グランドホープ

act.7 ともだち



「コノハ」
「う……」
「コノハってば!!」
「へっ!?」


突然の呼び声に体がびくりと跳ね、私は突っ伏していた机から頭を上げた。
……ん? この机……。
辺りを見回すといつもの教室で、椅子に座って机に突っ伏し寝ていた私を、横に立つマナが見下ろしている状態。
窓の外を見ると夕方で、もう授業は終わったらしい。


「あんたどんだけ寝てんの、図書委員会の当番だって結局ケンジが一人でやってくれたんだから、お礼言っときなさいよね」
「……」
「ちょっとコノハ?」


教室、だよね。私が通ってる高校の。
更に私は制服で、隣にはマナが居て、つまり、ここは地球で日本で……。
帰って、来れた?

余りに実感が湧かなくて、でもその感覚は以前にピカチュウが言っていた通り、すぐ実感となって日常に戻ってしまうんだろう。
マナは私の様子がおかしいのを察して、からかって来る時の調子を引っ込め背中をさすってくれる。
えっと、何がキッカケか分からないけど私、また転移し直して日本に帰って来たんだよね。


「具合悪いんじゃないの、こんな所で爆睡するから風邪引いたとかさ」
「うえ、爆睡してたのか。まさかと思うけど私イビキかいてなかった?」
「かいてた」
「嘘ぉ!?」
「ウ・ソ」


イタズラっぽく笑うマナにこちらも笑い返しながら軽く頭を叩いてやる。
ああ、帰って来たんだ。
大好きなマナが居る、そしてここは通い馴れた高校の教室で、何の問題も無く家に帰る事が出来る。
私は早めに帰り支度を済ませ、マナと下校。
生徒玄関で、ケンジと出くわしたから駆け寄って委員会をサボった謝罪。


「ケンジごめん、うっかり爆睡してた!」
「馬鹿かお前。許してやるから何か奢れよ、次に発売するポケモンとか」
「高っ! 高いよケンジくん、出来れば千円以内にして欲しいな!」
「じゃあモス」
「けってーい」


帰りに三人でモスへ。
マナがあたしにも奢れーい、とか言ってたけど関係ないので無視。
三人で、次のテストがどうだとか教師の誰それの悪口だとか、他愛ない話をしながら、私は平凡な日常の幸せに泣きそうだった。
だけど泣かない、大好きな二人を心配させてしまう。

ピカチュウ、やっぱ私にはこれが平凡な日常だよ。
グランドホープでの日々は私にとって非日常だったよ。
……でも多分、それも離れたから言える事で、確かにグランドホープで過ごした3ヶ月間は日常だった。

しかし調子の良いもので、あんなに帰りたかったのにいざ離れると、グランドホープの事が気になる。
ピーチ姫達は政府に対して革命を起こしたのかな?
リンクやロイは巻き込まれずに生きてるかな?
ルイージは結局マリオと繋がってたんだろうか。
正義感の強いマルスはどんな行動を取るんだろう。
お偉いさんっぽかったアイクはピーチ姫達と敵対しちゃってるのかな……。
政府を憎んで生きてるピットやネス、リュカは?

そして、ピカチュウ。
あんなに私の傍に居て、親切に助けてくれた彼は?
思えば彼がただのぬいぐるみだった時から、私は助けられてばかりだったなあ。
一人異世界に送られ、鞄や携帯など元の世界との繋がりの殆どを失ってしまった私にとって、唯一元の世界との繋がりを意識させてくれた存在だった。
そして動き出してからの2ヶ月もずっと一緒に過ごしてくれて、私は彼のお陰で本当の孤独に陥らなかった。

……あ、やばい。なんか泣きそう。
どうしよう、完全に目が潤んでる。気付かれたら余計な心配かけるのに。
私はマナとケンジの様子を窺いながら、意識がこちらから逸れた瞬間に素早く目元を拭った。
幸いにも気付かれなかったようで、何事も無かったかのように会話に参加する。
話題が一旦切れて、次にマナがゲームの話題を持ち出して来た。


「あー、FEのGBA三部作リメイクか移植はよ」
「封印と烈火はともかく、聖魔は無理だろ。3DSのアンバサダーで出たし」
「それはあくまで移植の範囲だからリメイクならアリかもよ。私はポケモンのルビサファをリメイク希望。小一で買ったけど、消したりして何年も繰り返し遊んだから思い入れ半端ないし」
「あたしもー。どうせならエメラルドが良いけどね。大誤算なダイゴさんと組んでのダブルバトルは小学生ながらグッと来た」
「あれはルビサファ先にやってると感動するよね」
「……お前らがアドバンスの話出すからやりたくなっただろうが。黄金の太陽とかバーチャルコンソールでさっさと出してくれれば良いのに」


グランドホープではピカチュウ以外の人が居る前で出さないように気を付けていたゲームの話題を、何の配慮も無く出す事が出来る。
ああ、もう幸せ。無用な頑張りをしなくて良いなんて幸せ過ぎる。

幸せ、なのに。私の頭を過るのは、グランドホープで過ごした日々。
グランドホープで出会った人々。
今となっては夢だったんじゃないかと思えるあの世界の全てが、気にかかる。
やっぱりその中でも、特にピカチュウは忘れ難い。
同じバイトでよく遊んでくれたリンクやロイも。
シェリフに逮捕されたらしい私を助けてくれたピーチ姫や、特に深い付き合いは無かったけど、出会った他の任天堂キャラ達も。

マナやケンジの態度を見るに、私が3ヶ月も異世界に居たのは無かった事になっているみたい。
じゃあ向こうでは、一体どうなってるんだろう。
私が最初から居なかった事になってるのかな。
……そうなら、私が金額を立て替えた為に万引きの追求を逃れたピット君は逮捕されちゃったんだろうか。
いや、ピット以前に私がこの世界から持って行ったピカチュウのぬいぐるみは?


「……あのさケンジ、あんたがゲーセンで取ったピカチュウのぬいぐるみ、覚えてる?」
「覚えてるも何も今、お前の鞄に入ってるだろ」
「えっ」


言われて鞄を探ると、ピカチュウのぬいぐるみ。
あれ、入れたっけ。入れたんだろうな、あるんだし。
変なこと言ったねゴメン、と謝って話を終わらせた。

日が暮れて来たのでモスを出て帰路につく。
ケンジと別れ、それからしばらく後別れる時にマナが、私にとって泣きたくなる懐かしさを持つ事を言って来た。


「あ、明日の休み、あんたん家行くからスマブラしよっ! 二人プレイで亜空の使者ぶっ通しな!」
「おっけー。じゃ、また明日ね」


それはグランドホープに行く前、最後にマナと別れた時にした約束。
ごく簡単な内容なのに、下手をしたらもう二度と叶えられない可能性があった。

だけどもう叶えられる。
私は帰って来たんだから。

一人になり、歩き出しながら今何時かなー、と何の気なしに携帯を取り出す。
……あれ? 私の携帯こんなんだっけ……。

え? これ、市民証? グランドホープの。


「……!」


急激に襲って来る寒気。
確か以前グランドホープに行ったのも、暗がりの中で一人帰路についている時だった。
まさか、また……!

恐怖に駆られ、息が切れる程の全力疾走で家へ。
幸いにもあの時の亜空軍や亜空間は出現せず、明かりの灯る我が家の玄関に飛び込む事が出来た。
安堵して息を吐き、ただいまー、と言った所でお母さんと誰かの話し声が聞こえて来る。
リビングから……誰だろ、女の人と話してる? 割と年配っぽいな。
割り込んで良いか分からないから、2階の自分の部屋へ直行する事にしよう。

リビングには入らず奥の階段へ行こうとリビングに近付いた時、話し声がよく聞こえるようになる。
その瞬間、お母さんと話している声の主が分かり、私はリビングに飛び込んだ。


「あ、お帰りコノハ」


ソファーに座りいつもの調子でそう言うお母さんの、向かいのソファーに座っているあの人は。


「お……婆、ちゃん?」


お婆ちゃんだ。
私の大好きなお婆ちゃん。
死んだはずのお婆ちゃん。

どういう事?
ひょっとしてグランドホープへ行く前の、お婆ちゃんが死んだ所から夢だった?
お婆ちゃんが死んだのは夢で、本当はすっかり元気になって退院して、こうして家で穏やかに暮らしてる?

……ああ、そうだよね。
お婆ちゃんが死んだのは夢だったんだよね。
こうしてまた、一緒に暮らしてくれるんだよね。

またお話聞かせてよ。
ファンタジー色たっぷりなのに、話し方が上手いから情景が目に浮かぶようで、お婆ちゃんのお話が大好きなんだ。
あと料理も教えて欲しい。お婆ちゃんが作るとご飯もお菓子も最高なんだ。
お母さんもお婆ちゃんに習ってるから上手いんだけど、お婆ちゃんが上だよ。
あ、明日マナが遊びに来るから、前に作ったリンツァートルテをまた作って欲しいな。
マナがめちゃくちゃ美味いって言って、すっごく気に入ってたでしょ。

どうせならお婆ちゃんも一緒にゲームやる?
最近はお年寄りゲーマーも増えてるらしいけど、お婆ちゃんはずっと前からゲーム大好きだったもんね。
友達に、お婆ちゃんがゲーム大好きだって言ったら羨ましがられたんだよ。

死んだと思っていた大切な人が生きている。
だから話したい事なんて山程あるのに、喉につっかえて出て来ない。

お婆ちゃんは私の大好きな優しい笑顔をこちらへ向け、口を開く。
その口からお帰り、という言葉は出て来ない。
代わりに紡がれた言葉は。


「ごめんね、コノハ」


飛び起きた。
優しい穏やかな笑顔とは裏腹に、その声音が悲哀に満ちていた事に驚いて。

そう、飛び起きた。
そこはグランドホープでピーチ姫が手配してくれた高層アパートの部屋。
カーテンの隙間からは光が漏れているけど、時計を見るとまだ午前5時40分。
カーテンを少しだけ開いたら、明るいものの太陽はまだ顔を出していない。
サイドテーブルに乗せた籠の中でピカチュウがぐっすり寝ているのを確認し、私はベッドに戻った。
そして彼を起こさないよう布団に潜り込み、声を殺して泣く。

帰りたい故郷は、変わらずそこにあるんだろう。
ただ、私という存在を消し去ったまま時間を進めて。
今見た夢は、ただの私の願望に過ぎない。
何の問題も無く帰る事が出来て、私が居なくなった事が無かった事になっているなんて、都合が良すぎる。
今日はバイトも休みだと思い出した私は、泣き疲れて二度寝するまで、声を殺したまま泣き続けた。


++++++


「なあなあコノハ、来週の連休ヒマ?」


故郷の夢を見た数日後、ステップストアのバイト後にロイが話し掛けて来た。
来週の連休は金曜〜月曜までの4日間で、私はバイトの休みも重なり何をしようか浮わついている所だった。
特に予定も無いし暇だよ、と言うと、彼は数枚のチケットをひらつかせる。


「じゃーん! イーストエリアのリゾートにある、高級ホテル2泊3日〜!」
「ちょ、これドルフィンホテルじゃんか!」


同じくバイトが終わったリンクが割り込んで来た。
高級ホテルかあ……リンクの食い付き具合からしてかなり良いんだろうな。
ロイは得意気な顔をして、チケットを一枚ずつ私とリンクに手渡して来た。


「連休に予定無いんだったら行こうぜ、親戚から宿泊券貰ったんだ」
「え、私も良いの? 家族とか高校の友達は……」
「家族では何回も行ったし高校の友達とも行った事あるから、今回はコノハやリンクと行きたくてさ。宿泊券をくれた親戚の子供が一人一緒になるけど、同い年くらいだし良い奴だからすぐ打ち解けるよ」
「何回もって、やっぱお前は金持ちだな……」


何とも言えない表情で言うリンクに、ロイが原作で貴族だった事を思い出す。
この世界では貴族とか無さそうだけど、リンクの言う通り金持ちなんだろうな。
高校は寮に入ってそこから通っているそうで、ロイの実家は知らないけど。

……イーストエリアか。ピーチ姫の家があるけど近くじゃなきゃいいな。
もしばったり出くわしたりしたら気まず過ぎるよ。
ロイの親戚が誰かは分からないけど、大丈夫だと言うから遊びを了承した。
ひょっとしたらまた任天堂キャラかもしれない。

しかし今まで出会った見覚えのある人々を鑑みると、全員が任天堂キャラではあるけど、もっと言えばスマブラ出演者達だよなあ。
これが夢小説なら、スマブラ夢って所かな。
間違っても自分が夢ヒロインだとか、そんな立場じゃないのは分かってるけど。

金曜日に朝一番の列車で向かう事になり、私のアパートから最寄りの駅で集合する事になった。
ピカチュウも連れて来て良いと言ってくれたので、先に更衣室で待っていた彼に話す。
毎回バイトについて来るピカチュウは、暇だからとフロアをうろうろしていたらすっかりマスコット的存在になっちゃっていた。
さすがポケモン界のアイドルは伊達じゃないな……!


「聞いて聞いて、ロイが高級ホテルの宿泊券くれてさ、2泊3日で遊びに行く事になったー! ピカチュウも一緒に行こう!」
「ほんと!? ……うわ、ドルフィンホテルってかなり良いホテルじゃん!」
「知ってんの?」
「うん。休みの日にネットして、イーストエリアの高級ホテルサイト見てたんだ。まさか行けるなんて!」
「……前々から思ってたけど、ピカチュウって器用にも程があるよね」
「ボクをゲームやアニメのピカチュウと同じだと思ったら大間違いだよ」


うん、まあ元はぬいぐるみだし普通のピカチュウじゃないのは分かってるよ。
他のスマブラキャラとは違って、私の故郷である地球の話も通じるからね。
っていうか彼は任天堂ゲームの事も知ってるみたいだけど、自分が出てるゲームをどう思ってるんだろう。
アイドルだから気にしないのかな、私だったら恥ずかしすぎるわ……。


++++++


金曜日、朝8時過ぎにピカチュウを頭に乗せ駅へ。
ロイとリンクが入り口前で待っていて、挨拶を交わそうとして思い止まった。
待てよ、せっかくイケメン達と待ち合わせして出掛けるんだから、お約束のアレをやっておきたいな。
前に買い物行った時も似たようなやり取りしたけど、内容が違ったしね。

私はやや離れた場所からお早う、と声を張り上げようとしていた所をもう少し近付いて、あまり声を張り上げないように話しかけた。
さあ、果たして彼らはお約束を返してくれるのか!


「リンクさん、ロイ、ごめーん待ったぁ?」
「いいや、ついさっき来たところだよ」
「オレもさっき来た」


いよっしゃ来たあぁぁ!!
使い古されてもはや古典だけど、ラブラブカップルデートのお約束

『ごめん、待った?』
『ううん今来たとこ』

のやり取り頂きましたぁ!
思わず顔や態度に出てしまったらしく、楽しみなのは分かるけど落ち着けよ、とリンクに笑われる。
いいよ、イケメン君が笑ってくれるなら私、道化にだってなってみせるよ!

……いや、正直な話をするとあんまり無用な恥はかきたくないんだけどね。
でもピカチュウだけは私が何をしたかったか分かったらしく、頭の上から小さく「何やっとんじゃい」という声が降って来る。
さっそく恥かいたけどピカチュウならまあいいか。

エレベーターで駅の8階へ上がり、改札を通ってエスカレーターを昇る。
高架線路からの眺めは相変わらず上々で、眩しい青空に映える大都会の街並みが素晴らしい。
住居や学校がメインのセントラルエリアでさえこうなんだから、摩天楼だらけのノースエリアとか凄い圧巻なんだろうなあ。
ノースエリアは最初に行ったっきりだから、眺める余裕も無かったしあんまり覚えてないんだよね。

列車の窓から外を眺める。
あまり高い建物の無いセントラルエリアは、広さ以外は日本でも見られそうな光景を作り出していた。
ただ、遥か彼方にうっすらと見える、各エリアを分けている巨大な壁だけは間違っても日本、そして地球では有り得ない光景。
ゲームの世界にでも来たみたいで不思議な気分だよ。
自分のアパートから見えるから最近慣れて来たけど。

前にピカチュウが言った通り、地球では有り得ないグランドホープの非日常が私の日常になっている。
それでも先週見た夢のように故郷の事を見せ付けられると、やっぱり非日常だなと思ってしまう訳で。

自分がとんでもなく中途半端な存在であることが、何か良くない事を呼ぶんじゃないかと不安になる事もあるけど……無視無視。
嫌な事は後回しにして考えないって決めたのに、どうしても気になる。小心者すぎるだろ自分。
でも今はリゾートとも言えるイーストエリアへ遊びに行く最中だし、本当に忘れなきゃ駄目だ。
私はすぐ顔に出るから、皆を心配させてしまう。
それを振り払うように、ロイとリンクに話し掛けた。


「ねぇ、ホテルに着いた後は何するの? イーストエリアで遊んだ事ないから何があるか分かんないや」
「そうだな、明日はテーマパークで遊ぶとして、今日はホテル付近の街をブラブラするつもりだよ」
「絶対に押さえたいのはランドマークタワーとメモリアルミュージアムだな。後は歩き回りながら気になった所に寄ればいいだろ」
「うひょー楽しみ!」


テーマパークとか、目的を持って1ヶ所でガッツリ遊ぶのも良いけど、街中をブラブラ散策して、気になる店や施設があったら入る、みたいなのも面白いんだよね。
さっきまでの不安を現金に押しやって、私の頭は再び楽しさで埋まった。
……単純だな、ほんと。

円形の広大な土地を×に仕切ったグランドホープの、イーストエリア東端。
位置的にやや南寄りにドルフィンホテルはあった。
目の前の高級ホテルは、私みたいな庶民を拒絶するかのように佇んでいる。
これが趣味の悪い成金のようなホテルだったら逆に気が楽だったろうに、ドルフィンホテルは落ち着いた上品な雰囲気で、とても自分に合うとは思えない。


「……あのさロイ、ここ本当に庶民が来ていいの?」
「そりゃ当然。何か勘違いされてそうだから言っとくけど、オレの実家は金持ちなだけで、決して政府関係者じゃないからな?」
「ドレスコードとかありそうなんだけど」
「まあ一応あるけど、常識的な服装だったらラフな格好でもOKだよ。短パンは好ましくないだろうな」
「……スカート系は」
「駄目な訳ないじゃん」


ひぃぃ何か怖じ気づいた!
すっごく楽しみだったのに入るのが怖い!
確かにロイもリンクも服装はラフだけどさ!

彼らの後ろに隠れるようにしてホテルのエントランスへ向かうと、センスよく配置された像や彫刻、小さな滝や泉が目に眩しい。
……けど植物は無いんだな、やっぱり。
普通なら色とりどりの花壇や植木、噴水や泉に花が浮かんでたりとかありそうなのに。

ピーチ姫達が話していた、この世界から植物を消した男の話を思い出す。
なぜそんな事をした。全く意味が分からんぞ!
それで何か良い事があったのかお前はァァ!

……あったんだろうな、その人にとって良い事が。
ピーチ姫達は何千年も前に、その男やその仲間達と戦ってたんだろうか。
これがゲームとかなら、その男が復活して戦いに……とかなっちゃいそうだ。
うわー巻き込まれたくない、どうかそんな事になりませんように……!
まあこの世界はゲームじゃなくて現実だから、そんなラスボス降臨イベントみたいなのは起きないだろうけど。

エントランスホールに入ると、ロイが前方に誰かを発見したらしく、手を上げて声を掛けた。
私はロイとリンクの後ろに居たから見えないけど、すぐにロイが口に出す。


「よーマルス半年振り、元気してたか。宿泊券ありがとうな」
「どういたしまして。とは言え両親のお金だから僕は大きな顔できないんだけどね」


……はい? 今、なんと?
聞き間違いでなければ、マルスとか聞こえたような。
しかも思いっ切り聞き覚えある声の気が……。

ちょっとロイ達の後ろから出て前方を見ると、青い髪をした上品そうな少年。
わー、こんな子こそ、この上品なホテルに似合うんだよね、うん!


「……あ」
「……ど、どうも」


目が合った、そしてお互いに気まずい表情。
ロイとリンクが、知り合いだったのかお前らと意外そうにしてるけど、そんなに穏やかなものじゃない。
初対面でマイナス面暴露した挙げ句、罵倒合戦しちゃった間柄ですよ……。


「知り合いなら話が早いや。コノハ、マルスの両親が宿泊券くれたんだ」
「いや、あの、まあ、名前は知らなかったけど」
「ん? 知り合いじゃなくて見た事あるだけか。マルス、こいつはコノハってんだ。前に市民証で話した新しい友達だよ。で、コノハ。こいつはマルスっていって、オレの親戚だよ。宿泊券くれたのはこいつの両親」
「……ア、アリガトウゴザイマス」
「どういたしまして……」


こんなに気まずい雰囲気を出してたら、さすがにロイ達も何か言うだろ……。
その通り、ロイとリンクは何か言いたげにしていたけど、ピカチュウが早くチェックインしようよと助け船を出してくれた。
まだ朝の9時半なのに、こんな早い時間にチェックイン出来るんだろうか?
てっきり大きい荷物だけ預かってもらって、遊びに行くと思ってた。
こういうのってホテルごとに違うとは思うけど。

フロントの人がカウンターに出してくれた機械へ市民証を翳すだけで、宿泊者登録は終わり。
物足りない。けど便利。
で、機械に翳した市民証が部屋カギの役目も果たすらしい。すっげぇぇ!
本当に無くしたら大変だよ市民証。以前ピットにスられたのは自分の大きな過失でもある。

荷物はベルボーイが部屋まで運んでくれる。
うっひゃあ高級ホテルに来たって感じだ!
こんな未来都市だから何かの装置を使って一発で部屋まで荷物を運べないのかと思ったけど、魔法じゃないんだし何でもかんでも出来る訳じゃないか。
それにベルボーイは客室や非常口の説明、客の要望に合わせて色んな手配をする役目もあるし。

ロイが言うには、高級ホテルだからこそ機械ではなく人が行う持て成しに力を入れてるんだって。
やっぱりそれ大事だよね。
便利な機械が沢山あっても生活してるのは人間……フォックス達も人間か?
まあ“人”って事で。
……生活してるのは人なんだし、こういう意識があるのは嬉しい。

部屋は全員16階、最上階の二つ下にあるフロアだ。
部屋は全室オーシャンビューのようで、眺めが爽快。
うわあシングルなのに部屋もベッドも広くて綺麗!
でも一人は寂しい。ピカチュウが居るからいいけど。
マナとこういう所で一緒に泊まってみたい。
それが実現できれば良いのに、元の世界へ帰れるかどうかすら不明。
いつか帰れるかな……。

キャリーを置きショルダーバッグだけを持ってエレベーター前で集合。
うーん、当たり前だけどマルスが居て気まずい。
まだろくに会話してないし、以前の事を謝りたい。


「さて、まずはどこに行こうか。リンクはランドマークタワーとメモリアルミュージアムに行って、後はブラブラするって言ってたけど。マルスとコノハは何か希望あるか?」
「僕もそれで良いよ。久しく行ってないし」
「私は分かんないのでお任せコースで。ピカチュウは何か希望ある?」
「うーん、ボクも初めてだからここは経験者にお任せするよ」
「じゃあ決定な。まずは近場のランドマークタワーに行くか」


折角だし歩こうという事になり、ホテルから徒歩20分程の海辺、小高い丘になっている場所にランドマークタワーはあった。と言うか見えてた。
真っ白な石畳が敷き詰められた上、スマートに佇む塔はかなり高い。
入り口にある案内のパネルには全体の高さが650m、第一展望台の高さが630mと書かれてあり、登れば爽快な景色が望めそう。


「うわー高っ! 早く展望台登りたい!」
「海浜タワーとしてはグランドホープで1番じゃないかな。いや、他所のポリスと比べても1番かも。あと第一展望台には縁結びの泉があるから、何か小さい私物でも入れてみろよ」
「へっ? またまたリンクさん、私が恋してるように見えます?」
「今してなくても出会いを願うとかさ。コノハはそういう話題嫌いか?」
「誰かがしてるのを聞くのは好きですけど、自分の事はちょっと、照れ臭くて」
「ウブだなー」


違う違う、断じてウブとかじゃなくて今までがモテなさ過ぎて今更なだけ!
友人には恵まれたけど恋には恵まれなかったよ!
私の苦笑が照れ笑いに見えたのか、リンクの中で私のイメージがウブで固まってしまったような気がする。
ぎゃー違う違う恥ずかしいそんなんじゃないってば!

声に出して否定しようにも必死になるような事柄じゃないような気がして、恥ずかしさで顔が熱い。
で、またそれを誤解される悪循環マジやめて私本当にそんなキャラじゃない。
私がぐるぐる悩んでいると、ピカチュウがからかうような声音で口を挟む。


「コノハ、リンクに言えば良かったのに。リンクさんが運命ですって」
「だあぁっ、ちょ、バカ聞こえるからやめて! 私はそれを言って良い顔じゃない!」
「せっかく異世界転移なんて夢小説みたいな体験してるんだから、恋愛モードになってみなよ〜」
「無茶言うなあんなイケメン達を前にして恋愛モードになったら心臓が持ちませんわ! 友情モードが限界だしマルスに至っては友情さえまだまだだ!」


出来るだけ小声で話し、エレベーターに乗る事になったから会話を終わらせる。
もし恋愛できるならしたいけど、私じゃ頑張っても友情止まりでしょう。
憧れのキャラと関われるなら友情でも有り難いし、正直危なくなったら逃げる気満々な私だから、本当は友情すら危ういよ。

エレベーターが第一展望台に辿り着き、扉が開くとそんな悩みが吹き飛ぶ程の景色が飛び込んで来た。
正面は爽やかな水平線、裏側に回ればイーストエリアの街並みが眼下に広がる。
自分のアパートなんかよりずっと、遥かに高い。

凄い、見に来て良かった!
浮かれて展望台をぐるぐる回りつつ海や街の景色を楽しむと、ロイやリンクが傍に居ない状況でマルスとばったり会ってしまった。
お互いが、あ、みたいな態度でそそくさと離れようとしたけど、このままじゃ駄目だと思って引き止めてみる。


「あ、あの。待って下さいマルス君」
「えっ」
「何と言うか、その、この前会った時は本当にごめんなさい! 偽善者なんて酷いこと言っちゃって……。逆ギレとか最低ですよね」


言えた、謝れた。
これでマルスがどんな反応をしても、謝った事への後悔はしないようにしよう。
また出会えるかどうかすら分からなかったのに、こうして謝るチャンスが来てくれたんだし。
怖くて少しの間頭を下げたままだったけど、ちらりと視線を上げると戸惑ったマルスの姿があった。


「ああ、その……。あれは僕も言い過ぎたよ、初対面の女の子にさ」
「いえ、あれはマルス君が正しかったじゃないですか。それに私を心配してくれたんでしょ?」
「だけどもっと別の言い方もあったのに、あんなキツい言い方して。あれじゃ言われた方は反発したくもなるよ、本当にすまない」
「……じゃあ、お互い様って事で。これから友達になりませんか?」


私から言うのは図々しいかなと思ったけど、恐らくマルスなら気にしないでくれると思う。
逆に、悪いと思ってくれているマルスの気持ちを和らげられるんじゃないかな。
マルスは戸惑いの表情を穏やかな笑みに変え、私に手を差し出した。


「コノハ、だよね。僕は17歳なんだけどキミは?」
「あ、同い年です」
「じゃあ敬語は無しにしよう。呼び捨てでも良いよ。こちらこそ宜しく、コノハ」
「はい……じゃない、うん。宜しくねマルス」


握手を交わす。
周りの人から少し注目されて気恥ずかしいはずなのに、マルスと和解できた嬉しさが勝ったためか、そんなに気にならなかった。





−続く−



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