第11話 真実 



「姉貴……おい姉貴っ!」
「う……?」


目を覚ました瞬間、乗り物酔いでもしたような気分の悪さに襲われ、目眩がしてしまうマキアート。
ハッと気付けば座り込んだアイクが自分を抱えていて……崖から落ちた自分には掠り傷1つ無かった。
こいつが助けてくれたらしい、とアイクが示す先に居たのは、長い銀髪を靡かせる中性的な人物。


「僕はセレナーデだよ。まったくアイク君は、お姉ちゃんを追って崖から飛び降りるなんて無茶だね」
「飛び降り……って、あんた何考えてんのよ!」
「姉貴を助けたかった、ただそれだけの話だ。セレナーデが来てくれたから本当に助かったが……」


当たり前じゃない! と怒鳴ったマキアートは、セレナーデに礼を言ってアイクから降ろして貰った。
汚れを払って立ち上がった瞬間、崖から落下した時にアルフォードが叫んだ言葉を思い出してしまう。

彼は、母さん、と叫んだ。
その“母さん”とやらは、まさか自分の事なのか。
子供を産んだ覚えなど全く無いが……ひょっとして未来から来たなんて話か。
こうして異世界に来て生活している以上、有り得ないと笑う事が出来ない。
マキアートは緊張の面持ちで含みながらアルフォードに問い掛けてみた。


「アルフォード、居る? 母さんってあたしの事?」
『……』
「ジュリアは居るか。お前も関係者だろう、どういう事が教えてくれ」


マキアートとアイクに問い詰められ、声のみを届ける少年と少女は観念する。
いずれは教えるつもりだった事…アイクとマキアートが結ばれるまでは黙っているつもりだったが、これ以上隠し通そうとしてもボロが出てしまいそうだ。
少しだけ沈黙があって、アルフォードとジュリアは静かに全てを語り始めた。


『俺とジュリアは姉弟でな、マキアート母さんの子供なんだ。未来から来たんだが、信じるか?』
「取りあえず全てを話してみて。信じるかどうかはそれから決める。2人の父親は一体誰なの?」
『……今、お母さんのすぐ隣に居る人だよ』


言われ、ハッとして隣を見れば、そこには慣れ親しんだ弟が自分の腕を掴み寄り添っている。
言葉を失ったマキアートは狼狽えるが、2人はお構い無しに話し始めた。
何故この時代に来たのか……その理由と経緯を。

アイクとマキアートは、元の世界で世界中を揺るがした戦いを終わらせた後、仲間達に別れを告げて2人で旅に出たらしい。
それから何年も様々な土地をさすらい、やがてアイクが26歳になる頃、マキアートは女の子を出産。
それがジュリアで、それから更に2年後には男の子を出産し、その子はアルフォードと名付けられた。
それから子供の成長に合わせて旅を中断したり再開したりしながら、親子4人で日々を過ごす。

だがその幸せはある日、無惨にも打ち砕かれた。

闇の精霊エクゥリュド。
彼は自分を宿せる程の高位な闇使いの魂を喰らう。
その闇使いが成熟するまで待つので、大概その頃には闇使いは老人になってしまっているのだが……。
マキアートは卓越した闇魔法の才能を持ってしまったが為に、早いうちに魂を喰らわれてしまった。
長女のジュリアが8歳の時に、マキアートは静かに息を引き取ったらしい。

だが、それで終わりではなかった。
エクゥリュドは次なる高位な闇使い……マキアートの血を濃く受け継いだジュリアに取り憑いた。
せめてジュリアだけでも助けられないかと残された3人の家族は必死に調べ尽くし、そしてある人物に過去と異世界への介入を勧められた。


「ある人物? それって一体誰の事なの?」
『……』


2人とも黙り込んでしまい、また言いにくい事になってしまったらしい。
だが、意外とすぐに決意したようで、その人物というのを教えてくれた。


『……教えて、あなたは一体何のつもりなの? あたし達をどうするの? ねぇ……セレナーデ……』
「何だと? セレナーデ、どういう事なんだ」
「アイク君、そんなに睨んだりしないでよ。君達の世界へ行ってマキアートちゃんが死なない方法があるって教えたのと、子供達をこの世界に来させたのは僕なんだけど、ジュリアちゃん達には、この世界で僕に会っても黙っててねって口止めしたの」


だからジュリアはセレナーデと会っても、何も言わなかった。
二人がこの世界に来た目的は誰も死なずに済むようにする為だが、セレナーデに頼んでマキアートを送り込んだのは、アイクと少しでも長く幸せな時間を過ごして欲しいという理由。
このスマブラ界に居る間は元の世界の時は流れず、また、年を取る事も無い為に望めばいつまででも一緒に居られる。
だからこんな事をしてくれるセレナーデについて深く追求しなかった。
だが、こうなってはそんな約束など守れない。
セレナーデがマキアートを助ける事が出来るなら、何としてでも頼みたい。


『頼むセレナーデ、母さんを助けてくれ! 何の事かは分からないが、あんたは設定を変える事が出来ると言ってただろ!』
「……あのさ、僕の本当の目的、教えてあげようか?」


セレナーデの軽そうな雰囲気が少し変わり、妖しげな雰囲気が出て来る。
本当の目的とは一体何なのか……アイクに、山頂付近の洞窟にある宝石を取って来て欲しいと言っていたが、それとは別か。
予想が全くつかず黙り込むマキアート達にセレナーデは、妖艶に笑んだ。


「君達さ、テレビゲームって知ってる?」
「テレビゲーム……」
「あぁ、城でたまにやってる奴が居たな。何か色々と遊べる機械だろ」
「そう。で、この世界も、この世界に来てるスマブラファイター達の世界も、実はテレビゲームの世界なんだよね」


突然の言葉に、驚愕の表情をするマキアート達。
この世界も自分達の世界もテレビゲームとは……信じられる訳が無い。
セレナーデはクスクス笑って、衝撃が消えず反論が出ない内に、畳みかけるように言葉を続けた。


「僕……何回か、設定を弄れるって言ったけど、君達は一体何の話か分からなかったんじゃない? この世界も君達の世界も、ある程度好きに出来る創造主側の者なの、僕」
「何者? そんな事が出来るなんて、あんたの世界はゲームとは違うの? それとも、まさかあんたが全ての世界の創造主?」
「残念ながらそれは違う。創造主は僕じゃなく、僕の主(あるじ)。僕は主に仕えてるだけなの」


確かにスマブラ界や他のファイターの世界は、ちゃんと実在している。
だが、このスマブラ界や他のファイターの世界がゲームになっている世界があるというのだ。
ちなみにその世界では、このスマブラ界は、“大乱闘スマッシュブラザーズ”というシリーズのゲームになっているらしい。

その「大乱闘スマッシュブラザーズというゲームがある世界」も、実はスマブラ界と同じように、誰かが考えたゲームや小説、漫画、または夢の世界で、「大乱闘スマッシュブラザーズというゲームがある世界を、ゲームや小説、漫画、または夢の話として見ている世界」も、実は誰かが作り上げた世界で……。
それを何回も繰り返して行くと、最後には、誰の夢の中でもない、ゲームでも小説でも漫画でも映画でもない、妄想や想像でもないオリジナルの世界があるという。
創造主は、そのオリジナル世界の住人らしい。


「……頭がこんがらがって来たんだが……。つまり、人が想像した世界や、ゲームや小説などの作品として作った世界は、全て実在しているという事か?」
「あたし達の世界は、その中の1つなのね」
「全ての世界を、何層にもなってるタマゴだと思えばいいんじゃないかな。この世界は誰かが作り上げた作品、この作品を作り上げた人が住む世界も誰かの作品…って、どんどん外側に行くと、一番外側の何にも包まれていないカラに辿り着く。そこが、僕や主の住んでいる世界……誰の作品でもないオリジナルの世界」


とある事情から様々な世界を作り上げた創造主は、作り上げた世界に生き物を与えて、その成り行きを見ていた。
だが自分が作り上げた世界達が余りに勝手な一人歩きを始め、それが気に入らなくなったらしい。
そこでセレナーデに、様々な世界を掻き回して事件を起こし、それにまつわる物語を作り上げさせているのだという。


「主は物語を欲してる。主の力になるような物語を……幸せな物から悲惨な物まであるけど、悲惨な物が全体的に多いかも」
「気に入らないって理由だけで、そんな馬鹿みたいな事されてたまるか…!」
「んー、でも、今回の君達の物語はマシな方だよ。このスマブラ界って実は何回も作り直されてるんだけど、前回は酷かったんだから。スマブラメンバーを次々と消しちゃう奴が居てね、そいつに立ち向かった子も結局……あぁアレは悲惨な話だった」


しみじみとした様子で思い出しながら、ふぅと溜め息を吐くセレナーデ。
だが溜め息を吐きたいのはこちらの方だ。
まさかその創造主とやらの為にマキアートの命が危険に晒されているのかと、アイクは憤慨する。


「闇の精霊が闇使いの魂を喰らわないと存続できないのも、姉貴の魂が選ばれたのも全部、お前が仕組んだ事なのか!?」
「冗談言わないで。言ったじゃない、世界が勝手な一人歩きを始めたって。君が言うのは自然と君の世界がそうなっただけ、僕はそれを利用して主の力になる物語を作る為、君達の子供に知恵を吹き込んで、この世界に来させただけなんだよ」


セレナーデがそれを言ったのを最後に、辺りはシンと静まり返った。
自分達の世界やこの世界が誰かの「作品」だった事や、セレナーデの目的に衝撃が収まらない。
だが、すっかり黙り込んでいたアルフォードやジュリアが突然、セレナーデに向かって質問した。


『セレナーデ、主の力になる物語を作るとか言っているが、お前はキッカケを与え事件を起こすだけで、自分から解決したりはしないんだろ?』
「そうだよ。僕が解決しちゃあ意味ないもんね」
『じゃあ、お母さんを助ける気も無いの…?』


そうだ、この「物語」の目的は恐らく、マキアートを助ける事だと思われる。
ならば、セレナーデがそれを簡単にしてくれるとはとても思えなかった。


「物語の目的は1つじゃなくても構わないさ。だけど……確かに、より主の力になる物語にする為に、簡単に助けてあげる気は無いなあ」
「じゃあどうすればいい、姉貴を助ける為に、お前は何をしろと言うんだ」
「……アイク」



マキアートの肩を抱き寄せ、真っ直ぐな瞳を湛えて力強く語るアイク。
そんな弟にマキアートはつい胸が高鳴ってしまう。
アルフォードとジュリアが自分とアイクの子供だなんて聞いたから、変な気分になる……。
と言い訳してみても、これは紛れも無く自分の感情である。
セレナーデは少しだけ考えて、向こうから誰かがやって来るのを見つけ、何かを思いついた。


「はぐれたマリオ君達が来てくれたみたいだね。じゃあ条件を言うけど……始めに言っておくけど、世界が主の管理を離れて一人歩きを始めた以上、絶対に助かるとは限らないよ。それでもいいなら当初の目的通り、山頂付近の洞窟の中にある宝石を取って来てちょうだい」
「分かった。姉貴が助かる可能性があるなら、そのくらいやってやる」
「ただし、そう簡単に行って欲しくないからねー。条件は、マキアートちゃんとアイク君が洞窟へ辿り着く事を最低ラインに設定しておく事にするよ。……あと、ちょっとした邪魔も用意したからね」


邪魔、の言葉に嫌な予感がした瞬間、マキアート達の周りに虫の群れのような動きをする影が集まる。
何事かと武器を構える姉弟を見て、楽しそうに笑うセレナーデ。


「こないだ、ちょっとスマブラ界が変化した面白い世界を作ってね。亜空の使者……だっけ? それの敵をいくらか召喚しといたから、頑張ってね!」


セレナーデが消え、虫の群れのような動きをする影……影虫から、真っ黒な体に赤い瞳、緑の帽子や服を着た人形が何体も何体も現れる。
やがて合流したマリオ達と共に、アイクとマキアートは戦いを始めるのだった。





−続く−





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