第6話 疑心
あの後、アキラの事で夢中になって気付かなかったが、いつの間にかポリゴン達は消えていた。
一体何をしに来たのか全く分からない、それがかなり不気味だ。
アキラの方は足を骨折してしまい、治療への専念を余儀なくされていた。
3剣士は、何か足りない物はないか、して欲しい事はないかと代わる代わる尋ねてくる。
甲斐甲斐しい彼らに、笑顔を返すアキラ。
こんな状況だから逆に笑わなければと思っているのだろうか、アキラの笑顔は最近増えていた。
自らも怪我を負っているのに、そんな心遣いには頭の下がる想いだ。
「そろそろ交代の時間じゃねぇか?」
暫くの後、ロイが静かに口を開いた。
アキラは、あのメンバー達を護ったシールドのせいか、力を使いすぎて安静にしていなければならなかった。
それに万が一何かが起きた時の為に、医務室で休んでいる。
"犯人"に狙われないよう常にアキラには交代制で付き添いが付く事になった。
「時間? 僕は別に構わないよ、ずっとアキラを看てるからさ」
「マルス、同じヤツばっかりじゃアキラだって嫌だろ。それに俺達も、きちんと働かないと」
犯人を探す為に、仲間達が色々行動している。
アキラの傍に居る事も大事なのだが、犯人探しを仲間達に任せきりにするのも躊躇われた。
そうだな、と、マルスとリンクがロイに同意し、部屋を出ようと立ち上がった瞬間、代わりのピカチュウ・ルイージ・ミュウツー・ピーチがやって来る。
3剣士は後を4人に任せると、医務室を後にした。
「しかし、本当に犯人は誰なんだろうな。あの、アキラをあんな目に会わせたポリゴンも犯人が用意したのか?」
マルスの言葉に、ロイとリンクはそうだろうと頷く。
仲間達やアキラをあんな目に会わせた犯人を許す訳にはいかない。
「マルス、リンク。早く犯人を見つけようぜ」
「当たり前だ。皆をこれ以上危険に晒したくない」
3剣士は、改めて犯人を捕まえようと誓うのだった。
++++++
「とにかく、休め。他の事は私達に任せろ」
「うん。有難う」
ミュウツーの言葉に微笑んで、ゆったりとベッドに身を預けるアキラ。
ルイージ達は、これで休息になればいいと彼女を静かに見守る。
どこか疲れ切ったような表情のアキラ……無理もないだろう。
彼女の辛そうな顔を見るにたび、早く事件を解決したいという思いが湧き上がった。
「……はやく終わればいいのにね、こんな事」
ピカチュウが呟き、小さく溜め息をつく。
アキラが無事でよかったが……犯人が架空の世界である各ステージまでも自在に操れるとしたら、余りに危険だ。
そうね、と返事をしてアキラは目を伏せる。
ふと、ルイージとピカチュウはある事が気になった。
それはアキラが転落した時の事。
2人は、アキラが突き落とされたように見えた。
……あの男に。
「ねえ、アキラ」
「? なあにルイージ」
「アキラさ、神殿の上段から転落したでしょ。……あれ、本当にバランスを崩して落ちたの?」
そう言った瞬間、沈黙が訪れた。
ピーチやミュウツーも驚いてルイージを見る。
「ルイージ…何を言っているの?」
アキラはどうやら、気付いていないようだ。
"あの男"が触れた瞬間、自分が転落した事に。
まさか彼の今までの行動は全てカムフラージュだったのだろうか?
優しい心づかいも、アキラを追い掛けていたのも、芝居を打つ為の…。
そんなのって無い、本当にそうだとしたら酷過ぎる。
考えれば考えるだけ辛くなって、耐えかねたピカチュウが言葉を続けた。
「あのね、考えたくない人が……犯人かもしれない」
「どう言うこと!?」
ピーチが詰め寄る。
ルイージとピカチュウだって信じたくは無いが、こうなっては……。
「待て、ルイージ、ピカチュウ。何にしても決め付けは良くない。それ以外の事が見えなくなる」
ミュウツーの言う通りだ。
一度こうだと思い込んでしまったら、それを前提に物事を考えるようになってしまい、視野が狭まる。
しかし、だからと言ってルイージとピカチュウの疑念は消えない。
勝手に決め付けるくらいなら、いっそ……。
「確かめなきゃ」
ピカチュウが呟き、ルイージの肩に乗った。
止めようとピーチが口を開いたが、2人とも、大丈夫だからと聞き入れない。
2人はアキラをピーチとミュウツーに任せ、仲間達が集まる広間へと向かった。
「2人とも大丈夫かな」
「信じるしかないわよ。広間には皆が居るし、大丈夫だと思うわ」
「……そうね、ピーチ姫」
それから、時間が流れる。
十分程度で戻って来たルイージとピカチュウは、ピーチとミュウツーに広間へ戻るよう告げた。
「? どうして広間に戻らなくちゃいけないの?」
「ちょっと用事が出来て。……アキラの付き添いは代わって貰うから。それまで僕達2人で見てるよ」
どうやら、2人は話したい人が居て、その人物と話をするらしい。
その人物を知られたくないので、2人には広間へ戻って欲しいと言う。
「その人物、どうしても言えないのか?」
「言えない。……アキラの付き添いは、その人がちゃんと連れて来てくれる」
2人の意志が揺らぐ事は無さそうだ。
仕方なく、ピーチとミュウツーは医務室を後にした。
残されたアキラ・ルイージ・ピカチュウ。
アキラは、2人が話をしたいと言う人物が気になって仕方がない。
先程2人は、
"考えたくない人が犯人かもしれない"
と言っていた。
2人が話をしたい人物はその犯人と疑っている人物なのだろうか……?
「ねぇ、2人とも。誰と会って話をするの?」
「……ごめん、アキラにも言えないよ」
「どうしても?」
「うん」
危険ではないのか。
アキラが不安そうな顔をすると、2人は
「アキラにまで迷惑掛けたりしないから」
と笑った。
こんな状況で、言えないような人物と話をする。
どう考えても危険だと思うのだが……。
しかし、アキラは何も言う事が出来なかった。
++++++
ピーチとミュウツーが広間に戻ってから、数十分が過ぎた。
2人が戻って来る前にファイターの一部が見回りに行ったらしく、そのファイター達はまだ戻って来てはいない。
「アキラの様子は? 大丈夫だったんですよね?」
マリオがピーチに尋ね、彼女は嬉しそうに頷く。
ポリゴンが襲って来た時のシールドや戦闘で力を使い過ぎたアキラだが、あの様子ならば、近いうちに良くなるだろう。
骨折も心配だが、それはドクターに任せればいい。
「でも、遅いですね、見回りに行った人達」
ヨッシーが、時計を見ながら言った。
確かに、何だか遅い。
三十分もあれば戻ってくると言い彼らが出て行ってから、もう一時間は経とうとしていた。
「こんな事になると、嫌な予感がして来るね」
「やめてよネスもぅ」
何とか場を明るくしようとするネスの言葉を、カービィは本気と取って不安そうにする。
だが確かに、こう遅いと嫌な予感がしてしまうのは否めない。
探しに行こうか、とマリオが提案した瞬間、広間の扉が開いた。
扉を開けて広間に飛び込んで来たのは、見回りに行ったファイターの一員、ゼルダと子供リンクだった。
息を切らして、床にへたり込む。
心配して駆け寄って来るファイター達に、ゼルダが息を整えつつ口を開いた。
「ポリゴンが……あの、神殿で襲って来たポリゴンが…現れて」
「何ですって!?」
仮想空間である各ステージならともかく、何故、この現実世界でポリゴンが出て来るのか。
更にゼルダの話を聞くとポリゴン達の攻撃でファイターがバラバラになり、今まで戦い、逃げ回り、足止めされて帰って来られなかったと言う。
「ほかのみんなは、まだポリゴンから逃げ回ってるの?」
カービィが言った瞬間、また誰かがやって来た。
ロイだ。彼も飛び込むように広間へ入り、床にへたり込んで荒い息を整える。
「ロイ!」
「なぁ、見回りメンバー帰って来たか!?」
「ゼルダと子供リンクなら帰って来たよ!」
その言葉を聞いたロイは嬉しそうに笑うが、すぐに表情を引き締めて他の見回りメンバーを心配する。
彼はリンク・マルスの2人と一緒に逃げ回っていたが、はぐれてしまったらしい。
二人がまだ帰っていないと知らされて、顔を引き攣らせた。
やはり、探しに行った方がいいのだろうか。
悩んでいるうちに、刻一刻と時間は過ぎて行く。
やがて、見回りメンバーのクッパ、Mr.ゲーム&ウォッチが戻る。
あとはリンクとマルスだけだ。
更に時間が経ち、疲れていたゼルダ達も落ち着いた頃、ようやくマルスが戻って来た。
「マルス、大丈夫か!?」
「リンクとロイ、見なかったか……?」
「俺ならいる。リンクは一緒じゃない。はぐれて……」
「お前ら、無事か!?」
言っていたら、リンクも戻って来た。
全員無事だ。
「よかったぁ、また誰かが犠牲になったらどうしようって思った……!」
「心配するなよネス、俺らは簡単にやられたりしないからさ」
無事を喜ぶメンバー達。
ポリゴンも消したようで何事も無くて良かった。
「あら?」
そこで、ふと、ピーチがある事を思い出した。
ルイージとピカチュウの事だ。
「ねぇ。誰か、ルイージやピカチュウに会って話す約束した?」
「え?」
「してないけど」
ルイージとピカチュウは犯人に心当たりがあるようで、広間に戻った。
その後、話をしたい人が居ると言ったのだ。
てっきり、その"話をしたい人"とは、スマブラファイターの誰かの事かと思っていたのだが。
見回りメンバーはポリゴンに追われ、残りのファイターは全員広間に居た。
では、ルイージやピカチュウは一体、誰と話をしようとしていたのか。
二人が広間へ戻った時に会ったファイターではないのか。
「それに、アキラの付き添いを交代して貰うって言ってたわ……」
「!?」
付き添いを交代して貰うと言われても、残りのファイターは全員ここに居る。
最悪の場合、アキラは今、1人で居るかも……。
ルイージとピカチュウが話したがっていた人物が誰だか分からない。
アキラは今、1人で居るのかもしれない。
どちらも、危険な状況に置かれている。
「ふた組に別れて、ひと組はルイージ達を探し、もうひと組はアキラの所へ急ぐんだ!」
マリオの指示に、すぐに行動を開始するファイター達。
血の気が引き焦る気持ちを抑えて、二手に分かれる。
3剣士は他のメンバー達と共に、アキラが居る救護室へと急いだ。
「なぁ、マルス、リンク。あのポリゴン、やっぱり犯人の仕業じゃねぇか?」
「そうじゃない事を祈りたいよ。もし犯人の仕業ならアキラが更に危険だ」
「ルイージとピカチュウも…どうしたんだ」
医務室が近付くにつれ、嫌な予感が心を支配する。
中心に垂れた真っ黒なインクが、じわじわ広がって行くような感覚。
心音が聴こえそうなくらいに高鳴り息苦しさを覚えるが、何とか堪えて医務室の扉を開いた。
「アキラ……っ!?」
彼らの目に映ったのは、
ベッドから落ち、血だまりの中に倒れた、
アキラの凄惨な姿。
「あ……っ」
「アキラ!」
思わず、呆然と立ち尽くす彼ら。
真っ先に駆け寄ったのはリンクで、我に返った他のファイター達も彼女へと駆け寄る。
リンクがアキラを抱き起こすと、痛々しいまでに傷だらけの体が、力無く垂れた。
「やだ……アキラ死なないで! 起きてよ!」
「落ち着けカービィ! 無闇に触るな!」
Dr.マリオが慌てた様子で近寄りアキラを診る。
傷が多い。全身をズタズタに斬られ、出血が酷かった。
急いで止血をし、3剣士に頼んで彼女をベッドに戻して貰う。
か細いが息はしているので、何とか一命は取り留めたようだが……傷だらけの身体は、ひたすらに痛々しい。
「アキラはどうなんだ、ドクター!」
「傷は……治療出来る。大丈夫だ。……ただ」
「ただ……?」
ただ、と、まだ続きがあるらしいアキラの容態に不安になるファイター達。
ドクターが告げたのは…。
「アキラ、神殿の上段から落ちて足を骨折しただろ? ……その骨折した辺りから周辺にかけて、骨がボロボロに砕かれてる」
「……!」
酷い有り様にメンバー達が息を飲んだ瞬間、
アキラが小さく呻いて、身じろいだ。。
++++++
……そして、ルイージとピカチュウを探していたファイター達。
探し回って発見したのは赤い血だまりと、それに浸かった帽子。
"L"のマークが印象的な……緑色の。
「……嘘だろ」
双子の弟と言う自分の半身を失った兄が、瞳いっぱいに涙を溜めて力無く膝をついた。
「マリオ……」
「嘘だって言ってくれよ……頼むから」
誰も、言えない。
ルイージと一緒に居たピカチュウも、同じ運命を辿ったのだろう。
全ては、現実。
「違う……こんなの違う! ……ルイージっ!!」
弟を失い、泣き叫ぶ双子の兄。
誰かがクスリと、小さく笑った気がした。
−続く−
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