルに四方を囲まれた広場、土の地面と一面の草花がお出迎え。
樹木まで生えている辺り、グランドホープにとっての異世界といった趣だね。

ちょっと調子に乗って先に見える入り口までピカチュウ達を先導して歩くと、にわかにビル内が騒がしくなったような気がした。
やがてうんざりした顔をしたピット・ネスと薄く微笑んだリュカが出て来る……のだけど、盛大に溜息を吐いた後に私達の方を見たピットが目を見開いた。
ピットだけじゃない、ネスとリュカも唖然とした表情で私を見て……。


「や、やあピット君達。旅行に行ったからお土産持って来たよ」
「……」
「もしもーし」
「…………なんで?」
「え?」
「なんでお姉さんが、ピカチュウとルカリオなんか連れてるわけ?」
「……」


はい?
え、ちょっと待って。待って待って。何でピカチュウとルカリオを知ってるの。
ルカリオは分からないけれど、ピカチュウって確か、昔に滅んだっていう王国の象徴だったよね。
……嘘、でしょ。まさかピーチ姫達の関係者……!?

一気に血の気が引いて、呼吸が苦しくなったような気がする。
それを何とか悟られないよう努め、極めて平静を装いながら何でもない風に質問を返した。


「ん、ん? それってどういう意味? ピット君達、この子らを知ってるの?」
「…………」


うわァめっちゃ不審そうな目でこっち見てる!
これはピカチュウとルカリオを疑った罰か何かですか。
私はそんな不審そうな態度は表には出してない……と思うんだけど。
誰もが黙ったまま。
それに耐えかねた私が、お土産にお菓子買って来たから皆で食べようと促す。
帰れと悪態をつかれるかと思ったけれど、意外にもすんなり通してくれた。

以前とは態度が違う。あの見下すような、憎むような表情が無い。
この反応からしてきっとピカチュウに関する事なんだろう。

……やっぱり必要なのは私じゃなくてピカチュウなんだ。
だよね。普通に生きて来て、特別な力なんて無い上に美少女でもない私が、夢小説みたいな体験するなんておかしいと思ってたんだ。
私は“ついで”か、でなければ“手違い”だった訳か。

そんな暗い考えが浮かんで来るのを、後回し後回しと必死で押し込める。
中に入ると小学生ぐらいの年少組達が目をきらきらさせて待っていた。


「コノハねえちゃんだ!」
「いらっしゃーい!」


おおう……癒やされる、この純真無垢なちびっこ達の笑顔!
旅行のお土産にお菓子買って来たよーと箱を開ければ、一斉に駆け寄って来る。
ありがとうコノハねえちゃん! なんて満面の笑みで言われれば、ピット達に邪険に扱われる可能性も厭わずお土産を持って来た甲斐があるってもんだよ。

思い思いお菓子を手に取って食べるちびっこ達を見ながら、私も一つ個包装を開ける。
すると一人の女の子が近寄って来た……確かこの子はエイネちゃんだったかな。
この子の為にピットは私から市民証を盗ったんだっけ。


「コノハねえちゃん、また遊びに来てくれてうれしい」
「ほんと? くー、こっちこそ喜んでくれて嬉しいよ」
「わたしコノハねえちゃん大好き。すごく優しいもん」
「へ? いやいや、それは誤解カナー。優しくないよ」
「ううん、優しいよ。ピットにいちゃんを助けてくれたし、わたし達を許してくれたから」


私は服を盗んだピットの為にお金を出し、それなのに市民証を盗んだ彼を許した。
……言えない。任天堂キャラとその身内だったから助けて許したんだよとか言えない。
だけど、ここは勘違いを存分に利用させて貰うとしよう。

かつて何かのオフィスだった事を思わせるフロア。ボロい事務椅子に座ってエイネちゃんを膝に乗せる。
お菓子を食べながら嬉しそうに微笑んでいる彼女を見ると心が洗われるよう。

それにしても、ピット達は政府が嫌いそうだとは思ってたけど、だからってまさかピーチ姫達に関係してるとは思わなかった。
まだ決まった訳じゃないにしても可能性は高い。
私が“脇役”なのであれば、もう巻き込まないで欲しい。切実に。
傍観者でいいよ。危ないのなんて嫌だ、痛いのも苦しいのも嫌だ。
そんな辛い目に遭う役は他の人にさせて、私にさせないで欲しい。

ところで、さっきから離れた場所でピット達がピカチュウ達と話してるのが気になる。
やっぱり必要なのはピカチュウであって、私なんかいらないんだよね。

……ええいもう卑屈で暗い考えはやめろやめろ!
私が特別じゃないなんて、謂わば脇役だなんて最初っから分かり切ってた事じゃないの!
任天堂キャラ達と知り合えただけで上等! よし! 終わり!


「コノハねえちゃん、どうしたの?」
「ん、何エイネちゃん。私どうかしてた?」
「なんかちょっと、悲しそうな顔してたから」
「えっ……あ、いや、何でもないから大丈夫だよ」
「そう? もし何かあったら、わたしに何でも言ってね! お手伝いするよ!」
「ふふ、ありがとう」


悲しそうな顔、か。
自身の安全を最優先……っていうか殆どそれしか考えてない私が、任天堂キャラ達と関わる中心人物になれない事に対する悲しみなんて抱いちゃ駄目だ。
責任を負わないなら権利も得られない、それが自然な事なんだし。
また暗い考えに沈みそうになった所で、エイネちゃんがぎゅっと抱き付いて来た。
まだまだ幼い女の子は、温かくて柔らかくて、羽のようにふわふわ。
愛しくなって、壊れもののような少女が苦しくならないよう控え目に抱き締める。

……と、その瞬間。
ズシンと一つ、やや大きめの衝撃が廃ビルを揺らした。
爆発音のような物も聞こえたように思え、何事かとだれもが辺りを見回す中、今度ははっきりと近くで大きな爆発音と揺れが体まで届く。
ルカリオが弾かれたように外へ飛び出し、子供達がピットに呼ばれて一所に集合。
私はどうしようかと思ったけど椅子から立ち上がり、エイネちゃんを口実に同じ所へ駆け寄ると、ピットに訊ねる。


「ちょ、ちょっとピット君これなに、よくある事なの!?」
「僕に訊かれても知らないよ、ルカリオが見に行ってくれたんだから少し待っ……」
「お前達、どこか逃げ道はあるか!?」


意外にすぐルカリオが戻って来た。
その焦りよう、言っている内容、つい今さっきの爆発音。
総合すると嫌な予感しかしない。きっとそれは私だけでなく他の皆も思っている事。
だけど、ルカリオがすぐに戻って来たという事は猶予が無いという事、まで考えが至らなかった。

返答しようと口を開きかけたネスを遮り、勢い良く後ろを振り返ったルカリオ。
「コノハ様!」と叫んだかと思うとすぐに私の傍まで来てしまった。
それと同時になだれ込んで来る、同じ制服の集団……シェリフだ。
入り口の方に陣取り逃げ道を奪うと、無線のような機械でどこかに連絡を取る。


「市民証不所持の孤児達を発見した。これから保護に当たる」


子供達から血の気が引いていくけれど、そんな事など構う気は無いらしい。
っていうか“保護”? 本当に保護する気なんてあるの?
だって保護するだけなら銃を持つ必要なんて無いでしょ。
危険な、言うなら反政府思想の大人が居る可能性も考慮しているのかもしれないけど、その銃口を子供達へ向ける必要なんて無い筈。

ピカチュウが私の足下、やや前方に陣取る。ルカリオはその少し右側。
シェリフ達が続々とこちらへやって来る……けれど、次の瞬間。


「PKサンダー!!」
「!?」


ネスとリュカの声が廃ビル内に木霊し、次いで目や耳を覆いたくなる程の閃光と轟音。
閃光はシェリフ達の頭上から雨あられのように降って来る。
PKって……PSI!? え、まさか2人とも本当に原作通りの超能力者だったの!?
それを合図に子供達がばらばらに、けれど出来るだけ離れないようビルの奥へ走り出す。
私が呑気に感動していると、ルカリオとピカチュウの声が鋭く耳を突いた。


「コノハ様、逃げ道が空いております! あなたは外へお逃げ下さい!」
「ボク達もすぐに追い掛けるから大丈夫! ここの子達は勝手知ったる彼らに任せよう!」


他に逃げ道があるのか、普通に出入り口から出る気は無さそうな子供達。
確かに地理にも彼らの事情にも疎い私達が傍に居たら邪魔になるかもしれない。
ルカリオが示す先、PKサンダーにやられてシェリフ達が倒れ、出入り口が空いている。
迷わずそちらへ駆け出そうとするけれど……、
ふと安全確認の為にまだ立っているシェリフ達へ向けた視線が、とあるものを捉える。

悔しげな顔の一人のシェリフ、今にも発砲しそうにトリガーへ掛けられた指。
狙う先は、逃げ惑う子供達。
私にくっ付いていた為、他の子より少し遅れている少女。


「……エイネちゃん!!」
「コノハッ!?」


出入り口の方へ向いていた自分の足を、バネのように弾いて方向転換する。
焦ったようなピカチュウの声を背後に踏み込んだ銃弾の軌道上。
乾いた破裂音と、私の右肩、二の腕辺りに激痛が走るのはほぼ同時だった。


「っうぅ……!!」


全く慣れていない激痛に足が震え、走っていた勢いのまま滑り込むように床へ倒れる。
なんだこれ、痛い、痛いっ……!!

もう一度、今度はルカリオとピカチュウの声が同時に私を呼ぶけれど、痛みに転がった私は膝を立てる事もそちらへ顔を向ける事も出来ない。
出来るのは ただ右の二の腕を押さえて、無様なまでにうずくまる事だけ。

すぐもう一度破裂音がして、私の頭すれすれで何かが弾けた。
そして数人分の足音が私の傍で止まり、その重い足音はピカチュウ達でも子供達でもない、シェリフのものだと気付いた時には全てが遅かった。
私に突き付けられる銃。それでも痛みに負ける私の体は言う事を聞かない。


「動くなお前達! これ以上抵抗するならもう一度この女を撃つ!」


広がるざわめき、不安そうな子供達の声の中には、私の名を泣きそうに呼ぶものも。

……違う。私、足手纏いになりたかったんじゃない。
私が異世界転移なんてしたのが間違いでも手違いでも、そもそもこの世界に私なんて必要じゃなくても良い。
だけど積極的に邪魔をするような足手纏いになるなんて嫌だ。

私の事が必要無いなら、静かにフェードアウトさせてよ!
もう二度と任天堂キャラ達に関われなくても良いから、元の世界に帰してよ!
邪魔をして彼らを危険に晒すなんて、そんなの望んでない!

いくら心の中で叫んでも、突然私が特殊能力に目覚めてこの場を乗り切ったり、光に包まれて元の世界へ帰れたり、そんな都合の良い展開にはならなかった。
撃たれていない方の手を掴まれ無理矢理立たされた私の目に飛び込んで来たのは、シェリフ達に銃を突き付けられて追い立てられ、ビルから出て行く子供達。
ピカチュウとルカリオは私から少し離れた所でしゃがみ込み、そちらも銃を突き付けられている。


「ピカチュウ……ルカリオ……」
「コノハ様。なぜお逃げにならなかったのですか」
「ごめ……私、足手纏いに、なるなんて……そんな、つもりじゃ」
「責めたいのではありません。驚いただけです」


ルカリオは私を見ないまま、淡々と呟くように話す。
その声音には怒りも呆れも感じられず、むしろ労るような調子さえ感じて、こんな状況なのに少しだけ落ち着いた。
だけど痛い。右の二の腕辺りが焼けるように熱くて涙が自然と溢れて来る。
左手で押さえると流れ出る血の感触がはっきり感じられて気持ち悪くなった。
ピカチュウは私の方を見て、撃たれた傷を気にしてくれている風。


「シェリフの人達、彼女を早く手当してあげてよ」
「逆らった癖に図々しい奴だな。言われずともそれくらいはする。この女に死なれるとこっちが困るのでな」


……?
私に死なれると困るって、どうして。
だけど今の私はそれを質問するより先に、気にしなければならない事がある。
私は消え入りそうな声でピカチュウ達の身の安全を懇願した。


「お願いします、子供達も、ピカチュウとルカリオ……そのふたりも、殺さないでください。お願いします……」
「これ以上逆らわなければ傷付けはしない。暫く監視下に置く事になるが」
「……」


それが本当である保証なんてどこにも無い。
こんな無体が許される国なら、呆気なく殺されるかもしれない。
けれど嘘だろうが本当だろうが、私には何も出来ないのだから、例えその場しのぎの口約束でも信じて心の糧にするしかない。

シェリフの一人が私の傷の応急処置をしてくれた。
痛みは酷いけれど止血は出来たし、この場での命の危険は去った。
やがて応援を呼ばれたのか新たなシェリフがやって来て、私達は引っ立てられて行く。
その行き先は分からないけれど、楽園じゃない事だけは確かだった。


+++++++


ノースエリア陸地の北限、政府の中枢となる5000mのタワー。
その中腹にある外壁に立ち、遙か下方の街々を見下ろす二つの影。

一人は流れるような美しい銀の長髪に金の瞳、黒いスーツを身に纏う者。
外見が中性的で性別の判断はつかない。この者の名は“セレナーデ”。

一人は流れるような美しい黒の長髪に銀の瞳、赤い派手な着物を身に纏う者。
外見は凛々しいが女性だと判断できる。この者の名は“ネラージェ”。

セレナーデは楽しそうにクスクス笑い、真顔のままのネラージェへ話し掛ける。
声まで中性的で、聞けば余計 性別の判断に苦労してしまいそうだ。


「ねえねえネラージェちゃん知ってる?」
「何をだ」
「ここ、グランドホープって名前の街じゃん。その名前の意味わかる?」
「意味? ……“偉大な希望”とか、そういう感じの意味か?」
「まあそういう良い意味をイメージして付けた名前なんだろうけどさ、
 “Grand”にはそういうポジティブな意味だけでなく、“思い上がった”とか“自惚れた”とかそういう意味もあるんだよ。
 犯した罪が重い時にも“Grand”って頭に付けたりするみたい」
「それで何が言いたいんだ?」
「いや……ふふっ、分かるでしょ」


セレナーデは心底楽しそうに、広大な街並みを見下ろす。
“普通”であれば見渡すのも困難を極めるであろう広さも、“ここ”なら通常より良く見渡せる。

これからこの街が、世界がどう転ぶのか。
何よりも“彼女”がこれからどうなり、どういう決断を下すのか。
それらが楽しみで楽しみでしょうがない。


「グランドホープ、グランドホープ、っと……」


楽しげなセレナーデの笑いと呟きに、ネラージェはそれ以上、反応を示さなかった。





−続く−



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