第1話 嵐の前



物語が始まる。とある人物に捧げられる為の物語が。
この出来事は、その物語の中の一つ。
決して避けようのない、幾つもの悲劇の物語。



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ここは、様々な世界に繋がる道をもつ世界。
いろんな世界から召喚されたスマッシュブラザーズと呼ばれるファイター達が、毎日技を競い合って暮らしていた。
ある者は親交を深め、ある者は異世界の技術を吸収し、分かち合い、高め合う。
そんな彼らの輪の中に、数ヶ月前から一人の少女が仲間入りしていた。

彼女の名はアキラ。
スティレットと呼ばれる短剣を使う少女で、その戦闘力はなかなかのものだった。
落ち着いている、というのか、テンションは低めだが以外に付き合いも良く、仲間から掛かる声は多い。

特に……。


「よぉアキラ! 一緒に乱闘しに行こうぜ!」
「ロイ、なに抜け駆けしようとしてるんだよ」
「昨日アキラと一緒に買い物に行ったマルスに言われたくないね」
「……リンク、2人を止めてよ」
「何でだ? この隙に2人を出し抜けば駆け落ちするチャンスなんだぞ」
「……」


ロイ・マルス・リンクの三剣士は毎日の如く争ってアキラを取り合っている。
何と言うか、こうして好かれるのは悪い気はしない。が、節度と限度はあって欲しい。
ここに来てからどころか、本日何度目かさえ分からない溜息を吐いた所で、助け船が出る。


「おい、いい加減にしろ。アキラの奴が困ってんだろうが」
「マリオ、男の嫉妬は見苦しいけど」
「どう見れば嫉妬になるんだよ! 大体、おれにはピーチ姫がいるし!」


リンクに対するマリオの反論内容に、ピーチ姫が「きゃ」と可愛らしい声で頬に手を当てた。
アキラはそれに癒されつつ、あんな反応が出来たらモテるのかな、と考えたり。
今の状態は、あまりモテていると思いたくはない、色んな意味で。
そんなアキラの心中など知る由もなく、三剣士はアキラを乱闘に連れ出そうと手を引く。
こうなってしまっては抵抗も無駄だと、数か月もあれば学べるというもの。

元気のいいロイは率先し、紳士なマルスは優しくエスコートしようとし、抜け目のないリンクは少し離れて隙を窺っている。
見事なまでに分かれていらっしゃることで、なんて折角の皮肉も、心の中では届くはずも無かった。



++++++



相手が誰であれ、申し込まれたなら戦う。
直前までの嫌々さもどこへやら、しっかり戦ったアキラは、
3回騙し討ちをかましてやったロイからの文句を受け流しながら広間へ戻った。
ちなみにここはピーチ城と呼ばれる、その名の通りピーチ姫が城主のお城で、ファイター達が暮らしている。
用意されたお茶を飲みながら、マルスはアキラに尋ねた。


「ねぇアキラ、君はどうしてスマブラメンバーに入ったんだい?」
「……楽しそうだったから、かな」
「そうそう! 俺と一緒に居るの楽しいよなぁ!」
「……ロイ、いい加減に僕とアキラの邪魔をするのやめてくれないかな?」
「い・や・だ!」


いつものやりとり。
ここまでくると三剣士本人たちもボケのつもりなのかもしれない。
まあ、弄られキャラも悪い居場所ではないだろう、度が過ぎなければ。

ちらりと目を向けるとサムスと目が合った、が、すぐ逸らされる。
次いでルイージと目が合う、苦笑されて終わり。
次はカービィと目が合った、手を振られたので振り返した。

……みんな薄情者だ。悪い意味ではなく。

なんて違う方へ意識を向けていたアキラに、ちょっと遊びにしてはやりすぎじゃ?と言いたくなる衝撃が来る。
気付けばそれなりの体格をしているリンクが隙を見つけたらしく、アキラにダイブしたところ。


「リンク重い、ですけど。あと衝撃割と凄かった……」
「漁夫の利ってやつだな」
「リンク! いっつもちゃっかりしやがって!」
「大人しくしてると思ったら……!」
「あ、誰も聞いてない。私の話聞いてない」


ロイとマルスはともかく、アキラは一応リンクに話しかけたのだが。無意味だった。
やっぱりコントか何かやっているつもりなのかもしれない。どうツッコめばいいだろう。
思わず視線を向けたら、他のファイター達は思いっきり目を逸らした。
思わず、触らぬ神に祟りなし、という言葉を覆してやりたくなる。


「……薄情……」
「ほら、アキラが嫌がってるって!」
「そんな事ないよな?」
「あるって言わなきゃ駄目だよアキラ!」


毎日繰り広げられるたわいのない光景。
誰もが、この日常を平和に生きている。
あまり表情が変わらないものの、アキラも呆れながら楽しんでいるようだ。



もうすぐ、そんな平和な日常に終止符が打たれる事など、微塵も感じさせない光景だった。




−続く−





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