グランドホープ

act.4 後、後、ぜんぶ後



何と言うか、こう、元の世界から持って来ただけあって、ピーチ姫達に会った時より非現実感が遥かに上のような気がする。
ぬいぐるみだった筈のピカチュウがしっかりと自分で立って、しかも人間の言葉を話し始めた。
人間の言葉を話すだけならゲームでもあったから別に何ともないけど……。

いや、大問題だ!
公式で喋ろうが何だろうが、キミついさっきまでぬいぐるみだったよね!?


「ところでコノハ……キミって今ひとり? この世界に来てから誰かに会わなかったの?」
「一人だけど……。って言うか、私が異世界から来たって知ってるの?」
「それは勿論キミと一緒に来たんだから。でもそれだけしか分からない。誰かに会わなかった?」
「誰かって、暫くピーチさん達と一緒に……」


ピカチュウが言う事だし、元の世界の事も分かっているなら任天堂ゲームも知っているかと、取り敢えずピーチ姫の名を出してみた。
そしたらピカチュウは急に顔色を変えて、ひょっとして会ったの!? とか、今どうしてる!? とか凄い勢いで尋ねて来る。

尋ねて来る時にピカチュウは思いっ切り跳ねて私の膝の上に乗ったけど、完全に生き物の質量と重量、感触だった。
確実にぬいぐるみじゃない、だとしたらこの世界に来た時のように、この子も受け入れなければ。
もう何だか、それは私の義務のような気がした。


「二週間は一緒に暮らしたけどそれっきり。もう二度と会わないと思う」
「なに……それ! 何があったのか教えてよ!」


イヤに必死なピカチュウに気圧されながらも、この世界に来てからあった出来事を話してみる。
聞いているうちにピカチュウが益々切羽詰まった顔になり、声を荒げた。


「コノハ、今すぐピーチさん達の所へ戻ろう! 彼女達と一緒に……」
「冗談言わないでよ。私は反政府活動なんて危ない事したくないの」
「任天堂キャラと一緒に過ごしたくないの!?」
「命あっての物種でしょ、彼女達が実在する世界へ来れた上に関われただけで凡人としては上等。私は戦えないし何も知らないし何にも出来ない。これ以上関わったりしたら命が幾つあっても足りないよ」


そもそも私みたいな存在はRPGでその辺を歩いてて、ストーリーが進むまで同じセリフしか言わない村人みたいなもんだ。
プレイヤーによっては話し掛けすらしない、関わりと言えば移動でプレイヤーキャラの行く手を遮ってイライラさせる程度。
そんな名無しの私が、いわゆるメインキャラである彼女達と一緒に過ごせただけで奇跡の筈だ。

物語の主役格なんて誰でもなれる訳じゃない。
そして私も当然、主役格たる器も覚悟も無い。
そしてこの物語はセーブもロードも出来ない上にやり直し不可の、理不尽とも思えるマルチエンディング式。


「バッドエンドに行っても、初めからもう一度、なんて出来ずにそれで終わりでしょ。無理だよ」
「それは……いきなりキミに覚悟を背負えなんて言えないけど、でも」
「ピーチさん達に協力しろって事は覚悟しろって事でしょ。協力者を探したいなら他を当たって」


それきり訪れる沈黙。
断っちゃ悪いかな、なんて気もする事にはするけど、やっぱり恐怖が先に来て拒否を示してしまう。
これでピカチュウも去ってしまうのか、元の世界との繋がりが無くなってしまうのかと考えると辛かったけど、仕方ない。
でもピカチュウは気落ちした様子を見せたものの、去ろうとはしなかった。


「そうか……。まあ仕方ないかもしれないね。じゃあ明日からバイト先でも探さないと」
「出て行かないの?」
「出て行って欲しい? この世界でコノハの秘密を知ってるのはボクぐらいだし、一緒に居るよ。心配だしね」


何故ピカチュウがそんなに気に掛けてくれるのか、私には分からない。
二週間前にゲームセンターで取ったぬいぐるみってだけの関係なのに。
しかもこっちの世界に来てからの事が分からない所を見ると、ずっとこの子の意識は無かったんだろう。
……じゃあ私とピカチュウってほぼ初対面だ。
思わず、見も知らない私を引き取ってくれたピーチ姫の事を思い出す。
何か裏があるのかと不安になってしまったけど、異世界からの唯一の道連れを失いたくないや。

その日はもう何も考えたくなくなって、疲れた私は休む事にした。
眠りに吸い込まれつつ、このまま私を元の世界まで吸い込み戻してくれればいいのにと思いながら。


++++++


翌日、私は市民証でネットにアクセスし、近くに求人が無いか探してみた。
こんな機械的な未来都市だけどさすがに何もかもを機械に頼ってる訳じゃないみたい。

そして見つけた、ステップストアの求人。
ステップストアって聞き慣れないけど、調べるとコンビニの事みたい。
この世界でコンビニって言っても通じなさそう……気を付けないと。

その日のうちに面接に行ってその日のうちに決まり、明日から働く事に。
上機嫌で挨拶をして事務所を出た途端、扉の外に居た人にぶつかりそうになってしまった。


「あ、すみませ……」
「あれ? キミ確か一昨日あたりにウエストエリアの工場地帯に居た……」
「え……あ!」


何という偶然、マリオの工場で働いた最後の日、迷子になった所を助けてくれたお兄さんだ。
あの時みたいに綺麗な金髪は太陽の光を受けていないけれど、少し跳ねた特徴的な前髪が……。

……あれ?


「ひょっとして、ここで働く事になったとか? 俺もバイトしてるんだ、何だか凄い偶然だな」
「そ、そうですね……」


確かこのお兄さんに会った時、どこか既視感を覚えてしまったんだっけ。
ようやくその心当たりが出て来て、お兄さんの言葉に上手く返事出来ない。
半ば呆然としている私の後ろから店長さんがやって来て、おお、と人の良さそうな笑みを浮かべた。


「なんだリンクの知り合いだったのか? じゃあ丁度いい、お前と同じシフトに入って貰おうか。色々教えてやってくれ」
「了解しました。……そう言えばキミの名前は? 俺はリンクっていうよ」
「コノハ、です。宜しくお願いします……」
「コノハな。宜しく!」


確かに今、私の心当たりと同じ名を聞いた。
リンクだ、そうだ、このお兄さんはゼルダの伝説でもお馴染みのリンク!
そりゃ見覚えがあるのも当たり前だよ!

でもいつもの服ではなく現代っぽい服を着ている事、そして実際に目の前に存在している衝撃のせいで気付かなかった。
初めてピーチ姫と会った時のように半ば夢心地で、家に帰るまで地に足が付いてないようだった。
部屋に入るなり待っていたピカチュウの側に倒れ込んで出した声は、少々震えていたかもしれない。


「ピカチュウ、私リンクに会った! あのゼルダの伝説のリンクだよ! 明日から同じバイトだよ!」
「え……ホント!? なんだ会ったんだ、良かったじゃん! どうせコノハの事だからイケメンで見とれてたんでしょー」
「ちょ、電気ネズミ君! まだ会ったばっかのキミが私の何を知ってるの!? まさにその通りだ!」


まさかの出会いにテンションが上がってしまう。
ピーチ姫やフォックス達だって居たんだから、他にスマブラキャラが居たって何もおかしくない。

……ふと、そこである事が不安になってしまった。
この世界では任天堂キャラである彼ら以外は見覚えの無い、私と同じ“その他大勢”に分類されるごく普通の一般人ばかりだった。
そして今まで私が会った任天堂キャラは6人、そのうち5人がレジスタンスへの参加を促した。

じゃあ、リンクは?
彼は任天堂キャラだけど、ピーチ姫たち同様にレジスタンスと何か関係があるのだろうか。


「コノハ、ひょっとして不安になってる? リンクもレジスタンスの一員かもしれないって」
「……」
「これからどうなるかは分からないけど、少なくとも今は大丈夫だとボクは思うよ。万が一リンクがレジスタンスに何か関係があっても、誘われたら断ればいいじゃない」


私をピーチ姫たちと一緒に居させようとしたピカチュウは、すっかり強要しようとしなくなった。
確かに断れば済む……けれどそうした時、私はピーチ姫たちとの繋がりを失ってしまった。
明日からリンクと一緒にバイトして仲良くなってしまったら、その上で誘われて断り、また繋がりを失ってしまったら。
私はこうして大好きな任天堂キャラと知り合い仲良くなる度に、失って行かなければならない。

ああ、どうせ転移するならこんな意味不明な世界じゃなく、普通のスマブラ世界がよかった。
そうすれば、憧れの任天堂キャラと出会い仲良くなる度に失うなんて、そんな嫌な可能性に怯えず仲良くなるだけで済んだのに。

得なければ失う事は無い。
けれど孤独な異世界で何も得ないなんて、私にそんな度胸なんて無い。
気付いたけど、どうやら私は嫌な事を後回しにしてしまう性分らしかった。
今後どうなるかなんて考えたくない、後悔なんて後ですればいい、今が良ければそれでいい。
こんな目に遭って、毎日嫌な事を考えながら生きるなんて、ゴメンだよ。


「ねえコノハ、明日からボクもコノハの外出に付いて行くからね」
「え、それヤバくない? ただでさえ野生動物の居ない世界なんだから、周りの人や政府の人に変に目を付けられたら……」
「キミが出掛けてる間、ただボーっとしてた訳じゃないよ。テレビで人工のペットを見つけた。個人で改造してる人も居るから、見慣れない生き物だって怪しまれないさ」
「そう……じゃあお願いするよ、ピカチュウ」


私よりしっかりして、何か色々と知っていそうなピカチュウが付いて来てくれるなら心強い。
何だろう、やっぱり元の世界から連れて来たからか、この世界で会ったピーチ姫たちより無条件で信じたくなるんだよね。
それにしても私って本当にやる事ないなあ。
明日からバイトが入る訳だけど、結局それ以外にやる事が無いんだよ。
何か趣味でも見つけないと退屈で死ねるかもしれないね、これは。

……そもそも、なぜ私は異世界に来たんだろう。
なぜ私なんだろう、私でなければいけなかったのか、単なる偶然か、それとも何かの間違いか。
夢でない事は明白で、完全に否定された有りもしない可能性に縋るのは余りに滑稽な話だけれど。
未だに私は、これが夢であるようにと心の片隅で願ってしまっている。

この世界が存在してしまっている以上、夢のように不確かなのは寧ろ私の存在自体で。
世界が私を否定すれば跡形もなく消されてしまいそうな危うさを感じる。
夢のように不確かな私をこの世界に繋ぎ止めているのは果たして何か、それから解放された時、私に待っているのは元の世界への帰還か、それとも死か、死すら超越した恐ろしさを孕む消滅か。

……そこまで考え、やっぱりやめておいた。
先の事は考えない、今さえ良ければそれでいいとさっき決めたんだから。
そうして私は胸の奥に燻る不安や恐怖を、感じていないものと誤魔化した。


++++++


翌日、ピカチュウを肩に乗せた私は、徒歩15分ほどの所にあるステップストアへ足を運んだ。
やっぱり名前の違いはあれど要はコンビニで、少し機械的な印象がある以外はよくある光景。
ステップストア共通の制服に袖を通してエプロンを身に付け、更衣室を出た私を待っていたのは昨日以上の驚きだった。


「お早うコノハ、今日からキミと一緒に働くのは俺と、こいつだ」
「……えっ」
「へー、お前が新しく入った奴かー。コノハって言うんだろ、オレはロイだよ、宜しくな!」
「は、初めまして」


……まさか、まさかでしょコレはああああ!!
え、ちょ、なんで任天堂キャラが増えてんの!
リンク同様に現代風の服装だけど目の前に居るのは紛れもないロイ様ァ!

と言うか一人称やら喋り方やらが余りにゲームと違い過ぎて気になる。
たまに二次創作とかでこんな性格になってるのなら見かけるけど、原作とはかけ離れてるんだよね。
でもまあ、これはこれで……。

……なんて興奮を悟られないよう平静を装う。
ロイは興味津々といった様子で、話を聞きたいとうずうずしてるようだ。
私、一般人なのに何でそんな反応されるんだろ。
転校生にあれやこれや聞きたくなるのと同じかな。
でもそんなロイの様子を悟ってか、仕事だから後でな、とリンクが止める。
ピカチュウには事務所の方で待って貰い、私はリンク達と店に出た。

忘れてたけど、この世界って硬貨や紙幣が存在しないんだったっけ。
店員は品物をバーコードリーダー的な機械で読み取り袋に詰めるだけ。
現金払い無し、市民証を翳して支払いする人しかいないので、ちょっと楽かもしれない。
あとは掃除とか機械の手入れとか品物の陳列補充とか……まあそんな所。
ピーチ姫の屋敷に居たようなお手伝いのファミコンロボットは、お金持ちしか持ってないみたい。

バイトが終わったのは午後6時で、私が初めてバイトをしたと知ったリンクが、なぜか働き始め記念とか言って夕飯を奢ってくれる事になった。
まあファミレスだけどね、と苦笑するリンクの言葉に私は、ファミレスはファミレスでいいんだ、と妙な所に感動したり。
だってコンビニがステップストアとか違う名前で呼ばれてるから、つい。
化学薬品から作られた食べ物を見たから少し躊躇ってしまったけど、お腹が空いている上に料理の形だと違和感もなくて、あっさり注文できた。
食べながらロイが待ちに待った様子で訊ねて来たのは、やはり私の事。


「なあコノハ、リンクから聞いたんだけどお前って余所のポリスから来たんだろ? オレもリンクもグランドホープから出た事なくてさ。どんな所だったか教えてくれよ!」
「あ、そう言えば最初に会った時、リンクさんに言いましたっけ」
「ロイに訊かれた時に思い出してさ。まさか言っちゃマズかった?」
「大丈夫ですよ。何を話せばいいかな……」


改めて説明するとなると難しいけど、異世界だと言ったり感づかれたりしないように気を付けながら故郷の事を話してみた。
珍しいだろうと自然の動植物や食べ物の事を話してみたらビンゴ、面白いくらい食い付いてくれる。


「すっげーっ、じゃあその変なペットも元のポリスに居た動物なんだ」
「え? この……ピカチュウの事?」
「そいつそいつ。ピカチュウっていうのか? 変わってるけど可愛いな」


テーブルの上に座って私が注文した料理をつまみ食いしていたピカチュウは、笑顔で頬をつつこうとするロイを何食わぬ顔で躱して食事を続ける。
まあ私の故郷に居るって事にしていいよね、実際に居るし。実在するかどうかは別の話として。

リンクもロイも今の所はレジスタンスと何の関わりもないみたいだし、別に悪い人でもなさそうで取り敢えず一安心だ。
彼らの話も聞くとリンクは今19歳で、様々な施設やイベント等を警備する仕事を目指してるとか。
シェリフ等の政府機関よりお手頃な為にけっこう引く手数多な職業だそう。
ロイは今16歳で高校生、絶賛学生満喫中。


「高校生か、いいなあ。私も本当なら普通に高校に行ってる筈なのに」
「ひょっとしてコノハ、何か事情があって高校に行けなかったとか?」
「え? あ、まあ何というか……事情はあるけど今は何ともないです」
「……そうか。そう言えばコノハって確か、一人暮らしなんだっけな」


リンクは根掘り葉掘り訊いてはいけない事情だと察してくれたらしい(理由は勘違いしている可能性が多分にあるけど)。
何で高校行ってないのと深く考えずにずけずけ訊ねて来るロイを、肘で突いてくれたりした。
高校に通ってた時は大して面白かった印象なんて無いのに、今は高校に行っているロイを羨ましく思うなんて不思議な感じ。
マナやケンジ、他にも友達は居たし皆との毎日は楽しかったけど、勉強とかは嫌になってやめたくなる事もあった。

普通に日常生活を送っていた頃、あれほど憧れていた非日常や異世界転移の楽しさは、ただ私に平凡な日常の有り難さを思い知らせるだけ思い知らせて去ってしまった。


「でもこれからは、今の生活を日常にして行かなくちゃいけないな……」
「大丈夫だよコノハ、きっと新しい生活も日常に出来る。何か困った事があったら俺やロイに遠慮なく相談してくれ」
「そうそう、オレらもう友達なんだから遠慮すんなよコノハー。話がよく分かんないけど」


あ、やっぱりリンクは、私の“事情”を何か勘違いしてるっぽい。
そしてロイは何にも分かってないっぽい。
それでも会って間もない私を友達だと言ってくれた事、親身になって想ってくれる事が嬉しいよ。

私がこの状況で嬉しい、楽しい、これならやって行けるかもと思えるのは、きっと心のどこかで、今はただ夢を見ているだけ、いつか醒めてまた元に戻れると思っているからかもしれないけど……。
やっぱり嫌な事は後回しにしたくて、嫌な事を考えながら日々を過ごしたくなくて、不安や恐怖から目を逸らし気付かないふりを続けていた。





−続く−



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