第12話 そして終わった 



虫の群のような動きをする影から作り出された人形……プリムというが、マキアート達がその事を知る由も無かった。
“亜空の使者”というスマブラの世界と、このスマブラ世界は全くの別物だから。
倒しても倒しても出て来るプリムに、マリオが痺れを切らして叫んだ。


「アイク、マキアート、お前らだけでも行け、これじゃキリがない!」
「でもマリオ、こいつら幾らでも出るわよ!」
「確かに…それにこの先、こいつらが出て来ないとは限らないよな」


マリオは考え、自分とフォックスとリンクが残り、後は頂上を目指して進む事を提案した。
確かに、ここで延々と相手をするよりはいい。
フォックスとリンクも、マキアート達を心配させまいと軽く余裕を見せ付けながら引き受けてくれた。


「お前らは行っていい、ここはオレとマリオとリンクで切り抜けるから!」
「マキアートの命が懸かってるんだから、グズグズしてないで早く行け!」
「マリオ、フォックス、リンク……ありがとう!」


マキアートは礼を言い、他の仲間達と駆けて行く。
セレナーデが出した最低条件はアイクとマキアートが頂上の洞窟へ辿り着く事。
つまりピットやカービィが空を飛んで……は反則だろう。
それが出来ればマキアートとしても有り難いが、鍵となるセレナーデが出した条件には逆らえない。
向こうが創造主側の存在であるから、尚更。

ここは我慢して条件を飲み緑の無い岩肌が剥き出しの山を登って行く。
夜だが月明かりが非常に強く、また山道も急斜面ではないので辛くは無い。
そんな山道を登っていると、隣に来たリュカが控え目に話し掛けて来た。


「マキアート姉ちゃん……あのね、マキアート姉ちゃんはアイクと結婚するの?」
「えっ……」


先程、大まかな話の流れは彼らに伝えておいた。
当然その中には、マキアートとアイク、そして二人の子供の事も含まれる。
どう答えるべきか……子供達が未来から来ているならば本当にそうなのだろうが、今の時点で肯定するのは気が引けた。
そんなマキアートを引き寄せたアイクは、堂々とリュカへ言い放つ。


「あぁ、俺と姉貴はいずれ結婚するんだ。子供だって出来るんだぞ」
「ちょっとアイク!」


何だか自慢気でこれ見よがしな言い方に、大人気ないと抗議しかける。
だがリュカを見ると、彼は切なそうに、しかし穏やかに微笑んでいた。


「そうなんだ、マキアート姉ちゃんおめでとう。アイクや子供と幸せになってね」
「っあー……。まだ弟だって以外に関係を持ってない状態だから、今それを言われるのはちょっと……」
「だって、マキアート姉ちゃんとアイクの子供が産まれるのは未来の故郷での話だよね。その時、僕はもうマキアート姉ちゃんに会えなくなってるだろうから」
「あ……」


マキアートが子供を産んだのがアイクが26歳の時…ならば、年を取る事の無いこの世界ではない。
完璧に別世界の存在で、きっと元の世界に帰れば会えなくなる仲間達。
未来という事は、その時にはもう会えなくなっているという事だ。

マキアートに密かな憧れを抱いていたリュカ。
伝える事なく終わった仄かな初恋を、精一杯の笑みに変えて祝福する。
その想いが伝わったか、マキアートは穏やかに微笑み、リュカを優しく撫でた。


「リュカ、お祝いありがとうね。幸せになるよ」
「うん。そのためにもセレナーデさんの頼みを……」


そこまでリュカが言った時、再びあの虫の群のような動きをする影が現れ、たちどころに何体もの人形を作り上げてしまう。
すぐさまカービィとマルスが進み出、人形を引き受けた。


「ここは僕達に任せて下さい、マキアートさん達は急いで頂上へ!」
「でもマルス……!」
「PKサンダー!」


進み出た仲間達に気を取られていたマキアートの頭上を、リュカのPSIが通り過ぎて行く。
彼女の背後から襲い掛かろうとしていた人形を吹っ飛ばしてくれたようだ。


「マキアート姉ちゃん、お願いだから行って! 生きて幸せになるためにも! お母さんが死んじゃうなんて……すっごく、すっごく悲しいんだよ!」
「リュカ……」
「帰ったら、とびきりおいしいおやつ、作ってね!」


カービィも笑顔で言い、マキアートは後を彼らに任せて山を駆け上る。
残ったのはマキアート・アイク・ロイ・ピットの4人。
緩やかな傾斜の山道を駆け上がり続けて残りも僅か、高さ的にはもうそんなに残っていないだろう。

ここまで来れば登り切ったも同然……と思っていた所に、またしても刺客。
周りを聳え立つ崖の壁に挟まれた、ちょっとした広場になっている場所。
そこへ空から、先程の人形が遥かに大きなサイズで数体降って来た。
こんな足止めにかかずらっていられないと、ロイとピットが対峙する。


「マキアートさん、アイク、もうちょっとで頂上だから一気に駆け上がれ!」
「オレ達、食い止めながら少しずつ追いますから!」
「すまん二人とも。姉貴、早く行こう!」
「うん。ロイ君ピット君、お願いね!」


頂上まで残り僅か。
さすがに疲れが見えてペースが落ちるマキアートの手を引いて、アイクはただひたすらに駆ける。
愛する姉のマキアートを助ける為に、必死で……。

ふとアイクはそこで、なぜ自分はこの時代・世界に来なかったのだろうと疑問に思ってしまった。
自分とマキアートの子供達は、母を助ける為に時空を超えて来たというのに。
子供達の話を聞く限り、自分は死んでいないハズ。


「(未来の俺は姉貴を助けたくなかったとか、そういう話じゃないよな? 子供達にこんな事をやらせて、何を考えているんだ俺は)」
「アイク、洞窟!」


あれこれ考えている間に辿り着いたらしい、頂上のすぐ下側、入り口はそれなりに広く、深さはせいぜい10m程しかない。
奥まで進んだ2人は、石で出来た台座の上にふわふわ浮かんでいる丸く薄い板を見つけた。

アイクはその薄い板に手を伸ばし、掴む。
直径は10cmちょっと…真ん中には指先が一本入る程度の小さな丸い穴が開いていて、二人ともこれには見覚えがあった。
それは、この世界に来てから初めて見た物。
ディスクという名前の付いた丸い板は、音楽や絵など様々なデータを入れる事が出来る優れものだ。
これがセレナーデの求めていた宝石とは思えないが、他には何も無い。


「これが宝石か? セレナーデの奴、俺達を騙した訳じゃないだろうな」
「騙してないよ」


突然響いた中性的な声に入り口を振り返れば、月明かりの逆光に染まったセレナーデが立っていた。
どうやらこのディスクがセレナーデの探していた宝石らしく、アイクはこれを差し出す。


「さぁ、約束は果たした。姉貴を助けて貰おうか」
「……ありがとうね、このディスクさえあれば、何の問題も無くこの世界を消し去る事が出来るよ」
「えっ! 何よそれ、一体どういう事なの!?」


思いもよらなかった発言に驚き掴みかかったマキアートを、セレナーデは背後へ浮いて避ける。
ディスク中央の穴に人差し指を差し込んで、洞窟入り口まで出て来た二人へ妖しげな笑みを見せた。


「また、この世界を作り直す事になってね。ディスクには次の世界のデータが入ってて、今のこの世界のデータを少しコピーしてた所だったんだ。君達の今の頑張りもコピーさせて貰って完成したよ」
「この世界を消すって、いつになったら!?」
「僕の気が向いたら。何なら今すぐにでも」
「待て、せめてその前に姉貴を助けろ!」
「あぁ、君らが頑張ってる間にやってみたけど、無理だったよ。じゃあバイバイお二人さん、せいぜい良い物語を作ってね!」


そのままセレナーデはどこかへ飛び去ってしまう。
後に残された姉弟は呆然とそちらの方角を眺めていたのだが、不意にアイクが脱力して膝をついた。
驚いたマキアートも膝をつき、アイクを気遣う。


「ア、アイク……」
「もう無理なのか……? 姉貴が死ぬ運命を変える事は出来んのか!?」


こんなに挫折を感じているアイクを見るのは初めてで、マキアートはどう扱うべきか迷っていた。
取りあえず洞窟の壁際に座らせて、心配そうな顔で隣に寄り添う。
マキアート自身も、自分があと16年程度の命しか無いと突き付けられ、恐怖と悲しみに襲われる。
せっかく二人の子供達が過去の異世界まで来て頑張ってくれたのに、自分達は何一つ変えられなかった。
マキアートは座り込み俯いているアイクに寄り添い、強く抱き付く。


「……姉貴」
「ねぇアイク、あんた、あたしの事……好きなの?」
「あぁ、昔から。今でも姉貴の事が大好きで、そしてこれからも変わらない」
「何で……姉弟なのに」
「知るか。気付いたら狂おしい程に姉貴が愛しかった、ただそれだけだ。姉貴は俺が嫌いなのか?」
「……そんな訳ないでしょ」


お互いの顔を見ないまま、声と想い、触れた感触だけを伝え会話をする。
恋に理屈や理由は必要ないと分かっているが、マキアートは確認したかった。
本当は、アイクが自分の事を恋愛的に好きなのか、そして自分の想いはどうなのかを確認できればそれで良いのだが。
アイクはマキアートの肩に腕を回すと、引き寄せて包み込んでしまった。
その両腕には痛くならない程度に力が込められていて、顔を上げたマキアートは悔しそうに歯軋りするアイクを見て胸を痛める。
自分はアイクを恋愛的に好きなのか、その感情はまだ自覚する事が出来ない。

静寂の中、月明かりが洞窟の中へ入り込み、絶望と複雑な感情に浸る姉弟を照らし出していた。
ふと人の気配を感じた彼らが入り口の方を見ると……そこに男が立っている。
灰色の短髪に金色の瞳を煌めかせていて、どことなくアイクが歳をとったような風貌。
すぐさま立ち上がった二人、何者だ、と武器を構えるアイクを留め、マキアートは男を見つめた。


「……だれ? 何だか、凄く懐かしい気がする」
「俺はエクゥリュド。あんたの娘に憑いた闇の精霊だ」
「闇の精霊だと!? 貴様が姉貴の魂を…!」
「落ち着けよ。俺はマキアートを助けに来たんだ」


その言葉に、絶望に沈んでいた姉弟はハッとする。
エクゥリュドは、ひとまず闇の精霊が闇使いの魂を食らう理由を話した。
自身が消える時に起きる大暴走を鎮める為……高位な闇使いの魂を喰らえば、その大暴走は起きない。


「じゃあ、どうしようも無いじゃないの……! 世界が滅ぶかもしれないんじゃ、誰かが犠牲になるしか無いよ」
「……待てよ姉貴、セレナーデはどうせ、この世界を消し去るんだろ」


どうせこの世界が消えるなら、エクゥリュドが消してしまえばいい。
だがエクゥリュドは、それを首を振って否定する。
エクゥリュドがこの世界を滅ぼすなら異世界の仲間達を全て避難させなければならない。

それにエクゥリュドがこの世界に残るなら、取り憑いている宿主も残らなければならないそうだ。
アイクがマキアートを見捨てられる訳が無いし、何より彼女が死んでしまっては元も子も無いだろう。
では一体どうするのか……エクゥリュドがした提案は驚くべきものだった。


「俺はマキアートから娘に受け継がれた精霊、未来からやって来た。となると、この時代でもマキアートが呼び出せばもう一人の俺が出て来るハズ」
「言われてみれば……あたしに取り憑いていたんだから、今のあたしにもあんたが憑いてるのよね」
「あぁ。だから俺、今から昔の俺に魂を喰われるよ」


その言葉に、マキアートもアイクも呆然とする。
エクゥリュドが消え去る時の大暴走を止めるには、それ以上の力で押さえ込め消し去るしか無い。
エクゥリュドは、闇そのものとも言える存在。
そんな最高位の闇を喰らえば、大暴走を押さえ込める力ぐらいは得られる。
しかしそれは、エクゥリュド自身が消え去るという事ではないのか。
心配するマキアートに彼は穏やかに告げた。


「俺さ、未来のお前と約束したんだよね。お前は闇を大事にしてくれた、いつも邪悪な物か反社会的な物としか見られない闇を真っ当に愛してくれた」
「うん、闇は大好きで、あたしそのものだから」
「お前を喰いたくはなかったんだけど、俺にはお前を助ける方法なんて持っていなかったから、娘だけは助けて欲しいって頼みを聞き入れたんだ。何としてでも娘は助ける」
「待て、姉貴は……姉貴自身は助からないのか!?」


食ってかかるアイクに、エクゥリュドは首を振る。
既に過去に起きてしまった事は変えられない。

例えば、逆に未来のエクゥリュドが過去のエクゥリュドを喰らうとする。
過去のエクゥリュドが消えた事で未来のエクゥリュドも消えてしまう。
未来のエクゥリュドは初めから居なかった事になり、そうなると、未来のエクゥリュドは過去のエクゥリュドを喰らう事など出来ない。
大きな矛盾が発生してしまう。

だが、まだ起きていない未来ならば……マキアートの娘ならば助けられる。
過去の自分に喰われて消えてしまえばいい。


「エクゥリュド、あんたはソレでいいの? 消えちゃうのよ、消えるって言うか死んじゃうんでしょ!」
「……潮時なんだよ。俺は太古の昔から、闇使いの魂を喰らって生きて来た。ここ数百年で考えるようになったんだ、今回のはいいキッカケに過ぎない」


自分の為に他者を犠牲にする、そんな自分を終わりにしたいそうだ。
今は知らないが、ずっと側に居てくれたであろう精霊の決意に、マキアートは涙ぐんで彼に縋る。


「マキアート、そんな顔しないでくれよ。最後にお前みたいな良い闇使いに出会えて……幸せだった」
「……うん。ずっと側に居てくれたんだよね。今まで有難う、エクゥリュド」


寄り添ったマキアートを片腕で抱き締めるエクゥリュド。そんな二人をアイクは複雑そうに見ている。
エクゥリュドはそんなアイクに気付いてから、ちょっと面白そうに告げた。


「なぁ知ってるか。俺たち精霊は、宿主が一番大事に想ってる奴に、似た容姿に見えるんだけど。お前らの娘は今の所、父親が一番大事らしい」
「あぁ、だから何となくアイクが歳とったような容姿に見えるんだ」
「ついでに俺、マキアートに憑いてた頃から見た目は大して変わってない」
「へー……。……え?」


マキアートに憑いていた頃から見た目は大して変わっていない……エクゥリュドは宿主が一番大事に想っている者に似る。
つまり、それは……。


「姉貴、いくら隠しても想いは出るものだぞ」
「こ、こんな形で自分の気持ちを知るってアリ…? ううん、ただ単に家族として大事なだけかも!」
「素直になれよ姉貴」
「なれよマキアート」
「エクゥリュドまでっ!」


明るい雰囲気が満ち、軽い笑いさえ起きる。
やがてマキアートはエクゥリュドから精霊を呼び出す方法を教わった。
聞こえるか聞こえないかの声で呪文を唱え素早く印を切ると、手元に現れた魔法陣が大きくなって足元に広がる。
その魔法陣から、未来のエクゥリュドよりも今のアイクに似た印象のエクゥリュドが現れた。


「……話は聞いてたよな、過去の俺。マキアートとの約束を果たす時が来た」
「ああ。マキアートに恩返しが出来るのか……。そんな日が来て良かったよ」


二人は微笑み、最後に未来のエクゥリュドはマキアートへ微笑んだ。
過去のエクゥリュドはそれを認めると、未来の自分に触れ、何かを唱える。
その瞬間、闇そのものとも言える精霊は淡い闇を体に纏い、やがてその人型は崩れ……闇の塊となり過去の自分に吸収された。
消え去った未来のエクゥリュドを見送ってから、暫し名残を惜しむように佇んでいたマキアート達。
そこへ何故か、去ったハズの者が現れた。


「うわぉ、やっぱり他の人が作る物語が手に入った。苦労した甲斐あったよ」
「セレナーデ、貴様!」
「やめなよアイク!」


手を叩き、嬉しそうに微笑むセレナーデ。
マキアートは殴りかかったアイクを止めてから、セレナーデに対峙した。
その睨み付けるような視線に微笑んで、セレナーデは降参したと言いたげに両手を肘から上げる。


「この世界を消して作り直すのは、まだやらない事にしたから。君達が帰るまで根気よく待つさ」
「本当でしょうね」
「うん。次の物語のメインの一人にロイ君が居るから、もうちょっと彼のデータをコピーしたいし。呼び出してからの時間じゃちょっと足りなくて」


どうやら、ロイを召喚したのはセレナーデらしい。
このスマブラ界を消した後に作り直し、またスマブラファイター達や主人公となる少女を使って新たな物語を作るそうだ。
創造主たる主の為……詳しい事は何も分からないが、教えてくれそうも無いので訊かない。


「だが、俺の根本的な問題は解決していない。姉貴を助けたいんだ、俺は!」
「ま、それは君達の愛するお子さんと話をしなよ。マキアートちゃんの犠牲は変えられない……けれど、それを悲劇にしない事は可能なんじゃないかな。……んじゃあ、今回のスマブラ界もなかなか楽しかったよ。また縁があったら、いつか会おうね!」


言って、今度こそセレナーデは飛び去る。
それを見送ってから、現代のエクゥリュドも消え去ろうとした。


「俺も、そろそろ引っ込もうかな。あのセレナーデって奴が言う通り、子供と良く話をしなよ。じゃあマキアート、またな!」
「うん、また何かあったら呼び出すからね」
「……頻繁に呼び出すのは勘弁してくれよ」


朗らかに笑ったエクゥリュドは、そのまま闇の粒になって消え去った。
後に残された二人の耳には、足止めをしてくれた仲間達の声が聞こえる。
そろそろ帰らなければならないらしいが、その前に自分達は、未来から来た子供達と話をしなければ。
アイクとマキアートはひとまず仲間と合流し、休んでから実行する事にした。





*続く*





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