第2話 静かに始まるもの



ある日。
仮想空間である乱闘ステージから帰って来たばかりのアキラの前に、涙を浮かべたピチューとプリンが居た。
ただ事ではない様子に心配になり、声を掛けてみようとした矢先、向こうから声を掛けて来る。


「アキラねえちゃん、どこかで乱闘してきたの?」
「そうだけど……一体どうしたの」


不安そうな2人の話を聞いてみる。
なんと、アイスクライマーのポポとナナが帰って来ないらしい。
ピチューとプリンの二人は、ポポとナナに稽古をつけて貰っていたそうだ。
終わった後にピチューとプリンは先にステージを出てポポとナナを待っていたが、一向に出てくる気配はない。
もう一度乱闘したステージに行っても、人っ子一人いなかった。

どうしよう、と泣き出した二人を抱えて、アキラは広間へ向かう。
不穏な空気が、広がり始めた……。


++++++


アキラ達が城の広間に行くと、ファイターたち全員が揃っていた。
アイスクライマーの、ポポとナナを除いては。
アキラが事情を話すと、メンバー達の顔が驚きと不安に染まる。
そもそもこの世界は、様々な異世界へ通じる道がある中継点のような世界。
不安定な要素はいくらでもあり、今までこういった不具合が起きなかった事の方が奇跡なのかもしれない。
何にせよ、早いうちにポポとナナを探し出さなくては。


「何人かに分かれて、各ステージを回ろうか、行き違いになる可能性も下がるし」
「そうだな。取り敢えず二人がいたステージから……」


マリオとフォックスの会話に、他のファイター達もチームを組んで動き出す。
大事ではない、きっとすぐに2人は見つかる。
溢れ出そうな不安を心の奥に押し込め、誰もがそう思っていた。
2人を探して各ステージを回っていたアキラが、ある物を発見するまでは。

またいつもの言い争いの後に三剣士と各ステージを回っていたアキラが発見したもの。
見覚えのあるハンマー、千切れた青いフード。
思わず硬直していたアキラに、ロイが声を掛ける。


「アキラ?どうかした?」
「ロイ……見て、これ。ひょっとして……」
「! あいつらのか!?」


どちらにも赤い物が飛び散っていて、乾き切っていない。
色合いや形状、匂いからしてどうも血のようだ。
……決して信じたくはないが。
2人の様子に気づいたマルスとリンクもやって来て、声を上げる。


「アイスクライマー達のじゃないか!?」
「まだ乾き切ってない。ここで……何かあったみたいだな」


改めて辺りを探しても、2人の姿は見当たらない。
4人から血の気が引いていく。
衣服が千切れ、こんなにべったりと血の出るようなことが2人に起きたのだ。
ポポとナナの身に何が起きたのかは分からないが、早く見つけなければ危険かも知れない。
ただ事ではない。すぐさま皆へ知らせようと、四人は城へ駆け戻った。


++++++


「ポポ……ねえポポ、しっかりして!」
「う……?」


自分を呼ぶ聞き慣れた声に、痛む頭を騙し騙し、ポポは起き上った。
真っ先に視界に入ったのは安堵の溜息を吐くナナ。
思わずポポも顔を綻ばせるが、瞬時に、今はそれどころではないと思い出す。
ポポが辺りを確認するとそこは、辺りは真っ暗なのに、お互いがはっきり見える不思議な空間だった。
真っ暗と言うより、真っ黒と言った方がいいかもしれない。

そこで、はっと自分の体に起きているであろう異変が無いことに気付き、自分の体を見るポポ。
だが至っていつも通りで、むしろ調子が良いのではないかとさえ思える程だ。


「あれ? ナナ、ボク確か斬られたはずじゃなかったっけ……」
「斬られたわ……私も。でも今は傷一つ無い」


"あの人物"に斬られた。

夢かと思ったが、違う。
ポポのフードもナナのハンマーも無くなっている。
それとも、今も夢を見ているのだろうか?


「大変だよ、早く皆に知らせないと!」
「……知らせるの? 皆に?」
「……」


"あの人物"がこんな事をしただなんて……伝えるのは辛い。
自分達だって未だに信じたくなどないのだ。
伝えてどうなるか、そっちの方が気掛かりだった。
2人とも、黙り込んでしまい、嫌な沈黙が辺りを支配する。

その時、この不思議な空間に入って来る者が居た。
気付かれないよう忍び寄り、片手を翳す。
その妙な雰囲気と気配に気づいたのはナナだったが、既に遅かった。


「ポポ、下!!」


それで妙な感覚に気付いたポポは、ナナの叫び声で下を見る。
この黒い空間でも分かる闇が、ポポの足下にあった。


「うわぁぁ!!」
「ポポ!!」


ポポが闇に飲まれ、跡形も無く消えてしまう。
抵抗しようとしたナナも、すぐ闇に吸い込まれて行った……。


++++++


「見つかったのは、ハンマーとフードだけですか……」


ゼルダの言葉に、表情を曇らせる一同。
城に再び集まったメンバー達は、血の付いた2人の所持品を前に、不安な面持ちだった。
各ステージを管理しているコンピューターで検索を掛けたりしてみたものの、2人はいなかった。
たったこれだけの手掛かりに、何か進展はあるのだろうか?


「考えててもだめだよ、これしかないんだから、調べなきゃ」
「ピカチュウの言う通りだわ。これに賭けましょう」


ピカチュウの言葉にピーチが賛同し、他のファイター達も考えを改める。
これしか手掛かりが無いのなら、すぐにでもこれを調べるべきで……。
だがそこで、先程から泣きそうだったプリンとピチューが突然口を開く。
小さく震えて、何かに脅えている様子を見せながら。


「あ、あのねみんな」
「ぼく達ね、帰る前に1人だけ人を見たの」


2人の言葉に一同が酷く驚き、すぐにマリオが怒鳴り声を上げた。


「な……何でそんな事、早く言わないんだ!」
「ご、ごめんなさい! だって……」
「だってじゃない!!」


マリオの怒鳴り声に、ピチューとプリンは震え上がってしまう。
ルイージが仲裁に入るが、仲間の命が掛かってるかも知れないんだぞ!? ……と、マリオは聞かない。
……ふと、喧嘩する2人の横を、無言でアキラが通り過ぎた。
震えるピチューとプリンに微笑みかけ、優しく声を掛ける。


「大丈夫。マリオはポポとナナが心配なだけなの。落ち着いて、2人が見た人について教えて」


あまり見ることの出来ないアキラの笑顔に驚きつつ、優しく掛けられた言葉に安心したのか、ピチューとプリンが、見た人物について話し出す。
仮想空間であるステージと現実を行き来する転送装置で消える間際に、ちらりと見ただけらしいが。
今はどんな情報でも惜しい。アキラが優しく促すと、二人は話し始めた。

分かったのはその人物が、

・人間の形をしていた
・フード付きのローブを着ていた
・手には何か武器のような物を持っていた

それだけ。


「顔は見えなかった?」


サムスの質問に、緊張する一同。
2人もなかなか言い出せないようだ。


「……もういいよ。皆、2人も緊張してるみたいだし、続きは少し休憩してからにしない?」


余りの重苦しい沈黙に、アキラが2人を気遣って提案した。
確かに、ピチューもプリンも相当緊張しているようで、体が酷く強張っている。
それもそうだな、とロイがアキラに賛同し、それを合図にファイター達の緊張が少し解れたようだ。
ピチューとプリンは安心したのか、水を飲みたいと休憩がてらダイニングへ向かう。
ゆっくりでいいからね、とピーチが声を掛けると、笑って返事をしてくれた。


「2人が見た奴が、何か関係してやがるんだろうな」


ピチューとプリンを見送ってからのファルコの呟きに、ファイター達が頷く。
とにかく、あの2人から詳しい話を聞かない事には始まらない。
あの緊張しきった様子は、必ず何かを見ているはず。
アキラは胸に手を当て、顔をうつ向かせて心配そうな様子だ。


「ポポとナナ、無事ならいいけど……どこに行ったの?」
「アキラ……大丈夫、2人はきっと無事だよ」
「そうそう。そのうちひょっこり帰ってくるって。いまは2人の無事を信じよう」


マルスとリンクの励ましに、アキラも少しだけ気を持ち直した。
誰もが、待つしかできない自分を歯痒く思っているはずだ。1人だけが背負う事ではない。
ただ今は、ポポとナナの無事を信じるのが最善。


++++++


「……遅いな」


10分ほど経った頃、ロイが呟いた。
水を飲みに行っただけのハズの二人は、まだ帰って来る気配がない。
アキラが、私が呼んで来ると駆けて行く。
……更に時間が経ち、いい加減不安になったメンバー達が探しに行こうとした瞬間、リンクがぽつりと口を開いた。


「なぁ……2人が、怪しい奴が仮想空間のステージに居たって言うけどさ。……このピーチ城からしか、各ステージには行けない筈だよな?」


各ステージに人は居ない。
居るとしても、それは始めから設定されていた仮の生命体だ。
そして、各ステージから帰って来ると、必ずこのピーチ城に戻るようになっている。

つまり、ピチューとプリンが見た人物は。
このピーチ城から仮想空間へ行き、そして必ず此処に戻って来ている。まだ、城に居る可能性だってあるはずだ。
そして、ピチューとプリンが戻らないのは…。


「アキラ達が危ない!!」


マルスの緊迫した叫びに、弾けたように立ち上がるメンバー達。
混乱しそうな現場を押え込み、マリオが指示を出す。


「三剣士とサポートは早くアキラ達の所へ! 他のメンバーは出来るだけ多くの出入り口を塞げ、単独行動はするな!」


マリオの指示に、全員が行動を開始する。
三剣士は、サポート役にフォックスとカービィを連れて食堂へ向かった。


「くそっ、絶対死ぬなよアキラ!」
「アキラ……!」
「どうか、無事で……」


++++++


ピチューとプリンが向かったはずのダイニング行くと、入り口の扉の前に、アキラが蹲っていた。
小刻みに震えて、まるで何か恐ろしいものを見てしまったように。


「アキラ!」
「大丈夫か!?」
「っあ……みんな……」


ピカチュウとフォックスが掛けた声に、顔を上げるアキラ。
それでも声は震え、瞳は脅え切っていて、普段の彼女の様子からは考えられない。
扉は半開きで、どうやらアキラは中の様子を見て震えているようだ。


「どうした……。!?」


気になって中の様子を見たマルス。
まずは鼻を突くような生臭さに顔をしかめたが、すぐに中の様子が瞳に映り愕然としてしまった。
食堂の中は、至る所に血が飛び散っている。
中を見た他のメンバーも余りの惨劇に呆然としてしまった。

でも、中には誰も居ないみたいなの……と言うアキラの言葉に、まさか、と呟いたのはリンク。
食堂の中に入るものの、厨房にも血が飛び散っているだけで、召使いのキノピオ達も一人として居なかった。
思わず踏みつけた血溜まりが跳ねる。


「どうなってるの? ピチューとプリンは?」


何処にも、居ない。


++++++


始まってしまった、……始めてしまった。
後はもう、ただひたすらに「還し続ける」しかない。
もう、後に引く訳にはいかない。


引く訳にはいかないのだ。



……あの男の為に。




−続く−





戻る




- ナノ -