グランドホープ

act.6 お花畑と子供達



人口800万人を数えるこの未来都市も、住居や学校がメインのセントラルエリアは穏やかで閑静な場所も決して少なくない。
それでも道には街路樹どころか雑草の一本すら無く、店に入っても観葉植物の一つすら見当たらなかった。
私が住んでいるアパート近辺はかなり閑静な方で、その割にすぐ目の前にはバス停、50mも歩かないうちに地下鉄の入り口、そこから更に300mほど先には列車の駅とかなり利便が良い。

この世界に来て3ヶ月、バイトを始めて2ヶ月。
たまにはロイやリンクに連れ出されてばかりじゃなく、自分で出掛けてみようと遠出してみる事に。


「じゃあウエストエリアまで行って来るけど、ピカチュウほんとに来ないの?」
「うーん……どうしようかなあとは思ってるけど、ウエストエリアに何しに行くの? そりゃ店とか遊ぶ場所もあるけど、工場地帯や空港がメインの場所だよ」
「買い物ならサウスエリアが良いのは知ってるよ。でもウエストエリアにしか無い場所もあるはず! それに空港巡りしたい」
「ああ、巡り、ってほど数はないけど、確かにお店とか色々あるから楽しいかもね。広いみたいだし」
「そうそう、2つだったっけ空港。楽しみなんだよ」


ピカチュウは具合が悪い訳ではなさそう、どうやら面倒なだけみたい。
一応念の為にと合鍵を残して部屋を出た。
ドアを開けると47階という高さに相応しい開けた景色が広がっていて、遥か彼方には各エリアを分けている巨大な壁がうっすら見える。

セントラルエリアは他のエリアほど高層ビルが無いから、高い場所からの眺めは半端無く良いんだよね。
この50階建てアパートはセントラルエリアでもかなり高い建物らしくて、障害物なんて皆無だった。
エレベーターで降り、最寄りの地下鉄へ……向かおうとしたら、シャッターが。


「え、あれ、地下鉄使えないの、何で?」


近寄ってみるとパネルに、緊急点検作業のためセントラルエリアにある地下鉄入り口を全て閉鎖する旨。
信じられない、なんというバッドタイミング。
確か今朝は開いていたし、昼になるまでに何かがあったんだろう。


「うわー……どうしよ、バスは安いけど時間かかるし、駅まで歩くか……」
「あなた、地下鉄に乗りたいんですの?」


聞き慣れない声に振り返ると、……全く知らない長い緑髪のお姉さんが居た。
とっさに任天堂キャラを思い浮かべるけど、当てはまるキャラは居なさそう。
パルテナ様じゃないもんなあ……エリンシア? いや、違う。
他に長い緑髪の女の人は……。うーん、多分違うだろうなあ。
本当に知らない人か。
私が返答も出来ずに頭を悩ませていると、お姉さんの方から言葉を続けた。


「地下鉄、乗りたいんですのよね。あなた」
「あ、はい。でも今は閉鎖してるみたいで……」
「実は入り口を閉鎖しているだけで、地下鉄はちゃんと動いてますわ。地下の駅にもまだ利用客が残っているはずです。こっそり降りても構いませんよ」
「えっ」


いきなりの言葉に、また返答が出来なくなった。
いや、このお姉さんにそんな権限ってあるの?
逮捕されたら大変な事になりそう。シェリフとは関わりたくないんだけど……。
私がそうして不安がっている事に気付いたのか、お姉さんは安心させるように優しい笑みを見せた。


「わたくしこの地下鉄を経営する会社の、社長の娘ですの。一人通すくらいなら怒られません」


お姉さんが出した地下鉄会社の名刺に私が呆然としているとどこかへ電話を掛けて、終わってから1分もしないうちに地下駅へのシャッターが開かれる。
制服を着た駅員さんが階段を駆け上がって来て、お姉さんに礼をした。


「お嬢様、こちらの方を地下駅へお連れすれば宜しいのですか?」
「そう。こんな所で会ったのも何かのご縁ですわ。特別に一人だけ、ね」
「あ、有難うございます」


こんな親切な人を、本当に社長令嬢なのだろうかと疑った自分が恥ずかしい。
周りに人も居ないし、すぐさま階段を降りて地下駅へ入れてもらう。
降りながら駅員さんが、特に点検なんて無いのに昼近くになって急に、セントラルエリアにある地下駅への入り口を封鎖するよう指令が来たと教えてくれて、意味が分からなくなる。
点検も無いのに点検で封鎖って何なんだ……。嫌な予感しかしない。

改札を通り、そのままホームへ。
確かに多くはないものの利用客が中に残っていて、私はそこへ混ざった。
駅員さんが言うには、セントラルエリア内での移動しかしない人は地下駅から退出してもらい、私のような別エリア行きの人だけ残ってるとか。
肝心の電車が遅れていたらしいけど、10分くらい待っていたらようやく来た。
乗ろうとしたら、ホームに放送の声が響く。


『お客様へご連絡申し上げます。現在ホームに到着しております列車は、後部の二車両にご乗車頂けません。大変ご迷惑をお掛け致しますが、ご理解の程をお願い申し上げます』
「? 点検ってひょっとして、車両だったのかな。そんなん走らすなよ……」


ますます意味が分からん、何なんだこの地下鉄。
さっき地下鉄を所有する社長令嬢に世話になっておいて言うのも何だけど。
不具合があると嫌なので出来るだけ後部車両から離れ、結果として一番前の車両に乗り込んだ。
ゆっくりと走り出した列車はすぐスピードに乗り、味気無いコンクリートの広がる世界を貫いて行く。
窓のすぐ外は壁。
地下鉄は殆ど地球・日本のものと同じで、私は退屈な気持ちで乗っていた。

セントラルエリアの駅を次々と通過して行く箱。
たまに他の線路が見える広い場所に出るけど当然そこも地下で、一面灰色の世界は冥府の入り口みたいだ。
やがてセントラルエリアを出たのか、次の駅に止まるとアナウンスが流れた。
まだ目的地じゃないから気にする事も無く、無機質な電灯が光る窓の外をぼんやり眺め続ける。

……一瞬。
眼前に迫っていた壁が無くなり、他の線路が見える広い空間に来た時。
点検用か、線路の無いスペースが広く取られている場所に、人が立っていた。
こんな所に人が居るのを見た事が無いので、すわ幽霊かと心臓が跳ねたけど、次の瞬間には別の二つの意味で心臓が跳ねてしまった。

突然轟く爆発音。
揺れ、急激に速度を落としつつ線路から外れ、横転は免れたものの車体は完全に脱線し止まってしまう。
何が起きたか分からない。
ざわつく声に後方を見れば、乗車禁止になっていた二車両が見るも無惨に破壊されている。
悲鳴が辺りに響き渡り、すぐ運転士さんの手によって開かれた扉から脱出した。
……あの爆発音。後方の二車両が爆発してしまったんだろうか。


「うそ……。やだ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……」


小声だけど、恐怖を吐き出さなければ苦しい。
鼓動が分かるほど心臓が高鳴って、私の頭を過るのは日本ではニュースでしか見ない爆破テロの映像。

……それともう一つ、私の心臓が跳ねた理由。
さっき地下の薄明かりに見かけた人を私は知ってる。
それなりのスピードが出ていたからすぐ通り過ぎてしまい、確信は無いけど。

あれ、アイクじゃなかった?

列車から全員が脱出し、運転士さんの引率に従い付いて行く。
……その瞬間、またも派手な爆音を轟かせ、列車が爆発してしまった。
落ち着きかけていた人達からまた悲鳴が上がる。
もう運転士さんの言葉なんて誰も聞かない、我先にと走り出して辺りは大混乱。


「ちょ、待っ、押さないで下さいっ!!」


全力で声を張り上げても、周りの人には微塵も聞こえてないみたいだ。
体が傾いでバランスを失い、潰されると思った瞬間。

ふっと、浮く感覚。
息苦しくなるのと同時に足が勝手に上がって、頭の位置が低くなって。
体が横向きに浮いてる、つまり、いわゆるお姫様抱っこってやつをされてて……。

そのまま私を抱えた人は人混みを脱出し、線路のカーブを曲がり見えない所まで走り抜けてしまう。
そして緊急脱出用か点検用か扉があり、そこに入る。
私は抱き抱えられたままだから、一連の動作について決定権は微塵も無い。
と言うか、私を抱き抱えてるのって、まさか。


「……何で、お前がここに居るんだ」
「……」


ア イ ク だ。

え、私まさか今アイクにお姫様抱っこされてる!?
イヤー! ガラじゃねー! 恥ずかし過ぎるー!
生きててお姫様抱っこされる事なんか一生無いと思ってたのにナニコレー!
顔が熱い。多分かなり赤くなってると思う。
ヒィィお姫様抱っこされて赤面とか益々ガラじゃない自分が気持ち悪いぃぃ!!


「お前、セントラルエリアに住んでたよな? 入り口は全部封鎖させたのに、なんで地下鉄に乗ってた」
「え……。あの、地下鉄を経営してる会社の社長令嬢と偶然会って、何かの縁だからって特別に入れて貰って……」
「……あの女ッ!!」


恐ァァ! アイクさん鬼の形相でガチギレしちゃってる!
って言うか痛い痛い掴まれてる部分に力が入ってる皮破れる肉千切れる骨折れる!

我慢できなくて、痛い、と声を上げるとハッとして力を緩めてくれた。
うわ、痕になってなきゃいいなあ、別に気にするほど立派な体じゃないけど。
って言うか、私はいつまで抱えられたままなのでございましょうか。


「すまん、つい力を入れてしまった。……お前はウエストエリアに行きたかったんだよな、送ろう」
「へぁ!? 結構です遠慮しますお気遣いなく!」
「俺が心配なんだ。またこんな事があったら次は怪我するかもしれんぞ」
「いや、でも」
「それに体が震えてる。無理して強がるな」


……ときめくわ。ときめくだろ、コレ!
お姫様抱っこしたまま優しげな顔で心配とかついつい乙女な気分になる!

夢小説のヒロインはしょっちゅうこんな思いをしてるのに、よく心臓が駄目にならないね。
私だったら無理、ドキドキして頭真っ白になる。
今、辛うじて耐えていられるのは何でだろう、奇跡としか言いようが無い!

降ろして下さいとは言ったけど、震えてるのに無理するなとまた言われて、アイクは私を抱えたまま奥にあった階段を昇る。
揺れるから掴まれと言われたため、私はアイクの首に腕を回してるんだけど。
ヒィィ美少女じゃなくてごめんなさいごめんなさい気持ち悪いよね、不細工じゃないとは思うけど美少女でもないからね私!

あ、ちなみに夢小説のヒロインがよく言う、
本当は可愛いのに周りからモテて「私可愛くないよ!」って言うのとは全然違うよ!
ああいうのって特に美少女や美女じゃない人から見ると割とイヤミだよね!

……可愛い夢小説のヒロインが羨ましいんだよ畜生。
ほんと、異世界転移させるなら美少女に変えてくれりゃ良かったのに……!

スタッフ専用の場所なのか、上がった地下駅には一般客の姿が無い。
……なんか電光掲示板が赤いランプを付けて、事故が発生した旨を伝えてる。
ああそうか、事故の事が伝わって避難勧告が出されたから、何にしても一般の人が居ないのか。
でもアイクは何も気にする事なく、確実にスタッフ専用と思われる場所を歩く。
いいのかなと思っていたら丁度駅員さんが現れて、ヤバイと思ったらそれ以上に駅員さんが顔を青ざめた。


「あ、あ、あなた様は!」
「通るが、良いよな。俺やこの女を見た事は誰にも言うな、分かったか」
「承知しました……!」


……へ? アイクって、なんか偉い人なの?
似合わない、言っちゃ悪いけど似合わな……。


「いま似合わないとか思っただろお前」
「ヒィすみません!」


びびって謝るけど、恐る恐るアイクを見上げたらさっきみたいな優しげな笑顔。
……だから反則だってもう天然乙女キラーか! 私は乙女じゃないけど!
焦る私がおかしいのか、くつくつ笑うアイクにまた顔が熱くなってしまった。
スタッフ専用出入り口から地上に出て、さすがに恥ずかしいので降ろして貰う。
もう体も震えてないし、地上の人心地ある空間に出たら恐怖も落ち着いた。


「有難うございます、ここからは大丈夫ですから」
「目的地まで送るぞ?」
「いえ、今日はブラブラしに来ただけなので。あんまりお世話になっても悪いですから」
「気にする必要は無いんだが……まあいい、駅がここから近いしバス停はすぐそこだ。じゃあなコノハ、気を付けろよ」
「はい、本当に有難うございました!」


手を振ってアイクから離れ、バス停へ向かう。
空港行きのバスは……路線図を確認したら大抵のバスが空港を通るみたいだね。

いやしかしびっくりした。
まさかあんな所でアイクに会うなんて……って言うかあの人あんな所で何やってたんだろう?
それに、別れ際アイクに名前呼ばれたけど、私べつに名乗ってない気がする。

……さっきの駅員さんの態度からして、この世界のアイクはお偉いさんらしい。
人の名前とか住所とか調べ放題だったりして。
市民証登録とかしたしね、政府側には個人情報筒抜けなのかも……。
アイクが政府の人かは分からないけど、駅員さんの態度からして、それっぽかったし。

……あれ、アイクが政府に属する人だったら……。
反政府のマリオ達とは、敵対関係にあるんじゃ。
こんなに人の多い街で、スマブラキャラ同士が敵対しちゃうなんて……!
いや、まだ決まった訳じゃないし悪い想像はしないようにしとこう。
嫌な事には触れない、または後回しにするって心に決めたし……うん、そうしよう。

バスに乗って近い方の空港に行き、買い物したりご飯を食べたりして、ぶらぶらと気楽に過ごす。
異世界に来て3ヶ月も経つとは言え、やっぱり家が恋しくなる事がある。
こうしてブラブラしていると、ただ旅行に来ているだけに思えて何だか気が楽になった。

空港のレストランでご飯を食べている間、セントラルエリア発の地下鉄で事故があったと報道されていた。
あれ私が乗ってたやつだよなあと他人事のように思っていると、市民証に非通知で着信が。
……出た方がいいのかな。ヤバイ怖い、けど……誰かから大事な用だったら。
恐る恐る出ると、なんと相手はピカチュウ。


『コノハ、生きてるよね、地下鉄で事故があったって聞いたけど!』
「あ、うん、セントラルエリアの地下駅が全部封鎖されててさ、地上の列車で来たから無関係だよ」
『ウソ! 地下鉄経営会社の社長令嬢に会って特別に入れて貰ったんでしょ! で、アイクに会って助けて貰ったんだよね!』
「なんで知ってんの!」


そんなに詳しく知ってるなら、しらを切っても無駄だと思ったから正直に話す。
どうしてピカチュウがそれを知ってるのか、っていうかピカチュウは人工ペット扱いだから市民証は持ってないのにどうやって連絡してるんだろう。
まさか市民情報監理局から……?


『もう、こんな事なら付いて行くんだったよ……。いい、次からは知らない人の相手をしちゃダメだよ、別に例の社長令嬢はスマブラキャラでも任天堂キャラでもなかったでしょ』
「はぁい……ってか小学生扱いの注意された……。まあ事実、知らない人にホイホイ従って事故に遭ったから仕方ないけどさあ……」
『何も言わなかった僕も悪かったよ。あ、その社長令嬢にも会っちゃダメだよ。それに心配だしあんまり遅くならないでね』
「うん、お土産買って帰るから待ってて」


微妙に噛み合わない会話をしてから市民証を切る。
しかし本当にピカチュウは誰から聞いたんだろう。
……社長令嬢に特別扱いされた事はともかく、アイクに助けられた事まで知ってるのは私以外には……アイク本人しか居ない!

まさかピカチュウって、アイクと既に知り合い?
いつ知り合ったんだろ、元の世界からぬいぐるみを持って来て動くようになって以降、彼が一人きりで居た事なんて……あるじゃん。今、一人じゃん!
名乗ってない私の名前を知っていたアイクだから、住所だっていくらでも調べられるのかもしれない。
あの地下鉄事故の後アイクはピカチュウに事の次第を話しに行ったんだろう。
……なんでピカチュウの事を知ってるのかも分からない。これも調べたのかな。

考えるのが面倒になって、デザートのクリームブリュレを素早く食べてからレストランを出た。
面倒な事はあとあと、今は遊びに来てるんだから思う存分楽しまないと!

空港前のバス停に行くと、もう一つの空港行きのバス到着はまだ15分以上ある。
近くに店がちらほら並んでいたので何気なく見ていると、遠く前方で何やら騒ぎが起きていた。
男の人が少年を捕まえていて、何となく気になり小走りで近寄ると……。


「え、うそ……!」


捕まっている少年を確認した瞬間、走り出した。
あれは、あの少し癖のある茶髪と、何よりはっきり見覚えのある顔立ちは……!
人混みを掻き分け、少年を捕まえている男の人に話し掛けてみる。
放っておけば良かったかも、と思ったけど、もう引っ込みがつかない。


「すみません、この子がどうしたんですか!?」
「あなたこの子のご家族ですか? うちの商品を万引きしたんですよ!」
「ま、万引き!?」


少年……羽は無いし服装は薄着ながら現代風だけど、顔を見る限りピット君だ。
どうやらリーズナブルでカジュアルな服屋さんから様々な衣料品を盗んだみたい。
よくこんなに袋に詰めたよ、しかしなんで万引きなんか……。

と考えている間に、野次馬の目が集中している事に気が付いた。
うわああいきなり後悔した、やっぱり話し掛けなきゃよかったよ畜生!
でも自分でも意外だけど、こうなると却って腹を括れるようになるみたい。
えぇいピット君の為だ、勇気出せ自分! フロル様お願いします!


「わ、私この子の従姉なんです! 本当にごめんなさい! 支払いなら私がしますし、もうしないように言い聞かせますから……!」


頭を下げて懇願すると、まあ子供だしと料金の支払いだけで許してもらえた。
代金は2万8000……。
おい、こんな庶民の味方しま〇ら的なお店でどんだけスッたんだピット君よぉ……!
苦い顔をしているピット君を立たせ、無理矢理頭を下げさせてから手を引いて人目から離れた路地に入る。
振り返ってピット君を見ると、先程と同じような苦い顔のまま……。


「……お姉さんさあ」
「はい」
「バッカじゃないの」


顔は真顔だったけど、声は心から嘲るような、憎しみを絞り出すような声。
ピット君は、さっき支払いをした為に手に持っていた私の市民証を奪い取った。
えっ、と短く声を上げた瞬間に私の手を振り払い、路地の奥へと逃げて行く。
……え、あの、今、市民証を盗まれた……?


「……うそおぉ!?」


思わず絶叫してしまい、追い掛けるのが遅れる。
冗談じゃない、あれが無いとこの街じゃまともに生活出来ないんだよ……!


「恩仇ァァァァ!!」


もうヤケになって叫びながら追い掛ける、けど、速い速いちょっと速い、特別に運動してない身じゃあ、とても追い付けないよ!
すっかり見失うものの、恩仇状態のピット君が許せなくて諦めきれない。
市民情報監理局に行けば良いんだけど、無理!
君子危うきに近寄らずの誓いはどうした自分、なんで首を突っ込む自分!
疑問は尽きないけれど足も止まらないよ畜生!

古いビルやその他建物に囲まれた狭い路地を、転びそうになりながら進む。
日が当たらなくて影になっているから薄暗くじめじめしてるけど気にするな!
もう見失って十分は経つけれどまだ諦めきれない。

……ふと、人一人通るのがやっとの脇道が目に入る。
何となく方向転換してそちらに入り、さすがに狭い上パイプとかが出ているので走りを歩みに変えて進む。
先は四方を朽ちたビルに囲まれた行き止まりだったけど、左側のビル下の方に、何かを隠すように立て掛けられた板を見付けた。


「……何かあるな」


板を上げると、しゃがんで通れるくらいの通路が出現。
内側に取っ手が付いていて、中に入って板を閉めるとかなり暗く、通路の奥から入る光だけが頼りだ。
そのまま奥に行くと……。あまりの光景に息を飲む。

今まで無機質なコンクリートだった地面は土に変わったらしく、しかも溢れんばかりの色とりどりな花が咲き乱れていた。
良い香りが鼻をくすぐり、思いっ切り吸い込みたくなる。
脇を見ると朽ちたビルの壁際に木が何本か生えていて、青々とした葉を、唯一開いた空から入る風に揺らして佇んでいる。
なにこれ、何で雑草の一本すら見当たらないこの街で、こんなに緑が沢山……。


「おねえちゃん、だれ?」


声を掛けられてそちらを見ると、朽ちたビルの入り口に小さな女の子が居た。
任天堂キャラじゃないっぽい。
かなり多いFEキャラとかも思い浮かべたけど違う。
側に居た同い年くらいの男の子が、やべぇピットにいちゃん達に報告だと言い女の子を連れてビルの奥へ。
ピットにいちゃん、か。やっぱりあの恩仇男子はピット君だった訳だ。

ここまで来たら引き返す訳にはいかない。
私はビルの入り口から堂々と入り、中を見回す。
中は朽ちて、あちこちに蔦や雑草、花々がヒビの間から力強く生えている。
何かのオフィスだったんだろうか、あちこちに残った机やカウンターが、往事の姿を思い起こさせる。
草花や蔦が生えてるけど生活に困る程じゃない。
フロアの端にはエレベーターの入り口だったらしい扉があり、完全に開いて中から大樹が生えていた。
大樹は階上の床まで突き破り、さらに上まで生えていそう。
根の周りは他より濃い緑の絨毯が敷き詰められていて、可愛らしい花が咲いていた。


「何でここが分かったの」


その言葉に振り返ると、フロアの反対側にある階段からピット君が降りて来た。
睨み付けるように私を見ながら、警戒を全身に出す。
後ろからは先程の女の子達より幾らか年上、しかしピット君より年下っぽい少年達が、木の棒や手作りっぽいパチンコを構えて私に敵対感情を向けて来る。


「……ここ、孤児院か何かだったりする?」
「そんなご大層なものじゃないよ、身寄りの無い子が勝手に住んでるだけ。しかもお姉さんに関係ないじゃん、出て行ってよ」
「市民証を盗まれたから、関係なくないんだなあ」
「あんなの再発行して貰えばいいでしょ、さっさと出て行けって言ってるの」


……ん? って事は市民証を盗んだのは不正使用が目的じゃないの?
市民情報監理局に申請したら古い市民証は全く使えなくなるからね。
何だか気になったけど、何を言っても聞き入れてくれなさそうなので、急に話題を変えてみた。


「ここ、緑がいっぱいで綺麗だね。木とか花とか、このポリスに来てから初めて見たよ」
「おねえさん、よそのポリスから来たの!?」


反応したのはピット君ではなく、後ろの少年達。
最年長らしいピット君は責任感からかあくまで冷静さを失わず、身を乗り出した少年達を片手を伸ばして制した。


「……そうやって興味を引くような事を言って何? 市民証は返さないからね、さっさと帰れよ!」
「ピットにいちゃん、市民証を返してあげよう!」


また新たな声が聞こえ、上の階から小さな女の子が駆け降りて来た。
ピット君は焦って、エイネは気にしなくて良いとか、返す必要は無いとか言う。
でも女の子……エイネちゃん? は泣きそうな声で、粗末なスカートのポケットから、私の物らしい市民証を取り出した。


「わたしが、市民証かっこいいな、ほしいなって言ったから、ピットにいちゃんは盗んだんでしょ? わたしたちは物を盗まないと生きていけないけど、政府に関係ない人の物はだめだよ!」
「エイネ、ダメだ! あの人きっと僕達をシェリフに突き出すよ、そうしたらみんな逮捕される!」


ピット君の制止も聞かず、エイネちゃんは私に駆け寄り市民証を渡してくれた。
涙目になりながら何度も謝ってくれたから、怒りが消えちゃったよ。


「ありがとう、エイネちゃん。お兄ちゃん達が心配してるから、行きなさい」


エイネちゃんがピット君達の元に帰ったのを確認してから市民証を仕舞い、出来る限り軽めに、何でも無いような声で告げる。


「て言うか、私はキミ達をシェリフに突き出す気なんか無いよ。グランドホープに来た時酷い目に遭ったから、寧ろシェリフ嫌いだし」
「……じゃあ何で追って来たんだよ、市民証なら再発行して貰えば良いのに」


確かにそれが簡単だよね。
シェリフは嫌いだから出来れば頼りたくないし、追うのも本来の私なら絶対にしなかったと思う。
じゃあ今回は何で追ったのかって、そりゃ当然ピット君が気になったからだ。
でも今ここに存在してるピット君はゲームのキャラじゃないし、もしそうだとしてもそれは言えない。
だから。


「えっと、ピット君かな。キミが衣類を盗んだのはその子達にあげるため?」
「そうだよ。寒くなったり暑くなったりした時に服が少ないと不便だし、不潔だし、それに動けば破れる事だってあるから」
「……そうか、キミはその子達の面倒を見てるんだ。優しいんだね」
「黙ってよ、同情なんてやめてくれない!? そうやって僕達を見下して悦に浸ってる偽善者とか大っ嫌いだから!」


……以前マルスに会った時、私は彼の事を偽善者だと罵ってしまった。
でもマルスは本人が言っていた通り行動しているから、偽善者なんかじゃない。
本当の偽善者は、今の私。
ああ、偽善者と言われるのはこんなに腹が立つのか。
偽善者である私が言われても腹が立つんだから、本当は偽善者じゃないのに言われたマルスはハラワタが煮えくり返っただろう。
次マルスに会って会話する機会があったら絶対に謝ろう、うん、そうしよう。

そうやって一人で考えに浸っていると、ピット君の慌てる声。
見れば少年少女達が私の方に駆け寄って来る。


「おねえさん、よそのポリスから来たんでしょ、お話聞かせてよ!」
「木やお花見てもびっくりしなかったよね、すごい! もしかしておねえちゃんのいたポリスには植物や土の地面が普通にあったの?」


ピット君より年下な彼らが楽しげにすがり付いて来て気分が良くなった。
うひょー、私は別にショタロリコンじゃないけど、小さな少年少女達に慕われるのって嬉しいじゃないかー!
皆の事は内緒にするから私の事も内緒だよと言って、自分の事を話し始める。
何か彼らには言っても良いんじゃないかと思えて、私は自分が異世界から来た事を喋ってしまう事にした。

……いいよね、うん。
こんな風に隠れて暮らしているなら、味方する人は裏切らないでくれそうだ。


「私はね、この世界とは違う異世界から来たんだ」


多分、小学生くらいか。
小さな子達は目を輝かせて感嘆の息を漏らすけど、ピット君ともう二人、同じく年長らしい一人の男の子は呆れた様子でハァ? と言いたそうな顔をして、残りの一人は戸惑ったような顔をしていた。
あれ、ピット君以外に他の子より年長っぽいのが二人居るけど、あれってまさか、ネスとリュカじゃ……?


「ちょっとみんな、そんな子供だましのホラ話を信じるの? 無理あるじゃん」
「だって異世界だよ、異界人だよ、ネスにいちゃんは凄いって思わないの!?」
「べっつにー。騙されるワケないじゃん、そんなの」
「リュカにいちゃんは凄いって思ってくれるよね!」
「え? う、うん、すごいよね……」


やっぱり!
ネスとリュカにまで会えるなんてヒャッホー!
ピット君とネス君からの印象は悪いみたいだけど!

構わず、元いた世界には緑なんてあちこちに存在していた事、その代わりこの世界ほど文明が発達していない事などを話してみる。
些細な話も懸命に聞いてくれてかなり気分が良い。
年長組は信じてないみたいだけど、嘘なんて全く吐いてないから気にしない。
話し終え、もっと話して欲しいとせがむ年少組だけど、その前にピット君が鬱陶しそうに割り込んだ。


「はいはい、子供だましの嘘ご苦労様。そんな下らない夢なんか見てるから、お人好しな馬鹿に成長したんじゃないの? 見ず知らずな奴の代わりに金を払うなんて信じられない馬鹿に」
「え、マジで!? お姉さんいくら何でも頭悪すぎ、相当におめでたいね!」


ピット君は心底嫌そうな顔で、ネスはおかしさを堪えきれないように吹き出して私を馬鹿にする。
うん、ぶっちゃけ自分でも思うんだよ、馬鹿だって。
君子危うきに近寄らずの誓いを忘れ、しかも他の人だったら絶対助けない癖に、知っているキャラだったからって理由で代わりに代金を払い、そしてその子に市民証をパクられた。
端から見れば温室でぬくぬく育った世間知らずの頭パー人間だろうね。

……だけどさ。


「恩仇状態のキミには言われたくないなあ……」
「オンアダ?」
「“恩を仇で返す”の略」
「はっ、それこそ知らないよ、僕は頼んでないし。完全に恩の押し売りでしょ」
「第一、市民証が無いと建物に触れるだけで通報される街なのに、どうやって店に入ったの」
「あのねー、にいちゃん達はねー」
「言うなバカッ!」


年少ちゃんが言おうとした事を慌てて遮るピット。
市民証も無いのに通報されない秘密があるのか。
少なくともこの辺の建物は朽ちてるから通報なんてされないんだろうな。

まあいいや、恩の押し売りなのは確かだし、ピットから頼まれてないのに勝手に助けたのは事実だし。
でも散々暴言を吐かれてさすがにムカッと来たから、何か言ってやりたい。
何か無いかなーと思ったら、一つだけ思い付く。
ピットやネスと違い純粋らしい年少組を利用させて貰おうフッフッフ。


「よーし、ピット君やネス君と違う素直なちびっ子達に良い事を教えよう」
「なになにー!?」
「実はピット君は皆に幸せを運ぶ天使でね、ネス君とリュカ君は世界を救う超能力者なんだよ」


言った瞬間、ピットとネスとリュカがむせた。
何バカなこと言ってんの、と声を荒げるけど、目を輝かせた年少組にすごーいと纏わり付かれて、それどころじゃないみたい。


「ちょっとお姉さん勝手なこと言わないでよ! 超能力者なんて有り得ない!」
「ネスやリュカの超能力者なんてマシじゃないか、僕なんか天使って……頭おかしいんじゃないの!?」
「いいや、私には分かる! ピット君は天使、ネス君とリュカ君は超能力者!」
「確かに……ボクはともかく、ピットとネスが来てからみんな明るくなったよ。ピットは幸せを運ぶ天使で、ネスはボク達の世界を救ってくれた救世主だよ」


リュカがふにゃりと微笑み、控え目に言うから。
年少組は益々目をキラキラさせてピット達を誉め、ピット達は口をもごもごさせて黙ってしまった。
おお、生意気だけどこういう所は可愛いじゃん!
この世界の彼らは中2か中3ぐらいだろうな、大人になろうとしているけど、まだまだ子供らしい年齢だ。
って、私もまだ17歳だから子供なんだけどね。そんな私から見ても子供っぽくて可愛らしいや。
そう思っていると、ピットが隙を見て悪態。


「信じられない、本当に頭ん中お花畑なんだね、偽善者で頭パーとか最悪!」
「おーおー私は偽善者だしキミ達に同情してるお花畑な頭パー人間だよ、だけどそれがどうした! やらない善よりやる偽善だこのヤロー!」


もういい開き直ってやる!
私は偽善者です、しかも身寄りが無いらしいピット君達に同情してます!
知り合いでもない赤の他人に奢って大事な市民証をパクられたお花畑人間です!


「善行なんて自己満足なんだからキミ達がいらなくても私が満足すればOK!」
「おねえちゃん良い人!」
「はっはっは、別にそうでもないよ割とマジで。ちなみに私はコノハだよ」
「コノハねえちゃん!」
「おおう可愛いねー」


年少組がきゃあきゃあ楽しそうなものだから当てられたのか、ピットとネスは盛大な溜め息を吐いて諦めた……っぽい。
リュカも存在に気付いた時のような困り顔じゃなく柔らかな笑みを見せていて、何だかホッとした。
ピットは相変わらず冷めた目付きで見て来るけど、何かもういいや。気にしないようにすれば構わない。


「僕ね、お姉さんみたいな温室でぬくぬく育った馬鹿が大っ嫌いなんだ。お花畑過ぎて見てると苛々する」
「僕もー」
「そうかいピット君ネス君、でも私はキミ達が好きだよ」
「気持ち悪い」


うぐ……美少年から言われるのはちと辛い。
だけど年少組は慕ってくれるから気にしない!
ピットとネスは放っておいて、年少組と戯れる。
するとリュカが控え目に近付いて来て……。


「ねぇ、コノハさん」
「なに?」
「さっきコノハさん、ボクの事も世界を救う超能力者だって言ったよね。……ボクも、なれるかな。みんなを救えるかな」


……この世界のリュカも、控え目で自分に自信が持てない性格なんだな。
どう言うべきか迷った。
なれるよ、なんて言うのは無責任な気がしたから。

だけどリュカを見る年少組の視線に気付いた。
……ああ、なんだ。


「もう、なってるよ」
「え……?」
「リュカ君はもう、皆の世界を救った救世主だよ。そうだよね、皆?」
「うん、リュカにいちゃんも頼りになるって、おれたち言ってなかったっけ?」
「リュカにいちゃん、凄く優しいもん。大好き!」


唖然としたリュカの顔が、とても愛しく思える。
身を寄せ合って生きているだろう彼らにとって、余計なものを持つ余裕は少ない。
ここに居る、それだけで大切な存在のはずだから。
それを告げるとリュカは先程よりずっと顔を綻ばせ、心底嬉しそう。
代わりにピットとネスが面食らったような顔をしてたけど、見ない振りをした。


++++++


やがて日が傾きかけ、私は帰る事にした。
年少組が名残惜しそうなのを見て、うんざりした顔のピットに話し掛ける。


「また来ていい?」
「僕は嫌だけど、皆が来て欲しそうだから良いよ。……ただし、もし僕達の事がシェリフはじめ政府側にバレたり、この場所が誰かにバレたりして、皆に何かあったら……」
「あったら?」
「どこまでも追い掛けて、絶対に殺す。許さない」
「大切なんだね」
「当たり前。家族だよ」


相変わらずピットは憎々しげな顔、ネスは憎くはなさそうだけど完全に私を馬鹿にしているっぽい。
うん、いいんだ。二人は皆を守る責任があるから、容易に信用できないんだね。
また来てねー、さよならー、と言い手を振るリュカや年少組に返事をして、手を振り返してビルを去る。
人一人通るのがやっとの脇道を抜けた時に違和感を覚えて振り返ると、何と、脇道が消えていた。


「あ、あれ……」


何この神隠し現象。
ひょっとして、これであの場所が見付かってないの?
案外ガチで、ネスやリュカが原作通りの超能力少年なのかもしれない。

夢だったのかもしれないと思いつつ、また来るって約束したもんなと反芻して、私は帰路に就いた。





−続く−



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