グランドホープ

act.0 まだ自分が幸せだと気付けなかった頃



物語が始まる。とある人物に捧げられる為の物語が。
この出来事は、その物語の中の一つ。
決して避けようのない、勇気の物語。


++++++



2012年、6月。

大好きだったお婆ちゃんが死んだ。
お話が上手で、いつも私に緑豊かな王国のおとぎ話をしてくれて、小さな頃からその話を聞くのが大好きだった。
病院に入院してからも、お見舞いに行った時は必ずお話を聞いて……最後に聞いたのは先週だった。
何もかも終わって、私は一人お婆ちゃんのお墓の前に座り込んでいる。
優しい料理上手なお婆ちゃんの笑顔を思い浮かべると泣きたくなった。
平凡な私を物語の世界にいざなってくれる、大好きな時間ももう、訪れない。


「おばあ……ちゃ……」


もう一時間以上はこうしていただろうか。
いつまでも泣いていたらお婆ちゃんが心配する、そう思っても涙は止めどなく溢れ、流れ落ちた。
黄昏は消え行き、温もりを拒絶するかのような暗さを伴って夜が訪れようとしている。
でも私には、そんな夜でも暖かく寝泊まりできる家がある。
平凡な家庭で両親は普通にうるさくて、そんな家だけど、突然、無性に帰りたくなってしまった。


「……帰ろう」


立ち上がり、服に付いた汚れを払い落とす。
涙を拭ってお婆ちゃんのお墓に手を合わせると、また来るね、と呟いて走り去った。

夜が蠢く。
黒、黒、黒、黒、紫。


++++++


「コノハ、早くしなさい! 学校遅れるわよ!」
「わかってるって!」


またいつもと変わらない日常が始まった。目覚ましに起こされお母さんにせかされて、支度を進めて学校へ。
お婆ちゃんが死んだ事が夢のように思えたけど、隣の和室、ぱっと目を向けるとお婆ちゃんの遺影。
また泣きたくなって、誤魔化すように目を背けると鞄を掴んで一目散に家を駆け出した。
空はお婆ちゃんが生きていた頃と変わらない蒼さだ。
何気ない日常が幸せだって事、私にはまだ分からないけれど、お婆ちゃんが死んで少し分かった気がするよ。

前方に学校が見えて来た頃、とつぜん背中を勢い良く叩かれる。
おっはよー、なんて噎せる私に軽く言ったのは、親友であるマナ。
彼女は小さな頃から一緒にお婆ちゃんと遊んでいた為か、お葬式にも来て一緒に泣いてくれた。
こんなに明るく振る舞うのも、私をいつまでも落ち込ませまいとする気遣いだと分かっている。


「お、おはよマナ。相変わらず元気な事で」
「暗いぞ親友ー。まだまだ辛いんならいつでもあたしに言いなさいな! 胸ぐらい貸すよ!」
「ありがと。もう泣きたい程でもないからねー」
「なら良かったけど。無理はしなさんな」
「はいよ」


笑いながら答えるとマナもそれ以上はその話題を出さない。
昔からの幼馴染で、ゲーム好きという趣味も合致していて、一緒にいて楽しいし何度も助けてくれた大切な彼女。
これからもずっと一緒に居たい、一生この関係を続けて行きたい。
そう思える相手に出会えたのはきっと貴重な事だし、私も彼女の親友で居られるような存在でありたい。


「……っと、チャイム鳴る鳴る! 走るよコノハ!」
「マナ速い! 待ってってば!」


いつも通りの日常だ。
……これなら大丈夫そうだよ、お婆ちゃん。


++++++


いつも通りに授業を受けて、マナや他の友達と遊んで、もう放課後。
マナは用事があるらしく先に帰る事に。


「じゃあコノハ、あたし先に帰るからね〜。がんばって補習してね〜」
「補習じゃないって!」
「あ、明日の休み、あんたん家行くからスマブラしよっ! 二人プレイで亜空の使者ぶっ通しな!」
「スマブラ好きねぇ」
「だって皆に会えるんだもーん。コノハだって大好きなクセに。じゃあコノハ、また明日〜!」


好き勝手話して、手を振り走り去ってしまった。
時々鬱陶しいあの賑やかさには何度も救われた記憶がある。
落ち込んだ時、悲しい時、いつもマナが傍に居て励ましてくれた。楽しい時、嬉しい時、いつも一緒に騒いでくれた。
だめだ、お婆ちゃんが死んでから、どうも感傷的になっちゃってるな。
……そう思って気分を払おうと息を吐いた瞬間、教科書で頭を叩かれる。


「いった!!」
「何ボサっとしてるんだ、さっさと仕事済ますぞコノハ」
「何すんのケンジ!」
「お前が図書室に来ないからだろ。帰りゲーセン行くから奢れよ」
「何ソレ!」


1年くらい前に転入して来たケンジ。
こんな奴だけど、それなりにいい男で人気がある。
同じ図書委員になってから係の仕事で一緒に居るうちに仲良くなった。
ゲームも好きでたまに一緒にゲーセンに寄ったり、家でゲームしたりする。


「マリオカートやるの? だったらウチにマリオカートWiiがあるから、そっちで……」
「ゲーセンに行く」
「お金かかるじゃん!」


我が強いと言うか、こうと決めたら押し通してしまう部分があるケンジに、疲れる事も多い。
彼に憧れてる女子からは羨ましがられるけど、そんなもんじゃないんだ……。
いや、そりゃあ一緒に居て楽しいんだけどさ。
図書室の本をバーコード管理に変える為に古い本を整理する。
その最中、ふとテーブルの向かい側に座るケンジの揺れる髪が面白くて、ふざけて触ってみた。
少しハネた短髪は結構男らしい気もする。


「……何だよ」
「何でもなーい」
「馬鹿かお前」


そう言ってフッと笑ったケンジに一瞬ドキリとしてしまい、慌てて仕事に戻る。
視線を本に落としたまま、馬鹿で悪うございましたね、とふざけた調子で言ってやった。
それからちょこちょこ話しつつ本の整理も終わりに差し掛かった頃、ふと、ケンジが淡々と口を開いた。


「なあコノハ。急にこんな話をするのも何だが……お前、祖母が亡くなっただろ」
「うん。お通夜と、お葬式にまで来てくれてありがとね」
「大切な人を亡くすのは辛いよな」
「慰めてくれてる? ありがと、っつってももう落ち着いたし、マナが散々付き合ってくれたから」
「マナが……そうか、あいつが居たなら大丈夫か」


私との普段の関係性を見ている為か、ケンジはマナの事を随分と信用しているっぽい。
お陰様で元気になってるよー、と何でもない調子で笑うと、ケンジが相変わらずの淡々とした様子で。


「俺も亡くしてるからな。友人……この高校に来てからじゃなく、それ以前に出来てた友人を十数人」


手が止まった。
バッと顔を上げてケンジを見ても、彼は視線を本に落としたまま仕事を続けている。
中学卒業までに出来た友人を沢山 亡くしている……そんな事件か事故があったなら大ニュースになっていそうだけど知らない。
けれどケンジから漂う雰囲気が、嘘でしょと笑い飛ばす事をさせなかった。
なぜ彼が急にこんな事を言ったのか分からない。祖母を亡くした私を慰める為だろうか。
生徒もだんだん減って静まり返って行く校舎。
黄昏が辺りを黄金に染めて、無機質なコンクリートの壁を聖域に変える。


「えっと、……訊いても、いいかな。なん、で……」
「コノハ、お前ゲーム好きか」
「す、好きだけど」
「スマブラ好きか」
「……大好き」
「……だったら」
「おーい、まだ残ってたのか。そろそろこっちの鍵も閉めるぞ!」


会話の途中、担当の先生が鍵を閉めに来て話は中断されてしまった。
ケンジは今の話など無かったかのようにさっさと片付け始め、慌てて私も片付けて、荷物を纏めて校舎を後にした。
取りあえずゲーセンな、と薄く微笑むケンジには、今の会話の重苦しい雰囲気は無い。
何だったのかは分からないけど、いつもの彼に戻って良かったと思う。
辺りはまだまだ黄昏、少しずつ夜が近付く。

黒、黒、黒、紫、紫。


++++++


「マリオカート負けた……まさかゴール直前でアイテム使われるなんて……。話は変わるけど私、ポップンミュージックは簡単な方しか出来ないって言ったじゃん」
「ピカチュウのぬいぐるみ取ってやったんだから元気出せ」
「私のお金でしょ!」


辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
私のお金でケンジが取ったピカチュウのぬいぐるみを腕に抱き、ゲーセンを出て帰路に就く足取りは軽い。
そうしてさっきの図書室での会話も忘れていた私は、ケンジが急に振って来た話に言葉を詰まらせた。
勿論、以前の友人が十数人も亡くなってしまったという事に関する話で……本当に彼は何故、私にこんな話をするのだろう。


「阻止できたかもしれない。守れたかもしれない。何度もそういう事を考えては後悔してる」
「まあそりゃ……友達なら私のお婆ちゃんとは違って、ずっと若いだろうし……えっと、事故?」
「ほとんどは事件だな」
「事件……事件か」


つまり端的に言えば殺されたという事。
そんなニュース全く知らないけどケンジは嘘を言っている風じゃない。
そこで思い付いたのが、世間へ出る前に揉み消されてしまったという可能性。
犯人も子供だった為に学校側が隠匿したとか……うわ有り得そう。
私よりずっと壮絶な経験をしていそうな彼に下手な事は言えないので、ひとまず友人への想いに触れてみる。


「取り敢えずケンジに出来る事はさ、忘れない事じゃないかな。友達みんなの事や、事件の事を」
「……」
「えーっと何だっけ、何かの漫画で、人は忘れられた時に死ぬって言ってて。覚えていればそれだけ生きていられると思うよ」
「そうだな……忘れない。忘れるつもりも無い」
「だよね。私だってケンジほど酷い話ではないけど、お婆ちゃんの事は忘れないよ」


話が一旦終わり、すっかりお腹が空いている事を思い出した。
家には電話しておいたけどそろそろ心配されてしまうかもしれない。
家まで送ると言うケンジを断り、静かな住宅地へ足を踏み入れた。
夜空を見上げると、下界の明るさに負けないようぽつぽつ散らばる星が暗闇の中に輝いていた。
それ以外はいつも通りの色合いをしていて。

黒、黒、紫、紫、紫。


「……あれ? そういえば最近、なんか夜空が紫がかっているような……」


言った瞬間、夜空から何かが大量に降りて来た。
それは単なるぼわぼわした紫に包まれた黒くて丸い物だったけど、動きは虫の大群のようで、知らず鳥肌が立つ。
この影みたいな虫は一体何なのか……なんて冷静に考えいる場合じゃない。
影みたいな虫なのか虫みたいな影なのかは分からないけど、明らかに私目掛けて注いで来る。
空から降り注ぐそれは、アスファルトに水たまりのように広がり何かを形作った。
それは一見ちょっと不恰好な、けど愛嬌ある人形。
真っ黒な顔に丸い赤の瞳、緑の帽子を被り緑の服を着て、胸元には赤い丸。手足も真っ黒で、茶色の手袋とブーツを装着していた。

それを見て瞬時に思い出す。
この人形はスマブラXの亜空の使者に出て来る敵、プリム。
プリムを作ったのは、ゲームでハルバードから大量に降って来ていた、あの影虫とかいうもの。
1体だけなら可愛いと喜んだかもしれないけど、影虫は人形……プリムを次々と作り出していく。
やがて私を認識したのかプリムは追い掛けて来て、私はすぐに走り出す。


「は、は!? えっ!?」


数える暇は無いけど、ざっと十体以上は居そう。
必死で逃げる私からは人ごみのある方へ行くとか、携帯で助けを求めるとかいった行動の選択肢が消え去っていた。
ただ早く家に帰りたい、それだけしか無い、でも強い想いが私をただひたすら家に向かわせる。
私はスマッシュブラザーズに出ているファイターじゃない、戦える訳がない。
そのまま走り続けていると、前方に直径5mほどの紫がかった黒い不思議な球体を見つけた。
それは小さいながらも、亜空の使者に出てくる亜空間と同じ物で……。
嫌な予感しかしない、これが本当に亜空間だったら、中から亜空軍がわらわら出て来たりするんじゃ……。


「やだ……夢、夢だよ! 亜空軍なんて現実に居る訳ないじゃん!」


でも、じゃあ背後から私を追い掛けて来るあれは、一体何なのか。
訳が分からなくなって泣きたくなり、もうどうでもいいや、と諦めかけた瞬間、誰かに背後から突き飛ばされる。
私の体はすんなりと、亜空間に吸い込まれて行く。

その後は、どうなったのか全く分からない。
気付くと視界には、アニメで見るような、スターフォックスやF―ZEROに出て来そうな、未来都市が広がっていた……。









‐続く‐



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