グランドホープ

act.10 凡顔少女と超絶美女



旅行最終日、目覚めた私が開口一番に出したのは溜め息。
だって帰りたくないんだもんよ。まだ遊んでいたいんだもんよ。
まあバイトの身分で嫌がってたら、本格的に社会に出て働いている人達から相当な顰蹙を買いそうではあるけれど、嫌なものは嫌で。


「コノハおはよー」
「お早うございます、コノハ様」
「お早うピカチュウ、ルカリオ」


ふと。ふと目覚めた先に居たふたりに、沈んでいたテンションが急浮上した。
ピカチュウとはもう数ヶ月一緒に居たから今更なんだけど、ポケモンが居る生活って、かなり幸せな状況だよね。
少なくともポケモン好きなら誰でも夢見る状況だけど、ただ見るだけで、夢のまま、一生叶いっこない事だよね?
それが今、私は叶っている訳だ。
たかだか旅行から帰らなくちゃいけないだけで落ち込んでいたのが申し訳なくなる。

……でもそれは優越感から来る、自分を慰めたいだけの感情かもしれない。
異世界転移には憧れていたものの、こんなに帰りたくなるとは思わなかった。
そりゃピカチュウはじめ任天堂キャラ達は大好きで一緒に居たいけれど、故郷の夢を見たり思い出したりすると辛さが一番に来てしまう。

お母さんに会いたい、お父さんに会いたい、マナに会いたい、ケンジに会いたい。
万一、私を異世界人だと知るピカチュウとルカリオが居なくなってしまえば、私はこの世界では一人ぼっちになってしまう。
特にピカチュウが居なくなれば、私と同じ感覚を持つ人など唯の一人も居なくなる。
あんな小さな彼に頼って縋ってしがみ付かなければ、私は耐えられない訳だ。

だから、任天堂キャラと一緒に居られる自分は幸せなのだと、言い聞かせて自分を慰めないとやっていられない。
夢小説のヒロインみたいに、異世界転移した事を簡単にあっさり受け入れるなんて無理。
必死になって、少しでも楽しい事を探して見つけて、そうしないと辛くて仕方がないから。


「コノハ、大丈夫?」
「え?」
「顔色悪いよ、昨日遊び過ぎて疲れちゃったんじゃない?」
「あー……そうかも」
「亜空軍の襲撃もありましたし、緊張したのでしょう。如何致します、朝食はルームサービスでも取って、部屋でお召し上がりになりますか?」
「ん、いいよ、レストランまで行く。せっかくの旅行だしね、帰ったら明後日のバイトまで存分に休むから心配しないで」


浮かべた笑顔は作った物ではないから、ふたりとも納得してくれる。
よしよし、ポケモン達と過ごせて心配とかして貰えて、幸せ者だわー私。
いや棒読みとかじゃなくて、本当に幸せは感じてるんだけどね。

レストランでロイ達と会って、いつも通り和やかに挨拶。
色々と考え込み過ぎていた故の顔色の悪さも一時のものだったようで、私を見た彼ら(ロイはともかく、リンクやマルス)からの言及は特に無かった。


「おはよー3人とも、帰りたくないねー」
「開口一番それかよコノハ」
「笑わないで下さいよリンクさん、本当に嫌なんですから!」
「あー分かる分かる。旅行最終日のテンションだだ下がりはキツイよなー」


けらけら笑うロイに、私も苦笑しながら頷く。
最終日の今日は海上に浮かぶショッピングモールへ行く事にしている。
皆はお土産も買うみたいだけど、私、お土産渡す人なんて殆ど居ない。
取り敢えずバイト先のステップストアには纏めて買うのは決定済み、でもそれ以外にお土産を渡すほど仲の良い人なんて今ここに居る全員で終わりだよ。

……いや、ピット達に会いに行こうかと考えていた所だし、彼らに買って行ったら喜んでくれるかもしれない。
ピットとネスは鼻で笑うかもしれないけど、他の子達なら喜んでくれる筈だ!

朝食後にチェックアウトを済ませ、荷物を持ってバスに乗る。
ドルフィとホテルから10分程の所に橋があり、その先、海上に大きな建物があった。
地球でも見るような大型ショッピングモール。更に向こう側には観覧車もある。
おおお乗りたい! 後で提案しようかな。

ロッカーにキャリー等の大きな荷物を預けて身軽になってから、めぼしい店を探して歩き回る。
そう言えばロイって買い物かなーり長かったよね。
また付き合わされちゃ敵わないけど、折角だし皆で行動したいような気も。


「あ、ちょい服見たい! あそこ入っていいか?」


ロイが指さしたのはメンズ服の専門店。
私は用は無いなー、一人だけ別行動かなー。
服ならピット達に買ってあげるつもりは無い。
この前かなり奢ったし、そもそもサイズとか好みとか知らないしね。


「じゃあ私は別の店に行くから、終わったら連絡して……」
「待ったコノハ。折角だし二手に分かれないか?」


リンクの提案に私は一も二もなく頷いた。
そうしたらリンクが続けて、ロイの買い物が無駄に長引かないよう付き添うと申し出て、結果的に私はマルスと一緒に行動する事になる。
ピカチュウとルカリオも一緒だから二人っきりではないけど、ちょっとドキッとしてしまった。
リンクと二人でジェットコースター乗ったりもしたのに、イケメンと二人きりに近い状況で行動する事に免疫できないなぁ。


「コノハはどこに行きたい? キミの行きたいお店でいいよ」
「え、なんか悪いね。かなり勝手気ままに行動しそうだけど良いの?」
「うん。僕はこのイーストエリアに住んでるから、キミ達よりは気軽に来られるし」
「へえ、マルスってイーストエリア在住なんだ! いいなあ、遊ぶ所いっぱいあって」
「観光地だから騒がしいけどね。でも僕の住んでいる辺りなら割と静かなんだよ」


そう言えばピーチ姫の豪邸があった場所も観光地にしては閑静だった。
……まさか、ご近所さんとかじゃないよね?
まして知り合いじゃないよね、だったら泣くぞ私!

うわあ嫌な予感。絶対 会いたくないのに。
決してピーチ姫達の事が嫌いな訳じゃない、寧ろ好きなんだけど、あまりにも気まずいし、レジスタンスの事を知っている私は彼女らにとって危険分子だからね。
グランドホープは1つのエリアだけでもかなり広いから、離れている事を願う……!

悶々とマルスには決して言えない事で悩んでいると、ふとルカリオが足を止めた。
私とマルスも足を止めて振り返ると、彼はとあるお店を見つめている。
視線の先にあるそのお店に気付いた時、物凄く嬉しくなってしまった。


「ルカリオ、気になるの?」
「! 申し訳ありませんコノハ様、気を抜いておりました」
「いいのいいの、私も気になるから行ってみよ」
「え、あの!」


うきうきとルカリオの手を引く私に、マルスとピカチュウがクスリと微笑む。
ピカチュウは頭の上だから顔は見えないけど、楽しげな雰囲気だけは伝わった。
そして、ピカチュウとマルスの笑っている理由は違うものだと、私は分かっている。

ルカリオの視線の先にあったのはチョコレートの専門店。
甘い香りが辺りに漂っていて、嫌でも気を引かれてしまう。
ルカリオってチョコ好きだもんね、あれは映画の話だったけど。
それでも元の世界で知っている情報に沿うような出来事は嬉しい。

ピカチュウは元の世界から来ているから、ポケモン事情を知っているのだと思う。
マルスは、厳格な騎士のような雰囲気のあるルカリオが、甘いお菓子に興味があると知ってギャップを楽しんでいるんだろう。

買ってあげるよ、と言うと最初はおろおろと遠慮していたルカリオだけど、私達がチョコレート菓子を物色して買おうとしているのを見ると、やがて私からは離れないまま店の中を見回り、欲しいものを怖ず怖ず差し出して来る。
主様なんて思っている私に物を買って貰うのは気が引けるのかもしれないけど、私お給料なんて払えないし、その代わりだと思ってくれればいい。
どんな騎士様だってお給料くらいは貰ってるでしょう。

色々と買って保冷効果のあるバッグに入れて貰い、店を出る。
と、自動ドアをくぐり抜けた瞬間 背の高い人とぶつかりそうになってしまった。
危なっ、ルカリオが引っ張ってくれなかったら正面衝突してたよ!

……だけどその人物へ視線を向けた瞬間、私は硬直してしまう。


「すまない、大丈夫か?」
「……あ、……はい……」


その人物は長い金髪をポニーテールに纏め、着ている服はシンプルながら体のラインが浮き出るセクシーなもの。
足にぴったりとフィットしたボトムが長さと細さを強調している。
女でもはっとしてしまうような超ド級の美女が、そこに居た。
動けずに見つめていると、美女が怪訝な表情をする。
気付いたピカチュウが私の頭を軽く叩き、代わりに美女へ話し掛けた。


「ごめんなさい、こちらこそボケーッとしちゃってました。お姉さんが美人だから見とれてるんです、この子」
「ふふっ、口が上手いな」


美女……サムス・アランが微笑む。
切れ長の瞳はキツい印象を与えるのに、その微笑みは花が零れるようで。
うわわそんな趣味無いのに顔が赤くなりそうだ!

そうやってサムスから目を離せないまま呆然としていたら、頭上のピカチュウにもう一回軽く叩かれたので、我に返って慌てて謝罪。
サムスは 気にしないでくれ、と軽く言うとそのまま店の中へ入って行った。
……チョコ好きなのかな。ちょっと意外かな? サムスの好みが全く分かんないや。

いつまでも入り口に居ると邪魔なので移動し、少し離れた場所の壁際に寄ってほぅ、と息を吐いた。


「すっっっっごい美人だった! マルス見た? 見たよね? あー緊張したー!」
「ほんと……見掛けは派手なのに落ち着きがあって素敵な人だったね」


ふいーうマルス様からもお褒めの言葉を頂きましたー! 私が褒められた訳じゃないけど喜んどこう。
思いがけない任天堂キャラとの遭遇にテンションが上がった、と同時に下がった。
結果プラマイ0だった……いや、私にとってはマイナスか……?

さてさて、今のサムスさんまで革命家という事はあるのだろうか。
今までに会った任天堂キャラの革命家は4人、マリオ・ピーチ・フォックス・ファルコ。
恐らく違うと思われるのが6人、リンク・ロイ・マルス・ピット・ネス・リュカ。
違うと思いたいけど何か怪しいのが3人、ロボット・ルイージ・ポケモントレーナー。
革命家ではなく逆に政府側なのが1人、アイク。
正体が何だろうが完全に信頼してるのが2人、ピカチュウとルカリオ。
ルカリオを信頼するのはまだ早いかもしれないけど、もう私が異世界人だと知られている以上は安心だと思いたい。じゃなきゃキツすぎる。

まあもう会う事も無いだろうし気にしなくてもいいや。
またサムスに会う事があってから色々と考えればいいよね。

それから、少々マルスに遠慮しつつも買い物を満喫させて貰った。
何となく服屋には入り難かったので入ってないけど、それでもお土産物屋を中心にあちこち回れて楽しくてしょうがない。
次はステップストアとピット達へのお土産にお菓子でも買おうかと思ったら、マルスの市民証に着信が。


「ごめん、ちょっと出るね」
「どうぞー」


市民証を取り出し通話を始めるマルス。
友達かなー、と思っていたら彼が盛大な溜息を吐く。
やれやれといった体で首を振ると、市民証から顔を話しこちらへ向いた。


「コノハごめん、リンクさんが、ロイが買い物でハイになって終わりそうにないから止めに来てくれって」
「また長々と買い物してるのか……分かった、行こう」
「いや、僕だけで行って来るよ。ロイを止めたらすぐ戻って来るからさ。コノハはお土産でもじっくり選んでて」
「そう? じゃあそうさせてもらおうかな」


お土産選ぶのかなり時間かかりそうだしね。実は私もロイの事あんまり言えなかったりする。
マルスを見送って、ピカチュウやルカリオと一緒にお土産選び。
あれが良いかな、いやこっちも良いかな、何個入りかな、と迷っていたけれど、ふたりのアドバイスもあってそんなに時間が経ってない。選んでたのは10分ちょっとかな。
マルス達を待とうと店を出て近くにあったベンチに座っていると、更に5分後くらいにマルスから着信が。


「やっほーマルス、ロイの買い物終わった?」
『それがさ、少なく見積もってもあと30分は終わりそうにない……』
「うおぉ、マジで?」


買い物始めてから2時間は経過してるぞ。
まあ私も買い物なら長時間やってられるから気持ちは分かるんだけどさ、なんていうか意外っていうか。以前の事で知ってはいたんだけど。
コノハはどうする、と訊かれて、ふと思いつく。


「分かった、気にしないでいいよー」
『了解。こっちも終わったら連絡するよ。なるべく早く終わらせるから』
「大丈夫だって、実は私もまだ買い物終わってないんだよね。終わったら連絡するからごゆっくりどうぞー」


言って、市民証を切る。
そしたらピカチュウが、どういう事? と訊ねて来た。


「もう買い物終わったじゃない。何か買い逃し思い出した?」
「違う違う! 外、奥の方に観覧車あったでしょ、乗ろうかと思って!」
「ああ……後で皆に乗ろうよって言えばいいのに」
「時間あるか分かんないし、言い出し難いかもしれないじゃん。念のため乗っときたい」


まあピカチュウもルカリオも反対したい訳じゃないので、特に意見も無く観覧車へ向かう。
モールの建物を出て、緑なんてどこにも無い遊歩道を数分ほど歩いた先にあった観覧車は、思った以上に大きい。
一周30分程度、高さは約180m、ゴンドラも私が知っている観覧車よりだいぶ大きくて、直径3mくらいの球体になっている。
ほんっと大きいなおい。ゴンドラがちょっとした部屋みたいなサイズになってるぞ。

乗り場に近付くと入場ゲートがあって、横には係員さん。
グランドホープには無いけど駅の改札に似てる。あれに市民証を翳せば通れるみたい。
ペットも同乗可、ピカチュウとルカリオもOKだね。
ピカチュウ達も人間の半額だけど料金が必要みたいだし、ゴンドラ1つ貸し切りにしようかな。


「ゴンドラ1つ貸し切りは2000か……あれ?」
「コノハ様、あの者はさっきの」


入場ゲートから少し離れた所に、目を見張らんばかりの美女。
ゲートの方を見ていてまだこちらには気付いていないけれど、近寄って行ったらちらりとこちらを見て、一瞬目を見開いた後に微笑みながら話し掛けて来た。
うーん、やっぱり目の保養ですなサムス姉さん。


「さっきの……また会ったな。観覧車に乗るのか」
「はい。お姉さんもですか?」
「ああ、乗りたいんだが、一人で乗るのもどうかと思っていたんだ。もし良かったら一緒に乗らないか? ゴンドラ1つ折半しよう」
「いいんですか!? 乗ります乗ります!」


言ってから、ふとサムスの素性が分からない事に不安が過ぎった。
しかしもう乗ると言ってしまって後の祭り。今更断るのもなあ……。
まあ、ピカチュウとルカリオも居るから大丈夫かな。
きっとふたりなら私が何も言わなくても警戒とかしてくれるだろうし。

係員さんに話して1000ずつの支払いにして貰い、市民証をセンサーに翳してゲートを通る。
通路を歩いて先へ行くとゴンドラの乗り場があった。
うわ、近くで見るとゴンドラがますます大きい! 球体だしあんまり見ないような形だなあ。
ほぼシースルーで眺めが良さそう&足が竦みそうだ。

数分ほど順番待ちをした後、乗降担当の係員さんに扉を開けてもらい中に入る。
中央の滑らかな曲線を描く柱をぐるりと回るようにベンチが取り付けてあり、端っこは東西南北の位置に2つずつ外向きの椅子が取り付けてある。
スペースが広めで立ち見の方がメインになりそうな感じだな。
ゴンドラの中も外も遮る物がほぼ無いので眺めが半端なく良い。
ほんと、ちょっとした部屋とか展望室っぽいんだよね。


「うわわ、乗り場が高い位置にあったからもう眺め良いですよ!」
「そうだな。もう少し上がればモールの高さを越えるから、イーストエリアの町並みも見えてもっと良い眺めになりそうだ」


思えば一昨日に海辺のランドマークタワーに行ったから景色的には同じ、しかも高さはずっと低い。
だけどやっぱり観覧車となると感覚が違う。
じわじわ上って行くゴンドラにテンションが少しずつ上がって行くから長持ちしそう。

きゃいきゃい小さな子供みたいにはしゃぎながらゴンドラの中を歩き回り、色んな方角から景色を眺める。うーん最高!
そうしていると、中央のベンチに腰掛けていたサムスが話し掛けて来た。


「お前、名は何というんだ? 私はサムス、ウエストエリアに住んでいるんだ。こうして会ったのも何かの縁だろうし、教えてくれないか」
「私ですか? コノハっていいます」
「コノハか、良い名前だ。イーストエリアには遊びに来たのか?」
「はい、友達と旅行に。観覧車を降りたら合流するつもりですけど、今はちょっと別行動してるので」


さり気なく所在地を言わないようにして、私よくやった! と心中で己を褒めたのも束の間、次の質問で思わずイーストエリア出身ではないと教えてしまった。自分アホ過ぎる。
まあ別にサムスが革命家や政府関係者だとか決まった訳じゃないし、それに革命家だったらピーチ姫が、政府関係者だったらアイクが何とかしてくれると信じたい。
かなり他力本願だけど、私には戦闘能力も特殊能力も無いんだから良いじゃないか、頼りまくったって!

ピカチュウとルカリオは少しだけ警戒を滲ませている気はするけど、私の傍に付いているだけで露骨な威嚇などは全くしていない。


「それにしても、そのペットは珍しい姿をしているな。しかもやたら流暢に喋るじゃないか、調整に苦労しただろう」
「いえ、実は私が作ったとかそういう訳じゃないんですよ」
「そうなのか。ひょっとして獣人とかだったりはしないか?」
「さあ……詳しい事は分かりません。でも何にせよ大事な友達です!」


笑顔を浮かべながらそう言うと、サムスが一瞬だけ驚いたように目を見開く。
ふと視線を感じて隣を見るとルカリオまで驚いたように私を見ていた。
え、あの、そんなにおかしいこと言いましたっけ?
まさかペットを人間と同格に扱うと法律違反になるとか、そんな事ないよね!?

サムスもルカリオも何も言わないから、何も無いのだと思っておこう。
観覧車のゴンドラはじわじわ高度を上げ、そろそろ4分の1辺りに辿り着きそうな感じだ。
一周30分だったっけ、あんまり考えなかったけど結構長いよね。
長くても一周15分ぐらいのにしか乗った事ないな。


「風吹いたらどれだけ揺れるかな。ちょっと期待」
「そんなこと言って、実際 揺れたらビビるに一票〜」
「ちょ、ピカチュウおのれぇぇ! 私の心の中を読むなと言っておろうに!」
「言われた覚え無いんですけど」
「くっそ、ルカリオも読んでんの!? 波動の力で読心余裕ってか!」
「いいえ、読んでなどいません。しかしながらピカチュウの言う通りのような気はしております」
「キミは私を敬っているのか見下しているのかどっちだ!」
「はははっ、面白い奴らだな!」


ぎゃんぎゃん騒ぐと、サムスが声を上げて笑い出した。
思わず振り返った先の彼女の笑みが満面のもので驚いてしまう。
うわわ、サムスってあんな満面の笑みとか浮かべるんだ! 良いもの見た!

そこから、何となく固まり気味だった雰囲気が溶解して柔らかいものになる。
ついついサムスの素性が知れない事も忘れてお喋りに興じ、景色も楽しんでいると30分はあっという間に過ぎた。
ゴンドラを降りた時にはどこかスッキリしたような気持ちにもなった。


「あー楽しかった! 30分って意外にすぐなんですね」
「それも楽しければこそだろう。一人で乗らなくて良かったよコノハ、お前達のお陰で私も楽しかった」
「お役に立てたのなら何よりです。じゃあ私、そろそろ友達と合流しますね」
「ちょっと待て。渡したい物がある」


踵を返そうとしたら引き留められ、懐から何かを取り出すサムスを黙って見る。
渡されたのは一枚の名刺で、市民証で読み込めるQRコードのような物が付いていた。


「え、と……警備会社イージス 専属警備員サムス・アラン……。あ、警備員ってあのシェリフよりお手軽で引く手数多な職業ですね!?」
「宣伝のような認識ありがとう。そこの会社に所属しているんだ。ボディガード等も請け負っているから何かあったら私を指名するといい、割安料金で請け負うぞ。個人的な連絡も大歓迎だ」
「わー、ありがとうございます!」


まさかリンクが目指す職業に就いている人だったとは。
このQRコードみたいなのを読み込めばサムス個人の連絡先とかが分かるんだね。
結局彼女は私の連絡先とか訊かないまま、別れて去って行ってしまった。
私が連絡するかどうか分からないのに私の事を何も訊かないって事は、革命家や政府とは何の関係も無いと思っていいのかな。


「ボディガードか、そんなものに頼る事態にならなきゃいいけどね」
「フラグ立てないで下さいピカチュウさん。まあピカチュウとルカリオが居るから、彼女にお鉢はそうそう回って来ないよ」
「おー嬉しいねえ信頼してくれるなんて。こりゃご期待には応えないと」


料金いくらぐらいなんだろ、ちょっと後でホームページでも見て調べとこ。
……いや、ピカチュウの言う通りそんな事態にならないのが一番なんだけど、念には念を入れていたって良いじゃないの。
それにサムスお姉様に守って貰えるなんてオイシイ……いや嬉しいじゃないか!
うーん、これじゃ“そんな趣味は無い”って自覚に説得力が無くなるね。
しかし女が美人好きでも良い筈だ、少なくとも悪い事は無いでしょう!

モールに戻ってから市民証を確認してみたけどまだ連絡が無い。
どうやら買い物はまだ終わってないようだ。
おいおいロイ君、キミが買い物始めてからもう3時間が経とうとしているぞ。
観覧車に乗ってる間に連絡が来たらどうしようと思ってたけど、完全に杞憂だった。
ちょこっとその辺の店でウィンドウショッピングしていたら、10分ぐらい経ってようやく連絡が。
合流した時、リンクとマルスが心底疲れ切った顔をしていたのは言うまでもない。


「やっほーお疲れリンクさん、マルス!」
「コノハ、ごめん! どうしても止め切れなくて……」
「いいですよリンクさん、こっちはこっちで楽しかったですから」
「オレも楽しかったぜー、いやあ買った買った!」
「ロイ君はちょっと自重しようか」


こう来ると、ロイの面倒を見ていたリンクとマルスに悪いな……。
何だかんだで私は買い物満喫して観覧車にまで乗ってたんだし。
ロイ、悪い子じゃないんだけどなー、多分夢中になると周りが見えなくなるタイプなんだろう。
さて次はどうしようかと思っていたら、リンクがとある提案をして来た。


「なあ、まだ腹減ってないなら一つ提案があるんだけど」
「なんですか?」
「今は飯食いに行ってもどこも人が多いと思うんだ。だから時間をずらす為に、観覧車でも乗りに行かないか?」
「えっ」


良いねー、とロイ達は盛り上がるけれど、私は応答が遅れてしまう。
え、あ、観覧車、ですか。いや面白かったですけど、あの、さっき乗ったばっかりで。

……なんて言える訳もなく、再び観覧車に乗りに行った私は、係員さんから「またコイツ来たよ」みたいに思われてないか不安が満ちるのでした……ってか。


++++++++


「楽しかったよ皆、また今度一緒に遊ぼう」
「うん、今度はセントラルエリアの方にも遊びに来てね」
「またなー、マルス!」


帰りの駅、イーストエリア在住のマルスと別れ、列車に乗り込む。
空はすっかり夕暮れ、思いの外盛り上がったので予定より列車を2本ほど遅らせて乗っている。
“日常”に戻るのか……このグランドホープでの“日常”に。

旅行最終日のテンション低下が起きたか、会話がそんなに弾まないままセントラルエリアに到着。
リンクやロイと和やかに挨拶して別れ、私は自宅に帰って来た。


「ただいまー。あー疲れた、明日はゆっくり休もう」
「お邪魔しますコノハ様」
「ちょ、ルカリオ。今日からキミも住むんだから挨拶は“ただいま”だよ」
「えっ……あ、はい、ただいま戻りました」
「……それ合ってるっけ? ま、いいや。これでルカリオも本格的にウチの一員だね」


そう言うと、ルカリオが少し嬉しそうに微笑む。
私が彼の言う“主様”じゃないと知った時のがっかりっぷりは盛大だったけど、今はもうそんな感情は浮かべていないみたいだ。
少なくとも喜んでくれているみたいで一安心かな。

荷物を整理し片付けていると、はらりと一枚のカードが落ちる。
今日サムスに貰った名刺。またも思いがけない任天堂キャラとの出会いだった。
こうして少しずつ知り合いになって行くけど、これから一体どうなるんだろう。
任天堂キャラの多くが革命軍や政府に属するとしたら、戦いが起きる可能性もある。
それに巻き込まれたくないし、本来なら出来るだけ一緒に居ない方が良いんだろうけど。

そもそも革命軍と政府に分かれたとして、どちらか一方だけに味方なんてしたくない。
だってどっちにも任天堂キャラが居る訳でしょ、敵対したくねぇぇ……!
どうにかして回避したい。臆病者とでも何とでも言うがいい。
私は夢ヒロインじゃないんだから、逃げたって責められる筋合いは無いぞ!
戦えないんだから仕方ないじゃないか。

いっそ自分が異世界人だとでも言おうか、そして彼らがゲームのキャラだとでも言おうか。

……いや、無いな。
自分が異世界人だって明かすのは良いけど、彼らがゲームキャラだって明かすのは無い。
だってそれって余りにも酷すぎるじゃないの。
彼らが信じる信じないは別として、自分の人生を歩んでいる彼らに、実はあなた達はゲームキャラですよ、などと言うなんて余りにも無神経だ。

幸いこの世界の任天堂キャラ達は、原作ゲームの彼らとは違う人生を歩んでいるっぽい。
だから、元の世界で辛い目に遭ったり心が抉れるような決断をしていたり……とか、そういう事は気にする必要が無い訳だ。
けれど、それでも彼らは生きている。自分の人生を歩んでいる。
今までの人生で苦労していたり、辛い事だってあったかもしれない。
十数年しか生きていないとしても、幸福と楽しい事しかなかったなんて事は無いはずだ。
例え目立った苦労が無くたって、今まで歩んで積み上げて来た人生は掛け替えないもの。

そんな彼らに、あなた達はゲームのキャラです、あなた達の命も体も、今まで歩んで来た人生も、これから歩む人生も、私達の世界の人が楽しむ為に作られた娯楽です、なんて。
そんな事を教えるなんてムゴいし無神経だし、どんだけ人の気持ち考えられないのって話になっちゃう。

いや、正直に言うとバラしたくなる事はある。思いっ切りぶっちゃけたくなったりする。
でも耐えなきゃいけない。彼らの存在が娯楽なのは事実だけれど、それを知られちゃいけない。
これは彼らの名誉と矜持と人生と……彼らの存在そのものを尊重する為だ。

……ピカチュウは、そこんとこどう思ってるんだろう。
彼は“ポケットモンスター”というゲームを知っている。
“ピカチュウ”というキャラクターを知っている。


「ねえピカチュウ」
「ん、なに?」
「ピカチュウはさ、自分がキャラクターだって自覚、ある?」
「……ポケモンのゲームの事か。無いんだよね、それが。ボクはボクだ。ボクの命やジンセイもボクのものだ。ボクは“ゲームのキャラクター”じゃない」
「だよね。うん、私もそう思うよ。ところでルカリオにゲームの事とかは……」
「ルカリオにもちょっと説明したけど、多分理解してないと思う」


用途や位置の把握の為か家の中を見回っていたルカリオに視線を移す。
って事はルカリオは、私の世界とは何の関係も無いヒトなのかな。
ピカチュウみたいに異世界転移して来た訳じゃない、と。

あー、新たな任天堂キャラに会ったせいかまた色々考え込み過ぎてる。
取り敢えず考えるのは今日はここまでにして、さっさと休もう。
サムスも好意的な人だったし気にかける必要は無さそうだし。うん、安心安心。

やっぱり疲れていたのか、荷物を片付けて簡単に夕飯と入浴を済ませると、急激に睡魔が襲い掛かって来る。
もう何にもする気力が起きなくなった私は、ベッドに倒れ込んで睡魔に敗北するのだった。





−続く−



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