第5話 神殿にて



それは、確かな安らぎとなって皆を明るくした。
沈んでいる一同を奮い立たせる為、皆で乱闘をしにやって来たファイター達。
久し振りの乱闘に、皆大張り切りで楽しんでいる。

そこに溢れるのは笑顔、笑顔、笑顔。

確かに今、スマブラファイター達は「生きて」いた。


++++++


「ふぅ……疲れた」


乱闘ステージ、神殿。
久し振りに思いっ切り体を動かしたアキラは神殿の端で休憩していた。
この事件が始まってから、まさかこんな楽しい気分になれるなんて思っていなくて。
大きく背伸びをして、平和を満喫するアキラ。

そこへリンクがやって来る。
いつの間にか隣に陣取って、アキラと同じように座り込んだ。
彼はニコニコと嬉しそう。
遠くからはファイターの一員である子供達の声が聞こえる。


「元気いいよな、チビスケ達はさ」
「そうね」


この、平和な時間。
以前までは、毎日がこんな雰囲気だった。
幸せが溢れていた。


「何で、こんな事になっちまったんだろうな」
「リンク……」
「すげぇ悔しい。何か、俺に出来る事ってなかったのか……?」


消えてしまった仲間達。
心優しき勇者リンクは、ずっとこの危険な状況を憂えていた。
そんな彼にいたたまれなくなったのか、アキラが突然両手でリンクの手のひらを包む。
突然の事に、リンクは驚いて慌ててしまう。


「あ、その、アキラ?」
「あのね……」
「な、何かぶっ!」
「えっ!?」


突然、リンクがアキラの視界から消えた。
代わりに彼が居た場所に座っているのはマルス。
……どうやらマルスが、リンクをステージから蹴り落としたようだ……。
呆れるアキラに構わず、マルスは彼女の隣に座って語りかける。
先程からずっと聞こえる、子供が楽しそうに笑う声。
それは何より平和の象徴になりそうだ。


「アキラ、ちびっ子達の楽しそうな声が聞こえるね」
「そうね」
「いつか……僕とアキラの間に出来た子供達と、あんな風にぶっ!」
「また!?」


またも突然アキラの視界からマルスが消える。
慌てて下を確認すると、緑コウラと共に落ちて行くマルスの姿。
代わりに、今マルスが座っていた場所に居るのは……。


「油断も隙もねぇ奴らだ」
「ロイ……」


ロイが、マルスに思いっ切り緑コウラをぶつけたらしい。
得意げに笑うロイに、アキラは呆れ、それでも困ったように微笑む。


「やりすぎね」
「よく言うぜ」


お互いに顔を見合わせて笑う2人。
やはり、今の平和な時間は苦しさや心痛を取り払ってくれる。
出来ることなら、ずっとこの幸せな時間に浸っていたい。

が。


「ロイー……。お前一人でいい気になってんじゃないぞ……」
「うぉっ! リンク!」


勿論、横にはマルスが立っている。転送装置で戻って来たようだ。


「さて、このお礼はどうやってしようか」
「現金で」
「ふ・ざ・け・る・な!」


3剣士が武器を手に取り、ふざけた乱闘が今にも始まりそうだ。
さすがにうんざりしたアキラが止めに入ろうとした瞬間。


「大変だ、お前ら!」
「マリオ! 他の皆も一体どうし……」


他のステージに行っていた筈のメンバー達が、慌てた様子で転送装置からやって来た。
一体何事か尋ねようとしたアキラ達だったが。
その瞬間、神殿の離れた所で乱闘していた筈の子供達の悲鳴が響いた。
尋常ではない雰囲気に、説明は後だとマリオに招かれ、そちらへ向かう。

行ってみると、子供たちは何かに襲われていた。
ポリゴンで出来た人形のような体、あれは見覚えがある。
百人組み手などで相手をする、「ザコ軍団」なんて呼ばれている彼らだ。
しかしその動きからしてみると、ただのザコ軍団ではない。
恐らく、情け無用組み手で使われるポリゴン達だ。


「こっちへ来るんだ!」


マルスが叫び、追われている子供達を呼び寄せる。
気付いた彼らは、全力でこちらへやって来た。
何故、情け無用組み手で使われるポリゴン達がこんな所に居るのか。
話し合うような暇などある訳もなく、相当に強化されたポリゴン達が向かって来る。
身構えた一同だったが。


「みんな、お願い! 動かないで!!」
「お、おい! アキラ!」


突然、アキラが前へ飛び出した。
驚いた一同が彼女を引き戻そうとした次の瞬間、差し出されたアキラの片手から、青色のシールドが放たれる。
それは、メンバー全員をしっかりと包み込んだ。

まさに、乱闘の時にファイターが使うシールドだ。
全員を包み込む程の大きさに、誰もが息を飲んでそれを見つめる。
極限までレベルを上げられたポリゴン達の攻撃を、アキラが作り出したシールドは全て弾く。
しかも、減る気配が無い。


「魔法……かしら」
「すげぇ、アキラ!」


しかし、ポリゴン達の攻撃も止む気配は無い。
このままでは先にシールドが壊れるか、アキラの力が無くなってしまう。
その時、アキラが辛そうに口を開いた。


「みんな、早く! 今の内に転送装置を使って、城へ戻って」
「何だって……!?」


転送装置は隙が大きい。
しかし、今アキラのシールドに護られている状態ならば、安全に転送装置を使う事が出来る。
だが、それでは…。


「それじゃあアキラ、お前はどうすんだよ!」


シールドを張った状態では上手く転送装置を使えないだろう。しかし、シールドを外せば危険だ。
このポリゴン達、普段は情け無用組み手でも、ファイター達が大怪我をしないように加減や調整をして掛かって来る。
しかし今は、まるでファイター達に大怪我をさせる為に襲い掛かって来ているようだ。


「俺達が帰れても、お前が帰れねぇだろ!」
「だって、そうしないとどうにもならない!」
「だからって……!?」


次の瞬間、シールドが消え去ってしまう。
もうポリゴンと戦うしかないと観念したファイター達だったが。
またもアキラが前へ進み出た。
ポリゴン達の視線がすぐにアキラを捉え、駆け出した彼女を追い掛ける。


「まさかアイツ…、囮になろうってのか!?」
「無茶だ、アキラっ!」
「戻れっ!!」


3剣士の呼び声にも、ちらりとも振り返らない。
彼らがアキラの方へ駆け出したのと同時に、彼女は懐からスティレットを取り出し、すぐに振り返って襲い来るポリゴンに対峙した。
アキラが、ポリゴン達へ向かって行く。3剣士や他のファイター達が助けに向かう。
アキラは一体目のポリゴンを相手にしていたが、その隙に別のポリゴンに後ろを取られてしまう。
間一髪で避け一撃を繰り出すが、他のポリゴンにも囲まれてしまい、どうしようも無くなってしまった。


「アキラっ!!」


3剣士が追い付くが、ポリゴンを避けようとしていたアキラは、バランスを崩してしまっていた。
場所は神殿、上段の中央。このままでは、下段まで落ちてしまう。
何とかバランスを持ち直そうとしているアキラに3剣士が手を延ばし、1番前を進んでいたリンクが彼女に触れたが…。


「アキラ!?」
「あっ……!」


その瞬間、突然、アキラのバランスが崩れた。
ぐらりと体が傾ぎ、彼女本人は、まるで世界の流れが鈍足になってしまったかのような錯覚に陥る。
そのまま下段への坂道に何度も叩き付けられながら落ちて行き、最後に、嫌な音がした。
3剣士、次いで他のファイターが駆け寄ると、アキラの右足の一部が真っ赤に腫れ上がっていた。


「アキラ、しっかりしろ!」
「待て、無闇に動かすな! ドクター早く!」


苦痛に呻き、涙を滲ませ汗を流すアキラ。
ドクターが彼女に近づき足を診る。

……その様子を、遠巻きに眺めている人物が2人。
ルイージとピカチュウだ。
2人は呆然とアキラ達の方を見ていたが、
ふと、他の誰にも聞こえないように会話を始める。


「……ルイージ、今の……」
「ピカチュウも見たの?」


先程、アキラは何とか体勢を持ち直そうとしていたのに、何故か突然バランスが崩れた。

リンクが触れた瞬間に。

そして、2人が居た位置からそれを見ると……。


「リンク、アキラを突き飛ばさなかった?」
「……」


ピカチュウが絞り出した言葉に黙り込むルイージ。
しかし、確かにリンクがアキラを突き飛ばし、そのせいでバランスが崩れて彼女が落ちたように見えた。


「……気のせいだよ、ピカチュウ。きっと」
「……」


そう。リンクがアキラにそんな酷い事をする筈が無い。気のせいに決まっている。
しかし、否定したルイージの心にも、引っ掛かりが出来ていた。
リンクが触れた瞬間アキラが突然バランスを崩した、それは確かだと思われる。
しかしそれでは、やはりリンクがアキラを突き飛ばした事になってしまうが。

気のせいだ。
絶対に気のせいだ。

殆どのメンバーがアキラ、一部のメンバーがリンクに注目する中、

マルスが険しい顔をしている事には、誰も気付かなかった。





−続く−





戻る




- ナノ -