グランドホープ

act.8 ポケットに入る出会い


イーストエリアの海沿い地区は機械的な面の多いグランドホープにもかかわらず、地球で見るような異国情緒溢れる素敵な町だ。
例えるなら地中海とかその辺。植物無いけどね。
ランドマークタワーでマルスと仲直りしてから、気分が良くて仕方ない。
リンクとロイも私とマルスの間に流れていた不穏な空気が消え去った事に気付いて、ホッとした様子。
余計な心配かけちゃったね、真面目にすまん。

町をブラブラして見物したり買い物したり食事したり、楽しい一日を過ごして今はドルフィンホテルに帰還。
また明日、と別れ部屋に戻ると時刻は午後10時半。
明日は遊園地だし、早めにお風呂入って寝よう。


「ピカチュウ、今からお風呂入るけど」
「んー、ボクもざっと体洗おうかな。すぐ行く」


人間サイズのお風呂はピカチュウにとって、無理ではないけど勝手が悪い。
なので彼とはいつも一緒に入浴してるんだけど、これって変かな?
ピカチュウも一応は男……って言うかオス? だし、私も一応は女だし。

けどポケモンなら人間には興味ないかもしれない。
現にピカチュウは平然としていて、特に意識してそうな様子は見られない。
……私に魅力が無いから、とは思いたくないです。
例え魅力が無くても異性の体って気まずい筈なのに、それさえ感じさせないくらい魅力が無いとは思いたくない。

窓から夜の海と夜空が見える浴室、ピカチュウを曲げた膝に乗せながら、綺麗で大きめな浴槽に浸かる。
ホッと息を吐くと、ピカチュウが嬉しそうに話し掛けて来た。


「コノハ、マルスと仲直り出来て良かったね」
「ホントだよ。こんな大都市で再会できるなんて、世間って狭いね」
「そうだね、人口が800万人も居るグランドホープだけど、知り合いが知ってる人ばっかりだもんね」
「……それは、未だ任天堂キャラ以外に友達らしい友達が居ない私へのイヤミかな?」
「いやいや、滅相もございません旦那様」


別に本当にイヤミだと思っている訳じゃないから笑いながら軽めに言って、それを分かっているからピカチュウも笑って軽く返す。
うーん、でもやっぱり生活し始めてもう何ヵ月も経つのに、未だ任天堂キャラ以外の友達が居ないって、結構ヤバイよなぁ……。
ステップストアの店長は優しいけど友達とは違うし、他のバイトの人達とも最低限の交流しかしてないし。
いや、こないだのピット君達と一緒に居た子供達は任天堂キャラじゃなかった。
友達って言っていいのかは分かんないけど、次の休みに会いに行こうかな。


「ピカチュウに言ったよね、ピット達に会ったって」
「聞いた聞いた。こんな都市で市民証を持ってない上に、植物に囲まれて生活してるなんて凄いよね」
「次の休みにでも会いに行こうかと思うんだけど、ピカチュウも一緒に来る?」
「行くー! ボクもピットやネスやリュカに会いたい」


笑顔を浮かべるピカチュウに私も嬉しくなって笑顔を返す。
ピットとネスには嫌われてるっぽいから覚悟してねー、と緊迫感の欠片も感じさせず言うと、ピカチュウはけらけら笑った。
あ、冗談だと思われちゃったかな。ガチなのに。

孤児みたいだし苦労してきたらしい彼らにとって、私みたいにぬくぬく暮らして来た甘ちゃんは見ていて苛々するんだろうけど。
……だからって同情しても偽善者扱いだし、一体どうしろっつーの?
私の生まれや今までの人生がぬるま湯の中にあったのって、私のせいじゃないし。

ピカチュウの体をボディソープでわしゃわしゃ洗ってあげながら、家にあるお気に入りのボディソープが恋しくなってしまった。
あああ、生活用品はやっぱ使い慣れたやつが良いよ。


「何で、何でこの世界の雑貨は地球と同じじゃないんだ……お気に入りの品が恋しくてたまんない……!」
「仕方ないよ、環境が全く違うみたいだし。天然素材の〜…みたいな商品だと間違い無く望み0だろうね。食べ物さえ珍しいのに、自然品を雑貨に使うなんて考えつかないんじゃない?」
「やっぱり? こっちの女性陣に天然素材系統の商品を味わって欲しいな。病み付きになっちゃうんだから」
「天然商品信者は、それはそれでヤバイ」
「デスヨネ」


いつだっけ、ルイージのお店に行った時だっけ?
あの時も妙な宗教じみた感覚に陥り掛けたんだよね危ない危ない。
何事も程々に。熱中するなら決して周りの人を巻き込まない。これは大事だ。

お風呂から上がり、ピカチュウをドライヤーで乾かして私も髪を乾かし、体が冷えないうちにふかふかのベッドへ潜り込んだ。
いつもピカチュウが寝る時に入る籠は持って来ていないので、何か代わりになる物が無いか探したけど、ピカチュウはいらないよと言ってベッドに入る。


「……私は?」
「せっかく遊びに来たんだし一緒に寝ようよ。ボク壁際ねー」
「いやいや待って潰しちゃうかもしれないから!」
「んー大丈夫じゃない? ボク、枕を下敷きにしてコノハの頭の方に寝るからさ。んじゃ、おやすみー」


ピカチュウは本当に真っ白いふかふかの枕を下敷きにして、ベッドの上方で布団を被ってしまった。
確かにあの位置なら私の頭が来るし潰される可能性はかなり減るだろうけど、ペットと一緒に寝て潰して、死なせてしまった人も居るから気を付けないと。
私も同じベッド、ピカチュウの隣に入る。
ピカチュウも一応男の子なのに一緒に寝るのは……なんて思ったのは数秒で、お風呂も一緒なのに何を今更、と自己ツッコミを入れ深呼吸して目を閉じた。

そろそろ寝る時に「目が覚めたら家に居ますように」なんて願う事が少なくなったなあ。
正直、異世界だと理解してからは毎日のように、目が覚めたら家のベッドで全部夢オチでしたー、なんてなるように祈ってた。
夢オチは極一部を除いてあらゆる媒体で駄目オチ扱いだけど、もし私が何かの物語の登場人物だったなら、完全な夢オチを期待する。
だけど今はもう、諦めと変わり無い感情が私の心を支配しようとしていた。
なんとか生活できてるし友達もできたし、もう帰れなくても良いんじゃないの?

……そう思わないと辛い。
いくら大好きな任天堂キャラに会えたって、私が本当に欲してるのは違うものだから。埋まらないから。
勿論、この世界で出会えた皆はかけがえ無いし、大好きな友達ではあるけど。


「お母さん、お父さん……。マナ、ケンジ……」


大事な家族と一番の友達の名前を呟いてみる。
そうすると失った事への実感が急激に沸き上がり、私は言わなきゃ良かったと思いながら布団を被った。


+++++++


翌日、朝。
ホテルのレストランで待ち合わせして、朝食バイキングでお腹を満たす。
良いよねぇバイキング。朝から食べ過ぎちゃいそうだけど、旅行中だから気にしない!
原材料を気にしないように努めつつお皿にクロワッサンとフォカッチャを乗せ、スクランブルエッグを仕切りの小さなスペースに入れていると、背後からマルスに声を掛けられる。


「コノハ、サラダ取って来るけどいる?」
「あ、いるいる、ありがと!」
「苦手な野菜とかは?」
「無いよ、大丈夫」


分かった、と小さなボウル状の容器にサラダをよそってくれるマルス。
くぅぅ、気が利くねぇマルス。先に席で朝食タイムおっ始めてるフェレ家の小僧とは大違いだよ!
いや、小僧って言っても私と1歳違いなんだけどさ。
他にも何種類かのおかずを取り、これまた原材料が何か考えたくない、何がミックスされているか分からないミックスジュースを注いでマルスと共に席へ戻る。
ロイがハッシュドポテトを頬張りつつ、ニコニコしながら無神経発言。


「よぉコノハ遅かったな。朝から大量に食べる気なんだろ、太るぞ」
「なぁにをぉ!? 今のロイには言われたくないね、それ朝食の量じゃないって」
「オレは男だから良いんだけど、コノハは一応女なんだからさぁ」
「じゃあ女の子にそんなデリカシーの無い事を言うな」


マルスが席に座りながらロイの頭を軽く小突く。
やっぱりマルスは王子様なんだなぁ、前に私にキッツイ事を言ったのって、ついうっかりだったのかな。
他に困ってる人が居て、それを私が見捨てようとしちゃってた訳だし。
私は苦笑しながらリンクの隣に座り、ピカチュウも私の頭からテーブルに降りる。


「しっかし植物の無いグランドホープにも野菜はあるんだよね…不思議な話」
「野菜って植物なのか?」
「……」


えっと、リンクさん? 今なんと仰いました?
“野菜って植物なのか?”ってアナタちょっと……。


「……植物ですよ」
「植物って花とか木だろ、見た事は無いけど。野菜は違うと思うんだけど」
「野菜がどうやって出来てるか知ってます?」
「食物生産工場で」


あぁあぁそうだったァ!
食べ物の“一から全て”を科学薬品で作ってるんだから野菜だって作れるよね普通に考えたらさ!
食べる部分を直接作るから地球で言う所の“収穫後”の姿しか見なくて、植物だって意識が無いのかもね。
そうやって故郷との違いに思いを馳せていると、マルスが感心したように話し掛けて来る。


「ロイに新しい友達は違うポリスから来たって聞いたけど、本当みたいだね。植物が普通にあるとか……」
「あるよー。あちこち植物だらけ、土の地面も普通にあるしねー」
「す、すごい……!」


うっはぁ! これちょっと気分良いんだよね!
なんか自分が特殊な人間になったみたいで高揚する!
夢小説に出るようなヒロインの特殊能力や特殊設定には遠く及ばないけど、そんなの私には分不相応だからこのくらいで丁度良い。
それにもし今の私の状況が夢小説だとすると酷いよ、怒られるわ嫌われるわで散々な目に遭ってるし。

ああもう、大した努力も無しに都合良く特殊能力とか戦闘能力とか武器とか持ってる夢ヒロインが羨ましい!
私は嫌な思いや怖い思いしても打開策なんか無いのに、不公平すぎるってば!

今の状況をぐちぐち言っても、急に私が夢ヒロインのような特殊能力や戦闘能力を持てる訳ではないので、考えるのをやめた。

朝食を食べ終わり、部屋に戻って荷物を持ってから今度はロビーに集合。
今日はテーマパークで遊ぶんだよね、わーい遊園地!


「で、で、どんな遊園地なのどこにあるのっ?」
「経営者の子供がデザインした人工ペットをモチーフにした、最近新しく出来たテーマパークなんだって。ここからなら、一番遅い列車でも20分くらいかな」
「へえぇー、じゃあピカチュウ連れて行っても浮いたりしないかな」
「ネットで調べてみたけど大丈夫だと思うよ」


正直、目にする人工ペットは地球で見掛けるような動物やそれのアレンジが多いから、ピカチュウが割と浮いてたんだよね。
子供がデザインしたなら奇抜なのも居そうだし、寧ろピカチュウはシンプルなぐらいかもしれない。
人が比較的少な目の鈍行各駅列車に乗り、20分程で目的のテーマパークへ。
出来たばかり+連休中なだけあり、入場ゲートからかなりの人だかりだったけど……。
私は、そしてピカチュウも、唖然としてゲートの装飾を見てしまっていた。


「コノハ、どうしたの? ボーッとしてるとすぐ迷子になっちゃうよ」
「あ、有難うマルス。人混みが凄くて圧倒されちゃってたみたい」


違う。私とピカチュウが唖然としていたのは、人混みのせいなんかじゃない。

……ポケモンだ。ポケモンなんだよ。
入場ゲートの上、巨大な装飾の看板にはゼニガメとフシギソウとリザードン。
私は慌てて、頭上のピカチュウに小声で話し掛けた。


「ね、ねぇ、あのメンツ……人工ペットをデザインした経営者の子供ってまさか、ポケモントレーナー?」
「だろうね。万一ボクがテーマパークの関係者に目ぇ付けられたらどうしよう」
「よくネットサーフィンしてたけど、この遊園地の事知らなかったの?」
「知ってたらコノハに言うよ……。ホントどうしよう、今更入らないなんて言えないし……」


だよねぇ、ここまで来て帰るなんて言えないし言いたくないよ私は……。
よし、行こう。嫌な事は考えず後回しにして、今を思いっ切り楽しもう。
ピカチュウも観念(?)したのか、それ以上は何も言わずに大人しくしている。
駅のように市民証で入場ゲートを通り、外界と遮断された別世界へ。
いや私にはこの世界自体が別世界なんだけどね。

パーク内は敷地が広いからか、入り口の混み具合に比べたらマシな歩き易さだ。
勿論人は多いんだけど、動くのも困難な程でなくそれなりには快適だったり。
ロイがはしゃぎながら、市民証にマップをダウンロード出来るみたいだって言って確認してる。
こういう時ロイってすぐ行動してくれるんだよね。何か意外な頼もしさだ。


「よーっし、どっから回る? オレ絶叫マシン乗りたいんだけど!」
「……僕はパス」
「へー、マルス絶叫マシン苦手なんだー。まあ私も得意って訳じゃないけど」
「昼飯は時間ずらした方が良いよな。遅めか早めかだけ先に決めとくか」


計画立てるだけでワクワクするね、楽しい!
私も市民証に地図をダウンロードして、辺りと合わせて確認してみる。
ポケモンをモチーフにしたアトラクションが沢山で、これはぜひ地球にも欲しい。
確か期間限定でポケモンの遊園地はあったけど、こんな大掛かりじゃなかったはずだもんね。

架空の街並みを作り上げているメインストリートを歩いていると、手品師と一緒にマジックショーをしているエスパーポケモンや、ワゴンで客引きをしている可愛い系のポケモンなど、歩き回るだけでも楽しい。
みんな人工ペットなのかな、全種類作ってるなら凄いなあ……。

暫く歩いた先、ロイがお目当てのアトラクションを見付けて嬉しそうに駆け寄る。
あ、ラティオスとラティアスをモチーフにしたジェットコースターなんだ。
車体もコースも2つあって、寄り添ったり離れたりしながら波打つレールは回転こそ無いけど結構ハードそう。


「あったあったこれこれ、ラティコースター! これ乗ろうぜ!」
「だから嫌だってば、待ってるからロイ達だけで乗って来なよ」
「一応中級者向けだよ、これ。向こうのレックウザって名前のコースターが上級者向けみたいだし」
「中級だろうが無理だって言ってるのに……コノハやリンクさんからも言ってよ、僕には無理だって」
「ロイ、嫌がる人を無理やり乗せちゃ駄目だよ。待ってて貰おう」
「むー……」


まあ待ってて貰うのも何か申し訳ないから、誘いたくなる気持ちも分かるんだけどね。
絶叫マシンとか嫌がってる人に無理強いは駄目でしょう。

ピカチュウは乗れないので、話し相手にでもしてて、とマルスに預け、私はロイ&リンクと乗り場へ。
人が多いから30分待ちぐらいは必須かと思ってたら、何とタイミングが良くて、調整から復帰した直後みたい。
調整中は並んでる人も居なかったようで、走り寄る人混みに負けはしたけど、それでも待つのは1回分だけで良さそうだ。


「ラッキー! 最初からこれって幸先良いね!」
「だな。ところで2つ乗り場があるけど、ロイとコノハはどっちに乗るんだ?」
「オレはラティオス! スピードが速い方!」
「ラティアスは……高くまで上がるのか。じゃあ私はラティアスにしよっと」
「んじゃ、女の子一人にするのも何だから、俺もコノハと一緒にラティアスの方に乗るよ」


うぐっ! マルスと違い、完全に天然の気遣い。これはこれでイイ!
並んだ先の入り口が別になっていたので、ロイと分かれリンクとラティアスコースターの方へ。
何かレールの下が水路になってる。水の都の映画思い出しちゃった。
ラティアスなカラーリングの車体はめっちゃ可愛い。
リンクと並んで乗ると、何だかデートみたいで思わず顔がニヤつきそうに。


「コノハ、ニコニコしてるけどそんなにジェットコースター好きなのか?」
「ぶっ!?」


ニヤつきそうに、じゃない、ニヤついてたみたい……。
やっぱ顔に出やすいんだな私、この場にピカチュウが居なくて良かった。絶対にからかわれてたよ。


「んー、まあまあかな。あんまり怖いのは無理」
「じゃあ何をニヤついてたんだ? 俺とデートする所でも妄想してた?」
「ぶふぉぁ!」


何なの!? 何なの!?
何故そう私の考えてる事が分かるの!? やっぱり顔に出ちゃってんの!?
リンクは冗談で言ってるんだろうけど、その破壊力を理解してないみたいだね。
その笑顔で言われたら大抵の女は意識するよ、うん。

なんて会話している間にベルが鳴り、発進する。
行ってらっしゃーいなんて言いながら手を振る、係員のお姉さんとラティアス……ラティアス!?

ラティアスが居るよ今気付いたやっべぇ!
しかも付いて来る。一緒にジェットコースター楽しめますよ的なサービスかい、なんて素敵な!
きっとロイの方にはラティオスが一緒に違いない。
これは両方乗りたく……

あ、てっぺん。


「おっひゃあぁあぁ!!」


車体が下り始めると、もうラティアスに目をやる余裕なんて無くなってしまうのでした……ってか。


+++++++


……一方その頃。
コノハ達が戻るのを待っているマルスとピカチュウは、特に話題も無く人混みをぼんやり眺めていた。
いや、マルスは何か話題を振ろうとしているのだが、何故かピカチュウの態度と雰囲気が突っ慳貪に思え、躊躇してしまっている。
しかし黙って待つのも暇なので、思い切って声を掛けてみる。
何でもない世間話には応じてくれなさそうなので、核心へ触れる事に。


「あのさピカチュウ、キミ僕の事を嫌ってないか?」
「うん」
「あ、あっさりだね……。何かキミに悪い事した?」
「ボクにじゃない、コノハにだよ。心当たりあるよね?」
「……あー。あれは、悪かったと思ってるよ」


以前、絡まれていた少年を見捨てたコノハに厳しい言葉を掛けたマルス。
あれはほぼ正論だが、見ず知らずのコノハに対して言い方がキツ過ぎた。
コノハもコノハで、売り言葉に買い言葉とはいえマルスに対して暴言。
二人は反省し、昨日晴れて仲直りが叶った訳だが。
ピカチュウはマルスを許し切ってはいないらしい。


「コノハが大切なんだね」
「かけがえ無い友達だから」
「……ピカチュウ、キミは本当に人工ペットなのか? 喋る調整自体が困難で希少だし、それを引いても飼い主を友達だと表現する人工ペットなんて初めて見た」
「…………」


ピカチュウは何も言わない。肯定も否定もしない。
自分の正体を言ったとして信じて貰えないだろうし、そもそも彼にとっては意味不明もいいところだろう。
ピカチュウにとってコノハはかけがえ無い大切な友達で、彼女を害する者は絶対に許さない。
そんな確固とした信念を話せただけで充分だ。牽制にはこのくらいで丁度良い。

……しかし。


「マルス、キミのあの言葉は正論だと思うし、コノハを心配して言ってくれたって事は分かってる。けどフェミニストみたいなキミがどうして、女の子に対してあんなキツい言い方したの? それがどうしても不思議なんだけど」
「僕も自分で驚いたよ。本当、どうしてあんな言い方してしまったんだろう」


マルス自身も理由が分からない、あのキツい言動。
誰かを見捨てた事が原因で、後々コノハに後悔して欲しくないから……。
初対面、しかもはっきり対面した訳ではない通りすがりレベルの相手に、何故そんな感情が湧いたのか。
ピカチュウに問われても、マルス自身が知りたい事なので答えようが無い。

それ以上は会話も無く、コノハ達はどの辺に乗っているだろうかとぼんやり考えながら、悲鳴を引き連れて動くジェットコースターを見ていた二人。
車体が乗り場に戻って来たのを見てから少し後、座っていたベンチの背後、大通りから歓声が。
何事かと振り返ると、そこにはテーマパークコンセプトの人工ペットを連れた……、コノハが居たら、内心騒いでいたであろう人物。

ポケモントレーナーだ。お馴染みのゼニガメ、フシギソウ、リザードンを連れた彼は、この世界ではこんな巨大テーマパークを運営する大企業の御曹子。
周りを取り巻く人々に笑顔を振り撒きつつ、ふと、彼の視線がマルス達を捉えた。
途端にひきつる彼の顔。
ピカチュウが嫌な予感を抱いた時には遅く、一直線にこちらへ向かって来る彼。
やや早歩きで慌てた様子の彼は、何事かと怪訝な顔をしながらピカチュウを抱え、ベンチから立ち上がったマルスの前に来ると勢い良く頭を下げて……。

……頭を下げて?


「ごめんなさいっ!」


……全力で、謝罪した。


+++++++


ラティコースターから降りた私達がマルスの元へ戻ると、そこには衝撃の光景。
えーと、何ですかこれ。
何でポケモントレーナーがここに居てしかもマルスに頭下げてるんですか?
あの入り口の巨大な装飾看板からして、ポケトレは関係者だろうとは思ってたけどさあ……。


「……何これ?」
「あ、コノハ! こちらのレッド君が、ピカチュウの飼い主のキミに謝りたいみたいだけど……」


マルスに手招きをされ、内心ビビりながら近付く。
ロイとリンクは何事かと興味深そうにしながら付いて来るけど、そんな楽しいなら代わって下さい。
ポケモントレーナー……ここではレッドという名前らしい彼は、何だか恐縮しながら私を見ている。
マルスの隣に並んだ瞬間にピカチュウが私の頭に飛び移り、その衝撃にちょっと体がふらついた。


「え、っと……レッド君? 私はキミに何もされた覚えが無いんだけど、何を謝りたいのかな……?」
「その、パクるつもりなんて微塵も無かったんです。信じて貰えないかもしれないけど、本当に偶然で」
「落ち着いて。はい、深呼吸深呼吸」


テンパった様子で口が慌てている彼を落ち着かせようと、自分に合わせるよう自ら深呼吸をしてみせた。
レッドはつられて深呼吸し、周りの相棒達が心配そうに自分を見ている事に気付いて落ち着きを取り戻す。
うん、さすが“ポケモントレーナー”の名を冠するだけはあるね。
相棒の為にすぐ我を取り戻せるなんて、元々雀の涙ほどしかない私の年上としての自覚が完全に霧散した。


「改めて、オレはレッドっていいます。このテーマパークオリジナルの人工ペット……、“ポケモン”のデザインを担当しました。経営者の息子です」
「これはご丁寧にどうも、私はコノハです。で、謝りたい事って一体?」
「あなたの連れたペットの事です。実はデザインだけしか作ってないポケモンが何種類か居るんですが、実はその中の一匹が、コノハさんの連れている子と完全に同じで……。パクるつもりは全く無かったんですけど、まさかこんなにデザインが被るとは予想できませんでした」


……レッド君、これキミは全然悪くないんだよ。
この世界のポケモンはキミが作ったって事になってるなら、被るのも当たり前。
って言えるワケねえぇ……これは無難に謝罪を受けた方が良いんだろうか。

でも彼、私の方がパクったとは考えないのかな?
それを訊ねてみると、彼はポケモンの設計図を誰にも見せた事が無いらしく、実際に作っていないポケモンのデザインを自分以外が知っている筈が無いと。
話を聞いていたロイが、嬉しそうな声音で割り込む。


「凄い偶然じゃんか。お互いにパクった訳じゃないのに、こんなヘンテコな見た目のペットが被るとか!」
「ヘンテコってロイ、ヒトを奇怪生物みたいに言わないでくれないかなあ」
「悪い悪い。でもピカチュウお前、被ってても悪い気はしてないだろ?」
「うん。それは全然」


だよね。ピカチュウも私と同じ世界から来たしゲームも知ってるみたいだから、彼を責められないよね。
まだ申し訳なさそうにしているレッドに、私は気にしてないし責める権利も無いから、と言っておく。
ピカチュウは私が作ったんじゃないからと言ったら、レッドだけでなくロイ達も初耳だと驚いた顔をしていたけど、何も訊かないでくれたから助かった。
(ロイは口を開きかけたけどリンクが止めた)

話が終わり、落ち着いたら周りの視線に気付く。
……すっごい注目されてた。
だよね、経営者の息子に頭下げられて謝罪されてたら嫌でも目立っちゃうよね!


「えっと、なんか注目されてて恥ずかしいからこの話はここでおしまい!」
「え……あああ、本当だ! すみません、迷惑ばっかり掛けちゃって」
「いーのいーの、じゃ、私達はこれで!」
「ま、待って下さい。あと一つだけ……!」


今度は何ですかァ、と言いたくなるのを堪える。
レッドは懐から一枚のカードを差し出した。
近日一般に発売される予定の物で、これ一枚で値段5000、パーク内のどんな飲食店でも使えるらしい。
キャッシュカードみたいな厚さと大きさのカードには、ミュウツーとミュウのイラストが描かれている。
おお、かっこいい。コレクションにも良さそう。


「これ、貰っちゃってもいいの?」
「はい。迷惑かけちゃったんで」
「気にしなくていいのに。でも格好良いカードだし、くれるんなら貰うよ!」


有難く受け取り、尚も頭を下げるレッドに手を振って別れた。
ラッキー、一時はまた妙な事に巻き込まれるのかと心配したけど、何も無かったし良い物貰ったし!
うきうきでカードをバッグの外側ポケットに入れ、話も終わったし次に行こうとロイ達を促す。


「次はどこに行く? ぶらぶら歩き回っても良いし、また何かに乗っても良いし」
「次はマルスの希望を聞こう。行きたい所ある?」
「え、あ、僕ですか」


リンクに急に話題を振られて、マルスが少し吃る。
私は市民証を彼に見せ、ダウンロードしたマップを一緒に眺めて候補を絞った。
うひゃ、ちょっと近い。

なんて考えてたら頭上のピカチュウに、軽く頭を小突かれてしまう。
ちくしょう何なんだ、どうしてこうも私の考えが分かるんだ、どうしてたった3ヶ月くらいで長年付き合ったみたいに私の事が分かるんだよピカチュウ君!
そんな事を考えている間にマルスは行き先を決めたらしい。


「さっきから、ポケモンっていう人工ペットが可愛すぎて……。このアトラクションで一緒に謎解き出来るらしいから行ってみたい」
「どれどれ……へー、ポケモンラビリンスねぇ。“ポケモンを捕まえてバトルや謎解きをしながら、迷宮を進みます。あなたは脱出できるでしょうか!?”面白そうじゃん、次はここにしよう!」


ポケモン実際に使えるとか堪らん楽しみー!
……ピカチュウは……そう言えばピカチュウが何か技を使ってる所なんて見た事無い気がする……。
言葉を話すポケモンなら映画やゲームで沢山いるけど、このピカチュウは妙にハイスペックだから普通のポケモンと違って見える。
アトラクションに連れて行ったら反則になるかな……?
まあ入り口で訊けばいいか。

次の目的地は少し離れた所にあるので、交通機関に乗って向かう事に。
色んな交通機関があるけど、私達が選んだのはギャロップが引く乗り合い馬車。


「おいコノハ見ろよ、あのギャロップとかいうヤツ燃えてるぞ!」
「分かってる、見えてるからあんまりハシャがないでくれませんかロイ君」


乗り合い馬車なので、私達以外にもお客が居るわけで……クスクス笑われてんじゃん恥ずかしいー!

辿り着いたアトラクション・ポケモンラビリンスの建物は、予想以上の大きさ。
あれー、何この球場ドームの3倍くらいの広さと階数ありそうな大きさの建物アトラクションなの?
入り口には数十人が並んでいて、一度に入れる数が多いらしく、そこまで待たずに済みそう……って、でもアトラクションのクリア予想時間が30分〜1時間以上ってなってるじゃん!
そんなに掛かるんだったら順番なかなか来なさそう。
……とか思ってたら、入場ゲートが開いて並んでる人達がなだれ込み始めた。
早く早く、とロイに急かされ、手を引かれてゲートまで走るはめに。


「ほらコノハ、早くしないとゲート閉まる!」
「ちょ、ちょい待ち! あんまり引っ張らないでよ、危ないから!」
「ロイ、コノハが困ってるから放してやりなよ!」
「なんだよマルス、ここに来たいって言ったのお前だろ。早くしないとまた待つはめになるぞ!」


やんちゃな暴走機関車は走り出したら止まらない。
入場には間に合ったけどこれ確実に走らなくても間に合ったと思います。
あ、そうだピカチュウを入れて良いか訊かなきゃ……と思っていたら、リンクが。


「コノハ、ピカチュウも一緒に良いんだってさ。ただはぐれたり怪我したりしないよう注意してくれって」
「えっ、リンクさん訊いて下さったんですか? 有難うございます!」
「ロイのお守りで大変だろうと思って。だからロイの気が済むまでよろしく」
「あれっ」


ちょおぉぉいまさか自分が面倒になった時のお守り役を押し付ける為に親切を!?
勇者の矜恃はどうした……って別にこの人、今は勇者でも何でもなかったね……。

入り口でモンスターボールを6つと初代ポケモン図鑑の形をした機械を貰い、迷宮に足を踏み入れる。
図鑑は、ゲームで言う所の“ポケモン”の項目を見られるみたいだね。
要は姿や能力値、ステータスや覚えてる技なんかを確認できる機械なのか。
迷宮内で捕まえたポケモンにより謎解きや仕掛けが変わるんだってさ。
ハイテクだなあ、ポケモンが出る時点で地球じゃ無理だけど……残念。

狭い部屋、広い部屋、複雑な通路、そんな迷宮を、ポケモンを捕まえたり捕まえたポケモンで戦ったり、謎解きしたりしている間に、ふと疑問が浮かんだ。
それはリンクがキレイハナをゲットした時。
彼は図鑑を確認しながら、ふと呟くように言った。


「あのさ、これ……。このキレイハナってポケモン、花を付けてるのか?」
「そうみたいですね。それがどうかしました?」
「いや、何か。初めて見たなあとか思って」
「……」


あれ? そう言えば。
このグランドホープには植物が基本的に存在しない。
けどレッドは当たり前に草ポケモンを作り、フシギソウを連れ歩いてる。
調べれば分かりはするだろうけど、少年がわざわざモチーフにするかなあ?

……これはもしかして。もしかしちゃうのか?
私が一人で考えて込んでいると、マルスが感心したように。


「凄いね、まだ小学生か中学生辺りだろうに勉強熱心なんだ、あのレッド君。ロイも見習ったら?」
「えー、めんどい。第一植物の事なんか勉強したって何になるんだよ。植物が当たり前にあったっていう他所のポリスから来たコノハは羨ましいけど」


……ロイ、勉強嫌いなのか。
勉強大好きな学生の方が珍しいだろうけどね。
しかし、私が別のポリスから来たって事、いつか深く突っ込まれたらヤバイ。
その話題になったら何とか話を逸らせるよう気を付けておかないと。


やがて道が四つ叉に分かれている場所に来た。
それぞれ一人ずつ行かなければならなくなって少々怖いけれど、ピカチュウが居る分だけ気が楽だ。


「コノハー、一人で大丈夫か? 良かったらオレが付いてってやろうか!」
「ロイ君ロイ君、この先明らかに4分割されてるから。そこの壁のプレートにも書いてあるじゃん、一人ずつ進まなきゃ駄目だって」
「そこはほら、ピカチュウに行って貰うとかさ」
「その発想は無かった」


無かったけど、きっとこの先にもポケモンが必要な謎解きとかあるだろうし、どの道ピカチュウだけじゃ詰みそうな気がする。
ってかセンサーとかカメラとかで監視してるんじゃないかな、不正やいたずら防止の為とかでさ。
ここまで来て失格やリタイアは勿体ない。


「ちょっとコノハ、何か考えてるけどまさか本当にボクを一人で行かせないよね?」
「ないない、勿論ピカチュウと一緒に行くよ」
「ってな訳でロイ残念でしたー、またの機会に! 来ないだろうけど!」


んべ、と舌を出したピカチュウに笑いながらロイが頬をつつこうとして、やっぱりかわされてしまう。
そんなこんなで一人ずつに分かれ、それぞれ通路を先に進んで行く。
途中にポケモンバトルや謎解きがあったけれど、ピカチュウの協力もあってさくさくとクリアした。
……後で反則扱いされなきゃいいなー、係員さんはピカチュウを人工ペットだと思ってて、こんな流暢に喋ったり考えたりするとは思ってなかっただろうし。

やがて先に扉を見付け出口だーと駆け寄ると、その近くに大きな扉を見付けた。
駆け寄ったのは一人が通れるくらいの普通の扉、そこから3mくらい離れた所に、壁に切れ目が入ったような形で両開きの扉がある。
その扉には、電気タイプを象徴する〇に雷印の大きなマーク。
ノブや取っ手などが無いから扉だと判別し難いけど、多分扉だと思う。


「あれ……? ピカチュウ、いま私の手持ちに電気タイプ居ないよね」
「居ないね。設定ミスか、それとも電気タイプを持ってたら通れるみたいな隠しイベントかな?」
「ひゃー、手持ちに合わせて仕掛けが変わるならそういうのヤメてよ、気になっちゃうじゃんかー!」
「そこでボクの出番だね。ちょっと攻撃してみる」


ピカチュウが私の頭からヒョイと降りて、扉に近付きつつ電気ショック。
バリッ、と迸った青白い光に少し目を閉じ、開けた時には扉も開いて……ない。


「あれ、開かない。足りなかったのかな」
「じゃあ10万ボルトで!」


ピカチュウはもう少し近寄って体を丸めるように縮こまり、バチバチと電気を溜める。
再び体を伸ばした瞬間、頬袋からさっきより強い電気が放出され、やや暗めの場所では目を開けていられないような閃光が放たれた。
……確かに全部直撃したのに、それでもまだビクともしない大扉。
あの電気タイプマーク、ひょっとしてフェイクなんじゃないだろうか。


「……いーい度胸してるじゃないの。たかが扉ごときが、まさかこのボクに最後の切り札を出させるなんてねぇ……」
「ちょ、ピカチュウ君あなたアイドルなんだから青筋控えて! ってか最後の切り札ってまさか」
「ボル……、テッ……、カァアァアァァァァァ!!」


またピカチュウの体から閃光が迸り、今度はその光は離れず纏わり付いたまま。
一旦扉から離れ、そのままUターンして猛スピードで体当たりをかました。
部屋が揺らぐ程の衝撃、雷が落ちたような轟音。
思わず目と耳を塞ぎ、数秒して静まってから再び目を開けると、ついに扉が開いてない。

……開いてない。


「な……あ……あ……」


絶句するピカチュウ。
だよね、絶句するよね普通。最後の切り札無効とかチートかよこの扉。

と、次の瞬間。
ゴゴ……と重い音がして、土煙を上げながら大きな扉がゆっくり開いた。
思わず警戒して飛び退るけど、扉が完全に開くと成功した事に実感が湧いたのかピカチュウが飛び込んで来る。


「やったー! ねね、これ絶対隠しイベントだよ。行ってみようよコノハ!」
「う、うーん。折角開いたんだし行ってみたいけど、何か暗くて……恐い」
「んじゃあボクが先行するから、ほら早く早く!」


私の腕から飛び下り、扉の方へ駆け出すピカチュウ。
慌てて後を追うと、扉の先は階段になっていて奈落へ続くみたいに暗闇へと延びていた。
思わず後込みしたけど、ピカチュウがさっさと先に行ってしまったので半ばヤケになって段差を降りる。
ポケモンを出そうかと思っていたら割とすぐに暗闇が切れ、壁には篝火。
ひんやりとした壁は私の足音を反響させながら吸い込んで行く。

結構な段数を下った先にはまた大きな扉。
力は必要だったけれど今度は割とすんなり開いて、ピカチュウに先行して貰いながら足を踏み入れた。
中は意外に暗くない。
煌々と篝火が灯り奥には祭壇、祭壇の中央には棺があって、色とりどりな沢山の花に囲まれている。


「な、何これ……! どうしてこんなに花が……」
「……まさか、これ」


ピカチュウが呟き、棺の方へ駆け出した。
私も後へ付いて行くと、彼は棺の蓋や祭壇の壁を見つめて何か考えている様子。
一緒に見てみると棺と壁には同じ模様が彫られてる。
羽の生えた女神様みたいな女の人が水の入った球体を抱き抱え、その周りを沢山の植物が囲んでた。
……っていうか、私的には棺が気になるんだけど。


「ピ、ピカチュウ。これ、まさか中からゾンビ……」
「ここポケモンのテーマパークだよ。出て来るとしても精々ゴーストタイプのポケモンじゃない?」
「だ、だよね! この棺あれだ、多分デスカーンだ!」
「デスカーンと形も模様も全然違うじゃん。……ねぇコノハ、開けてみて」
「え、えっ?」
「ボクじゃ重くて開けきれないんだ。万一を考えて、ボクがすぐ攻撃できるように構えておくからさ」
「うう……」


いくらポケモンでも、いきなり飛び出て来られたらビビる……。
でもリーデッドとかスタルフォスなんかが出て来る訳ないよね、ここポケモンのテーマパークだし!
ヨノワールとかゲンガーだったらいいな!
ムウマージやシャンデラとかも好きだよ!

自分を勇気付けつつ、ピカチュウが私の頭に乗って電気を頬袋に溜め始めたのを確認し、棺に手を掛けた。
割と重かったけど、えい、と力を込めて勢いよく蓋を開け反対側へ落とす。

瞬間、何かが飛び出た。
咄嗟に飛び退ってモンスターボールを手にし、ピカチュウは私の頭から飛び下りて臨戦態勢。
……けど飛び出た何かの姿を確認した瞬間、私もピカチュウも戦意を失った。


「え、あれ……ルカリオじゃんか。何で棺の中から出て来てんの?」


ルカリオは何故か目を瞑り、頭が覚醒していないらしくかぶりを振っていた。
けど私が喋った瞬間ハッとしたように顔をこちらへ向け、目は瞑ったまま飛ぶように跳ねてこちらへ来た。
波動の力で目を瞑っていても障害物や生き物の存在が分かる彼は、思わず一歩引いた私に構う事なく跪き、私の片手を取ると騎士が女主人に対して行うような礼をしながら。


「主様(あるじさま)、お会いしとうございました」


……なんか、よく分からない言葉を放った。





−続く−



戻る
- ナノ -