第10話 操者の島 



震源地となった島の地下へ落下したアイク。
そこは薄暗い通路で、ジッとしている場合ではないと進んだ彼へ心配そうに声を掛ける者が。


『だ、大丈夫……?』
「ジュリアか。問題無い、先に進む」


何の躊躇いも無く平然と歩いて行くアイク。
通路は左右の壁も床も天井も鉄で出来ており、明らかに人工の物だった。
薄暗いが灯りのお陰で何とか見通せ、辿り着いたのは鉄製の大きな扉。
手を掛けるような所が無く、どうやって開けようかと思案した瞬間勝手に扉が開いてしまう。


『え、なに!?』
「……」
「ようこそー、やっぱり来ちゃったんだね。ま、遠慮せず入って入って」


中から聴こえたのは、男とも女ともつかぬ声。
軽めに響いたその声にアイクが中へ入って行くとそこは円形の部屋で、前方にある大きなモニターが目に飛び込んだ。
その下にはキーボードや幾つものボタンが取り付けられていて誰かが椅子に座っている。
流れるような長い銀髪、金の瞳に白い肌、男にも女にも見える中性的な顔。
黒いスーツを身に纏っており、組んでいた足を下ろして椅子から立ち上がった。


「いらっしゃい、僕はセレナーデっていうんだ。座って……って、どこか他に椅子があったかな」
「必要ない。突然やって来て悪いが、幾つか訊きたい事があるんだ」
「マキアートちゃんの事? なら今から話すから、ほら座って座って」


姉や自分の目的を知っているらしい奴……セレナーデに驚き、警戒するアイク。
そう言えば先程、「やっぱり来ちゃったんだね」なんて言っていたようだが。
あの男(?)が、マキアートの魂の代わりになる物を知っているのだろうか。
用意された椅子になかなか座ろうとしないアイクへ、セレナーデは穏やかに微笑み声を掛ける。


「何にしても他に手掛かりは無いんでしょ? 聞いた方がいいんじゃないかな」
「まぁな。あんたが何か知っているなら」


腹を括り、アイクは用意された椅子へ座る。
セレナーデとある程度離れ向かい合って座り、早く話せと目で促した。


「さてと。マキアートちゃんの魂を喰らう闇の精霊エクゥリュドに替わりの物を与えて、マキアートちゃんを助けようとしてるんだよね」
「よく知っているな。あんたが何者かも気になるが……姉貴の事が先だ」
「いいね、その実直さ。愛するお姉ちゃんだもんね」


セレナーデはゆったりと息を吐き、実に優雅な仕草でキーボードに何かを打ち込み始めた。
すぐに表示されたのは、何とマキアートの顔写真と彼女にまつわるデータの数々。


「何だ、これは……。姉貴を調べているのか!?」
「妬かない妬かない、僕が調べてるのは彼女だけじゃないさ。まあそれは置いておくとして。彼女の魂の代わりになる物っていうのは、実は違うんだよね。色々と説明する前に教えるけど、僕は設定を弄れるの」


設定、などと言われても意味が分からない。
セレナーデは言葉より実際にやった方がいいだろうと、マキアートの画面を消しキーボードに何かを打ち込んだ。
直後モニターにこの島らしい4箇所が映し出され、クリスタルのような物が出て来る。
すぐ足元に衝撃が来て、クリスタルの背後に映る海や対岸を見ていると、島が回転している事が分かった。
突然の出来事にアイクが驚いているとすぐに、小さいが確実な揺れが辺りを襲う。


「な……地震!? まさかあんた、地震を……」
「操ってるよ。最近地震が多かったのは僕のせい。あのクリスタルで東西南北の調整をして、魔力を込めて地震を起こしてた」


その説明にアイクが返した言葉は、それが姉貴とどう関係があるんだという事だった。
相変わらずマキアートしか見ていないアイクにセレナーデが苦笑を漏らす。
セレナーデが地震を起こしたのは、この世界の大地を刺激して活性化したかった事と、最近世界を操作しなかったので再び慣れる為らしい。
その際、面白い事になりそうなスマブラメンバー達を狙って地震を起こしていたと。
はた迷惑な話だが、それより今はマキアートの事。


「姉貴の魂が喰われないようにするには、一体どうすればいいんだ?」
「僕が設定を変えるしかないんじゃないかな。彼女の魂を食べなくても闇の精霊が存続できるよう。ただ色んな世界から人が集まるこの世界とは違って、他の世界は上手く弄れないかもしれない」
「可能性があるなら何だっていいんだ。頼む、姉貴を助ける為に手を貸してくれ」
「それはいいけど、僕にも自分の目的があるの。それを手伝ってくれたら手を貸してあげるよ」


セレナーデの要求を、アイクは二つ返事で飲む。
一刻も早くマキアートを助けたくて後先など考える暇はないのだ。
どうやらセレナーデの目的とは探し物で、この島の山岳地帯、一番高い山の頂上付近の洞窟内にある宝石らしいが。


「何度も地震を起こして大地を活性化して、それでようやく手に入りそうなんだ。僕はタイミングを見て地震を起こすから、君は宝石を取りに行って欲しい。……とは言え、まだ時間が掛かるからゆっくりしてると良いよ」


いや、暇だから出て行く……と言おうとしたアイクだったが。
すぐ機械の操作を始めたセレナーデを前に、どうにもタイミングを逃してしまうのだった……。


++++++


一方、マキアート達。
夕方にさしかかる頃、目的となった震源地の島へ辿り着く事が出来た。
島は穏やかな顔を見せていて何だか拍子抜けしてしまう程だ。
リンクがキョロキョロと辺りを見回す。


「で、マキアート。アイクは一体どこに居るんだ」
「山……? あっちの山に登ってるみたい」


マキアートが指差したのは山岳地帯で、その中でも一番高い山だった。
とは言え大して高い山ではない。せいぜい4、500mといった所だ。
勿論マキアートはアルフォードから聞き、彼はジュリアから聞いた。

ピットは自分とカービィが空からアイクを探すと言い出し、マキアート達は2人に頼む事にした。
もうすぐ日が暮れてしまいそうだが野宿は覚悟していたし、アルフォードが居ればすぐアイクは見つかるとマキアートは思った。
夕焼けに染まる空をピットとカービィが飛んで行き、マキアート達は徒歩で山へと出発する。
山は緑豊かな辺りとは違い、剥き出しの岩肌が荒々しさを醸し出していた。


「アイクは一体何しに行ったんだろう。こんな島、今まで知らなかったよ」
「やっぱりマルスも分からないかぁ……。マキアート姉ちゃん、心当たりある?」
「さぁね……。時々あいつ、何を考えてるのか分からない事あるんだ」


一体アイクは何のつもりでこんな島に来たのか。
アルフォードに訊ねても何も教えてくれないので、ただ不安が募るばかりだ。
無駄とは知りつつ、小声で再び訊ねるマキアート。
お願いだからアイクが何をしにここへ来たのか教えて、としつこく頼むが、アルフォードも頑なに、後になったら分かるから今は何も訊くなと全く教えてくれない。
しょうがないなぁ、と言おうと口を開きかけるマキアートだが、それよりも早くマリオが喋る。


「なぁマキアート、今喋ったのって誰だ?」
「え?」
「何か今、後になったら分かるとか今は何も訊くなとか……フォックス、お前も聞こえただろ?」
「あぁ、聞こえた。何かアイクみたいな声だったな」


2人の言葉に、マキアートは少々冷や汗をかく。
確認の意味で周りの仲間に視線を送ると、やはり聞こえていたらしく不思議そうな顔でこちらを見ていた。
何と説明して良いか……言い淀んで俯くマキアートにロイが助け船を出す。


「いーから、今はアイクを捜すのが先なんだ。誰か知らねぇけど、マキアートさんはそいつを信頼してるんじゃねぇのか?」
『混乱させたか、悪い。俺の名はアルフォード』
「信頼出来る奴だから、今は皆気にしないで」


気にならないと言えば嘘になるが、マキアートの真剣な眼差しに嘘は無さそうだ。
彼らの言葉に納得し、誰もそれ以上は追求しない。
アイクを探して山道を進んで行った。


++++++


再び、アイク。山を中腹過ぎまで登った辺り。
彼は出発前にジュリアからマキアートがこちらへ向かっていると知らされた。
だが、少なくともこのセレナーデに頼まれた件が片付くまでは会わないつもりでいる。
彼女の闇について、一段落がつくまでは……。
日も落ちたが、月明かりの強い夜で視界には特に困らなかった。
このまま頂上まで難なく進めれば良かったが。


「いた、アイク!」
「! カービィ……!?」
「アイク先輩、マキアートさんが心配してますよ! 一緒に来ましたから会ってあげて下さい」


空を飛んでアイクを探していたピットとカービィに発見されてしまった。
すぐにマキアートに会うよう言われるが、そうするつもりは全く無い。
用事が終わるまで姉貴には会わないからそう伝えてくれと言うアイクに、ピットはムッとして何を言ってるんですかと声を荒げる。
カービィに伝言を任せ、アイクの傍まで降りて来るピット。
何とも苦々しい表情は、姉を相当に溺愛していたアイクの不可解な言動に戸惑っている事を示す。
多少の怒りさえ滲ませながら説得を試みるが、アイクは承諾しない。


「マキアートさんはアイク先輩を心配して顔色が悪かったんですよ、城では倒れちゃったし…」
「倒れた……!? ……だが、この島に来ているなら回復したんだろう。俺が帰るまで頼む」
「なに言ってるんです、普段はマキアートさんの気持ちなんてお構い無しに纏わり付くのに、マキアートさんが求めたら無視するんですか? それって自己中過ぎやしません!?」
「何とでも言え、姉貴の命が掛かってる事なんだ。俺は自分の面子より姉貴の命を優先する」
「アイク!」


2人の言い合いの最中、意外と近くまで来ていたらしいマキアート達が山道を登って来た。
聞こえていたのだろう、メンバー全員、殊にマキアートが複雑な顔をしている。


「アイク……。あたしの命が掛かってるって一体? それが、あんたがこの島に来た理由なの?」
「……あぁ、姉貴をどうしても助けたいんだ」
「でも、ダメだよ。お姉ちゃんに心配かけちゃ。本当にマキアート姉ちゃん、不安そうだった。急に家族が居なくなるって、すごく心細いんだよ」


リュカの静かな、しかし毅然とした言葉は、どこか涙混じりに聞こえる。
アイクもそう思ったのか少し済まなそうだ。
だがアイクは今居る位置から動こうとはしない。
右側が崖になり左は岩肌の壁が聳える2m程度の幅の緩やかな坂道。
少し高めの位置から見下ろして来る視線は普段通りの無表情だが、それでもマキアートには分かった。

何かを思いつめている。
自分の命が掛かっているというのは正しいかもしれないと思いながら、それでもマキアートは自分からアイクに歩み寄る。
自分の闇を否定された。自分の一部なのに、得体が知れない、下らないと突っぱねられた。
だから始めは自分からアイクを拒絶したが、どうしても出来なかった。
以前アルフォードに、自分の方が弟離れ出来てないと言われたが、あながち間違っていないのかもしれない。
そう思いつつ、ゆっくり歩むマキアートが更にアイクへ近寄った瞬間。


「……え?」


ガラリ、と不吉な音がしたかと思うと、ゆっくりマキアートの体が傾いだ。
実際はゆっくりではないのだろうが、マキアート、そして周りの者には何故かスローモーションのように思えてしまう。
マキアートの乗っていた足元の道が崩れ、彼女が落下して行った。


「姉貴ッ!!」


差し出されたアイクの手も飛ぼうとしたピットやカービィも間に合わない。
崖下へ消え行くマキアートが最後に聞いたのは、今は周りの者にも聞こえるようになったアルフォードからの叫び声だった。



『母さん!!』





−続く−





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