第9話 真相



ピーチ城の医務室、ベッドの上で寝息を立てている少女を、リンクはどこか冷たい目で見下ろしていた。
少女……アキラが起きるような気配は無い。
穏やかな寝息はある意味、何も知らない赤ん坊のようでもあった。


「……アキラ」


アキラの付き添いをしていたDr.マリオ、ロイ、カービィ、Mr.ゲーム&ウォッチの姿は無い。
リンクの手にはマスターソード、そして……。
彼の足下には血が染み込んだような痕がある。
まだ完全に乾き切ってはおらず、血が流れ落ちてから余り時間は経っていないようだ。

リンクはアキラの寝顔を冷たく見下ろしていたが、ふっと微笑むと、彼女の顔に指を這わせた。
なんと無防備な寝顔だろうか。
彼女の戦闘能力は誰もが認める所で、その強さは3剣士も一目置く程だ。
だが、今のアキラならば簡単に殺せてしまう。
何の苦労も無い、ただ彼女の体を斬り裂くか、貫くかすれば良い。

自分が恋心を抱いた少女。
しかし、こうなってしまっては仕方が無いのかもしれない。


「ゴメンな、アキラ」


リンクはマスターソードをアキラの上に掲げ、彼女の胸元を狙い定めた。
そして、アキラを殺す事だけを考え、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

鈍い音が、医務室に響き渡った。


++++++


一方、こちらは広間。
マルスが出て行ってから残されたファイター達は彼に言われた水色のノートを囲み、黙り込んでいた。
マルスを追いかけなくていいのか、これからどうするのかと言い合っていたのだが、犯人の事を知ろうと言う事になった。


「ノート、開けるぞ」


マリオが緊張した面持ちで言うと、周りのメンバー達はゆっくり頷く。
それを確認し、震えそうになる手を必死で動かしながら、マリオはテーブルの上のノートを捲った。
そこに書いてあったのは。


【みんな、このノートを見ていると言う事は、もう僕に残された時間は少ないと言う事だと思う。最後に、犯人の正体を書いておくよ。間違いは無いハズだ】


残された時間は少ない、のくだりに、メンバー達の表情が歪む。
一体マルスは、どんな想いでこの文を書いたのか。
なんとか堪えながら、メンバー達は先を読んだ。


【みんなには、この事件を始めから思い出して欲しいんだが。仲間内にたった1人だけ、全ての事件にアリバイが無い者が居る】


これは先程、マルスが言っていた事と同じだ。
一体誰なのか……。


【始めにポポとナナが消えた時、2人はピチューとプリンの2人と一緒に乱闘していた。その後、ピチューとプリンは先にステージを後にしてポポとナナを待っていた、しかし来なかった。
だから、たまたま他の乱闘ステージから帰って来たアキラと一緒に広間へ報告に来たんだったよね】


確かにそうだった。
そして、皆で各ステージへ探しに行ったり検索をかけたりしたのだが。
それで何が分かるのかとメンバー達は息を飲んで先の文を読んだ。

そこに書いてあった事は、全てのメンバーを驚愕させる事になる。


【もう1度、あの時の……アキラがピチューとプリンを連れて広間へ来た時の事を思い出してくれ。
3人が広間へやって来た時は、広間にはアイスクライマーのポポとナナを除いた全てのメンバーが揃っていたハズだ。
ポポとナナを除いた全てのメンバーが揃っていた、ポポとナナは、ピチューとプリンの2人と乱闘していた。

……じゃあ、アキラは一体誰と乱闘していたんだ?】


【ポポ&ナナとピチュー&プリンが乱闘していた、他のメンバーはアキラを除いて全員広間に居た。ピチューとプリンは先にステージを後にして、そこへアキラが乱闘ステージから帰って来た。
2人は、ポポとナナと乱闘していた…と言っていたんだ。そこにアキラは居なかったハズだ。しかし彼女は乱闘ステージから出て来た。
彼女は一人で何処か別のステージに居て、ピチューとプリンが居なくなった後にアイスクライマーの2人を襲ったんだ】


その文を読み終わった時、ファイター達は息をするのも忘れそうな気分だった。
アキラに疑いの目など向けた事は無く、マルスの考えは正しいのだろうが……どうにも分からない。
静まる広間に、ふと、ピーチの声が響いた。


「で、でも他は!? 彼女は……アキラは襲われたりしたのよ!」


信じたくないのだろう、どこか泣きそうな声にいたたまれなくなりながら、続きを読もうと、マリオはゆっくりページを捲る。
そこから先は、犯人は誰だ……と言う緊張は無く、ただ嘘であって欲しいと願う気持ちで、心が重くなるばかりだった。


【次に、ピチューとプリンが消えた時の事だ。
2人は、休憩しにダイニングへ向かって襲われた…と言うのは明白だろう。その時しかチャンスは有り得ない。
アキラが探しに行ったのはピチューとプリンを始末する為だろうが、彼女が探しに行く前からピチューとプリンがなかなか帰って来なかった事を考えると、アキラは何らかの方法で、探しに行く前、既に2人を消していたと思う。

問題はその方法だが…。みんな、神殿で襲って来たポリゴンを覚えてる? あのポリゴンは、後でピーチ城にまで出て来て……。
犯人、つまりアキラが操作していたと思うんだ。
それがどんな方法かは分からないけれど、そのポリゴンを使えば…ピチューとプリンを倒す事も可能だっただろう。
仮に倒せなくとも、あのポリゴンならダメージを負わせる事が出来るだろうから、そこへアキラが行ってトドメを刺せばいい】


【次にフォックス達が消えた時だ。
あの時はフォックス達4人を広間に残し、他のファイター達はバラけていた。
アキラは僕たち3剣士と行動していたが、僕とリンクはみんなに呼ばれて手伝いに行く事になったから、彼女は先に広間へ帰らせていたんだ。
なのにアキラは、僕やリンク達より後に広間へやって来た。先に広間へ行ってフォックス達を消し、どこかに隠れていて後から来たんだろう。

ちなみに、僕はシールドを壊す為に、リンクはマスターソードが必要な妙な力を消し去る為に手伝いに行ったけど……。
シールドの方は、アキラが神殿で出した、僕たちを守ったあのシールドを考えれば彼女が作り出した可能性は高い。
残念ながら、マスターソードが必要な方は分からなかった】


【次は神殿での事だ。
アキラがポリゴンを操れるんだと考えれば、あの神殿での出来事も彼女の自作自演でカタがつく。
してその自作自演は彼女のアリバイ工作なんだ。アキラは神殿で怪我をしたけど、それは彼女が、わざとやった事。
次の事件でルイージとピカチュウが消えるが、足を骨折した状態で2人を消すのは「普通なら」無理。
2人が消えた地点は救護室からは離れてるしね。

でも、覚えてるかい? 彼女は回復魔法を使えるんだよ。
ルイージとピカチュウが消えた後、医務室で子供リンクに言われて、彼女は自分で傷を癒やしただろ。
あの時アキラは、"骨折を治せる程大きな魔力は持っていない"なんて言っていたけど、神殿で僕たちを守った巨大なシールドの事を考えると、どうにも怪しい。僕は魔法を使えないからハッキリ言えないが……】


「ねぇ、ゼルダ姫は魔法を使えるよね」
「どうなの?」


ネスとピーチが、魔法についてをゼルダに訊ねた。
ゼルダは躊躇っていたが、やがて辛そうに話す。


「あのシールドの大きさと耐久度を考えれば…。彼女はかなりの魔力を持っているハズです。それこそ、骨折ぐらい簡単に治せるような」


アキラは嘘をついていた。
何のために嘘をついたのか……なんて、もう、考えなくとも分かるだろう。


【アキラは自分で骨折を治した後にルイージとピカチュウの元へ行き、2人を消し去った。
ポリゴンを操れるんだから…その時見回りをしていた僕達が来ないように仕向ける事も可能だろう。
そして医務室に戻った彼女は自分で自分を傷つけ、骨折していた辺りの骨をボロボロに砕いたんだ。

何故、あんなにボロボロに砕く必要があるのかと思ったけど、Dr.マリオに診られて、違う場所を骨折していたらいけないからだろう。
前に骨折していた所と全く同じ場所を折るなんてかなり難しいと思う。
骨折の位置がズレた時、素人には分からなくても医者であるドクターには気付かれるかもしれない。
だから彼女は、わざわざ骨折していた辺りの骨を纏めて砕いたんだ】


自分で自分を傷付け、骨を砕くなんて……。
アキラがそんな恐ろしい事をやってのけたと思うと、背筋が寒くなる。


【最後に、アキラが“犯人は男”と言っていた事だけど…。もう分かったと思う。アキラのアリバイ工作の仕上げだ。
アキラは犯人に襲われたと思っている、それで充分かもしれないが、その、“犯人に襲われた”彼女が“犯人は男”だと言っている。もう、アキラは完全に容疑者ではなくなるんだ。

だけど、最初の事件から考えると…犯人はアキラ以外に有り得ない。その最初の事件が1番の鍵だったんだと思う。
ポポとナナが消えた時にアキラのアリバイが無かったと気付けば……後は、割と簡単な話だ。
ただ僕たちは仲間を疑おうとはしなかった。それは本当に良い事なんだけど、アキラは、それを利用したんだよ。
消した仲間たちをどうしたのかは、アキラに訊かないと分からない】


誰も、言葉が出ない。
まさかアキラが犯人だったなんて……一体、何故こんな事をしたのかは、やはり、彼女に直接訊かねば分からないだろう。

しかし。
マリオが、ふと口を開く。


「なぁ、アキラが犯人って……おかしくないか」


その言葉に、1番に子供リンクが反応する。
彼も、どうにも納得できなさそうにしているが……。


「おかしいって、消えた人たちをドコにやったのか…とか、なんでポリゴンを自由に操れるとか?」
「いや、それも気になるんだが。本当にアキラが犯人だったら、おかしい事がいくつか……」
「アキラが犯人だったらおかしいの!?」


期待を込めつつ、ピーチが言う。
やはりアキラが犯人だなんて信じたくない。
間違いである方が嬉しいに決まっている。
アキラが犯人だとおかしい……と言ったマリオに期待を込めた視線が集まり、彼はじっと考え込んで黙っていた。

しかし、やがてハッとしたように、まさか…! と呟き、マルスが残したノートを手に取ってページを捲る。
次のページに、まだマルスが書いた文の続きが残っていた。
それは……。


++++++


「……」


一方、医務室。
リンクはマスターソードをアキラに突き立てたのだが……。
深々とマスターソードが突き刺さっているベッドにアキラの姿は無い。
アキラはベッドを挟んだ反対側に、しっかりと両足で立っていた。
右足を骨折していたハズじゃなかったのか? ……なんて、リンクは言わない。


「やっぱり避けたか」
「……」


お互いに真剣な表情で相手を見据えて、どちらも動こうとはしない。
だが、リンクがマスターソードを引き抜き、悔しそうに彼女を見据え口を開く。


「アキラ……! お前が、お前がやったんだろ!」


ギリギリと軋みそうな声が響いて、壁に吸い込まれては消えて行った。
アキラは真剣な表情を動かさなかったのだが、リンクの言葉を聞いた瞬間…その表情を悲しそうに歪めてしまった。
その表情を見てしまったリンク。
責め立てたかった気持ちが消えそうになり、慌てて声を荒げる。


「何で……っ、何でお前が、そんな悲しそうな顔するんだよ! お前がやったんだろ、今回の事件全部! 俺、お前だけは信じていたかったのに…何でだ!」
「……」
「ロイもドクターも、カービィもゲームウォッチも……みんな殺したのか!」


恋心を抱いた、他の誰が何と言おうと信じていたかった少女に裏切られ、リンクは、仲間に手を出された怒りよりも悲しみや悔しさの方が強い。
アキラはリンクの言葉をじっと聞いていたが、彼が話し終わって黙り込んだ後にようやく口を開いた。


「そう、私がみんなを襲ったの。……だけど殺してなんかいない」
「なん……だって?」


意外な言葉に、リンクは驚く。
つまりみんなは生きていると言う事で……。
嬉しくなりどこに居るのか尋ねるリンク。
やっぱりアキラがこんな事をしたのには訳があるのかと、それも尋ねようとしたが……。
それよりもアキラの方が先に、口を開いた。


「リンクは、私を殺したいんでしょ?」
「……どうしてもお前の考えが変わらないなら、そうしようと考えた。さっきの一撃は始めから避けられると思ってたけど……。こうやって対峙してみたら……何か殺せなくなった」


何だかんだ言って、本当は正義感の強いリンク。
きっと犯人であるアキラをどうにかしなければならないと言う思いと、恋心を抱いた愛しい少女であるアキラを守りたいと言う想いがせめぎ合い、苦しんだだろう。


「なぁアキラ、俺やっぱりお前が好きなんだ。みんなに言って謝ろう、俺も一緒に行くからさ」
「……」
「消えた仲間たちは死んだ訳じゃないんだろ? ならきっと許して貰える。何か事情があるんだろ。お前が理由も無く、こんな事をする訳が無い」


リンクの優しい誘いだがアキラは悲しそうな表情のまま応じない。
そして、彼女が口にした言葉は。


「殺してないって言ったら嘘ね。死なせるつもりは全く無かったし、実際に死んでないけれど」
「アキラ……?」


彼女が何を言っているのか全く分からない。
説明を求めようとしたリンクは、アキラが懐から短剣……スティレットを取り出すのを見て息を飲む。
ピチューやプリンが見た人影、手には何か武器のような物を持っていたと言う事だったのだが、きっとそれは、あのスティレットの事だろう。
小さくて良く見えなかったのだと思われる。
アキラはそれを構えるとリンクに対峙した。


「アキラ……!」
「リンク。私は……」


退けない、私は退けない。
だって私には、逃げ道なんて無いのだから。


「待て、これ以上……! これ以上繰り返すな!」
「じゃあどうすれば? 私には逃げ道なんて無いの。それとも、あなたが私を救ってくれるの? でも、あなたが消えてくれれば私は助かるんだけど……」
「……」


今の、アキラの言葉。
気のせいだろうか、何だか「助けて」と言っているように聞こえる。

“あなたが消えてくれれば、私は助かるんだけど……”

消える……死ぬと言う事だろうか。
自分が死ねば、アキラは助かるのだろうかと、リンクは本気で考える。
一体、アキラが何から助かりたいのか分からないが、自分が死ぬ事で彼女が助かるのならば……。


「……いい」
「え?」


もう、構わない。
最期にアキラを守って死ねるのなら本望だ。


「それでお前が助かるのなら……、アキラ、俺を殺せ」


++++++


一方マルスは、ある場所を目指し城の中を走っていた。
ただ真相を知りたいと言う気持ちと、アキラを何とかしてやりたいと言う気持ちを持って。


「リンク……! 君は、気付いていないのか!?」


……気付いていないだろうきっと、アキラが犯人だと知ってしまった事が余りにもショックで。
アキラを殺しに行ったと言うのがその証拠だ。
マルス自身も、もしかしたら同じ行動に出てしまっていたかも知れない。
愛する少女が憎い仇だなんて辛すぎる。

……しかしマルスがそうしなかったのは、リンクと違い「気付いた」からだ。


「アキラが犯人なのは間違い無いけど、リンク、君はとても重大な事を見落としている……!」


その事に気付いていたら、きっとリンクはアキラを殺しになんて行かなかったハズだ。
アキラが犯人、それだけでは明らかにおかしい。


「どうして、こんな……!」


駆けるマルス、その心の内に複雑な心情を隠して。

そしてこの事件は、終局を迎える。





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