湖月さま | ナノ
平和島静雄17歳。この夏、恋人ができた。

あれは一週間前のこと。

『追い詰めたぜ…。い〜ざ〜や〜く〜んよぉぉぉ!!』

『うるさいなぁ。そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ。もう、このくそ暑いのになんでこんな狭い体育倉庫まで追いかけてくるのさ…。そんなに必至になる程のことかい?』

『手前…自分がなにしたかわかってて言ってんだよな?わかってんだよなぁ?!』

『そうだね。わかってるよ。シズちゃんが告白されているところに飛び入り参加しました。あぁ…哀れな女子生徒は涙を流しながら走り去るのみ…可哀想だったよね?』

『そういう状況に持っていったのは手前だろうが!彼女に謝れ!!』

『どうして?』

『あぁ!?』

『どうして俺が謝るの?俺じゃないでしょ?シズちゃんでしょ?』

『ふざけんな!なんで俺が!』

『彼女はシズちゃんが好きなんだ。追いかけて欲しい相手はシズちゃんで、シズちゃんが追いかければ二人の関係は始まっていた筈だ。それをせずにむしろ俺を追いかけたシズちゃんが悪い。この理屈なにか間違ってる?』

『っ………』

『ねぇ?なんで俺を追いかけたの?彼女に応えるつもりなら自然と足はあちらに向くと思うけど?』

『…………』

『応えるつもり、なかったんだよね?』

ねぇ、どうして?

その先のことを思い出すと自然と体が熱くなる。息を乱し、自分の腕の中で喘ぐ臨也に…記憶の中の臨也に興奮を抑えられなくなる。
生まれて初めてされた告白は素直に嬉しかった。彼女のことはなにも知らない同学年かさえも知らなかったけれど、嬉しい気持ちは嘘じゃなかった。だがしかし『困った…』その感情もまた事実だった。彼女を傷つけたくはなかった。どうすれば、どうすれば彼女に傷を負わせることなく…。それこそ振られることに傷付かない女なんていないわけで、それはただの傲慢でしかないのだけど…。頭を悩ませる静雄の元にやってきた臨也はある意味いいタイミングで違う方向からみれば最悪のタイミングだった。誰だってそうだろう。
好いた人間に自身が告白されるシーンなど見られたくはない。
けれど、結局それはどちらの見方によってもいいタイミングであったようだ。続く問答の中、自分の意思で言ったのかそれとも言わされたのか。どちらにせよ、静雄は初めて告白された日に自身も初めての告白というものを経験した。皮肉なことだが、彼女は失敗したというのに、静雄の方はちゃっかり成功してしまって、元より断るつもりではあったものの、彼女にまた少しだけ罪悪感が募った。けれど、それも一時のことで…。誘われるがままに体育倉庫で臨也を抱いた。
暑くて熱くて、頭がおかしくなりそうだった。感じたこともない浮遊感の中、確かだったのは今も耳に残る臨也の甘い嬌声と、合間に紡がれる睦言。

『ぁ、ぁ…!シズちゃんっ!んぁあっ…きっ!すきっ!』

幸せだ。

そう思った。
どうしようもなく幸せで、この幸せをどんな顔をして友人に話せばいいのか。新羅はどんな顔をするのだろうか。門田はなんと言うのだろうか。絶対に最初は嘘だと疑われるな。そんなことを考えると自然、静雄の頬は緩んだのだけれど…。


すき、だから


「静雄も臨也も最近喧嘩しないよね?」

「喧嘩しないならいいことだろ。妙にふっかけるなよ岸谷」

「え〜?でも不思議じゃない?」と続ける新羅に門田は「俺は平和主義だから、平和なら理由なんてどっちでもいい」と大人な意見で新羅の疑問を一蹴した。
いや門田、そこはつっこんでもいいんだぜ?と静雄はとても言ってしまいたかったのだけれど、隣に座る男が死角を上手く利用しながら自分の尻を抓っているので、黙して手に持っている握り飯を口に運ぶ。静雄の目が少しだけ涙目なのは抓られた尻が地味に痛いから、だけではないだろう。
静雄と臨也の数少ない(もはや稀少価値と言っていい)友人である岸谷新羅と門田京平。彼らは静雄と臨也が恋人である事実をまだ知らない。その原因は全て臨也にある。

『付き合ってることは内緒、秘密、トップシークレット!』

コトが終わった後で幸福感に包まれていた静雄に向かい、臨也はそう言ったのだ。友人に報告するのが当然と思っていた静雄はもちろん反対した。友達に秘密など失礼だ、そもそも自分があの二人に隠し通せると思うのか(自分で言ってしまう辺り、静雄は自身のことをよく理解している)等々。だが、いくら静雄が説得を試みようとも臨也の気持ちは変わらなかった。挙げ句の果てには

『言うなっつってんだろ…』

と、ボソリと言われて静雄は黙るしかなかった。…臨也の纏う本気の空気が恐すぎたなんてことはないけれど。それは断じてないのだけれど。
幸いというかなんというか、今はまだ新羅も門田も疑問は持ちつつもそこまで追求はしてこないが、これもいつまで隠し通せるかわかりやしない。そもそもどうして臨也は言いたくないのか。そこまで頑なになる理由が静雄にはとんとわからない。
けれども、好いた相手の望みなのだから…と惚れた相手には案外甘いタイプの静雄はそれでも臨也の願いを聞き入れてやろうと思っていたのだ。理由を知りたい気持ちは切実だったが、臨也が望むなら望むがままにしてやろう。そう思っていた。

今日の放課後までは。

突然斬りつけられたのだ。相手は無論、折原臨也。
周りの生徒達からすれば久しぶりでありはしつつも見慣れた光景。要領よく避難を開始している。だが、静雄にとっては疑問しか浮かばない。
なんで?どうして?俺達は…恋人だろう?
喧嘩はそりゃするかもしれない。本当に些細なことでお互い譲れない好みだとか、出来事だとかその場面になってみないとわかりはしないけど、俺達はこの先も喧嘩をするだろう。何度だってするだろう。でも、でも…

「ナイフ持ち出すのは勘弁ならねぇぇぇ!!」

大事にしてやりたいのに、大事にさせてくれないのはお前だ。今回だけは理に適っていると言えなくもない静雄理論の適用で舞い上がるは教室の机。中身は盛大にぶちまけられ、教室内にはノートや教科書が散乱している。それを見届けた臨也はくるりと反転駆け出した。「待ちやがれ!」静雄は怒声を上げながら臨也を追いかける。やがて二人が行き着いたのは視聴覚室だった。
逃がさないようにと後ろ手に鍵を閉める。暗幕の役目を担う黒いカーテンが教室内を覆い、室内は昼間でありながらも薄暗かった。背を向けている臨也へと大股で距離を詰める。やがてその肩に静雄の手が掛かった。思い切り腕を回す。こちらに顔を向けるよう促した。臨也に抵抗の意思はないようで存外簡単に臨也と視線が合致した。

「手前は一体どういうつもりだぁ?俺達は付き合ってんだろ?恋人だろうが!ナイフ向ける恋人関係なんざ聞いたことねぇっつうんだよ!!」

耳元での怒声にも臨也は表情を変えない。うるさげにするわけでもなければ、鬱陶しい笑顔を浮かべるわけでもなく、ただただ無表情だった。そんな臨也を見て、幾分か冷静さを取り戻した静雄は声のトーンを抑え、独り言なのかはたまた臨也に対する懇願なのか判断をつきかねる言葉を漏らした。

「……なんでなんだよ…。俺、なんかしたのかよ…。言ってくんねぇと…わかんねぇよ…」

弱々しい声音に籠もる静雄の本音に、臨也は静かに溜息を零し、やっと口を開いた。

「ねぇ、シズちゃん。俺さ、君のこと好きなんだよ」

「は?」

突然の告白に顔を染めることも忘れてマヌケな顔と声で返事をする。
臨也の言葉は静雄の脳内を置いてけぼりにして続いた。

「すごく好きなの。本当に好きなんだ。大好きでさ。君と付き合えることになった時は本当に嬉しかった。断るなんて選択肢は存在しないぐらい俺は舞い上がっていた。君を見ている自分を鏡で見ることができたなら、そこに映る自分はさぞや気持ち悪いだろうなって。そう思うぐらいに君と居る時の自分は普段の自分じゃない。そう自覚している。だからさ…耐えきれないんだよ。そんな気持ち悪い自分が他人の目に映っているなんて…耐えられないんだ。だから、俺は…付き合っていることを隠したい。隠すことが自制なんだよ。周りは知らないっていう事実が、俺には必要なんだ。特に一緒にいることの多い新羅やドタチンにはね」

臨也にとっては大事なことだったんだと思う。プライドの高さは折り紙付きだし、そんな臨也が相手だったから男の自分と恋人同士になってくれたことも、受け入れる側に回ってくれたことも全てに愛されていると感じた。だけど、だけど静雄に言わせればそれは全て一言で片の付くことだ。

「くっだんねぇ」

「くだんないってなに?俺にとっては本当にっ」

臨也の言葉を左手で塞ぐ。これ以上、まどろっこしいことは言わせない。考えさせない。

「よく聞け臨也。俺だって手前が好きだ。だから甘やかしてぇし、大事にしてぇ。俺がだぞ?手前を甘やかすってそりゃ新羅も門田もドン引きだろうな。けど、俺は自分のキャラとかそんなもんどうでもいい。手前を好きだっつう気持ち殺すくれぇなら俺は、新羅達に引かれたて構いやしねぇ。そんぐらい手前が好きだ」

静雄の言葉に臨也の目が見開いた。そっと、静雄が臨也の唇を解放する。

「シズちゃん、俺のこと甘やかしたいんだ」

「おう」

間髪入れずに返事を返す静雄を見れば何故だかわからないが威張っている。その様子が可笑しくて、臨也は吹き出すと同時に静雄の胸へと抱きついた。顔は恥ずかしさが勝って上げられない。顔を埋めると静雄の匂いでいっぱいで、やっぱり俺はシズちゃんのこと好き過ぎるから隠すなんて無理な話なのかもしれない。そう思い始めた。「ねぇ、シズちゃん」恥ずかしいけど伝えよう。

「甘えてあげてもいいよ」





甘えるの意味を臨也ははき違えているような気がしてならない。静雄はそう思ったが、このおいしい状況で健全な男子高校生が止まることの出来る可能性は極めて低い。
床に自身のブレザーを敷いて僅かでも臨也の負担が減るようにと配慮する。押し倒した臨也の顔に唇を数回落とした。それだけで臨也の体は波打って、静雄の官能が高められていく。ズボンの前を寛げて臨也の興奮した自身を取り出せば、臨也の体が先程までよりも大きく跳ねた。そのまま体をずらすと臨也のものへと口を添える。上からは拒絶の声が聞こえたが無視である。最初は唇だけで刺激する。次第に舌をそっと絡めれば、抱えた足が跳ね、声も次第に大きくなってゆく。心地いい耳への刺激に興奮を隠せないが、早急な行為は禁物だ。あまり刺激を与えすぎるのもよくないだろう。体力のない臨也を何度もイかせるのは得策ではない。それなりのところで臨也から口を離し、唾液でたっぷりと濡らした人差し指を後孔に添える。固く閉じたそこを開くことはけして容易ではない。時間をかけ、ゆっくりと指を増やす。

「うっ…んん…くっ…」

やはりどんなに濡らしても苦痛は伴うのだろう。その声に快楽は未だ感じられない。「大丈夫か?痛いか?」そう声をかけると、何故だろう。眉を歪めながらも臨也は笑った。

「…ん、甘やかさ、れて、る…なぁ、って…」

その言葉と表情は静雄が理性を手放すのに十分な理由だった。まだ、痛いかもしれない。痛いと思う。だけどもう…我慢は限界だ。

「悪ぃ」

短く謝ったと同時に押し当てた。臨也が静雄の謝罪の意味を感じたのは熱が押し入ってからのことだった。臨也が必至に息を吐く。吐いたタイミングで腰を進め、互いの連携によってやっと結合が成った時には静雄の方も大きく息を吐いていた。
二人の息が整った頃、臨也の手が静雄の背に回された。その意味を尋ねる程静雄も鈍感ではない。腰をゆっくりと引く。出ていく感覚に臨也が短く声を漏らした。続いて押し入れば今度は長い母音。何度かの繰り返しによりスムーズになった律動に、臨也は声を抑える努力を止めた。

「っんぁ!あぁ…ひぅ…あ、あ、あっ!」

臨也のイイトコロなんてわからない。体を重ねるのはまだ二度目なのだ。わからないなりにも臨也の反応の変化に意識を集中させ、静雄は臨也を穿った。
少しでも気持ち良くしてやりたい。だって、俺はこんなにも気持ちいいのだから。

「臨、也…。きもちい、とこ、言えよ…。っわかんねぇんだよ…!」

焦れったくなって臨也自身に問い質すが、返って来た答えはなんの参考にもなりはしなかった。

「はっ…シズちゃ、んとしてんのに…ぁん…きもち、よくないとこなんか…あるわけ、んん…ないだろ…!ぁ!バカっなにでっかくして!」

「お前…もう、マジで…勘弁しろって…!」

静雄が再び臨也の足を抱える。角度が変わったことで臨也は異なった快楽に待ったをかけたが、静雄は聞きやしなかった。






その日の放課後、静雄と臨也の前には新羅と門田の二人組。二人は帰るところをわざわざ呼び止められたのだ。大事な話がある、と。静雄と臨也。どちらかの言葉を二人は待っている。やがて、静雄が口を開いた。

「俺達、付き合ってんだ…」

「隠してて…ごめん…」

続く臨也の謝罪に門田と新羅は顔を見合わせてケロリとした表情で言った。

「知っていたが…」

「………はぁ!?」

「だ、だ、だってこの間の昼間、最近喧嘩しないねって…」

「あぁ、あれは付き合ってるからって諍いがなくなるなんて思わなかったからさぁ。意外だなと思って…。まぁ、僕の聞き方もまずかったよね。ごめんごめん。ところで私はもう帰っていいかな?セルティが今日はオムライスを作ってくれるんだ!早く帰ってケチャップでハートマークを描いてもらうようお願いしなければ、ケチャップがかかってしまうその前に!」

そう言うと新羅は足早に三人を置いて自宅の方向へと消えて行った。
続いて門田も「じゃ、俺も」と鞄を持ち直して歩き始める。けれど、数歩歩いたところでなにかを思い出したように振り返り、臨也の名を呼んだ。

「お前、静雄のことだとちょっと分かり易すぎるから、隠さなくてもいいが抑える練習してくれよ。じゃねぇと俺もお前との付き合い方に悩まないとならなくなる…」

「幸せなのはいいことだけどな」と言い添えて、門田も手を振り帰路についた。
残された二人は自身らのとんでもなく無駄だった喧嘩に対して、お互い顔を見合わせ笑みを零し、手を繋いで夕暮れの町並みを歩いて行った。






*大変お待たせして申し訳ありません!来神はあまり書かないのでとても新鮮でした。
湖月さま、企画ご参加ありがとうございました!

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