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崩れ落ちる前に 



視界が嫌に鮮明だ。
こんな時は普通、視界がボヤけて走馬灯でも見えて来るのが常識じゃないだろうかと、ミコトはこれまた意外によく働く頭で取止め無く考えていた。

正直な話、いつかこうなるだろうと思っていた。
ミコトの有する強大な闇の魔力は彼女自身の体と心を絶えず蝕み続け、じわじわと身心を削り取る。
疲れ果てて、しかし自害するのも何だか悔しいし無駄死にもしたくない。
ならばこれが、自害でも無駄でもないこの結末が自分にとって最上ではないか。
ミコトは爽やかささえ感じる達成感に満ちた心で、ただそう考える。

そうしてミコトは、自分の名を叫ぶ男の顔を見て……。


++++++


「最近、よく同じ夢を見るんだ」


何でもない世間話のように、ミコトは夕食を作っている男……オスカーに話し掛ける。
彼も何でもない様子で料理の手を休めず、どんな? と軽く訊ねて来る。
お互いを見ないまま、何でもなく交わされる会話。
しかしミコトが話す内容は、そんなほのぼのとした空気に似つかわしくないもの。


「真っ黒な空間に一筋だけある真っ白な道を歩いてるんだけど、その道は後ろから崩れて行くのね。で、あたしは逃げようと走るんだけどいくら走っても速度が上がらなくて、ついに追い付かれて、道の破片と一緒に奈落へ落ちて行くんだ」
「……穏やかじゃないね。疲れてるんじゃないか?」
「かもしれない。っていうか、きっとそう」


平然と言うミコトに遂にオスカーは振り返り、心配げに彼女を見る。
強がる事の多い彼女がこんなにアッサリと疲労を認めるなどよっぽどの事だ。
そう言えばミコトは世界でも数少ない闇魔法使いで、しかも彼女は闇魔法が殆ど流通していないからと、自身でオリジナルの闇魔道書を生成し使用している。
何か自分には及びもつかない悪影響があるのではと本気で心配になったオスカーは、料理の手を止めミコトの傍まで歩み寄った。


「ミコト、今日はもう休むんだ。食事なら出来てから部屋へ持って行くよ」
「ありがと、オスカー。やっぱり優しいね」


心配そうな表情で頭を撫でてくれるオスカーに笑顔を向けるミコト。
しかしオスカーは、その笑顔がいつもと違い力無いものだとすぐに見抜いた。
これは本格的に疲れているだろうと思い、半ば無理矢理部屋へと帰らせる。

オスカーは時々、ミコトがどこかへ行ってしまいそうな感覚に駆られる。
特別な闇魔法がそうさせるのか、何が原因かは分からないが不安に苛まれる事がままあった。
そして今現在のミコトの様子……今にも崩れ落ちてしまいそうな儚さ。
普段の元気の良い彼女からは想像し難いもので、不安は一層増すばかり。
このままではいけない、ミコトが崩れ落ちる前に支えてあげなければと、心に決めるオスカー。
ひとまず彼女に栄養のある美味しい物でも食べて貰おうと、料理を再開するのだった。


++++++


夕食の準備を完了させ他の仲間達に出してから、オスカーは自分とミコトの分の夕食を持って彼女の部屋を訪れた。
ミコトはそれなりに元気を取り戻しており、食事も平らげたので一時は安心という所だろうか。
しかしそれでもオスカーはミコトを見ていると、どうしようもない焦燥感に駆られてしまう。
まだ安静にしていた方が良いであろう彼女に言う事ではないと思ったが、堪らず問い掛けてしまった。


「ミコト……君はひょっとして、どこかへ行こうとしてるんじゃないかい?」
「何でそんな事を訊くの。この傭兵団があたしの居場所なんだから、どこにも行かないって」


笑いながら告げるミコト、その笑顔は先程とは違っていつもの笑顔。
オスカーはそれにホッとするが、次の瞬間、すぐに彼女が表情を曇らせた事で安堵が吹き飛んでしまう。
いつも元気な彼女ではない、今にも儚く消え去ってしまいそうな、そんな……。


「ねえオスカー、あたしが死にたいから殺してって言ったら、叶えてくれる?」
「許さないし叶えない」
「あはは……即答かあ。これは手厳しいな」
「この場合、叶えた方が手厳しいんじゃないか」

まさかミコトが死にたい程に悩んでいたとは分からなかったオスカー。
気付かなくてすまない、と謝るが、ミコトは苦笑して首を横に振る。


「違うの、悩みとかじゃない。自分の闇魔法の事。付き合って行くって決めたから覚悟はしてたんだけど、やっぱり辛くってね」
「闇魔法……。他の魔法に変える事は出来ないのか?」
「無理。あたしの闇の資質が他の資質を食い潰してるから。捨てる事も出来ない。あたしの一部で、あたし自身だからね。捨てる時はあたしが死ぬ時だよ」


苛まれ苦しめられるが、自分そのものでもある闇は大切なもの。運命を共にするべき大切な相棒。
だから苦しむのは悩みではない、仕方ない事。
耐えられずに死にたくなるのであれば、そういう運命だという事だ。
そんなある意味達観してしまった事を言うミコトが遠く思えて、オスカーはたまらず彼女の手を握る。
温かい、生きている、今ここに居る。しかし眼前の彼女は、揺らいで今にも消えそうで。


「……私は駄目かい?」
「え?」
「君が信頼し魂を預け、相棒として運命を共にする闇魔法のような存在に、私はなれないか? 君を苛まずに支えてあげたいんだ」


堪らず、ずっと抱え込んで来た想いを告げるオスカー。
ミコトは突然の告白に面食らい、手を握る彼を呆然と見つめるしか出来ない。
しかし、ややあってオスカーの手を握り返し、穏やかな、消えそうなものとは違う微笑みを浮かべた。


「……お友達からで宜しいかしら、騎士様」
「おや、私は今あなたの友ではないのですか、姫?」
「段階の話ですわ。……わたくし、いつ闇に飲まれて死ぬか分からないのですけれど」
「構いません、私が姫をお守り致しますので」


ふざけ合って騎士と姫を気取ってみたり。
おかしくなって笑い合っていると、お互い心が軽くなって行くのを感じる。

一応はオスカーの告白を受け入れたミコトだが、闇に身心を蝕まれる事がオスカーに止められる筈もないと分かり切っている。
ただ、彼の思いやりが嬉しくて仕方ない。

きっとオスカーと長くは共に在れないであろう。
そんなミコトが望む事、それは……。


++++++


血と怒号の飛び交う戦場。
ミコトは前線から少し離れ、死体の転がる地面に足を取られないよう気を付けながら戦場を駆ける。
傷付いて足並みの遅れている仲間を回復しながら、目線は戦闘が続けられている前線へと向けられていた。
仲間の回復が終わればすぐにでも前線に駆け付け、あわよくばオスカーの傍で戦おうと思いながら。

闇に蝕まれた心身は皮肉な事に魔力を高め、戦闘向きとなっている。
オスカー以外誰にも話していない闇の影響を悟られないよう気丈に振る舞うが、闇を駆使すればする程、心が闇に覆い尽くされて行く。
それを隠すようにぎゅっと目を閉じた瞬間、前線から更なる雄叫びが聞こえた。

敵の増援だ。
しかしこれは予想していた事で、仲間達は実に落ち着いて対応している。
怪我人の治療を終えたミコトも援護の為に前線へ向かいオスカーを発見した。

……だが、視界の端。
倒れていた二人の槍兵が起き上がり、一番近くに居たオスカーに狙いを定めた。
オスカーは他の敵を相手にしていた上、倒し切り敵は居ないと思われていた方向からの攻撃に反応が遅れてしまう。

考えるより先に体が動き、駆け寄りつつ闇魔法を発動させるミコト。
ろくに詠唱や魔力含蓄もせず放った為に、一人を仕留めるのが限界のよう。
しかし面食らった槍兵は攻撃が遅れ、オスカーとの間に上手くミコトが入り込む時間を稼ぐ事が出来た。

柔い体を貫く凶器、こんな時なのに嫌に鮮明な視界。
背中から自分の体を貫いた槍に、これがオスカーの繰る槍だったら本望なのにな、と考えて苦笑した。
不安定な心身で傭兵などやっているのだから、いつか戦場で命を落とすだろうと思っていた。
自害ではないし、大切な人を守って死ねるのだから無駄死にでもない。
これが、最上の終わり方だろう。


「ミコトっ!!」


名を呼ぶ愛しい声。
ミコトは最後の力を振り絞り、正面のオスカーへ顔を向ける。

オスカーと長くは共に在れないであろうミコトが望んだ願い。
それは崩れ落ちる前に、オスカーへ人生最後の笑顔を贈る事。

最期のミコトの笑顔は彼女らしい、屈託の無い、そして満足げなものだった。





−END−







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