グランドホープ

act.9 ジェネラル・インストール


ポケモンを実際に捕まえたり戦わせたりできる夢のようなアトラクション・ポケモンラビリンスにて、隠しイベントと思しき地下でルカリオに遭遇してしまった私達。
遭遇“してしまった”とは酷い言いぐさだと思うけれど、花に囲まれた棺から飛び出るなんて荒業を見せてくれた彼は、かなりの面倒を運んで来そうだ。
騎士が女主人にするように私の片手を取り、跪いて。
主様、なんて私に言って。


「待って待って! あるじさまとか言われても何の事だかサッパリだよ!」
「で、ですがあなたは主様でしょう。纏っている波動は確かに主様のもの!」
「んな波動とかじゃなくて目を開けて、私を見て!」


ルカリオは棺から飛び出た時からずっと目を瞑って波動で辺りを確認してる。
確か映画でルカリオがサトシをかつての主人アーロンと間違えてた事があった。
あの時もルカリオは目を開けられずに波動のみで判断したから勘違いしていた。
目が痛むのか、ぎゅっと瞑るようにしてなかなか開ける事が出来ないルカリオ。

だけどゆっくり目を開け、私の姿を瞳に映した瞬間悲しいようなガッカリしたような表情になったのが印象的だ。
悪い意味で。
ルカリオは私の手を放して数歩後退った。


「そんな……。確かに波動は主様なのに、お前は一体何者なんだ……!」
「待ってルカリオッ!」


ピカチュウがすぐ私とルカリオの間に割って入る。
お前はピカチュウ、とピカチュウを知っているような言葉を放つルカリオに移動を促し、私をちらりと見てから離れてしまった。
ルカリオと何か話してるけど聞くな、って事だよね。
大丈夫だよ、特別耳が良い訳じゃないし全然聞こえないから。

暫くは地下室の隅で私には聞こえない会話をしていた二人は、やがて私の所へ歩み寄って来た。
ピカチュウはいつも通りの態度で私の頭に飛び乗ったけれど、ルカリオは再び私の前に跪く。
今度は頭を垂れていて、手を取ったりはしない。


「先程は失礼を致しました。これからはあなたを新しい主様と定め、ついて参ります」
「ちょ、ちょい待ち! 確実に人違いだから!」
「ええ、人違いでした。なのであなたを“新しい”主様と定めたのです」


ルカリオの言葉に、私の頭が急激に冷えて行く。
面倒が起きない訳がない。
その“主様”とやらが誰かは分からないけれど、人違いだと理解しているルカリオの言葉からして、彼は私を“主様”の身代わりにしているのだから。


「……えっと、ピカチュウ彼、知り合い?」
「うん、昔馴染み。折角だから受け入れてあげて」


キミ、ゲーセンのクレーンキャッチャーの中に居た癖して昔馴染みも何もあるの?
あのクレーンキャッチャー、ルカリオ居なかったよ?
そんな疑問は浮かんでも一切言葉にならない。
ピカチュウはともかく、ルカリオはこの世界の存在。
あんまりぬいぐるみだの何だの言わない方が良い。

けど受け入れろと言われてアッサリ受け入れるには、ルカリオは危険すぎる。
こんな植物の無い世界で花に囲まれた棺。
彫られた絵の女性は沢山の植物に守られている。
平和な日本で過ごしていた為に全く働きそうになかった私の危機管理警報が、けたたましく鳴り響いた。


「……さよならァァ!!」
「うぇっ、コノハ!?」
「主様ッ!」


私は瞬時に踵を返すと、一目散に走り去った。
逃げないと彼はヤバイ。絶対にヤバイ。
姉のように思っていたピーチ姫を傷付け切り捨ててまで得た平穏が消える!

……けど一般人の私と、格闘ポケモンらしい反射神経や身体能力を兼ね備えたルカリオでは、勝負になる筈もない。
私は元の部屋に戻るどころか、地下室の扉から出る前にアッサリ捕まった。
ルカリオは私の手首を握り、必死に引き止める。
振りほどこうとしたって力の差は歴然だ。


「離してっ!」
「お待ち下さい主様、どうか私を共に……!」
「私は主様じゃない、コノハって名前がある!」
「コノハ様、先程の不敬な態度なら如何様にも謝罪致しますので、どうか私をお連れ下さい!」
「いらないいらない謝罪なんていらない、人違いならガッカリして当然だし気にしなくていいよっ!」
「寛大なお心に感謝致します、やはり私はコノハ様に付いて行くべきです!」
「ああああ余計な事言ったァァァァ!!」


ぎゃんぎゃんと地下室に響く声が耳障りだ。
耐えかねたピカチュウが私の頭から飛び降り、私達を落ち着かせてくれた。
ありがとうピカチュウ、やっぱりキミ頼りになるね。
ルカリオと向かい合って何故か床に正座する。脛めっちゃ冷たい。


「コノハ様、私を信用して頂けませんか? それとも私が目障りですか?」
「うーん、信用する・しないとか目障りとか言える程、キミの事知らないし……」
「ではこれからの働きで私を見極めて下さい。それでも役立たずと仰るのなら、この身を業火に投じてでもあなたの世界から消えましょう」
「いやいや死なないでよ、そこまで望むとか私は鬼や悪魔か!」


鋼タイプに炎は効果抜群なんだからやめてお願い。
実直で真面目なキャラは扱い易いかと思ってたけど、それは傍に置く場合だ。
今の私みたいに実直真面目くんから離れたい場合は上手い言葉が見付からない。

ってか、私が改めて本気で拒否したら去ってくれそうだけど、その場合、ルカリオは焼身自殺しかねない訳で……。
何だこれ脅しか。忠実な騎士だと思ってたら、やたら物腰丁寧なゴロツキだったよ。詐欺か。
私が考えあぐね、足が痺れそうだなと思った辺りでピカチュウが口を挟む。


「ルカリオ、コノハは英雄でも戦士でもない。この世界に来る前は常に守られて、友達と学校に行って家に帰れば家族が居て、敵と戦う事なんか一生無いのが当たり前、そんな普通の生活をしてたんだ」
「え、あの、ピカチュウ、私の出自……」
「ルカリオには話した。……でねルカリオ、コノハは戦うのが怖いんだ。巻き込まれたくないんだ。ただただ平穏に暮らしたくて、その為なら優しくしてくれた友人さえ見捨てかねない、そんな子だよ」
「うわ公開処刑」


でも事実だから反論しない。
仲間のため世界のため犠牲になるとか御免被る。
そんな良い子ちゃんになんてなりたくない。
もし“そんな良い子ちゃん”が現れ私の身代わりになってくれるなら、喜んで差し出してしまうかも。

あ、私やっぱり鬼だ。悪魔だ。
ルカリオは正座したまま俯いて何かを考えているようだけれど、やがてゆっくり顔を上げ、私の目を見る。
私のような卑怯者にとって、気まずくて居心地が悪くなるような目。真摯で綺麗で相手を射抜くような目。
私のような人でなしとは違う、信じる人の為なら命まで投げ出しかねない、“そんな良い子ちゃん”の目をルカリオはしていた。

……瞬間、悪魔が囁く。
“そんな良い子ちゃん”なら万一の時、盾になってくれるだろうと。
鬼も囁く。
いざという時は“そんな良い子ちゃん”を身代わりにすれば良いと。

私の幻聴に過ぎない悪魔や鬼の囁きなど聞こえる筈の無いルカリオは、決して目を逸らさず焼き殺されそうな温度を放ち、鬼や悪魔に負けかけた私にとって実に都合の良い言葉を放ってくれた。


「私はコノハ様がどのような人物でも構いません。捨て駒、生贄、大いに結構です。どうか私を傍に置いて下さい」


馬鹿だ。

誰がって?

私がだ。

ルカリオは鬼にも悪魔にも負けやしないだろう。
私が鬼や悪魔の誘惑に負けそうになったら引き戻してくれる、そう思える程の綺麗で真っ直ぐな目と意志の強い声。
紙や画面越しに見るなら大好きな、現実として見るなら苦手な、真摯な、目。


「変わってるねルカリオ」
「そうですか?」
「こんな遠回りな自殺志願者初めて見た」
「…………」


あれ、怒った?
怒ったように一瞬だけ顔を顰めたルカリオは、けれどすぐ表情を戻し、私の言葉には何も返さない。
私は少し息を吐き、立ち上がってルカリオに手を差し出した。
ちょっぴり足が痺れたけど、カッコ悪いので我慢。
ルカリオは少しだけ呆然としていたけれど、状況を理解して私の手を取る。


「じゃあ不束者だけど宜しくね、ルカリオ」
「コノハそれ嫁入りする時のセリフ」
「ごめん言い直す。ヘタレな外道だけど宜しくね」
「コノハそれ凄く嫌」


私の適当極まりない言葉のチョイスにピカチュウがすかさずツッコミを入れ、それを見たルカリオが小さく笑っている。
うん、まあ少しは和やかな雰囲気になったかな。


「こちらこそ宜しくお願いしますコノハ様、誠心誠意お仕え致します」
「そんな堅苦しくならないで、リラックスリラックス」
「はい」


ルカリオの手を握り半ば無理矢理な形で握手する。
今度は嫌な顔をされなかったのでまあ、良いか。

私はルカリオを引き連れ、地下室を後にした。
元の部屋に戻り、本来通る筈だった扉をくぐる。
細い通路を抜けた先、出口が先に見える広い部屋に着いた。どうやら終わりだ。


「着いたー! 皆はまだなんだろうか」
「あ、あそこ」


部屋が暗めで人がそれなりに居るから分かり辛かったけど、部屋の中程の端、大きな柱に見知った姿。
おーい、と手を振って駆け寄るとリンク達も笑顔で手を振ってくれたけど、すぐルカリオに視線を移して呆けたような顔になる。


「コノハ、そいつは?」
「……えっと、ルカリオって言って新しい仲間だよ」
「新しい仲間? でもポケモンは返却しなきゃいけないんじゃないか?」
「話がよく見えない。私はそのポケモンとやらを知らないんだが」


私達の会話に疑問符を浮かべたルカリオが正直に話したので、何かややこしい。
まあ雰囲気からして軽い説明で納得して貰えるような感じじゃないけど。
どう説明すべきか悩んでいると、あまり時間を掛けないうちに頼りになるピカチュウが助け船を出した。


「このルカリオね、厳密に言うとボクの仲間」
「え、ピカチュウの?」
「そうそう。で、このテーマパークのポケモン達とは違う存在でぇー……。これ以上の質問は一切合切認めませんッ!」
「何だそれぇぇ!!」


ロイが呆れたような顔で声を上げるけれど、何かを察したらしいリンクお兄さんがロイを押し止め、それ以上の追及は為されなかった。
マルスも何か言いたげにしつつ堪えてくれたしね、ホント気の利く友達を持てて助かります、赤い彼除く。
捕まえたポケモンを返却してアトラクションを出、次の行き先をわいわい話し合う。
ルカリオは周りの景色を呆然と見ていて、これは長い時を眠り過ぎて環境の変化に愕然としたような感じ。

……ピカチュウはルカリオに関して何も話さないけれど、やっぱり彼も古の王国に関係するのかな。
この植物が一般的には無いグランドホープで、あんな植物に囲まれた棺で眠っていた時点で意味深だし。
そうやって私が不安げにしていたのが伝わったか、ルカリオが私の手を握って小声で話し掛けて来た。


「コノハ様、あなたは戦わずとも良いのです」
「えっ……」
「あなたの代わりに私が戦います。あなたの代わりに私が傷付きます。何も心配は要りません」


いくら私が人でなしだからって、罪悪感が無い訳じゃない……
っていうか小心者だから、卑怯者の癖に罪悪感は割と湧き易い。
そんな風に言われて何も気にせず犠牲にするなんて、さすがに出来ないな……。
かと言って戦う力も勇気も知恵も無いんだから、自分で自分が始末に負えない。


「……ありがとうね、ルカリオ。けど無茶しないで」
「はい、承知しています。コノハ様を置いて、そう易々と死にはしません」


……あれ、なんかルカリオかっこいいぞ。
ちょっと胸がきゅんとしてしまったじゃないか。
思わずときめいてしまった気持ちを抑え、リンク達に付いて行く。
次の行き先は、と……。

確認しようとした瞬間、パーク内にサイレンが鳴り響いた。
私の危機管理警報なんかじゃない、正真正銘のけたたましいサイレンの音。


「えっ、なに、なに!」
「おいおい、こんな時に亜空軍とか勘弁してくれよ!」


リンクが言った言葉に、私は自分の耳を疑った。
亜空軍って、あの、まさか、あの亜空軍ですか?
不安に震えそうになるのを必死で耐え、隣に居るマルスに訊ねてみる。


「ねぇマルス、亜空、軍? って一体なんなの?」
「あれ、コノハは知らなかった? キミがグランドホープに来てからはまだ襲撃は無かったのかな」


早く避難するぞ、とロイに促され、係員の指示に従い移動しながら引き続きマルスに話を聞く。
亜空軍とは、どこからともなくこのグランドホープにやって来るという、機械仕掛けの兵士達。
うん、まあ本当は亜空軍は知ってるんだけど、一応初耳的な感じで聞いとこう。
奴らはグランドホープの人々を捕まえ、どこかへ連れ去ってしまうらしい。
一度の襲撃で連れ去る人数は決して多くないし連れ去られた人は必ず帰って来るらしいけど、
解決には至っておらず政府もほとほと手を焼いているそうで。


「って、連れ去られた人は必ず帰って来るのに事件が解決しないって何で?」
「戻った被害者は、連れ去られていた間の記憶を失っているらしくてね。犯人も目的も一切不明なんだ」


マルスは眉を顰め、居るかどうかも分からない卑劣な犯人へ怒りを滲ませてる。
で、私は当然、この世界に来る事になったあの時の事を思い出す訳で。
亜空軍に追っ掛けられて、最終的に亜空間に飛び込んでこの世界に来たんだよね。
……絶対に関係あるよなぁこれ、むしろ関係無かったらキレるレベルで。


「コノハあぶない!!」


考え事の最中響いたロイの声で意識を引き戻され、ピカチュウが頭上で電撃を放ったかと思うと私の目の前に何かが落下して来た。
それは電撃によって焼け焦げた亜空軍・プリム。
次の瞬間にはルカリオが私の背後の空間へ飛び蹴りをかまし、振り返るとソードプリムが倒れている。


「コノハ様、危険です! 気を抜きませんよう!」
「は、はい」


鋭く注意して来るルカリオに思わず敬語で返した。
私が呆けている間にも、更にピカチュウとルカリオが亜空軍を倒して行く。
ふと横を見るとリンクが懐から手で握れる筒状の何かを取り出していて、彼がそれを振ると光る刀身が出て来て……あれは間違いない、ビームソード。


「ってリンクさん、なんて物持ってるんですか!?」
「コノハ、俺が目指してる職業忘れたか?」
「……あ、警備の仕事」
「ようやく二級武器の免許が取れたんだよ、訓練は積んでるし戦えるさ。コノハ達は周りに注意して逃げ回るんだ、警備員やシェリフも戦い始めてる!」


リンクの言葉に周りを見ると、シェリフの制服や警備の制服を着た人達が亜空軍と戦いを始めていた。
っていうか中には一般人と思しき私服の人まで居るけど、戦いに自信があるなら一般人でもいけるのか。
やっぱりまだシェリフを見ると緊張するけれど、現金なものでこんな場合には物凄く頼もしく思える。
もう私は身元もハッキリしてるから攻撃される事も無いだろうしね、存分に頼りにさせて頂きましょう。

ピカチュウとルカリオに守られ、ロイとマルスに引き連れられながら逃げ惑う。
連れ去られても無事に帰して貰えるなら大丈夫かもしれないけど、私は異端者だからどうなるか分からない。
緊張が凄くて心臓が少し苦しい。まるでゲームのよう……だなんて思えない。


「コノハ、大丈夫?」
「う、うん。マルス達割と落ち着いてるね」
「襲撃自体は10年ぐらい前からあるからね、嫌でも慣れてしまうよ」


政府が怪しい以前に、そこそこサバイバルな場所だったんだなグランドホープ。
いや、まさかこの襲撃は政府の差し金とか……。
うーやばいやばい、妙な事は考えないようにしよう。
亜空軍の数はなかなか減らず、そのうちプリムだけでなく違う奴らも出て来る。
あれ、これヤバくね?
と思っていたら、さっきとは違うサイレンが響き、ロイが興奮気味に声を上げた。


「うおお、このサイレン! ついにジェネラルインストールが出んのか!?」
「ジェネラル、インストール……?」
「シェリフ最高の地位に居る最高の実力者だよ、アレはもう警察じゃなくて戦士だな。憧れてる奴も多いんだぜっ」


楽しそうなロイの言う通り、周りは新たなサイレンの響きにざわめき始めた。
不安によるざわめきじゃなく、大人気な有名人が出現する直前のような感じの。
誰か知らない人が、あそこに居るぞと声を張り上げ、やや上の前方を指さす。
誰もの視線がそちらへ動き、私も例外無く視線を見知らぬ人の示す先へ動かした。

立派な造りの時計塔。
私が視線を向けたのは、誰かがそこから飛び降りた瞬間だった。
途端に響き渡る歓声。
亜空軍に襲われて発現した恐怖の渦は、期待と安心と興奮に満ちた明るいものへと変化する。


「あれがジェネラル・インストール……って、あれ、って、まさか」


ジェネラルインストールは大剣を手にし、そこから衝撃波を放ったり剣で直接斬りつけたりしながら亜空軍を次々と葬り去って行く。
益々歓声が沸き上がり、もうアイドルのステージでも見に来たかのような騒ぎ。
その騒ぎの中心、歓声や声援など物ともせず敵を倒すジェネラルインストール。彼は見知った人だ。


「……ったく、もう。相変わらずなヤツ」


ピカチュウの呟きはジェネラルインストールが知り合いだと示すものだけど、私は今そんな事なんて気にならない。

大剣を振り回し、無心の様子で敵を屠る彼はアイクだった。

怒濤の勢いで数を減らされた亜空軍はやがて、アラモス卿を最後に増援が途絶えた為こちらの完全勝利。
今までで最大の歓声が上がるもののそれさえ聞こえていないようなアイクは、ちらりとこちらを見やると剣を携えたまま歩いて来る。


「え、え、こっち来る! やべぇオレ スカウトされたらどうしよう!」
「何で戦ってた俺じゃなくてお前だよ」


興奮冷めやらぬロイを、いつの間にか戻っていたリンクが軽く小突いた。
だけど冷静に見えるリンクも何となく緊張しているように感じるなあ。
やっぱり警備員を目指してたらシェリフの最高峰に憧れもするのかな。
周りの人達が何事かと私達に注目してて恥ずかしい。

リンクもロイもマルスも固唾を飲んで見守る中、アイクは他所へ一瞥もくれずに私の目の前まで来た。
無表情で見下ろして来るアイクに集中している間に、歓声は消えて辺りが静まり返る。
え、あの、また会いましたね。でも何か私にご用ですか私は特に無いのですが。


「……おいコノハ」
「は、はい」


かの有名なジェネラルインストールが私の名を呼んだ事に周囲がざわめいた。
アイクはやはりそんな周囲など存在していないかのような態度を保ったまま、うっすらと微笑んで。


「また会ったな。よっぽどトラブルが好きらしい」
「いや好きで巻き込まれてる訳じゃないんですが。それを言うならアィ、……あなたの方こそトラブル好きと言えるんじゃ」
「俺は仕事だからな。寧ろシェリフとしては、トラブルが起きている場所にこそ居るべきだろ?」
「まあ、そうですね」


うっかりアイクと名前を呼びそうになったものの、ジェネラルインストールで通っている以上、もしかしたら本名は隠しているかもしれないので寸でで止めた。
ってか私、多分アイクから名前聞いてない気がするし、知ってたら怪しまれるよね。
そんな事より自分でも意味が分からないけど、まだ過去に1回しか会ってない人と割と親しげに話せててびっくりする。
別にコミュ障ではないけど、ここまで何の緊張も無く話せる程社交的でもない。
やっぱり前に1回会って交流を持ったからかな。


「コノハ、ひとつ忠告しておくが亜空軍には気を付けろ。絶対に捕まったりするんじゃないぞ」
「あ、はい。私も捕まりたくはないですし……」
「俺がいつでも傍に居て守ってやりたいんだがな、そうもいかないんだ」


は、はい……?
今この人めっちゃ恥ずかしいこと言わなかった?

うわああ何かまた周囲がざわめき始めた。
今の言葉は私の勘違いじゃない、マジで言われた!
いつでも傍に居て守ってやりたい、って、まだ2回しか会ってないのに何で!?

一目惚れされたとか、そんなのは有り得ない。
私は美人でも特別可愛くもないし、性格が良いわけでもないんだからね。
ってか、たとえ私が美人だったり可愛かったとしても、そんな事で惚れて欲しくないかもしれない。
外見が可愛いから惚れるだなんて、アイクがそんな軽薄なキャラだったら……ちょっと、うーん……。
私が妙な事を考えている間に、アイクは私の頭に乗ったピカチュウを撫でる。


「……俺が居ない間はコノハの事を頼んだぞ。こいつ馬鹿だからな」
「ちょっ」
「言われなくても分かってる。アンタこそ死んだりしないでよ、ボクだけじゃ荷が重いかもしれないしね。てか撫でるなキモい」
「悪い悪い」


私に失礼な(しかし否定する気も無い)事を言ったアイクはすぐに踵を返すと近くに居たルカリオへ、お前もコノハを頼んだ、とか言って去って行った。
後に残された私は呆然とそれを見送っていたけれど、ロイ達が駆け寄って来たのですぐ我に返る。


「コノハ!? お前らジェネラルインストールと知り合いだったのか!」
「しかもさっきの、あの言葉……いつでも傍に居て守ってやりたいとか、まるで恋人や家族だ!」
「どこで知り合ったんだ、シェリフの最高権力者とだなんて凄すぎる!」
「ちょ、待っ、ロイもマルスもリンクさんも落ち着いて! 落ち着いてってば!」


ロイ達の質問攻めと周囲の視線や言葉から一先ず逃げようと、私は友人達を促してその場を離れた。
好奇心やからかいの気持ちで後を尾ける野次馬も居たけど、ルカリオのお陰で何とか撒いて私達は離れの静かな場所にあるカフェへ。
軽く飲み物だけ注文した後は沈黙が私達を覆う。

けど友人達は好奇心で以て私を見ているから、特に気まずくはないのが救いだ。
飲み物が来ても黙っていると痺れを切らしたロイが、声量大きめに質問して来る。


「で! コノハはどうやってジェネラルインストールと知り合ったんだよ、何か親しそうだったし!」
「ロイ、声大きい……!」


ロイの出した話題に周りのお客だけでなく、今しがた飲み物を運んで来たウェイトレスさんまで振り返る。
BWの3匹お猿さんとカフェグッズがキュートにデフォルメされたプリントのエプロン可愛いですね、後でお店で買いますから今は見せびらかさないで去って下さいお願いします。

リンクがロイを軽く叩き、はっとしたロイにボリュームを落として話を促されたので、以前の地下鉄事故の事を話してみた。
お姫様抱っこされた事まで話すつもりは無い。
あんな精神的罰ゲームは一生胸の内に隠すべきだね、うん。


「あの事故、結構ニュースになってたね。何にしてもコノハが無事で良かった」
「ありがとマルス。死人が出たら絶対トラウマになってたよ、って言うか今もちょっと地下鉄怖い」
「でもいくら特殊な出会いとは言え、そんな1回会ったぐらいであんな事まで言うかな普通。コノハお前、あのジェネラルインストールに惚れられたんじゃ……」


リンクが真顔で言うもんだから、持っていたアイスカフェラテのグラスを落としそうになってしまった。
あんな事、って、傍に居て守ってやりたいとかの恥ずかしいセリフだよね。
確かに惚れられたと勘違いしても仕方ない言葉だった。
どうやらアイクさんはご自分の男前具合を分かっていらっしゃらないようだ。
ちくしょーめ天然タラシが、次会ったら無視してやる。


「て言うか私はピカチュウとルカリオに訊きたい。ア……ジェネラルインストールと知り合いみたいだったし、あれなに」
「確かに知り合いだよ、古くからのね。これはルカリオ同様、今は話す気は無い」
「申し訳ありませんコノハ様、これはあなたの為でもあるのです」
「うーん……気になるけど二人がそう言うなら無理に訊く訳にもいかないな」


私が完結させたので続ける訳にもいかなくなったのか、ロイ達はそれ以上何も訊かなかった。
空調の行き届いたカフェで暫く休憩してから、また遊びへと繰り出す。

こんな異世界人にとって某夢の国より夢に相応しいポケモンのテーマパークは、湧いた疑問も何も分からない事への不安も、全て忘れさせてくれる素敵な存在。
あーあ、私の世界にもポケモン……ていうか任天堂のテーマパーク出来ないかなあ、絶対に行くのに。
マルスの言う通り人々は亜空軍の襲撃に慣れているのか、何事も無かったかのように連休を楽しんでる。
その日は閉園まで一日中、テーマパークでずっと遊んでホテルへ戻った。


「じゃ、また明日。おやすみなさーい」
「おやすみー」


皆と別れて部屋へ戻り、荷物を置くとふかふかのベッドへ倒れ込む。
うあー、と唸りながらウトウトしていたら、ピカチュウもベッドへ飛び乗って私の頬をぺちぺち叩いて来た。


「ほらほらコノハ起きて。やむを得ない状況でもないのに年頃の女の子が、お風呂に入らないまま男に会うなんて頂けないよ。キミそのまま寝ちゃうでしょ、寝るならお風呂に入って軽く荷物整理してからにしなきゃあ」
「うー……ふぁあい……。ぱっぱと身支度しますか、折角だからルカリオも一緒にお風呂入らない?」
「えっ」
「この部屋のお風呂、結構広くて快適だよ。ねね、親睦を深める為にも裸の付き合いしちゃいましょーよ」


いつもピカチュウと一緒に入ってるし、それと同じノリで誘ったつもりだった。
ところがルカリオは暫し呆然とした後、真っ赤になってわたわたと慌てだす。

……ん? あれ?


「ななな何をお考えなのですかコノハ様、私はれっきとした男ですよ!? そんな一緒に入浴など、その、ご自重下さいませ!」
「え……いや、だって私いつもピカチュウと一緒に入ってるから、ルカリオも大丈夫かなあと思って」
「……何ですって?」


ぴくりと目尻を吊り上げたルカリオが、
赤くなった顔が一気に冷えるほど雰囲気を冷酷剣呑とさせてピカチュウを睨み付ける。
すたすたと歩み寄り、まずい、と言いたげな顔をしたピカチュウが逃げられないように掴んでしまった。


「ピカチュウお前もしや、コノハ様を騙して無体な真似を働いたのでは……!」
「いややややちょっと、ちょっと待って誤解! 誤解! だから!」
「しかしお前も男だろう、正直に言え! さもなくば叩きのめす、そして返答次第でも叩きのめす!」
「大丈夫だって、人間の女の子には興味ない! ほら、ルカリオは何となく形が人間に近いし体の大きさも人間みたいだから、人間に近しい感覚があるんだよ! ボクは人間よりずっと小さいし姿形も遠いから、そんな感覚なんて無いっ!!」
「本当だろうな!」
「本当だよ!」


暫く睨み合うようにしていたピカチュウとルカリオだけどルカリオも信じたのか、悪かったな、と謝ってピカチュウを静かに降ろす。
私は普段のピカチュウの様子を知っているからとても意識してるとは思えなくて、端から疑ってなかった。
ふう、と息を吐いたピカチュウが何だか面白くて頭を撫でてあげると、何か言いたげに見上げて来るけど大人しくされるがまま。
一悶着あったものの習慣は変わらなくて、私はいつも通りピカチュウとお風呂へ。
広めの浴槽に浸かりホッと息を吐いたら、拗ねたような口調のピカチュウが。


「……コノハ、ボク、そういう趣味は無いからね」
「うん、分かってる。ま、あんまり言われると私に魅力が微塵も無いって言われてるようで凹むけど」
「え、自分がそんなに魅力的だと思ってたの?」
「やーかましい! ほんとに凹むぞ、私が本気で凹んだら超鬱陶しいからね!」
「あはは、ごめんごめん言い過ぎたよ。コノハは顔は平凡顔だけど、体はなかなか……」
「おぃぃエロオヤジみたいになってるぞ!」


ばしゃばしゃと阿呆みたいに言い合ったりお湯を掛け合ったりして騒ぐのが楽しい。
ちょっとトラブルや不安の種はあったけれど、私の旅行は概ね平穏に過ぎて行くのだった。






−続く−



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