第5話 囚われ 



「グワッハッハッハ!」


文字に書いたような悪役丸出しのベタな笑い方が辺りに響き渡り、マリオが警戒を示した。
それにつられて空を見上げると…なんとそこには。
プロペラが下についた、妙な空飛ぶ乗り物に乗った巨大なカメが居た。
クッパクラウンと呼ばれる乗り物だが、今はそんな事をいちいち説明している場合じゃない。

何で空が急に曇ったのかとか、あの悪役丸出しのベタな笑い方は如何なものかとか、そんな事は多分どうでもいい。
マキアートは近くに居たピーチの傍へ寄り、コッソリと訊ねてみた。


「ねぇピーチ姫、あのカメは何なの?」
「クッパっていってね、私を攫ってはマリオに勝負を挑む奴なの。悪い奴なんだから、マヌケだけど」


マヌケなのかよ! と突っ込もうかと思ったが、無理矢理にでもシリアスな雰囲気にしたいらしいので、黙っておく事にした。
マリオはびしっとクッパを指さし、いい加減しつこいぞとバッサリ切り捨てる。
が、クッパはお構いなしだ。


「マリオ、今日こそピーチはワガハイが戴くぞ!」
「そうはさせるか!」


マリオがハンマーを手にクッパへ立ち向かい、他のメンバー達も後に続く。
それを後方でピーチと共に呆然と見ていたマキアートだったが、クッパはクラウンを操ってメンバー達をすり抜け、ピーチの方へ飛んで来た。
突然の出来事に慌てるピーチを助けようと、マキアートは隣で闇魔法を構える。

…その瞬間、マキアートの耳に例の少年の声が。


『なんか……マズいぞ』
「え……アルフォード? マズいって何が」
『いや、何か漠然と嫌な予感が……あ』
「な、何よ、何かあるんならハッキリ言っ」


突然、マキアートの言葉が不自然に途切れた。
自分でも何が起きたか分からぬまま、気付けば空高く上がっている。
下から、アルフォードとよく似ている聞き慣れた弟の声が自分を呼んでいた。


「姉貴ッ!!」
「へ……?」
「ぬぉっ!? しまった、ピーチと間違えて知らない娘を掴んでしまった!」


そのクッパの言葉で、ようやくマキアートは、自分がクッパに捕まった事を理解する事が出来た。
すぐ隣に居たピーチと、間違えてしまったらしい。
自分の身に何が起きたか分かってからも、暫し呆然としていたマキアート。
しかしやがて、我に返ったように暴れ出した。


「ちょっ、何よ! 下ろして、放しなさいっ!」
「仕方がない……マリオよ、この娘を返して欲しくばクッパ城へ来るのだ!」
「し、仕方がない!? ちょっとカメ、仕方ないって何よ、そんなにあたしじゃ駄目なの!?」


何だかぎゃあぎゃあ喚きながら、マキアートとクッパを乗せたクラウンは、素早く飛び去って行く。
呆然とそちらを見送るメンバー達だが、いち早く我に返り、瞬時に駆け出した男が1人。
当然の如くアイクな訳だが、駆け出してすぐピカチュウに止められた。


「ちょ、ちょっとアイク、クッパ城ってどこにあるのか分かってるの!?」
「知らん。だが姉貴を一刻も早く助け出す!」
「一刻も早く助け出したいのなら、まずは場所確認しないと!」


マルスにも言われて、アイクは渋々と戻って来る。
まぁ確かに、一刻も早く助け出したいなら道に迷ったりは出来ない。

マリオの話によると、このピーチ城があるキノコ王国の遙か北にクッパ城があるらしい。
ピーチ城の広間、マルスがヨッシーから受け取った地図をテーブルに広げつつ、遥か北の城の記号を指差す。


「ここがクッパ城。だけど周りは断崖絶壁だから、それこそマリオみたいな超人的足腰の持ち主じゃないと色々キツい……」
「そうか、姉貴はそこに捕らわれているんだな。待っていろクッパ、姉貴に手出しした事をしっかりとあの世で悔やめ」


見た感じ、アイクはいつも通りの淡々とした感じで喋っている。
だが付き合いが長くなったメンバー達の目には、確実にイラつき、殺気に満ちるアイクが映っていた。
誰もがマキアートの身と同時にそしてクッパの身を案じ、クッパ死んだな……などと思っている者も少なくない。


「クッパ……何だかんだで長い付き合いだったな。色々と腹の立つ奴だったけど、もう居なくなると思うと寂しいぜ」
「縁起でもないこと言わないでよ兄さん……」


マリオとルイージの会話に、アイク以外のメンバーは微妙な顔。
アイクはというと。


「姉貴に手出しした奴の心配なんぞしてたまるか」
「はいはい」


++++++


一方マキアート。

クッパに攫われてクッパ城に連れて来られた。
そのまま部屋の一室に閉じ込められ、イライラしながら外を眺めていた。
窓の外は険しい崖と山々、雨は降っていないが、暗雲垂れ込める灰色の空には稲妻が光っている。
暗くはないか気分が滅入り、それを払拭する為に一人で喋る。


「仕方ないって何よっ! どうせあたしは、捕らわれのヒロインなんか似合いませんよーだ」
『元気出せ』


意味のない独り言のつもりだったのに、返答があってマキアートは飛び上がりそうな程に驚いた。
が、すぐにアルフォードだと思い出し気を取り直す。


「アルフォード。まぁ元気出せって言われても、あたし自身捕らわれのヒロインなんか似合わないって分かってるから」
『今に……あの、アイクが助けに来てくれるさ』


アイク。
幼い頃から慣れ親しんだ弟の顔を思い出し、小さく溜め息をつくマキアート。
思い出そうと思えば、小さな頃のアイクも思い出す事が出来た。
一生懸命ついて来る彼が可愛くて、ずっと一緒に居たいと思った事もある。
だが成長するにつれ、身長を追い越され体格や体力、腕力も追い付けない程に差をつけられた。
そんな弟を見ていると、男と女の違いを見せつけられているようで……。

……自分は女で、アイクは男だと思い知らされているようで辛かった。
当たり前の事なのに、何だか嫌だった。


「もう、さ。昔みたいに対等な関係で付き合うのって無理なのかな」
『……こうして見ていると姉弟離れ出来てないのはあんたの方に見える』


突然、妙な事を言い出すアルフォードにずっこけそうになるマキアート。
アイクがシスコン気味なのは分かっていたが、自分までもがブラコンに見られていたとは。
そんな訳ない、と何度も自分に言い聞かせて、マキアートはアルフォードの言葉を思いっ切り否定する。


「出来てる出来てる、あたしはちゃんと弟離れ出来てるから。姉弟離れしてるからね、うん」
『……なぁ、本当に俺は、あんたに素直になって欲しいんだよ。アイクが他の女とくっ付いてもいいのか?』
「それは……」


当たり前じゃないの、と言おうとして、マキアートは言葉を詰まらせた。

言えない。
弟がいつか、好きな女性を見つけて結ばれるのは当たり前だと……言おうとして、頭に想像した。
瞬間、得体の知れない苦しさが襲い掛かり胸が痛くなってしまう。
当たり前の事なのに、嫌で嫌で仕方がない。
これは、まさか。


「……嫉妬?」
『だろうな』


まさか、そんな。
弱々しい否定は胸の痛みにかき消され、後には確実な嫌悪感が残る。
アイクの幸せを祝福してあげられない。ただ、嫌な気分と苦しさが体中を満たしていく。
それにアルフォードの声がアイクにソックリなものだから、意識がそちらへ行ってしまいそうで。
我慢が出来なくなってしまったマキアートは、気を取り直し、そして話題を変える為にアルフォードへ逃げ出す相談を始めた。


「ねぇアルフォード、何とか逃げ出せないかな?」
『あんた、魔道書が無くても魔法を使えたんじゃなかったのか?』


言われて、あ、と思い出したマキアート。
そうだ、故郷の世界では魔道書と呼ばれる書物か魔力を込めた魔杖が無ければ、魔法を使う事が出来なかった。
しかし、この世界では何故かそんな道具が無くとも魔法を使えた。
リンクやピーチ達の前で実践し子供達とトレーニングした事を、連れ去られる最中に夢中で忘れていた……。

閉じ込められた部屋の扉の前に立ち、魔力を集中させていく。
全身を駆け巡らせ、そのまま突き出した手の先へ思い切り放出した。
途端に扉が勢い良く開いて壊れてしまう。


「やったねー! ねぇ見てくれたアルフォード、あたしの力も健在だわー」
『なるほど。納得した、これが姉貴の力……』
「……“姉貴”?」


その単語に、マキアートは怪訝な表情を浮かべた。
アルフォードは慌てて、といった様子で口を噤んだようだが、マキアートは、自分を姉貴と呼ぶのはアイクだけなのに……と考える。
何故アルフォードの口から姉貴、なんて単語が……。


「あんた、もしかして……やっぱりアイクなんじゃないの?」
『……断じて、違う。俺はアルフォードだ』
「そ、そんなに力いっぱい否定しなくても」


まぁ今は、クッパ城から逃げ出すのが先だ。
扉を壊した時に結構大きな音がしたので、気付かれているだろう。
目の前の階段を駆け下り、途中でテレサやノコノコなどと鉢合わせになりつつもすり抜けて走る。

彼らはマキアートの故郷の世界で言う所の雑兵といった所だろうか。
人間の兵士に比べるとやたらに可愛く、倒す事も出来ないので避けと逃げに専念する。
油断は失敗を招くと分かってはいるがどうしても攻撃を加えられない。
それを心配したアルフォードは、失敗すると元も子ないぞとマキアートを諭し、マキアートは、分かってるよ、と笑って駆け続け、何度かクッパの手下達とはち合わせても調子よく避ける。

このまま順調に逃げ出せるかと思ったが、矢先、
いくつ目かの角を曲がった目の前に巨体が見え、飛び上がりそうな程に驚いたマキアート。
見れば何とクッパで、余裕たっぷりに腕を組み見下ろして来る。


「お前の為なのだ、マリオが来るまで、部屋で大人しくしておれ!」
「嫌ぁよ! あたしを甘く見ないでねカメさん」


マキアートは、走りながら密かに含蓄した魔力を静かに集合させる。
勿論、マキアートが本気で魔力を放出すると大変な事になる為、かなり手加減した魔力だが。
それでも威力は充分。
クッパもそれに気付いたのだろう、一気に表情を引き締めた。
緊迫した空気が辺りに蔓延し、どちらが先に仕掛けるか緊張していると……。

どこからか誰かの悲鳴のような声が聞こえて来た。
始めは小さかったが段々と大きくなり、そして。


「うわああぁぁ!?」
「ぬ!? 何なのだ!」
「わあぁっ!」


突然上から、マキアートとクッパの間……正確には、かなりマキアートに近い位置に誰かが降って来た。
何とか上手く着地したらしく、膝をついていた地面から立ち上がったその人は少年だった。

髪型はアイクに似ているような気がするが、その色は燃えるような真紅、額には青いバンダナ。
服装もアイクに似ているようだが、鎧の胸当てやマントには上品な装飾、生地などもかなりの上物のようで、どこかの上流階級的な雰囲気がある。
だがその表情は、イタズラっぽくやんちゃな印象を読み取る事が出来た。
クッパは、その少年を目にするなり驚いた声を上げる。


「お、お前はロイ!?」
「あっれ、クッパじゃん。久し振りだなー、って、この女の人は?」


クッパの方へ目線を向けていた少年……ロイが、突然マキアートを見た。
少しだけ驚きつつも名を名乗り、クッパに攫われた事を教えると、ロイは呆れたように笑う。


「ったく……懲りないなぁお前も。まぁ見ちまったからには放っとけない、この捕らわれの姫様は助け出させて貰うぜっ」


少々馬鹿にしたような余裕の表情で笑みを浮かべるロイ。
彼が格好よく見えてしまったらしく、マキアートは目を輝かせる。
そんなマキアートにアルフォードは溜め息をつき、『なんか、また厄介な奴が現れたな…』と落胆したが、それに気付く者は居なかった。





*続く*





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